(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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 ご感想をいただきました。ありがとうございました!
  
 私も原作60巻余りあたりでの離脱ですが、考えるとそこはまだ折り返し点ですらなかったんですよね・・。
 登場人物、当初の性格や設定の方が好きなので、そちらで話を組み立ててみたいです(というか後半を知らないです)。


 また、未読でもお読みいただきましてありがとうございます。原作未読でも、面白いものを目指したいです!
 でも、ここら辺の巻のグイン・サーガは(略)


 また、ご評価ありがとうございました!
 誤字のご指摘も、ありがとうございました(・・まだ反映しきれてないところがあるかもしれませんが)。


 偽イシュト視点です。


020 死人に口なし

(偽イシュトヴァーン視点、モンゴール軍本陣、別室)

 

 モンゴールの本陣の中の、数少ない急造の木造建築物。本部機能を持たせて文官たちが使用しているのだろうか、かなり大きいが平屋で、調度もほとんどない殺風景な建物だ。

 その一室。僕は拷問台に縛りつけられて放置されていた。

 あろうことか、せっかく一度貰った上衣(チュニカ)も取り上げられて、寒い。

 

 やることもなく、暗いたいまつの明かりの中で首を横に向け。

 こんな手も足も出ない状態なのにいかにも何かしでかすんじゃないかと僕の一挙一動を皿のような目でまじまじと観察している白騎士と目があって、気まずくなって反対側を向いたり。

 見える範囲での部屋の構造に目を凝らしたり。

 目を閉じて休もうとしてみたりしていた僕であったが。

 ろくに休めないこともあって、だんだん思索は悲観的な方向に向かってしまう。

 

 ──グインは、今日出発したんだっけな?

 原作では、グインはラゴンの救援を求めに出発し、嵐に巻き込まれつつも狗頭山に到達し。

 そこで狼王と出会う。

 その前に狼王の配下の狼どもと死闘を繰り広げるんだけど、僕にはこれが解せなかった。

(いや、狼王としてもグインを試したのかもしれないし、ここも名シーンのひとつだけどさ。

 さっさと受け入れてやれよ、配下を無駄死にさせなくてもいいやん、って思う。

 まあ情緒もへったくれもないRTA思考と言われたら、そうかもしれない。)

 だから妖魔除けの香水(ヴァルドーズ)の匂い袋を渡したんだけど。

 狼に効くかな?狼王が「こんな臭え奴は排除だ排除!」みたいになったらどうしよう。

 

 まあ、グインはグインだ。きっとうまくやる。主人公だし。

 問題は僕だよ僕。「イシュトヴァーン、4巻にして散る!」なんてことになったら。原作、狂いまくりじゃん。

 ──いや、それはそれで実は登場人物のほとんどにとって好ましいのかもしれないけど、僕が困る。まだ死にたくないんだ。

 

 となると。

 なんとか脱出するか。僕を生かしてた方がいいよー、ってアムネリスを説得するか。──そのどっちかだな。

 ところが白騎士どもがこんなに厳重に見張っていると、イシュトといえども簡単には脱出できない。

 となると、まずは説得を試みるしかないか。

 この点、意外にアムネリスが理性的なのは良い誤算というべきか、悪い誤算というべきか。

 

 ノスフェラス進出にそこまで積極的でなく冷静に話ができそうなのはプラスかもしれない。

 でも原作より有能な分、本当に敵に回すと厄介だ。頭が良い分、嘘や矛盾や下手な計略は見抜かれてしまうだろうし。

 それになー。冷静に話ができるって言っても、あきらかに最後の公女殿下は逆鱗を踏み抜かれた風情だった。どうにかして宥めなきゃ。

 

 それにしても。

 イシュトヴァーンの中身が僕だ、ってのはもう仕方ない。幸いにも僕は原作を知ってるしイシュトのスペックも一応使える。頑張って原作と同じ筋にすればいい。

 でもアムネリスが公女将軍(笑)でなくて公女将軍(怖)なのは、どういうことか。

 

 色々と、仮説は思い浮かぶ。

 たとえば。僕がイシュトの中に飛ばされてきたのと同じ原因で、何かイレギュラーなことが過去にあったのかもしれない。原作と違ったことが。

 それでアムネリスの性格が違ってしまっている。他の人も、実は少し違ってたりするのかも?

 あるいは単にアムネリスが逆上するようなことを、まだグインや僕がやってないせいかもしれない。イドのけしかけとか、そういったチクチクした攻撃。

 グインや僕がそれをやってないのは、原作どおりになってないせいで、──あれっ、それって僕のせい?僕が悪いん?

 いやいや、そんなはずはないよな。

 

 思うに。

 現実の世界が、原作の筋書きから狂ってきてるわけじゃないのかもしれない。

 もともと、この現実の世界が現実なんだ。ちょっと意味わからない表現だけど。

 創造神様(くりも○先生)は、この世界のことを受信して書いてたんじゃないかな、と思うんだ。ピピッとね。

 ただ、さすがに常時接続じゃなくて間歇的に受信してたはず。常時ゆんゆん受信してたら、そりゃ大変だもんね。

 だから原作では、創造神様(くりも○先生)が想像(創造?)で埋めてた部分があって。

 それが実はかなりの部分で、──いやぶっちゃけ、ほとんどがそうだったんじゃないかな?

 

 ご本人も書いてた気がする。ところどころに道標のようなものがある、そこまでの道のりはわからない、みたいなこと*1

 だからこの現実(リアル)と原作とで、多少違った点があるとすると。

 それはそういう電波乱れとか、想像で埋めた部分のせいなんじゃないか。アムの性格とかもその一つで。

 だから大丈夫。それに、今はちょっぴり原作とズレてるところがあるからって、まだまだリカバリーは利く。大筋ではそんな変わってないじゃん、スタフォロスは陥ちたし、モンゴール軍はノスフェラスに進出してる。OKOK。

 

 ──────

 

 ──それにしても。

 リンダとレムス、大丈夫かな?僕もグインもいないけど。

 まあリンダとスニさんたちは親交を深めてるし、レムスもシバたちと哨戒に参加するうちに、受け入れられてる。大丈夫だよな。

 あー、スニさんどうしてるかな。早く戻ってモフモフしたい。

 

 1ザンあまり(小一時間)ほど、放置され。

 つれづれのあまり、そんな回想に深く沈んでしまっていたのだが。 

 編み上げ靴によるものと思われる足音が近づくのが、耳に入った。

 ばねのきいた、軽快ながら浮わつかない武術を修めた者の足取り。白騎士たちが、威儀を正す気配。

 僕は苦労して首を曲げ。部屋に入ってくる者に視線を向けようとした。

 

「求婚者殿。待たせてすまなかった。

 ──もちろん私のことを、考えていてくれたのであろうな?」

 

 予想どおり、澄んだアルトの声が掛けられた。

 わずかに笑いを含んだ、しかし嗜虐的な色を底に帯びた声。

 

 そちらの方を首をまげて見やった僕の視界に。

 こんなときでなければ、その美しさに讃嘆せざるを得ない美貌が映った。

 公女殿下に、覗き込まれているようだ。

 氷のように冷たい美貌が、今は笑っている。──いや、嗤っている。クソッ!

 

「さあて、俺は気が多くてな。

 すまねえな、別の女のことを考えていたかもしれない」

 

 せめてもの意趣返しに、憎まれ口を叩く。

 嘘じゃない、スニさんの毛皮のことを考えてた。

 

「ほう?聞き捨てならんな。

 そこらへんから話してもらおうか、婿殿?」

 

 ネズミをいたぶる猫のような、公女殿下の弄り。

 どうみても、僕に対して好意的ではない。

 絶対絶命のこの窮地、どうやって潜り抜けて公女殿下を説得しようか、と僕は考えはじめた。

 

 ──────

 

「さて。そなたたち、しばらく席をはずせ」

 

 公女殿下は、しばし端正な美貌に舌なめずりしそうな気配を漂わせつつ。

 いかにもサドっぽい視線を、僕に向けていたが。

 そんなことを言い出した。

 

「公女殿下。我らのうち誰かは、護衛に残していただきたく」

 

「いや、不要。そなたらの忠誠は嬉しいが、これから余人を交えず語らいたい。

 ガユスが水晶球で監視している、心配無用。

 ただ、この建物の出入り口は固めておけ。外からの侵入にも意を払え」

 

「──御意」

 

 白騎士たちは、不服そうで、気がすすまない様子だったけれど。

 ぎらっ、と公女殿下が目を光らせると、慌てて出ていった。残されたのは、公女殿下と僕だけ。

 公女殿下は扉を閉じ、外から入れないように素朴なつくりの(かんぬき)をかける。僕は猛烈に悪い予感がした。

 

「公女殿下。護衛がいないと危険なのではないか?

 俺がこの軛から抜け出たら、『(さきの)公女殿下』になるぞ」

 

「婿殿は優しいのだな、私の身を案じてくれるとは。

 そんな優しい婿殿が、私を害するとでも?」

 

「もちろん俺が男前で、女に優しい紳士なのは事実だ。

 だから命を大事にせねばな、俺がいなくなると悲しんで泣く女たちが大勢いるのでな」

 

「──女(たら)しめ。きっと嬉し涙なのではないか?」

 

 くつくつ、と公女殿下は笑い、僕の近くのスツールに腰かけた。

 相変わらずのカリスマというか、気迫があるが。

 ただ、僕は彼女の様子にどこか疲れた気配を感じ取った。

 

「婿殿」「公女殿下」

 

 あ、やべ。被った。

 お互いにそこから口火を切らず、しばしの沈黙。

 公女殿下は僕に呼びかけようとしたが、思い直したらしく口をつぐみ。

 僕から見えない、なにか道具が置いてあるらしい台の下の部分をごそごそとしている気配があったが。

 意中のものを探り当てたのか、また座り直し。

 そして、ふと僕の腰のあたりに重みがかかった。暖かい。人の体の一部だ。これは、──!?

 

 首をひん曲げ、彼女が何をしているのか見ようとする。

 公女殿下がスツールを拷問台に寄せ、僕の腰に片ひじをついて頭を支え、僕に流し目をくれていた。

 必死に首をねじって振り向いた僕の目と、彼女の緑の目が肩越しに合う。

 視線が合うと、にんまり、という笑みが彼女の口元に浮かんだ。

 

「公女殿下。褒められた姿ではないぞ」

 

「そなたは爺のようなことを言う」

 

「おおよ。これでも魂は百歳に、──ぐあっ」

 

 調子に乗ってイシュトの決め台詞を吐こうとしたとき。

 突然、火のついたような痛みが背中を走った(ちなみに僕は、うつ伏せに台に縛りつけられてる)。

 見ると、肘をついて頬杖みたいにした少し行儀の悪い姿勢のまま、公女殿下が自由な方の片手の指で僕の裸の背中の鞭傷を撫でていた。その傷が、激烈に痛む!

 

「どうした婿殿?

 傷が痛々しく見えてな。せめて()したいと思ったのだよ」

 

「──塩か?

 続く外征、物資も豊かではあるまいに」

 

「なに、このくらいの見栄は張るものだ。いくばくか収奪したものもある」

 

 鞭の傷に塩を揉み込む、公女殿下の指。血で汚れるぞ、いいのか?

 今のところは塩を揉みこんでるだけで、傷口を抉ったりはしてこないが。地味に痛い。

 「イシュトヴァーン」なら、このくらい平然と耐えるのだろうが。

 メンタル現代人の「僕」はといえば、言い返しながらも声が震えないようにするのがせいぜいだ。

 

「高くつくぞ公女殿下、このお返しはそのうちに──ぐっ」

 

「ははっ、楽しみにしているぞ」

 

 余計なことを言ったせいか。ぐりっ、と彼女の細いが力強い指が傷口に突き込まれた。

 公女殿下は、最初は僕の腰に片ひじをついただらしない姿勢だったが。

 そのうち興が乗ったのか、本格的に立ち上がって僕の背中の傷に丹念に塩を塗りこみはじめてる。

 くっそ痛い。覚えてろアム公。

 

「傭兵だと称していたが、──なるほど。

 疑われなかったのも無理はない、なかなか見事な筋骨ではないか。

 そなたを送り出した者らは、よほどにそなたを訓練したのであろうな」

 

 あまり体を動かさないよう(動かすとびりびり痛むんだ)、じっと耐えていた僕に。

 塗り込みフェイズが終わった彼女は、しばし満足そうに僕を見ていた気配だったが。

 やがてぴたぴた、と(イシュトヴァーン)の肩や背中をさわりはじめた。

 冷たい指が、背中を這い、筋肉を確かめる。

 

「何か勘違いしているようだが、公女殿下。

 俺は物心つくかつかぬかという頃から、戦場稼ぎで生きてきた。

 練兵も経験はしたが、特にどこの国にも属しているわけではない」

 

自由な槍(フリーランス)と言いたいのだな。

 ──それでは、なぜパロに加担した?」

 

 頭の近くに公女は歩みを移し。しゃがみ込んで、僕の目を覗き込む。

 うつぶせの僕は、顔を横に向けて、その彼女の顔を見返した。

 

「パロに加担したわけではない。

 だが子供を守るのは、大人の役目だ。そうだろう?」

 

 原作どおりにしたい、なんて本音を漏らすわけにいかないので。

 僕はそんな浮っついたペラペラの建前を口にしたのだが。

 意外にも、公女殿下は僕の言葉に考え込む様子をみせた。

 

「──そのとおりだな。

 そして民を守るのは、我ら騎士、貴族の義務。──しかし」

 

 公女はぐい、と僕の肩をつかんだ。

 だが底光る緑の目には、暗く燃える激情があった。

 

「知っているか。その約が果たされていないことを。

 ──もう、数年前になるか。

 モンゴール東部は、渇水に見舞われた」

 

 山河が茶色くなり、河が干上がるくらいの異常気象だったという。

 ノスフェラスからの予期しがたい風のため、不定期にそのような夏が訪れることがあるらしい。

 

「わが父である大公殿下も心を痛められてな。切り抜けるのには、苦心したらしい。

 多くの借りを他の2公国、友邦であるタリア伯爵領、ライゴール、カウロス、ケイロニアに作った。

 私も従軍し、臨時の追捕使(ついぶし)として。特に被害を受けて荒れた地の慰撫と治安の維持に回っていたな」

 

 公女殿下は、淡々と続けた。

 

「知恵と力を集めて切り抜けんとした村も数多くあった。

 だが、荒れ果てた地ではおぞましいものも数多く見た。

 人間とは果てしなく美しくも、醜くもなれる」

 

 ある村では、他の村と協力してわずかな水を分け合い。

 ある村では、他の村と水をめぐって戦い。

 そしてある村では、──

 

「とある隣国に近い地域でな。私は他国の貴族らしい者たちが余暇の狩をしているのをみた」

 

 その地の領主が、他国の貴族や大富豪を引き入れていた。

 狩人たちの母国から物資がふんだんに持ち込まれ、その地の領主は不自由なく暮らしていたそうだが。

 その豊富な物資は、領民には与えられず。

 貧しくやせ衰えた村人の前で、みせつけるように、惜しげもなく物資が消費され。

 余って廃棄された残飯には小便がかけられていたにもかかわらず、貧民たちが蠅のように集っていたという。

 

「私と腹心は、身を隠して潜り込み。隠されていた狩の場を押さえた。

 ──その狩が、ひどいものでな。

 傭兵たちの悍馬が追い、強弓が貫き、猛り狂う猟犬が噛み裂く獲物は。

 このモンゴールの、貧しい領民だったのだよ。

 狩の末に追いつめられ、腐れ貴族どもに捕えられて嬲られ。──口に憚るようなことをされていたのは、その地の村娘や子供らであった」

 

 その地の領主が、他国からの援助と引き換えに領民を売っていたということだったらしい。

 公女殿下は地元の貧民の娘に身をやつし、しっぽを出そうとしない子爵を罠に嵌めてこの事実を明るみに出させたらしい。水戸黄門かよ。

 外交上の力関係があって、強国だった他国の貴族や富豪どもには手が出せなかったという。

 

「──子爵はどうなった?」

 

「衆目の前で、釜茹でにされたな。ちなみに処刑の指揮をしたのは私だ」

 

 げっ。

 僕が引いたのを、敏感に感じ取ったらしく、凄惨な笑みを公女殿下が浮かべた。

 

「蠍の子は蠍だ、と思っていような。だが、仕方あるまい?

 その者、わが身可愛さに領民を売り、モンゴールを裏切る密約まで結んでいたのだぞ。

 一族郎党の命をとどめるためにも、派手で(むご)い処刑で大公閣下を楽しませる必要があった」

 

 ほうっ、と公女は息をついた。

 ヴラド大公のことを僕はあまり知らないが、やはり残虐な性格なのか。

 信賞必罰を旨とし、わずかな期間に飛躍的な国力向上を図った名君とされているが、──?

 

「間違ってはいない。──ただ。

 あの方は、近年、ことさらに血を好まれる」

 

 大公殿下への批判を口に上せた公女殿下に、僕は仰天した。それ、言っていいのかよ。

 

「ふふ、驚いたか?

 婿殿には驚かされるばかりだったゆえ、気分が良いな。

 だが、事実なのだ。最近も、咎あるとはいえ、父君の不興を買ってパロ攻めで功も挙げた将が串刺しにされていたな」

 

 ──いや、それって聞かれたら超、不味いことじゃないんか?

 魔道士、見張ってるんだろう?そう言ってたよな?

 

「確かに、聞かれたらよろしくはない。叛逆を疑われよう。

 あの方は、部下を疑う心も強くなってきていているしな──。

 ただ、今、我々の談合は誰にも聞かれておらぬ。魔道士も下がらせた」

 

 はあっ、と殿下が桜色の唇から悩ましげにため息をもらしたのが視野の隅にみえた。

 いつもの硬質な、凛とした風情と異なり、とても妖艶に見える。本人には全くその気はないのだろうが。

 

「最近、思うのだ。

 ──当面は、我らは勝ち続け、富と力を得ることとなった。

 飢えて子を売る親はいなくなるだろう。己の欲を満たさんがために領民を売る領主も。

 今なれば、隣国を憚ることなく、わが民を喰い物にしていた腐れどもを誅することも叶うかもしれぬ。

 しかし我らがたどっているこの道は、正しい道なのか?破滅への道なのではないか、──と」

 

「それを公女殿下が云うのか。蠍の娘が?

 それに俺に云っても、どうにもならぬぞ。」

 

「わかっている。わが騎士たちにすら云えぬ思い、吐き出したかっただけだ。

 その点、そなたはいい。 頭も切れるし、このうえなく良き聞き手だ。

 何より、『死人は告げ口ができない(死人に口なし)』というからな」

 

 ──おいおい、それって。

 俺をぶっ殺、ってことだよな!?マジでか?

 

「ふふ、そういうことになるな?

 せめてもの願いを聞いておこう。

 希望はあるか?磔か、さらし台か、野ざらしというのが普通だ。水が貴重ゆえ、この地では釜茹では叶わぬが」

 

 僕は考え込んだ。あ、「野ざらし」ってのは、荒野で革紐で手足を杭に縛りつけてさらして鳥獣の餌にするってやつね。西部劇とかで出てくる、アレだ。

 陣地でさらし台とか磔とかになったら、逃げられまい。

 あの手足を革紐で括って大の字の状態で杭に縛ってさらす、ってのなら僕は多分逃げられる。イシュトの関節は柔らかい、手首は縛られてもおそらく抜けられる。一択だな。

 

「じゃあ、野ざらしで」

 

「なれば、それだけは選ぶまい。さらし台とするかな。

 寂しくないよう、死ぬまでは毎日来て話してやろう」

 

「謀ったな!?」

 

 クソっ、性格最悪もいいところじゃないか!原作読んで、同情して損した!

 ナリスに脳を焼かれて情緒ぐっちゃぐっちゃにされた後、タリオとタルーに逆親子丼にされちまえ。

 

「ふふ、怒っているのか?

 我がものにならないそなたが悪いのだ。諦めろ」

 

 僕の怒りの視線を受けて、公女は笑っている。とても機嫌良さそうに、晴れやかに。

 ムカつくが、機嫌がいいようだし。──ひとつ、ここあたりで切り出してみるか?

 

「なあ、公女殿下。

 モンゴールはこのままでは不味い。そう思っているのだろう?」

 

 公女は笑い止めて、ちょっと眉を寄せた。

 

「そのとおり。

 アルゴスの反撃も始まろう。この軍を意味なくこの地で擂り潰したくはない。

 早く戻らねばならんが、──だが私は、軍務からは外されような」

 

 もう少し頬をざっくり切ればよかったのかもしれないな、と公女が揶揄する。全くだよ。

 

「公女殿下は大公の信任厚いと聞く。

 公女殿下ですら、大公殿下を掣肘できないのか?」

 

「無理だな。2、3年前なら叶ったかもしれぬ。

 だが今は一つ間違えると、私だけでなく部下たちの首までトーラスの広場に晒されるだけに終わろう。

 知らぬであろうが、大公殿下はもともとパロのすべての民の根切を考えていたのだぞ。かつてなら、そこまで極端なことはお考えにもならなかったであろうに。

 私が説得して、降伏しない将の磔にとどめたのだ。そして温情を敵将に掛けたハルディウスは、──」

 

 深々とため息をつく公女殿下。

 有能だが、まだ17、8の娘だしな。反抗期も重なって、この状況に耐えかねているのかもしれない。

 

「大公殿下のお人柄が変わられた、と言っていたな。

 いつから、またどうしてか、わかるか?」

 

「わからぬ。母が亡くなってからであろうかな*2

 もともと情こわく、容赦せぬ無慚(むざん)な方ではあらせられたが。

 そのころから、だんだん人を寄せつけなくなった気がする」

 

 父の期待に及ばないミアイル公子への当たりももともと強かったが、そのあたりからいよいよ放置状態になったともいう。

 そうだ、ミアイル公子については?

 

「ミアイル殿下が、即位することになるとしたら?」

 

「私は反対せぬ。──だがあれは優しいが政には向かぬ。国は保てまい。

 不憫なことだが、生まれる家を間違えたのだ。楽師の家なればよかったものを。

 父君も、王配としてケイロニアに婿に出すことを考えている。

 細やかな心があるし、仲睦まじく女王を支えられるかもしれぬ、と。

 だがわが国でミアイルが即位するなら、当面は私が摂政となることになろうか」

 

 公女のミアイル公子への口ぶりは冷淡ではない。

 むしろ、為政者や軍人としては適性がないが優しい弟への、姉としての情が感じられる。

 ここも原作と違うポイントかもしれない。付け入る隙がありそうだ。

 

「──そなた、ミアイルの命が危ないと申していたな?

 確かに、危ういな。此度、ケイロニアが動かなかったのはミアイルがいてこそ。

 そのミアイルを狙う、ありうることだ。護衛を増やすよう、上申はしたのだが、──」

 

「公女殿下も大変だな。──それにノスフェラスで兵を損じたくないんだろう?」

 

「当然だ。殺生石など我らの手には負えぬし、パロの手にも負えまい。

 こんなところで無益に殺し合いをしている場合ではない」

 

「──なあ、公女殿下。

 取引をしないか?」

 

 僕はずっと片方に向けていて疲れかけてる首をせいいっぱい、彼女の方に向けて。

 悪そうな笑みを浮かべ。戸惑う表情を浮かべている、緑の目にそう問いかけたのだった。

 

*1
どこかの巻の後書き。

*2
本作では、数年前に死去したと設定。

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