異世界迷宮で奴隷生活を 作:Doro
ベイルに新しく生まれた迷宮、一階層の探索は進んでいた。
途中、何度かニードルウッドとの戦闘になった。
相変わらず、先輩たちは魔物を取り囲んで倒している。
そして、敵が倒れドロップアイテムが出現すると俺はそれを拾う。
ニードルウッドは意外と硬いのか、皆の攻撃を十回くらいは耐える。
俺はそれを見て、魔物は頑丈なんですね、と言おうとして思い留まった。
それはいったい、何と比較しているのか、と。
敵は一度に一体しか出現していない。
一階層では魔物は一体でしか出ないそうだ。
これが二階層になると最大二体に増えるという。
そんなわけで、戦闘に要する時間はさほど多くはない。
だが、移動して次の魔物とエンカウントするまでの時間が、案外長い。
おまけにやたらと行き止まりが多い。
前で戦っている先輩方に申し訳ないとは思うが、景色も変わらないので退屈だ。
せめて道順を覚えておく程度はしたい。
どれくらい時が経ったか。
何度も角を曲がり、迷宮の先へと進んだ所で、突き当たりの壁が下へスライドした。
そこを潜ると、最初の小部屋に似た小部屋へと出た。
いや、通路は前後にしかないが。
先輩たちは部屋の中心まで進むと、めいめい床に座り始めた。
俺も後に続いて、背中からリュックを下ろし、適当に胡坐をかく。
「休憩だ」
どうやら、ここはセーフティーゾーンのようだ。
一息ついて寛いでいると、皆背負い袋の中から朝食の包みを取り出している。
早朝から探索に出かけると、商館では食事が摂れないからな。
迷宮の中では明るさや太陽の高さで時間が分からないが、午前十時くらいだろうか。
俺も食事に取り掛かろう。
…先輩たちは弁当の包みが入った袋を背負って戦っていたんだよな。
よく見ると、サンドの具が少々ごちゃついている気がする。
次回も見学なら、弁当は俺がまとめて持ち運んだ方がいいかも知れない。
「さて、ちょっと早いが中間くらいまで進んだだろうし、今日は切り上げるぞ」
食事も済んで一服していると、先輩探索者がおもむろに立ち上がり、終了の合図を投げ始めた。
カレー 男 20歳
盗賊Lv1
「帰るのですか?」
まだレベル上がっていないんですけど?
必要経験値五分の一と獲得経験値五倍まで付けたのに。
こんなに上がらないものなのか。
「理由は色々あってな。今から帰れば何事も滞りなく済む」
「分かりました。荷物をまとめます」
不満はあるが、経験者の方が最適な行動は分かっているだろう。
素直に従うことにする。
レベルの上昇については、仕方がないのかも知れない。
ゲームと違い、皆一生をかけて少しずつ鍛えて強くなるのだ。
幾ら補正を掛けたところで、半日足らずで上がるものではないか。
或いは、一階層で敵から得られる経験値が少ないのが原因かも。
それに、ここから入り口まで戻ることを考えると、外へ出る頃には昼近くになる。
ちょっと早めくらいがちょうどいいのだ、きっと。
……そう思っていたら、ダンジョンウォークで最初の小部屋まで一瞬で戻った。
そうか、そういう使い方もできるのか。
迷宮からの帰り道。
商館までの道中にある、探索者ギルドに立ち寄った。
ここでは、迷宮で入手したドロップアイテムを買い取ってくれる。
アイテムを持ち運んでいるのは俺なので、流れで売るのも俺になった。
カウンターで買取を行ってくれるそうだ。
先輩たちは離れたところで適当にぶらついている。
キャラクター再設定から、必要経験値五分の一と獲得経験値五倍を消す。
更に鑑定を消し、代わりに買取価格二十五パーセント上昇をセット。
交渉スキルをようやく試せる。
スキルが上手く作用して、価格がアップすれば成功といえる。
ブランチの数を正確に数えているのは俺だけだ。
買取価格が変わって、実入りが多くなったところで違和感には気づくまい。
「買取をお願いします」
「はい。こちらにどうぞ」
受付の女性が朗らかに応対してくれる。
差し出されたトレイに、ブランチを十三個載せた。
「このブランチは幾らで買い取って貰えますか」
「ブランチは十五ナールとなっております」
「それでお願いします」
「はい。では少々お待ちください」
女性はブランチの載ったトレイを持ち、奥に引っ込んでいった。
十五ナールが十三個で、価格アップなしなら百九十五ナールかな。
というか、通貨の単位はナールなのか。
しばらくして、トレイに硬貨を載せた女性が戻ってきた。
銀貨が二枚、銅貨は……たくさん。
これ何枚あるんだ? ちゃんと数えないと。
大量の銅貨を数えた結果、四十三枚あった。
銀貨が一枚で百ナール、銅貨が一枚で一ナールとすれば、合わせて二百四十三ナール。
買取価格アップは正しく機能している。
やったぜ。
どういう理屈で高く買い取ってくれるのか全く分からんけど。
これで用事も済んだし、あとは商館に帰るだけだ。
交渉スキルを消して、鑑定をチェックする。
「売ってきました」
「銀貨と銅貨は……ちゃんとあるな。よし」
先輩探索者が俺を見てくる。
アイテムボックスに入れて自分で売ってくれや、とは言わないでおく。
「真面目にやっているようだな」
「数時間、荷物持ちをしただけですよ」
労いの言葉をかけてくる先輩に応じる。だが大したことはしていない。
「ひとまずは十分だ。魔物を相手にしているのに、背中を狙われちゃ堪らねえからな」
「やっぱり、アラン様からお話は伝わっているのですね」
「いきさつについてはな。信用できるかはまた別だ」
最初は無視されたのもあからさまに警戒されていたからだ。
俺が盗賊だと思えば無理からぬところか。
でも、今はこうして話し掛けてくれている。
「私は信用してもらえたのでしょうか」
「そんな簡単には分からねえよ。今のお前に信用はない。信用は基本、時間をかけて取り戻すしかない。ただ、まあ……冤罪はある。望まず盗賊に堕ちた奴も数え切れないほどいる。その上で手心を加えられず、処刑された奴、行方が知れない奴が大半だ。お前は微かにだが希望がある。パーティーの他の連中もそれを分かってるのさ」
先輩探索者はどこか遠くを見るような目で、しみじみと呟いた。
冤罪。先輩は俺が無罪だと言っているわけではないだろう。
動かぬ証拠となるものもある。
その上で、俺から何かを感じ取っているのか……。
インテリジェンスカード。
こいつのおかげで、こいつのせいで。
悪事を働いていない多くの人は助かることも多いのだろう。
盗賊にはなりたくない、そう思わせれば犯罪の抑止力になる。
反面、盗賊は殺してもいい対象と見做されており、一度盗賊に堕ちると社会復帰は難しい。
元の世界にいた頃、凶悪犯罪者を死刑にせず、懲役刑が課されるのをニュースで見た。
そんな奴を庇うなと感情的に思ったことはあるが、あれはあれで一理ある。
「なら、地道にやります。出来れば一緒に戦いたいところですが」
背中を狙う可能性のある奴に武器は与えられない。当然だ。
「頑張りな。腕っぷしなんざあるに越したことはねえ」
真顔のまま、先輩探索者は言う。
遠巻きに見ている他のメンバーに不審に思われないためか?
「ま、心掛けは大事だ。自分にできることを探すのも迷宮に入る者の心得だからな」
「はい、次もちゃんと拾います」
「……そうか。いいか、決して腐るな。今後もこの調子でいけ」
「お任せください」
仏頂面のまま肩パンされた。
もしかして、これで上機嫌なのだろうか。
普段の様子が分からないから判断がつかない。
そして当たり前だが、盗賊は警戒対象だ。
帰る道すがら益体もない話をしていると、商館がもう目の前にある。
…時間が経つのを忘れていた。
途中から結構、気を遣われていたのかもな。
そろそろ時刻は昼。
人通りはそこそこ多く、商館の正面扉の傍には、武装した警備兵が睨みを利かせている。
怖いなー。俺だったら館を襲おうとか絶対に考えないわ。
と、道往く人々を眺めていると。
盗賊Lv3
道を挟んだ向かいから、館をじっと見続ける男の姿があった。
盗賊は商館を観察しているのか、その場を離れる気はないようだ。
俺は盗賊には気付かないふりをして、視線を合わせずパーティーメンバーと共に館の裏口へ回る。
こんな昼日中から、奴隷商館の前に盗賊。
いったい何をしている?
盗賊はインテリジェンスカードのチェックが入る商店での買い物はできない。
奴隷商館でも、チェックはもちろん入る。
現時点で既に怪しいが、それ以上に俺が警戒しているのは。
あの男、村を襲った盗賊の一人じゃなかったか。
確か、あんな顔の奴がいた。
仮に違うとしても、碌なことを考えてはいまい。
直ちに、アランへの報告をしなければ。
◇
アランは俺が齎した火急の用件に、初めは胡乱な目を向けていた。
だが、大扉の覗き穴から外の様子を窺い、それらしき男がいるのを確かに発見したアランは徐々に深刻な顔つきになり、護衛や従業員と何やら相談し始めた。
深入りしてはいけない話かも知れないので、アランから話し掛けてくるまで黙って待つ。
やや経って話が一段落したのか、解散した人だかりから戻ってきたアランが、俺に質問してきた。
「お前に改めて問いたい。あれは確かに村を襲った者か?」
「状況が状況でしたので絶対に……とまでは言い切れません。しかし、あの場には騎士団がいました。私以外の目撃情報もあるのではないでしょうか」
「うむ……ゴッゼル様に問い合わせるとしよう」
証言が俺だけというのは心許ない。
証拠は多い方がいい。
盗賊と直接戦っていたのは騎士団だ。
自分の記憶力だけを過信するのも良くない。
「お前がここに来た日、共に送られてきた者がいたのは覚えているな」
そう言ってアランが切り出したのは、俺がこの世界に来たあの日のこと。
実はもう一人、奴隷堕ちになった男がいたのだ。
「あれは盗賊のバンダナという品をくすねておった。盗賊のバンダナは盗賊が装備すると特殊な効果を発揮する装備品で、一般の流通では取り扱っていない」
「それは、つまり―――」
盗賊に伝手があるってことじゃないか。
下手をしたら村の襲撃も、あいつの手引きだった可能性がある。
この世界、治安悪すぎ……!
「あの男を買い取ろうとする動きがあるのは知っていた……が、偶然だと思っていた。顧客リストから洗い直すべきか」
歳の割に豊かな毛髪をくしゃっと撫でるアランだが、眉間にはいつにも増して皺が寄っている。
俺には到底、収拾不可能な規模に話が拡がっている。
そしてアランの負担も増えている。
しかし事の発端に関わった者として、俺も他人事ではいられない。
まぁ、建前は置いといて。
情報提供して終わりで済む話を、俺がなんでこんなに積極的に協力しようとしているか。
決まっている。
俺は盗賊が大嫌いだからだ。
擁護するような考えを持ったところで申し訳ないが、嫌いなものは嫌いだ。
何より連中は、村を襲った奴らの残党。
復讐するは我にあり。
さて、どうしてくれようか。