(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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ご評価をいただきました。ありがとうございました!

(20251030追記)誤字のご指摘、ありがとうございました!


012 荒野の戦死

(イシュトヴァーン視点、モンゴール軍の陣屋。夜。)

 

「──弩を構えよ」

 

「しかしっ、公女殿下!」

 

「聞こえないのかリント。弩を上げさせよ。

 ──我が騎士は、鉄の規律を忘れたのか?」

 

 耳に涼しい、アルトの声。

 冷たく整った容姿は、どこか宝塚風。

 しかし今、彼女はその明晰な頭脳で冷酷に判断し。

 容赦なく僕と、おそらくは彼女自身への抹殺指令を出そうとしている。

 

「さあ、身の程知らずの我が求婚者殿。

 私とともに、騎士たちからのモンゴール風の歓迎を受けてもらおうではないか。

 多少手荒く痛いが、なあに、死が我らを別つまでのわずかな間。

 ──覚悟の上であろう?」

 

 こんなときだというのに。

 僕が片腕で羽交い絞めしている彼女の鼓動は、冷静そのもの。

 僕が喉元に突きつけた短刀に、動じる気配はみじんもない。

 主を人質に取られて動揺する白騎士たちに対し、自分ごと射殺できるように弩を構えよと命令する声には、なみはずれたカリスマが宿っている。

 これが、「氷の公女」か。──クソッ、読み違えた!

 荒野で戦死、ってのだけは避けたい。命大事に。

 

「熱烈な歓迎、痛みいる。──だが断る。

 さっそくの頼みだが愛しい花嫁よ、人払いを命じてくれ」

 

「つれないではないか我が婿殿。妻が勇気を出して誘っているのだぞ?」

 

「美女の誘いは嬉しいが、ゾルードの褥()は御免蒙る」

 

 虚勢だろうが、くつくつ、と彼女が笑う。いやはや、豪胆というほかない。

 

 言葉を交わしながら、状況をさぐる。

 不幸なことに、退路がふさがれかけている。白騎士たちはさすがに近衛兵、相当の腕利きぞろい。

 幸いなのは、白騎士たちが弩を構えたとはいえ、まだ撃つ決心まではできていないこと。下っ端白騎士が、「マジです?」という感じに、隊長の顔をちらっと伺う。

 その様子を見咎めた彼女が苦々しく思っていることを僕は察知する。まあこの彼女なら、そうだよな。

 

 それにしても、計算違いだ。ちょっと無理かもとは思ってたが、──

 僕は僕とスニさんが用意した仕掛けの発動にかかる時間を心の中で計算しながら。

 彼女とのレスバで時間を稼ぎつつ、ここに至る経緯を思い返していた。

 

 ──────

  

 僕とグインたち一行は、スタフォロスに残されていた有用そうな品を集めて、毛皮を巻いた*1イカダにつみこみ、ケス河への旅に乗り出した。

 ただ、ヘマはしない。ほどよいところで、ノスフェラス側の岸で、船着き場にできそうな場所に上陸し、イカダを引きあげた。

 

 原作では夜営する前にイシュトヴァーンが、うっかりイド(巨大なアメーバ状の原生動物みたいなやつだ)にからみつかれ。

 それを火で退治し、消火のために火傷したグインがさすがに疲労して深く寝入ってしまい。

 日が昇ったところに、ゴーラ(モンゴール)軍に急襲され、グインと双子が捕まり。

 スタコラ逃げ出したイシュトヴァーンがグインたたちを救い出し、やはり逃げられたスニさんが自分の一族(ラク族)に助けを求め、彼ら一行を隠れ谷に匿ってくれることになる。

 

 今回の(イシュトヴァーン)は、巫女姫との予知込みの口喧嘩で言い負かされることもなければ、イドにからみつかれるみたいな失態も起こさなかった。

 夜の焚き火も控え、まあモンゴール軍に見つかることはないだろう、と思っていたのだが。

 

 しかし、計算外というのはいつも起こるもの。

 上陸した後、どこかで僕たちは優秀な斥候にでも見られていたのかもしれない。あるいは、ガユスという名の魔道士が、僕たちを水晶球でみつけていたのか。

 原作と違い、僕は一応グインたちを叩き起こして逃がそうとした。こういうときにまとまって逃げてはダメだ。グインに双生児を任せ、僕は原作どおりスニさんと逃走する。

 結果、しかし足手まといの子供たちを連れたグインは捕まってしまう。僕はかろうじて隠れ潜むことができた。

 

 スニさんは情の厚い子だ。危険ではあるがグインたちを救い出したい、という計画に賛成してくれる。

 ただ、スニさんにはやはり、ラクの村から救援を呼んでもらおう。しかし、その前にやれることがある。

 グインたちの救出。そしてもしかするとアムネリスの暗殺、あるいは早期のうちの権威の低下。

 これで、物語はかなり変わる。

 

 ──────

 

 アムネリス。この物語の中心人物となるかにみえて滑り落ちてしまった不遇の人。

 おそらくは作者的には感情移入できず、興が乗らなかったのだろうか。まあ、クラスの女王様、下手するといじめっ子か悪役令嬢みたいな感じだろうしな。

 ──そういうメタ的な話はともかく、中盤以降、クムのタリオ大公のお手付きになった後のアムネリスは美人だけど胸が大きいただの頭の軽い姉ちゃんだ。

 思うに、──誰かが彼女を救うべきだった。いや、史実ではイシュトヴァーンに救われたんだけどさ。

 そうじゃなくて、誰かが若く美しく誇り高いままで彼女を殺してその運命を救うべきだった。その首に剣を振り下ろすか、胸に短剣を突き立てて。

 

 ただ、序盤のアムネリス公女は重要人物(キーパーソン)。ノスフェラス侵攻の首魁にして、パロ陰謀編でのプレイヤーの一人。

 アムネリスを早い段階で殺せば、モンゴールは復仇に燃えるだろうか?僕はそうは思わない。

 なまじ手加減してアストリアスを生かして帰したりしたせいで、その後の侵攻を思いとどまらせることができなかったのではないか。

 ミアイル暗殺ですらあれだけの打撃をモンゴールに与えたのだ。実質的にモンゴールは創業者のヴラドとアムネリスのカリスマだけで持ってるようなものだ、そしてヴラドは間もなく倒れる。

 アムネリスという柱を折れば、この国の膨張政策は止まる。

 

 暗殺まではしなくとも、捕虜にしたり、顔を潰したりするだけでも十分。彼女のカリスマは失われる。陰謀編での役割もなくすことを考えると、顔を物理的に潰してもいい。

 そして、──僕自身は豆腐精神(メンタル)だけど。僕の中のイシュトならそれは可能だ。

 

 実質的に、彼女こそがモンゴールの象徴であり、ほぼ唯一の後継者候補。

 いかに優秀であるとはいえ、それを公女将軍だとか言って危険な前線に出してるモンゴールって、やっぱり人材不足だとしか言いようがない。係累もいなくはないが、とても国を継げる器ではない。新興国の悲哀だな。

 そしておそらくミアイルでは、モンゴール軍はまとめきれない。

 

 ──だから、彼女の天幕に侵入し、彼女を暗殺する。あるいは少なくとも捕虜にして顔を潰し、グインたちとの交換取引を成立させる。

 それが、僕のずさんな計画。しかし、一定の成功の見込みもあるのだ。

 

 現に史実で原作イシュトヴァーンは、公女の天幕に忍び寄るのに成功している。

 ただ、のぞき見を諦め、その後サンドワームを呼び寄せてグインたちを救出しているが。

 

 僕は賭けた。モンゴールの軍人たちも、この女が「要」であることくらいは理解していると。

 おそらく双子を失うことで他にも王位継承権者がいるパロが蒙る打撃より、(ミアイルを措いて)事実上、唯一の後継者候補である公女を失うモンゴールの蒙る打撃は大きいのだ。

 

 そこで僕は天幕に忍び込み、辛抱強く機を伺い。

 そして、彼女を人質に取ることに成功したのだが。

 

「──どうした下郎。私と心中は、嫌か?」

 

 ただ、これは計算が違った。

 クソッ。物語中盤以降のポンコツぶりに惑わされてしまった。

 この時点での彼女は、まだ究極の有能悪役令嬢だったんだ。

 

 僕は計算違いを悔やみながら。

 周囲の白騎士と赤騎士たちの激怒のまなざしに相対する。

 

「おい貴様。──黒騎士か?」

 

「裏切りものめ!なまなかな責めでは殺さぬぞ!」

 

 ちっ。やばいぞこれは、アルゴンのエルさんルートに乗りかけてるかもしれない。

 しかし、ここで引くことはできない。

 僕は短剣をおもむろに、アムネリスの白皙の頬に当ててみせる。

 水を打ったように、僕への悪罵が静まる。

 

 突然、腕の中の娘が頬を刃に押し当て、切らせようとしてきて、僕は焦る。

 しかし、ハイスペックなイシュトヴァーンの体はうまくそれをいなし。

 べろり、といったん短剣を彼女から外して舐めあげてみせる(危険ではあるが、酷暑の砂漠では熱中症の方が危険なので、頬当ては外してある)。

 

「何が望みだ、裏切り者の黒騎士よ!」

 

 かなり腕が立つと思われる白騎士の隊長格が交渉役に進み出てきた。

 公女殿下が、また暴れようとするが、力で押さえつける。

 

「ヴロン。交渉になど乗るな。射よ。」

 

「お言葉ではございますが、それはできませぬ」

 

「そうか。──それは、蠍の──?」

 

「はい。」

 

「是非もなし」

 

 まるで分らないが、何かの符牒を使ったのだろう。

 公女殿下は納得したようだ。

 

「勝手にしゃべるな。

 ──こちらは公女殿下を解放する、そちらは俺の求めるものをよこせ。

 豹頭の男と、双子。後、馬を3頭と水を1日分。」

 

「それをこちらが渡して、そなたが公女殿下を害さないという保証はない。」

 

「約束は守る。間を空けろ。100タール(≒120メートル)。

 こちらの要求するものを、あの場所に置け。俺は公女殿下を無事にこの場に置く。

 お互いに望みの物を取る。それだけだ。」

 

「了承した。」

 

 ヴロンと名乗った男は一瞬、公女殿下に目をやり。

 そこで何らかの意思の連絡があったのだろう、承諾して軍をひかせた。

 

 向こう側から、グインたちが引き立てられている気配。

 ふと、腕の中の女が身をねじる気配があり。

 僕は警戒して、彼女を拘束する腕の力を込める。彼女は諦めたのか、体から力を抜くが、顔をこちらに向けて興味深げに観察している。

 

「──そなたは、モンゴール軍の兵か。装備からみて、スタフォロス守備隊か。」

 

「──詮索無用。

 公女殿下、失敬。」

 

 アムネリスは背も高く、力も強いが、さすがにイシュトヴァーンほどではない。

 イシュトヴァーンは巧みに(経験があるんだろうな)、この公女将軍を押さえつけ、剣を首や顔に擬していたが。

 彼らが軍を引いたのに合わせて、短剣を素早く戻し、縄で彼女の手首を後ろ手に縛る。

 過酷な環境で入浴など望むべくもないのに*2、ふわっ、と甘い匂いが一瞬香った。

 

「そなたの体重と同じ重さの黄金を与える、こちらに付け。──と言ったら?」

 

「その後で、俺の手足の指と同じ数の矢もつくのだろう?断る。」

 

「くくっ、云うではないか。──公女将軍が約束を破るとでも?」

 

「黄金に興味はない。」

 

 グインたちの姿が見える。腕の縛めは、はずされたようだ。

 100タール先の騎士たちは乗馬済み、弩を構えている。これは厳しいな。ただ、もう少しで仕掛けが嵌るはずだ。信じて待とう。

 

「捕虜は用意した!約束を果たせ!」

 

「一瞬待て!」

 

 相手の声に応じ、アムネリスをその場に座らせ、足を固定する。

 捕虜交換に入る前に、一つ、釘をさそうと思い立つ。

 さっきから、不気味なほどにアムネリスはおとなしい。

 だが、こちらを見上げる目には威嚇的な、不敵な笑み。絶対、追跡して捕えて嬲り殺しにして恥辱を雪いでやる、とでも思っているな。

 ただ、彼女は聡明だ。自分の体面を犠牲にしての利害得失の計算も、できるはず。

 

「公女殿下。金蠍宮は、カル=モルの話を聞いたのだな?」

 

 これまで泰然自若としていたアムネリスの白面に、ひびが入った。

 

「秘中の秘だぞ!そなた、何者だ?」

 

 緑の目が、燃える。ほとばしる殺気が、正直辛い。

 

「俺が誰であろうと、それはどうでもいい。問題は公女殿下がこの地で得るものだ」

 

 時間がない。端的に伝えねば。

 

「ノスフェラスは人の住めぬ、化け物の巣窟。

 セムに対しては一時の勝利を得ても、ラゴンには勝てぬ。

 そして殺生石。あれは、単なる瘴気のこもった岩だ。武器にはできない。

 誰が率いても同じなのだ。無駄に兵が死に、公女殿下は金蠍宮に呼び戻される。」

 

 アムネリスの瞳孔がおそらくは怒りに広がるのを、確認する。

 

「公女殿下は捕縛されたナリス公との結婚を命じられる。パロ継承のため。」

 

「貴様ッ!」

 

「──声を沈めろ。

 ナリス公は公女殿下のものにはならぬ。国を潰すことになる。

 潰したくなくば、ケイロニアにでも仲介を求め領土を返還し講和しろ。

 弟君の命を縮める陰謀がある。弟君が死ねばモンゴールの滅亡はもはや止められぬ。そして父君の命は長くない」

 

 まあ、ヴラド大公の死因は興奮状態での脳出血だからな、もしかすると史実より長いのかもしれないが。

 

「あの小娘の予言か?」

 

「違う。──警告はした。それでは」

 

「今度相まみえる機会あらば、殺す」

 

 炎の瞋恚が目に宿っている。逆効果だったかもしれないな。

 

「まだか!」

 

 ヴロンとか言った隊長が、焦れて呼びかけてくる。潮時だ。

 

「応じる!」

 

 ほとんど駆け足で、僕はグインのもとへ、彼らはアムネリスのもとに走る。

 じっと僕を見上げる、グインたちの目。僕は剣を振るい、3人の縛めを切る。

 馬の足の腱でも切られていたらどうしよう、と思ったが。大丈夫みたいだ。

 

「乗れ!急げっ!」

 

 グインたちと僕の距離が、僕とアムネリスの距離より広くなった段階で、赤騎士たちが騎乗して走り出し始めている。

 僕たちも必死で馬に乗り、走り始める。弩の矢が飛びはじめるが、急に追跡が止む。なぜなら。

 

「砂虫だあっ」

 

 よし、スニさんの仕事だな。有難い。

 モンゴール軍に忍び寄るにあたり、僕は貴重な干し肉の備蓄を使って誘導路を作っておいた。

 そう、ヘンゼルとグレーテルみたいにね、干し肉を食べていくとモンゴール軍の陣地に導かれるようなやつ。

 僕が砂虫を探す時間はないし、それでは早すぎる。この残り部分をスニさんに頼んで、砂虫につないでもらう。

 僕が公女殿下を人質にとれて騒ぎになった段階でね。

 後は、さっさとラクの村に逃げてもらう。──そういうことにしておいたんだ。

 

 混乱するモンゴール軍を後目に、僕たちは馬を急がせた。

 

 ──────

 

 1ザンほど後。

 

「ドールの火を噴く黒豚にかけて!──」

 

 まあ、お約束だからさ。一応、呪詛の言葉を吐き散らしておく。

 ただ、王女様からの謝罪の言葉は、そのまま受ける。照れて憎まれ口を叩くつもりはない。

 100万ランとかパロの聖騎士候とかいう要求も、間違っても言わない。クリスタル公にしろとかいう寝言は、なおさらだ。

 

「イシュトヴァーン。怒っているの?」

 

「?」

 

「その、──恩賞とか。あなたは何も求めないの?

 正直、高額の恩賞や、聖騎士候の地位に匹敵する大功なのに」

 

「ああ。要らない。」

 

 菫色の瞳が、僕を初めてみたようにじっと覗き込む。

 僕はその何か心の中を覗き込んでくるようなその視線が嫌で、顔をそらした。

 怒ってはいない、ただ、どうしようもなくむしゃくしゃするような、妙な胸の昂り。

 逃げるときに、ずっと馬の鞍の前に乗せていた彼女の柔らかい体の感触が頭をよぎる。

 僕は深呼吸する。冷静になれ、イシュト。

 

「心配するな。俺がお前たちを助けるのは、俺なりの計算があってのこと。

 お前たちがアルゴスにでも安全に到着すれば、それで十分、報われる。」

 

 そこでリンダが妙にいずまいをただしたので、僕も彼女を見た。

 いや、無償で手を貸してくれるなんて!って感激して、手を突いて礼とかしてくれたりするのかな、なんて思ったんだ。ようやく僕の誠意が通じたか、って。

 しかし。

 

「イシュトヴァーン。聞いておきたい。あなたは、何者?」

 

 まだあのイシュトへの運命宣告イベント(?)は、本来起きるはずの昨日には起きていなかった。リンダとも、できるだけ距離を詰めないようにしてた。

 だから、ちょっと僕は油断していたんだ。今日はよく、お前誰だって聞かれる日だなーって。

 こんな発端から始まるなんて、誰が思うかよ。クソッ!

 

 ──────

 ──────

 

(リンダ視点、ノスフェラスの一隅、夜)

 

 リンダは、唇を湿した。目の前の傭兵に、目を据える。

 グインほどではないが非常に長身、すらっとしているが敏捷で逞しい姿。顔は意外なほどに整っている。

 何より、体中から生命力とでもいうのだろうか、人を惹きつけるオーラが漂う。

 宮中にいれば、きっと女官たちが放ってはおくまい。リンダも、彼が見事交渉して彼らの身柄を救い出してくれたとき、彼の姿をみて心臓の鼓動が早まるのを感じていた。

 

 だが彼女には、──パロ史上屈指の予言者とも呼ばれ、この地上におけるヤーンの代理人、巫女姫である彼女には。

 この傭兵に伝え、問いたださねばならないことがあるのだ。

 彼女がいずまいをただしたのを気づいたのが、傭兵が目を向けてきた。酷薄な、黒曜石の目。

 

「──イシュトヴァーン。聞いておきたい。あなたは何者?」

 

「ゴーラの傭兵さ。あんたのご両親を害したゴーラの、な」

 

 聞きようによっては、ひどく無礼な言葉が返ってくる。

 しかし、彼女が聞きたいのはそういうことではない。

 

「そうではない。あなたは、ゴーラを裏切ったも同然。セムの襲撃を知ってて知らせなかった。

 わたしたちを逃がしたことも、ゴーラの国益に反する。

 まして今回のように、主に弓を引く行いも。」

 

「──裏切ったのは、あいつらが先だ。

 俺はあらぬ嫌疑をかけられて、亡霊の出る牢に放り込まれたんだぞ?

 俺に剣の兄弟の信義に恥じる行いはない。仲間には警告したぞ、何かまずいことが起きるってな!──誰も聞かなかったが」

 

「それだけじゃない。

 あなたの名前を口にしたとき、わたしの身に慄きが走った。私は、視た。

 血に染まった夕陽の平原、炎と煙に包まれる都市、燃えながら折れ沈む戦艦。

 そしてそれを見降ろして風に吹かれているあなたの額には、青白い炎の冠がかかっていた、──」

 

「そうか。まあ俺は、『災いを運ぶ男』だからな。」

 

「いまにあなたは知る。おおいなる災いを運ぶ男よ──」

*3

 

 いつになくかすれた、リンダの声。

 今、彼女は神の言葉を伝えているのだ、とグインとレムスは悟った。おそらくは、イシュトヴァーンも。

 しかしイシュトヴァーンは、少なくとも彼らの目には、彼の運命についての恐ろしい予知をすでに知っているかのような。

 そして敢えて言えば、煩しいものを聞いているようにすら思える不遜な色があった。

 

「──いずれ御身は災いの星が、──」*4

 

「その使者そのひとをも洩らしてはいなかったと知るだろう。*5──そうだな?」

 

 平然と(少なくともレムスとグインにはそうみえた)、傭兵は巫女姫の予言を断ち切ってみせた。

 

「──俺はヴァラキアのイシュトヴァーン。それ以上でもそれ以下でもねェ。

 沿海州の娼婦の息子、生まれついての博打打ち。あちらこちらのお尋ね者で、悪い奴らの仲間で首領。

 残念だが。お姫様が観たような、たいそうな運命に値する者じゃない。そんなものに、なるつもりもない。

 俺やお前にはどうすることもできぬ運命になど、操られたくはない。『光の公女』など、クソくらえだ。

 ヤーンの操り人形など、絶対に御免だ。俺は自分の心のままに、生きて死ぬ」

 

 彼は視線をリンダとレムスに向けた。ふたりはその虚無的な視線に、背筋が冷えるのを感じた。

 

「ただそれは俺が思うこと。神の使徒たるあんたらがそう思う必要はない。

 王女殿下の予言には、感謝する。ただ、俺は全力でその運命に逆らう。──そう、神には伝えてくれ。」

 

*1
毛皮を巻く理由は、ケス河の水妖除けである。「望郷の聖双生児」参照。

*2
この点、原作ではノスフェラスにおいてさえもアムネリスは毎日入浴していたというフェルドリック視点の伝聞描写がある(「ラゴンの虜囚」第4話、)。1日3回、タリオ公のお渡りがあると加えてその前後という回数で、クム人も呆れるほどである(「光の公女」213-214頁。もっともクムのモデルとされる東南アジアでは、1日2回がデフォだというので、現代であればそこまで多い方ではないかもしれない)。ただしこの世界線の彼女は相当に軍人寄りであり、最低限の身だしなみ以外にはそのような無駄に時間を使い隙をさらす真似を好まないものとした。

*3
第2巻105ページ、リンダ発言。

*4
第2巻106ページ、リンダ発言。

*5
第2巻106ページ、リンダ発言。




(覚書)
〇アムネリスの戦闘能力
 アムネリスは戦闘訓練を受けたことをうかがわせる記述もあるが、剣を取っての近接戦闘能力は作中で最強クラスのスカール太子はもちろん、タルー公子にも及ばない。当然、寝込みを襲ったイシュトヴァーンには劣ると考えられる。ただし、護身に足りる技術はあると思われる。
 彼女の戦術眼・戦略眼については物語中盤以降の劣化が著しいが、これは割り引くべきであると思われる。パロと辺境蛮族との連携に関する勘違いもある(ただ、紛らわしいことにルードの森への双子の転移という背景事情もあった)が、高次元の戦略眼、中~高水準の戦術眼を有している、とこの物語中は仮定する。
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