(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。 作:Marchhatter
○レムス、パロの文系の(?)多才な文化人からは浮いてそうですよねー。
彼はきっと、一見地味だけど専門を同じくする同好の士の間なら楽しくやっていけるのではと思うのです。きっと路線変更前のヴァレリウスのような・・。
○偽イシュトの悪業にまた一つ加わってしまった・・!
間違った用法で言葉を覚えている人(特に、偉い人)に、それ違うっす、とはなかなか言いにくいところがあり。そう気づいた後の偽イシュトも、油汗を流しながら間違った用法での定着に力を注ぐものと思われます。
○ご評価をいただきました。ありがとうございました!
第三者視点→偽イシュト視点です。
ちょっと場所など、迷ったところがあり。後で少し改訂するかもしれません。
(第三者(アムネリス他)視点、大蛙岩での談合の翌日、昼)
公女アムネリスは、演説が好きではない。
できないわけではない、決してない。傍からは堂々としてみえるらしく評判だっていいのだ。
ただ心中では毎回、どんよりしている。大勢の目が怖い。装具外れてないか。こけたり噛んだり鳥の糞が落ちてきたらどうする。毎回勢いだけで中身ないなー、とか思われてたら。
今回のように自分が考えたわけでもなく、内容に自信が全くない場合は、なおさらだ。
ただ、──約定した以上は、せねばなるまい。これはそう、義務。いわゆる当為とかいう奴だ、──
「モンゴールの勇者たちよ!
我らはスタフォロス喪失を受け、またこの地に逃れたパロの双子を追い。
この人跡未踏の地、ノスフェラスに足跡をしるした。」
ノスフェラスにおけるモンゴール軍の本拠地。カロイ族の支配地で、かつて塩谷と呼ばれていた地。
その広場には、小隊長以上おおよそ1000人近くの将兵が集められていた。
彼らは彼女、モンゴール公女アムネリスのよくとおるアルトの声に聞き入っている。
警戒任務に就き、撤退準備を進め、あるいはまた非番として天幕で休んでいるその余の兵の耳にも、彼女の言葉は届くことだろう。
アムネリスは、彼女の眼下の武人たちを睥睨しながら。
かねて準備していた言葉を告げる。
「──そして諸卿の奮戦の賜物として、諸卿も知るとおり。
スタフォロス城を滅ぼしたカロイに復仇し、確かな足場をここに築いて目的の半ばを達した。
しかしこの
そしてはるか南のアルゴスでは、不逞の輩が兵を挙げんとしているとの報が入った。
この風雲急を告げる状況の中、このアムネリスは金蠍宮から2つの御指示を受けた。」
公女アムネリスは、そこでいったん言葉を切る。
固唾をのんで、彼女の言葉に聞き入る将兵。
未知の悪い知らせを、恐れている気配を彼女は感じ取る。
「まず一つ。ノスフェラスを、後顧の憂いなきよう処置せよ。しかる後に帰投せよ!」
ざわっ、と場がどよめいたが、歓声は上がらない。
この場に集められたのはいずれも武勇に優れた者らで、臆病者などはいなかったが。
突然現れる危険な奇怪な生物との戦い。無害でも不気味な、歪んだ動植物。
そして常に不足気味の物資補給が、彼らの戦意にも影響を与えてきている。
多くの者は、切に内地に戻りたいと望んでいる。しかし撤退の知らせに浮かれる気配はない。
おそらく「後顧の憂いなきよう」という求めが、曖昧なのだ。
「撤退」とは、兵たちを奮い立たせる褒美、馬への
帰らせてやるから最後に一戦せよ、という。
ただし公女が考えていたような、カロイ征討以外に戦果がないまま帰還することに対する拒否反応はない。
撤退自体は、やはり彼らに望まれているのだ。そのためには一戦も辞さず、というところか。
その空気を読み取り。公女将軍アムネリスはわずかに望みをつなぐ。
少なくとも将兵の多くは分かりやすい勝利に固執していない。提案が受け入れられる芽はある。
これから伝える、演説内容。
彼女には非現実的に思えるその案を提示してきた、傭兵の顔を恨めしく思い浮かべる。
命の恩人ではあるが、なんという無茶ぶり。まず、受け入れられるはずもない。
それに仮にこの場は切り抜けても、トーラスで大公相手にかなりの綱渡りを強いられるのは必定。
──絶対にこの貸しを、あ奴には返してもらわねば。
たまたま若くして責任ある地位につき、運もあって勝利の立役者、ゴーラの戦女神などと呼ばれ。
モンゴールの武の象徴とされ、表向きは大公の信任の厚い彼女だが。
その実、独裁者の本能から、己の座を脅かす可能性を摘み取ろうとするヴラド大公と彼女の間には、表には見えない緊張関係がある。
──ともあれ、始めてしまった以上、続けねばなるまい。
(外見からは全くわからないが)気を取り直し、彼女は続ける。
「諸卿は問うか、『後顧の憂いなく』とは、何かと?
なに、決してこの地のすべてを皆殺しにせよ、などというつもりはない。
かといって、弱腰に振舞えというわけではない。
敵対する者がいれば、これまでと同様。
我らの手慣れたやり方で、無慈悲な鉄槌を振るうだけのこと!──そう、モンゴールのために!」
モンゴールのために!という声が返ってくるが、すぐおさまる。
彼女がこれから発する内容が、彼らは気になっているのだ。
「──だが、たしかな和は流血の勝利に勝る。
騎士の槍は、敵に振るわれるべきもの。無害な隣人に振るうべきものではない。」
続く言葉も、そのまま好意的に受け取られている。
大公殿下への婉曲な批判と受け取られないだろうか、猿を隣人などと呼べるかという反応が出ないだろうか、などと心配していた公女は安堵した。
ひとえにそれは、彼らとセムたちの間の緊張緩和の賜物だろう。
ここ数日、セムたちは攻撃を仕掛けていない。モンゴール軍も、最小限の反撃を除き攻撃をしない。
それもあって、前線では一種の馴れ合いが生じ始めている。
モンゴール兵が近くの危険な怪物の所在を教えてくれたセムに、配給のヴァシャ果を投げてやったり。
彼らのクセはあるが美味な馬乳酒と、彼らに人気のある布と交換したり、といったことが見られたりする。
(あいつは、なんと言っていたか?
『
軍監の一部からは規律の乱れであり好ましからずとの意見も出たが。
アムネリスは傭兵に求められたとおり、将来の和平につながるのであれば不問にせよ、と押し切っていた。
「もう一つの御指示!
パロの王子殿下、王女殿下を不逞の輩に利用されぬようにせよ!」
予想の範囲内なのか、反応は薄い。
「気を回す向きもあろうので、言っておく。
両殿下は我らが滅ぼした敵国パロの王族とはいえ、未だ子供にすぎぬ。両殿下自らが我が国に仇するような何かを為したわけでもない。
我が国に害をなすお心づもりがなければ、両殿下には身の安全を保証しようぞ。
政を離れ、トーラスあるいはクリージュダールにて将来のヤヌス神殿の
それが飲めぬと申されるとすれば、我らの祖国の一衣帯水の地にて牙を研ぐことを認めることはできぬ。討ちほろぼすまで!」
今度はひそひそと声が上がる。双子に対する無条件降伏勧告に等しい過酷な要求だ、というのを将兵も理解しているのだ。身の安全の保障など、なんの役にも立つまい。
あの奸計と武略の権化のような串刺し大公が、何もしないはずがない、という信頼(?)。
それに一般兵の間では、パロ侵攻の正当性についての疑問もささやかれるという。特に迷信深い農民の間では、聖王を弑したことについての神罰を恐れたり、まだ年端もいかない王子王女を憐れんだりする風潮も。
だがアムネリスは、傭兵の助言に従い。
ヴラド大公に対する忠誠心を疑われないように、大公の求めどおりの要求を出したことを強調した。
忍耐強く場が静まるのを待つ。アムネリスに次の言葉ありとみて、ほどなく場が静まる。
「この2つの御指示を、われらは成し遂げねばならぬ、──そこで。
彼らが現在、庇護を受けているところの者。ノスフェラスを支配する者。
そう、『辺境の王者』とでも言おうか。
我らはその『王』の存在を知り、その者に双子の引き渡しの要求を行った。」
吹きすさぶ風以外には、何の音もしない。固唾をのんで聞き入る将兵。
「──彼から、返答があった。
彼は言う。『王族とはいえ、年端も行かぬ子供。懐に舞い込んできた、よるべなき窮鳥。
彼らふたりを、その意に反して敵国に差し出すわけにはゆかぬ。
とはいえモンゴールの腹背の地であるノスフェラスで牙を研ぐのを指を咥えてみておれとも云えぬ』と」
聴衆は、じっと聞き入っている。理のある返答だと思っているのだろう、敵を引き渡さないことを示唆する返答に対し、罵声などはない。
「つまり我らの立場にも、かの王は思いをよせられた。しかし彼にも彼の立場がある。
そして彼は、双子の承諾を得たうえで、申し寄こしたのだ。
『神聖、公平なる決闘にて決着をつけようではないか』と。
──そして私は、承諾した!」
驚きの声が上がった。
ざわめきは止まず、それどころか少しずつ大きく、そして熱っぽくなっていく。
モンゴール人は、ヤヌス十二神の教えに教化される前の北方蛮族の気風を強く受け継ぐ。
決闘は、彼らの間でめずらしくない、好まれる決着の付け方の一つ。
トーラスの広場では、しばしば腕に覚えがある伊達男同士が剣を抜き、群衆の喝采を受けながら決闘する姿がみられる。
力で、最も強い者たちに雌雄を決させる。
その考えは、彼らなりの正義の考え方に強く訴えかけるところがあったのだろう、否定的な色はない。
一部に肯定的な声があがると、次々に賛同の声が追い、それが拡がっていく。
傭兵と彼女は、一つの山を乗り越えたのだ。
「先方からは5名、一騎当千のつわものを出すという!
当方からも5名、万夫不当の命知らずを出すぞ!」
モンゴールのために!という唱和。
そして続く喧騒の中で、彼女は高らかに続ける。
「明後日の正午!ここより10タッド、ケス河をさかのぼった場所にある蛙の形をした大岩の前!
我らが勝てば、彼らは両殿下を引き渡す!我らは両殿下のお命、お身体の保証をする!
彼らが勝てば、我らは両殿下がノスフェラスを穏便に去ることを認め、邪魔だてしない!
いずれにせよ、ノスフェラスの王と我らは和を講じる。我らの背は安んじられる!」
「──公女殿下!お
沸き上がる大喝采と興奮の声の中で、白騎士の一人から声が上がった。
彼女の提案は、ごく少数の側近との相談を除き、近衛兵である白騎士たちにも知らされていなかったのだ。
もし白騎士たちに知られたら、先手を打って潰されるだろう、というのが傭兵の読みだった。むしろ血の熱い、荒ぶる騎士や傭兵たちの心をつかんで、多少の反対を押し切って通してしまうべきだ、と。
「大公殿下にはお伝え申した!だが今は差し支えありて水晶球が使えぬ。そしてトーラスは遠い。
しかし我が任務は明後日まで。それまでには決着を付けよという御命令、。そして騎士にとって御命令は至上。
半端な戦いで禍根を残すことは、決着をつけたことにならぬ。これが双方納得の上でことを収めることができる、最良の手段。
大公殿下に
「しかしっ!出した者が負ければ、むざむざと謀反の種を逃がすことになりませぬか!?」
お目付け役の白騎士が声を荒げるが、公女は動じない。
「なに、サイム。我がモンゴール軍の猛者たちが負けるとでも?
私は彼らを信じる!そなたも信じよ!
──いやまて分かったぞ、そなたの真意が!自分の方が強いと思っているのだな。ならば、そなた出でよ!
わが鞭術の師の腕は、よもや衰えてはおるまい!そなたには散々打ち据えられたものよな!」
どっと笑う声。「俺は賛成だ」「儂は出るぞ」という腕に覚えのあるらしき武将たちの口々に呼ばわる声。
「しかしっ!」
「──よせ、サイム。
公女殿下。無益な血を流さず、しかも金蠍宮の御下命を果たしうる素晴らしき策かと。
このフェルドリック、賛同いたす!」
「私、リーガンも賛成する!先鋒を乞う!」
「公女殿下!私に!このアストリアスにご下命を!
必ずや敵を討ち果たし、モンゴールの武威を見せつけましょうぞ!」
熱のこもった叫びが上がる。多数の将兵、士官からも。
モンゴールの武人たちはその荒々しい気風や、必ずしも良いとはいえない品性はともあれ。
力を尊び、敵であろうと強き者を率直に賞賛する美風もあった。
「中隊長、各々の小隊長を通じ小隊に伝えよ。
腕自慢の者を各中隊1名推薦し、本部へ伝えよ。
それ以外に中隊長、大隊長は自身を推薦しても構わぬ。
本日午後から明日午前、選抜を行う!
繰り返す、決闘は、明後日の正午!残念ながら全軍、兵すべてがこれを観ることは叶わぬ。二千のみを率いる!」
出場を乞う声、観戦を願う声。
「本部に残る者たちよ!
残る者には、その働きを嘉して特別にヴァシャ酒1樽を各小隊に配給しよう。
トーラスに一足先に帰還する私からの、これまでの働きに対するささやかな礼だ!
せめて憂さを晴らせ。賭け札を出す、そして賭けよ、モンゴールの勝利に!
いや、間違った!相手にも賭けよ!そして私の財布を肥やせ!」
大哄笑と大喝采。これも傭兵の入れ知恵だ。
どのみちやるんだからな、先手を打って各試合の勝敗の胴元になっちまえ、と言われた。
賭けの運営など、したこともない。こればかりはどうしたものかと思い悩み。
傭兵との密談が終わってすぐ、この決闘策自体とともに、数少ない信頼できる相手であるマルス伯に相談し。
爆笑しながら賛成され。手配は部下にやらせるから姫様はお心安らかに、決闘の後はそのままトーラスに戻らねばなりますまい、と言われた。
共犯であるマルス伯に、視線をちらっと投げる。古強者の魁偉な髭面には、満面の笑み。
──あの顔、自分も賭けようと思っておるまいな!?
「決闘を観る者たちよ!
敵はいずれ異形ながら堂々たる偉丈夫と聞く!この闘い、その目に焼きつけよ!
そなたらの生涯、これほどの強者たちの集うを観る機会はこの先、望めぬぞ!」
居残り組のもらうヴァシャ酒も気になるが、やはり観戦したいようだ。
ますます、高まる熱狂。
「そして、決闘に出んとする者たちよ!
この命を懸けた決闘での勝利、戦士としての至上の栄誉と心得よ!
勝敗は問わず、恩賞として風の如く早き駿馬1頭!さらに生還のあかつきにはひとつかみの黄金だ!」
やんやの喝采を受けながら、公女は演説を終わる。賛否を問うまでもない、圧倒的な熱狂。
やり遂げたぞ、という充実感と安堵を覚えながら。彼女は心のうちにひそかに思う。
──ああ、我がモンゴール騎士たちが、いずれもあの傭兵の言うところの「脳筋」でよかった、と──
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──────
(偽イシュトヴァーン視点、セムの村、大蛙岩での談合の翌日)
「それで。誰かさんは遅くなったうえに、こんな仕事まで私たちにやれって?」
「そうだよ、ぼくも本当ならあっちをやりたいんだからね!」
「面目ないっす」
パロの双子に、さっきからちくちく詰められている。
まあ、レムスは優しいからね、半分冗談で仕方ないと思ってるみたいだけど、リンダは丸く頬を膨らませている。
「イシュト、アルム、パロラピ?」
ぴよぴよ、とスニさんの仲間のセムの娘さんたちからも疑問を呈されている。
彼女たちには、さっきからさまざまな作業に従事してもらってる。今は、縫い物。
セムたちにとって、布は貴重品。なんでこんなに布を使うんだ、と思ってるだろうな。
ただ、僕の考えではこれから必要になるものなのだ。
だから平身低頭して馬乳酒のストックを吐きだしてもらい、取引に応じてくれるモンゴール軍の兵士と取引して、物資を調達した。
彼らモンゴール人にも、セムの馬乳酒は癖があるけど美味で好評。
そしてセムたちにとっても、貴重な物資購入の好機。
最初はこっそり、一般兵士との闇取引だったのだけれど。
どうやらあのイカレ公女が、「撤収にあたり廃棄するよりは」と一部備蓄の売却を認めたようで。
セムたちからすれば垂涎ものの物資を、破格のレートで手に入れることができている。
そういうわけで今のラクの谷は、ちょっとした盛況なのだ。バブル状態というか浮わついた躁状態。
「イシュトヴァーン。ここにいたか」
「グイン!」「リアード!」「ホイニ、スマニ、グラッ!」
のっそりとグインが姿をみせる。セムの娘さんたちにもグインは大人気。
早速何人の娘さんたち、──まだたぶん日本でいえば小中学生くらいなのかな、──が仕事を放りだし、グインの腕にぶら下がって甘えようとするのを、スニさんが叱ってる。
「助けてくれ、グイン。王女と王子が冷たいんだ」
「
──リンダ、レムス。ちょっとイシュトヴァーンに話がある。借りるぞ」
グインに連れ出され。僕は数時間ぶりに外気にふれる。
ふー、と深呼吸。いやー、針のむしろでしたな。
「どうなった、選抜は」
「皆、出たがってな、予選中だ。──だが、おおむね決まったぞ」
そうかー。ほんま気がしれんわー、などと僕は思いながらしかつめらしく頷き。
昨日の公女殿下との密談のことを、思い返す。
──────
昨日の大蛙岩での密談で、僕と公女アムネリスはいくつかの取り決めをした。
その1。公女は双子を含めて僕たちが穏便にノスフェラスを去るのを認める。見返りに、ノスフェラス(セムたちね)やラゴンは、この戦役の続く間はモンゴールと敵対しない。
ヴラド大公としては双子の身柄を得たい。だが僕が公女を説き伏せ、所払いっていうかノスフェラスから去るのを認める、というところに落ち着けた。
モンゴールに身柄を預けない以上、モンゴールも双子の身の安全は保証しないことになる。
アムとしては交渉相手としてはナリスよりレムスの方が好ましいと思っていて、害するつもりはないと聞いた。だが大公はわからない、とも。ただ、アムがレムスと交渉できるくらいモンゴールが持つかなー。
その2。「その1」の取引の不自然さを糊塗するために、ノスフェラス王グイン(公女との話の成り行き上、グインが王ってことにした。フライングで僕が勝手にノスフェラス王に即位させちゃったわけだ、すまんグイン)とモンゴール軍との間で勝負をすることにする。この勝負は兵士たちが血を流す戦いでなく、決闘という形式で行う。
先の「その1」の取引、公女もなかなか納得せず説得に時間を要した。まあそうだよな。
だって「その1」の取引は、下手すると大公への背信行為。ヴラドは本音では、双子を手に入れたいんだ。
いろいろやって駄目なら最低でも双子をノスフェラスから追い出せ、というその大公の最低ラインが「その1」だからな。何もせずいきなり最低ラインを合意するって、そりゃ駄目だろう。
アムも悩んでいたようで、どうやら彼女としてはあの剣を抜けと迫ったとき、僕に彼女を刺させて軍の意思決定を一時的に麻痺させるか、彼女を僕に人質に取らせて交渉させるかにしよう、と考えていたらしい。まあ、なくはない手だ。
ただな、彼女に武名を落とさせては不味い。2回も人質に取られたりしたらそれこそ無能の烙印が付く。
それにもっと自分を大事にした方がいいよなー。なんかこの金髪ヤンキー公女、原作より有能だとは思うんだが自傷気味というか、別の意味でひどく危なっかしいところがある。
代わりの案として僕が出したのが、決闘。
僕はグインに勝てるモンゴール側の武将はいないと思う。あの勇者ドードーを出せばもう1勝も確実。残り3戦もラゴンで固めれば、少なくとも1勝は確実。僕の予測では全勝、悪くても5戦中4勝とみた。ただしこの点、アムネリスは同意せず。モンゴールが勝つと思ってるみたいだ。
ただな、それはラゴンを見てないからだ。見たらびっくりするぜ、グインや僕ですら彼らの間ではチビ助だからな。中原の人間種が勝てる相手じゃない。
──まあ、僕はその点は黙っといた。手の内はみせない。
ちなみにグインたちがラクの谷に戻ってきたのは、原作どおり密談した日の翌朝。夜通し歩いてきたらしい。意外とラゴンの住処は近いのか?
疲れてると思うけど、決闘についての事後承諾を求めてさっそく奴に泣きついた。ちなみにパロの2人にも泣きついて、さんざん嫌味を言われつつ承諾済み。
グインは僕が勝手にあれこれ決めてきたことに呆れた様子だったが、ラゴンたちは聞いてノリノリ。
ちょっと計算外だったが、セムも。決闘をする5枠の中に、セムの勇者の枠を入れたいみたいだ。
シバとかかな。ちょっと体格的に不利だけど、まあグインとラゴン3人をねじこめばOK。
ともかくアムからみてもモンゴールが勝つと思ってるのは、予想外だが悪くない(これは、アムがグインと闘ってないからだと思う)。僕たち側が勝つのが予想外なら、大公に対する「その1」の言い訳も十分に立とうというものだ。
ちなみにアムは哀れむような目で、モンゴール側が勝っても僕が彼女の靴を舐めその奴隷になるというならできるだけ双子を守ってやるぞ、とは言ってくれたけど、──「奴隷」って。アム、お前なあ。
最初言われた条件よりすごいデフレしてるぞ。100万ランと子爵位だったんちゃうんかい。もちろん拒否ったよ。
その3。公女はパロからの撤兵と和睦に向けて努力する。僕も「自分の利益を害しない限度で」公女の和睦の試みに助力し、定期的に連絡する。
これはまあ、空手形だ。
だって僕はもうこの戦役の表舞台に出るつもりはないし、アルゴスに双子を届ける直前くらいにはフェイドアウトさせていただく。
それにだいたい凡夫である僕にできることなどないっすよ。せいぜいアムが頑張ってくれ。
原作では、「紅の密使」としてイシュトはパロ側について暗躍した。でも僕にはそのつもりはない。
あのアグラーヤの港町のウミネコ亭の、えーと、ミリアだっけ?あの娘を死なせたくないし。
原作どおりの傑物なら、スカールとかナリスとかだけで十分だろうよ。
ただ、アムがこの条件を僕が飲まないと全部ひっくり返すぞって脅すから。しょうがなく受け入れたんだ。
回想終わり。
──────
「で。なんだっけ、例の実験のことか?」
「いや、そうではない。実はな、イシュトヴァーン。
俺も決闘に出る気だったのだがな。その、先約があることが判明してな。本戦には出られぬ。ドードーもだ」
「なぬっ」
いきなり飛車角落ちかよ!
豹頭を掻くグインから、話を聞く。
どうやら原作どおり、グインは結局、ラゴンの集落でドードーと闘ったらしい。
ただ勝ちきれず、再戦を約してしまった。
もちろんグインならモンゴールの武者など、苦戦もせず勝てるだろうけれど。ただ、お互い最善な状態で戦うのが礼儀でもあろうし、と──。
まあそうだよな、確かに「お前なんぞモンゴール戦の前(後)で十分。んだから予約を重ねて入れるぜ!」なんて失礼だよな。
「それ。モンゴールとの5戦と別にその場でやるつもりなんだろう?」
「すまんな、それが良いと思うのだ」
日を改めるかとも思ったのだが、というグインを半目で見る。
「云わせんな。全部お見とおしだぞ、このイシュトヴァーンさまはよ。
その場でやれば、どっちが勝つにせよお前やドードーのヤバさを印象づけられる。
──ってことだろう?俺もそう思う。賛成だ。
モンゴール軍は二度と、こっちを舐めたりしなくなるだろう」
「まあ、そういうことだ」
それはそれでいい。ただな。
「本戦はラゴンが4枠でセムが1枠、ってなるのか?」
ふと、僕の中のイシュトヴァーンが警告を発した。
厄ネタを嗅ぎ取ったらしい。──何故に?
「それがな、イシュトヴァーン。相談したいと思ってたのは、まさにそこなのだ。
そういうわけでな、俺とドードーの仕合いをその場で借りて行いたいと言い送ったのだが。
つい先ほど、先方に置いておいた連絡員から
「まて、止めろ豹あたま、云うんじゃねえ。今すげえ悪寒が来た。あーあー、聞こえない聞こえない」
「おい耳をふさぐな。──先方からの回答があってな。
喜んで認める、別にモンゴール側も親善試合を加えてもいい。
ただし『アルゴンのエル』なる男を代表戦か親善試合に必ず出すこと、と。
──これはお前のことか、イシュトヴァーン?」
マジかよふざけんなクソ公女。ろくなことを考えつきやがらねえ。
あいつには思い知らせてやる、絶対にだ!
○謎の共通通貨「ラン」
グイン・サーガの世界では、「ラン」という通貨が使われている。少なくとも中原の複数国で。
この通貨、まず発行主体が分からない。ケイロニアか、ゴーラか、パロか。どこの国も独占して発行している気配がない。基軸通貨発行国は大きな利益を得ることとなるはずだが、そのような
財政赤字国と黒字国など、利害の一致しない国々が共通通貨を用いるのは至難の業である(EUですら完全に成功しているとは言い難いと思う)。ところがこのキレノア大陸では、このどこの国が発行主体か分からず、したがってその信用力がどのように担保されているかすらも不明な通貨が広く、敵味方を通じて、使われている気配がある・・!
世界観としては古代ないし中世なので、もしかすると国際協定なり大昔の統一国家での取り決めなりで、○グラムの金を○ランとする、みたいな形で決められていて、馬鹿正直にそれをすべての国が守っているということなのかもしれない(「ラン」は重さの単位であるとされる(1スコーン=1000ラン。1グラムくらいか?材質は?)。赤字国はそのうち、インフレという名の猛獣を黄金の檻で閉じ込めるという金本位制の仕組みに反旗を翻しそうなものなのだが(貨幣の材質を落としたり)、だれ(どの国)がそれを守らせているのだろうか。債権自警団?国債、あんのか?
※筆者の知識不足もあり、上記のこともまるで見当違いかもしれない(また詳細な説明が、原作のどこかにあるのかもしれない)。また再読して確認してみたいと思う。