(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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 習作です。

(20251114)誤字のご指摘、ありがとうございました。


スタフォロス砦脱出編(原作1巻「豹頭の仮面」)
001 プロローグ


 

「おい、待てよ。報酬(ウラード)も出た、今からみんな始めるってのによ!」

 

「コロ振りの名手のお前が、出ねぇって言うのか?」

 

 週払いの報酬(ウラード)(サラリウム)が、兵たちに支払われた日の夕方。

 獰猛な猿人たちの襲撃もここしばらくおさまっている、ということもあって。

 明日までは、運の悪い当番兵以外は原則として非番とされている。

 

 10日に1度のこの日を、楽しみにしている兵たちは多い。

 10日に1度しか回ってこない行商たちから、なけなしの銭や塩(徴兵された一般兵には、給金でなく塩が支給される)を出し合って買った酒壺を開け。

 この辺境の砦の兵たちは、博打に一晩を過ごすのだ。宵越しの金は持たない、とばかりに。

 事実、3年間の兵役でこの辺境地帯に当たってしまうと、一般兵の死傷廃疾の率は1割を超える、と、僕は同隊の農民上がりの同僚に聞いたことがある。そのせいもあるだろう。

 ちなみにかなり排他的な文化の国であるが、背中をお互いに預けて戦ってきた黒騎士たちの連帯感は強い。

 容貌からして余所者であり、蔑視されやすい流れ者の傭兵である僕に対してすらも。

 ごくときたまの朝までの乱痴気騒ぎ、それがこの厳しい北の辺境地帯での数少ない楽しみになっているのだ。

 

 そんな中。

 割り勘の分の一口を飲もうともせず、自分の天幕に帰ろうというのだ。

 いつもは率先して骰子を振り、大いに酒を呷り肉を食らい。

 余興の拳闘では、どんな大柄な相手でも鮮やかに叩きのめしてみせる、この「俺」が。

 

「悪いな。今日は、俺は、――ちょっと調子が悪い。」

 

「そうか?そういえばこの数日、ずっとふさぎ込んでるよな?」

 

 親切な男が、心配して大天幕の出口までついてきてくれた。

 いつかこの「俺」が庇ってやったこともあるから、恩義に思ってくれてるのだろうな。

 他の奴らは、ちょっと興ざめだと思ったのか、それとも何も考えていないのか。

 飲める酒が増えた、だけどあいつがおとなしくしてるなんてよ!

 明日はケス河が大氾濫かもしれねえ!と言った男の言葉に、大笑いしてる。

 

「――ああ、ずっと調子が悪いんだが、今日は特に、な。

 嘘じゃねえ。すまねえな。」

 

「本当か、悪魔っ子がそんなしおらしいなんてな。

 じゃあ、まあゆっくり調子戻せよ」

 

「悪い。剣の兄弟たちにはよろしく言っておいてくれ、アル。」

 

 手をひらひらと振り、僕は寝所の方向に進もうとして、──ふと気が変わった。

 遠くからかすかに嬌声も聞こえる。辺境のこの砦、いるのは兵士たちばかりじゃない。

 辺境伯の侍女たちもいるだろうし、兵士についてくる女手もある。

 前までの「俺」なら、――おそらく、適当にカモから博打で金をひっぺがし。

 酒を飲み、ちょっとイケてそうな侍女をたぶらかすために忍び込んでいたかもしれないが。

 今は、とてもそんな気分じゃない。

 

 詰め所の入り口に近づく。汲みおきの水を湛えた水盤がある。それが目的だ。

 水番をしている兵士に、会釈する。

 宴会に加わりたいのに、番があたっちまったんだな。運のない奴め。

 あまり機嫌がよさそうなわけではなかったが、「俺」の顔を知っているらしく、近づくとにやっと笑いかけてきた。

 

「水か?もう酔ったのかよ?『悪魔の子』ともあろうものが?」

 

「そんなんじゃねえよ、アマリック。ただ、――調子を崩しちまったのさ。」

 

 水盤の横に足を止め、暗い水面に映る顔に、目を凝らす。

 鏡などという高級品は、この世界のこの時代、兵たちにはほとんど無縁だ。

(伊達男になると、手鏡代わりにきれいに磨いた銅片とかを持ってたりする。「俺」も持っているが、今はちゃんと見たかった。)

 だから今の僕と似たようなことをする奴は多く、特に咎められることはない。

 行商の回ってくる朝なんてな、ここに十数人群がってたりするんだぜ。行商の連れてる女たちにみっともなく見えないように、身繕いするために。

 

 暗くゆらめく松明の赤い光に、照らされた浅黒い顔。

 端正に整っているが、どこか狼のような獰猛さ、狷介さを湛えている。

 見たところで変わらない。本当の「僕」の顔じゃない、ってわかるだけだ。

 

「お前くらいの色男ならな。見とれるのも分かるぜ!

 だけどよ、やっぱ最近、顔色わりぃな。寝てろよ、イシュト」

 

「ああ、ちょっとな。悪いもん、食っちまったのかもしれねぇ。

 ありがとよ。――じゃあな。」

 

 おう、と応える声を背に聞いて、僕は暗い回廊を通り、城の中庭に設営されている傭兵たちの天幕のひとつに入った。

 猿人の襲撃に対応するための臨時の増員中。廊下までつかっても城の中に収容できないので、傭兵連中は中庭や城の周辺部に掘った空堀の内側で、天幕を使っている。

 

 2人共用の天幕だが、相方はいない。いや、喧嘩を売ってきたので叩きのめしてやって療養組にしてしまったんだ。「僕」の意識が目覚める前のことだ。

 天幕に明かりはないが、「俺」の優秀な肉体はすぐに暗がりに順応する。

 装具を脱ぎ捨て、干し草に獣皮をかぶせただけの寝所に慎重に横たわる(ときどき、蠍や毒虫が入ってることがある。意地悪されてるわけじゃなくてすきまから潜り込んでくるんだ)。ため息が出た。

 

(どうしろって言うんだよ、──。)

 

 そう思いながら、僕は天幕の天井を見上げた。天幕はそれなりにしっかりしたつくりだ。フェルトでできていて断熱性が高く、風雪にも耐える。

 

 ──────

 

 もう推察されてしまったと思うけど、俺、──というのは本当の一人称じゃないな、僕はこの世界にとっての異邦人だ。

 

 どうやら異世界の人物に憑依したらしい、と気づいたのはつい最近、4、5日前のことだ。身長1メートル足らずの猿人どもを相手に戦っているときに「僕」の意識が目覚めた。

 僕の憑依したこの人物は、ひとかどの戦士だった。

 鞭のようにしなやかな、しかししっかりと筋肉のついた体。重い長剣が、軽々と振られた。

 

 左右に振った剣は、寸分の無駄もなく複数の猿どもの喉笛を切った。

 進んで、仲間の騎士を馬(ウマ、というべきだろうか)から引きずり下ろして石のナイフで突き刺そうとしていた猿の首を刎ねる。あたりを見回す、奇襲を受けたのだろう、こちらが劣勢。だが、初撃は受けきったか?

 倒れた騎士の馬を借り、一騎駆けで猿人の密集している中に突き込ませた。数匹を蹄に掛け、数匹の頭蓋を割る。血しぶきで馬も俺も濡れている。剣を取り落とさないように気をつけなければならない。仲間には革紐で剣を手に縛り付ける奴もいるが、俺は短剣を投げることも多かったのでそれはしていない、──ほら、投擲した短い棒状の剣が別の猿の目に突き立つ。

 俺が突き進んだ後に、仲間もそれに続いて猿たちの群れに切り込む。猿たちが、怯んだ感触があった。

 

 逃げはじめた敵の首魁らしい大型の猿人の首を飛ばす。血しぶきは朱いんだな、と俺、──「僕」は他人事のように思った。

 本来の「僕」だったらこんなことはできないが、「()」の体は長年習い覚えたようななめらかさでそれを達成した。

 

 敵は逃げ、追撃と掃討が終わると、引き上げの笛が吹かれる。

 奇襲を受けた友軍の危機を救い、敵の首領を打ち取った「俺」の背中を仲間の騎士どもが鞘に納めた剣の平や小手を嵌めた手で親しみを込めて叩いていく。

 

「助かったぞ、『紅の傭兵』!」

 

「また褒賞は総取りだな、イシュト!」

 

 スラヴあるいはゲルマン人っぽい人種の多い友軍の黒い鎧、猿人に似た敵、茫漠とした荒野と原生林、そして自分に呼びかけられた名。

 

 そう、どうやら()はファンタジー小説の草分けである「グイン・サーガ」の中心人物の一人、「ヴァラキアのイシュトヴァーン」に憑依してしまっているらしいのだった。

 




「僕」は現代日本人の自意識、「俺」はそれに憑依された男(イシュトヴァーン)を指しますが、混ざっている部分もあり、そのうち整理します。
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