(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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 ご感想をいただきました。ありがとうございました!

 「ドールの大嵐」とその後の洞窟をめぐる夢、好きなパートの一つです。
 やっぱりあの嵐も、人為的な(神為的な?)ものだったのだろうか・・
 (スニレムとは、つまりあのレムスがケモ耳に魅せられるという展開・・!?)


 内容、(今回はちょっと軽い内容で進んでいないのですが)内容を濃くできるよう引き続き頑張りたいと思います!

 また、ご評価をいただきました。ありがとうございました!


 偽イシュト視点→第三者視点です。
 あまり進んでないです。


017 だだ漏れ

(偽イシュトヴァーン視点、ケス河北岸のモンゴール軍本陣、夜)

 

 情報をとってくらあ!と見栄を切ってモンゴール軍に潜入したのはいいものの、あの不吉な青い目のマルス伯に見破られて(たぶん)、あっさり捕まってしまった僕は。

 何をとち狂ったか、公女であるアムネリスの指示により。

 彼女と卓を囲み、食事をとりながら言葉を交わすこととなった。

 

 食事は質素だが味は悪くなく、供されたヴァシャ酒は苦痛を癒してあまりある酩酊感をもたらし。

 そして向かいに座った緑の目の女は、性格はドブカスだが外見は悪くない。

 阿呆の僕は、おそらく疲労を癒してくれる酒に、無意識に警戒心が緩みはじめていたのだろう。

(あ、ヤヌスにかけて誓うけど。相手の女の顔がいいからじゃないよ?

 現代日本にいた時からコミュ力(ゼロ)でモテない君だった僕は、見かけのいい女の人が親しげに相手してくれたくらいで警戒は緩めない。多分、──おそらく、きっと)

 

「さっきの話だが。──公女殿下が(むしろ)に座ることなど、あるのか?」

 

「ふふ、遠征の間はよくあるぞ。

 ──それに大公の娘とはいえ、部下の一人にすぎぬ。

 父手ずからの折檻で鞭を受けたことも。燃える炭を掴まされたこともあるな」

 

「俺は父を知らず苦労したと思っているが、──貴い血も厳しいものだな」

 

「我が家など一代貴族に近い出自だ、貴いわけもない。

 ──しかもわが父上は、かの『串刺し公』*1だぞ」

 

 僕が読んでいない巻には、あるいは書いてあったのかもしれないが。

 辺境編の敵役、後のイシュトにまとわりつく濡れ雑巾という報われない役割を負っていたアムネリスという人物の背景(バックグラウンド)がわずかに分かる。

 

 ヴラド・モンゴール建国後の、父である大公の歳が行ってからの子供(長子)であること。

 敵に残酷、部下にも家族にも厳格、しかし軍才に富み統治に長けた父を尊敬しつつ、恐れていること。

 大公の意向で幼い頃から従軍し、騎士たちからは「ちび靴っ子(シュコーヒリーナ)」とか「小さい剣娘(スヴェルディーナ)」などと愛称をつけられて可愛がられていたこと。

(僕はこのくだりで、古代ローマの著名な暴君のことを連想したが、もちろん口には出さなかった。)

 そういう生活のため、親族を除いて同性の友人もなかなかできなかったこと、── 

 

 ヴァシャ酒はことのほか甘く、疲労し痛めつけられた体に沁み込むようで。

 そのせいか、かなり手ひどく鞭うたれた痕の痛みも瞬く間に薄れ、ほとんど感じられなくなる。

 そこまで酒に強いわけでもない「僕」の思考は、この厳しい現実にあるというのにふわふわと浮わつき始める。

 

 公女は友人にでも対するような気安い態度を僕に対してとるし、こちらの疑問にも率直に答える。

(さっきの大公殿下についての言葉など、ときには白騎士が慌てるようなことまでも。)

 彼女なりの配慮なのか、美味なヴァシャ酒のお代わりも与えてくれる。ただ、きっちり彼女と等量しかくれない。僕はアル中じゃないのにな。

 

 そして僕が彼女に対して答えを拒否したり、塩対応だったり、敬語を使わなかったり。

 要は無礼でも、彼女は鷹揚で気にした風はない(白騎士は目をとがらせてるけど)。

 

 ──まるで僕が裏切者で、彼女の顔に傷をつけたことも忘れたかのように。

 

 ふとそのことを思い出し。

 この状況に違和感を覚えて、背筋を冷たい水が流れた感覚を覚える。

 

「どうした、真顔になって?

 ああ。そなたが与えてくれたこの傷のことなら、忘れておらぬ。

 ──高くつくぞ。ふふ」

 

 公女殿下が僕の視線や挙動から気づいたのだろう。そう、冗談っぽく楽しそうに煽ってきた。

 彼女の桜色に色づきはじめた、なめらかな頬の片方には。

 僕がつけた傷に薬草でできた膏薬を塗った跡だろう、人差し指くらいの幅の深緑色の線が走っている。

 

 ──この傷、後でナリスとのお見合いがあるとすると、大問題になるよな?

 

 まあそれを狙ったのではあるが、女の子の顔に傷をつけるなど悪いことをしたな、などと。

 現代日本人の常識で、僕は勝手な罪悪感を覚える。

 

「公女殿下。クリージュダール(クリスタル)公のことだが」

 

「そうか、そのこともあったな。礼を言わねばならぬな」

 

 ちょっと真面目な顔になった公女殿下が、そう言って居ずまいを正した。

 

「よくぞ見抜いたものよ。

 わが父上、大公殿下はその考えをまだ誰にも伝えておられなかったようだ。

 父上は私が見抜いたと思って感心しておられたが、──そなたの功を奪ったようなものだな」

 

「そんなことはない。

 あの国は王権が弱く絶対王政的でないが、王権神授的な国の成り立ちのせいで他国の支配を受け付けん。

 父君がパロが難治の国だと気づき、何らかの形で統治の正統性を譲り受けたいと考えたのは当然のこと」

 

 ちょっと気分が良くなった僕は、余計なことを口にしはじめる。ナリス公の件は、単なる原作知識だというのに!

 後から考えると、このあたりから僕の阿呆度に拍車がかかってた。口も頭も緩んでいた。情報、だだ漏れ。

 

「ほう。『絶対王政』とは、いかなる意なのだ?絶対だから王なのではないか?『王権神授』とは?」

 

「ああ。絶対王政は、諸侯でなく王が支配者として権力を集める、そういう国のなりたちだ。──小さい諸侯が地域を細かく分けて支配しているより、一つの大公が同じ広さの地域を支配し率いていた方が効率的だろう?

 おそらくモンゴールはもともと王権が強く意思決定も早い。パロに対してこれまでの戦役で優位に立てたのは、そのせいじゃねえかな*2

 たとえばユラニアだと、有力な諸侯はほとんど独立していて、──」

 

 高校世界史くらいのペラい受験知識に沿って、中央集権国家と領邦国家や、絶対主義の概念をドヤ顔で論じる。後から考えると顔から火が出そう。自分で自分を殴りたい。

 

 ヴァシャ酒で痛みが引いたので「イシュトヴァーン」から口の統制権を取り戻した僕の話は、知識も浅く、胡乱なところもあったはず。

 しかし公女は聞き手に徹し、僕の話を感心したように聞いてくれる。

 

「軍権の話と思っていたが、そうではないのだな。もっと大きい話か。

 国の中心がただ一つ。そこに軍権だけではない、裁判権も、徴税権も、──すべての(まつりごと)の正統性を、(かなめ)である為政者に集めるわけか。──理には適うな。

 だが、民を得心させる必要があろう?辺境の民にとっては、遠い都は他国と同じ。自らの知らぬ者が都で決めることは、他国が支配して決めるのと変わらぬ。」

 

「ああ、意見を吸い取るしくみが本当なら必要だな。議会、評議会、──」

 

「モンゴールでいう民会か。──それにそのしくみ、『(かなめ)』が暗愚ならば行き詰まろうな。

 それに『要』がその『権』を全国に実行できるだけの官吏も必要だ。たとえば、わがトーラスの官僚たちの数では、到底、裁きごとですら満足にできるとは思えぬ。ましてや徴税など。クムでも、そこまではできておらぬはずだ。

 ──アグラーヤでは、それが可能なのか?」

 

 はて。アグラーヤ、どこから出てきた?

 

「さてな?

 ──だがこの世界でも国々は競いあい、栄え、滅びていく。

 ちょうどすぐれた技量を持つ騎士たちが勝ち残る槍試合(トーナメント)のように、すぐれた仕組みを持つ国が、その中で生き残ることになるだろう。

 やがてそのようなマシな政体、つまり国を営むためのマシなしくみをどの国も取り入れるようになる。そうせざるを得ないのだ。数百年、数千年のうちに国々はそう移行していくだろう」

 

「壮大な話だな。

 我がモンゴールは、軍権は大公に属するし、直轄領多きゆえに問題は他国より少ないが、──」

 

 中々に理解度が高い聞き手を得て、馬鹿()は調子に乗っていた。

 知らない間に、答えるべきでない質問が混ぜ込まれはじめていることにも気が付いていなかった。

 職場の同僚と居酒屋で噂話をするような緩い気持ちで、僕はいろいろとヤバいことを口走ってしまう。

 

「グリージュダール公についてどう思う?」

 

「できれば近づくな。──無理なのだろうが。

 本人に悪意はないが、迂闊に寄れば歪み、壊される理不尽な存在だ。南海の大嵐の芯のようなもんだな。

 くりも──いや、()()()の寵愛を受け、それ自身神魔に近い」

 

「ノスフェラス戦役の行方をどう思う?そなたは私が敗けると言っていたが」

 

「戦うのか?やめておけ。

 モンゴール軍は一時の勝利を得るが、やがてさんざんに打ち破られよう。王をいただき、過酷な環境を攻撃の手段に用い、強力な援軍を得たセムたちに、な。

 公女殿下は優秀だ、怒らず冷静な限りは。負けるとしても、それは公女殿下の采配が悪い訳じゃない。

 相手の王がきわめて強力であり、ノスフェラスが『人の地』でなく、援軍の力が勝る故なのだ」

 

「セムたちの王。それは、あの豹頭の男なのか?

 彼をみたとき、私はたしかに王の風格を感じた。彼は何者だ?」

 

「セムたちだけではない、ラゴンをも心服させる。やつは俺の知る限り最強の戦士。辺境(ノスフェラス)の王者。こいつも、半神みたいなもんだ。

 正体は俺も知らぬ。敵に回すな。そう言っても、もはや詮なきことかもしれんが」

 

「私も大公の命を受けるだけの立場なれば。ただ、むやみな対立は望まぬ。

 ──この地が人の住めぬところであるとそなたは言った。私も騎士たちも、日々それを痛感している。

 ──さしあたり、気をつけるべき化け物は?」

 

「いろいろあるな、──たとえば、イドを知っているか?」

 

 イドをけしかけるとか、原作グインがやってたな。

 教えると攻め手をひとつ潰してしまうかもなー、とは思ったが。

 僕はこの手の質問に対しても、知る限りのことを答えた。忌避剤であるアリカの実の話も。

 

 僕が教えないことで、失われる敵騎士の人命。教えたことで、失われる味方のセムの人命。

 それを考えると、迷ってしまう。教えるべきではないのかもしれないのだが。

 でもあのイドをけしかける場面。僕はどうしても快哉など抱けなかった。

 そしておそらくは(言語の壁を乗り越えれば)彼女が服属させたカロイあたりからそのうち学ぶ知識でもあろう。

 だとしたら、高く売れる今のうちに売りつけてもいいだろう(その対価の回収方法がないことには、いったん目をつぶって)。

 

 ──────

 ──────

 

(第三者視点)

 

 ジジジ、──と、卓上の蝋燭の芯が焦げる音がして、白騎士の一人は我に返った。

 

 壁のたいまつと卓上の蝋燭にかろうじて照らされた部屋で。

 ナイフのような鋭さを持つ浅黒い長身の傭兵と自称する密偵を、彼らの崇拝する公女が尋問している。

 ──そして彼らの苛烈な拷問にも屈せず一言も口を割らなかった男は、今はまるで水が流れるがごとく、むしろ自ら進んで、言葉を口に上せていた。

 

 そのさまは一見、姪に自慢話をする退役兵士のような気安い調子ではあるが。

 その内容は、とても肌に粟を生じることなしには聞けない秘事に満ちていた。

 

「ほう。──あの猿人たちも知能と文明がある、交易相手として扱え、と」

 

「ああ。だからこそ公女殿下もカロイの絶滅でなく、服属を選んだのだろう?

 カロイというのはスタフォロスを襲撃した馬鹿部族だ。殿下が気づいて仇を討ったのは、仕方ねぇ。

 正直あいつらは獰猛で狂暴で阿呆だし、ケス河南岸にも侵入して悪さしてたことは知ってる。よき隣人とは言えねえ、まして交易相手とはとても思えねえよな。──だが、皆殺しにしなかったのは賢明だったと思うぜ。

 あいつら、──いや、カロイに限らないが、セムたちはモンゴール側の森林の薬草を欲しがってる」

 

 男は、ヴァシャ酒を口に含む。さほど量は飲んでいないはずだが、彼の鋭い視線はどこか柔らかくなっていた。

 男とちょうど等量、彼らの主である公女も口にヴァシャ酒を含んだ。

 

「──公女殿下、ノスフェラスには支配よりも交易だ。他部族より敵対心が低い、ノスフェラスの一大勢力であるラク。そしてラゴンとの通商、未知の資源の探求、瘴気を利用しての品種改良。そこにモンゴールの辺境政策のカギがあると俺は思う。

 ノスフェラスは、瘴気への耐性の低い常人が住める場所ではない、兵と民が傷つくだけだ。何も素手で針の実(カスタニヤ)を握ることはねえだろう?セムを手袋と考えればいい。彼らは彼らの土地を良く知る。

 濃い瘴気に触れた者は、変じて(よう)(腫瘍)を生じることすらある。その者自身は変じずとも、子が瘴気の()()()で変じることもある。たとえばこの地の馬は、モンゴールの悍馬とは性質が異なるが、そのひとつの理由はこの変異にある。たとえば、──」

 

 あっさりと、天下の秘事を明かし。

 金蠍宮の召し抱える賢者でも知り得ないようなことをたなごころを指すように示す。

 彼らには、理解を超える話も少なくなかったが、その重大性は容易に知れた。

 他方この怪しい密偵の、並々ならぬ鍛錬を経た身のこなし、公女を狙ったときの暗殺者としての技量、拷問に堪える精神力やときおり混ざる口汚い言葉は、そうした賢者のような側面とは異質。

 

 この男自身が何者なのか、未だに不明である。捕えられていたときの公女の問いに、無礼にも男は答えを拒んでいた。

 南国風の浅黒い肌、沿海州とのつながりを示唆する発言から。

 彼の所属国は沿海州の強国アグラーヤではないか、と白騎士たちは推測していた。

 

(一介の密偵ですら、このありよう。アグラーヤおそるべし!)

 

 白騎士たちは全モンゴール騎士選り抜きの精鋭。厳しい選抜と訓練を経てきた者たちであり。

 武芸だけでなく識見においてもひとかどの者として誇りを抱いていたが、その彼らの到底及ぶところではない。

 伏嗅ぎですら、この才覚。なれば、将兵や参謀は、──。

 

 モンゴールとアグラーヤとの結びつきは弱い。仮想敵国の一つといえよう。

 パロとの結びつきが強く、パロ側に立っての参戦も十分に考えられる。

 

 モンゴールの貿易の沿海州における主な相手国は、自治州ライゴール。

 指導者のアンダヌス評議長は希代の英雄と言ってよいが、中立国家であり表立っての協力は期待できない。もとよりライゴールも、総合力においてアグラーヤに及ぶものではない。

 

(我らは陸の強国モンゴール。

 しかし海路からの補給と収入を失い、ケス河沿いに上陸されたら、──)

 

 彼らの胸を、不安がよぎった。

 

(神算鬼謀の大公と、公女殿下は何かお考えであろうか。)

 

(公女殿下も、この男をアグラーヤの手先と気づき、その()()()をつけるため、お手討ちにはなされず、かくも厚く遇することとされたのではないか、──?)

 

(さすがは、公女殿下。全く臆せず遅れをとらず、あの者から話を引き出しておられる。

 それにあれだけの酒量にもかかわらず、変わったご様子もない。)

 

 彼らが責めあぐねた彼の口を、酒という搦め手で突破し。

 貴重な情報を引きだしている敏腕の公女の姿を、彼らは祈るように見つめたのだった。

 

 ──────

 ──────

(第三者視点、ルードの森林地帯のコヴナ開拓村、夕方)

 

「ありがとよ。落城以来、妖魔が増えて困ってたんだ。

 これくらいでいいか?」

 

「ああ。忝ない」

 

 ゴーラ辺境、いまやモンゴールの最突端の開拓村となったコヴナ村の村長である彼は。

 簡単な労いとともに、報酬である食糧と医薬品を渡した。

 黒騎士の装備を身に着けた、しかし所属章を剥ぎ取った騎士の一群はそれらを受け取り、完璧な統率のもと騎乗する。

 

「それでは、また5日後。

 なお長殿、いつものことだが、くれぐれも我らのことは、──」

 

「承知でさあ。儂らは騎士様たちのことを知りませんし、騎士様も儂らのことなど知りませんわな?」

 

「それは重畳。──さらば!」

 

 ハイッ、と声をかける一団の長に従い、騎士たちは右腕を挙げて謝意を示しつつ、駆け去っていく。

 

「行ってしまわれただか。あの背の高い騎士さま、お礼したかったんだども」

 

「おらはあの赤毛の騎士様がいい」

 

「あたいは、あのまだ子供みたいな若い騎士様」

 

 それまで隠れていた村の娘たちが出てきて、後ろ姿を小手をかざしてながめやり。

 きゃあきゃあと、姦しくおしゃべりをしはじめた。

 まったく、うちの村の娘どもは、──と村長は思いながらも、決してその彼女たちの明朗な様子が嫌ではなかった。

 

「また5日後来る、そのときだぁな」

 

 村長は、苦笑しながら言う。

 あの黒騎士たちが何者か、大凡の推測はつく。

 スタフォロスの落城後、騎士団による討伐が途絶えて急激に増えた妖魔。

 その妖魔に襲われた村の薬草摘みの娘たちをたまたま救ってくれたのが、あの落人と推測される黒騎士たちだった。

 彼らは彼らで、仲間の数人が立枯れ熱を発症し、助けを求めに、このコヴナ村を目指してきたらしい。

 互いの利害は一致し、騎士たちは数日に一度、村にやってきて力仕事や周囲の妖魔の間引きを請け負い。

 村は彼らに、その見返りに食糧や薬を供給する。

 そういう取り決めが、できていた。

 

「あったら男手、いくらあっても足りんしなあ。ちょうどよかったがや」

 

 この妖魔と戦う機会も多い、村の男たちの死傷率は高い。

 いまは明るくおしゃべりに興じている村娘たちも、その父や兄、中には恋人などを亡くしたものもいる。

 屈強な騎士たちは危険な討伐や護衛を請け負ってくれるだけでなく、村に足りない労働力を提供してくれる。

 騎士たちの中には、開拓村出身の即戦力もいて、村長は彼らのことを気に入っていた。

 

 彼ら、所属の知れぬ黒騎士たちは、おそらくは防人からの脱走者。軍規違反で軍には戻れないのだろう。

 だが自分たち、開拓民でも特に最前線のコヴナ村に来る連中も。

 多かれ少なかれ、似たような後ろ暗い事情があるものだ。──大借金、親に許されぬ駆け落ち、元夜盗の犯罪者、足ぬけしたが食えなくなった娼婦、中には他国からの脱走農奴まで。

 

「そのうち、村に加わってくれっとええがや。気のいい若者じゃて。

 ただ、今はまだ早か。名前も知らんやろ、だからおいおい、そのうち、な?」

 

 そう言って村長は、おしゃべりを止めさせ、仕事に戻そうとする。

 

「私は名前まで、知っとるがや」

 

 村娘のひとりが、得意げにいう。「あー、出た!」という、他の娘たちの黄色い歓声。

 どうやら彼女が周囲の友人たちに自慢している持ちネタの一つらしいが、村長には初耳だった。

 

「──妖魔ば斬り倒してくれたとき、名乗ってくれたがや」

 

「ほう、なんと?」

 

 誇らしげにその娘は胸を張って言う。

 

「オロ。トーラスのオロ、そうあの人は言うとったい」

 

「そうか。良かったな」

 

 都会の若者もいるのだな、くらいにしか村長は思うところがない。

 

 さざめきながら娘たちが仕事に戻っていくと、村長も腰を伸ばし、自分自身も仕事に戻った。

 村には、家の主人が危難にあったりして無人となってしまった家がいくつか空いている。その手入れをしよう、と彼は考えている。

 

 ──あの家、空き家にするには惜しい。手入れをして、そのうちあの元騎士の連中を住まわせてやろう。

 なに、脱走兵だということなど誰も気にしない。この俺も、元脱走兵だし。5年もすれば、誰も気にしねえ。

 

 そう考えながら。

 夕陽のなか、彼はそのうちの1つ、村はずれの空き家に向かって歩き出していったのだった。

 

*1
著名な「ヴラド串刺し公(ツェペシュ)」ヴラド3世と同名であることの連想からの筆者の捏造設定。原作では見当たらない(未読部分を除く)。

*2
捏造設定。

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