(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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ご感想をいただきました。ありがとうございました!

・往生際が悪いのは、きっと中の人の精神がちょっとクズだからだと思われます。
 原作イシュトヴァーンもなかなかのお行儀の悪さではありましたが、精神的にはクズではなかったのですが。
 きっと本作では、両者の相乗効果で・・。


・大公殿下、色々掘り下げたり造形し甲斐がある人物像ですよね。一代の英雄ではあるはずで、ただ何らかの歯車が壊れてしまったのでしょうか。
 公女殿下はやや強めがいいと個人的には思っていて、せめて本作では──と思っていたのですが、今回は少々お労しい展開になっているかもしれません。公女様すまぬ。


 偽イシュト視点→第三者視点→偽イシュト視点→第三者視点です。
(20251126)再会を約した日を修正しました(2日→3日)


021 悪寒

(偽イシュトヴァーン視点、モンゴール本陣、夜)

 

「そなた、もしや、──?」

 

 剣呑な目で、投げ出していた剣帯(重いからね、剣)に視線を走らせた公女殿下をみて。

 僕は、自分の意図が誤解されてたことを察知した。

 多分、公女殿下は僕がヴラド暗殺を持ちかけると思ったんだろう。あー、ミアイル殿下の即位をどう思うか、とかも言ったしな。あぶねー。

 

「あー、違うからな。考えていないぞ、大公殿下暗殺なんか」

 

 少なくとも、今のところは。

 それに原作どおりなら、手をくださなくとも大公はまもなく死ぬ。

 

「──ならば、なんだというのだ」

 

 かろうじてレイピアを手に取ることをやめた公女殿下だが、視線が硬い。

 

「状況を整理しようぜ。

 公女殿下は、殺生石には興味がない。ノスフェラスからは撤退したい。大公殿下には自制してもらいたい。ミアイル殿下には生きていてほしい。パロの権益は、どうだ?パロ侵略は、必要だったと思うか?」

 

「私は大公の剣なれば、是非もなし。

 ただ私自身は、パロになど兵を送る意味はないと思っている。あまりに遠いし、統治しきれまい。そのうち撤退となり、禍根を残す。クムに取られて三公国の均衡を崩すのも好ましくない。多少なら賠償の責を負ってでも王家と和を講じたい」

 

「だよな?

 そして俺たち、俺と豹頭の王様の立場だが。

 殺生石自体には興味がない、ノスフェラスからは立ち去りたい。大公殿下には自制してもらいたい、ミアイル殿下のことはどっちでもいい。パロからは撤退してもらいたい。復旧のため賠償も欲しい。──ほら、ほとんど完全に利害が一致するだろう?」

 

 原作では好戦的な主戦派だった公女だが、この現実ではどちらかというと慎重、内政重視派。

 ほとんどのところで、グインたちと対立する意味はない。

 

「──だがその線で大公殿下を説得することは、私にも無理だ。大公はパロの完全支配を望んでおられる。

 この前も、些細な意見をしたことで不興を買い、軍師の一人が首を飛ばされた」

 

 罷免の比喩ではなく、物理的に飛んだらしい。怖っ。

 

「部下の言葉を聞かぬ王の国に、将来があると思うか?

 遠交近攻は兵法の基本だ。隣国でもないパロを攻撃する時点で、大公の頭が正常でないことは明らかだろう」

 

「──」

 

 公女は言い返さず、唇を噛んで俯いた。

 国内の矛盾から目を逸らすために国外に仮想敵を仕立てて愛国心を煽ることも、かつては有能だった社長が長期独裁のはてに会社を潰すことも、よく聞く話。

 公女は難しい立場だろう。正面から反対すると死を賜るか幽閉、ブレーキ役がいなくなり、国のす破滅一直線。

 だから彼女はせめて大公の誇大妄想的な侵略計画を現実的な線にとどめようとして、それで成功してしまったのだろう。パロ戦役で勝った時、不味いことになった、と思ったかもしれない。

 

「公女殿下の信頼できる者を、ミアイル公子に張りつけられるか?」

 

「私は右府将軍ゆえ、トーラスの表の警備の者の差配はできる。既に、衛兵の増員の指示は出した。

 しかし『裏の手』の者たちは、大公殿下ご自身が別の指揮系統で統率しておられる」

 

「公女殿下ご自身にも、その手の者が?」

 

「古株の白騎士のうち何人かは、私でなく大公殿下に忠誠を誓っていような。

 警護、監視して私に妙な動きあらば、誅せよと命を受けているであろう」

 

「護衛が少なく、侍女がいないのもそれが真因か?」

 

「左様、当たらずといえど遠からず。だが侍女がいないのは別の理由だ。

 ──なんだその慈父の如き目は」

 

 アムが性格悪いから、──ってことだよな。わかってるよ。

 しかし僕は武士の情けでそのことには触れず、不満そうなアムを措いて話を進める。

 その腹背明らかならざる白騎士たちの監視の目もない今こそ、話をつけておくべきだ。

 

「俺はノスフェラス側を代表する立場にない。ただの傭兵にすぎぬ。

 だから今、俺が出せる手札はわずかでしかない」

 

 公女はじっと僕に目を据えて聞き入っている。よしよし。

 

「だからな、こうしないか。つまり、──ん?

 ──公女!気をつけろ!」

 

 僕は「イシュトヴァーン」の感覚で妙な気配を感じて、言葉を切り。警告の言葉を発した。

 公女殿下も僕の言葉で異状に気づき、別の椅子に掛けてあった剣帯を取りに向かう。

 

 物音がしなくなっている。

 1万の軍勢が駐しているわけで、まだ宵の口で兵のざわめき声もしていたし、遠くで狼の声もしていた。外の歩哨の呼び交わす声も。

 でもなぜか、今は全く音がしない。この一室だけが、静かな山奥にでも隔離されたように。

 

「誰かある!エクハルト、アスパル!

 ──何者だ!?」

 

 部屋の隅。松明の明かりの届かない暗い翳で空間が歪み、真の暗黒が口を開ける。

 奇怪な護符を随所に縫い込んだ古びた袖なし外套(サグム)に、頭巾(ホーダズ)をかぶった姿。

 その後ろから、覆面で顔を隠した黒衣の戦士の姿がぬっと現れた。

 

「──礼を言うぞ魔道師。10タルザン()だけ維持してくれ」

 

「了」

 

 次の瞬間、戦士が剣を抜き放って公女殿下に襲いかかる。

 彼女は防いだように見えたものの、体当たりをくらって突き飛ばされるのが見えた。まずい!

 僕は手のひらの関節をぐにゅぐにゅと動かし、縄抜けを試みる。革紐なのがなー、抜けにくい!

 

「衛兵!」

 

 転がって、続く一撃を避ける公女。彼女は倒れた状態なので僕の位置からよく見えない。

 

「暗殺者か?

 ──2倍の報酬を出そう、見逃せ」

 

 公女が、暗殺者に声をかける。

 

「笑止。──覚悟」

 

「くっ」

 

 キィン、ビンッと破壊音がした。レイピアを折られたか?

 公女の口から漏れた、呻き声。どこかを傷つけられたようだ。

 ただ、続く攻防で公女はレイピアで相手の剣を逸らすことができているようだ。とすれば刀身は多分折られていない、暗殺者はまだ致命の一撃を彼女に届けられていない。

 

 この刺客は腕利きだ、準アストリアス級。それに腕はともかく、体格からして違う。公女はよくやっているが、長くは持たない。

 魔道師はおそらく魔道十二箇条で直接の関与はできない建前なのだろう、こちらを見ようともしない。だが、もし奴が参加したら一瞬で終わる。

 僕は手首を縛めの革紐からかろうじて抜くことに成功し。続いて悟られないように静かに、足首のベルトに手を伸ばした。

 

 ──────

 ──────

(第三者(公女アムネリス)視点)

 

 突然現れた刺客。彼女が抜き放ったレイピアは、かろうじて不気味な色をしている暗殺者の剣を逸らした。

 だがそのまま体当たりされ、吹き飛ばされる。

 大柄なモンゴール人、そして女としても長身の彼女だが。

 さすがにこの歴戦の強者らしい、屈強な暗殺者に及ぶ体格ではない。

 

(──抜かった。ガユスの警告していたとおりだったのに)

 

 魔道王国パロを相手にする以上、暗殺や洗脳などの非正規戦も想定はしていた。

 今も彼女は洗脳や混乱などの術を弾くための護符を身につけているし、意志の強いものに簡単には術は通らない。

 ただ、魔道十二箇条違反すれすれの形での暗殺をしかけてくることは、十分に考えられるところであり。

 

(日頃は、ガユスがこのような事態を防ぐための術を掛けていてくれたのであろうな。

 ──愚かな主であった)

 

 初撃は防ぐことができた。しかし、考える間もなく追撃が来る。

 かろうじて倒れた姿勢から膝立ちになり、上から振り下ろされた剣をレイピアで受け流す、──だが姿勢が姿勢だけに、受け流しきれない!

 

 びぃんっ、と音を立てて細剣(レイピア)護拳(スウェプトヒルト)の一部が破損して大剣の刃がわずかに入り、手の甲にかすり傷が入る。チクッとする程度の痛みだが、声が漏れてしまった。

 切れ味のいい丈夫な細剣(レイピア)だが、正面から大剣を受けたりすることは避けよと剣術師範に云われていたな、と彼女は他人事のように考える。

 

「公女殿下は、死んだも同然」

 

 彼女の手傷に気づいた暗殺者が、口を開いた。声に、暗い愉悦が載っている。暗殺者といっても人間なのだな、と彼女は思う。

 確かに、刃がわずかに入ってしまった右手がしびれ、そしてそれが拡がっている。おそらくは、毒。

 利き腕全体に回ってしまえば、もはやなすすべもなく剣で膾切りにされるだろう。

 

「衛兵!」

 

「来ない、来ないぞ。たまたま静謐を好むあの男、音消しの術を用いているでな」

 

 魔道師に一瞬視線を投げる。自身は関与しないと示すかのように、魔道師はこちらを見もしない。

 魔道師は直接的に暗殺に関与できないとされている。しかしその制限を潜脱する「奸計(フラヴァイト)」として、直截的な関与でなく偶然の関与という建前で術を行使することがあると公女も聞いたことがあった。この術師も、「通路の設定」だけを行い、たまたま刺客がその場で勝手に通路に入るという建前で金を積まれ、その目的をあえて聞かず術を売ったのだろう。音消しの術も同様、きっと自分が瞑想したいなどの口実。

 

「さて公女。死ぬ前に生きたままその高慢な鼻を削ぎ、耳を切ってやろう。

 目か、鼻か、耳を殺った証として求められている。その見事な乳は、抉って鞣してわが戦利品としようぞ──」

 

 毒が回ってきたのか。利き腕である右手首に力が入らない。

 彼女は左手も添えて、かろうじて火の出るような刺客の刺突をかわす。

 果敢に、反攻の突きを試みる。長期戦だと毒が回り、ますます不利になる。

 

「はっ、ははっ、見事、見事!「あと5タルザン」──わかっている」

 

 魔道師がぶっきらぼうに言葉を挟んだ。中原標準語だが、どこか雅な訛。

 ユラニアだろうか、パロだろうか──と彼女は思うが、それについてそれ以上思うことはない。

 刺客はキタイ人ではない。山の兄弟(山岳マフィア)か、暗殺教団(ゾルードの使徒)か。

 やや粗野で、陰湿で変態的な行為の示唆からは市井に潜む暗黒稼業の者とも思える。

 

(私が死ぬなら、ノスフェラスからの撤退の口実ができる。

 だがその後、誰が大公殿下を止める?

 マルスはすでに疎んじられている。有力諸侯も怯えている。ミアイルには無理だ。

 ──まだ死ぬわけにはいかない。)

 

 左手を添え、一撃を受け流して接近した状態でのフェイントを入れての突き。

 相手の腕に当てたが、下に硬革の防具を着ていたようだ。

 

「驚いたな公女殿下、見事なものよ!

 ──ただ、これで終わりだ」

 

 右手に力が入らない。切り返しで強く当てられた剣で、感覚のない右手からついに細剣が離れかかる。

 次の刺突を避けることはできない。防具は着ていない。せめて、役立たずの右腕を犠牲に時間を稼ぐか。しかし1タルザンも持つまい、その間にも──

 

 ──もう、終わりか。

 

 彼女は、その大きな碧緑の目を見開き。奔る運命の剣先を、ただみつめた。

 オーダインの田舎で小さいミアイルを乗せて小舟(ボート)を漕いだ少女のころの思い出が、脈絡もなく思い出されていた。ずいぶん弟ははしゃいでいた。あのときなくした、気に入っていた麦わら帽子は、──

 

「危ないな!──大丈夫か公女殿下」

 

 次の瞬間。黒い颶風のようなものが走り抜け。彼女の胸に伸びてきていた剣先は、刺客ごと弾きとばされた。

 

 傷が走る、広くたくましい裸の背中。足通しだけのすらりとした長身。

 強烈にあたりにふりまかれる精気(オーラ)、生命力。

 そして手には、半タールほどの鉄の棒。

 

 刺客の男を体当たりで弾き飛ばし、公女との間に割り入ったのは。

 あの拷問台に縛りつけておいたはずの、傭兵と自称する怪しげな密偵だった。

 

「邪魔立てするか!」

 

「──悪いな。盗み聞きもしてたぜ?

 あと5タルザン、持たせりゃいいそうだな?そしたらそこの魔道師のおっさんはいなくなる。音消しとやらの術も解ける」

 

 魔道師は何も反応しない(できない)が、困惑しているのがアムネリスにはわかった。

 そして目の前の暗殺者が、傭兵の言葉に焦燥を覚えはじめたことも。

 

「ほらほら、大丈夫かなー? そろそろ白騎士、気づくかなー?」

 

糞ッ(ドール)!」

 

「おっと、なっかなかじゃねえか、強え強え」

 

 手にした棒、──おそらくは拷問用の鉄火箸か焼き鏝の柄で、傭兵は暗殺者の剣を危なげなく弾く。

 暗殺者の腕は、決して悪くない。しかし傭兵は鍔もなく長さも強度もない棒で、軽く剣の刃の連撃をいなし続けた。

 暗殺者も、傭兵の腕に気づいたらしい。彼が尋問されていたという、その状況にも。

 

「罪人!なぜ今更、公国に味方する!?通せ!」

 

「狭い辺境(ノスフェラス)、そんなに急いでどこに行く?──そらよっ」

 

 彼は大胆にも左腕に火箸を持ち換えてまた軽く刺突をいなし。右手を後ろに回してきた。

 まるで何かを、公女に求めるように。

 

「(公女殿下、剣を頼む)」

 

 低い、ささやき声。なぜか彼女はその声に、腰骨が溶けるような甘やかな感覚を覚えた。──毒が回ってきたのか?

 確かに軽いしびれは下半身に及び、右肩の近くまでは感覚がない。肺や心臓に達するのは、時間の問題。

 自分ではもはや動かせない右腕から、左手で剣をもぎとり。

 苦心しながら、差し出された彼の右手にレイピアを握らせた。

 握らせるために彼の手に触れたとき、なぜか自分の耳がかっと熱くなったのを彼女は感じた。

 兵法としては何かそこらのものを投げて彼に助太刀すべき。だが、いよいよ体がしびれて立ち上がることすらできない。

 ──そしてなぜか彼の後ろ姿から、目が離せない。

 

「いい腕だ!だが、残念だったな!

 このヴァラキアのイ、──んんんっ」

 

 慌てたように口をもごもごさせる様子が、剽軽で愛嬌がある。

 その気の抜けた巫山戯た様子が、効果的に相手の怒りと焦燥を掻き立てているようだ。

 

「ゾルードの呪いよ、降りかかれっ!鋭っ!」

 

「──この『アルゴンのエル』様には及ばねえな、この『アルゴンのエル』様にはなっ!残念っ!」

 

 なぜか名乗りを強調する、彼。理由はよくわからない。

 キィン、と音がして。剣を得た回の次の攻防で、傭兵は攻勢に入り。

 剣を弾き、体当たりで突き飛ばした相手の右腕を踏みつけ。その喉元にレイピアを擬した。

 

「くっ、──殺せむぶっ」

 

 さらに開いた暗殺者の口に、彼は容赦なく左手に持ち替えた火箸を突き込んだ。

 痛そうだな。おそらく舌を噛ませないようにか、自決用の毒薬を噛ませないようにだろう、と。

 彼女、アムネリスはぼんやり思う。

 

「10タルザン。我が仕事は(おわ)んぬ。さらば」

 

 術を維持していた魔道師は、不本意そうな声ながら無情にも、もがく暗殺者にそう告げて。

 謎の黒い穴に入っていったあと、どろどろ、と靄が消えるようにその謎空間への通路は消えてしまった。

 魔道十二箇条は、神約(ゲアス)で刷り込まれている*1。きわめて高位の術師は潜脱も可能と聞くが、あの魔道師はそこには至っていなかったらしい。

 世界に音が、戻ってくる。

 

「男の『くっころ』は芽吹か(萌え)ないんだよなー。

 そう思わないか、公女殿下?」

 

 傭兵はそういって振り向き、端正な横顔を見せて笑った。

 白い歯を見せて。うさんくさいほどの、満面の笑みで。

 

「──」

 

 何か言わねばならない。何か。──芽吹く(萌える)ものとはなんだ、──いや、そんなことではなく。

 命を救われたことに対する感謝の言葉を。だがこのわずかな間に、急速に右腕からしびれが回ってきている。

 立ち上がれない。体がかしぐ。口すら、思うように開かない。なんという醜態。なぜ私は、こんなときに。

 

「公女っ!大丈夫か!?ああ、不味いな毒かっ!」

 

 傭兵が彼女の状態に気づいたらしい。

 毒消しはたいてい下手人が持っているよな、などと言いながら暗殺者の両腕の関節を手慣れた風にあっさりと外しその隠しを探る姿を、倒れた彼女は視野の隅から見つめ続けた。

 

 ──────

 ──────

 

(偽イシュトヴァーン視点)

 

 思いのほか、アムネリスの剣の腕は良かった。

 ただ男女の体格の違いに加え、急襲を受けて負傷して劣勢(あとから、毒も受けてたって知った)。

 僕が間に合わなかったら、善戦むなしく刺し殺されてただろう。

 

 このまま見殺しにしたら、実は僕が手を汚さず三方良しで終わるんじゃないか、という思いも頭をよぎったんだけどね。

 ただ、アムがどうも原作と違うし。主戦派なのはアムネリスではなくて、ヴラド大公。むしろアムネリスはブレーキ役。

 そのブレーキ取り払っちまったら、まずいよな。

 

 それにヴラドは取引できる相手じゃないようだ。正直、乱心気味じゃないかと思う。

 他の武将たちも、彼を恐れて意見できない。直言できるのは、娘のアムネリスくらい。

 だとしたらアムネリスはモンゴール側でこの戦乱を収拾する意志と力がある、貴重な人物だ。

 

 まあそういうわけで。

 僕が横からお邪魔虫。幸いにも、刺客の腕は(イシュトヴァーン)には及ばなかった。

 焦りを掻き立ててやって平常心を失わせ、頭に血がのぼった相手を捕えた。

 僕の煽りに、冷静さを失ったのが相手の敗因。腕はそこそこいいから天狗になってたんだろう。だが場数を踏んでるとは思えない立ち回りに終わった。

 見切り、損切りが悪いよな。最適解は僕が割って入ってきたらすぐ「閉じられた空間」だか何だかで逃げることだよ、駄目なら魔道師になすりつけてもいい。そのために魔道師待たせてたんじゃん。

 

 ところが刺客を取り押さえてこれを交渉材料にしてやろうって意気揚々と振り向いたら、蒼白な顔で斜めに倒れていく公女殿下を目撃。

 どうやら最初の一撃か次のスラッシュで傷をもらい、刺客の剣に塗ってあった毒が回ってたらしいんだよね。

 毒使いは、たいてい解毒剤も持ってるっていうグイン世界の豆知識を使って、──実際に解毒薬らしいものを刺客の懐から発見し。

 自決用の薬だったら不味いので多少刺客の男の口に零してみて反応を確かめ、公女殿下に飲ませた。

 いや、その間に公女殿下が唇まで色がなくなりかけてて、口も硬直しはじめてて、めっちゃ焦ったよ。悠長に実験してて手遅れなんて、シャレにならない。

 粉薬で、飲み込ませようとしても溢れてしまうし。

 結局、僕が水と薬を自分の口に含んで、無理やり彼女の口に流し込んだけどね。緊急措置。OK牧場。手の傷口には、口を付けて毒を吸い出した。念のため毒消しを僕も少し含んで。

 幸いにもこの騒ぎは気づかれず、公女殿下も半ザンほどしたら口が利けるようになり、1ザンでふらつきながらも立ち上がれるようになった。

 男は暴れるからね、両肩両肘の関節をはずして自決防止に口にボロ布をしっかり押し込んで縛り上げた。そう、さっきまで僕のいた拷問台に。縄抜けは許さんとばかりに、めっちゃ縄を喰い込ませてあちこち拘束した。完璧。

 

 さて。取引を続けたいところだけど。──しかしさすがに、今は無理かな?

 

「──公女殿下」

 

 びくっとして、公女殿下が背中をもたせかけた壁際から僕を見上げた。

 松明のゆらめく光を照り返す、黄金の髪。どこか幼い、今は険のとれた表情。

 今、ここで戦えば僕が簡単に勝てるな。まだ麻痺薬かしびれ薬の効果が残ってるだろうしね。それがわかってるんだろう、目にはわずかな怯えに似た色。

 思わず含み笑いが頬に浮かぶのを感じてしまう。形勢逆転、ねえねえ今、どんな気持ち?

 僕は声に愉悦が載ってしまいそうになるのを意識して押さえながら、申し出る。

 

「公女殿下も、考える時間が必要だろう」

 

 こくこく、と公女殿下が頷く。

 頬がバラ色に上気してみえるのは、たぶん解毒剤の効果だ。

 麻痺をとるため、血行を促進したり神経を刺激したりする効果があるんだろうな。薬を口に含んだせいで、僕もなぜか体がポカポカしてる。

 ただ、解毒剤も量を過ぎるとよくないだろう。薬は、量を間違えると毒だし。彼女の赤らんだ頬に手を軽く当ててみる。やはり、どこか眩しいように、でも大きな目を瞠ってみあげる公女。

 ちょっと熱いけど、大丈夫な範囲だろう。僕にもイシュトヴァーンにも薬師の知識はないが。

 

「御身お大事に。──5日間の一時停戦。いいか?」

 

 こくこく、と公女は頷く。

 5日間は、もちろんグインが戻ってくるのを見越した日数だ。1日余裕をみた。早いほうがいいよな。

 

「悪いが、俺の身を解放してもらえるか。白騎士に下知してくれ。

 それで5日目が来る前に、一度会おう。3日後でどうだ?

 場所は、──そうだな、この本陣からケス河沿いに上流へ進み、10タッドくらいのあたりに蛙の形の大岩があったはずだ。そこで」

 

 こくこく。

 ふと、気になって彼女の頬に当てていた手を放し。

 僕が傷つけた頬の傷を、軽くなぞってみる。軽い引っかき傷で、もう乾いている。傷痕も残らないだろう。

 この一連の間なぜかアムネリスは熱を帯びた目を見開き、無言で僕をじっと見上げ続けていた。

 僕はなんだかきまりが悪くなって手を放した。やっぱりまだ傷のこと怒ってんのかな、高くつくって言ってたし。──はぁ。

 

「そちら側の魔道師は帯同していい。あと口の固い、殿下が信頼できる護衛の騎士を数名。

 その間、並行して大公殿下に瀬踏みをしてもらえるか?答えは3日後には間に合わなくていい。

 そうだな、──ノスフェラスは広大で完全制圧は難しい、殺生石も近くに寄ることすら危険。ただ他国に利用させないよう殺生石周辺への立入りを抑えることはできそうだが、それでよいか、とでも」

 

 公女は頷く。どこか名残惜しげだ。受けた命を完遂できず、ノスフェラスを制せなかったからだろうな。あるいは大公の不興を買うと思ってる?

 ただ公女殿下も殺生石を抑えるのは難しいと思ってたみたいだし、仕方ないじゃないか。それに原作では大公はナリスとの婚姻によるパロ乗っ取りにすぐ目移りしてた。なんとかなるだろう。

 

「それで、ナリス公のことだが、──ん?どうした?」

 

 公女の目に嫌悪の情が浮かび。首を振る。

 ただ、すぐに目の険は取れ。僕をじっと見つめる。

 ハッキリは言わなかったけど、ミアイル公子暗殺の黒幕がナリスたちだって推測したのかもな。もしかすると今回の公女襲撃も。あー、原作から少し外れそうだな。まあそれはそれでいい。

 

「ならばまた、相談としよう。

 そしてミアイル公子には護衛を。いいか?」

 

 公女が頷く。

 何も言わないが、見開かれた碧玉の目はじっと僕に据えられてる。居心地が悪いほどに、ひたすらまっすぐに。

 ミアイルを死なせたくないから、僕の方でも頼むってことだろう、この熱視線。

 まあ、いいよな。別にアムがナリスに骨抜きにされなくても、ミアイルが死ななくても、大筋が原作に沿うようにすればいい。

 僕だってミアイルに死んでほしいわけじゃない。子供を死なすのは寝覚めが悪いし。それにここが公女アムネリス個人との取引材料にできそうだし、せいぜい努力するさ。

 

「俺を逃がすことは、白騎士たちには怪しまれるかもな。

 さる大国の密使だと白状した、ってことにしてくれ。

 そしてガユスと言ったか?そっち側の魔道士が上手く洗脳でき、今後反間として使う予定、ということで」

 

 公女殿下が頷き。ようやく口を開いた。

 

「わかった。万事そのとおりとしよう。

 3日後、ここから10タッド先のケス河沿い。護衛は最小限。そうだな?」

 

 すこし声が高めで震えてたのは、まだ体調が万全でないからだろうな。熱が出てきた?

 ただ、もうちょっと頑張ってくれないと困る。

 

「ああ、頼む。俺はもう行かねばならん。

 ──繰り返すが、なんとか白騎士たちを言いくるめてくれ。

 それと、最小限の装備を返してくれると嬉しい」

 

「当然だ、装備はすべて返す。馬も付けよう。

 再会を楽しみにしているぞ、──我が族長(テウダナーズ)殿。

 ──我らの未来のために」

 

「ああ、俺も楽しみにしている。──未来のために」

 

 多分体調のせいだろうな。またなにか嫌味とか言われたりするかと思ったが、公女は大人しくこちらの要求を(うべな)った。

 ちょっと固いが、思いのほか邪気のないきれいな笑顔をみせ、別れの言葉を告げて。

 警護の白騎士に、僕への措置を伝えるために公女殿下は部屋を出ていった。

 

 半ザン後、訝し気な顔をした白騎士、たしかアスパルと言われてた男だけが来て、僕に装具を返し、本陣の離れまで案内してくれた。余っている馬も一頭貸してくれた。

 夜のノスフェラスは非常に危険だが、ヴァルドーズ(魔除け香水)もある。何とかなるだろう。

 僕は騎乗し。案内してくれたことに一言謝意を告げて、馬腹を蹴った。

 

 晴れた星空を見れば、船乗りでもあるイシュトからすれば方位の見当を付けるのは容易。

 慎重に道を選びながら、月明かり(イリスの手燭)のもと、僕はラクの村へと馬を走らせた。

 

 ──────

 ──────

(第三者(アムネリスほか)視点、モンゴール軍本陣、夜)

 

「(流石は公女殿下。見事な手腕)」

 

「(そうだ、それでこそ我らの御大将よ。──暗殺者もなまなかな腕でなかったというが)」

 

「(山の兄弟の手のものとか。よくぞ乙女の身で、凌いだものよな)」

 

「(新参だと知らんのか。殿下の剣と槍はもとはマルス伯仕込みだからな。研鑽も怠らずなかなかのものよ)」

 

「(ガユス伯も、お人の悪い。罠で間者と刺客を釣り込むとはな)」

 

「(『一矢で2匹のバルト鳥』とはな。頼もしきことよ)」

 

 おそらくは誰も聞いていないであろうと思って、ささやきかわしているらしい見張りの白騎士の内緒話。

 当番で付いている侍童が、もの言いたげにこちらを見るが。

 かまうな、と手を振った。

 

 公女アムネリスは、急造で設えた厠の入り口の幕を潜った。

 侍童すらも離れた場所に待たせ、人払いさせている。この瞬間は一人だ。

 寝付く前にも用を足したのだが、──夜半に起きてしまった。

 慣れぬ酒のせいか、あるいは寝る前に薬師に勧められて解毒のため大量に飲んだ水のせいだろう。

 その水と薬師に提供された毒出しの秘薬のおかげか、解毒はすすみ体調はほぼ完全に復調している。

 もっとも黒蓮の秘薬のことでは相当に苦言を呈されたものだ、──と我知らず、苦笑が頬に浮かぶのを彼女は感じた。

 

 用を足して、就寝場所に戻る。侍童にも仮眠を取らせよう。

 褥にもぐり、闇の中で目を閉じる。──眠れない。

 いや、違うな。

 ヒプノスは瞼を撫でている。すぐ眠れるが眠るのが惜しいのだ。この、宝石のように(きら)めく愛おしい記憶のせいで。

 

 今日、いや昨日か、──に起きたこと。「あの男」のことを、行軍時に含む塩飴を(ねぶ)るように思い返す。

 浅黒い端正な顔、白い歯。見事な長身に屈強な筋肉、すらっとしてみえるが厚い胸。

 刺客から、身を張って守ってもらったこと。仰ぎみた、あの広い背中。

 

 薬を飲ませるという口実で、唇を奪われたこと。彼女は、初めてだったのに。

 くらくらするような背徳感、そして陶酔感。

 

 手の甲の傷から毒を吸い出す彼の仕草。

 あれは騎士の愛と忠誠の誓いそのものだった。頬を赤らめていた彼もそう思っていたはずだ*2

 

 そして別れ際に、頬に手を当てられたこと。

 ──詫びるように、彼につけられた頬の傷を撫でられた。彼につけられた傷。謝罪の言葉は発されなかったが、その気持ちは十分に通じた。息を止め彼を見上げる自分の目がとても純粋に、澄んでいると感じた*3

 

 燃えるように熱かった、頬。覗き込む目。でも目を逸らすこともできず、涙が出そうになりながらも、ただただ見つめ返した。あの黒曜石の瞳に、心を囚われてしまった自分。夢見心地で交わした逢引きの約束(トライスタ)、──

 

(どうしたというのだろう。

 ──こんな気持ちは、初めてだ)

 

 回想しているうちにいつのまにか、唇を指で触れていた。不思議に、甘やかな快感が走る。知らずに出たため息が、しっとりと湿る。

 この気持ちが、何なのかわからない。誰かに聞けば、わかるのだろうか。彼女は、従姉妹たちの顔を思い浮かべた。

 外征続きで、同性の友人とは最後に親しく話を交わして長い。

 

(──まあ、いい。とにかくわかることもある。

 彼も、きっと私と同じ気持ちだろうということ)

 

 彼もはっきりとは言わなかった、いや、言えなかった。でも、最後の「楽しみにしている」と言った言葉には押さえきれぬ真情がにじんでいた。黒蓮の秘薬の影響は、まだ彼女にも残っていた。きっと、彼にも*4。だからまちがいない。

 

(我らの未来のために。

 つまり、彼と私の、未来のために、──?)

 

 ──彼が欲しい。彼は敵国の密偵。だから皆に認められることはありえない。それでもいい。

 自分もまた、悲劇であろうとも夫の復仇に身を焼き焦がし、兄を殺すスヴェルデヒルトの末裔(すえ)

 彼を得るためなら、たとえこの手を肉親の血に染めようとも、──。

 

 ──もし、彼の心が彼女から離れたら?

 それなら、それでいい。今度こそ彼を自分の、自分だけのものにする。ヤヌス十二神への改宗前のモンゴールの蛮族の習い。(ヤヌス)が彼女を認めないなら、彼女も(ヤヌス)を認めない。

 彼の心を盗んだ姦婦だけは殺しきって、その心臓を抉り野良犬に食わせる。

 そして怒り狂う彼の手に果てるか、あるいは彼を殺しその心臓をミスティルト(ヤドリギ)の枝に掛けて自裁し、戦士の館(ヴァルホール)で再会しよう。

 

 そう思いながら、「氷の公女」アムネリスは。

 これまでの精神的な疲れに、ここ数日の激務のせいもあって。

 彼のことを思い返しながら女神(イラナ)の如きかんばせに、わずかに不気味な(ゾルードの)笑みを浮かべ。

 やがて夢ひとつない安らかな眠りに、いざなわれていった。

 

 ──────

 

「くしゅんっ」

 

 他方。

 そんな物騒な思いを抱かれているとは、夢にすら思っていない彼。

 今しも砂虫やイドを警戒しながら、夜の砂漠を馬で駆けているその傭兵(イシュトヴァーン)は。

 彼女との、温度差のせいか。

 寒暖差のはげしい、夜の砂漠をわたる寒風のせいか。

 拷問の間、服を剥ぎ取られていて、体を冷やしたせいか。

 ──ともかくも、なぜか突如としておそるべき強い悪寒を感じ。

 大きくくしゃみを漏らして、(ドールめ)、やっぱり風邪ひいちまったかな、と独り言を発したのだった。

 

*1
捏造設定。

*2
毒消し薬の作用としての血行促進で顔が赤らんでいたか、ないしは公女アムネリスの妄想。

*3
三島由紀夫『仮面の告白』オマージュ

*4
もちろんアムネリスは男女の体格差(体重差)やアルコール耐性の違いやその他もろもろの反省点を、このときばかりはすっかり忘れ去っている。

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