(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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ご感想をいただきました。ありがとうございました!


 原作でのグイン、巻により完璧超人のことも、ドジって崩れることもあったりですが。
 本作のグインの中身はややドジっ子よりで、柔らかい話題も多少はいけるけれど、基本的には真面目な元体育会系かっこいいおじさん(※個人の印象)。慣れない話題では、つい変な色ボケ方向に勘違いもしてしまったりするのです。きっと。
 (もちろんのこと、リハクることも・・!)


 グイン・サーガ、私も途中離脱組ながら折にふれ、生き別れの恋人のように気になってしまっていました(あきらめきれず検索して、わー、こんなんなってるのかー、とか思ったり)。最近は書店に行っても、早川文庫の本棚にあの黄色いタイトルのコーナーがなくて切ないです。
 本作では、昔熱中していたときにあれこれ想像していた物語の線で書いてみたいと思います。──時折、異物をぶち込みつつ。

 ※確かに王様、外伝の方への出張が尋常な量でないですね(戦慄)。マークしてませんでした。ちゃんと読んだ記憶のある最後はマグノリアあたりだった気がします。
 

 また、多くのご評価をいただきました。ありがとうございました!
(また誤字のご指摘、ありがとうございます。20251031)

 偽イシュトヴァーン視点→第三者視点です。


015 大量破壊兵器

(偽イシュト視点、ノスフェラスにおけるモンゴール軍本陣、午後~夕方)

 

「──諸卿よ、時間もないことであるし、始めようか。

 卿らからは、此度のノスフェラスへの侵攻についての懸念が寄せられている。

 また、一般兵の間でこの過酷な地に赴くことについて疑問を抱かれ、またこの地の怪物たちによる被害に動揺がみられることを、私も承知している。」

 

 重要な会議がある、と通りすがりにマルス伯につかまり、強引に連れてこられた大天幕。

 主要な将たちが集まったそこに、アムネリスが現れ、会議が始まった。

 冒頭の言葉を述べていったん切り、諸将を睥睨した公女アムネリスの緑の目。

 僕は軽く俯いて、彼女の視線をかわす。

 

 やっぱりこの時点での(頭に血の上ってない、恋愛脳にもなっていない)冷徹な公女は、傑物としか言いようがない。少なくとも「僕」の目には。

 それにしても、原作より参加者が少ない気がする。今はグロ族の征伐に派遣されてるからか?

(しかし、襲撃してきたグロ族との小競り合いに勝利し、その本拠地に一定の打撃を与えた後、モンゴール軍はこの本陣に帰投し始めていると聞いた。

 アムネリスには、本腰を入れてノスフェラスを占領する意思はないように思える。そこも原作との乖離のひとつだ。)

 

 公女殿下と白騎士たち以外には、アルヴォン、タロス、ツーリードなど兵を出している主要な砦の城主とその副官、そしておそらくは後で伝令とされるだろう護衛たち(僕もその一人)くらいしかいない。

 

「そのため私は、卿らに此度我らがノスフェラスに赴くことになった()()()を共有したいと考えることとなり、この度、金蠍宮の許しを得た──」

 

 僕たちにこの会議の説明を始める。いやこれ、僕なんかがいていい会議なのかな?

 話を聞きながら、公女殿下側の出席者を眺める。

 公女殿下の横にガユスという魔導士、フェルドリックだろう老獪そうな白騎士。

 そしてフードに顔を隠したやせこけた姿。

 

(カル=モルだ)

 

 僕はこの最後の人物。キタイの魔道師に視線を注ぐ。

 他の武将たちも、彼が気になるようで、ときどき、ささやき交わしながら彼を見ている。だから僕の観察の視線も、特に変と思われてない。

 

 なるほど、元は筋骨隆々の男だったのかもしれない、とうかがわせるものがある。

 僕やグインほどではないが、それでも立ち上がれば現代日本人の平均身長は超える長身。

 ただ、今ではすっかり水分を喪いつくし、老人のような干からびた痩身をやっとのことで支えている。

 あの「殺生石」に触れると、こうなってしまうのか。

 

 ちなみに「僕」は、途中からの原作からの脱落組。

 正直なところ、ノスフェラス情報については、「ノスフェラスの嵐」どまりだ。

 墜ちた星船が「瘴気の谷(グル・ヌー)」にある、その炉からの瘴気(放射線に近いものだろうか*1)でこの地が汚染されてしまってこうなっている、というのが僕の知るほぼすべて。

 

 カル=モルが患っているのは急性放射線障害なのかと思ったが、症状的にはそうではなさそうだ。

 髪が抜けたりする点は似ているが、それ以外はおそらく別物。出血したりもしていない。

(ただ、魔道師はこの世界に半分存在はしているが、半分は精神的な(アストラルの)存在だと読みかじった気もする。症状の出方が常人と違う可能性はある。)

 

 ただ、他の相違点もあるので、おそらく「瘴気」は、グイン世界独自の謎エネルギーなんだろうと思う。

 ただこの世界が原作者の知識に成り立つ世界であるならば(そうでない、これは現実だという思いが、日々強くなるけれど)、原子力とのアナロジーが多少は有効かもしれない。

 チェルノブイリの「石棺」みたいなものや、溶けた鉛で封じたりしたら、少しはノスフェラスの環境改善が図れるだろうか?

 そんな僕の思いをよそに、会議は進行する。

 

「紹介しよう。カル・モル──」

 

 公女がカル・モルを紹介し。

 カル・モルがその顔を表に示し、列席者に動揺が走る。

 カル・モルが話し始める。内容は、僕が知るものと同じ*2

 

 カル・モルは伝説の大魔導師アグリッパを訪ねて、このノスフェラスに分け入り。

 そこで、このノスフェラスにおいてすら異様な光景をを目にする。

 骨と骨の粉の原、骨の林、骨の森、骨の海に漂う骨の島。

 彼は骨を踏みしだいて歩み続けた。

 

 そこで骨の原の中心で彼が目にしたのは、一つのなんということもないあばただらけの菊石。

 しかし、彼にはそれが瘴気の中心であるように見えた。周囲すべての屍は、その石に向かい、同心円状に倒れているようにみえたから。

 

 カル・モルはそれに触れ、強い瘴気に灼かれて右手の手首から先を失う。

 また朦朧としながらも、迷い込んだ砂漠ガラスが瘴気に打たれて墜ち、溶け落ちるのを目撃する。

 

 それが彼の見た、死の谷の殺生石だ。

 

 彼はかろうじて脱出し、友好的なセムに遭遇したが顔をみて逃げられ、自分の体が瘴気により干からびてしまったことを知る。

 そののち、どのようにしてかノスフェラスを横断して開拓民に保護された彼は、金蠍宮の知るところとなる。

 

 彼の話が終わっても、原作どおり諸将は声も出ないほどに驚愕している様子。

 アムネリスは、そこで疲れた様子のカル・モルとその護衛を下がらせた。

 質問は、と言われても声は上がらない。

 

「これは軍議ぞ。意見を控えるなどあってはならぬ。──爺、いや、マルス伯?」

 

 マルス伯が頭を上げて、アムネリスに指を一本上げた(挙指とでもいえばいいのだろうか、どうやらゴーラでは手を上げるのでなく、こうするものらしい)。

 

「それで。

 ノスフェラス制圧を火のように急いだのは、そのような理由からなのでありましょうや。」

 

 あれ。おかしいな。

 マルス伯は確かに、アムネリスに対して意見をする。

 しかしそれは、武将たちのあらかたが去って、内輪の人だけが残ってからだったと思う。

(たとえばアムネリスのマルス伯に対する「爺」呼びが、許されるような状況)

 ただおそらくこの場には、その「内輪の人」しか呼んでいないってことだろう、と僕は自分を納得させた。

 

「そうだ。

 この殺生石。そして、双子のクリージュダール(クリスタル)からルードの森への転移の謎。

 考えてもみよ。これらの脅威を」

 

「──暗殺者を、王宮に送り込めるということでしょうか?」

 

「それもあるが、高位の魔道師はすでに身一つならそれが可能だそうだ。

 だが。組み合わせ、たとえば殺生石をトーラスに転移させることができると考えてみよ。

 ──何が起こる?」

 

「なんと、──!」

 

 最初はぽかんとしていた諸将だったが、指摘されてその危険性を再認識したようだ。

 確かに殺生石からは、今なお濃厚な瘴気が垂れ流されている。

 これはおそらくは、星船の燃料炉から落ちたデブリか何かである可能性が高い。

 

 炉が成立していたり、殺生石が地面を溶かしながら落ちていってしまわないことを考えると、カルシウムやケイ素などのある種の物体はこの瘴気に耐えうるのだろう。

 どこか他国が手に入れて、敵国、たとえばトーラスにこの殺生石を転送してしまえば終わり。転送された国は亡びるしかない。汚い爆弾(dirty bomb)という奴だ、そりゃ気になるよな。

 

「なるほど。

 して、この情報は兵どもに知らせても構わぬので?」

 

 これは、アルヴォンのリカード伯。

 原作では凡庸な将軍だったが、さすがに重要拠点を任された将だ、そこそこ切れるように思う。

 そこで、アムネリスはわずかに悩ましそうにため息をついた。

 

「そうだな。金蠍宮からはその許可を得た。

 必ずこの殺生石を手に入れよ。それならば、兵に知らしめて構わぬ、むしろ広く知らしめよ。我が国がそれを持つことで他国は我が国に挑むことはなくなる、と──」

 

 なるほど。要は、これはこの世界ではまだ存在しない、大量破壊兵器なのだ。

 モンゴールはこれから、パロの残党やその友邦との一戦を覚悟せねばならない。

 その際に、パロの双子を転移させた古代機械のようなものが自国に使われることを警戒しなければならないが。

 殺生石を押えてさえおけば、パロの転移の秘密は得られなくとも、モンゴールに対しそれらが組み合わせて使われることはないし。

 仮に「転移」単独での攻撃が行われれば報復として相手国を確実に破壊できる、ということを示せば、相手国は「転移」での攻撃に慎重になる。「僕」のいた現代世界と同じ、パワーバランスでの平和だ。

 そうだとすれば、むしろ自国の兵に知られて構わない。ちゃんとモンゴールが殺生石を押えられる、という前提であれば。

 ──ヴラド大公は、そう考えたのだろう。

 

「 ──と。このアムネリスも、そう考えて()()()()()()。」

 

 はて?

 

「──殿下。今は、そうではないと?」

 

 アストリアスがおずおずと尋ねる。こいつ腕は立つのに、中身は思春期男子だよな。

 話についていってはいるが、怜悧な公女殿下に釘付けのその視線には、ひどく熱っぽい慕情がある。

 

「ああ。それは不可能ではないか、と。このアムネリスはそう思うようになった。

 ただ、他国が使えないようにしておけばそれで十分。

 そのためには広く知らしめぬほうがよい。いや、知らせてはならぬ、とな」

 

 確かに、近づいただけで動物を死に至らしめるような代物だ。利用できるものとは思えない。

 せいぜい中世あたりの文化水準のこの世界では、オーバーテクノロジーもいいところだしな。

 

「このおぞましい化け物あふれる淡褐色のノスフェラスの砂漠をみよ。

 そしてケス川以南の、我らがモンゴールの緑の森と草原をみよ。

 何が、この違いを引き起こしている原因なのだ?

 仮にその殺生石が、これを引き起こしている原因だ、と仮定せよ。

 その殺生石。モンゴールに持ち帰れたとして何が起きる?」

 

 公女が問う。

 

「モンゴールが、この地のようになる、──!?」

 

「そうだ。

 カル・モルは、──自分をあのようにした殺生石への、執念に囚われている。

 金蠍宮は、そのカル・モルが説得のために小出しにした、上澄みの耳障りのよい話しか聞いておられぬ。

 このノスフェラスを実際にみては、おられぬのだ」

 

 またため息が、公女殿下の桜色の唇からもれた。アストリアスの視線が、いっそうの熱を帯びる。

 

「──むしろ封ずべきものに、思いますな。このマルスも」

 

「で、あろう?」

 

 アムネリスのモンゴール侵略が、さほど急がない悠長なものになっているのは、そういう理由からか。

 得心すると同時に、僕は違和感を持つ。

 原作のアムネリスでもこのくらいのことは分かっていたはず。何が原作と違って、こうなっている?

 

「おそれながら。

 しかしそれは金蠍宮のご意思とは齟齬があるなどと、心なき者には言われませぬか──?」

 

 リカード伯がおそるおそる、確認する。

 確かに、これは重大問題だ。武人の間では上位者の命令は絶対。命令に従わないことも、命令にないことをしでかすことも、重大な罪なのだ。

 今回の場合、公女殿下が勝手なことをすると。

 下手をすると大公の右腕、トーラスの右府将軍が命令不服従、叛意を持っているとすら解釈されかねない。

 現代日本でわかりやすく言えば、閣内不一致に近い。ただ、この世界でははるかにそれより深刻、重大だ。

 

「そうだな。そのことについては、後で協議させてくれ。

 その前に、なすべき大事があるのだ。マルス伯、そうだな?」

 

 面を改めて、アムネリスが問う。マルス伯が頷く。

 そのとき、僕は火の棒を押し当てられたショックに近い焦燥感を覚える。まずい。まずいまずいまずい。

 僕の中のイシュトが、完全にoffにしているにも関わらず危機を叫んだ。

 

「はっ、腕利きを揃えております。──(ふん)っ!」

 

 ほとんど、反射的な動きだった。

 隠しから短剣を抜き放ち、天からの落雷のように落ちてくるマルス伯の大剣に合わせることができ。

 僕の中のイシュトが絶妙の角度で構えた結果、かろうじてかすらせるように大剣の刃を滑らせ、躱すことができた。

 それでも豪剣を受けるには荷が重い。短剣の接触面では火花が散った。ずっしりとした衝撃と軽い腕のしびれ。

 武器の差は大きい。このエリアに入る前、将軍以外は剣を預ると言われていたのはこのためだったか!

 

「覚悟!」

 

 背後から、ほとんど時を置かずアストリアスの第2撃!

 左手で抜いた別のナイフで逆らわず叩き下ろし、相手が剣を引きあげようとするところに付けこんで競り合いに持ち込む。ぎりぎり、とナイフの腹で剣をそらす。ヤバい、ただでさえ互角以上の相手だ、体勢も悪い、武器も劣る、このままだと押し敗ける。

 さらに、マルス伯が剣を刺しつけてきた。これも右手の短剣ですべらせて受けたが、僕の両腕はそれぞれの対処のため、使えなくなる。

 一瞬の膠着状態。視線を飛ばす。剣呑な笑みを冷たい美貌に浮かべている公女殿下と、視線が合った。

 

「久しいな。私も、会いたかったぞ!

 1度ならず2度も、こうしてわが(しとね)を求めて、妻問いに尋ねてきてくれるとは!

 ただそなたの熱烈な求愛、まだ小娘でしかないわが身にはあしらいかねてな。

 こうして腕達者な諸卿に頼んだわけだ、逢瀬の場を整えるために」

 

 脱出ルートを求めて、さらに視線を巡らす。

 諸将の護衛だという黒騎士、青騎士たちが油断なく弩を構えている。ダメだ、逃げられない。

 よくとおるアルトの美声が、僕には不吉な呪いのように聞こえた。

 

「後で、ゆるりと愛を語り合おうではないか?

 フェルドリック!サイム!」

 

「「は」」

 

 二人から革鞭が飛んできて、僕の両腕に絡みつく。

 是非もなし。僕は両手の剣とナイフを落とし、力を抜いて反抗する意思のないことを示す。

 

「手間をかけさせおって。──公女殿下、殺さなくてよろしいので?」

 

「説明したとおりだ。──聞きたいことがある。縛り上げてそこに、──ぬっ!」

 

 万事休した「僕」は、「イシュトヴァーン」に体の主導権をすべて譲った。

 ──そのとたん、僕の体が異様な活力を得て躍動した。

 

 片腕の鞭を、前腕を扇風機のように鞭の巻き付いた逆方向に回してはずし。

 もう片腕を力任せにぐいっと引いて、虚を突かれた白騎士サイムの体勢を崩す。

 僕に武装解除のため近寄っていたアストリアスの剣を持つ拳を蹴りあげる。取り落とした剣は拾えない、しかし体勢を崩したアストリアスと身を入れ替え、マルス伯の剣に対し彼を押し出して盾にする。

 護衛はとっさには弩を打てない。味方が射線上にいる、一つ間違えば主に当たる。

 ──そしてアムネリスの小娘の首は、すぐ指呼の間。

 

 懐に突っ込み、すぐ出された手には鈍く青く光る鋼。原作イシュトヴァーンの必殺の投げナイフ。

 視線上には、アムネリスの白い喉。相討ちでいい、あいつを殺せば、──いや、顔に傷を付けるだけでいい、殺す必要は──。

 

 「イシュトヴァーン」は、即時に殺せただろう。

 でも「僕」がためらった。ためらってしまった。

 そして「イシュトヴァーン」に、僕の逡巡が伝わってしまった。

 

 僕の投げたナイフは、アムネリスの白磁の肌を掠り。

 そしてむなしく、宙に失われる。

 仕損じたという焦燥、これで良かったんだという失望に似た安堵。

 

 次に感じたのは、側頭部への衝撃。おそらくはマルス伯による兜の上からの力任せの一撃を受け、僕は一瞬、平衡感覚を失った。それが致命的だった。

 横からのタックル。そして折り重なってくる、おそらくは各隊一の腕利きたち。

 伝令など明らかに役不足の戦意と技量。僕は3本目のナイフをかろうじて取り出したが、腕を踏まれ、籠手で掴まれ、もぎ取られる。

 

 なすすべもなく取り押さえられながら、自分の愚かさを、僕は痛感していた。

 最初から仕組まれていたんだ、──僕をおびきよせ、捕らえるために!

 

 ──────

 ──────

(第三者(アムネリス)視点、モンゴールのノスフェラス方面本部)

 

 ついに裏切者が、取り押さえられる。

 すらりとした長身。モンゴールきっての武辺者2人を、短時間とはいえ1人で相手取る技量。

 しかし兜を剥がれて現れたのは、まだ少年、悪童の面影を残す、若々しく整った顔だった。

 間者であれば自害ついでにもうひとあがきするか、とも思われたが。

 裏切者は苦い顔で息を吐き、体から力を抜き。今度こそおとなしく、騎士たちが自分を捕縛するにまかせた。

 

「繰り返すが、また会えてうれしいぞ、わが求婚者殿」

 

「殿下!そのお傷は、──」

 

「気にするな。ちょうどいい。

 傷物になったゆえ、クリージュダール(クリスタル)の嫁には行けぬと上申しようか」

 

「お戯れを!」

 

 くつくつ、と笑うアムネリスの頬には、皮一枚ナイフに掠られ、うすく赤い線が走っている。

 護衛の1人が薬師を呼びに走る。頬を汚し、手についた血を彼女は軽く拭った。

 

 父に言おうか、と言ったのは冗談ではあるが、半分くらいは本気だ。

 数日前、この裏切者に、人質に取られるという恥辱を舐めた後。

 カル=モルのことを兵に告げる許可を求めて文をやり、ガユスの水晶球で会話した際に。

 この裏切者の黒騎士が告げたことを、確認した。

 そして知った、──父が自分をクリージュダール公に嫁がせようと計画している。それは、真実だと。

 よくぞ見通した、それでこそ我が娘よ。──と言われたが。

 全くうれしくはなかった。むしろ深い憤りがあった。

 

 クリージュダール(クリスタル)公には、パロからの大使として彼がゴーラを訪れた際、エルザイムかどこかで会ったことはあった。

 おそろしいほどの美男だったと記憶している。教養にも武芸にも優れる不世出(ふせいしゅつ)の傑物だ。

 魔性の男(オム・ファタール)だろう、とまだ年端のいかない少女だった彼女は遠目に観て。

 父である主君に随行しての挨拶以上には、近づかないことを選んだ。

 彼女なりの直感が、彼の危険性を警告したのだ。

 

 彼と結婚せよなどと命じられても。

 そんな命令は、いとわしい以上のものではない。

 ──もちろん、今はそう思っていても。

 現実に、彼に愛をささやかれたら。

 彼の魔性の前に小娘の自分などは軽く転がされてしまうのかもしれないのだが。

 

 だが、──今の彼女は、もっと彼女の関心を惹き、時を忘れて熱中してしまうものをみつけてしまったのだ。

 ノスフェラスの殺生石より、パロの古代機械より、行方不明の魔性の美貌の大公などより、ずっと興味深いもの。

 

 ここ数日、凝らした蜘蛛の巣のような周到な工夫が実り。

 やっとおびきよせて捕らえることができた、謎の裏切者。符丁は「求婚者」。

 目の前に、縛られ、跪かされて引き据えられた、鞭のように引き締まったしなやかで強靭な体躯。

 たけだけしくも整った顔を、彼女は吟遊詩人たちに大翠玉(エメラルド)に例えられる目で見下ろした。

 その彼女を昂然と見上げる、闇の輝きを湛えた黒曜石(オブシディアン)の目。

 

「さて。親愛なる婿殿。──おお、その熱い視線、実に快いものだな」

 

 突き刺すような視線。自分を捕らえた彼女を、殺したいほど憎んでいるのだろう。

 その憎悪の視線が、心地よい。この後で早く、彼と時間を取りたい。二人きりで。時間をかけて彼を(えぐ)り、解きほぐし、──その謎を理解する。

 動悸が高まる。彼女は覚えず、桃色の舌をわずかに出して、完璧に整った形の上唇を舐める。下腹部の奥深くが、妙に熱く疼いていた。

 

「さて、あらためて名乗りあおうではないか。

 遠目で恋に落ち、引き裂かれ、ついにめぐりあった名の知れぬ恋人同士のように。」

 

 一歩、歩み出る。護衛の白騎士が主の身を案じて押えようとするが、振り切る。

 片膝をつき、彼のぎらつく目と視線の高さを合わせ、再度見つめ合う。いつしか伏せ気味になっていた彼の顎に手をのべて、顔を上げさせた。

 はじめて触れた、熱い血汐の流れる彼の肌。触れた指に生じる、痺れるような快感。そして彼が自分を睨む視線に感じる、後頭部がくらくらするほどの興奮と陶酔感。

 

「わが名は、アムネリス。トーラスの右府将軍にしてモンゴール白騎士隊長。大層な任を拝命しているが、なに、ただの小娘にすぎぬ。

 それでは、教えてもらおうか。──卿の名は?」

 

*1
イシュトヴァーンの中の人は60巻あたり以後の原作を知らない(60巻前後までも、あやふやである)ので、その情報は不正確です。第129巻239頁以降のグラチウスとスカールの対話を読むと、「放射能」と記述されています(おそらくは『放射線』が正しい?)。ただし放射線がいかに強くとも、触ったら即時に手が溶けるとまではいかないと思いますので、そこはやはり謎パワーなのでしょう。

*2
「ノスフェラスの戦い」第3話2。




(覚書)
◯アンダヌス最強仮説
 「紅の密使」での表紙の印象で、恰幅のよい(婉曲表現)印象が強いアンダヌス議長であるが、グインの中の人ではないかと疑われていたようだ(※)。彼は、(若いときは?)強健な体格を備えた最強の戦士だったようなのである!
 ※第4巻1話ガユス発言「あれまでの体格と剣技をあわせもち、諸国に英雄の名をひびかせ、かつ自ら戦うのみならずよく兵を使いこなしうるものといいますと、・・・(略)・・・自由貿易都市ライゴールの評議長にして大商人なる不敵なアンダヌス」

 しかもかなり「中の人」の可能性が高いと思われていたようで、その後のくだりでも、アルゴスの黒太子スカール(こちらは確かに本命視されうる年齢や体格)と並び称され(※)、現実的に検討されている。
 ※第4巻1話ガユス発言「ライゴールの評議長アンダヌスがセムに肩入れするとも思われず、アルゴスの黒太子が・・・」

 ライゴールは自由貿易都市であり中立を守っているはずなので、現時点では国家として外敵と戦争することは少ないはずだ。それなのに「自ら戦うのみならずよく兵を使いこなしうる」と評されている。
 つまりアンダヌス議長は、若かりしときにはライゴール外の陸戦で(※)指揮を執り、自らメイスを振っていたということなのかもしれないのだ(驚)。イシュトヴァーンもびっくりの成り上がりっぷりである。
 ※あるいは自らの商船での海戦で、という可能性もあるが、もしそうなら砂漠の戦いで彼が連想されて名前が有力候補として出されることはないのではないか。

 なお「紅の密使」では、アンダヌスがあのカメロンの左腕を馬鹿力で引いて、その傷口を出血させる描写があった。(パワー型ではなく怪我があるが)作中での強者の1人であるカメロン以上の膂力。最強の一角への信憑性が高まる。おそるべしアンダヌス。
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