世界を救った元勇者は周りを曇らせたい 作:曇りのち嵐
大陸上最も栄えた王国から東へ七日ほど歩いた場所に、名前も持たぬ集落がある。
村民は二桁という小さな集落であったが、近頃は人の往来が多く活気付いていた。
それはかつて魔王の脅威から世界を救う為立ち上がった青年の生まれた故郷であり、見事魔王を打ち倒した英雄を育てた地であると世界中が騒ぎ立てたからだ。
故に人々は彼に敬意を表し、この地を“始まりの地”と名付けた。
英雄の冒険譚の始まりはここからだと、世界に誇る為に。
その“勇者”と呼ぶに相応しい彼の生まれ育った故郷で、彼の帰りを待つ少女がいる。
「遅いなぁ……」
小さな唇から溢れた言葉は、誰に聞かれることもなく空に溶けていく。
魔王を討伐し、勇者と呼ばれるようになった青年──アレンの幼馴染であるカリンだった。
「……約束、忘れちゃったのかな」
彼女は眼下でお祭り状態となっている村を見下ろしながら、深くため息をついた。
魔王が討伐されてからというもの、村はどんちゃん騒ぎ。英雄の生まれた地を一目見ておこうと集まる人間から果てには商魂逞しい商人に至るまで、かつての穏やかさは見る影もないほど人々でごった返していた。
そんな喧騒から逃れるため、村の外れにある小さな丘に訪れたカリンは、聳え立つ一本の大樹の下で想いに更けていた。
ここはアレンとカリンが初めて出会った場所であり──彼が魔王討伐の旅に出る前日も、彼とこの木の下で約束を交わしていた。
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『──本当に行っちゃうの?』
『ああ』
カリンの心配を他所に、アレンは短く返す。
『俺には力がある。俺には手がある。この手を差し伸べることで、誰かを助けることができる』
言いたいことは沢山あった。なんで、とか。危ない、とか。本当は止めたかった。でもきっと何と言おうと、アレンは行くのだろう。その瞳は揺らぎなく、確固たる意志を感じさせる。
『……もう決まってるんだね』
きっと御伽話のような英雄は、彼なんだろう。そう思えたカリンは、全ての言葉を飲み込んで代わりの言葉を吐き出した。
『なら、一つだけ約束して』
『約束?』
『うん。──必ず、生きて帰ってきて』
本当は、想いを伝えたかった。
でもそれが彼の旅路の足枷になってはいけない。だからカリンは想いを胸に秘めて、代わりにと彼に約束事を取り付けようと思った。
そして、ちゃんと無事に帰ってきてくれたなら──その時こそは、想いを伝えようと。
『勿論そのつもりだ』
そんな彼女の気持ちなどは露知らず、アレンは遠く何処かに居るであろう魔王を見据えてそう返していた。
それが、彼が魔王を討伐する五年も前のことである。
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「まさか、本当に魔王を倒しちゃうなんて……なんかアレンが遠くに行っちゃったみたい」
思い出に更けながら、彼女の胸中は安堵と寂しさが占めていた。
彼はちゃんと約束を守ってくれた。魔王と戦って、勝ってくれた。生きててくれた。
そんな凄い人になったアレンに、今の私じゃ釣り合わないかもしれないけれど。それでも、会えたらちゃんと言うんだ。ずっと好きだった、って。
この五年間、離れていても想いは薄れず。どころかより一層強固なものとなり、覚悟も決まった。
あとは帰りを待つだけ──と思っていたカリンは、村の方が何やらざわめいているのがわかった。
先程までの騒々しさではない。もしや、と思い彼女が目を凝らすと──居た!
「アレンだ……っ!アレンが帰ってきたんだ!」
ようやくだ。ようやく、この想いを伝えられる!世界を救った英雄には聞き慣れた言葉かもしれない。でも、ちゃんと伝えられるんだ!
カリンは想いを抱いて、急いで彼の元へと向かう。邪魔な人混みを掻き分けて、近づくごとに胸が高鳴った。
まずはなんて声を掛けよう?いきなり告白するのも変だよね。やっぱり、こんな時に掛ける言葉はそう。
「おかえりアレッ──!」
待ち望んだ想い人。恋焦がれた幼馴染。そのはずなのに……カリンはアレンの姿を捉えた瞬間、言葉を失った。
「アレ、ン……?」
顔の右半分が包帯で包まれており、下に覗く火傷の痕が痛々しい。身体中には裂傷が走り、その夥しい数に言葉を失う。そして、彼の左手は──
「そんな……嘘……アレン……」
カリンの脳内にあの日の情景が映し出される。
『俺には力がある。俺には手がある。この手を差し伸べることで、誰かを助けることができる』
──あの日、誰かを助けると言った彼の手が。
『一人で何してんの?』
『ごめんごめん、悪気があったわけじゃないんだ』
『俺、アレン!一緒に遊ぼうぜ!』
──あの日、差し伸べてくれた彼の手が。
『じゃあなカリン。なに、今生の別れってわけじゃないんだ』
『覚えてるよ、約束。……それだけじゃ足りないって?』
『これは……指輪?おまじない、って……お前好きだよなそういうの』
──あの日の想いまでもが。
「……カリン、か?……ハハ、悪ぃ……指輪、失くしちまった」
全て踏み躙られたように──彼には左腕がなかった。
俺の名前はアレン。小さな村に生まれ、両親の愛情を受けてすくすくと育った普通の青年だ。
強いて言えば普通の人よりも頑丈な身体と、前世の記憶を持っていることが取り柄である。──うん、普通普通。ザ・ノーマル。
前世の記憶、と言えど朧げなものだ。多分、どっかの世界で平凡に人生送ってたってことくらいしか分からない。
そもそも、前世の記憶なんて曖昧なもの、覚えてたとて何の役にも立たないだろう。まあ、俺の場合は最初から覚えてたんじゃなくて、頭を打った衝撃で記憶が蘇った感じなんだけど。
あれは忘れもしない、三歳くらいの時。
ママンの目を盗んでベッドの上で飛び跳ねてた無邪気な俺は……着地を誤ってしまいテーブルに頭を打ちつけたんだ。
その瞬間に、俺の脳内に溢れ出した存在した誰かの記憶。
それが前世の記憶だと理解して、慌てた様子で俺に駆け寄ってくる母を見てから、俺の人生に一つの指標が出来た。
そうだ、みんなを曇らせよう。
碌でもない人間の誕生だった。
いやさ、しょうがないじゃん?前世の記憶が蘇った影響か、俺の魂が求めてたんだよ。愉悦を(倒置法)。
そこから俺の人生は他人をどう曇らせるか、そればかり考えていた。そもそも曇らせとは何か。誰を曇らせるのか。理想のシチュエーションを追い求めた少年時代。いやマジで終わってんな俺の幼少期。だがそれほどまでに曇らせとは奥が深い。
そうして何も成せずまま月日が経ち、十歳の誕生日を迎えたある日のこと。
俺がいつものように丘の上にある大木の下で考え事をしていると、同い年くらいの女の子がやって来た。
思えば俺の今世、前世を思い出してからというもの、同年代と遊ぶと言った経験がない。なんか避けられてたし。故に村に住む子どもたちと何の接点もなかった。
「一人で何してんの?」
だから興味本位で話しかけてみた。
彼女は声が掛けられると思っていなかったのか、目を見開いて驚いていて、でもすぐに不機嫌そうにそっぽを向いた。
「ひとりで悪い?」
どうやら俺の言葉が気に食わなかったらしい。うーん、何歳でも女の子って気難しいんだな。
「ごめんごめん、悪気があったわけじゃないんだ」
素直に謝ったが、彼女はいまだに不貞腐れている。
ふむ。もしかしてこの子……友達がいないのかな?いや俺も友達なんていないんだけど。同類だからか、何となく察しがつく。
そして天才的な俺の頭脳に、天啓にも似た閃きが降ってきた。
──幼馴染って、曇らせ甲斐があるよな。
まあつまり、何が言いたいかと言うと。
「俺、アレン!一緒に遊ぼうぜ!」
一人目の犠牲者を見つけたんだ。
アレン
頭を打った衝撃で前世のクソみたいな性格だけが蘇った。
魔王討伐の理由も多分大義名分ではない。
カリン
アレンの幼馴染であり、一人目のターゲット。可哀想に。