「いっ....たぃ....」
ひどい耳鳴りがする。突然の強い衝撃に吹き飛ばされ、気付いたときには外に転がっていた。衝撃のせいか私はロディアから離れてしまった。
「お、姉さん...大丈夫...?」
衝撃で数十メートルは飛ばされたようで、森の傍が目の前にあった。すぐ近くにはロディアが無事な様子で転がっていた。とりあえず目立った外傷などは見当たらないことに安堵する。
「大丈夫...ロディアは...?」
「平気だよ...お兄さんのお陰で...怪我は無いと思う...」
「——————リグ...!!」
その言葉で我に帰る。
そして辺りを確認しようと周りを見ると信じたく無い光景が目に入る。
「—————————」
それは炎上する我が家だった。
「————————ぁ」
恩人たちから様々なことを教えて貰い、沢山のお客さんから支えられてきた、私の人生とも言える店が燃えている。この炎上具合は全焼だろう。家の隅々が明るい炎の薪となって燃えている。
「———————お家...が....お兄さんが.....」
隣でロディアが絶望の表情で呟く。そうだ、爆発から守ってくれていたリグの姿も見当たらない。脱出する直前に聞こえた言葉が今でも残っている。
「自己犠牲って1番辛いよな」
「———————!!!!あなたは....!」
またさっきの男の声が聞こえた。するとまたいつの間にか私たちの背後に佇んでいた。先程までフレミアの中に居たはずなのに、男は全く無傷。服さえ燃えた様子はなかった。男は燃えるフレミアを見据える。
「いまのであの嬢ちゃんを殺れた、もしくは無力化出来たんなら上場だ。不憫だがな」
「あなたはさっきまで家で——————!!」
「“一緒に燃えたはず”か?自己犠牲が1番辛いんだ。俺はそんな選択取るつもりなくてな」
そして男は改まった様子で私を見る。
「——————そこの嬢ちゃんを取り返しに来た。大人しく引き渡して貰おう」
※
「店は燃やして悪かったな。ただあの嬢ちゃんは実力は底が知れんくてな、やるなら最大限隙を突ける場所が欲しかったんだ」
「リグを倒すために...私の...店を...?」
「ほう、やはり“リグ”というのか。事前調査では名前が出てこないから心配したが最後に知れて良かったかもしれん。でまぁ、そうだな。仕方なかった。だがこれも仕事だ。妖精族のソイツを拾った時点でお前らは巻き込まれに行ったんだ。しかし、一般人を巻き込んだのは事実、最大限の謝意は示そう」
そして男はずっと被っていた帽子をとって胸に当てる。若々しい顔立ち。赤に近い茶色の髪色。鋭い目付き。私はその顔を知っていた。
「悪かったな」
「••••••••••••あなた...は...あの時の....」
「ほう、俺を知っているのかメルアマリード殿。それは失礼したな。俺はアンタに見覚えはないんだ」
薄く口角を上げながら申し訳なさそうに言う男。私は“四年前に”、この顔を知っている。
オーメルから逃げてきた私たちを敵と見なし、リーメルから追跡してきていた男。私が初めて命の危険を感じさせられた相手。
————————“コズ・ファイエスタ”だった。
※
「確か....あなた、は....コズ....」
私が彼の名を言うと、何が面白かったのか急に笑い出した。
「フハハハハ!ほう、興味深いな!名前まで知ってるとはな?余程のことが無ければ名乗らない主義なんだが...一度名乗った相手を忘れているとは申し訳ないな」
コズがひとしきり笑うと、ロディアに目を向ける。
「だが、いまは仕事だ。私情を挟むわけにいかん。リグとやらが来ないのならそれは好都合だ」
そしてコズはゆっくりとロディアに向かって歩き出す。ロディアは足が震えてとぼとぼと後退りすることしか出来ない。
「———————ひっ」
「駄目——————!!!!」
私はロディアの前に出ようとするが足が何故か動かない。いや、体全体が動かない。手も、足も、口すらも、私の意思に従うことなく動かない。
「なんっ....でッ....!?」
「こうなることを予想して、手を打っておいて良かったよ。ソイツは連れて行かせて貰うぞ」
「——————いや、俺が連れて行く」
するとまた別の男の声が聞こえる。森の反対側から小太りの男を筆頭に10人ほどの男たちがゆっくりと歩いてきていた。コズは呆れたように言う。
「出てきたのかダーナー殿...合図は送ってないぞ」
「お前があまりにも遅いからだろう!いつまで俺たちを待たせる!警戒していた女を始末したのならさっさとガキを連れて来い!」
「ハッ、すまないな。俺としたことが少し世間話が過ぎたみたいだ」
そしてダーナーと呼ばれる男はギロっとロディアに睨む。
「手間かけさせやがったなこのガキ...!帰ったら相応の仕置きをしてやるからな...!」
「———————や、やだっ!もう、あんなところ...!!」
「口答えかッ....!?この娘に、“あの女”にいらんことを吹き込まれたか...」
そしてダーナーは無情にも、足の動かない私を抜き去ってロディアに向かっていく。
※
「——————や、やだ...!わたし...やだ...!助けて....!」
私は、そんな怯えるロディアの側にいてあげることが出来ず、かろうじて動かせる頭を動かしてロディアを見ていた。
“逃げて”
その言葉すら出ることはない。私は、ロディアが震えて連れて行かそうになっているのに、ただ見ていることしか出来なかった。
「————————ッ......」
あれだけロイスさんに、リグとロディアの前で守るって言ってのに。私は“また”なにも出来ない。
なにが昔の自分みたいだ、なにが守ってあげたいだ。この惨めな姿を晒す自分を見てみて思い知った。リグが居なくなった途端にこれだ。結局自分だって“守られる側”だったのだ。なにを調子に乗っていたのか、なにが同じ境遇だと思ったのか。
だから、リグを死なせてしまったんじゃないのか
“ごめん、ロディア...私....リグがいないと....”
——————いや
ガシッ
「あぁ?」
「——————!!」
そう悲観したとき。
そう諦めたとき。
そして、それを“否定したとき”。
私の手は、ダーナーの足を強く掴んでいた。
「おい、放せ娘...!邪魔だ...!」
「—————————ッ」
「———————お姉さんッ...!」
ダーナーは私の手を鬱陶しそうに蹴り払う。
ロディアは泣きそうな顔で私を見る。ダーナーは強く私を睨む。その様子を見ていたコズは静かに私を見る。「ふんッ」と鼻を鳴らしてダーナーはロディアに向き直る。
せっかく力を振り絞っても、これくらいの抵抗じゃただの時間稼ぎにもなりはしない。
すると私の奥から声が聞こえてくる。
“立ちなさいよ、私”
そう心の声が言った。
“恥も晒して、それだけ惨めになって...なにも出来ないの?”
わかってる、わかってるよ...けど...。
“せめてカッコいいところくらい、ロディアに見せなさいよ”
カッコいいところ...
“嘘じゃないって、私だってあなたを守れるんだって、見せてみなさいよ”
—————せたい...私だって....!リグみたいに....!
“頭に出来ること、ちゃんとあるでしょう?”
私でも...!ロディアを———ッ!
“だから、立って”
「———————」
“立て”
「———————ッ」
“立ちなさい”
「————————ッ‼︎」
「なに?」
ダーナーはまた私の方を振り返る。
「はぁ、はぁ...」
思わずダーナーも息を呑む。コズはそれを見てヒューと口笛を鳴らした。
「行かせるわけ、ないでしょ...!!リグが居なくて、私が守れなきゃ誰がその子を守るのッ‼︎」
私は力の入らない足を無理矢理奮い立たせ、震えながらもそこに立っていた。
※
「生意気なガキがッ...!そんなに死にたいか...!」
なんとしても行かせない私に限界なのか、ダーナーは腰から銃を取り出す。これには流石にコズも目を見張る。
「ダーナー殿...!」
「黙れコズ!元々周りの奴らが邪魔したのなら始末する予定だったろうがッ!そのために店も燃やしたんだろッ!“家事が原因で全員死んだことにする為になッ!”」
そしてダーナーは銃の引き金に指を掛ける。狙いは頭、目は本気だ。対して私は当然避けることなど出来るわけない。そのうえ立つのもやっと。産まれたての子鹿のように足が震えたままだ。
「こんな奴に情を持ったのが悪りぃんだッ!大人しくしとけりゃ生きれたかも知れねぇのになッ!」
「————————ッ‼︎」
“撃たれる”
その場の全員が思ったとき、既にダーナーは引き金を引いていた。
その時——————
「困るな。“2人を守る”...それが僕の使命だと言うのに。傷つけられては、それが果たせない」
その言葉とともに、ダーナーの視界から私は消えていた。そして私が気付いた時、隣にはロディアが居て、ダーナーから10メートルほど離れていた。
「———————あれ...?私...ロディア...?」
「お姉さん...?いつの間にか、お姉さんが居なくなってて...そしたらわたしもいつの間にかお姉さんの隣に居て...」
ロディアにも状況は分かっていない様子。
そしてふと気配を感じて前を見ると私たちの前には青年が1人、ライフルを携えて立ちはだかっていた。その背は、いつもとても頼りになる青年のもの。私が貸していた服は少し焦げてしまっていて、普段後ろに纏めている髪も、髪留めが燃えてしまってストレートに下されていた。
死んだと思っていたリグが、堂々と私たちの前にいた。
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「リグ....!!」
「お兄さん...!!」
「すいません、足の麻痺が抜けなくてすぐに駆けつけられませんでした。でも2人の決意は感じましたよ、ここからは僕が相手します」
チラリと僕は私たちに微笑み返すと、前を向き直す。
「あの女、生きてやがる!?」
「な?生きてただろダーナー殿。もうちょっと様子見てりゃ2重でこっちから仕掛けられたのにな」
「黙れ!」
「コズ、お前がすぐに死体確認をしに来ていればまだ勝ち目はあったんじゃないか?」
「まぁそうだな。さっさと死体確認なりお前の安否を確認するべきだった。だが俺だってそれを考えなかった訳じゃない。お前らに吸わせたガスはそんな短時間で抜けるような“毒”じゃないはずだ。そこの店長しかり、お前しかり、妖精族の嬢ちゃんに至っては効いてる素振りすらねぇ。全く...簡単に抜け出しやがって」
そう、あのとき店内に充満していたガス。あれはヘビ型の魔獣が元来持っている神経麻痺毒。一度体内に含んでしまえば呼吸器官まで麻痺して窒息死する可能性のある非常に強力な毒。無臭で魔獣にまで効果があるうえに可燃性の為、暗殺や冒険者の間では良く使用されていた。
コズの使い方はまさに完璧だった。対象が死なない程度に濃度を調整、そして無臭故に気付かない。無用な殺しをすることもなく、ただロディアを連れて行くことが出来る非の打ち所がない使い方。
だが彼は一つ誤った。それは、
「僕のポリシーとしては、襲撃をかけることを咎めるつもりは全くない。それも戦略だと素直に認める。だが、お前にいくつか聞きたいことがある」
そして僕はダーナーではなくコズに向かって問いかける。戦闘者として、命を狙う者として、コズは前に出て答える。
「聞こう、リグとやら。なにが聞きたい?」
「
「
「
「
「最後、
「••••••••••••」
最後だけ、コズは少し黙った。だがすぐに口を開く。
「
コズはハッキリとそう言った。先程の余裕のある表情は顔から消え、ただ静かに、僕と後ろの2人に告げた。
「——————そんなわけ」
「••••••••••••••」
“そんなわけ...”
そして僕は我慢出来ずに叫ぶ。
「そんな訳ないだろッ‼︎‼︎」
辺りは一瞬、静まり返る。店主とロディアは驚いて固まる。ダーナーは気圧された様子で半歩下がり、コズは変わらず静かに僕を見る。
「
—————違うッ!成るべくして成ったことに悪などある訳ない!ましてや、困っている子供に手を差し伸べる行為のどこに罪があるんだッ!
「•••••••••••••」
これほど感情を表に出したことは無い。僕はいつだって感情を優先しない。
それでも今だけは、今のこの胸にある想いは“正しいと思えるから”。僕は感情のままに彼に挑むことが出来る。
悪なんてない。ただ彼女は自由になりたかっただけだ。
罪なんてない。ただ僕らは手を差し伸べただけだ。
コズに向かって銃を構える。
「——————来いッ‼︎僕は、ロディアの全てを肯定するッ‼︎そして店主の全てを奪ったお前に、相応の精算をつけてやるッ‼︎」
それを見て何を思ったのか、コズは小さく呟く。
「————————カッケェな」
僕はその言葉を聞き取ることは出来なかったが、次の瞬間にはコズも戦闘体制に入る。
「フハハハハハハ面白いな‼︎やってみろ‼︎罪だと知ってなお、肯定するかッ‼︎所詮世間の評価は変わらんッ!世間は数だッ!それに抗うのならッ‼︎数に勝る個の力と覚悟を俺に見せてみろッ‼︎」