悪役令嬢、不登校を決める。   作:サイリウム(夕宙リウム)

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王子の従者、ロランさんです。


10:別視点、従者

 

 

(こちらに非しかないのは理解しているが……、い、居心地が悪い!)

 

「うん? この菓子は各段に美味ですね。グレタ殿が作られたのでしょう? 流石です。」

 

「光栄の極みでございます。」

 

 

学園をズル休みしてダンジョンに遊びに行っていた公爵令嬢ことヴァネッサ。彼女が内心『クソ王子さっさと帰れ馬鹿ッ!』と叫びながら馬を飛ばしていたころ、そんな彼女の屋敷では穏やかな時間が流れていた。……少なくとも王子にとっては、だが。

 

公爵家使用人からの全力の歓待を受けるルシアン王子。しかしその背後に控える従者ロランの顔色を見れば、『歓迎されていない』というのは、一目瞭然だろう。

 

 

(い、いや。解ってるんですよ? ただこちらも殿下を止められないというか……。)

 

 

ヴァネッサが自分の使用人たちとかなりなぁなぁで過ごしているため忘れそうになるが、この世界はかなりの格差社会である。

 

貴族には青い血が流れていると言われる程ではないが、平民が貴族に対して無礼な行いをした場合。その場で首を落しても罪には問われず文句を言えないレベル。まぁ実際にそんなことを連続で行えば『民に敬意を払われない愚かな貴族』として品位を落すことにはなるが、無視できない差があるのは確かだった。

 

無論それは貴族間にも適用されており……、その最上位に位置する王族がやって来るとなれば、どんな貴族家でも全力での歓待を行わなければならないというのが、マナーだった。無論、どれだけ体調が悪くても屋敷の主が王家を迎え、頭を垂れなければいけないほどには差があるのだ。

 

 

(そして現在王都にはヴァネッサ様の御父君は不在、屋敷の主人はヴァネッサ様ご本人になる。つまりどれだけ体調が悪かろうが、主人である彼女が出迎えなければマズイ。なのに……。)

 

 

確かに王家は頂点に位置している、しかし頂点にいるからこそ王家側も相手側の事情を鑑みなければならないのだ。

 

手順としては先に人を送って『この日にお邪魔するけど大丈夫?』と問いかけ、当日にも『今からお邪魔するけど大丈夫?』という確認をするというもの。かといって迎える側も王家が相手となると断れないため『勿論大丈夫っす! あ、でもちょっと主人のお腹が……』みたいに濁し、王家側が『あ、ごめん急用思い出したわ。帰るね。あ、それとお大事に~』とするのが慣習だった。

 

最上位である王家故にある程度の無法は許されると言えど、それが迎えいれられる側のマナーだ。

 

 

(今回の場合、学園にヴァネッサ様が体調不良という報が届いていた。つまりこちら側も確実に把握している情報。それなのにやって来ちゃったわけだから……。)

 

 

もう思いっきり駄目である。

 

一応、お互いがかなり親しければ多少の無礼を許されるというものもあるが……、それは『同性』に限る。この場合は男性であれば、ギリギリセーフだったかもしれないが、ヴァネッサ様は正真正銘の女性。婚約者という立場と言えど、絶対に訪問は避けなければいけなかった。

 

 

(私も殿下も男性ですので詳しいことは解りませんが……。女性の用意は男性の三倍以上の苦労と時間がかかると言います。それを体調がすぐれない時に課すわけですから……。き、嫌われますよねぇ。)

 

 

もちろん、ロランや他の配下の者たちもルシアン王子のことを止めはしたのだ。

 

しかし彼はヴァネッサのことになると気持ち悪く……、いやより柔らかく言うとすれば、視野狭窄になってしまうタイプだった。落ち着いて考えれば道理を理解できる人間ではあったが、今はヴァネッサに対する心配で心がいっぱい。自分に出来ることが無いのは理解していたが、余りにも相手が好きすぎるあまり、すぐにでもその顔を見たいという気持ちだったのだ。

 

そしてこうなってしまった彼は、もう止まらない。

 

入学式が終わった瞬間、他貴族との会談もそこそこに走って向かってしまうのを何とか使用人たちが押しとどめ、ヴァネッサの屋敷にこれから向かうことを連絡。事前準備や服装のチェックなどと無理矢理理由を付けて時間を稼ぎながら、ヴァネッサ側に土下座してお願いするという隠れた努力によって何とか形に出来たのが、今回の訪問だったのだ。

 

 

(まぁそのせいですっごく睨まれてるんですよね。殿下を睨むわけにはいかないので、私に集中するのは解るんですが、辛いものが……。あぁでも、想像よりは優しいというか、他の感情が混ざっている?)

 

 

針のむしろ状態でありながらも、想像よりも突き刺さる感情が弱いことに少しの疑問を持つロラン。

 

彼は『まぁ学園を卒業すればお二人は結婚ですし、その際に使用人たちも王家に合流する感じになりますから、身内扱いからの殿下に振り回される我らへの同情かな……?』と考えるロランだったが、全くの別。

 

 

ヴァネッサ側の使用人たちの頭にあるのはただ一つ『速くお嬢様帰って来てェ!!!』であった。

 

 

なにせ現在彼女達の主人は、『学園ズル休みしてダンジョンで遊んできますわー!』と言いながら飛び出したばかり。公爵家、それも王子の婚約者がこんなことしたとなればもう大問題であり、絶対に隠し通さなければならない案件。そんな時に『体調不良』と言っているのに王子が来ちゃった以上、公爵家としては『今お嬢様全速力で準備してるんでまってくださいぃぃぃ!』としか言えない。

 

一応建前としてロランを睨まなければならないが、内心『これバレちゃったらどうしよう』と内心バクバクな状況が、ヴァネッサ側の心境だったのだ。

 

そんな時、王子の従者。ロランの耳が何かの振動をとらえる。

 

 

(うん? 奥の方から振動? かなり小さいですが、音の重さからして軽装の鎧。護衛の方でしょうか? 裏口から帰って来た感じのようですが……。)

 

 

彼がそう考えた瞬間から始まる、さらに増える振動達。常人には捉えられない程の小さな音であり、それを発する存在が途中から増えだしたことからその詳細を把握することは出来なくなったが、急いで何かしらの用意を整え始めていることは把握できた。

 

おそらくそろそろヴァネッサが来るだろうと考えたロランは、少し姿勢を整えるような動きをし、王子に合図を送る。するとそれに気が付いたルシアンが姿勢を整え始め……。

 

十分な時間が経った後、部屋の扉が開かれる。

 

 

「お待たせし、大変申し訳ございません殿下。本日は自身の為にお越しいただき、大変ありがとうございます。」

 

「あ、あぁ! 構わないともヴァネッサ! キミの顔を見れただけで、僕は……!」

 

 

張り付けたような笑みを浮かべながら、ゆっくりと頭を下げる彼女。

 

しかしそれにより、ロランは自身の顔が引きつりそうになってしまう。

 

そう、彼が感じたのは……。本来匂わないハズの匂い。

 

 

(頭を下げた時に、血の匂い? ……まさかッ!)

 

 

ロランは人間族ではあるが、王族の従者に抜擢される程には感覚が鋭い。一瞬自分の勘違いかと思ったが、ヴァネッサ側の使用人たちの一部、鼻の鋭い獣人系の使用人たちがほんの少しだけ表情をゆがめたことから、『血』であることは確実だと断定。急速にその思考が研ぎ澄まされていく。

 

 

(匂い消しの匂いもすることから、何かしらの出血は確実。そして頭を下げた瞬間に感じたということは、頭部周辺から血がでたということ。しかし目立った外傷はない。……ということは吐血!? た、確かによく観察してみれば、腕を動かした時にも少し血の匂いがしている! これは吐血を抑えようとしてついたもの!?)

 

 

それは彼女の趣味によって付着した魔物の血である。

 

 

(た、確かに普段の微笑みに陰りがあるし、頬は赤い。呼吸も少し荒れていらっしゃるし、発汗の痕もある。ヴァネッサ様はこちらの想像以上に重症だ! ……こ、これは本当に不味いかもしれないッ!)

 

 

不味くはない。いやある意味では不味いかもしれないが全部ヴァネッサのせいである。

 

微笑みに陰りがあるのは急に王子が来やがったことに対する怒りと、自身の趣味が露見しないよう普段よりも気合を入れて隠しているからである。呼吸が荒かったり頬が赤かったり、汗の痕があるのはダンジョン攻略の後に急いで屋敷に帰って来た以外の理由はない。

 

しかしまぁ、ロランからすれば、ヴァネッサのような王妃となる様な存在がズル休みしてダンジョンに遊びに行っていたなどと考えないわけで……。自然とその思考は『かなりの大病を患ってしまい、それを隠しながら無理矢理王子を応対している』のように思えてしまう。

 

 

(こ、これはマズイッ! ただでさえ今の殿下は表情筋が緩みまくって威厳もクソもないし、会話内容もホワホワしててとてもご令嬢の前には出せない様な状態になっているのに! ヴァネッサ様がこんな体調の時に訪問した挙句に長居して病状を悪化させたとなれば、より好感度が下がってしまうッ! 最悪婚約自体が吹き飛ぶ可能性も!?)

 

 

そもそも、王子側の従者たちも『ヴァネッサ様が殿下のことをあまりよく思っていない』というのは、ある程度把握していた。まぁ彼女を前にした殿下のことを見れば、首を縦に振るしかないのだが、彼らは『単に従者として王子に従っている』だけでなく、『真面な時の人柄に惚れ込んだ』がゆえに従っている者が多かった。

 

つまり王子の恋路は従者たち全員が応援してるし、可能な限りその仲を取り持ちたいと考えている。そんな時に特大のやらかしが転がり込んできてしまったのだ。既に重症レベルだが、これ以上傷を深くしないために退き、後日出来る限りのお詫びをしなければならない。

 

そう考えたロランは、誰よりも早く動き出していた。

 

 

「ご歓談中大変申し訳ございません、殿下。少々お耳を……。」

 

 

 






ヴァネッサ
「あ、ようやく帰るんですね。バレないで良かったですわ! ……はぁ、王子の相手すごく疲れる。」

ルシアン王子(ポン状態)
「会えた!!!」

王妃(ルシアンママ)
「は??? ちょっとルシアン、こっち来なさい。女の子ってほんと色々大変なんです。後誰か、ヴァネッサちゃんに全力の謝罪するから色々用意して。必要ならば王家お抱えの医者を出すようあっちに伝えて頂戴? ……は? 血を吐いたかも? は??? る、ルシアン? 貴方マジで何しちゃってるの!? なんでそんなときに見舞い行っちゃってるの!? 本当にダメなラインよソレ!?!?!?」




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