魔銃と人のリコレクション   作:ハメット

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ファンタジーは向こうから

「———メルア」

 

・・・ここは?

 メルアは小さな灯りがうっすら中を照らす薄暗い部屋の壁にもたれかかるように座っていた。ぼんやりとした目で辺りを見ていると、自分の隣に少女が自分と同じようにもたれかかっていた。

 

「———ぁ」

 

 メルアは目を閉じてスヤスヤと眠る少女の顔を覗き込む。緑髪の姫カットが似合う可愛いらしい顔。髪のサイドは三つ編みに束ね後ろに回していて、上から小さな青のヘアゴムを絡ませている。長袖のブラウスの上から布地のケープを着け、ロングスカートの格好をしている。

 

良かった、生きてる。

 

すると

「———メルア」

 

その声は今度ははっきり聞こえた。いつも落ち着いていて、毎日いつも自分のことを気にかけて話かけてくれる優しい声。

 声の方を向くと1人の男がメルアの手を握っていた。だがその顔だけは、水面に水滴を垂らした波紋のようなものが邪魔をして見えない。でもその人物が誰なのか、メルアは声だけで分かる。

 

「お父、さん……」

 

相変わらず表情は見えない、だがメルアの声を聞いて男は安堵の息を漏らす。

 

「ごめんな、最後の言葉がこんな形でしか言えなくて••••••。でも、今いわないとな。言いたいことは沢山あるけど、全部は言えない。だから、これだけ」

 

そして彼は確かにメルアの目を見るように顔を向け、再度口を開く。

 

「お父さんらしくいられなかったけど、メルアの側にいられたこと、嬉しかった、楽しかった。跳んだ後は2人でとにかく西へ逃げるんだ、そしたら必ず誰かが2人を助けてくれるから。必ず生きて、幸せになって欲しい」

 

“さようなら”

 

 それはメルアが聞いた、彼が自分に向けた、最初で最期の言葉。本当ならまだまだ一緒にいられたはずの存在からの、別れの言葉。

 

「お、父さん••••••」

 

まだ触れていたい、まだ話したい、まだ一緒にいたい。

だが無力で非力な彼女には言葉が出せない。

 

彼はメルアを握っていた手を名残惜しそうに離し、メルアと隣の少女に両手をかざした。

 

プロスティレト(送り届けよ)

 

そう口に出した彼の手から白い光が放たれ、2人を包みこんでいく。

 

「お父さん••••ッ!」

 

掠れて声にならない声で、メルアは光で見えなくなっていく彼に向かって、力が入らず動かない腕を必死に伸ばす。

 

「私、まだっ、一緒に————」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「はっ!?」

 

そこでメルアは目を覚ます。今度は自分が今1番見慣れているリビングが目に飛び込んでくる。そして自分がソファで眠っていたことを思い出した。

 

「うっ、今日に限って••••••」

 

 久々に見た、自分の過去。メルアは時々過去を夢で見る。今見た過去はメルアが唯一覚えている存在との別れの記憶。出来れば思い出したくなかった。忘れたくはないが、思い出したくもない、そんな複雑な記憶。

 

「•••お父さん、私、いま幸せかな?」

 

 彼が言った、願った自分への願い。居もしない存在へと語りかけるが、それは自分にしか分からない問題だってことはわかっている。だが自分でも分からないこの難しい問題にメルアだけでは辿り着くのは不可能に近い。

 

「もう1人自分がいれば良いのに••••••」

 

もう1人の自分がいれば今のこの問題にも、すんなり答えれたのかな?

 

「••••••なんてね」

 

バカみたい。と心の中で舌を出す。

この記憶も見て、楽しくないとは思うが悲しいと思わない。今は今を見るのだ。戦争の傷跡なんて、さっさと忘れてしまいたいのだから。

 

 今あったことを忘れようと窓を見ると夕暮れ時を知らせるように、空の色は橙色に染まっている。その夕暮れはリグと買い物に出かけ、帰って来てからしばらく経ったことを知らせる。夜の用事まではまだ時間があったこともあり、ソファで休んでいたら眠ってしまった。

 

「リグ•••••?」

 

いない、別の部屋かな?

そう思いつつ広い屋敷の部屋を一室ずつ周っていく。この屋敷の主ではあるものの自分でも広いと感じる。

 

確かミサさんが誰も居ないここを見つけたのを皆で綺麗にしたんだよね。

———その後、ミサが誰も住んでいないからとこの屋敷に住まわせてくれたのが一人暮らしの始まりだった。

 

 すると食堂の方からカチャカチャと音がした。行ってみるとリグが神妙な面持ちで料理を作っていた。

 

「どうしたのリグ?」

 

気になるのが半分、悪戯したい気持ち半分で後ろから声を掛けるとリグは驚いたように「わっ!」と声を上げる。相変わらず可愛い反応だ。

 

「店主、起きたんですか?」

 

「うん。これ、夜ご飯?」

 

「はい、自分の料理の練習も兼ねてです」

 

「そうだったの?」

 

リグは料理があまり得意ではない。人生的に料理作りに縁がなかったためだ。別に今までリグに料理を教えていない訳ではなく、リグはホールが適役だと感じていたため、料理人はメルアがまだ担っていた。

 

「どうして?料理を作るなら私がするのに••••••」

 

リグは少し考えてから

「——ですがそれだと店主が大変じゃないですか」

 

「••••••へ?」

 

リグが変なことを言うのでメルアは思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

 

「僕はまだホールしか出来ないのに対して店主はホールもキッチンも両方切り盛りしてるじゃないですか。それだと僕はあまり店主の力になれていないような気がします」

「僕もキッチンができればな、と思いまして」リグはそう言う。

 

 照れくさそうにリグは笑う。別にリグの技量を疑ってホールを完全に任せなかった訳ではないし、別にいつも通りに作業をしていたつもりだ。だがリグから見れば、普段の自分はとても無理をしているように見えていたようだった。

思わずメルアは口に手を当てて笑う。

 

「あははっ、おっかしいの!」

 

「えぇ、そんなぁ」

 

「違う違う、リグじゃないよ!」

 

 もちろん自分のことだ。無理しないようにとリグに仕事を手伝ってもらったり、無理しないように休日を3回もとっていたつもりだったのに、結局は自分に無理を課していた。きっとそれは周りから見れば大変そうくらいの印象だろうが、メルア自身からすれば滑稽そのものだ。

 

「ごめんごめん、そんなに大変そうだった?」

 

「いえ、そうには見えません」

 

「あれ?そうなの?」

 

リグは野菜炒めを作りながら———

「——仕事をするときの店主は本当に楽しそうです、疲れなんて感じていないように見えます。ですが疲れは本人には知らないところで溜まっているもの。きっと店主も感じてきていると思います」

 

「———ぁ」

 

つい先ほど、メルアは自分が見た夢のことが脳裏に過ぎる。少なからずそれは普通の夢ではなく、自分にとっては良くない夢だったことは確かだった。それもきっと近頃の疲労から来ていたものだろう。

 

「心当たりあるかも•••••••」

 

「頑張ることは素晴らしいことですが自分も大事にして下さい、僕は貴方に恩を返したいのですから」

 

そしてリグは未だに男か疑いたくなるような顔で微笑むと野菜炒めを皿に移した。

急に恥ずかしくなったメルアは思わず顔を背けた。

 

「———ズルいなぁ」

 

 きっとリグにとってはなんてことない優しさなのだろうけど、こちらとしては心臓に悪い。こちらの疲れなどには気付く癖に気持ちには気付かないのが本当にズルいところだ。

 

でも———

「———ありがとね、気を付ける」

 

その彼の疎さと優しさが大好きだ。きっとこれが今の自分の幸せなのだ。

 

「いいんですよ、また料理作り教えて下さい。ほらっ、早く食べないと夜の用事に間に合わなくなってしまいます。今回は結構味に自信があるんですよ」

 

「そうだねっ、リグの手料理、美味しそうだよ!」

 

 

 

 

日も完全に暮れ、夜20時のカーメルの森には梟の鳴き声が静かに響き渡っていた。

 

 森を歩くメルアはケープとマントを身に付け、左手には紙包を、右手には火を灯したランタンを前に掲げて歩く。リグは普段見ている森の光景の変わり様に驚きながらメルアに着いていく。

 

「普段夜はあまり外に出ないのでこういう光景は新鮮ですね、ここに来た時を思い出します」

 

「そっか、そういえばリグが初めて店に来た時も夜だったよね。灯りも持ってなかったのに良く私の店に辿り着いたね〜」

 

「結構建物が大きいので分かりやすかったですからね、それにしてもこんな夜にどんな用事があるんですか?」

 

「もうちょっと、もうちょっとで着くよ」

 

メルアは一切リグに振り向くことは無く、ただ森の奥へと足を進める。

数分くらい歩き続けて2人は森を少し抜け、小さな丘に立っていた。

 そしてそこには2.3メートル程の高さがある石碑を中心に、周りに小さな墓が沢山建てられていた。石碑には『◯◯◯◯年、戦争終結。尊き命はここに眠る』と文字が掘られている。

 

リグはそれらを目にして全てを察した。

 

「ここは、戦争で亡くなった人たちの墓地なんですね」

 

どおりで店主が話したがらない訳だ••••••。

 

「そっ、ここは戦争で亡くなった色んな種族の人たちのお墓があるの。戦争が終わった時に『各地区で戦争終結の慰霊碑を建てよう』って話になって、カーメルの代表地でここが選ばれたの」

 

メルアは前にあった一つの墓に水をかけ、紙包から取り出した花を一本取り出し添えていく。

 

「ここにあるお墓はここにあった遺体の数の一部分、身元が分からない人もいたから管理は月に一回ランテラ街に住む皆でするって決まり。今日ここに来たのは私が今日ここの管理担当だからなの」

 

メルアが一人暮らしをする前はミサがメルアを連れて行っていたのでメルアは2回目だ。

 

「•••••手伝いますね」

 

「ありがとっ」

 

そして2人は何十とある墓の手入れを行なっていく。2人の間にそれ以上の会話は無く、ただ静かに、墓石を清掃し、作業を進めていた。

 やがてほとんどの墓の手入れを終わらすと、一つの墓の前でメルアは手を止めた。その墓石に目を移したリグは思わず固まってしまう。その墓石には丁寧に掘られた文字で『レフト・アルフレデリア』と刻まれている。

 

「このお墓••••••」

 

レフト、アルフレデリア?アルフレデリア•••?アルフレデリアは、店主の名前のはず•••。それは、それはつまり••••••。

 

メルアは儚げに微笑むと、自分の前の墓石をそっと撫でる。

 

「びっくりした?紹介するね、私のお父さんだよ」

 

まだ困惑しているリグを横目に、メルアは父について語っていく。

 

「お父さんは、ずっと優しかった。私が生まれた時からずっと1人で育ててくれて、私のために死んじゃった。私を助けるために居なくなっちゃった」

 

「ずっと一緒に居てくれるって思ってたのにな••••••」と語る店主の髪は夜風に遊ばれ夜空に消えていきそうなほど透き通っている。悲しいことを喋っているはずなのにそれでも笑顔を崩さない店主の表情を月明かりが照らす。

 

「••••••」

 

「急にごめんね。リグをお父さんに紹介する良い機会だと思ったんだけど、事前に伝えちゃうと雰囲気暗くなっちゃうでしょ?」

 

「••••••店主、その、大丈夫でしょうか?」

 

「もうっ!こうなるとは思ってたから悩んでたのにっ!」

 

メルアは『む〜』と頬を膨らませてそっぽを向いた。

 

「そりゃあ、気にしますよ。どう、口にすれば良いのか••••••」

 

「言っておくけど、私のことは気にしないでいいのっ!もう過ぎたことだもの、ずっと前に受け入れた。このことを話すと皆そうゆう反応するんだから•••」

 

「はぁ」とため息を吐く店主はなんか不機嫌だ。本当に大丈夫なんだろうか••••••。

 

 リグは人の気持ちを理解するのが苦手だ。昔からそういうのを察することが出来ない。だから今のメルアの気持ちに対しても『何故?』という単語が頭に浮かぶ。

 

リグが思い悩んでいる間にメルアはもう父の墓の手入れを終わらせた。

 

「とにかく、今日はお互い紹介したかったってこと。わかった?」

 

「••••••はい」

 

「ほらっ、もう帰ろっ!バイバイお父さん、また来るね」

 

「••••••ッ!」

 

 そう言ってメルアは丘から立ち去ろうとする。だがリグはその場からどうしてもメルアに着いていくことが出来なかった。

 

このまま帰るのは•••このまま帰らせるのは••••••。

 

 

「••••••ダメだ」

 

「えっ?」

 

 

リグは思わずメルアの手を掴んでいた。

 

 いまこのまま彼女を帰してしまったら、きっと後悔するような気がした。どうしても、これからの彼女のためにはならない気がした。だから、掴んでいた。とりあえずなんとか引き留めるためにと思わず手を掴んでいた。

 

「どうしたのリグ?」

 

 突拍子もなく手を握られメルアは思わずリグの顔を見る。思わず必死になっていたリグはとりあえず気持ちを落ち着かせ、笑顔で言った。

 

 

「場所を変えませんか?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ちょちょちょっとリグ〜ッ!?!?!?」

 

 

 石碑の丘でのメルアとリグの会話から数分後、メルアはリグに抱き抱えられ空を飛んでいた。いや、跳んでいた。

 

「いや〜〜ッッッ!!!」

 

「あははっ、楽しんでますねー」

 

「絶ッ対に違うッッ!!!」

 

 『場所を変えよう』とリグに提案されたかと思えばいきなり抱き抱えられ、ドギマギしていたらこれだ。リグはもの凄い跳躍力でメルアを抱えて森を抜けていく。それなりに高さのある木を余裕を持って跳び越えていく。

 

メルアは必死にリグにしがみついて————

「こんなことできたのっ!?」

 

「軍人ならこれくらいは出来て当然ですよ」

 

「嘘でしょ!?」 

「嘘、かも」

「もうっ!••••••え?『かも』?」

 

 

いやっ!そこじゃない!そんなことはどうでも良い!それよりッ————

「これっ!ちょっと、この抱え方じゃまるで••••••ッ!」

 

「???それがどうかされました???」

 

「••••••••••••なんでもない」

 

 やはりメルアの気持ちとメルアの抱き方の意味を知らないリグはさほどメルアの言葉に疑問を持つこともなく微笑んで————

「ほらっ、見えてきましたよ」

 

「えっ!?あそこっていつものランテラ?」

 

 抱えられて数分。リグとメルアはこの短時間で石碑の丘の反対側であるランテラ街まで来ていた。流れていく夜のランテラ街は昼の活気に溢れていた景色とは違い、市場は所々開いてる店などがあり、静かに街灯が灯っていて、落ち着きのある雰囲気がある。街の中心の広場では、巡業サーカスは終了し、街灯が市場より一層あるおかげで昼のように明るい。夜の月明かりと合わさって神秘的だった。

 

メルアは今までの感情が飛んでいくように街の景色に見入っていた。

 

 

「綺麗••••••」

 

「えぇ、同感です」

 

 普段は訪れない夜のランテラ。このカーメルで住んでいてメルアは一度も夜の街を訪れたことはない。だからこそ、この光景からは目が離せない。昼より暗いはずの今の街は、昼間以上の輝きを放っているように見えた。

 街に入ったリグは家々の屋根を優しく蹴って街のとある場所を目指していく。そして着いた先は————

 

「着きましたよ」

 

「••••••ここ、時計塔だよね?」

 

 この街で1番大きい建物である時計塔だった。リグは手を添えて時計塔の屋上のテラスにメルアを下ろした。

 

「はい、ここに来たかったんです」

 

ここはメルアにとって、リグにとっても初めて来る場所だ。

リグがメルアを連れて来たのは———

「ほら、ここは誰もいませんし、ここなら気分も晴れるんじゃないですか?」

 

 手すりを持って、目を輝かせて言うリグはとても楽しそうで、とても愛らしいものがある。だがメルアは眉をひそめてリグをじっと見つめる。するとリグはモロに焦り始めた。

 

「••••••」

 

「••••••駄目、ですか?」

 

「••••••もしかしてここに連れて来たのは私に気分転換して欲しいから?」

 

そこまでのメルアの反応を見てリグは初めて自分が選択を間違えたことに気付いた。メルアのじっとした視線にリグはつい縮こまってしまう。

 

「••••••はい」

 

「はー、もー」

 

 それを聞いたメルアは今までの感動が吹っ飛ぶくらいに呆れて項垂れ、少ししたあと変わらないジト目で一言「私は大丈夫だよ」と言った。

 メルアの髪は夜風にながされ小さく波打つ。リグの横に並んだメルアは手すりに肘を置いて、なびく小さな風を遮る。

 

「さっきも言ったけど、もうずっと昔のことだよ。それこそもう何年も前の話。確かに最初は悲しかったし、不安だらけだったけどさ••••••」

 

 メルアは青く輝く夜空とそれに負けないくらいの輝きを放つ街を目に映す。そのおかげで心に余裕が出来たのか、呆れながらもほのかにはにかむと、

「———今はもう心配要らないよ。オールさんやミサさん、沢山の恩人である街の人たちがここに居てくれてる。みんな優しいよ、リグみたいにね。私がお店のことで困ったとき、みんな心配してすぐに助けてくれた。でもね、みんな心配性なんだよ」

 

「ふぅ」と息をついてメルアはまた話し始める。

 

「それに甘えてたら、あの人たちに恩返しが出来ない。あの人たちに恩返しをすることも私の目標。だから私は一人で生きていけるくらい強くならないとって思った。だからみんなに心配かけないようにできるだけ笑顔でいるようにしてるの。人を笑顔にしたいって言ったんだから自分が笑顔でいなきゃ駄目だもの」

 

「私は大変なんて感じたことはないんだからっ」とメルアはウィンクした。

 

 それは出会ったときに聞いたはずの彼女の理想の裏側にある決意。笑顔じゃない彼女は無理をしている、と無意識のうちに見てしまっていた。今の自分の行動は彼女を信頼していないのと同じだった。それを理解したとき、リグに残ったのは多大な罪悪感のみだった。

 

「すいません、店主、僕••••••」

 

「違うよ、リグ。私はわかって置いて欲しいだけだよ」

 

「えっ、ちょっ、店主?」

 

そして彼女は少し間を空けてリグに向き直ると、リグの首に両腕を回した。困惑するリグを無視して彼女は呟く。

 

「私は君を騙してるわけじゃないし、私も君を信頼してない訳じゃない。私は自分の気持ちを伝えるの下手だからどうしても勘違いされちゃう。だから————」

 

「こんな面倒くさい私を、信じてみて?」

 

「店主••••••」

 

 申し訳ない気持ちだったリグは自分の不甲斐無さを痛感し、彼女のことをまた新しく知った。店で出会ったときとはまた違う、彼女の普段見せない一面。それは彼女がリグを心の底から信用している証だった。

 リグはメルアの腕にそっと手を添えて言った。

 

「はい、まだ僕は貴方から学ぶことがありそうです」

 

「あははっ!もうっ、大袈裟だよ。••••••ありがとう」 

 

メルアは満面の笑顔でニッと笑った。

 

「でもどうしてここを選んだの?ここ以外にも静かな場所は沢山あるはずだけど?」

 

「それはですね、今日の空は雲があまり無くて夜空がはっきり見えるからです。ここは夜空が一番見えるので。ほらっ、月が綺麗ですよ?」

「なッ!?!?」

 

「ん???どうかされました?顔が赤いですよ???」

 

「••••••ねぇぇ??リグ???それってわざと言ってたりするのぉ???」

 

「何がでしょうか••••••???もしかして月が綺麗じゃありませんか???」

 

追い討ちをかけるリグの言葉に含まれる悪意は清廉潔白純粋無垢の0%であった。

 

 

「もう...もう...っ!リグのバカッ!!」

 

 

「ええっ!?どうしたんですかいきなり!?いたた、止めてっ!」

 

 メルアはリグの胸をポカポカ叩き出した。すると突然、空で何かが光った。

 

「「えっ?」」

 

 リグとメルアは自分たちの上で燦然と蒼く輝く夜空を見上げた。ここはこのカーメルの中でも1番高い塔。そのため視界を遮るものは無く、よく空や街が見える。空の恒星たちは自分が1番輝いていると言わんばかりの光を放ち、蒼い夜空はそれらを広く覆い静かに見つめている。

 すると、何もなかったはずの空の一部が幾つか光始めた。その光の集団は少し経ったあと、流れるように円状に落ちていく。それが何個も何個も、雨のように、沢山の光の集団は同じように落ちていく。

 

間違いなく、流星群だった。

 

「•••••••••」

 

「•••••••••」

 

 そんな景色を目にして二人には、ある一つの、自分たちが見て来た今1番身近なものが頭に浮かんだ。その言葉は不思議なことに、静かに空を見入っていたはずの二人の口から自然にこぼれ落ちるように、無意識に出てきていた。

 

そう、それは、それはまるで————

 

 

「———リグの髪みたい」

「———店主の瞳みたいです」

 

 

それはほぼ同時。無意識に出た二人の言葉は偶然にも重なっていた。二人は目を丸くして視線を合わせる。そんな二人の顔は自然に笑顔が溢れていた。

 

「なにそれっ!あははっ!」

 

「店主も僕の髪みたいって言ったじゃないですかぁ!」

 

「私も無意識に言ってた!」

 

そして二人は思う存分に笑いあった。それはもう今までの自分たちの会話が馬鹿らしくなるくらい。こんな綺麗な景色を見てしまってはもうそんなことはどうでも良くなっていた。

 

やがて2人は満足すると————

「帰ろっか!帰りもよろしくね!」

「はい!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ほぼ同時刻、カーメルのとある馬車の荷台から男たちの賑やかな声が聞こえてくる。数人の男たちが色とりどりのご馳走、酒、タバコなどを片手に大きいテーブルを囲っていた。

 

「フハハッ!!!いや〜今回も盛況盛況!!!だがっ!今回の売り上げはいつもの2倍だぜ?」

 

「いや〜!流石はダーナーさん!!!まさかこんなにも盛り上げてくれるなんてな!まさかあの()()の市販化も成功させちまうとは、アンタ最高だぜ!」

 

「ハッハハハ!よせや!俺ァ良い商売を見つけただけだ!」

 

白衣を被った少し太みのダーナーと呼ばれる男が酒に葉巻を手にしながら愉快に笑う。そして他の男たちはダーナーに歓声の声をあげる。

 

「すげーよ親方!」

「アンタはマジで最高だ!」

「これからはもっと贅沢していいんだなっ?」

 

口々に男たちがダーナーに叫ぶ。だがそのとき、ダーナーの側に立っていた男がふと疑問を口にする。

 

「しっかし、良くあんな不安定なもんを市販化まで持っていけたな?偶然見つけた代物とはいえ作るの大変だったはずだろうに...これもなにか秘密か?」

 

その男は黒のマントを羽織り、中折れ帽子を深く被った、異様な雰囲気を纏っていた。それは明らかに周りの人間にはない異質さがあった。

 

「ダッハッハッ!そうだ!」

 

酔いが回ってきたせいでもあるのか、普段は鬱陶しく感じている男の生意気な態度も気にも止めず、ダーナーは笑う。ひとしきり笑うと、勿体ぶるように言った。

 

「実はな、ふと幸運が舞い降りてきたんだ!」

 

ダーナーはそう言うとビールを口に含む。

 

「そこはふんわりしてるんだな」

 

「あったりめえだ!そこは俺らだけの企業秘密って奴だ!いかにお前が雇われた用心棒だろうとそれは教えらんねぇ!」

 

「はいはいそうか、所詮俺はその時ばかりの雇われ用心棒だよ」

 

「そう悲観するな、俺たちはお前の実力を買ってる。先の戦争時代の生き残りであるお前の力()()信頼が出来る。せいぜい期待はしてやるさ!ダッハッハッ!」

 

「おうおう、言っとけ言っとけ」

 

そんな軽口を2人が言い合っていると、外から1人の男が飛び込んできた。

 

 

「大変だ!!!」

 

 

突然飛び込んで来た男の来訪に、お祭り騒ぎだった馬車内は一気に静まり返る。

 

「なんだ、ワブ。せっかくの雰囲気が台無しだ、どうしてくれんだ?」

 

「えっと...実は...」

 

ダーナーが男を睨みつける。男はとても焦った様子で語る。

 

 

「実は...捕らえてた妖精族のガキが逃げちまった!!」

 

 

その男の言葉は静まり返っていた馬車内を更なる沈黙へと変えた。明らかにそれは、この馬車内の空気を一変させた。

 

 

「••••••は、はぁ?」

 

 

それは幹部であろう男の声だった。心の底から信じられないという表情での第一声だった。それに連れて他の者たちも驚きの声を挙げる。

 

「なんだって!?」

「嘘だろ!?禁縛の鎖が繋がれてたはずじゃ...」

「あんなガキに千切れる訳ない!一体どうやって...!」

 

次々に挙がる声を遮り、1人の男がワブに問い詰める。

 

「見張りはどうした!?確か見張りはワブに任せてたはずだぞ!?」

 

「それが...ついさっきまでの記憶が無いんだ...言われた通りに見張りをしてたら急に視界が真っ暗に...」

 

「嘘を吐くな!どうせ居眠りでもしてたんだろう!?」

 

「ほんとなんだって!気が付いたら床に倒れてて、ガキが居なくなってたんだ!」

 

「そんな訳ないだろう!」

 

だがその時、一つの声が場を遮る。

 

「そんなことより、その捕虜の行方を追うのが先じゃないのか?」

 

「••••••ん?」

 

遮ったのは、2人のやりとりを静かに傍観していたダーナーだった。

 

「そんなことを気にするより、今はガキの行方の方がよっぽど先決だろ」

 

「•••••••••」

 

「そんな解決するか分からない問題より、目下の問題は逃げた妖精族だ、違うか?」

 

「••••••」

 

ダーナーの言葉により、男たちは平静さを取り戻す。色々とワブに問い詰めることはあるが、ダーナーの言う通り、目先の問題の方が遥かに大きい。

 

「そうだ、今はガキだ。逃げ回られて魔警察(ブロッカー)に見つかるのだけは避けてぇ。とりあえず逃がした責任問題は後回しか...」

 

「そうだ、なにごとにも冷静になれ。俺たちはそうやって乗り切ってきただろ」

 

そしてダーナーは周りの者を見渡す。ダーナーにより、冷静さを取り戻した彼らはダーナーを一心に視線を向け、静かに指示を待っている。そしてダーナーは今までにないくらい声を張り上げて指示とる。

 

「まずはガキの捜索だ!とりあえず片っ端に周辺を探せ!遠くにはいねぇはずだ!夜明けには帰ってこい!不審な行動をしてたら街の奴らに見られるからな!わかったなッ!!」

 

「「「おう」」」

 

 

男達が出ていくと、馬車内に残ったのはダーナーと事の終始沈黙を貫いていた用心棒だけになった。

 

「全員出て行ったようだが、本当に大丈夫か?」

 

「出来ればこの捜索で連れ戻せれば良い、って言うのが願いだが、それは無理かもしれないな」

 

「じゃあどうするんだ?」

 

「ダッハッハ!言っただろう?俺はさっき言ったはずだろう?『期待してやる』...とな」

 

「俺は用心棒だぞ?」

 

「『何でも屋』の間違いだろう?今は用心棒だが、最後の手段だ。なぁに安心しろ、報酬は増してやる」

 

「どうやら今までの仕事でそれなりに気に入ってもらえたみたいだな」

 

「そりゃあそうだろう、お前ほど腕が立ちながら仕事が出来る奴はいねぇよ。()()()()()()

 

「•••••••••」

 

用心棒の男は静かに紅茶の入ったカップを口に運ぶと、しばらく嗜んでいた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

メルアとリグはレストランの前にまで戻ってきていた。だが2人の視線はいつも客用に使っている入り口に向けられていた。

2人は唖然としながら呟く。

 

「•••••••••」

 

「••••••店主、今日のレストランは非番だったはずですよね?」

 

「そうだよね。ちゃんと看板は閉店にしてあるからお客さんは来ないはずだよね、こんな夜中だしね」

 

「でも店主、前にいるのはお客さんに見えませんよ?」

 

「うん、私もそう思う」

 

2人は入り口のドア前を見下ろした。

 

 そこにはレストランの入り口の前でスヤスヤ眠る1人の少女がいた。少女はミルク色のショートヘアにロングスリーブワンピースの上からパラスリーブブラウスの格好をしている。それらの服装は所々、一部分が薄汚れている部分があったり、靴などは履いていなかった。だがなにより気になるのは彼女の背中から生えている半透明の蝶のような羽が生えていることだ。

 

「すぅ、すぅ、うん....」

 

「•••••••••」

 

「•••••••••」

 

こちらの気配に一向に気付く様子がない少女を前に、2人はどうしたらいいかわからない。

 

「•••••••••どうしましょう?」

 

「•••••••••どうしよっか••••••」

 

“本当にどうしよう!!!”

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