(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。 作:Marchhatter
・なるほどー!魔道師ギルドとかの非(超)国家的組合、ってのもありそうですね。
(魔道師が管理に噛むとか、江戸時代の商人が発行しあってた私札の拡大版とかという線もあるかしれませんね)
ちなみにイシュトはしばらく、アムから逃げまどう展開になりそうです・・。
・近代戦以前の戦争、ガチの殺し合いはもちろんあったと思われるのですが。
職業軍人である騎士や傭兵はともかく、兵役で集められた一般兵だと必要性の感じられない戦には消極的になりそうな気もしますね!
・たしかに、組合説以外に日本の「宋銭」みたいな感じだったというのも、ありそうです!
(実はキタイからの輸入の可能性も・・。国によっては私鋳銭を作ったりもしそうですが、あまりに粗悪だと受け取ってもらえないので概ねの質は保たれていて一応は『ラン』として流通していたとか)。
・ふふっ、アムネリス公女殿下としては偽イシュトへのささやかな贈り物の心算だったりもしそうです。
和を結んだことであるし日陰者扱いにするわけにもゆかぬ。ひとつここで晴れの舞台を用意して実力を知らせ、侮らせぬようにして、ゆくゆくは、──などと。
・確かに偽イシュトのこと、原作知識でかかとをプルプルとさせながら背伸びしまくり、つじつまだけは合わせ。
ぷはー働いたわ我ながらいい仕事完璧完璧さあて今日も元気だヴァシャ酒が美味い!と悦に入っている裏では。
「せめてこれくらいの栄誉で報いねばな」「まあ、あやつなら大丈夫であろうしな」などとアムとグインの誤解により補強された善意で、地獄への道が着々と舗装工事をされていくことになるのです・・!
・偽イシュトヴァーン、少なくとも元人格と同様に悪運だけはいいはずなので。
転がり寄せる運命の鉄球の前に、あちこちの地雷を蹴飛ばしつつ逃げまどいながらも、間一髪、生還する──、はずです。主人公ですし。きっと、多分、おそらく、もしかすると、・・。
○ご評価を頂きました。ありがとうございました!
誤字のご指摘も、ありがとうございました!
○第三者視点→偽イシュト視点です。
ちょっと長くなった割に進みませんでした(後でちょっと刈り込みます)。
次々回くらいで辺境編終了予定です。ちょっと原作からは旅程の変更があるかもしれません。
(第三者視点、蛙岩、密談の3日後の『大仕合』)
アストリアスは、自分のことを生粋の武人だと考えている。
尚武の国モンゴールでも、若いながら屈指の勇将と目され。
周辺国の小競り合いも経験し、果断な指揮官として定評を得てきたうえに。
剣の腕にも自信があり、それにふさわしい武勲もつみかさねてきた。
そんな彼は。
このたび、ノスフェラスの
すなわち人呼ぶところの、「大仕合」への出場を公女殿下に願い。
強者たちとの予選を勝ち抜き、選抜された5人の代表のひとりとなっていた。
そして大仕合が始まり。
彼は晴れがましさとともに武者震いするような緊張感を抱きながら、自分の出番を待っていたのだが。
無情にもモンゴール側の形勢は不利であり。既に4人目の代表戦において決着がつこうとしていた。
今しも会場では、火の出るような勢いで当方きっての腕利きの騎士、アルベリックが剣を振るい。
それに対し、相手となったセムの勇者が粗末な武装ながらも驚くべき軽捷さで剣をかいくぐり。
鎧の上からでも効く、重い衝撃を与える石槍を振るって反撃する。
たしかあのセムの武者は、グロ族のイラチェリといったか。
荒々しい力をうかがわせる覇気といい、身に刻まれた大小の古傷といい。
たしかにしぶとい古強者である、という風格を漂わせた戦士であった。
当方の代表である、アルベリックは。
自分のような貴族出身の隊長から選ばれた者ではなく、真に実力で選抜を勝ち上がってきた者。
その実力は、モンゴールきっての強者であるアストリアスにすら優るかもしれない。
しかしセムの古強者イラチェリの武もまた、それに劣らない。
勝負の常としてモンゴール軍はアルベリックを応援しており、その活躍には盾を剣の平で叩き囃すが。
敵ながら見事な立ち回りに、思わずモンゴール軍からも感嘆の声が漏れることすらある。
(──変わったものだ。わが騎士たちも、そして私も)
もちろん、モンゴール軍の間でもセムに対する侮蔑を隠さない者もいた。
すべからく全員なで斬りにし、根切りにしてしまえばよい、などと。
実のところ、アストリアスも口では彼らをたしなめながらも、内心では自らも軽侮の念を持っていた。
かの中原三強のパロをも撃破したモンゴール兵の敵ではあるまい、などと。
ただし、この地で彼らとの戦いや接触を重ね。
彼らが単なる猿ではなく、多少文明水準的には遅れてはいるが知性ある「人」であること。
敏捷で勇敢、索敵能力にすぐれた
それに、これだけは確かだ。
──かつて現在のモンゴールの地に勢力を誇り、モンゴール人との抗争の中やがて吸収、統合されていったグルトゥンギ人やテルヴィング族と異なり。
セムは、モンゴール人にとって生存圏を争う相手ではない。
ノスフェラスには、常人は定住困難である。モンゴール側に争う益はないのだ。
また逆にセム族の間でも、少なくともモンゴール北東部、ケス川に接する原生林地帯での定住は困難と認識されていた。
砂漠の生活に適応したセムにとって、視界が効かず頭上から妖が襲ってくるドールの原生林は厳しい環境なのだ。
ただ、そこで採れる薬草などをセムたちは欲している。
セムたちから入手できる、独特の馬乳酒や
そういった珍しく貴重な商品と、モンゴールであれば比較的容易に採集可能な薬草との交換貿易は、モンゴールにも大きな利があるだろう。
(──そして彼らが統一されたという今。
決して無視できぬ力がある隣国と捉え、誼を結ぶべきだ。
公女様はそうお考えになって、『良き隣人』と呼んだのであろうな)
武官とはいえ決して頭は悪くない彼は、改めて公女の先をみとおす慧眼に感嘆の念を抱く。
仕合場では、なおも続く剣戟。そこに聞きなれた声がした。
「及ばぬか?──セムといえど、なまなかならぬ戦士だな!」
「おお、リーガン!もう良いのか?」
気がつくと。
頭に布を巻いた、リーガン小伯爵が横に来ていた。
彼自身は先鋒として戦ったが、惜しくも筋骨隆々としたラゴンの戦士に敗北した。負傷もあったはずだが、──
「ガユス殿には、しばらくは休めと言われたが。
──血が滾るわ、とても休んでなどいられぬ!」
会場でも、大きなどよめき。
今しも、この一戦の帰趨が決せんとしているのだ。
ついにイラチェリが石槍をびゅんと回し、剣を振り上げた騎士の拳をしたたかに打ちすえ。
たまらず取り落としたところに、旋回してきた石槍の柄が足をすくい。
そして喉付近に、するどくとがらせた黒曜石の刃を付けた石槍が擬された。
モンゴール側代表アルベリックも、両手をあげて潔く敗北を認める。
「おうっ!?惜しやっ!」
「無念!しかしまあ、敵ながらなんとも見事な武者ぶりよ」
モンゴール側からはふかぶかとしたため息が瞬時漏れるが。
次いでノスフェラス側には及ばぬとはいえ、喝采も送られる。
リーガンも負けには残念そうであったが、勝者を讃えている。会場の多くの兵士たちと同じように。
確かにこの代表戦に勝ち、パロの双子の身柄を得ることはモンゴールにとっての国益かもしれない。
だが一般兵の多くは農民あがり。なぜ辺境の自国がはるかに遠い中原中央のパロに手を出す必要があったのか、いぶかしんでいる。
よく国境紛争が起きるクムや、しばしばモンゴール開拓民の村落を焼き討ちし、略奪してくる自由国境地帯のグルトゥンギ人への対処の方が重要なのに、と思っている。
結果として勝ちはしたものの、アストリアスにもパロ出兵の理由は理解できていない。
それに少なからぬ数の兵たちは、パロの双子に同情している。
彼らの多くは、似たような年頃の兄弟姉妹や従兄弟従姉妹がいるのだ。
あの有能だが残酷な大公に身柄を握られるなど、ろくなことにならぬ、と誰しも考えていた。
そういうわけで。
モンゴールに害とならねば、むしろ双子には穏便に去ってもらえばそれでいいのでは、とモンゴール兵たちが感じていたとしてもおかしくない。それでも、ノスフェラスとの和が結べるのだし。
だからこの勝負に負け、またこの大仕合の決着としてノスフェラス勝利となったとはいえ。
モンゴール軍側に悲壮感はなく、勝者を讃える余裕がある。
敗北を受け入れることができた一つの要因として、この仕合でこれまで死者が出ていないことも挙げられるかもしれない。
この仕合の取り決めとして、命のやり取りは辞さぬものの。
勝負自体は20
そしてそれぞれの穂先、剣先に革を巻くこととしていたが、それの巻き革が切れたりして落ちた後は勝手次第、切りつけるも構いあらず、ということとされていた。
(1人目の小伯爵リーガンとラゴンの戦士との戦いでは、実際に互いの武器をくるんだ革が途中から斬られて落ち、まさしく戦場のやり取りがかわされたが。
結果としてリーガンは体当たりで場外にまで吹き飛ばされて起き上がれず、決着がついた。
その後の仕合いでも、奇跡的にこれまで敵味方とも命は失われていない。)
セムの敵将イラチェリは油断なく槍を構えたままの残心の体であったが、やがて彼らの種族の流儀であろうか。
おそらくは対戦者への敬意を示すように軽く腰を沈めた。
それに対し、ようやく手を突いて起き上がったアルベリックも、利き腕と思われる側の拳をつきだし。
イラチェリもややとまどいながら、その差し伸べられた拳に応じて、軽く自分の拳を突き当てた。
モンゴール側から、いや、ノスフェラス側からもいっそう大きな喝采がふたたび沸き起こった。
アストリアスも、盾を剣でたたいて囃し立てる。リーガンも喝采している。
もちろん、賭けに負けた騎士たちは惜しそうな顔をしている者もいるし。
アルベリックへの不満を声高に叫んでいる者もいるのだが。
尚武の国モンゴール人の常として、金には恬淡、武勇を尊ぶ者が多かったので。
そんな見苦しい真似はごくわずかしか見られず、そういった者をたしなめるものが多い。
そのことをアストリアスは、心ひそかに誇らしく思った。
それにしても、と。
彼は目を転じ。最前列で巨大な体格の男と並んで観戦している、白い姿を見やる。
いつもとは異なり、鎧ではなく略式の礼装。白い薄絹のキトン*1に、身を包み。
黄金の髪が、日除けの幕を通しても射しいってくる光を照り返して、眩しく光り輝いている、その姿は。
絵巻物の中からそのまま抜け出てきた、女神《イラナ》のようである。
モンゴール公女、アムネリスだ。
(なんとお美しいことか、──)
彼の目に、憧憬と崇拝とが浮かぶ(もっとも、周りの若い兵どもも、みな似たようなものではあったが)。
寡黙ながらも堂々たる王者のふるまいをみせるノスフェラスの
ときどき、その会話の中で公女には何か面白いことがあったのか、いつも怜悧なその顔に笑みが浮かび。
一度だけだが、白い喉をそらして笑い声をあげたことすらもあった。
見守っているうちに、胸にずきっ、と痛みが走る。
アストリアスは、少年のころからこの美しい公女に懸想をしている。
数歳、歳上の彼よりも早く小さい少女のころから従軍していた彼女。
──美しくもどこか寂しげで寡黙だった少女が、少しずつ武功をかさねて名を上げ、その輝きを増していくさまに。
いつしかどうしようもなく、魅惑されるようになっていた。
「──我らが、公女殿下。
今日は、いっそうお美しい。──髪型を変えられたのに、気づいたか?」
「ああ、いつもの束髪もよいが、これはまたなんともいい」
アストリアスの視線を読み取ったリーガンが、つぶやく。
親友である彼リーガンには、自分の思慕をアストリアスは告げたことがあった。
リーガン自身も、この美しい公女に恋をしている。いわば恋敵には当たるのだろう。
しかし彼らはともに、このモンゴールの誇る戦乙女に焦がれてはいても。
彼女は手には届かない星だという思いもあって。
彼女の愛をめぐって争い合う競争者ではあるのだが、自分の愛を、そして見出した彼女の美点を互いに語らいあうことで、胸の苦しさを癒しあい、励ましあう関係にあった。
(おそらくその関係性は、イシュトヴァーンの中の人の前世における「推し」の同担仲間に近い。)
彼女の美点を挙げれば、数限りない。そう、アストリアスは恋情に緩んだ頭で考える。
その外見だけでも。パロ王国のリンダ姫とならび、中原の三大美女と吟遊詩人にほめたたえられることもあるほど。
(ちなみにもう一人は人によるが、よく挙げられるクムのメッサリナ*2は世代が離れ、他国では卑しまれることもある身分でもあるので、憚って二大美女と称する者も多い。)
その年齢に見合わぬ冷静な判断力は、幾多の戦場を駆け抜け、功を積んできた武将たちをも唸らせるほど。
この度のパロ攻略が叶ったのは、彼女の才覚によるところも大きいと聞いた。
ただし彼女は、──孤高とでもいえばよいのか。
傍から見ていても過酷な大公の命令を、眉ひとつ動かさず受け。
残酷な処刑や根切りも、冷徹に実行し。
喜怒哀楽もほとんど見せず、わずかな例外を除けば人を近づけることなく。
どこか人間的な温かみに乏しい、氷の彫像のごときところがあった。
そのことから「氷の公女」の異名をとった彼女なのだが。
しかし数日前から、彼女の在り方に大きな変化があることに二人は気づいていた。
(いつもより笑顔が多い。そして。
──まるで氷の彫像が、温かい血肉を得たかのよう)
その公女は、今しも勝利を得たセムの戦士に対し、ノスフェラスの
そして敗北に終わったものの見事な武技をみせたアルベリックに対しても、やわらかな笑みを浮かべその労を労っている。
ちなみに仕合での負けが決まってしまった公女だが、そのことについて残念には思っているようだが、強く嘆く様子はなく、どこか納得している気配。
これまでの戦績。
小伯爵リーガンが先峰として奮戦するも、ラゴンの戦士に場外、力負け。
白騎士副隊長のヴロン伯も長く善戦し、見ごたえのある戦いではあったが、結局はラゴンの戦士の剛力に打ち込まれ、槍を取り落として敗北。
3戦目では、ラゴン3人目の戦士に対し、かつてモンゴールきっての剛の者として名高かった、老マルス伯自らが挑み。
開始すぐに猛獣のように槍の内の間合いに飛び込んでいき、その小手を打って落とし、唯一の勝利を得てモンゴール騎士の面目をかろうじて復した。
そして今、目の前でセムの戦士に当方の赤騎士アルベリックが敗北し、勝負が決したということになる。
「しかし、おそるべき戦士どもであるな。」
「ああ、──下馬しての正面からの叩き合いなど、絶対に避けるべきであろう。」
この、ラゴン一族という者たち。
生粋の戦士であり、とても常人では太刀打ちできない武者ぞろいである。
そう、彼らモンゴール軍の騎士たちは痛感するに至っていた。
間違ってもリーガンのように大剣と盾で戦ってはならない。ヴロン伯のように、槍を用いるか、あるいは
そして勝機があるとしたら一瞬。マルス伯のやったように、開始直後、まだ相手の心の定まらぬうちに飛び込んで間合いを消し、手の届く弱点である小手か脛を狙うのが有効。
ただ、その対処法も学ばれてしまえば。──正直なところ一対一の接近戦では勝機は高くない。
「1人のラゴンは、我ら2人分の力がある、と考えねばならぬかもしれぬな。」
「左様。敵となれば、──強いて言えば彼らは防具が弱いな。
地の利を選び、多数で押し包み、強力な弓で矢いくさを仕掛けるべきであろうか。
そうすれば勝てなくはなかろうな、ただそれでも大きな損害を受けよう。
和を講じてよかったというべきであろう、さすがは公女様よ」
決闘による決着は、ノスフェラス側勝利。残りの1戦は、行われない。
この行われないこととなった残りの1戦、本来ならばモンゴール側は、彼アストリアスが。
そしてノスフェラス側からは、ラゴンの戦士が出ることになっていた。
アストリアスとしてはラゴンの戦士と闘って腕試しをしてみたくはあったが、仕方ない。
「残念だ、我が手では勝利を捧げることこそ叶わなかったことが。
そなた、模範仕合に出場できるのであろう?機を活かせ!」
「云われずとも。この手で勝利を捧げたいものよ!」
──アストリアスはこの後の模範仕合での候補となるかもしれぬ、と前もって伝えられていた。
公女殿下は、モンゴール側が先に3勝すると思い、5人目のアストリアスに順番が巡ってこないであろうと考えて、そう決めたもののようだ。
この場を借りた模範仕合、親善のための奉納仕合として。
ノスフェラスの戦士王とラゴン戦士が素手での戦いを披露し。
モンゴール側も、それに応えて腕利きの騎士同士の戦いをみせることとなっている。
だから、本戦で順番が回ってこなかったら、その仕合に出ることを許そう、と。
もちろんのこと、それは、そこで彼女に勝利を捧げることこそが、アストリアスが望むものだったのだが、──
──────
勝負の結果を確認し、ノスフェラスの
取り囲む合計4000の兵たち、蛮族たちが静まり返る。
大音声で、ノスフェラスの
そしてそれに続き、朗々とした声で公女アムネリスが中原標準語で同じ内容をモンゴール軍に伝える。
内容には、おかしなものはない。勝負の確認に続き、中原における戦役終了までの和睦、隊商のやり取りの確認、定期的な連絡といった内容の言明。
大喝采が、双方から寄せられる。
そしてこんどは公女アムネリスが、講和の成立を宣し。
そして心なしか晴れ晴れとした、少し砕けた口調で模範仕合についての説明を続ける。
「これから、ノスフェラスの
模範仕合とはいえど、真剣勝負だ。──これも賭けの対象ぞ、喜べ諸卿!
その前にささやかな祝杯だ、酒樽を開けよ!」
堅苦しい講和の儀式が終わったことに、開放感にあふれた将兵らが大いに声を上げる。
その陽気なさまに、ノスフェラス側からも笑い声や声援の声らしいものがあがる。
国の間の勝負はかかっていないが、その分、気楽に応援しながら見ていいということのようだ。
公女殿下と辺境の
その思惑に触れたのか。
両軍が隣接したあたりで、モンゴール軍のお調子者たちがセムやラゴンに話しかけたり。
さらには酒や食べ物を交換したり、中には言葉は分からないながら肩を叩いたりして親しんでいる様子すらみられる。
「統領殿みずから、ラゴン
みよ、まさに生ける
そしてそれに劣らぬ、力の権化ともいうべき勇者ドードー殿の大きなる巌のごとき姿を!
この一戦へ臨席し目撃できること。騎士としては金銀財宝にも勝る、一生の誇りとなろうぞ!」
紹介され、立ち上がり手を振る豹頭の
それを聞き、事情が分かったラゴン、セムの戦士らが熱狂的に足を踏み鳴らし、彼らの
もはや人間とは思えぬ巨体の威容に、モンゴール軍からも大きなどよめきが起こる。
戦いの前に豹頭の
「そしてその次は、──」
その次の親善試合の紹介。
そこで名を呼ばれたアストリアスは、公女の視線を受けて晴れがましさを覚えながら立ち上がり。
敵味方双方に剣を振って挨拶する。
──ただ、この彼の栄光に、影を落とす要素があるとすれば。
(その親善試合の相手が、
──よりによって、あ奴か!)
一人の黒い鎧をまとった騎士の姿が、対戦待機者の待つ場所に入っている。
きわめて長身のその黒騎士は、素顔を見られるのを嫌っているかのように。
面頬をかたくなに降ろしたままで、顔をみせない。
一般の将兵には、この者の紹介もされていない。
だがアストリアスは、この彼の正体を知っている。
(公女様の御顔に傷をつけおった、──アグラーヤの密偵め。
公女様は許しても、俺は許してなどいないぞ!)
公女の目が、──この公女には珍しくためらいがちに、この黒騎士に向かう。
公女に笑いかけられた黒騎士が、どこか狼狽したように会釈を返す。
公女の周辺の護衛たちの刺すような視線が、彼に向かう。
心なしか腰が引けたこの男。実は、公女暗殺を謀った密偵なのだと、アストリアスは知っていた。
聡明なる公女の罠で、とらえられ。
ガユス伯の魔道で洗脳されてモンゴールとの協力を約したと、説明された。
その事情を知るのは、ごく一握りのものたちだけだ。一般兵は、知るまい。
その密偵が、対戦相手として選ばれている。
さらにアストリアスを含む、ごく一部の上層部の者だけに公女自らこっそりと伝えられた事実がある。
この者には、公女に対して送り込まれた暗殺者を討ち果たしたという大功があり。
それを嘉して、洗脳を解いて解放することとしたというのだ。
彼の敬愛する公女殿下に傷を負わせたという、万死を以ても償いがたい罪に加えて。
変節をかさねる、武人にあるまじき歪みきった根性はとても唾棄すべきではあるのだが。
しかしこの男、傑出した戦士であるというのが、マルス伯とアストリアス自身の共通認識だった。
モンゴール有数の武人と自負するアストリアスにして、彼に必ず勝てるという自信はない。
それに。
(──公女殿下が、この男に妙にご執心なのだ。)
公女は、アストリアスにももちろんのこと微笑みかけてはくれたのだが。
その後、その視線が、どこか心配げに、悩ましげに黒騎士に注がれる。
もやもやとする彼アストリアスの気分をよそに、式典は進む。
──────
──────
(偽イシュトヴァーン視点)
全く、勘弁してほしいよなー。
公女殿下が余計なことを思いついたのかなんなのか、僕はこの大仕合の出場をねじこまれ。
僕が勝手に即位したことにしたグイン陛下の王命(笑)もあって、ここに出場待ちしている。
不幸中の幸いは、僕の読みどおりノスフェラス側の勝ちで勝負がついたこと。
大仕合としては先に3勝した側が勝ち。ノスフェラス3勝、モンゴール1勝で勝負がついた。
これは、マジ助かった。いやー、ノスフェラス側が負けてたら計算が全部狂ってたところだったよ。
マジであの冷酷殿下の足下にひざまずいて靴を舐めて、慈悲を乞わねばならんところだった。
ただ、それで僕は安泰になったかというと。
──そう、うまくは問屋が卸さないようだ。
僕はあの性悪公女に、強要されて。
親善試合として行われるグインとドードーの果し合いの後に。
モンゴール側の演し物として出場して戦うことになってる。
グインとドードーの対戦が、ノスフェラス側での強者同士の戦いの実演。
僕とアストリアスの対戦が、モンゴール側での若い腕利き同士の戦いの実演、ってことにしてくれた。
一般兵は僕の存在など知らないし、上層部には僕が洗脳されてるっていうことにしてあるみたいだ。
獲物も、僕とアストリアスの対戦に関しては刃をつぶした剣ってことにしてくれた。
でもなー。
突き刺すような、敵意の視線を感じて僕は目を転じる。
あー、あいつだ。ゴーラの赤い獅子、アストリアス。横には、その友人らしいこれまた立派な騎士。小伯爵リーガンとか、言ってたかな。
折にふれ、僕の方に敵意に満ち満ちた視線を送ってくるんだこいつら。心が萎える。
僕にはわかる。特にあいつ、アストリアスは戦意満々。僕を叩きのめし、勢い余って僕を殺すことも辞さない気だぞ。あの燃え上がるような闘気でわかる。
──それに、さ。
僕は恨めしげに、視線を転じる。護衛にかこまれた、貴賓席に。
辺境の王者グインは、いかにも堂々とした威儀。
この外見こそ半神みたいな豹あたま野郎にも言いたいことがあるが、まあまだいい。
真の邪悪は、その横。
ギリシャ神話の女神のような古風な白い装い、陽光に純金のように輝く、いつもと違ってすこし編み込みをいれた流れる髪に、碧玉の目。
性悪公女、アムネリスだ。
僕の恨み骨髄100%の視線ビームに、アムが微笑み返す。
外面だけみれば、勇敢な戦士に送る、いかにもうっとりとしたような笑み。
だがその微笑む碧玉の瞳の奥には、僕に対する「どうだ参ったか」といわんばかりの、意趣返しに成功した陰湿な喜びがあるはず。表からはとてもそうは見えないんだろうなー、でもきっとそうだ。
殿下の周囲の護衛の白騎士たちも、アムの微笑みに騙されてる。
こっちに嫉妬と警戒まじりの、物理的に痛いくらいの尖った視線を向けてきやがる。
知ってる連中もいる。リンツ、ヴロン、サイム、フェルドリック、──。
物理的に痛い視線を投げてきてるのは、でも白騎士たちだけじゃない。
貴賓席の、グイン側。
ラゴンの長老カーやセムの有力部族の居並ぶ一角にいる、白銀の髪、菫色の瞳。
その瞳が、並々ならぬ殺意を湛えて僕を見やっている。──リンダだ。
なんだか知らないけれど、リンダはずっと不機嫌なんだよ。
特に、僕が親善試合に出場させられるって言ったら、さ。
──危険な戦いに出させられるから、リンダとしては「ざまあ」って思うかな、って思って。
僕の出場が決まった後、すごく気軽に冗談交じりに口にしたんだ。王女のお望みどおりくたばっちまうかもな、って。
するとすごく周章狼狽っていうか、あたふたして、過呼吸みたいになって、急に飛び出していって。
その後、泣きついて慰めてもらったグインから、詳しい事情を教えてもらったらしくて。
それまでは悲しんでたみたいだったんだけど。僕の出場を取り計らったのがアムだ(推測)って知るや。
──怒りだしたんだ、すごく。なぜかアムだけでなく、僕に対しても。
すごい美少女の顔に浮かぶ、悪鬼羅刹のごとき憤怒の表情。ほんと、マジ怖かったよ。
それからその炎のような怒りは静まったんだけどさ。でもずっと、あの調子。
じとーっ、って僕のことを睨んでる。なだめにヴァシャを進呈しても無駄。話そうとすると逃げられる。
だいたい僕になんの罪咎があるというんだ。どう考えても被害者だよね、僕って。
まったくなー、どうしてかな。女の子の心はよくわからんよ。前世から。
グインと顔を見合わせて、首をひねりあう。
レムスはリンダの不機嫌さの理由を何か知ってるみたいなんだけど、僕に教えてくれない。
いや、レムスはいい子だからね。僕に意地悪してるっていうより、なんかリンダから脅迫されてて言えないって感じだと思う。
聞くとこまった顔をして、口止めされてるって言ってくれる。
ただ、困った表情の中には、気の毒そうな様子と呆れた様子と僕を責める様子が入り混じってて。
──僕を気の毒に思ってくれてる気持ちが30%くらい、そして僕の不運に呆れてるのが70%くらい、って感じかな。
どういうわけか、この件についてはスニさんも僕の味方になってくれない。
「
でも、スニさんの仲間の娘さんたちはそんなことなくてピヨパヨ笑ってる。なんなんだ。
まあ、これだけははっきりしてる。
諸悪の根源は、アムなんだ。
彼女が僕に意趣返ししたいのは分かる。顔に怪我もさせたしね。
たださ、公女殿下の顔の傷はもう治ってるんだよ。
もう全く分からない。元の傷だってほんと、掠ったレベルだったし。
(一般民衆はけがの治療なんてまだ中世レベル、下手すると馬糞を焼いて塗り込もうという連中も多いのだが。
優秀な魔道士(ガユスのおっさんか)がついているのか、公女殿下の治療はまともだったみたいだ。)
その後の和睦と撤退に向けた話し合いとかでは、そこまで僕に対して悪感情をむき出しにしたりはしなくて。
だから、そろそろ許してもらえたかなー、なんて思ってたのに!
仕えろ、っていう誘いをむげに断ったのが影響してるんだろうな。
やっぱり僕に報復しようとしてやがるんだ。陰湿だよなー。
僕が呪詛の言葉を脳に浮かべているうちに、グインとドードーの対戦が始まり。
酒も入って騒がしかった4000の将兵が、静まり返る。
モンゴール軍の方なんか、もうあっけにとられて声も出ないって感じ。それほどの圧倒的な力、暴力。
これ見たら、もういかにこいつらがやべー奴かって、刷り込まれるよな。マジ、殴られただけで常人は頭蓋骨粉砕、って勢いなんだよ。
いやー、どうみても素の力ではドードーさんですやろ。こんな筋肉の塊、どう攻略すんのよ。
だけど、そのドードーをひっくり返すのがグインなんだ。正直、チート。
原作どおり、一時は窮地に陥ったグインだったが。
ドードーの巨躯を抱え、持ち上げ、ついには頭上に差し上げ、投げつける!勝負ついたな!
グインたちの戦いの劇的な結末に、観衆の興奮が爆発する。指笛が鳴る。
その熱気は、さめることなくしばし続いている。少しずつおさまり始めたものの、熱のこもった声がささやきかわされてる。
さて、次は僕とアストリアスかー。この誰もが魅了される怪獣大決戦の後に戦うなんて、一種の罰ゲームだよなー。
憂鬱な思いを振り払いつつ。
僕は対戦者として闘技場(簡単に描かれた、大きなサークル。正直場外とかは適当だ)に上った。
「これなる勇士は、モンゴール軍、アルヴォン赤騎士隊長、『ゴーラの赤い獅子』アストリアス!
諸卿も、その武名は知っているであろう!
対戦するは、──私、トーラス右府将軍アムネリス直属の特命騎士。アルゴンのエル!」
──特命騎士じゃなくて、匿名騎士の方がいいのにな。いぶかしむような視線が多いが、一部だが応援してくれるレムスとかシバたちの声援。剣を振って応える。
まあ、偽名のまま受け入れてくれたってのは、不幸中の幸いだな。
偽名だってこと、アムはもちろん分かってて。
この前の蛙岩での別れのときは、ちょっと寂しそうに「それでも、名を教えてはくれぬのか」なんて言ってて。
思わず、心臓が痛んだんだけどさ。
いや、でもさ。本名バレしたらこの後、えらいことになるかもしれないし。今度会えたら、みたいに適当言ってなだめたよ。
そう思い返しながら。
僕は重い足取りで所定の位置につき、剣を抜き。
同じく剣を抜いて構えたアストリアスに、相まみえたのだった。