魔獣とはすなわち、魔力を生命エネルギーとして進化した普通の動物よりも強力な危険生物をことを指すのが一般的だ。
動物が元になって進化した動物型の魔獣や、昆虫が元になって進化した昆虫型の魔獣など、種類は多く存在する。魔力を生命エネルギーにしているため、そのどれもが危険な攻撃性を持っており、強力な魔獣になれば魔法を使う個体や、特殊な能力を使う個体もいる。
——————というのが昔本で読んだ知識だ。このカーメルでは不思議なことに滅多に魔獣は出ないらしいのだが、他のエリアでは魔獣は頻繁に出没するらしく、今の政府は新体制を敷いた際に、1エリアにつき1つ討伐隊やギルドが編成するようにしたという。
そんな危険視される魔獣の素材は稀少だが特殊な力を持つものが多く、取り扱う店は数少ない。
「こいつはな、
ロイスは高らかに宣言するとその毛皮を見せる。長さが私よりも少し短く、表面は艶やかに見えるが良く見ると毛が細かく生えていて、何より背景に照らし合わせると少し背景に溶け込むような色の性質がある。
「凄く綺麗、色が波打ってるみたい...」
「ベースは白のようですが、見方によって色が変わる...不思議ですね。元の魔獣はイタチかサルでしょうか」
ロディアとリグは興味津々にその毛皮に見る。私も初めて見るもので、興味をそそられない訳がない。
「どうなってるのこれ?」
「擬態する魔獣だからな、そう言う性質の素材さ」
ロイスは私たちの反応に満足したように言う。
「コイツで、ロディアの服を仕立てる。多少手間だが、確実にお前たちの要望を叶えられるだろう。どうだ?」
「でもそれ、凄く稀少でしょ...?お願いした私が言うのもアレだけど私たちに売ってくれて良いの?」
「客ならなにも変わらんだろ。お前たちの運が良かった、それだけだ」
至極当然のようにロイスは言った。狙って仕入れるのも難しいと思うのに、私たちのためにその稀少素材を躊躇いなく売ってくれるのは彼の経営者としてのポリシーだろう。
「ありがとう、ロイスさん」
「感謝はいらねぇよ、この素材を売りにきた客に言え」
だがその時、リグが会話に待ったをかけた。
「ちょっと待って下さい、この素材の性質は擬態なんですよね?それでロディアの羽は隠せても、服としての機能はあまり良いものではないのでは?」
「そこは心配ない。魔獣の素材を加工する特殊な道具があってな、それを使うから問題ない」
ロイスによると、その道具をこの素材に使えば、この素材で作る服は扱い的には
「つまり、
「•••••••なるほど...効果範囲を絞ることで背中の羽だけに効果を付与するのか...確かに、それならいけるかもしれません。店主、やってみる価値はありますよ」
リグは先程の落ち着いた雰囲気とは違い、服の構造の説明に興奮気味な様子だった。もしかしてリグ、こういう話が好き...?
とりあえずいけるにはいけるらしいということが伝わった。これ以上私が言えることもないため、ロイスの提案に賛成する。あとはロディアの意向次第だ。
「ロディア、良さそう?」
「うん、良いと思う...!あ、でもちょっと待って...!」
「ん?どうした?」
ロディアはロイスに近付いていく。そして背の高いロイスの耳に小さく耳打ちしてなにかを言う。
「••••••ホントにそれで良いのか?」
「うん...!それで大丈夫!」
「•••••••わかった、そうしよう」
ロイスがそれだけ言って、ロディアは私のところに戻ってくると私に向かって頷いて見せた。それを見て私もロイスにゴーサインを出す。
「じゃあロイスさん、よろしくお願いします!」
「わかった、お前がきっと満足するもんを作ってやる。それと小娘。ロディアからの要望を受けた、だから服のデザインは俺が決める。それで良いな?」
「?ロディアが決めたのなら、私はそれで構わないよ。良い服をお願い」
「あぁ、今日からぶっ通しで仕立ててやるから明日には持って行ってやる」
そこからはロイスに言われロディアの採寸だけしてもらい、服を仕立てる準備は終わった。
「目的の服が見つかって良かったですね、ロディア」
「うん!」
「——————あぁそれで小娘。金の件だが、稀少な魔獣素材を使うのはもちろん、素材への加工費や服の仕立て費用にオーダーメイドの依頼費用を上乗せして...この額になる」
リグとロディアが喜びの表情を見せる中、私はロイスが見せた請求書に目を通す。その紙に目を通した瞬間、思わず現実なのかと疑いたくなるような金額が目に飛び込んできた。
「•••••••••••••これ夢...?」
「夢じゃねぇ現実だ。しっかり細かい請求内容とその価格証拠になる明細も書いてある」
「••••••••••••••これ...私の総資産の三分の一なんだけど.....」
「あれだけカッコつけた発言したんだ、覚悟を決めろ」
「••••••••••••••••••」
私の持ちうる全財産。決して一般の人の総資産と比べて低くはないだろう。確かにこの金額は高い、思わず躊躇してしまうほどだ。
だが——————
「リグ、ロディア。私お会計しとくから先に外に行っておいて」
「うん!」
「分かりました」
聞かれると余計な心配をさせかねないので、平常心を装って2人を外に行かせる。2人が行くのを見届けるとスゥ、と息を吸い込む。そして頬をパチパチと叩いて気を引き締める。
「••••••••ロイスさん」
「あんだ?」
「この金額、元の値段より大分安くしてくれてるよね」
「さぁな?俺の見積もりは俺から見た商品の価値で決めてるからそう見えるだけじゃねぇか?」
そう適当そうにはぐらかすロイス。だが私は、それが嘘であることを見抜いていた。
自分でも信じたくは無いが、魔獣の素材の性質は魔獣一個体ずつに違う。つまり、その固有の性質を持つ魔獣素材1つ1つに途方も無い価値が生まれるのだ。その価値の高さは、1つにつき、都市に一軒家が建てられるほど。それを加工するとなればさらに値段は上がっていく。
だがロイスが提示した額は恐らく、加工値も含めてその半額以下だった。
「嘘が下手だよ」
「しらねぇしらねぇ、文句あるなら下げるぞ」
そう言ってはぐらかすロイスはまるで子供のよう。これ以上言うと本気で品を下げられそうなのでそういうふうに合わせる。
「文句ありません。ありがとう、ロイスさん」
「最初からそう言っとけ小娘が。そこに代金置いとけ、コイツを裏に持っていく」
「全く...」と言って帰ってくると、代金を受け取り精算を終わらせる。
「差違無し、確かに受け取った」
「じゃあ私、2人を待たせてるから行くね」
「店先までは送る、経営者としての礼儀だ」
「ありがとう」
そして歩き始めた途端すぐに私は呼び止められる。
「ちょっと待て」
「どうしたの?」
急に呼び止められ振り向いた私の顔をロイスは覗き込むようにじっと見つめる。
「••••••どうしたの?」
「•••••••顔色、良くなったな」
「!!」
その瞬間、思わず息を飲んだ。今まで不機嫌そうにしていた彼の表情はそこにはなく、あるのは小さな微笑みだった。初めて会った時も見せなかったその微笑みは予想だにしない優しいものだった。
「ロイスさん」
「••••••たまには、顔見せろ」
そして何事もなかったように歩いていくロイスに少し呆けるも、足早に出口に向かった。
※
「あ、来た...」
「何か話でもしてたのですか?」
「••••••え。あ、いや大したことは話してないよ...!ちょっと世間話が長くなっただけ...!」
慌てて気を取り直す私を不思議に思う2人。それをロイスが遮って話す。
「じゃあお前ら一旦は帰れ、結構な作業になるからな。なる早で取り掛かるから1日は貰うぞ。仕上げたらお前らの店に届けてやる」
「はい、何から何までありがとうございます。大変な作業を押し付けて申し訳ありません」
「あ、ありがとうございます...よろしく、お願いします...」
「元々こういう生業だ、礼も謝罪もいらん。感謝するならこの素材を持ってきたさっきの奴に言え」
「••••••••え?あの魔獣の素材持ってきたのさっきの人なの?」
「あぁ、お前らとすれ違った帽子の男だ。いきなり来たかと思えば『いくらでもいいからこれを買い取ってくれ』って言ってきてな」
なんとビックリ、まさかの事実が飛び出して私たちは驚きを隠せない。特にリグはどうも信じられないと言った顔でロイスを見た。
「あの男が?それは本当なんですか?」
「嘘は吐かねぇよ事実だ。俺にあの素材を適正価格で買い取ることなんて出来ないもんで安い金額を提示したらそのままあの素材を売り払って行きやがった」
「魔獣の素材の貴重性は充分に理解しているつもりですが...そんな簡単に?冒険者?いやそんな雰囲気には見えないし...」
すれ違った時のことが今もチラつくのか、リグは警戒の目を見せる。忘れかけてはいたが、私も理由は分からないが狙われている身だったことを思い出す。
「俺もただならぬ雰囲気は感じたが、結果的にはお前らの役に立ってる。とりあえずは感謝でもしとけ」
「う、うん...」
考えるだけ無駄なのをわかってか、ロイスは話題を断ち切る。
「まぁとりあえずこっちは任せて、お前らは帰れってこった。ロディアをあまり外に居させるのも良いとは言えんだろ」
確かにその通りなので、私たちもロイスに別れの言葉を伝えて歩く。
「あー...リグ、ロディア」
「?はい」
「は、はい」
不意に呼び止められた2人が振り向くとロイスは————
「お前ら、この小娘のこと頼んだぞ」
その言葉に2人は顔を見合わせる。先程の私みたいに少し呆けたような顔になるも、すぐに向き直り————
「「分かりました...!!」」
と返事を返した。それに満足したのかロイスはただ頷いた。