(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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・ご感想をいただきました。ありがとうございました!

 RTAにぶち込んだ異物のせいで、見守る神々もアムネリスも困惑しきりの回になりそうです。
 ──あれ、こんなはずでは、──?などと。お労しやアム上。

 それに原作主人公の足も引っ張りそうです。ううむ。
 
 前話の危機が続いていますが、まあイシュトですから──。
 ただ、ちょっと物理的に痛い描写があるかもしれません。


・また、ご評価をいただきました。ありがとうございました!
 そして誤字のご指摘に、感謝申し上げます。


・偽イシュト視点(一部、第三者視点)です。
 (ぬるいですが)物理的に痛い残酷めの描写があり、若干の不適切な描写もありますが、推奨するものではありません。


016 ゴーラの虜囚

(偽イシュトヴァーン視点、モンゴール本陣、夜)

 

「──放っておいてすまなかった。

 よく休めたであろうか、婿殿?」

 

 僕が罠にかけられ、捕獲RTAされてから1ザン(小一時間)後。

 まだ天幕の仮屋がほとんどである、モンゴールのノスフェラスにおける本陣にあって。

 ごく少数しかない、木材を使った堅固な建物(急造の丸太小屋みたいなやつだ)に放り込まれて拘束されていた僕の前に、公女殿下がやってきた。

 

 休めたか、って?──そんなわけないじゃん。

 できれば僕を殺したい、せめて殴りたい、っていう殺気マシマシの目つきの白騎士2名に監視されて。

 日没後に温度が冷え込んでるのに(砂漠は、夜に温度が急低下するんだ)、足通し1つに服を剥ぎ取られたままで。

 そして天井のフックに両手首を縛った縄で拘束されてる状態で、休めると思う?

(ああ、ぶら下げられてるわけじゃなくて、地面に足はついてる。だけど座れないし休めない。)

 

 公女殿下の問いに、僕は半目の恨めしげな視線を返す。

 ただ、ここは相手の挑発にいきり立つ場面ではない。相手は気に入らなきゃ、いつでも僕を殺せる。

 相手を刺激しないよう、でも快適じゃないから長居したくないって伝えたいな。

 慣れ親しんだ霞が関文学的には「快適であるとの評価に疑問をさしはさむ余地も存し、処遇改善に一定の効果も期待できる」くらいで。

 ──コミュ力高いイシュトなら、なんとかできるだろう。イシュト語変換、ぽちっ。

 

「ああ、公女殿下。ご歓待、感謝感激雨あられだ。機会があればお返しをじっくり味わっていただくぜ。

 だがこのモンゴール風のもてなしってやつぁ、俺の好みではなくてな。

 ──そろそろ帰っていいか?」

 

 おいイシュト、なに挑発し返すようなこと言ってるんだよ。

 でも公女殿下は、僕の返答が気に入ったみたいだ。

 花がほころぶような笑みを浮かべる、万人が心を酔わせるであろう美貌。外見だけは完璧なんだ、ツラの皮の下は氷だけどな、この女。

 

「もう帰るとは、寂しいではないか求婚者殿!

 熱烈なそなたの愛の告白にこのアムネリス、ついはしたなくも舞い上がってしまってな。

 つまらぬ残務の処理中も、そなたのことばかり考えていたというのに。

 明日の予定はすべて延期してきた。今夜は寝かさぬぞ?」

 

 クソっ、ろくでもないことを考えているのは必定だ。

 女神のような公女の笑顔に、舌なめずりする猫を思わせる、嗜虐的だが不思議に蠱惑的な色がにじむ。

 

「公女殿下はたいそう魅力的なんだが。なにぶん沿海州生まれの俺には冷たすぎてな」

 

 寒いんだよここ、と言おうと思っただけなのだが。

 ずっと不快そうな顔をして殿下の斜め後ろで待機してた白騎士が、鞭を構えた。

 

「侮辱するか!殿下が『氷の公女』だと言いたいのか!身の程知らずの裏切り者め!

 口がきけないくらい、打ちのめしてやろうか!」

 

 ──あれっ、そんなつもりじゃなかったのにな。

 っていうか、「氷の公女」って悪口(だよな)、言ってるのはあんたですやん。

 

 でもそう思ったのは、僕だけだったみたいで。

 もう一人の僕の背後にいる白騎士も、何も言わないが舌打ちをした。

 その激怒が燃える火のように熱く、イシュトセンサーで伝わってくる。

 

 あー、イシュトヴァーンに返答任せたのは、失敗だった!

 彼らが誤解したような意味にとれば(とれる)、この忠誠心篤き白騎士さんたちが怒るのももっともだよ。

 原作ではアムネリスはモンゴール軍の勝利の女神で崇拝の対象だしな。すみませんでした。

 

「エクハルト、アスパル、そなたらの忠誠は受け取る。

 しかし婿殿は私の獲物ぞ。そなたらに横取りされると、困るではないか」

 

「「──御意(Affirmative)」」

 

 しかしそこで殿下が口をはさんでくれて。

 白騎士たちはいかにも憤懣やるかたない感じだが、ひきさがった。

 ──でも「獲物」って。

 

 僕にまた視線を戻し、公女は余裕綽綽な笑みを浮かべる。笑ってるのに安心を1ミリも与えない、そんな笑み。

 やはり、頭に血を上らせてない公女は強敵だ、と僕は思う。

 原作ではナニコレな残念公女に劣化するのだが、この現実世界では低スペ凡夫の僕より当然ながら上手(うわて)

 まてよ。もしかするとイシュト人格、彼女を怒らせてペースを崩そうとしてわざと怒らせるいい方をしたんだろうか?

 

「求婚者殿は、私を血も涙もない女と誤解しておられるようだ。

 ただ、それは私も同じ。そなたの名前すら教えてもらっておらぬ。我らはまだ、お互いを知らない。

 そこでだ。──しばし、親しむための場を設けようぞ。

 エクハルト、使番に用意のものを持ってこいと知らせよ。ガユスにも声を掛けよ」

 

「はっ」

 

 2人組の白騎士の一人が、命令を受けて侍童を呼びに行く。

 もう一人はその場で僕を警戒している。僕は、わずかに違和感を持った。

 この残った男が僕の警戒役なのはいい。でも、その間の公女の護衛は誰がするのだ?

 

「公女殿下、護衛が少ないのではないか?それと、侍女は付けないのか?」

 

 特に脅そうと思ったわけではない。純粋な疑問。

 かねて不思議にも、思ってたんだ。

 辺境編のアムネリスには、侍女がいる描写がない。

 

「兵が惜しい、できるだけ休ませたい。

 それに我が白騎士隊は精鋭揃いだ、遅れは取らぬ」

 

「それでしてやられたのが、この前の公女殿下ぐふっ!」

 

 彼女の編み上げ靴が、減らず口をきいた、吊られたままの(イシュトヴァーン)の脛に叩き込まれる。

 ちょこんと蹴るんじゃなく、がっちりした軍用長靴での、力を込めたマジもんの蹴り。

 半端ない痛みに、僕は言葉をとぎらせ唇をかむ。

 あのなあ、そこ弁慶の泣き所って言ってさ、──

 

「──どうされた婿殿、具合が悪いのではないか?心配だぞ。

 あいにく、そなたを看る侍女もおらず、──そうそう、なぜ侍女がいないか、だったな?

 ここは戦場、女子供のいるべき場ではない。それに自分の世話くらい自分でできる」

 

「そういう公女殿下も、女こどぐぼっ」

 

 ふたたび余計なことを口走った(イシュトヴァーン)に、公女殿下の拳が叩き込まれ。

 油断してた僕は身を「く」の字に折ろうとして果たせず、恰好悪く痙攣した。

 これも女の子のポカポカ叩きではない、しっかり力が乗った正拳突き。僕はしばらく、みぞおちを打ち抜かれた何とも言えない気持ち悪さを耐える。

 クソっ、イシュト人格にはしばらく口はきかせないぞ、と僕は決心する。

 

「おや婿殿。顔色がすぐれぬな。気がつかなかったが、悪い風に吹かれて寒いのではないか?

 温めて進ぜよう。火で炙るか、鉄で焼くか、両方か。──ふふふ」

 

 ──クソっ、性格が悪いな!

 侍女がついていないのも当然だ。いびりまくって嫌われたのに違いない。きっとそうだ。

 

 僕は吐き気と痛みをこらえながら、喉を鳴らす猫のような緑の目を睨み返した。

 

 ──────

 

 それから、数タルザン()後。

 使番らしい騎士が、道具袋を運んできて、腰高台にいくつかの道具を袋から取り出して乗せていく。

 

 笞(杖みたいなやつ)と鞭(びゅんっと曲がるアレね)。

 焼き鏝と、炭を入れた火つぼ。

 おそろしげな金属製の串。

 でかいペンチみたいな、やっとこ。

 たぶん指を締めるんだろう溝がある金具。

 

 そういった、ろくでもない道具の数々。

 

「さて、エクハルト、アスパル。仕事だ。

 しばらく、寒がりの婿殿が汗をかくくらいに温めて差し上げるのだ。願わくは、喜びの声をあげるまで」

 

「「──御意(Affirmative)!」」

 

 二人の白騎士が、今度は満足そうに答えた。

 

 ──────

 

 白騎士たちは、手慣れた風に僕を痛めつける。鞭が振られる。

 最初の鞭が当たった段階で、僕はあわてて「イシュトヴァーン」に感覚まで含めて体の統制権の大部分を譲る。シャレにならないくらい、マジ痛かったんだ。ヘタレと言われても無理。痛いのはヤダ。

 それにこうなったのは、「イシュトヴァーン」の口の悪さのせいでもある。

 

 「イシュトヴァーン」は、しかし騒ぎ立てることもなく。

 わずかに口元をゆがめただけで、じっとたいしたことなさそうに拷問に耐えている。

 公女殿下は、椅子に優雅に座って、楽しそうに口元に笑みを矯めながらそれを観察している。

 クソッ、覚えとけよ。盛者必衰、そのうちアムは地獄をみるからな、そのときざまぁしてやる。──と、僕は心に誓う。

 

「さて、寒がりの婿殿よ。そろそろ名前くらい、教えてもらえぬか?」

 

「さてな、忘れたな」

 

「ここに侵入した目的は、何だ?」

 

「好いた女に、マリニアを摘みに」

 

「浮気者め。──マリニアなど、このノスフェラスの地にあるわけあるまい」

 

「いや、あるぞ。今、俺の目の前にな」

 

 黄色の花びらとは珍しい。切り花にして持ちかえればさぞかし喜んでくれるだろうぜ、と続ける。

 ──視線を、ゆらめくたいまつの光にも鮮やかな、公女の黄金の髪にじっと注いで。

 

 おい、阿呆かイシュトヴァーン!

 僕はあわてて、また体の制御権を彼から奪い返したが。

 しかしそのとたん、彼が耐えていた、焼けるような鞭の痛みももれなく戻ってきて。

 慌てて、また制御権を返した。畜生。

 

「──なかなか、言うではないか」

 

 怒ったのか?公女殿下は口元から笑みを消し、脚を組み替える。

(ちなみに彼女は飾り気のない乗馬服を着たままだ。しかしそれでもどこか優美さが漂う。)

 

「──まあいい。

 なぜ、我らの狙いを知っていた。そなた、どの国の密偵だ」

 

「密偵ではない。剣一つで世を渡る傭兵だ。

 剣は売るが、誰かに捧げるつもりはない」

 

「公女殿下、鉄を焼きましょう。

 こやつはなかなかにしぶとい。大の男でも失神する大鞭にも、眉一つ動かしませぬ」

 

 白騎士の一人がそう具申する。

 ヤベっ、と僕は動揺するが。

 僕のガワ(イシュトヴァーン)は、動ずる様子もない。

 

「待て、アスパル。

 ──信じると思うのか、貴様がただの傭兵だ、などと?」

 

「公女殿下が信じるかどうかなど、俺の知ったことではない。

 俺は傭兵だ。多少おかしな星の下に生まれただけの、な」

 

「──殺生石のことを、どうして探り当てた」

 

()()、探るなんぞしねえよ。

 ──ただ何者が俺にささやき、教えるのだ。

 運命の織りなす模様を、その織り手(ヤーン)にすら先んじて。

 神のお告げか悪魔の惑わしか、気狂いの空耳か。好きに呼べ。俺も答えを知らぬ」

 

 公女殿下は目を閉じて、息を吐いた。あれっ、電波さんだって、呆れられてる?

 というかイシュト残存人格、僕のことをそう感じていたのか?

 

「公女殿下、焙ってやれば口が緩むかもしれませぬ。準備を始めましょうぞ」

 

 気が早い白騎士が、火壺の炭を熾そうとしている。

 「イシュトヴァーン」は、ちらっとそちらを見たが、興味なさげに目を逸らした。

 

「エクハルト、もうよい。またあらためて私が訊問する。

 もう婿殿の体も、温まったことであろうし。

 そろそろ、ささやかな宴につきあってもらうとしよう。血を拭い、服を着せ、卓につかせよ。

 ──今、そのための護衛をよこす」

 

 公女殿下はそう言うと、護衛たちを制して足早に部屋を出ていく。

 後には、僕と白騎士たちが残された。

 

 ──────

 ──────

(第三者視点、尋問室の廊下)

 

 廊下に出てそこに待機していた侍童に用を言いつけ、一人になると。

 部屋の中では装っていた余裕を消したアムネリスは、憔悴を表に浮かべた。

 ばしっ、と拳が廊下の木の壁を打つ。唇をかみしめ、彼女はそのまま拳に伝わる痛みを味わった。

 

「公女殿下。荒れておいでのようで」

 

「──ガユスか」

 

 公女は地からしみでてきたように音もなく現れ(怪しげな術であろうと、彼女は考えている)、いつのまにかそこに佇んでいた魔道士に向きなおった。

 

「ガユス、しばし談合したい。

 ──聞き耳除けの術を」

 

「は。それでは、こちらに」

 

 ガユスはさきほど謎の裏切者の傭兵を尋問した部屋の横の小部屋(尋問部屋の窃視盗聴もできるようになっている)に、主を差し招いた。

 2人が入っていったすぐ後に、公女が侍童に呼ばせた白騎士の増援が2人、尋問部屋に駆け込んでいったのが聞こえた。

 あの自称傭兵の血を拭い、手当をして服を与えることになっている。

 

「成果、はかばかしからず。

 ──ということでありましょうな」

 

「ああ。なにも聞き出せぬ。嬲るような返答ばかりだった。

 舐められているのかもしれぬな、所詮、親の袖なし外套の裾に載って(七光りで)将軍とされた小娘よ、と。

 ──まあ事実、そうなのだが」

 

 自虐的な歪んだ笑みが、公女の口元に浮かぶ。

 

「公女殿下は、そんなものではありますまい」

 

 魔道士は、唇を噛んでいる公女をそっとローブのフードの下から見やった。

 暗い蝋燭の光にも輝く、豪奢な金髪の髪。大公の有する有名な大宝玉よりも澄んで美しい、緑の双眼。

 

 しかし彼女は、──イラナの如きその外見からは、想像もつかないことではあるが。

 父である大公により、幼少のころから苛酷な試練を与えられて辛酸を舐めてきているし。

 将軍として任じられてから今までの短い間にも、決してまぐれではない武功を積み上げてきた。

 

 外交の場などでは貴族の作法、儀礼に沿って完璧に振舞うことができるものの。

 彼女の芯は、たおやかな貴婦人などからははるかに遠いところにあり。

 復讐のため蛮族の大王の後添いに入り、その力を借りて十年の年月をかけて夫の仇ヘーグネイを討ったことが叙事詩に謳われている、女王シュヴェルテニルトのように。

 遮るものみな焼き焦がすような苛烈な意志を持つ戦乙女である、ということをガユスは知っている。

 

 ただ、この度父君であるヴラド大公は、別の使命を彼女に与えようとしている。

 ──おそらく彼女が、もっとも倦厭しているであろう役割を。

 

「ガユス。魔道に、言葉の真偽を判定する術があったと覚えている。使えるな?」

 

「はい。ただ意思の強き者、訓練を受けた者にはなかなか徹りませぬ。

 また、真実かどうかではなく、真実と本人が信じているかどうかを判定できるにすぎませぬ」

 

「彼奴には、徹るかどうかわからぬということか。──だが、用意を。

 ──待てよ?黒蓮の粉をもちいた薬があったな。

 もとは、死せる戦士の館(ヴァルホル)に召される兵の痛みを和らげる薬だが、──」

 

 公女は、何かを思いついたのか。

 顰めていた愁眉を開き、三日月形に口の両端を吊り上げ、切れるような笑みを浮かべた。

 

「公女殿下。あれは、──」

 

 黒蓮の粉を主成分とし、南の国で採れる毒樹の実を混ぜた秘薬のことを、ガユスも知っている。

 もはや存命の見込がない兵士に与え痛みを取り去り、安寧と穏やかな夢、そして安らかな死をもたらすための薬だが。

 量によっては、強固な意思を弱め拉ぐのに使うことができる。

 調節を一つ間違うと廃人になる薬だ。いずれにせよ軽々に用いていいものではない。

 

「どの道、手に入れられねば壊されるのだ。使うしかあるまい?

 加減が難しいが、──仕方がない。それに勝負は公正対等でなくては」

 

 聡明ながら話が飛ぶことのある主の思考が読み取れず、魔道士は眉をひそめた。

 

「公女殿下。何を考えておられる?

 ご存じのとおりあの薬は加減が難しく、秘術を知る者でなければ使えませぬ。だからランダーギアの呪術師などは、かの薬を使うときは、──

 まさか!?儂は反対ですぞ!!せめて他の者に、──」

 

「すまぬな。暗愚な主なのだ。諦めてくれ。

 服したことのない騎士たちなどには任せられぬ」

 

 見つめ返すアムネリスの目に、燃える炎が灯っているようにガユスには思えた。

 大公に仕えて長い彼は、この公女の幼少のときから知っていて。

 畏れおおいことながら姪のように身近に、大切に思っているが。

 これと思い定めたことを曲げない意志の強さ、悪く言えば頑固さを持っていることを知っていた。

 

「──止めても、お聞きにならないのでしょうな」

 

「安心せよ、成算はある。

 失敗すればそれまで。──これは、私がそなたになんの相談もなく独断で行ったこと。そなたに咎は及ぼさせぬ。必要なら書付をつくる」

 

 魔道士は酷く危険な橋を渡ろうとしている公女の目の焔に、あきらめを覚え。

 首を振りながら、彼女が酷く執着しているあの謎の裏切者に同情を禁じ得ない思いをしたのだった。

 

 ──────

 ──────

(偽イシュトヴァーン視点、尋問室)

 

「さて婿殿。ささやかではあるが、食事にしよう。

 ──まずは、一献いかがか?」

 

 僕は公女殿下の指示を受けた白騎士たちにより、剣を差しつけられ、厳しい監視を受けながら服を与えられ。

(意外なことに囚人服ではなく、ちょっとゆったりした清潔な上着(トゥニカ)と帯が与えられた。)

 そして半ザンほどのうちに侍童により食事が運ばれてきて、この尋問用の卓で食事をとることとなった。

 

 着替えるときに増援されてきた白騎士2名を加え、護衛は4人に増えている。

 2人が油断なく、剣をさしつけたまま。

 やはり尋問用の椅子だろうか、両足首と腰に鎖が付けられ、両手にも動く範囲を限定するように細い鎖がついていて、逃走は難しい。

 公女殿下は、なぜか僕と同じ卓、対面の椅子に着いている。もちろん彼女には鎖などつけられていない。

 

 木の素朴な杯に、ヴァシャ酒が注がれる。香りづけだろうか、何らかの香辛料(スパイス)の粉も入れられたようだ。

 香りからして、かなりいい質の酒の模様。ヴァシャ酒はイシュトの好物の一つではあるが、囚人に供するものとしては変だ。

 まさか、死刑前の最後の杯ではあるまいな?入れられた香辛料(スパイス)も、急に怪しく思えてきた。

 

「公女殿下。何を狙っているのだ?」

 

 僕の疑心暗鬼を読みとったらしい公女殿下が、苦く笑う。

 

「婿殿も心配症だな。──なに、杯を交わし親しく胸襟を開いて、正直に思うところを話し合いたいだけだ。

 私もそなたと同じものを同じだけ飲む。──婿殿、好きな方の杯を取られよ」

 

 2つのヴァシャ酒を満たした杯が、傍目には全く同じように用意された。

 どうやら毒杯ではないらしいな。僕は2つの杯のうちひとつをとる。彼女が残った杯をとる。

 

「それでは。──モンゴールの明るき未来に!」

 

「──ああ(暗いんだけどな、モンゴールの未来)」

 

 傭兵の流儀では相手の杯を叩き割る勢いで杯をぶつけるのだが、さすがにそんなことはしない。

 僕は前世の習慣で目の高さに杯を挙げてみせ(公女も同様にしている。合ってるらしい)、次いで最初は一口だけ、そして多めに喉に流し込む。

 乾いた喉に、わずかに酸味を帯びた甘いヴァシャ酒が沁み込んでいく。上物だ。

 どこかで味わったような気もする、快い苦味と香り。はて、このスパイスなんだったかな。

 経験豊富なイシュトヴァーンの記憶でも、なかなか思い出せないが、──。

 

「婿殿は、礼法にも通じているものとみえるな?」

 

 僕と等量を喉に流し込んだ公女殿下が問う。未成年飲酒だな。

 

「そんなわけあるか。

 ──公女殿下。俺の手の届く距離には、身を入れぬ方がよい。入れたら御身の安全は保証しかねる」

 

 そう、僕の中のイシュトヴァーンは。

 あわよく公女殿下の手や髪が僕の手の届く範囲内に入れば、つかみ、ねじりあげて人質に、──と無意識に計算している。

 だが、それは愚策だと僕は思う。ここまで間合いが近ければ、イシュトヴァーンがいかに手練れでも、護衛の振り下ろす剣の方が早い。

 だから僕はもちろんイシュトヴァーンを押さえつつ、あえて口に出して注意を喚起した。

 公女殿下も、僕の言葉を聞いて顔を引き締め、心もち背を伸ばした。

 

「忠告、感謝する。

 ──どうかな、婿殿。味は?」

 

「悪くはないな。酒も、食事も。

 ただできれば、フルカ(フォーク)が欲しい。」

 

 腹が減っているので、有難く供された食事を口に運ぶ。

 干し肉を塩抜きしてキャベツに似た青菜とキクイモに似た根菜と煮込んだスープ、種のないパン。食事の内容は質素だが、栄養はありそうだし、味もシンプルだが悪くない。

 ただ、木製の匙しかない。干し肉を扱うのに、フルカ(フォークにあたる、二股の木)があるといいのだが。

 

「不便かもしれぬ。ただ武器になるものは渡すな、そなたの腕は侮れぬ、と爺が申しておった」

 

「──当然の警戒、気づかい不要だ。不調法は許せ」

 

 そういえば彼女の盆にも、フルカはない。

 ただイシュトヴァーンの腕なら、この匙でだって相当のことができる。後のことを考えなければ、投げてあの緑の目に突き刺すくらいは。

 繰り返すように、今は、それをしようとまでは考えていない。

 

 ちなみに。

 大変奇妙なことだと思うが、公女殿下も囚人である僕に対面して同じ卓につき、僕と全く同じ内容の食事をとっているのだ。

 護衛の白騎士たちも、彼女のこの行動に違和感を持っているみたいだ。困惑して眉をひそめている者もいる。

 

「──俺が言うのも、どうかと思うが。

 公女殿下の食事は、囚人と同じ内容、同じ卓でよいのか?」

 

「婿殿は、つれないな。

 逢い引きで分けあうヴァシャは、いかなる王侯貴族の御饗(みあえ)にも勝ると侍女が申しておったぞ。

 それはともかく。

 私は兵と同じ場で同じ食をとるよう心がけてきた。ただ、『同じ場で』というのは最近は果たせぬことも多いが」

 

「そうか。──気に入らぬ言葉など、耳に入ることはないのか?」

 

「勝っている間はあまりなかったな。

 戦死者の多い負け戦の後は、正面からの罵言こそないが棘の植わった筵に座らせられた気分だったな」

 

 やはり、この女は危険な気がする。原作での記述より、有能だ。

 血筋で決まったただのお神輿ではなく、叩き上げの優秀な女性軍人に近い気がする。

 でも原作みたいに頭に血がのぼると、ポンコツになったりするのだろうか、──と僕は思った。

 

 ──────

 ──────

(第三者(グイン一行)視点、ラクの里のはずれ、昼)

 

「グイン、どうしても行かねばならんのだな?」

 

「俺を信じてくれ。必ず戻る」

 

 グインは、彼の知らぬ原作のとおり、他部族の族長たちを糾合し、大連合を形成することに成功し。

 好戦的な部族からの突き上げもあったものの、グインはよく理を説き。

 連帯してモンゴールからの威力偵察をかわし、接触を最小限にとどめていた。

 

 モンゴール軍のセム語会話者は少なく、モンゴール支配下のセム族(カロイ族)にも中原標準語の話者はほとんどいない。

 セムの村があると言われた場所にいってももぬけの殻であったりして、モンゴール側での情報の収集は難航していた。

 

 史実と異なり、セムとモンゴールとは(カロイ族を除き)まだ本格的な衝突に至っていない。

 しかしグインは、イシュトヴァーンの勧めのとおり。

 ラゴンを訪れて、その援軍を得ようと考えていた。

 イシュトヴァーンがモンゴール軍を探りにラクの村を出たときの会話を、グインは思い出す。

 

 ──グイン、ラゴンを訪れてくれねえか。全面的な協力でなくてもいい。

 そもそもモンゴールには、セムを皆殺しにできるだけの力と人員がいるんだ。多少の勝利じゃ、追いつかねえ。

 

 ──イシュトヴァーンよ。確かに、本腰を入れれば彼らはやがて我らを破るだろう。

 俺自身は援軍は必要だと思う。しかし、奴らは奥地への進出に積極的でない。

 

 ──そうなんだよな。そのせいでラクたちがお前を放してくれねえ。

 だがな。いぶかしいことが2つ。

 1つは、あんたがこの前云ったとおり。なぜ、奴らがこの不毛の地に執着するのか。

 2つめが、なぜその欲しいものがあるはずなのに、えらく気乗り薄なのか。そう、兵士は別として、上層部が嫌がってるみたいに思えるんだ。まあノスフェラスなんぞ、あまり居たい場所でもないけどな。

 

 ──それらの理由。それが分かれば、先方と話のしようがあるとは思わぬか。それが叶わなくとも、予測が立てやすくなる。

 

 ──グイン、ただおそらく戦は起きる。

 そのときに勝負にならずに虐殺、ってのは不味い。それに力をみせねば、奴らも引きさがらぬ。

 ラゴンは必要だ。それに、それがいつかお前の素性を知る手掛かりになるかもしれぬ。

 

 ──イシュトヴァーンよ、俺は確かに巨体だが、ラゴンとは体が違うぞ。

 

 ──わーってるわーってるって!ただ、奴らのもとに行くこと、話すことは必要なんだ。

 モンゴールの狙いが、奴らの側にあるのかもしれないしな。

 

 そして「何か変わったものを見つけたら拾っておいてくれ」とお土産をねだる子供のようにしつこく念押しされたのを、グインは思い出す。

 

 ──まあ、あいつもまだ二十歳そこそこの若者だしな。

 

 ときどき漂わせる妙なおっさん臭さや、歳もそこまで離れていないはずのリンダやレムスへの年上目線に、ちょっと笑いたくなることもあるが。

 彼の歳にみあわない思慮分別を、グインはある程度信用している。

 その彼の、年齢に相応しいところをみせられて、グインはどこかほっこりとしていた。

 

 ──お土産のひとつやふたつ、拾ってきてやるか。変わった石とかでもいいだろう。

 

 そう、グインは思った。

 

 ──────

 

 そしてグインは、族長たちを説得し。

(幸いにも原作よりは、戦端が開かれていないこともあって族長たちもそこまで強い反対はしなかった。)

 セムたちの心づくしの準備を受け取り、出発することになったのだった。

 

「リアード!」

 

「リアード!リアード!」

 

「アイーアーッ!」

 

 セムの戦士たちの歓呼の声を背に、グインは出発する。

 

 その耳に、少女の叫び声が耳に入る。

 

「グイン──東よ。東をめざすのよ・・・・狗頭山を越えなさい。ラゴンは、白い石の彼方にいるわ・・」*1

 

 ラゴンは、謎の種族である。半ば伝説やおとぎ話に近い。セムたちにとってすらも。

 どこを訪ねるべきか、ということも、実のところ分からなかった(だからこの出発は、狂気の沙汰でもあったのだが)。

 あの巫女姫が、彼に透視の能力を用い、得た情報を伝えてくれたらしい。

 振り向くこともなく、グインは右の手をあげて感謝と承知したことを示す。

 

「(──白い石が、黒い山とまじわるところ、か。

 ラゴンの魂、死の風というのがよくわからないが、それは仕方ない)」

 

 彼は馬を走らせ。

 その耳には、いつしかセムの叫びもオアシスの水のせせらぎもきこえなくなっていったのだった。

 ──────

 

 グインは原作どおり、序盤では馬を使った。彼の旅程は、途中までは順調だった。

(ちなみにセムたちもオアシス周辺で野生の馬を飼い馴らしている*2。ただ、砂漠の馬は強健だが小柄で、グインの体重に耐えるものではなかった。)

 原作と異なり、モンゴール軍の本拠地はまだ内陸部に入ってきていない。彼らの本陣に出くわすこともなかった。

 

(まずいな。本格的な嵐となるな。

 馬で駆けても、もはや安全な場所にはたどりつけぬ。

 ならばここで馬は、放そう。──賢いから里への道は覚えていると思うが、生き延びるのは難しいかもしれぬ。あわれなことだが)

 

 地平線から湧きおこる、巨大な黒雲に気づいたグインはそう決心し。

 原作とは異なり、避難所とできそうな場所をみつけ、荷を取り、馬を放した。

 馬は恐慌を来したように、黒雲から逃れるように走り去ってしまう。

 

 避難所に選んだ、小さな岩陰。洞窟と言えるほどには深くない、くぼみだ。

 そのすき間にグインは身を潜め、革のマントで身をつつみ、口を覆う。

 

(さて、耐えるのみだ。──(ヤーン)よ!)

 

 飛び交う砂礫、狂風の轟音、空中に放りだされた砂中の怪生物の悲鳴、そして雨粒。

 

 ──原作よりも早く、ラゴンのもとに出立したはずなのであるが。

 グインは、原作どおりに「ドールの大嵐」には巻き込まれてしまったのだった。

 

*1
第4巻「ラゴンの虜囚」第2話1、リンダ発言

*2
第3巻「ノスフェラスの戦い」第2話2のセムの供した食料に料理に「ミルクのつぼ」や「イワヒユの実を、馬乳で煮た」ものが出てくる。

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