(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。 作:Marchhatter
自分のことについて簡単に書いておこう。
平凡な生まれだったと思う。特に有力者の家系でもひどい家庭の生まれでもない。
しいて言えば親が地方公務員だったから、平均より少しいい暮らしだったんだろうな。すべて公立だけど、教育にも熱心で大学にも行かせてくれた。
大学卒業後、僕も公務員として働いた。出向も経験したし、ひいひい言いながら月100時間くらいの残業もやった。
でも、あまり親孝行する間もなく死んだ(?)のだろうか。僕の記憶は普通に仕事から帰ってきて、3連休をぐだぐだして終わってしまい、ちょっと後悔しながら眠ったところで途切れてる。
そして、この今の「
「グイン・サーガ」という壮大かつ豪華絢爛な物語の中に出てくる英雄の一人。名は、イシュトヴァーン。
沿海州で恵まれない境遇で生まれ育ち、現在は「モンゴール」という、新興軍事国家の傭兵をしている。将来、モンゴール・ユラニア・クムの三公国を統一して王に即位し、パロ・ケイロニアと三国志みたいな感じになる、という予定だったかな。
なかなかに魅力的な人物だった。作者が、新入りさんはたいていやられますねー、みたいなことを言っていたと思う。まあ、物語が進むにつれて完全無欠超人化していく主人公たちの中では、好感が持てる人物造形だ。──いや、超人化が悪いとは言わないけどさ。でもほら、ちびま○子ちゃんもそうかもしれないけど、長く続くシリーズでは主人公たちって作者に自己投影され、理想化されると作者の意図とは反対に人間性を薄められてつまらなくなってしまうじゃん。
そのせいもあってこの物語自体、それなりに好きな物語ではあったのだが。
60巻あたりだろうか、そこらあたりから受験勉強が忙しくなったのもあって関心が薄れ、書店でみかけても「あ、まだ出てるんだな」くらいな感じになってしまっていた。
イシュトヴァーンはこのサーガの序盤で、主人公である豹頭王グインのバディであり引き立て役みたいな感じで、中心人物の一人ではあるがグインに勝てない、みたいな役回り。
頭の良い不良少年みたいな男。おそらく織田信長みたいな感じなんだろうな。だが、グインやナリスとかの連中の引き立て役であるとはいえ、非凡な人物だ。
ただしそれにキャストされた「僕」は、どうみても平均少し上くらいでしかない、平凡な人物。
大学まではともかく、社会人になったら休日に遊ぶ友人もいなくて、つまらんなーと思いながらも家で一日ごろ寝して過ごしてしまうような。
要は、生命力の塊みたいなイシュトヴァーンの役回りなど果たせるわけもない。いや、本当のところ、イシュトヴァーンの基礎スペックでなんとかここ数日はやってはいるものの、違和感を抱かれている。
というか、これからのことを考えると、生存がおぼつかないレベル。
まずは、スタフォロス砦の落城を生き延びねばならない。──もちろん、ノスフェラスの沙漠も。
それが、数日前に現代日本人としての意識を思い出した僕の悩みなのだ。
──────
繰り返すように、イシュトヴァーンの肉体は優秀だ。
ぐっすりと眠りこんでいても、わずかな違和感に感づいて目を覚まして即応体勢に入る。
「ぐっ、──」
「──お前か、
10日に一度のバカ騒ぎだ、もちろん金を身に付けてはいるが、それでも天幕に残されたものを漁ろうというコソ泥連中は多い。
こいつも、そういう奴の一人だろう。しかし俺の天幕と知って忍び込んだのか、胆が太いな。
クム出身の傭兵だ。背の高いモンゴール人と比べて痩せていて背も低い。いわゆるRPGでいうシーフやスカウトのタイプで、役回りとしても斥候を主にしている。
腕は悪くないが、まあ
「誰かに頼まれたか。単なる天幕荒しか?」
動きが激しくなってきた。必死に俺の腕を叩いて許しを乞うている。
天幕から外に出し、乱暴に突き飛ばす。けほけほとせき込んでいるところを軽く蹴りとばし、利き腕の右腕を踏んで喉元に匕首を当てる。
「どうなんだ?こういう場合、殺しても咎はないはずだったよな。」
「助けてくれ、イシュト。魔がさしたんだ、──」
「おおっと、質問に答えてくれねえかな。」
現代日本人にしては荒事に慣れてるじゃないか、って?
──そんなことはないよ。
実のところ、
そう、イシュトヴァーンに憑依したといっても、完全に成り代わったわけじゃないらしいんだ。
──だったらイシュトヴァーンに全てを委ねてしまえばいい、スタフォロス砦の落城もノスフェラス編も原作通りうまくいくんじゃないか、って?
──僕も最初はそう思ったよ。でも、そこがどうにもうまくいかない気がするんだ。
最初は、読者諸兄の考えるように僕は極力引っ込もうとした。
途中で辞めた読者とはいえね、僕も愛読者だったから、さ?
まあ特等席でドキドキワクワクしながら主人公たちのからみでも観察しようか、と思ったんだ。
ただ、その計画はすぐに破綻した。
僕が彼の体を操っていろいろと行った言動は、イシュトヴァーンも認知していて、しかもそれを心から自分が行ったことだと思っているらしい。要は、傍観者の僕の意識には気づいていない、気づけない。
(まあ、イシュトヴァーンが多重人格みたいなものだというのは作中でも示唆されていた。生い立ちの過酷さを考えると、人格を分けかねない精神的な傷があってもおかしくないし、認知できない意識を受け入れやすいのかも。)
問題は、僕が彼に任せた場合だ。これが、完全に原作通りの彼の取る行動ではない気がするんだ。
僕が彼に完全にコントロールを委ねると、彼は何もしないんだ。
受動的というか、「ある程度の目的」を定めていればいい。この体はイシュトヴァーンとしていかにも取りそうな行動をとる。
完全に僕がコントロールを放棄しても、彼は一応、ルーティンのように行動できる。巡回に参加し、襲ってきた妖魔たちを蹴散らし、仲間同士での軽口に参加する。
ただ、それ以上の積極的な行動をとらない。彼の特徴である、荒々しいまでの活力が失われてしまったように。
これではまずい、と僕は思う。
たとえば。
彼はスタフォロス砦の危険を察知し、モンゴールの都トーラスに送還されることをねらって黒伯爵ヴァーノンに喧嘩を売る。しかし彼の目算は外れて牢に閉じ込められる、そこがグインとレムスを収容する牢の隣だった、という経緯で主人公グインたちと知り合うのだ。
今が物語のどの段階だかは、わからない。しかしイシュトヴァーンはその危険にまったく気づいている様子はなく、行動を起こす様子もない。
僕の意識が目覚めたのは4、5日前。それ以降、ボロを出すのをおそれてもともとの彼に意識を委ねているつもりなのだが、彼は普通に頼もしい傭兵としての働きをしてはいても、積極的な行動をおこさないのだ。
(これは、戦友たちに彼が『どうした、今日はコマしに行かねえのか』『2日連続で何もしねえなんて、体調わるいんじゃないか』とか心配されることでわかる。
それまでどうやら毎日のごとくサイコロを振り、砦の侍女に言い寄り、景気づけに他隊の腕自慢と拳闘をくりひろげてたりしてたみたいなんだよな、イシュトヴァーンは。
それが僕が憑依してから、そのようなことを何一つしなくなり、怪しまれてるんだ。)
仮説は、いくつか立てられる。
その中でも最有力だと思ってるのは、彼の「主人格」がお留守になってしまっている、あるいは死んでしまっているのではないかという仮説だ。
彼はもともと、多重人格的なところがある、とアリストートスに言われていたりした(まあ人間、誰しもそうであるように、人格として独立してはいなくても多面的なところがあるよね)。
その「主人格」が僕と入れ替わったんじゃないか、と僕は思ってる。
僕は僕の意識で動かしても、自然にイシュトヴァーンとしての武技や技術を発揮できる。
大剣で
おそらく、その体の操作を担当してた人格部分は、ちゃんと残ってるんだ。おそらく、「魔戦士」と呼ばれるほどに鋭い戦士の直感を支える観察眼をつかさどる部分も。怖くて試してないけど、女たらしとしての才覚を担当する部分も。
ただ、それらを統合して動かすべきOSのコアが失われている、というか眠っている。それを僕の意識、現代日本人の意識が無理やり介入して動かしてる状態じゃないか、と思うんだ。
ともかく。
僕が積極的に「ヴァーノン伯爵に喧嘩を売らねば」と思わなければ、この彼もそのような行動に出ることはなく、牢に収容されることもなく、グインたちと知り合うこともない。
これはまずい。
それに加えて、物語そのものの帰趨に対する懸念もある。
原作通りに流していけたとして(それができるのか、上に述べたとおり疑問なのだが)、確かに僕というかこの「俺」は密使となり、失恋し、危険な放浪生活を切り抜け、盗賊団を組織し、公国を簒奪し、光の公女を手に入れ、王として成り上がることができるのかもしれない。
ただ、それが幸せなこととは到底思えない。
いや、人を殺したりするのも嫌だけどさ。だいたい、王なんぞになって何が楽しいかさっぱりわからないよ。
成り上がった原作のイシュトヴァーンも、幸せそうには到底思えなかった。「残虐王」とか呼ばれてたしな。夢を抱いて放浪してたころあたりが彼自身もいちばん楽しかったんじゃないだろうか。
だから、僕は生存のため、原作どおりに進めるだけだとしても介入しなければならないし。
可能であれば、それとなく原作の本筋から「降りて」、「
ただ、大目標はともあれ、さしあたりの目標は生存のための砦脱出。そのためには本筋どおり進めたい。
そのためにはどうすればいいのか。もう、喧嘩を売ってもいい時期なのか。
──それが、僕の悩みなのだ。
──────
「そうか。じゃあ、命まではとらねえよ。
あー、でも衛兵が来ちまったな。悪いが、むち打ちか罰当番くらいにはなるかもしれねえな、ただお前が白状するのが遅かったからだぜ、自業自得だからな?
戻ったら、お互いあと腐れなくまた仲良くやろうぜ。
──おうっ、お役目ご苦労っす! 俺の天幕に入ってきたから取り押さえただけだ。俺としては取られたものはねえ、だがそいつの隠しはまあえらく膨らんでるからな、他の天幕で盗まれたものがねえか確かめた方がいいぜ。聞き取りはそっちでやってくんねえか。──じゃあな?」
「僕」の意識がぐだぐだ考えているうちに、イシュトヴァーンの体は制圧した男から話を聞きだし、適度にヤキを入れて反抗心をうしなわせ、さわぎを聞きつけてかけつけてきた衛兵たちに引き渡していた。有能だ。
だけど、本来のイシュトヴァーンであれば、違う対応もしているのじゃないだろうか。口止め料をぶんどって騒ぎをもみ消すとか。
こんな小さいことでも、自分のムーブも正しいのか、不安でたまらない。
遠くから聞こえる喧噪をよそに暗がりにぼんやりみえる天幕の天井を見つめ、もう記憶もおぼろげになった原作知識を脳裏で反芻しながら。
僕はいつしかまた、不安な夢の中に飲み込まれていった。