(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。 作:Marchhatter
○たしかに原作で闇落ちしたアム、子供にヤバい系の
ちなみにお見通しのように、イシュトの中の人は管理職とかPTA会長さんとか嫌がるタイプです。王様なんて打診された日には・・。
○中原二大美女(?)の存在にもかかわらず、スニさんに癒しを求める背景はそこですね!(どっちもなんかヤバい)。
原作ではスニさんに呆れられてる描写のあるイシュトなのですが、本作では好感度が高いのです。
○たしかに、原作イシュトヴァーンも相当いい加減の考えなしであり。
フォークリフトに人を乗せて高所の電球交換をやらせたりする可能性が高いのですが。
偽イシュトヴァーンもたぶん自分では度胸がなくて絶対やらないながら、「やったからな」と言われたら「無事替えられたからヨシ!」ってなる人だと思います・・。
また、ご評価をいただきました。ありがとうございました!
第三者(グイン)視点→第三者(レムス)視点→偽イシュトヴァーン視点です。
多少気になるところがあり、後で加筆修正するかもしれません。→仮置きの題名そのままだったので、早速修正しました(20251128)。
(グイン視点、狗頭山、昼)
グインは、狼王のもてなしを受けて一晩をすごした後。ラゴンの集落を求めて歩いていた。
──ちなみに狼王との饗宴では、彼は供されたバルト鳥を生のままばりばりと食べるという、我ながら恐ろしい所業にも及んだのだが。
その野趣あふれる味が、後頭部を殴られたように感じるほどの美味に感じられる。
原作では、この行為から自分は獣人ではないのだろうかと思いを馳せることになるグインであったが。
この世界線では、傭兵から『旦那の豹あたま、便利そうだよな!その牙なら、
あいつへのみやげ話にしたらさぞ面白かろうな、と思ってくつくつと笑ってしまい。
狼王から、ほほえましそうながらもやや不審そうな視線を受ける、という一幕すらもあったのだった。
ともかくも食事を終えると、狼王の好意的なまなざしのもとで、彼はなめし革の袖なし外套にくるまり、眠りに落ちる。
その豹頭王に、奇妙な敬虔さと、そして若き族長をいつくしむような優しさで狼王は寄り添ったのだった*1。
グインはその眠りのなかで、ふたたび奇妙な夢をみていた。将来を彼に垣間見せる、謎めいた夢を。
夢の中で彼は、王だった。人々の歓呼につつまれ、ヤヌス神殿で禁色の衣を肩にかけられ、栄光につつまれた。
しかし暁の星が彼の手から逃れ、彼は冠を捨て、ただの一戦士に戻り星を追った。
そしておそらくはヤーンと思われる単眼の老人に行きあい、その老人に、『戻って竜の玉座を取り返せ』と叱責されるのだった*2。
朝。狼王に夢のことを話し、狼王が用意してくれた、岩トカゲとヴァシャ果の朝食を食べ。
果てしなく賢い狼王に岩塩の原に案内された。おそらくはリンダの予言にいう「白い地」。すべてが岩塩になっている原だ。
そこで彼は、岩塩のはざまに落ちていた、謎の金属の祈り棒あるいは折り畳み式の杖のようなものを拾う。
そして陶然と岩塩の原の静けさを楽しみ、もはや彼に関心を示さない狼王に別れの言葉を告げ。
彼は岩塩の原に深く分け入っていった。
歩いていく途中に、やはり原作どおりに謎のすきとおった赤い木の実を拾う。
原作では、齧ってみてあまりの塩辛さにペッと吐き出し、そのまま忘れてしまったものなのだが。
(──あの傭兵、たしか面白いものがあれば拾ってこいと云っていたな?
きっと塩の味しかせぬだろう。何も言わず齧らせて驚かせるとしよう。
そう、茶目っ気をおこしたグインは。
この世界線では、その木の実をそのまま所持品に加えることとした。
ちなみに塩に封印されたこの赤い木の実については、突然知識が湧き出るグインの謎脳も、特に何の情報ももたらさなかった。
彼は歩みをすすめ。塩の原は、やがて塩の谷に変わり。
そしてついに彼は、ラゴンに遭遇した。
──────
彼の知ることのない原作では、彼はラゴンのものである塩を盗んだと咎められ、盗人として囚われの身になり。
そしてラゴンの賢者カーとの問答ののち、人類の域をはるかに超える雄渾な体格と膂力を有するラゴン最強の勇者、ドードーと闘うことになる。
そしてさすがのグインもドードーの恐るべき剛力の前に窮地に陥ることになるのだ。
この世界でも、そのルートに乗り。塩盗人あるいは外界の悪霊とされたグインは、
ラゴンの集落に連行され、牢に閉じ込められ。
原作どおり、牢にやってきた好奇心旺盛なラゴンの少女、ラナに肉をもらい。
「ドードーを呼んで来い。俺が、それを望んでいるといってな──受けぬのなら、俺はドードーより強いのだから、俺が次の、そして本当のドードーだ」*3
彼女に「俺は勇者ドードーより強い」と吹きこみ。挑発的な言葉を並べ。
それをドードーに、伝えてもらうことで。
目論見どおり、勇者ドードーと賢者のカーの前に、引き出されることとなったのだった。
グインは神の使い、ラゴンの神であると推測される「アクラ」の使者だと主張し。
死者の国から来た悪霊だという嫌疑、塩を盗んだという嫌疑。
その2つの嫌疑に対して、申し開きをするのだが。
アクラの使者だと言ったことについては、厳しく追及される。
「お前はアクラの使者と云ったではないか。ではきく。アクラとは何だ。──」*4
原作でのグインは、アニミズム的な神性の理解に則って、「アクラは普遍在」などと、見当違いの返答しかできず。
アクラの使者を僭称した、という不名誉な評価を一時とはいえ受ける羽目になったのであるが。
この世界線では、賢者カーの『アクラ』についての問いにグインは正しく答えることができた。
「『アクラ』とは、──場所のことではないのか?」
ひとえに妙な傭兵が、「たしかラゴンの崇める『アクラ』って、場所のことなんだってよ!きっと面白れえもんがいろいろ入ってる昔の遺物なんだろうぜ!──ただ瘴気が強すぎて空飛ぶ鷲も落ちるってよ!『
傍で聞いていた勝気な巫女姫にメンタルボコボコになるまで馬鹿にされ。
レムスにすら呆れられて、自尊心ぺしゃんこのしおしお状態になっていたことが念頭をかすめたからだ。
ただこの世界線でも、これに続く、「アクラの使者であることの『しるし』をみせよ」というカーの問いには答えることができず。
ドードーとの闘いを、強いられることにはなった。
そして、ドードーとの死闘の果て。
朦朧としつつ、主人公であるグインは。
とっさに懐から取り出した、途中で拾った機械部品のようなもの。実は「アクラのみしるし」を、本能のまま、剣のように構え。
固唾を飲んで見守っていたラゴンたちの総意のもと。射しそめる陽光のなかで「アクラの使者」であることを認められるに至ったのだった。
──ヤーンの糸車は、偶然と必然を縦横の糸としつつ。
そのほの暗い地に浮かび上がる絢爛にして壮大な模様を、また一つここに織り上げていく。
──────
ちなみに、死闘の後で。
「──こちらの赤い実が何か、知らぬか?」
「はて、果樹の実でしょうが。儂も見たことがありませぬ。ここらのものではないかと。
──残念ながら塩漬けになっている以上、芽吹くことはありますまいが」
賢者カーにも、その正体ははかりかねた。
岩塩が周りを覆うほどの年月、完全に岩塩の中に封じられていた実が芽吹くことはあるまい。
しかし、珍しいものであるのは確かだ。何しろ生きているようにつややかにみえるのだから。
彼はカーたちの了承を得て、傭兵へのお土産として塩漬けの果実を包みなおしたのだった。
──────
ラゴンの集落からラクの谷までは、相当の距離がある。
体力お化けのラゴンたちにとってすら、ノスフェラスでの2モータッド近くの距離はなまなかなものではない。
ただし、ここも原作同様に秘密の抜け道を使うことになる。
原作ほどには追い詰められていない、とはいえ。
昏い抜け道を抜けながら、グインは時間を気にしている。
(──大丈夫。大丈夫だ、きっとあいつならそろそろ、情報を抜き取って帰ってきているはず。
それに多少遅れたところで、モンゴール軍はそこまで攻撃的でない。)
そう、豹頭の中では焦燥を感じながらも、
グインは、ラゴンたちを率いて黙々と路を急ぐ。
──────
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(第三者(レムス)視点、モンゴール軍前線近く、翌日夕方)
イシュトヴァーンと名乗る傭兵が、秘密の任務に赴いて。
翌々日昼すぎに早くも帰投してきた、と聞いて。
早速レムスは姉やシバたちとともに、話を聞きに行った。
疲弊した様子の傭兵は、軽く風邪をひいちまったんだ悪いな、と洟をすすりつつも。
いろいろお兄さんが上手くまとめるから安心しな!と兄貴風を吹かせながらなれなれしく、レムスとシバの肩を叩いた。
(ちなみに私には何もなかったわよね、えこひいき!なんなのあいつ!──と、姉はいたくご立腹だったが。
イシュトがおそらくは風邪を彼女に
行先も目的も知らされずに置いていかれて寂しい思いをしたことに、子供っぽく拗ねていることに気付いて。
レムスは、いつもは同い年の自分を年下の弟扱いする彼女に対し、ほのかなおかしみを覚えた。)
さてその後、報告もそこそこに。
すまねえずっと寝てないんだゲロ吐きそう、と寝袋にもぐりこんでしまった傭兵は。
夕刻まで数
セムの女たちに甘やかされながら(彼は天性の女たらしかつ婆転がしの才覚を活かし、わずかな期間にセムの女の子やおばさんたちの母性本能を擽り、手のかかるが憎めない親戚の男の子あるいは歳下の弟的な
背中についた見るもおそろしい傷の手当てを、気の毒がられ痛がりながら行ってもらい。
そして人心地がつくと、すっかり復調した様子で。
モンゴール軍を懸念して夜闇にまぎれての偵察を進めていたシバたちに、今日明日は絶対大丈夫だ安心して休んどこうよ、などと告げ。
しかしたしかに彼の言のとおり、それまでゆっくりではあるが進行していた、モンゴール軍による進軍準備の偵察は止まったようであり。
それどころか夜が更けると、グインの信望で大同盟をなし、連携を取るようになっていたノスフェラス各地のセムの他部族からも。
オームどもが活動を止めた、何があったのか知っているか、という困惑まじりの連絡が、急ぎの使いを介して入ってきた。
狐につまままれたような気分のシバたちだったが、傭兵は上機嫌にその知らせを受け。
よっしゃ明日はちょいと偵察行ってみるか!とレムスと一緒に新型の飛行機の模型を作りながら言ったのだった。
ちなみに、おおいに臍を曲げていたリンダは。
(それは情の厚いこの姉がイシュトヴァーンの身を心配していた反動なのだ、とレムスは知っている。)
最初こそ、イシュトヴァーンに話しかけられるたびによそを向き。ツンとして嫌味を言い放ち。
さらには彼の必死の弁解に、「へー」「ほー」「ふーん」と塩対応*5していたりしたものの。
やがてイシュトヴァーンが謎の器用さで紙を折り曲げて作って彼女に献上した、驚くほど精緻な鳥や馬や幾何学的な尖った十字型の風車の腕のようなもの(イシュトヴァーンは『シュリケン』と呼んでいた)の貢ぎ物に。
少しずつ機嫌を直し。やがて目を輝かせはじめ。
やがて次から次へとさまざまな生きものや物の製造をリクエストし、強請り。
男女の姿の人形を作らせたころには、すっかりいつもどおりに、いやいつも以上に上機嫌になっていた。
──簡単にいえば、あっさりイシュトにあやされ、懐柔されてしまっていた。
レムスは飛行機械の模型の貴重な材料が減ったことには、少々心穏やかでなかったが。
自分にも、振るとスパンスパンと馬鹿でかい音が出る紙細工を作ってもらうと、その懸念も忘れ。
リンダと2人、雷を出す武器に見立てて打ち鳴らして、逃げるイシュトを追いかけまわし。
騒ぎに気づいたシバたちが、何事かと覗きにきたころには。
──────
さて、そのさらに翌日。グインが出立して3日目の午後のこと。
イシュトヴァーンは、レムスをも引っ張り出して、シバたちとモンゴール軍の前線を偵察に来ていた。
ルロイ族の本拠地、茶谷と呼ばれていたところの近くだ。彼ら一族はモンゴール軍に追われ、ラクたちはその落人たちの一部を引き受けていて、この偵察隊にもルロイ族の若者が案内として加えられていた。
その地のモンゴール軍には、あきらかに撤退の様子があった。
天幕は畳まれ、物資はソリに積み直され、既に先遣隊は谷を発っている。
いままで占領していたセムたちのオアシス、たとえばグロ族の黒谷からも撤退の動きがみられる。そう、ルロイの者たちが言っている。
そしてモンゴール軍は、偵察のセムたちの姿を遠目にみかけても、攻撃してくることはない。
(もともと、モンゴール軍は何らかの攻撃を受けなければ攻撃はしていなかった。
ただ、いったん交戦が始まり敵対部族と認定されると姿を見かけただけで攻撃してきていたので、いままでより攻撃性が薄れているといえる。)
「おお、さっそく早馬を飛ばしたか狼煙をあげたとみえる。
あの金髪ヤンキーの公女殿下、なかなかのシゴデキぶりじゃねえか。」
イシュトがぶつぶつとつぶやく。
おそらくは市井の者の俗語なのだろう、レムスには彼の言葉の意味はよくわからなかったが、すごく失礼なことを公女に対して言っていることだけは分かった。
──でもイシュトの知識には、明らかにパロの私塾の賢い人ぐらいしか考えないようなこともあったりする。王様をやるためにっていっぱい勉強させられてきた僕ですら、知らないようなことも。まだまだ、そういった知識も勉強して身につけないといけないのかな。でも僕、空飛ぶ機械を研究してたいな。王様なんて大変そうだし。
そう感じ。レムスはノスフェラスの南岸近くのオアシスで生えるという、とても軽い材質の木材でイシュトヴァーンと一緒に試作にとりかかっている、空飛ぶ機械の試作品のことを思ったのだった。
──────
さらにその翌日。イシュトヴァーンは、モンゴール軍のだれか(情報提供者だろう、とシバたちは思った)と話してくる、と言い。
(もちろん、そのこと自体はイシュトからシバたちラク族の首脳陣にも伝えられ、承知していた。ただ、モンゴール軍の中に潜入したときの詳しい話までは、言葉の障壁もあって十分には伝えられていなかった。)
──モンゴールの奴と話をしに行ってくる前に、奴らの様子を見ておきたい。
などと言いだし。
早朝、サライほか数名の腕の立つラク族の戦士たちとともに、撤退中のモンゴール軍の様子を眺めにやってきていた。
叩き起こされたレムスは、僕、目立つし捕まったりしたりするとまずいんじゃないかな?と心配になりながら。
大丈夫、任せしとけと胸を叩く彼に根負けして。
また、ひとえにこうしてお忍びで冒険に出るのもワクワクする気がして。
ねむりこけているリンダを置いて、目立つ髪と肌を隠し、念のために顔には茶色い虫よけの汁を塗り、参加していた。
彼らは遠目に、モンゴール軍の様子を見やる。
ノスフェラス各地からのモンゴール軍の集結の動きは、ここにきて明らかだった。
モンゴール軍は、すべての戦力をカロイの塩谷と呼ばれていたオアシスに創設した本拠地に集めているようだ。
こうしている間も、各地から撤退してきた戦力がかすむ地平線から現れて、オオアリジゴクなどの危険な動物に注意しながら砂漠を渡り、本拠地のある方向に向かって消えていく。
「みろよ、王子様。
あっちの方では、ついてきたセムが石を投げてイドの所在を明らかにしてやってる。モンゴール軍が気づいて、そのイドを焼き払いやすいように」
「え?モンゴール軍に投げてるんじゃないの?
──それってどうして?いいこと?」
レムスの目には、モンゴール軍に向かって投げているんだな、と見えていたが。
確かにイシュトヴァーンの見立てどおり、騎士たちに直接あたっていない。そして投げたその付近に、化け物がいる。
セムたちはモンゴール軍とは緊張関係にある。一部は、敵対して戦になっているはずだ。
それなのに、なぜそういうことをするんだろう?
「俺の考えでは、いいことだ。──つまり、な?
石を投げてきてるセムに、モンゴール軍の兵士も気づいてる。でもそこを攻撃しようとはしてないだろう?
あいつらも馬鹿じゃない。自分たちを攻撃してるんじゃない、ってもう気づいてるんだ。
ほら、あっちでもセムどもがモンゴール軍の帰路にいる、騎士どもには見つけ出せないオオアリジゴクをみつけて場所を示してやってる」
それらのセムは、必ずしもモンゴールに投降したカロイの残党というわけではない。
セムはモンゴール軍が怖いし、早く出て行ってほしい。──だからといって攻撃すると手痛い反撃も受ける。
だから考えを変え。自然発生的に、モンゴール軍に、撤退のうえでじゃまになるものを教えるということにしたのだろう、というのがイシュトヴァーンの読みだ。
モンゴール兵たちもこの荒涼とした(セムの居住地であるオアシス近辺は比較的すごしやすいのだが)地から、大きな被害を受けないうちに撤退できるめどがついたことに喜んでいる模様。
そして真意はともかく、セムたちがノスフェラスの化け物の所在を知らせてくれていることに気づき、なにがしかの感謝のようなものを抱いているようだ。
一度などは、うっかりその過程で「
「ただ、ぱっと見にはわからねえ。レム坊のいうとおり、お互いに矢を射て石を投げてるようにみえるかもな。
──仮にみてるとしたらだが、あのクソ魔道師どもの目とかにも。
あいつら頭でっかちだし、魔道のこと以外ではぽんこつ野郎も多い。戦のわかる奴らは一握りだ」
魔道大国と呼ばれるパロだが、そこまで魔道師の数が多いわけではない。
素質がなければならないし、使い物になるまでには長年の下積みが必要。
まじない師などの域を超え、魔道師と呼ばれるようになれるのは、教育と修行に時間と金を費やすことができた、極めて限られた幸運なものだけなのだ。
レムスも、護衛などの魔道士を何人か知っているが、多くを知るわけではない。
この育ちの悪い(とあっけらかんと認めている)傭兵、どこでそんな知識を得たのだろう、とレムスは不思議に思う。
「よし、見たいもんは見た。シバ、レムス、帰、巣。サライ、我、行。乞、案内」
「「了!」」「行っちゃうの、イシュト!?」
「レム坊、悪りーな。引っ張りまわしちまったみたいで。
でもここは、シバたちと帰って姉貴といい子にしときな?きっと、いい知らせを持って帰ってくる。
帰ったらあの木の模型、2人で完成させようぜ。それまで、紙づくりを進めててくれるか?」
「うん。──約束だよ?」
まだ体調が完全復調でないのか、ときどきくしゃみをする傭兵は。
もちろんだぜ、とレムスの頭をくしゃくしゃに撫でてくれる。
少し成長が遅くまだ体は小さいものの、そろそろ思春期に入りかけているレムスは。
恥ずかしくてちょっと身をのけぞらせたものの、彼の手を強く拒むことまではしなかった。
馬に騎乗し、別れのしるしに手を一度上げ。
サライというラクの若者とイシュトヴァーンは、シバとレムスたちの本隊と別れ、相乗りしてケス河の川上の方角に向かった。
そのあたりにある大蛙岩という岩で待ち合わせをしているらしい、モンゴール軍の人と。たぶん、篭絡した情報提供者。
──本当に2人だけで大丈夫なのかな?罠じゃないのかな、とレムスは再び心配になった。
レムスとシバたちは、帰ることになる。
帰路に撤退中のモンゴール軍と、お互いに視認できる程度の距離ですれ違うことがあってひやっとしたが。
レムスが気づかれなかったせいもあるが、確かにイシュトヴァーンの読みどおり、モンゴール軍は攻撃してはこなかった。
イシュトは事情を知ってる風だったけど、詳しくはグインが帰ってきてからだ、と言われてまだ教えてもらっていない。その情報提供者をだまくらかしてか、別口でか、なにか細工したんだろうな。
──まあいい、帰ってきたらきっと教えてくれるだろう。
なんだかんだ言って他の大人たちと違って、イシュトは大法螺は吹くけど約束は破らないし。
ラクの谷に、帰り着き。
またも置いてけぼりを食った姉が、巫女姫とも思えぬイシュトへの呪詛の言葉を吐いているのを聞きながら。
戻ってきたら、イシュトはきっと姉のご機嫌とりに紙の動物を作らされるんだろうな、と。
彼に対して、レムスは同情を覚えたのだった。
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(偽イシュトヴァーン視点、ケス河北岸、通称「蛙岩」周辺、昼)
暗殺者を返り討ちして怖い公女様と一応の協力関係を築き(で、いいんだよね?はっきり言わなかったけど)。
その口利きで逃がしてもらい。ほうほうの体で砂漠をわたり。
昼頃に、ラクの谷につき(ほら、替え馬がないと、馬を潰さないようにするとけっこう時間がかかるんだ)。
そしてとにかくぶっ倒れて寝込んだ。一昨日、モンゴール軍の遺棄された鎧を拾ってもぐりこんだときから、全然寝てなかったからね。かろうじて馬には水と草をやった。
そして起きると猛烈な食欲に駆られて喰いつくした。自分でも引くくらい。
翌日(解放された翌々日)は様子見で、シバたちと一緒に、レムスも誘ってモンゴール軍の様子を見に行く。
思ったとおりだ。モンゴール軍は撤退準備を始めてる。
もともとこの世界線でのアムはそこまでノスフェラス支配に積極的でなかったし。
僕の後押しが効いたのかもな、パロの友邦であるアルゴスの黒太子スカールあたりの反撃のことを思い出させておいたから。
3日後。公女殿下との約束の日の早朝、行きがけに偵察したときには、モンゴール軍の撤退は本格化していた。
注目すべきは、セムたちとモンゴール軍の関係だ。
もちろん潜在的には敵対関係なのだが、緊張緩和の気配がみてとれる。
おそらく完全に関係を修復することは無理だ(というより、修復するほどの友好関係があったかというと疑わしい)が、以前のようなケス河を挟んで相互不可侵、あるいはカロイ故地のみにモンゴールのノスフェラス領事を置き、通商関係を始める、といった程度の関係には、できるんじゃないだろうか。
僕は偵察に一緒にきていたレムスやシバたちに別れを告げ、サライ君とともに待ち合わせの蛙岩に急ぐ。
ちなみに「3日後」としか約束してなかったけど、手持ち携行できる時計などなく、太陽の傾きで大まかな時刻を判断するしかないこの時代、「日」で待ち合わせを決めたときはたいてい正午を意味する。
到着したのは、現代世界でいえば午前10時くらいだったんじゃないかな。
サライ君といっしょに周囲を見回り、危なそうな生き物がいないかチェックする。
最悪なのはイドだが、ここら辺まではあまりこない。
そして岩場なので、砂に潜むオオアリジゴクや砂虫とかの厄介な奴らもあまりいない。
ぼろぼろに朽ちた丸木小屋の名残のようなものがあったところをみると、かつてはモンゴール人の開拓民が入植しようとしていたのかもしれない。
そして時間が近づくと、サライ君には馬と一緒に、少し離れた安全な場所にいてもらうべく離れてもらう。
サライ君は独力ではモンゴールの大型馬には騎乗できないが、轡をひいて行くことはできる。彼にもヴァルドーズの沁み込ませた布を複数枚、渡しておいたからなんとか砂漠を渡れるだろう。
公女殿下が大公殿下からねじを巻きなおされたりして心変わりして、僕を仕物にかけようとすることだって考えられる。少なくとも、また捕まえようとしたり、ね?
そのときはケムリグサで合図をして、そっと逃げてもらうことにしたんだ。
正午が近づくと、蛙岩のある岩場から遠くに砂塵が立つのが見えた。
砂塵はやがてニ十騎あまりの武者たちであることが、判明する。あれがおそらく公女様たちだな。
思ったよりはるかに少人数だ。まあ、このあたりは掌握済みの地域でセムの襲撃はまずないし、ケス河沿いで化け物の数も多くはないからだろうな。
一糸乱れぬ統制ぶりで、騎士たちが100タールばかり離れた場所で止まる。
そして2人の白騎士と1人の赤騎士が集団から分かれて、こちらに向かってくる。
他の2人に護衛されている金髪の白騎士は1人だけあきらかに軽装、そして他の2人にくらべてやや小柄。騎乗している馬は一番の駿馬。
あれが公女殿下だな。
「公女殿下、
一応、騎士の略式礼を取る。本当は正式礼でないといけないんだけどな、でもまあ味方じゃないし。
「待たせたか、わが
公女殿下は答礼して下馬し、少し下がった位置で騎乗したままの白騎士に自分の馬の手綱を渡し、思いのほかフレンドリーに呼びかけてきた。
やはり下馬し、公女に心持ち先行して僕と彼女の間に割って入るような位置取りをしている赤騎士の喉で。
彼女の僕への呼びかけのあたりで、ぐっ、というような音がした。どうしたんだろう?
「そなたら、下がってよい。2ザンしたら迎えを。
それまで日陰に入り、見張り以外は休憩して体力を保て。食事を取っていてもよい」
「そんなわけには!御身に何かありましたら!」
赤騎士がバイザーを跳ね上げたので、誰かわかった。アストリアスだ。
ガタイがいい乗馬のままの白騎士も相当の手練れとみたが、誰かはわからない。こちらはうっそりと礼をして馬の頭をめぐらせるが、アストリアスは追随しない。アストリアスの馬はその場で所在なげに立っている。
「大丈夫だ、アストリアス。婿殿はわが命の恩人。私を殺める気なら、とうにそうしている。カロイたちはこの周囲からは下がらせた。
そしてここはこの岩場だ、化け物もすぐ分かる。婿殿も場所を選んでくれたのだろう。なにかあれば呼ぶ故」
公女は、自分が僕に救われたことをこの2人には伝えたらしい。
「しかし」
「分かってくれ、アストリアス。モンゴールの命運がかかっている」
「──御意」
非常に不本意そうながら、キャンセルされたアストリアスは再騎乗し、とぼとぼと仲間たちのもとに戻っていく。
「──さて、」
そのどこか哀愁をただよわせる後ろ姿を、しばらく見送り。
軽くため息をついて、公女アムネリスはこちらに向きなおった。
兜を取り。日光の下、くすみひとつなく光り輝く黄金のもつれた髪を、煩げにかきあげて。
そして完璧な美貌に白い歯を見せ、彼女は笑いかけてきた。
「逢引きの始まりだというのに、無粋な話からで気が引けるのだが。
悪い知らせと、もっと悪い知らせがある。──どちらから聞きたいかな、婿殿?」
クソッ、アムがヴラド大公にモンゴール撤退を上申して拒絶され、ねじを巻きなおされたってことか?
だとしたら、そりゃ最悪の知らせだよな。──と、僕は思った。