(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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 ご評価をいただきました。ありがとうございました!



 第三者視点→偽イシュト視点です。
 綱渡りや族長会議をすっとばしたので、「荒野の戦士」「ノスフェラスの戦い」
が終わり「ラゴンの虜囚」に入りかけています。

(20251030追記)誤字のご指摘、ありがとうございました!


013 エルさんルート

(第三者(レムス中心)視点、ラクの谷への途上)

 

「イシュトヴァーン、こっちで道は合ってるの?」

 

 少年は、そう言ってイシュトヴァーンを見上げた。

 彼は今は、この怪しい傭兵の乗る馬の鞍の前に座らせてもらっていた。

 

「──実は、俺にもわからん。

 豹あたまの旦那よ。どう思う?」

 

「この方向でいいだろう」

 

 グインたちがモンゴール軍に捕らえられた後。

 この心臓に毛が生えている黒騎士は、夜陰に乗じてしのびこみ、やたら迫力ある公女殿下を人質として。

 グインたち捕虜と公女殿下との人質交換に、成功したので。

 身代の一部としてもらい受けた馬を急き立てて、彼らは必死に逃げ続けていた。

 

 途中の一休みで、彼の姉がこの怪しい傭兵に対しておそるべき予言をぶちまけはじめ。

 それに傭兵が反発して(?)言い返す、という緊迫の一幕があったものの。

 馬を休ませ、水を飲ませた後、彼らはふたたび出発して逃避行を続けていた。

 

(なおさっきの、予言をめぐる緊迫した一幕について。

 幼いころから、利発で活発、しかも神に愛された予言者である姉と、ことあるごとに比較され。

 彼女への嫉妬もさることながら、彼女と自分を比べたがる周囲へのもにょもにょとした反発感を、思春期になって抱くようになってきたものの。

 予言という絶対性の前に、自分が劣っている、間違っていると感じざるを得ず鬱屈することも多かったレムスは。

 パロならば皆ひれ伏すであろう姉の神託を妨げた、この傭兵の神をも恐れぬ所業に対し。

 胆を潰しながらも、どこか妙に痛快な思いを抱いていた。)

 

 なぜか折よく兵営を襲ってきた砂虫(サンドワーム)へ対処せねばならかったことに加え。

 リンダとイシュトヴァーンの間には、痴話喧嘩が発生することもなく。

 また彼らが人質交換に乗じて得た馬は3頭で、疲れた1頭をときおり交替させることで、馬たちは潰れずにすみ。

 彼らの知らない史実より、着実に早く進むことができたため。

 追手のゴーラの騎士たちは、彼らを見失っているようではあった。

 

「これでいいのか。まだ、もう少し後か。

 ──原作では、手間取ってたからな。()()との遭遇時刻も変わるか?」

 

 イシュトヴァーンは犬の頭をした形の山に指を擬し、何やらぶつぶつとつぶやいている。

 先ほどの休憩から、リンダと場所を代わってイシュトヴァーンと同乗することになったレムスは、「原作」ってなんだろう?と素朴な疑問を抱いた。

 

 王子の知る意味では、「原作」とは、たとえば歌劇のもとになった本とかだと思う。

 レムスたちの生きているこの現実には、決まりきった脚本(シナリオ)などはないので、彼のそうした用法は不自然だ。

 まるで、──畏れ多くも神の描きたもう、変えることのできない運命の絵図があるとして。

 それを原作にみたて、それとの違いを論評するかのような口ぶり。まるでリンダよりも、未来を知っているかのような。

 

 ──まあ、彼は自分でも言うように卑賤な生まれだ。単に「俺の予測、考え」というくらいの意味に、言葉を間違って覚えているだけかもしれない。

 しかしそうした教養の欠如を埋め合わせてあまりあるほど、この傭兵がリンダとはまた違う奇妙な未来への洞察力を持っているかのように、レムスは感じ。

 そんなことはあるまい、と頭を振った。ぼく、きっと疲れてるんだ。

 

 彼は馬の首に体を添わせるように前傾し、この粗野でたけだけしい、彼のあまり知らない人種である傭兵を見あげる。

 

「どうした、疲れたか?」

 

 険しい顔で周囲の異常に目を配りながら馬を走らせていた男が、レムスの様子に気が付いて顔をほころばせて声をかける。

 

「大丈夫」

 

 そう答え、少年(レムス)はまた前を向く。

 

 少年(レムス)は、どこかしら反発を覚えるようになってきていた、神の定めた(と称する)身分や序列を正義であると絶対視するパロ的価値観と正反対の在り方(アンチテーゼ)を。

 この無学で粗野な荒くれものであるはずなのに、なぜか奇妙な洞察力と、レムスを王族としてでなく、個人として尊重してくれる、奇妙な優しさを備えた彼に見い出し。

 妙な憧憬のようなものを、抱きはじめていたのだった。

 

 ──────

 

「砂虫は多少の時間稼ぎにしか、ならねえ。200騎ほどの追手が来ていると考えるべきだ。

 おそらく隊長は、『ゴーラの赤い獅子』アストリアス。お前ほどではないが、腕は立つ。

 純粋な剣の勝負では、おそらく俺と互角以上だろうな。

 あと、老練な腕利きの白騎士も監督に付くだろう。」

 

「そうか。──岩場などを通って、馬の蹄の跡を消すか?」

 

「俺には土地勘がないが、グイン、もしお前の勘が働くなら、そうしてくれないか。

 スニさんたちの村に着けるとして、そこにゴーラ兵をなだれ込ませることだけはしたくない。」

 

 傭兵の依頼に従い、グインたちは途中で岩場を回り、蹄の跡を消してさらに進み。

 そして、ラク族が迎えによこした戦士たちに遭遇した。

 

 スニの祖父だという年老いた、体の毛が白くなった威厳のある大族長が。

 なんとゆっくりではあるがそれなりに教養ある中原標準語を話すことに、レムスは驚愕した。

 

 セムたちは奇怪な恰好や戦化粧をしているが、剽悍な戦士たちであり。

 レムスは、あのスタフォロス攻防戦を思い出し、恐怖に体がこわばるのを感じたが。

 この大族長の孫娘を救い出した彼らに対して、この矮人の戦士たちはきわめて友好的だった。

 

 一行には他の選択肢があるわけでもなく、全員一致で彼らの谷に向かうことになった。

 ただグインは、少し心残りがあるようにみえた。

 

「グイン。お前が何を懸念したかは、わかっている。

 あいつらの動向を確認しに偵察に戻っておくべきだ、と考えたのだろう?

 だが今は偵察は無用だ。逃げ切った方がいい。」

 

 ──アストリアスたちに遭遇してもつまらん。せっかく、うまく撒いたんだ。

 それにだな、そいつらを仮に破っても増援がくる。

 今度は本格的な増援だ。おそらく1万はくだるまい。

 それと出くわせば、とてもやっかいなことになる。

 

 そう、傭兵は憂鬱そうに言う。

 具体的な兵数まで挙げているのは、単なる当て推量でなくなんらかの裏付けがあるからのようだ。

 軍の動きなど、一介の傭兵が知り得る情報ではない。おそらくは、軍の動きを密偵間で知らせ合っている?

 

 ──アグラーヤ(沿海州の軍事国家といえばここ)の密偵ネットワーク、おそるべし。

 

 そう、レムスは思った。

 

 ──────

 ──────

 

(偽イシュトヴァーン視点)

 

 僕たちは、原作と異なり、特段のイベントもなく追手から無事逃げ切った。

 途中で僕とリンダがぐちゃぐちゃ言い争って時間を空費しなかったのが良かったのだろう。

 あれはあれで2人の仲を縮める、甘酸っぱいエピソードなんだろうけど。

 僕はヤダ。中学生くらいの子とあんなやり取りするなんて、恥ずかしくてゾワゾワしちゃうと思う。

 

 原作どおりアストリアスが追いついてきたらどうしようって思ってたけど、撒けたのかな?

 あいつは今時点の僕より強い。原作ほど体力は消耗してないけど、精神的には、──ね?

 それに撃破するのはいいんだけどさ、ここで時間をとるとその後のチャートが急に難しくなってしまうんだよね。

 

 僕たちのラクの村への道には、まだ、イド(ノスフェラスの巨大アメーバみたいな生き物。溶解力すごい)の大群は出現してなかった。

 そう、原作ではゴーラ軍の偵察をしてる間に、帰り道の谷にイドたちが移動してきて、道を塞がれてしまうんだ。

 

 あれを通りぬけるのは大変だ。余計な時間を使わず、イドたちが道塞ぎしないうちに帰った方がいい。

 原作では、セムの一人が竹馬でなんとかイドだらけの中をわたり、綱を張ってほかの皆が綱渡りする、ってことをする。

 縄が切れた後は、グインが無理やり甲冑に身を固めてイドの中を突破し、イシュトたちのところにたどり着いたら火で体にまとわりつくイドを焼きとる。

 

 これは、グインの機転と勇気と底なしの体力を示すエピソードなんだけどさ。

 綱渡りのところで、「サライ」だったっけ、6匹くらい気のいいセムたちが犠牲になるはず。

(ちなみにセムたちは猿人だから綱渡りは得意だ、という描写があったが、森もない地の猿はそんなの練習できないと思う。彼らも命懸けで大変だったはずだ。)

 

 生ぬるい現代人の視点では、僕はやっぱりその犠牲が無視できない。

 お家に帰るだけでそんな数の死傷者を出すなんて、さ。スニさん1人を助けた恩には、釣り合わない。

 この時代、大族長の孫娘の命と一般の戦士の命は等価じゃないってことなのかもしれないけど。

 でも一般のセム戦士視点でみたら、僕たち、疫病神だってなりそうな気がしてさ。

 

 かといってイドの中を通り抜ける、代わりの案なんて思い浮かばない。

 結局は、イド退治で火を使うしかないんじゃないかと思う。

 原作では、煙を見つけられるのを恐れて焼き払うことはしなかったけど。

 グインにとりついたイドたちを剥がすために焦がしたり、その後でも夜になって焚火をしたりする描写があるんだから、さ?

 日が落ちるまで辛抱強く待ち、煙が目立たなくなってから燃やすとか。

 紐の先に石でもつけるか、長槍の先で突っついて、邪魔になってるイドを数匹ずつ引き寄せてちまちま燃やして道を空ける、とかを試みたらどうかとは思う。

 ただ、グインや、それなりに賢いセムたちがそうしないのは、それなりの理由があるからなんだろう。

 

 それを避けるためにも、今回はラクたちの村にとにかく早く行くことを優先した。

 そしてその狙いどおり、僕たちはイドの大群に遭遇することもなく、無事、安全なラクの村に到着することができた。

 

 原作どおり、大歓迎を受ける僕たち。

 幸いにも今回は砂ヒルが(イシュトヴァーン)に供されることはなかった。

 

 

 ──────

 

 それから数日。

 モンゴールによる探索の手は、まだここに届かず。

 グイン一行と僕は、ラクの村で平和な日々を楽しんでいた。

 

「イシュト! 角力!角力!」

 

 あー、またか。

 僕はセムの少年たち(たぶん。少女も入ってるかも)の片言のキタイ語での呼び声に、眉をしかめる。

 

 僕はレムスとともに日陰にはいり、彼を師として、地面に手本を書いてもらい。

 ルーン文字の読み書きの練習をしていたのだが。

(元人格はヨナからルーン文字の手ほどきを受けていたが、まだ完璧じゃない。

 だから、僕はレムスに剣術の手ほどきをする見返りに、こうして読み書きを学んでいる。)

 セムのガキどもになぜか懐かれて、しょっちゅうひっぱり出されるんだ。

 

 村に入っての歓迎会で、僕は彼らに親しんでもらおうと思い。

 グインも誘って、村の子供たちの相撲の相手とかしてやったんだけど。

 あれがやっぱり、まずかったかなー、と思う。

 

 いや、大好評だったんだけどね?

 男の子たち(成人した連中も混ざってたかも)を柔道技でぐるんって投げ飛ばしてたら。

 それが面白かったらしくて、こうしてまとわりつかれるようになってしまった。

 

 もちろん「リアード」ことグインは原作どおり大人気。ただ彼はどちらかというと王様的な人気で、また彼自身も精力的に村の改善や戦士の訓練とかに出てて不在がち。

 だからレムスとこそこそすみっこで砂を混ぜて遊んでる暇そうな(そう、セムたちには見えるらしい)僕が狙われてるという次第。

 ただ、内向的なレムスは意外にもそうしたセムの子供たちとの遊びも嫌じゃないみたいだ。誘うと乗ってくる。まあ、王族である前に人間だからね。

 

「話!話!」「笛!笛!」

 

 あー、女の子たちまで来たぞ。成人近い子も髪飾りをつけておめかししてきてる。レムス狙いかな。

 女の子対策として、グインに通訳してもらいながら外の世界での冒険のことや、赤ずきんちゃんとかを翻案して語ったり、笛を吹いてたりしただけなんだけど。

 やっぱりそれも気にいられて、男の子たちだけじゃなく女の子たちにもまとわりつかれるようになってしまった。

 外の世界の話については、大人たちも興味深げで、特に海の話をよくせがまれた。

 彼らにとっては「敵対的でない毛無人」は「外」の世界を知る物珍しくもあり、好奇心をそそる存在だというのはわかるのだが。

 しかしなー、僕は僕で忙しいんだよ。

 

「グラッ、イシュト、ミソンジ、ナルア!」

 

 あー、救いの女神、スニさんだ!

 まとわりつく子供たちを叱り飛ばしてくれてる。

 「馬鹿者っ、イシュトは忙しいんだよ!」とか言ってくれたのかな?

 

 目を向けてみると、リンダと二人、ちょっとおめかししてるスニさんの姿。

 彼らがもともと着ていたパロ王室の服はそこまで華美でもないが、非常に上質で丈夫。

 しかしノスフェラスに住むにはさすがに防御力が低いし、また着たきり雀というわけにもいかない。

 そこで城から盗んできて僕が自分の背嚢に入れておいた布の一部を使い、二人でつるんで双子のための代わりの服を仕立てていた気配があった。

 

 スニさんたちも、(暖かい毛皮に覆われてるので、服は僕たちほどはいらないが)女の子だからね。

 村の女の子たちと一緒にその残りの布や端切れを使ってきれいな服や飾りを作り、その余慶を受けている。

 

「いしゅと!グイン、来来!」

 

「イシュトヴァーン!──グインが呼んでるわよ。

 あと、レムス! あんたはスニたちと一緒に、水汲みか裁縫。いい?」

 

「へいへい」「うん」

 

 咎めるような声。ちょっと湿度高めな視線。リンダ王女殿下だ。ちょっと拗ねてる?

 ずっと、関係が微妙なんだよなー。やっぱり予言の腰を折っちゃったのがいけなかったのかな。

 まあそうだよね、神のくだされたもうた、聖なる予言だよな。

 それをハイハイわかったわかった、みたいに感じ悪くあしらっちゃったし。

 

 でもさ、だってイヤじゃんあんな恐怖予言。

 思わずそんなの嫌だスローライフしたいって言ったら、イシュト語変換でなんか神に逆らうぜ、みたいになっちゃっただけなんだよ。

 神の巫女でもあるリンダ視点じゃ、許しがたい冒涜者ってことになるよなー。

 猛省しながら、僕はグインのもとに急いだ。

 

 ──────

 

 さて、スニさんたちに伝言されて赴いた、ラクの谷からすこし離れた見張り場。

 ラク族の防人たちが、つねづね油断なく村に近づく異常を見張っている。

 グインは、そこにいた。

 

「よう、グイン」

 

「──イシュトヴァーン」

 

 セムの戦士たち数人にかこまれたグインが、僕に気づいて声をかけてくる。

 あのアムネリスからの救出劇以降、かなり僕への当たりは柔らかい。

 

「リアード、××、×××──」

 

 セムの戦士が、何かを具申している。頷くグイン。

 原作どおり、セムの戦士たちのグインへの心酔は強い。

 慕われまくって、グインは王様の風格を漂わせている。

 グインも、もちろん彼らに応えて、稽古を付けたり村の設備を改善したり。ようやるわ。

 この調子なら、セムたちの大連合も成るだろう。──ただ、その後の虐殺をどうにか回避したい。

 

 僕たちが呼ばれた理由は、すぐわかった。

 目の前には、いかにも焼け出されてきたというセムの他部族の避難民たち十数人に、それとは別の部族(体の戦化粧や、体毛の色で判別できる)の戦士数人。

 グインと、険しい顔のラクの戦士たち数人が彼らの話を聞いていたようだ。

 

 カロイの塩谷やグロの里と違い、ラクの谷やツバイの谷は見つけにくい場所にあるが。

 セムたちの間では、もちろんおおまかな位置くらいはわかるものらしい。

 この避難民たちは故郷を捨て、藁にもすがる思いでラクの谷を目指して落ち延びてきた人たちだろう。カロイでもグロでもなさそうだが、──。

 

「──モンゴール軍だな?」

 

「そうだ。セムの語彙にはなかなかないくらいの大軍らしい。

 ケス河沿いに縄張りを持つカロイは、攻撃を受けて敗走。

 今は、やや奥地のグロと交戦中だという。」

 

 グインが状況を伝えてくれる。

 

 正史とはわずかながら経過は違うが、やはりノスフェラス侵攻が進んでいるらしい。

 

 アムネリスは、原作どおりケス河北岸、ノスフェラス側に足場となる基地をつくった。

 僕たちを積極的に探す様子は、見せていない。じっくり腰を据えているようだ。

 そのため僕たちもここ数日、安穏とできていたわけだ。単にうまく逃げ切ったから、ってわけじゃなかったのか。

 

 どうやらモンゴール軍は基地の整備が一段落し、本格的にカロイの一族に復仇し始めたようだ。

 まあ、略奪品とかをみればあいつらカロイ族が砦を襲ったってことくらい、容易にわかるよな。

 まあ、これに限っては身から出た錆かもしれない。もっともその前段階として、先に人さらいし始めたのは偽ヴァーノンなんじゃないかという議論はあるが。

 

「塩谷のカロイは、深刻な打撃を受けた。

 そしてカロイの領域は比較的豊かで水もある。奴らは根を張るつもりだ。

 救援を求められたグロは武勇に優れた一族らしいが、モンゴール軍はグロの挑発に乗ってこなかったそうだ。

 いったん引き、圧倒的な数の弩で射すくめてきたらしい。それで撤退しかけたところに追撃を受けて大損害を蒙ったという。

 彼らは主に、ルノイというグロの近隣の小部族。グロの敗兵を受け入れて応戦したが、一蹴され、里を焼かれたという。

 ──イシュトヴァーン、この蚕食が続けば」

 

「言わせんな。

 次か、その次か。いずれ、俺たちのいるラクの谷も攻撃目標になる、ってこったろ?

 谷は隠せねえ。この避難民どもの足取りを追えば、あるいは捕虜を拷問すれば、そのうち突き止められちまう。

 ──そうだな?」

 

 そういうことだ、とグインは頷く。

 もう避難民たちはここまで来てしまっている。

 追い返しても、ラクの谷が突き止められるのは時間の問題。

 僕は考え込む。

 

 正史では、モンゴール軍の目的は、(双子とグインもさることながら)殺生石にある。

 今のモンゴール軍も、殺生石を狙うルートをとっている可能性が高い。

 カル=モルがモンゴール軍にいるはずだが、あいつを暗殺するか?

 

 ただ、ちょっと気になるところもある。

 モンゴール軍が、原作以上に堅実な戦いぶりに思えるんだ。瘴気の谷(グル・ヌー)を狙うのなら、もっと積極的に奥地に進んでいてもいいはず。

 それに原作でもカロイは打撃を受けていたが、連合の時点でグロが既に損害を受けていたという描写はなかった気がする(うろ覚えだけど)。

 

「イシュトヴァーン。情報が必要だ。

 カロイからの避難民によれば、モンゴール軍は100の10倍して、その10倍はいるという。

 モンゴール軍が、セムたちを皆殺しにしようとすることは防がねばならん。

 ただ、逃げるにしても戦うにしても、知らねばならんことがある。

 不思議でならんのだ。──なぜ、奴らはこの地にこだわる?この不毛の地に?

 奴らは、このノスフェラスに何を見出している?

 それを知らねばならん。──そのためには」

 

「わーってるって。モンゴール軍に情報を取りにいくやつが必要。

 それは目立ちすぎるお前にはできない。俺の役割だな?」

 

 僕は空をあおぐ。あーあ、やりたくねー。

 

「数日くれ。

 だがその間、侵略は進む。個別撃破はまずいぞグイン、どうにかできるか?」

 

「どうにかするしかあるまい。ロトーに頼んで他部族を糾合する」

 

「そうだな。それに加えて、もうお前のことだから考えついているだろうが、──ラゴンに救援を求めてくれ。

 俺にはできない。お前はセムたちの王様だし、ラゴンは力をみせねば従わない」

 

「応。──モンゴール軍には、行ってくれるか?」

 

「おうよ。頼まれたぜ。

 ──ただな。裏切りで大量に奴らに血を流させるのは勘弁してくれ。モンゴールは今は敵だが、な。

 偽情報をつかませてモンゴール軍を誘い込んで皆殺し、みたいな策はやめろよ?」

 

「それも一策と考えていたが、駄目か?」

 

「俺は反対だな。後のことを考えると、隣人同士は折り合いを付けるべきだ。遺恨を残すべきじゃない。

 今回はカロイがスタフォロスを陥した。そしてモンゴールもカロイに報復した。そこでやめさせねえとな。」

 

 殺生石をぬきにすれば、ノスフェラスは不毛の地。それを理解すれば彼らは引く。

 利益を得たいなら、交易すればいい。何しろ、キタイはラゴンとすら交易している。利があるからだ。

 セムとも交易は可能だろう。未知の資源があるのだし。

 

「ただ、食い止めるために、奴らとは一戦する必要があるかもしれん。」

 

 流れる血を最小限にするために、頭を刈り取って、モンゴールを追い返すことは選択肢の一つだ。

 まあ公女殿下も、人を殺す以上は殺される覚悟もあるってことで。

 

「戦いは嫌だな。──あの公女様、()るか?」

  

 そう思いながら提案すると、グインがあきらかにぴくっ、と反応した。

 

「どうしたグイン。当然の策だ。ここまで来たら一蓮托生、お前もやるんだぞ?」

 

「しかし、イシュトヴァーン。──それは不味いのではないか?」

 

「?一人の犠牲で大勢が救われるぞ。俺とお前でやるんだぁな、兄弟。──どうだ?」

 

「いや、それは駄目だ。やらぬ。それに、──リンダがきっと怒るぞ」

 

「王女様に、何の関係があるんだ?」

 

 だって王女様は原作じゃアムネリスと超仲が悪かったし。ちらっと聞いたら印象最悪って言ってた。

 だからアムが死ねば、むしろリンダは、──いや、喜びはしないだろうが、悲しみもしないだろう。

 しかも仮にリンダが僕に怒っても、今だって僕とは疎遠だし。これ以上悪化しても特に失うものはない。

 

「とにかく、俺はやらん」

 

「まあ、お前が云うなら俺も今はやめておくが、好機があればわからんぞ」

 

 グインもやっぱり、女を斬るのは嫌なんだろう。原作でも侮辱はしたが殺してないし。

 それに増援もあって公女様の護衛も堅固になってるだろう。奴らが失敗を2度3度、繰り返すことは期待できない。

 ただ、最後の手段として僕はこの選択肢を排除しない。

 

 とりあえずは情報収集だ。どっかで赤騎士か青騎士の鎧でも見つけなきゃいけないな。

 まあ、カロイとの戦闘後ってんなら、死者の装備が余ってるだろう。それをくすねよう。

 

「ゴーラ軍までの道案内に、サライをつける。少しだがキタイ語が使える。」

 

 おおっと。サライ君じゃないか。原作だとイドに殺されてる子だな。

 僕は、感慨深く彼を見る。

 あ、この顔は見覚えがある。僕の笛を聞いてて瞳孔が開くくらいびっくりしてた子だな。

 彼からも、友好的な笑み。素直そうな好青年、なのだろう(僕にはスニさんやロトやシバ(ロトの息子)以外のセムの個体識別は、まだあんまりできないけど)。

 

「サライ、請助(頼むぜ)!」

 

「いしゅと。(こちらこそ)!」

 

 彼を案内人に立て。僕はモンゴール軍に潜入することになった。

 

 ──────

 

 翌日、午後。

 

「おい、そこのお前!現務がないなら、来い!

 ──名前は?」

 

 原作とは異なり、僕はセムの襲撃に紛れて鎧兜を入手する、という手は取らなかった。

 グインも、まだモンゴールの分割撃破やイドの追い立てとかはやってない。

 現在はまだ、連合の形成のための族長会議をやってる頃合いだ。

 

 僕はサライとともにグロとの戦場跡を訪れ、壊れて遺棄されたモンゴールの鎧兜を手に入れて。

 他の戦場でセムとの戦闘中にはぐれてしまい、ほうほうのていで逃げてきた、ということにして、モンゴール軍の派遣軍団の一つにもぐりこみ。

 すこしずつ、まともな装備をくすねて交換し、彼らの本拠地に近づく。

 原作とは、やはり異なる。アムネリスたち首脳部は、ケス河沿いの比較的安全な地域にとどまっている。

 

 派遣軍からの連絡兵のていで、ケス河沿いの本拠地に僕は忍び込んだ。

 さらにさりげなく本拠地奥に忍び込もうと試みていた、僕なのだが。

 突然、後ろから枯れたがよくとおる声で呼びかけられたので、頭が白くなってしまった。

 あれ、偽名偽名。なんにしたんだっけ。とっさに頭にあった名前を名乗ってしまう。

 

「アルゴンのエルです、閣下(ヘリーロ)!」

 

 振り向いて名乗る。目の前には、がっしりとした体躯、みるからに歴戦の将と思える年かさの軍人。

 目が合う。皺の刻まれた魁偉な顔に埋め込まれた、レントの海のようにどこまでも澄んだ青い目。

 

 ──あれっ。僕、やっぱりアルゴンのエルさんルートに乗ってないか?

 




(覚書)
○スニはどうしてスタフォロス城で捕まっていたのか?
 第1巻「豹頭の仮面」では、リンダの理解では、スニはケス河の中州で捕まったとされている。
 →①第1巻第3話3のリンダとスニの会話の記述「セム族たちは、そのいまわしい風習に従って、川にすむ気味の悪い生き物を狩っていたのであろう、・・」
 ただしこの点、第2巻以降では、薬草を取りに来ていたとされている。しかし、薬草が生えている場所については、モンゴール側ではないかと思われる節がある。
 →②第2巻第4話3(227頁)のロトーの話「砂漠の祭りにつかう薬草をあつめに出かけ、ケス河をこえてきた黒い悪魔につかまった。」
 →③第7巻第3話1「カロイ族は、・・・ケス河をわたり、こっそりオームの森に入って葉、そこにしかない薬草や毒花をとってきて、・・・」「ラクの手でも薬草をつみにゆけぬものかと、スニ様たちがケス河近くへきて──」
 この点は設定変更がある可能性もあるが、第1巻の記述はリンダがそう思った、というだけの話なので、後者が正しいものと思われる。
 本作では「貝掘り」説をとっていましたが、そのうち修正しようと思います。
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