(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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○ご感想をいただきました。ありがとうございました!

・勘違いを長く煮込んで仕上げたい気もするのですが(その手の名人芸をみると、いつもすごいなーと思って読んでいます)、一話の中での回収になってしまいました。ううむ、まだ熟成不足だったかも。
 そのうち、トロトロに仕上がったコクのある勘違いを・・!


・ありがとうございます!途中離脱組なので設定がそのうち独自寄りになってしまいそうですが、主人公(たち)の「|すべての人の思いにすぐる神の平安」を目指してがんばりたいと思います!(といいつつ、その過程では主人公たちを運命の洗濯機の中にぶちこむつもり満々だったりします・・)
 ヤヌスのご加護のもと、よきお年を!


・グイン・サーガ未読でももちろん大丈夫なようにしたいです!それにブランク長すぎ、しかも好き嫌いがあって読み飛ばしまくった巻があったりして、私も実質未読みたいなものです。
 ただ初期グイン、これはなかなか読むと面白く(略)


・グイン「ほう、このくらいはできるのだな。そろそろ次、『青髭』いってみるか?」
 管理職グイン、なかなかに目標設定(ノルマ)を高くしてしまったり・・。
 

○ご評価をいただきました。ありがとうございました!
 また誤字のご指摘も、ありがとうございました!

○第三者視点→偽イシュト視点→第三者視点です。



027 刺された釘

(第三者視点、大蛙岩、大仕合の直後)

 

「全く、運がなかった」

 

「ぬぅ?でも俺ほどじゃないぜきっと、ドールの火を噴く黒豚にかけて!」

 

 大仕合の後、お偉方(というより、ノスフェラスの統領と公女殿下だ)たちは短時間の話し合いをして。

 その後、公女殿下は帰国の途に就くことになった。

 

 上層部の談合が終わるまで、一般兵士は大仕合の会場にて待機することになる。

 もちろん化け物に対する最小限の歩哨は立てられている(ただし、会場は大蛙岩のそばの岩石ばかりのすり鉢状の地形を活かしたもので、わずかなイドや砂虫を駆除するとほとんど怪物たちの心配をする必要はなかった)。

 また公女殿下は、この後にそのまま徒河してトーラスを目指すことになる。そのための護衛を兼ねて、本拠地から相当数の部隊が迎えに来るよう取りはからっていたので。

 会場のモンゴール兵らの多くは今日一日の勤めの褒美として与えられたヴァシャ酒(量は本拠地での待機組ほどではないが、会場観戦組にも配給があった)を楽しみながら、その迎えがくるまで休憩することが許されていた。

 

 そういうわけで、大仕合の後は騎士たちやラゴン、セムたちはかなり弛緩した雰囲気でのんびりと過ごしている。

 騎士たちの間では配給のヴァシャ酒を飲みながら賭けの成果を自慢している者もあり、本国に戻ったら何をしたいか語り合う者もあり。

 そして、セムやラゴンたちに話を聞きに行く好奇心の強い者たちもいる。

 特に一族の本業が商人だという者や、ケス河の近くの開拓村の出身者などは、交易のことを考えてセムたちと話を試みている。

 人懐っこいラク族はもちろん、セムからの勇者として出場し大いに面目をほどこした武闘派のグロの一族も、いったんは干戈を交えたわだかまりを捨てて話に応じているようだ。

 言葉はあまり通じないながら、双方の代表が石板に絵を描いたりしてなんとか意思を疎通させているのを、大勢のセムや兵士たちがとり囲み、その興味深いやりとりに注目している様子がみられる。

 

 その多幸的な雰囲気の中、敗北したアストリアスやその僚友たちのいる一角はどんよりとしていた。

 その空気に、耐えきれず。また、尿意も覚え。

 ちょっと用足しに行こう、と盟友の小伯爵リーガン*1、非番の白騎士小隊長のヴロン伯*2を誘い、アストリアスは公女殿下肝いりの厠用天幕に向かった。

 

 以前は、大便はともかく小便はそこらへんで適当に放尿してすませていたモンゴール兵たちだったのだが。

 小便を発酵させた液体がイド除けに使えるということを、なぜか公女殿下が発見し。

(そのため『公女将軍の聖水』なる、本人が知ったら激怒するであろう隠語が広まりつつあることを、公女信奉者であるアストリアスは大変心苦しく思っている。)

 兵士たちは尿を無駄にせぬよう、移動式天幕で樽に放尿するよう求められていた。

 

 酒を飲むと、小便が出やすいのは周知の事実。

 アストリアスとその仲間たちも、敗北感にうちひしがれながらのやけ酒のせいで盛大に尿意を催し。

 そうした天幕の一つを選び、用を足していたというわけだ。

 

 そして、冒頭のやりとり。

 微酔している彼が用をたそうと桶のひとつを選び、モノをだそうと苦戦しながら。

 思わず零してしまった独り言に、向いにいた相客が応えたのだ。

 

 アストリアスとは向かいの位置の相客。仕切り幕のせいでお互いに顔は見えない。

(ちなみにこの小便用の長細い天幕は、中央に一列に大きな樽あるいは桶が並べられている構造。

 1つの桶に、2人が同時に小便できるようにしているが。

 向かいあわせにずばり対面で同時に放尿すると、『跳ね返り』などで諍いの種になることが多く。

 そのため、向かいの相手が見えないよう、そして対面への跳ね返りを押さえるように、薄く長い仕切り布が樽を分かつように、天幕の棟に沿って垂れ下がるように取り付けられていた。要は、樽と仕切り布によって、2つの行き来できない長細い部屋に仕切られているのだ。)

 

「俺なんてな、無理やり駆り出されたんだぜ」

 

 どうやらアストリアスの独り言を、自分に呼びかけた言葉だと勘違いしたらしい相手が言う。まだ若い声だ。

 貴族に対する態度としては砕けすぎだが、アストリアス自身はあまり格式ばったことは好きでない。

 自分の部隊の隊員とは気安いやり取りを許していたので、特にこれについて思うことはなかった。

 

 きっと歩哨の役を押し付けられ、酒がもらえなかったり観戦できなかったりしたのであろう。

 そうだとしたら確かに貧乏くじだな、と、もともと性格の真っ直ぐなアストリアスは同情を覚えた。

 

「──そうか。無理やり駆り出される、というのも大変だな。

 俺は、──戦いたかったのだが」

 

 戦いたかったのだ。()()()()()()()。あんなイカレた狂戦士ではなく。

 それこそラゴンと。セムでもいい。あのイラチェリのような武人となら、いい勝負ができただろう。負けたとしてもここまで絶望しなかっただろう。

 しかしあいつは、──ない。

 あれはもう、人間とは言い難いではないか。人皮をまとった悪魔神(ドール)だ。

 猛獣の動き。暴風の如き剣。身がすくむ威圧感。魂が縮むような恐怖をかきたてる、狂った哄笑。

 彼は首を振り、ため息をついた。

 

「出られなかったのか。運がなかったな!

 だがな、予選に出られるだけでも大したもんなんだろう?

 本選も負けこそしたが、どの戦いもすげえと思ったぜ。水準高えし仕方ねえ」

 

 誰かはじょぼじょぼと用を足しはじめながら、仕切り幕ごしにいたわりの声をかけてくれる。

 アストリアス自身も、鎧からようやく自分のものを取り出し、放尿を始めたばかりだったが。

 ふと、好奇心に駆られ、姿の見えないが非常に長身らしい相手に聞いてみる。

 

「戦いを見たのか?1人目の対戦は?」

 

「ああ、見たぜ。お前、見なかったのか?

 剣と盾でラゴンに立ち向かってんだぞ!すげえ勇気だぜ」

 

 男はそういう。声の響きからは皮肉でもなんでもなく、本心のようだ。

 俺だったらぜってー長槍だ、でなきゃフけるね!ラゴンヤバス、などと言っている。

 下々の言葉はよくわからないが、要はラゴンの強さとリーガンの武勇を讃えているようだ。

 アストリアスも同感なので、そうだな、あいつは勇者だ、と同意する。

 すぐ隣の桶で用を足していたリーガンが、こほん、と気恥ずかしげに咳払いした。

 

「2人目は?」

 

「槍を選んだのは、確かに有効。

 ヴロン伯だっけな。脳筋でかぶつと思ってたが、臨機応変だな、公女殿下の信頼厚いのも頷けるぜ。

 ただ打ち合いしちまったのは、微妙だな。ラゴンの剛力には打ち負けちまう。

 槍を合わせずスカして突くか、もっと長い槍で一方的に打ち据えればよかったんじゃねえかな!」

 

 ヴロン伯も一緒に来て、近くにいるはず。おそらく聞こえている。

 デカブツ呼ばわりは、どうかと思うが。

 公女殿下の信頼厚いという評に大喜びだろう、羨ましいなと彼は思った。

 

「3人目、マルス伯は?」

 

「年の功だな!俺にとっては疫病神、くそ爺いだが!

 確かに両手持ち大剣(トゥヴァイヘンドゥズスヴェルダ)は槍殺しだ、腕が良けりゃ穂先も切れる。

 足もよく動くもんだぜ、もう歳なのにな。──爺いに、一日遅れの筋肉痛のあらんことを!」

 

 どうやらマルス伯には含むものがあるらしい。仕事を押し付けられた恨みだろうか。

 思わず笑ってしまうと、相手も屈託なく笑った。相手の陽気さに、沈んでいた気分が浮上してきた。

 それにしても、どこかで聞いた気もする声だ、もしかすると顔見知りだろうか。

 それとマルス伯といえば、たしかさっき近くで見かけたが──。

 

「4人目、アルベリック?」

 

「セムの相手は意外に大変だ、ぴょんぴょん跳ぶからな!

 ──重い板金鎧と剣、徒歩での一対一はマズい。軽い革鎧と短槍なら問題なく勝てたんじゃねえかな」

 

「グイン殿とドードー殿」

 

「怪獣大決戦。どっちも人間じゃねえ。無理無理。

 正直、全然参考にもなんねぇよ。乾いた笑いがでるだけだ。──いや戦訓はあるな!兜と鎧を捨てて走れば多分逃げられる。俺より足遅い」

 

 逃げはしないが、ほかの点は全く同感だ、と彼は強く同意した。

 この相手、口は悪いがいちいちもっとも。頭は悪くない。隊長クラスかもしれない。

 

「アルゴンのエルとアストリアス」

 

 彼自身は聞こうとは思っていなかったのだが、隣の桶のリーガンが口をはさんできた。自分がさっき聞かれた、意趣返しらしい。

 この男、どういう評をするだろうか。たしかに興味がないとはいえない。

 けちょんけちょんに言われるかもな、と気弱な思いがアストリアスの頭をかすめるが。

 

「ありゃあ剣の実力は互角か、アストリアスのが上だろ?作戦が悪かったんじゃねえかな。

 前半決めきれなかったのが全て。後半バテてたし。装具も悪い、簡単にぶっ壊されてたじゃねえか」

 

 あの運営、ほんまアホちゃうんか。簡単に壊れるようなもんよこしやがって!と。

 まるで自分が成り代わったように憤ってくれる。

 ──良いやつだ!とアストリアスは胸がじんわりと温かくなるのを覚える。

 

「──そうか」

 

 万感の思いを込めて、一言、そう答えた。

 対戦していた身では、もうわかっている。自分と彼とでは、隔絶した実力差があった。前半も、相手は片手間にアストリアスをあしらっていたのだ。本気を出すまでもないと。

 それにこの相手は好意的に解釈してくれたが、盾はしっかりした頑丈なもの。

 あれを容易くぶち抜く剛剣に心も折れてしまったのだとは、気恥ずかしくて今は言えない。

 

 ただ相手の好意的な評価に、傷ついた自尊心が回復するのを覚え。

 ちゃんと見てくれる人もいるのだ、また頑張ろう!と育ちが良く素直なアストリアスは決心する。目頭が熱くなる。

 

 アルゴンのエルの豹変についてのリーガンの追加の質問に対しては。

 男は、ありゃあ予想外だが、なんかのきっかけで「中の人」が変わったんじゃねえかな、ほらトーラスの花祭りの着ぐるみ役の交替みたいなもんだぜ!と言っている。

 花祭りは、アストリアスもリーガンも知っている。剽軽な着ぐるみが出るのだ。「中の人」の表現が面白くて、二人は笑った。

 あの豹変は、パロの王女の声がきっかけだとアストリアスは知っている。

 あの魔道王国パロの王女が、発破をかけたのか。あるいは、一定の呪言で発動する手妻を仕掛けていたのかもしれない。

 

「──今日の公女殿下は?」

 

 意外に話の分かるやつだ。

 相手は用を足し終えたのか、ものをしまい込む気配。

 なんとなくこのまま別れてしまうのが残念だ。

 

 公女殿下についても、共感が得られるのではあるまいか?

 あのたぐいまれな麗質。憂いを含む横顔。最近の変化。今日の髪形など。

 いわゆる同好の士となって語らいあえたら、楽しいかもしれない。

 そう、感じて。

 アストリアスも用を足し終え、最後に思わず聞いてしまったのだが。

 返ってきた答えは、彼の期待を裏切るものだった。

 

「公女殿下か、──うーん、美人は美人だな。外見はすっげー()()()、抜けるよな!

 でもな、ここだけの話。アレほんま詐欺。性格クッソ悪い。まじクソ。史上最凶のドブカス女」

 

「──お前ッ!表に出ろッ!」

 

 アストリアスは、頭にきた。必ずやこの不届きものを懲らしめようと決心した。

 もちろん横ではリーガンが、そして彼の後ろではやりとりを聞きつけて来たヴロン伯が怒気をみなぎらせていた。

 

 ──────

 

 しかし厠の天幕から表に出て顔をつきあわせた彼らは、困惑することになる。

 

「「ぐっ、「アルゴンの、エル」」だと?」

 

「うわっ、アストリアス!──それにヴロン、リーガンだと!?」

 

 なぜかあの勝負で彼に勝ったはずの相手が、衝撃を受けてしなしなになっているようだが。

 その魔人のごとき強さは、疑うべくもない。 

 あの場では負けた。徹底的に負けた。

 そして今も、挑めば勝てる見込みなどない。

 数合も持たず、首を飛ばされるだろう。3人がかりでも、無理だ。

 しかし公女殿下への侮辱を聞きながら、負けそうだからと尻尾を巻いて引き下がるなどモンゴールの騎士の名折れ。

 彼、アストリアスは悲壮な決意を固める。

 

「アルゴンのエルよ。──このアストリアス、再戦を申込む。対価は、わが命」

 

「アストリアスは一人ではないぞ!その次は、この私リーガンだ!」

 

「もちろんこのヴロンも、決闘を申し込む」

 

「マジかよ!?いや、俺の負けでいい。公女様すげえ。マジ性格最高。天女。足を舐めたい、踏まれたい」

 

 心にもないのが丸わかりの台詞。いや、駄目だ。こいつだけは許せない。

 そう、アストリアスたちが天幕群の裏に彼を連行しようとしていたときだ。

 

「どうした、アストリアス、リーガン、そしてヴロンか。

 そしてそちらは、──おお!?『アルゴンのエル』か!」

 

 彼らを見咎め、声をかけるものがあった。

 往年の戦士の姿。魁偉な容貌、大柄ながっしりとした体は壮年に達していたが、まだまだ現役。

 今日の大仕合でも唯一、モンゴールに勝利をもたらした勇将。老マルス伯だ。

 

「マ、マルスのとっつぁんかよ!」

 

「おぬしの如き息子を持った覚えはないのだがな、何事だ」

 

「──その、アストリアス殿たちと、公女殿下の、あー、人物像について見解の不一致がありまして」

 

「この者が、『性格が悪い』と!」

 

 話を聞いて、老将は破顔一笑した。

 

「──ほうほう、そういうことか。いや、それでよいのだ。

 敵に嫌われることをすることこそ、名将の条件。敵に喜ばれる将など、敵の間者より悪いではないか。

 もとは敵将であるアルゴンのエル殿が手を焼いたとは、姫様も良き仕事をなされたということよ!」

 

 そうだろうか、とその場の者たちは疑問符を頭に浮かべるが。

 だがマルス伯の言葉には逆らいがたい響きがあるし、この頑固な老将に反駁したら面倒なことになりそうだ。

 一同は、おとなしくうなずく。もちろんアルゴンのエルも。

 

「それより。──アルゴンのエル殿よ。

 そなたは姫様に対して、それを抜きにすれば本当はどう思っているのだ。

 照れ隠しであったりは、しないのか?──まことは、懸想していたりなど」

 

「んな゛っ!?」

 

「いや、おぬしはなかなかの若者とこのマルスは思っている。

 単身、敵陣深く侵入する大胆さに、胸のすくような武者ぶり。

 敵に回せば厄介至極だな。だが味方となれば至上の戦友となろう。

 どうだ、姫様、──公女殿下に近習として仕えてみぬか?

 そなたほどの力量なら、出世も容易い。姫様はまだ若いが、よき主となろう」

 

 あわあわ、としているアルゴンのエルに対し。

 マルス伯はそのどこまでも澄んだレントの海のような青い目で、彼の顔をのぞきこみながら話を続ける。

 

「姫様も、そなたのことを気に掛けておられるようだ。

 そなたの心次第だが、それだけの大器、埋もれるには惜しい。国許にしがらみあらば、一族など儂が召し抱えても構わぬ。わが領にも開拓すべき地が、いくらでもあるのだ。

 それにな。毒蛇の如きパロ王族などより、ゆくゆくはそなたのごとき若者が姫様を、──いや、これこそ老人の余計な気回しだな、忘れられよ。

 とにかくだ。パロやユラニアと違って、家柄などモンゴールはさほど気にせぬのだ。

 気になるなら儂が身元を引き受けてもよいぞ。先ほどは父と呼んでくれたではないか?」

 

 笑みを浮かべると、いかつい老将の顔は意外なほどに親しみやすく崩れた。

 アストリアスたちは、「アルゴンのエル」が頷くのではないかと戦々恐々としてその顔をみたが。

 アルゴンのエルは恐怖に凍りついたようにしばし固まっており。やがて情けなさそうな顔をして首を振った。

 

「閣下、お誘いはありがてえんですが、──今は、今はちょっと考えられねえんで。

 それに公女様が、俺、あー、それがしのことを口にするのは『恨んでる』からだと思いますんで──」

 

 アルゴンのエルは訥々と説明する。

 

 ──公女殿下は彼のことを恨んでいる。何しろ人質に取り、顔を傷つけ、臣従をむげに拒んだ。

 特に、顔の傷は高くつくぞ、とぐっさり太くて長い釘を刺されている。

 あの仕合は、まぎれもなく意趣返し。無理やりに出場するようねじ込まれたのだ、死ぬところだった──。

 

 少なくともアルゴンのエルは、そう固く信じ込んで怯えているようだ。

 マルス伯は、その事情を聞いて少し気まずそうに頷いた。アストリアスも気まずかった。

 

「相わかった。──誤解もあるようだ、本当ならもう少し話したいが儂はもう行かねばならぬ。統領閣下と公女殿下との話が終わる頃合いでな。

 だが、また考えが変わったらいつでも云いよこしてくれ。東トーラスのわが屋敷の門は、いつでもそなたに開かれている。

 ──それではまた会おうぞ、アルゴンのエルよ。そなたら若者らも、ともに楽しめ」

 

 マルス伯は、そう言い残し。ばん、と黒騎士の肩を親しげに叩き。アストリアスらにも笑みを見せ手を挙げて別れを告げ、公女のもとへと去っていった。

 そしてその場には、アストリアス、リーガン、白騎士隊長ながら輪番で休憩を許されているヴロン伯と。

 脱力して魂が口から抜けかかっている、アルゴンのエルと名乗る傭兵だけが残されたのだった。

 

 ──────

 

「アルゴンのエルよ。

 そなたの剣技、鬼神のごとし。マルス閣下にその点は賛成だ」

 

 しばしの、気まずい視線のやりとりの後。

 若く何事にも真摯で率直なリーガンが、そう言って口火を切った。

 

「あー、ありがとよ。ただ、ありゃ偶然、マグレみたいなもんだぜ」

 

「そうは思えぬ。誇れ。魂震える一戦であった。

 ただ、公女殿下のことだが。──そなた自身は近づく気がないというは、まことか」

 

「私アストリアスも、確認しておきたい。

 ──公女殿下はそなたを気に入っているわけではないというのは、偽りないか」

 

「公女殿下の親衛隊隊長ヴロンも、職責としてお尋ねする。

 ここしばらく、姫様がそなたのことを口に(のぼ)せぬ日はない。

 マルス伯はああ云われたが。このヴロン、畏れ多くも姫様のことを実の娘のように大切に思っている。

 そなたが仮に公女殿下に対しけしからぬ、不埒な行いをなすつもりなら。今ここで刺し違えてでも──」

 

「絶対、絶対ない!ヤーンのくっそ長い髭にかけて誓うぞ!

 公女殿下も!俺のこと殺すって常々云ってんだぞ、事あらばレイピア抜くんだ!知らんのか?」

 

 剣の実力では劣るものの、公女殿下に心酔している3人がまなじりを決して詰め寄ると。

 あれほどの武辺者であるにもかかわらず、アルゴンのエルは冷や汗を浮かべながら、公女とのかかわりあいを否定する。

 その、必死な様子。彼女のことが苦手で恐れているというのも、事実なようだ。

 

 ──奴の様子に、嘘をついている様子はない。

 

 ──確かに、公女殿下は負けず嫌いであらせられた。

 この男への固執も一矢報いたいからとすれば、腑には落ちる。

 

 ──姫様への罵言は許せぬが、いきさつからすればもとは敵味方。無理もない。

 公女様に近づかぬのは、むしろ重畳。それに仲間とできれば、頼もしき者ではある。

 

 そう、得心がいくと。

 彼らは所詮、脳筋モンゴール騎士である。

 強い男はいい。強い酒はもっといい。公女殿下を苦手にしているのも、よく考えると悪くない。

 だいたいあのマルス伯が気に入っただけある、豪の者である。

 

 だったら、さっきの罵言は酒で忘れよう、──ということになり。

 近くの騎士たちの酒樽で、ぎくしゃくしながらも仲直りの1杯目。

 別の顔見知りの騎士たちの酒樽で、武技や交易の話などしながらの2杯目。

 そしてアルゴンのエルの顔見知りらしい、陽気なラク族から口当たりのよい馬乳酒を貰い異郷情緒に驚きながら、セムの交易品候補について熱弁を振るわれ、3杯目。

 

 アストリアスらが残してきた仲間たちのもとに戻るときには、3人はほろ酔い加減になり。

 ごく一時的なものでこそあるが、戦友のようにアルゴンのエルと肩を叩きあう間柄になり。

 屈託なく、手を振って別れた。

 

 3人で、もとの場所に戻りかけ。

 アストリアスは、ふと言い忘れていたことを思い出した態で。

 傭兵の背の高い姿を追い、ようやくのこと厠天幕の近くで追いつく。

 

「『エル』よ、一言云い忘れていた。さっきの、交易品の話だ」

 

「なんだ?──ああ『紙』のことなら、ラクのサライが話が早いぞ」

 

 近くには一組、おそらくは酒の余興で拳闘をしている者とその観衆たちがいるが、彼らに注意を払っている者はいない。陽気な喧騒。

 それでも、このことは大きな声では言えない。彼は声を潜め、ほぼ同じくらいの体格の傭兵の耳元で囁いた。

 

「(白騎士サイムが、そなたを害さんとしている)」

 

「(承知。)──ああ、ペヨテの燻製も、ってことだな!云っておくぜ!

 じゃあな、旦那!」

 

 傭兵はわずかに目を見開いたが、それ以外は動じた気配もなく。

 彼の忠言を受け入れ、別のことを聞いた態で返し。

 自然な態度で、アストリアスの肩を叩いて再度の別れを告げた。

 

(──これで良かったのだ。背中を刺す真似には、加担できぬ。)

 

 アストリアスは去っていく背中を見ながら、そう胸の中でつぶやいた。

 

 ──────

 

 他方で「アルゴンのエル」を名乗るイシュトヴァーンは。

 アストリアスから聞いた貴重な情報を反芻しながら、目的の人物たちを探す。

 

 アストリアスたちとの2杯目、3杯目のときにあたりの騎士にも抜け目なく交易品を宣伝していたのだが。

 その情報に関心を抱いて聞いていたらしい連中がラク族のもとを訪ねている様子を見かけ、彼は満足げである。

 なかなかいい働きをしたと、自画自賛している様子。

 途中、もうほとんど残量がなく人が去った酒樽をみつけ、斜めに傾けて最後の一杯をなんとかくすね取り。

 そしてセムたちの間に、目的の人物である双子の姿をみつけ、その方向に歩みを向ける。

 そろそろリンダの機嫌も直ってるだろう。褒めてくれたりしないかな、と彼は楽観的に考えていた。

 

 ──────

 ──────

(第三者(グイン、アムネリス)視点、裏)

 

「──それでいい。

 統領殿、それでは私はこの後すぐ、迎えが来たら河を超えて本国に戻らねばならぬ。

 ──統領殿は、いつ出立されるのだ?」

 

「まだ決めてはおらぬが、約定のとおり数日中には出立予定だ」

 

「そうか。健やかであれ、旅路にヤヌスの加護のあらんことを」

 

「有難く。

 ところで、一つ聞いてもよいか。くだらぬことだが」

 

「ほう?今は余人もない、このアムネリス限りで答えられることであればなんなりと」

 

 ノスフェラスの支配者であるということにされた、グインと。

 モンゴール公女アムネリスは、2人だけとなり、人を遠ざけ。

 例の「瘴気の谷」についての秘密協定など、高度に政治的な事柄について話し合っていた。

 二人の護衛は、彼らが話し合っているのをみることはできる。話は聞けないように、距離を取っている。

 白騎士は渋ったが、アムネリスは必要なことだと押し切った。

 

 秘密協定は、両者が瘴気の谷の殺生石の秘密を守り、他国をあの地に近づけないという密約である。

 アムネリスは傭兵の助言に従い、特に小細工を弄さず誠実な交渉態度であり。

 グインももとより、双子の敵ではあっても特にグイン個人として彼女に恨みはない。

 協定の中身も、多少の義務は負うものの、ラゴンを守るという観点でも有益。モンゴールが秘密を守り、他国の干渉を防ぐことに協力してくれるからだ。決して悪い話ではない。

 途中でラゴンの賢者たちとの短い相談を挟んだが、密約は無事成立した。

 

 モンゴールの迎えの部隊が来るまで、多少の空き時間が残っている。

 公女はこれからそのまま、母国に戻るため河を超えることになっている。

 公女は、この異形ではあるが魁偉な豹頭の王に、心惹かれるものを感じていて。

 この余った時間を活かし、わずかな時間、余人を交えず仕事以外のことも語らいたいと思っていたので、統領の問いに否やはない。

 

「あの傭兵に仕合に出るよう求めたのは、公女殿下の発案か?」

 

「いや、私ではない。マルス伯、そして白騎士の一部だな。

 どちらも彼の腕に興味津々。特に古株の白騎士の求めが強くてな。断り切れなかった。あの審判を務めた者などだ。

 私としては腕試しなど、恩に仇を返すようで心苦しかったが。」

 

「そうか。──まあ、あやつの腕なら大丈夫だ、公女殿下もご覧のとおり。なんの心配もいらぬ」

 

「腕利きなるは知っていたが、あれほどだとはな。心配など無用だったな。

 婿殿なら、『青髭』とすらも互角に打ち合えようぞ」

 

 グインもアムネリスも、イシュトヴァーンを完全に過大評価していた。

 

「ただな、やつはその、──公女殿下の意趣返しではないか、と信じていてな。恨みがましく何か言っていた。

 そうではない、ともちろん後で俺からも伝えておくが」

 

「嫌がっていたのか!?

 ──そうか、やはり顔をさらすことにもなるしな。密偵としては避けたいか。

 埋め合わせが、必要であろうな」

 

 公女は、胸を衝かれる思いがした。

 気は進まなかったものの、彼が優れた力量を認められ、晴れがましい思いをすることも悪くはないと思ったのだ。

 だから白騎士からの要求にも応えて彼の出場を求めたのだが、──彼には負担だったのか。

 

 長い軍役があり、戦略と戦術にはそれなりの自負もあるとはいえ。

 人の感情の機微については、自信などない。彼女も弱冠十八歳の小娘でしかない。

 自分の彼への感情をまだつかみかねているが、彼に嫌われるのは嫌だった。

 

「仕官を誘ったとき、黄金には興味ないと彼は云っていた。何度も。──そうなると難しいな」

 

「まあ良いのではないか、ねぎらいの言葉で。そして多少の心づけでも。

 皆の前では云いにくい内容があろう。俺と公女殿下がそれぞれ言葉を交わすこととしては?」

 

 つまり褒賞の代わりに、公女とノスフェラスの統領グインがそれぞれ親しく言葉を賜る栄誉を授けるということだ。

 その機を活かして、簡単に謝罪すればいい。さすがに皆の前ではできないから。

 

 ──それはいい、と出立まではもう話す機会はないと覚悟していた公女は思う。──心が、とくっ、と跳ねた。

 グインは、ちょっと生ぬるい目で彼女が頬をほんのわずかに赤らめるさまを見守った。

 原作とは、異なり。

 彼は双子の敵ではあるがなかなかの女傑であるこの公女に、傭兵と違ってほのかに好感を抱いていた。

 

「有難く、そう計らおう。

 そうだ。──これは礼になどならぬが、伝えておきたい。今しか云えぬ。

 パロの双子がこの地を去るのは約定どおり。統領殿、アルゴンのエルが付き添うのも構い立てせぬ。

 ただ、──出立には気をつけられよ。ラクも知っていようが、カロイによると近くこの地は嵐の季節となり、河も地も荒れる。それゆえ出立も数日後のうちとなったのであろう。

 わが軍も段階的に撤退するが、兵と指揮官の一部が、統領殿の出立まで残っているかもしれぬ。

 イカダと橋がこの前の大嵐で流されてしまったゆえだ。」

 

「なるほど、──秘密裡に去るのがよさそうか」

 

「ああ。──身内の恥だな?」

 

「いや、感謝する。公女殿下のお心づかいに」

 

「そしてこれも。今だけだ、他の誰の前でも云えぬし、云うつもりもない。

 パロの王と妃を討ち取りしは戦場の習いではあるが、残念なことだと私個人は思っている」

 

「それについては、俺からは何も云えぬ。云う立場にもなかろう。

 人の身には思いのままになることなど少ない。それに風来坊の俺と違い、公女殿下にはしがらみも多かろう。

 ──すべては、ヤーンの御心のままに」

 

 ただ、ヤーンに真っ向から喧嘩を売ってる奴も身近にいるがな、とグインは口には出さず思った。

 

「アルゴンのエルとは連絡を許してもらいたい。もちろん、双子を売らせるような真似はせぬと誓おう」

 

「それも、あやつが良いと云えばそれまで」

 

「豹王殿は、彼を信頼しているのだな」

 

「うむ?まあ、頼りにはしているのだがな──」

 

 ──頼りにはしているが信じきれてはおらぬ。あいつ自身に悪意はないのだが、目が離せぬのだ。

 公女殿下をコマそうという頭のおかしい計画を持ちだす奴だぞ、とグインは思ったが。

 もちろん賢い彼は、その思いを口や表情には出さず。

 仲間を信じている、悠々とした大人(たいじん)の態度を維持したのだった。

 

*1
アルヴォンからの赤騎士隊の隊長。2000を率いる。アルヴォン城主リカード伯の息子。原作では3巻244頁でグインの策に嵌り、イドの津波に飲み込まれて死亡。

*2
第2巻「荒野の戦士」69頁初出。親衛隊小隊長。トーラスの古い家柄、ヴラド公と縁続きであり、「醜い巨漢」と描写されている(第2巻69頁、82頁)。グインの投槍からアムネリスを守るなど、忠誠心と戦闘能力は高い(第3巻223頁)。リカード伯と同世代。ケイロニア編のパリスと同様、創造神様はこの「美女と野獣」の野獣タイプは結構好きなのかもしれない。第5巻244頁で、アムネリスをかばってラゴンに打たれ死亡。




○ツーリードは「モンゴール領南端」か?
 グイン世界の東西南北ははっきりしない。筆者は当然のごとく文庫本に付いている三弦堂様の地図の上(ケイロニア)が北、下(アルゴスなど)が南と考えていたが、随所にそれにあまり整合しない記述もある。
 辺境編で読み返していて気になったのは、ツーリードが「モンゴール領の南端」にある、という記述である(※)。
 ※→第2巻「荒野の戦士」55頁「かれらのイカダはアルヴォンの下流を流れすぎて、そろそろモンゴール領の南端、ツーリード城の領地に入りかけているぐらいである。」

 筆者のように「上」が「北」であるとすると、ケイロニアは北国である(これは正しい)が、ゴーラの大部分もまたケイロニアと同緯度である。──特に、ユラニアは温暖という描写があった気がしたが・・。
 そしてツーリードはどうみても「モンゴール南端」ではない。ツーリードを「モンゴール南端」とすると、地図をぐるっと右に傾ける必要が出てくる。すなわち、実際には、地図を横に(左を上に)回した位置が正しいことになる。筆者の目測では、もともとの位置より本を右に60度回転したあたりで、ようやくツーリード周辺が南端になる。そしてこれは、ノスフェラスが中原の「東」にあるという記述には確かにばっちり合致する。
 問題はこのように捉えると、カウロス・アルゴスの草原地帯よりモンゴールは南にあることになることくらいか。なんと、かの温暖なクム(モンスーンアジアのイメージ)より、モンゴール(中欧・東欧のイメージ)の方が南にあることになるのだ!物々しくフルプレートアーマーに身を固めるモンゴールの騎士たちは、実は暑い実家の夏は半袖短パンで過ごしていた?なんとなくそれはちょっと変な気がする。
 第2巻では度量衡の単位も定まっていなかったので、まあここも設定が固まっていなかったということだろうと思われるが・・。
 筆者は筆者の独自解釈として、本の地図はわずかに右に傾けたうえで、ツーリードは「モンゴール東端」と解釈すべきかと考えている。それにまあ「南端」というのも「ケス河南端」の意味だとすれば違和感がない。

 ちなみにケッペンの気候図などを思い浮かべると、なぜアルゴスがこの位置で草原なのだろうか、という疑問もわいてくる。同緯度なのに一方は草原(アルゴス)で一方は森林地帯(モンゴール)というのも少々変に思われるのだ。偏西風の存在等を考えると、内陸にあるパロのあたりが草原地帯になり、アルゴス、カウロスはむしろ森林地帯となるのではないか、とか。
 ただそれも含めて地図を眺めると面白い。このパロ、ゴーラ、ケイロニアの3国の間の空白地帯はいったい何なんだろう、とか(自由国境地帯とされたりしているが、小領主や自治村の集合体なのだろうか?あるいは妖魅や魍魎で人が住めない地域?パロを占領するより、ここを占領すればいいのでは、とか)。タリア伯を封じたのは、どの国(王)なのだろう、とか(これはもしかして未読や読み飛ばし部分に書いてあったかも)。
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