(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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(本日2話投稿します。その2話目です。お読みになる際、話順にご注意ください。)


029 裏切者の名

(第三者(アストリアスほか)視点、夕刻、大蛙岩近くの会場)

 

 大仕合が終わり、統領と公女との会談、そして公女とマルス伯との密談の後、半ザン《約半時間》ほど経って。

 今日の出場者への表彰を各陣営で行う、と拡声兵(指示を伝える役職の兵卒。伝令を兼ねることがある)が伝えまわり。

 モンゴール方、ノスフェラス方はそれぞれに分かれ、円形の会場の両極に集まった。

 

 モンゴール側の出場者は名を呼ばれて出ていき、中央の公女殿下に拝謁し。

 公女殿下は、簡単に兵たちに聞こえるように出場者の戦績を講評し。

 その後で、皆には(話をしているのは見えるが)話の内容自体は聞こえないよう、小声で内々に健闘を称える言葉を親しく伝えてくれる。

 堅苦しい儀式ではない。休憩しつつ語らい合って満足した兵士たちは、休憩の延長と捉え、ほろ酔い加減で観覧席から拍手喝采や指笛で景気づけをした。

 本国に戻った後の恩賞を約束された出場者たちは、満足げに戦友たちのところに戻っていく。

 ノスフェラス側も同様、グインがラゴンやセムの戦士たちを呼び、同様に親しく語らうさまがみられた。

 

 アストリアスは、リーガン、ヴロン、アルベリックの次に名を呼ばれ。

 貴族女性としては非常に近い距離で、憧れの人である公女殿下と言葉を交わし。

 よく奮戦した、モンゴールもそなたがいれば百人力である、より一層の精進を期待するぞ、などと声をかけられ。

 あまつさえ良い匂いのする、(剣だこがあるものの)すべらかな白い手の甲への接吻を許され。

 顔を紅潮させ、地に足がつかないさまでその場を退出し。

 いつもは溌剌としているが、今日に限っては同様の栄誉を受けたため、すこし気持ち悪いほど顔がほころんでいる親友のリーガンや、ジト目で待っている副官ポラックたちのいる辺りに戻る。

 

 ヴロン伯はそれに加えて「いつも頼りにしているぞ」と肩を叩かれ、感激したらしく。

 美男子とは言い難い顔が涙ぐんでいて、さすがの2人もすこし引いた。

 ただ2人の関心は彼だけ『肩を叩いてもらった』という点にあった。

 

「ヴロン殿!

 一人だけ、貴殿への恩賞が突出しているのではないかと」

 

「いや、これはな。

 そうだ、私が親衛隊の隊長としてだな、姫様の信を得ているという」

 

「伯だけ、2回も公女殿下との身体の接触を許されたということではないか!

 抜け駆けというのは、いかがなものかと」

 

「アストリアス隊長!みっともないんで、もうそこら辺で──」

 

「ええいポラック、何をいう!これは大事なことなのだぞ、なにしろ──」

 

 言い争う彼ら。

 それを見咎めたのであろうか、同様に声をかけられて褒賞を受けたマルス伯が戻りざまにやってきた。

 

「おお若人らよ。恩賞をめぐって争い合っておるのか?

 恩賞の軽重に文句をつけられるのは、本来、勝負に勝ってからであろうぞ?」

 

 モンゴール側出場者で、一人だけ勝者であるマルス伯の上から目線の言葉(マウンティング)には重みがある。

 3人は見苦しい口論を止め。マルス伯に、勝ったことでなにか公女殿下との特別なやりとりを許されたのか、と聞くが。

 儂は幼少のみぎりから姫様に手取り足取り剣と槍をお教えしているからな、それに加えては特に何もなかったぞ、と言われ、ぐぬぬとなる。

 マルス伯は公女殿下の家族同然であることは知られている。確かに、改めての親しい交わりなどが恩典となることはないだろう。

 アストリアスも納得してヴロン伯への鋭鋒を収めようとした。そのときだった。

 

「ん?アストリアス、モンゴール側の勝者といえば、エルもそうではないか──」

 

 アルゴンのエル、と名を呼ばれ。蹌踉とした足取りで出てくる長身の男。

 一般のモンゴール兵には、今日までは全くなじみのなかった名前であるが。

 あの戦いぶりで、今ではその名前は皆の胸に刻みつけられるに至っている。また、仕合の後に彼と言葉を交わしたモンゴール兵も、少なからずいる。

 名前が呼ばれると、前の5人と同様に大きな喝采がわき起こる。

 

 だが呼ばれた彼は、まるであの仕合の始まるときと同様。もしかするとそれよりも。

 あきらかに気の進まない、精彩を欠く様子。日に焼けた浅黒い肌色でもわかるくらい、顔色が悪い。ヴァシャ酒の飲みすぎだろうか。

 

「アルゴンのエルよ、──」

 

 簡単な講評。そして公女殿下が配慮したのであろうか、とある事情があるため一時除隊が認められる、というアナウンス。

 一般兵は、仕合にも出た褒賞の一部として休暇を認められたのだろう、くらいに思っているが。

 彼への洗脳を解き、その身柄を解放することになったからだというのは、この中ではヴロン伯、マルス伯、そしてアストリアスくらいしか知らない事情である。

(本当はそれすらも、事実ではないカバーストーリーである。そもそも洗脳などされていないのだ。

 ただそれを知るのは、ガユス伯ほかごくわずかな者たちだけ。この会場にいる中では、アムネリス公女とマルス伯くらいのものであった。)

 

 彼への講評が終わり。公女が声を潜めて、親しく話す様子をアストリアスらは最前列近くから眺める。

 すこし前傾気味の公女に対し、すこし押し込まれて腰も引け、のけぞり気味の自称傭兵。

 ただ、何かを言われてほっとした顔で傭兵が2、3度頷いたのが、アストリアスには印象的だった。

 

「それでは、しばしの間。再会まで壮健であれ!」

 

 手へ接吻を許すように白い手を伸ばしている彼女に、明らかに戸惑った様子の傭兵。

 こういうときの儀礼を知らないのだな、とアストリアスは一瞬思ったが。

 近くにいた彼らの耳には、続くやりとりが聞こえてしまう。

 

「それは、ええっと、そう、──先の方々と被ってることですし!

 だから今回はお構いなく、公女殿下。」

 

「そうか。この私が、誰にも許したことのないものが欲しい。そういうことだな?

 ──まあ初めてであるが、仕方あるまい。勝者の権利であるからな!」

 

 合点がいったように、彼女は頷き。

 傭兵が反応する前に、大胆に一歩距離を詰め。傭兵のたくましい背中に、自らの白い手を回し。

(なぜかアストリアスの頭には、『逃げられないように』という表現が浮かんだ。)

 傾きかけた夕陽にも鮮やかな白い衣につつまれたその優美な姿は、傭兵の向かってななめ左側の位置でつま先立ちをして背伸びをした。

 ほとんど重なる体。その白い顔が、傭兵の頬に近づく。大きな緑の目が閉じられ、桜色の唇が寄せられた。折からの風で流れた、編み込みのある豪奢な金髪が口元を隠すが、何をしているかは観衆に明らかだった。

 

「うあっ」

 

 静まりかえった会場に、傭兵の間抜けな驚愕の声が響き。

 一拍遅れて、おおっ!?──という抑えきれぬ驚愕と動揺のどよめきが、兵たちからも上がった。

 

「どうしたのだ。求めたのはそなたではないか、私の『初めて』を!

 それでは、壮健であれ。また会う時を楽しみにしているぞ。──わが族長(テウダナズ)殿!」

 

「──おわっ、おう、あー、わかった、じゃねえ、合点承知にござります!わが(フリーナ)!」

 

 意気揚々とした、公女アムネリスの声。それに答える傭兵の声。

 当初のどよめきがいったん静まったときに発された、その二人のやりとりは。

 二人の声がよくとおる声質であることもあって、消しようもなく兵たちの耳に届いた。

 「おい、聞いたか?」「これは、──成立した、のだよな?」「おお、なんということだ!こんな瞬間をみるとは!」「サリアの薔薇色の胸元にかけて!」という驚愕のひそひそ声が、あちこちからもれ聞こえる。

 

 だが誰も彼女を(はばか)り、大きな声を上げない、上げられない。

 そのなかでしかし、茫然とするアストリアスの横にいたリーガンが我慢できず大声を上げる。

 

「アルゴンのエルよ!そなた、姫様の言問いに答えたなぁっ!?」

 

 その声に、ようやくどよめく群衆。

 最初は、抑えたひそやかな笑い声でしかなかったが。

 誰かが──ヴァシャ酒に酔った兵士だろう──蛮勇をふるって指笛を発すると、それが大きな笑い声にふくらむ。

 それらに並行して兵士らの間で交わされる、熱っぽいささやき声。蜂の羽音に似て、だんだんとその響きが大きくなっていく。

 

 リーガンの指摘に、ハッと突然何かに気づいたような公女アムネリスの珍しくも動揺した表情。

 それにも増してうろたえているのが丸わかりの、狼のようにたけだけしいがどこか剽軽で陽性な(今は血の気が引いている)傭兵の顔。

 2人の視線が交錯し。白い公女の頬が、染まった。昼下がりの傾きかけた陽にも、衆目にあきらかに。

 

「わが族長(テウダナズ)殿、わ、私は」

 

「お、お、俺は、──!」

 

「ハハハハハッ!これは良い!良いな!」

 

 一つ間違えれば暴発しそうな、わなわなと震える2人の間の緊張感を、豪快にぶちこわして笑いとばす大音声が発された。

 深い低音(バス)の大声は、その主が熊くらいの胸板があることを聴衆に教える。

 幾多の戦場で敵に恐れられ、味方を勇気づけてきた往年の破鐘のごとき声。マルス伯だった。

 老将は、我が意を得たりといわんばかりの愉快そうな様子で、兵らに吼えるように呼び掛けた。

 

「聞いたか皆の衆!姫様の言問いに、エル殿が答えたぞ!」

 

 わあっ、という鯨波のような兵士たちの声。

 それを切り裂くように、ようやく立ち直ったアストリアスもまた大音声で叫んだ。

 

「──我は異議あり、アルゴンのエル!

 我らのさだめを、裏切るや!

 白き花なり、手折らぬと!

 誓いし記憶ぞ、まだあたらしや!」

 

 とっさの即興詩を詠唱する。(スタンザ)ごとの韻律が一部乱れたが、不調法な武人の身には、仕方ない。

 根気強く詩歌を教えてくれた家庭教師に感謝すべきだな。そう考えながら、アストリアスはアルゴンのエルをにらみつける。

 

 彼、アルゴンのエルは、──意外なことに、なかなかの好漢だった。

 すさまじく腕は立つ。話せば実に愉快な男。仲間に迎え入れることに異存はない。──だが公女様のことは、別の話だ!

 

 古くからのモンゴールの慣習では、直の肌の接触(通常、口づけか手を取ること)、相手への求愛(『貴女が欲しい」「初めてを私に』など)、そして「私の族長様」「わが姫」という問い掛けと返事から成る言問いにより、男女の契りが成立する。

 男が問いかけることが多いが、女が問いかける例もある。

 これで成立するのは、婚姻とは別の既婚未婚を問わない男女の契り。「私の族長」という問いは、古い時代に族長が初夜権を持っていたことに由来する*1。日本で強いて近いものを挙げるとすれば、古代から中世の「歌垣」や「花散らし」などであろうか。

 その即時の契りの成立を防ぐために、その場で異議ある者はすぐに歌で介入する必要がある(かつてはもともとの言問いのやり取り自体も、歌でなされていた)。異議の歌に複数名からの同調があれば、即時成立は妨げられる。

 ヴロン伯と小伯爵リーガンが同調を叫び、アストリアスは胸をなでおろす。

 

「ほう?そなたらにはサリアの決闘(サリアスウィガナ)を行ってもらうことになるな!

 ──まあ、そのうちだ。今ではない!そうだな、アルゴンのエル殿!」

 

「──お、おうよっ!」

 

 アルゴンのエルは、おそらく事態をのみこんだのだろう。半ばやけくそ気味にこれまた大音声でマルス伯の問いに答える。

 泰然としてみえたが、傭兵の端正な浅黒い顔からは血の気が引いている。極度の緊張状態にあるようだ。

 今までのやり取りから、彼が友人たちを裏切って抜け駆けし、公女殿下といういと高き枝に実る果実に手を伸ばしたのだろう、と兵たちには十分に推測できた。

 高き木に登りてその果に手を伸ばす以上、掴みきれず墜落する覚悟もするのは当然である、と取り囲むモンゴール兵たちも思った。

 

 ──────

 ──────

(偽イシュトヴァーン視点、大蛙岩近くの会場の一角、昼下がり)

 

 マジかよ。いったいこの性悪公女、いくつ僕に罠をしかければ気が済むんだ。

 僕は脳貧血の予感を感じながら、流れ行く事態に口をぱくぱくさせる。

 

 きっかけは、なんということもないやり取り。そのときはそう思ってた。

 いや、その前段階が不穏だった。

 公女は表彰として僕を褒め称えたあと(ルアーの如き戦いぶり!とかね。陳腐だけど)。

 続いて、小さい声で出場を求めたことを謝罪した。どうも、彼女自身の発案でなかったらしい。

 そうかそうか、と僕は思い。そこで油断してしまったんだ。よく考えれば、これも彼女の悪辣な罠の一部だったことが、わかるけどさ。

 手にキスをすることを迫られ(っていうか、これは儀礼上、そういうものらしいのだが僕は知らなかった)。

 アストリアスとかと間接キスってことっすね、やだなーって思って適当に拒否ったところ。

 はじめてのところならいいのだな、とかなんとか公女が斜め上に誤解し、掴まえられて頬に口づけをされた。

 ここまでで僕は心臓が口から飛び出そうなほどに、平常心を失っていた。

 ──これが敗因の重要な背景。

 

 そして「私の族長殿」という公女殿下の別れの言葉に対し。さすがに人前だったので。

(公女殿下を崇める人々の前でタメ口とか、ようやらんわー。と思ったんだ。自分の甘さと愚かさに、反省。再度やりなおしさせてくれるなら、すっごい感じ悪く塩対応で返す、絶対にだ!)

 思わず相手のノリにつきあって「私の姫様」みたいな意味のモンゴール語(方言扱いだが、中原標準語とは語族自体が違う。イシュトは元船乗りだから、各土地の言葉をよく知ってる)で返したところ。

 それが、まずい事態を引き起こしてしまったのだ。

 

 それは古いモンゴールの風習で、契を交わす約束をしたことになるんだと。

 音を立てて顔から血が引いたね。マジ風景が一瞬、モノクロのモザイクになったぞ。

 

 いや公女、あんたクリスタルであの色男に誑かされるはずなんだろ!何、恥ずかしそうに上目遣いで僕を見る!

 それに、なんでそれを知ってるはずのマルス伯は嬉しそうなんだ!これは浮気ですぞ浮気!者共出会え!

 

 そこにアストリアスが何やら即興詩みたいなのを投げ込んでくる。

 頭おかしいのかこいつ、と一瞬思ったが。

 どうやら、これもその古い慣習の一部。有効な「異議」にあたるらしい。ありがとうアストリアス。やっぱお前、いけ好かないし気も利かない雰囲気イケメンだけど、今だけは感謝だよ。

 普通なら、異議ある者と決闘や歌合せ(歌での決闘みたいなやつ)で勝敗を決めることになるらしい。

 今度は勝てるかわからないな、──いやまて、負けたら殺されるけど勝ったら勝ったで地獄だぞこれ、──。

 

 しかし、そこで。

 マルス伯が助け舟をだしてくれて、今じゃなくていいだろう、と言ってくれる。

 その声を聞きながら、僕は安心した。

 よかった、マルス伯はまともだ。僕を逃がしてくれるんだな。筋肉痛の呪いなんてかけちまってごめんよ、って内心謝った。

 そして僕の脳裏をよぎったのは、こんな考え。

 

 ──僕はグインたちと去って、二度とモンゴールに足を踏み入れない。

 そして早めにこの物語を降りて、どっかのひなびて安全な開拓村にでも移り住み。

 家の階段に腰掛けて、近所の目を丸くして聞き入る開拓民のガキどもに大ぼらを吹いてやるんだ。それをささやかな楽しみにする。

 あー、それと気立てのいい女の子と結婚とかできたらいいな。誰かさんみたいなおっかない雌ライオンじゃなくて。前世(?)では独身だったから、さ?

 今、ここはとにかくごまかして逃げる!それで逃げ切る。セフセフ。

 

 そう思って「今ではないよな」というマルス伯の問いかけに、僕は力いっぱい肯定を返し。

 マルス伯に、深い感謝の視線を投げたのだが。

 爺は、にこにこしながら続けたんだ。

 

「たしかアルゴンのエル殿はしばし、軍籍を離れるとか!

 しかし武士(もののふ)たるもの、自らの言には責任を持つ。必ず彼は戻ってくる!」

 

 自分でもわかる。深い深い落とし穴に落とされた僕の目が、驚愕に見開かれる。

 まさか、と動揺した表情でマルス伯をみつめるが。

 マルス伯はほがらかに笑い返し。平然と、そのまま続けたんだ。あの、クソ爺いがっ!

 

「この場にある、皆のものが証人なり!

 公女アムネリス殿下とアルゴンのエル殿との言掛け!これにアストリアス、リーガン、ヴロンより物言い!

 物言いの理由は、『友の間の協定(トレーヴォ)への裏切り』ということである!

 裏切り者の名は、アルゴンのエル!彼はきっと公女のもとへ帰ってくる、皆の待ち望む決着のため!」

 

 兵たちの歓呼の声が爆発するのを、もはや僕はどこか第三者の達観した視線でみていた。

 とても自分の身の上に起こったこととは、思えない。可哀想なやつがいたもんだよなー。ほんとになー。

 マルス伯の演説は、悪ノリしたモンゴール兵どもの歓声で約十数(タルザン)、中断された。

 

「──それまでの間。

 モンゴールは、決して忘れぬ・・・裏切者の名を──アルゴンのエル。アルゴンのエル。アルゴンの・・・」*2

 

 恨みを込めたように聞こえる台詞だが、マルス老伯爵のシワが刻まれた顔と野太い声は笑っている。

 兵たちの大笑いと歓声。乱れ飛ぶ「万歳(ウラー)!」の掛け声、それに入り混じる、悪乗り連中の叫ぶ卑猥な言葉。

 もういい。俺死んだわ。どうにでもしてくれ。今の希望?団子虫になって岩の下にもぐりこみたい。

 僕は虚ろな微笑みを浮かべ。やはり空っぽの目で、眼下の群衆を見回した。二千人にばっちり顔を知られた。手配書の似顔絵、書ける奴だっているだろう。たしか魔道で再現もできたっけ、──

 

 ──どこかで、ろくでもない長い白髪と白髭の片目のジジイ*3が、僕を嘲笑っているような気がした。

 

 ──────

 ──────

(第三者(マルス伯)視点、裏)

 

 マルス伯は、言いたいことを言った後、孫娘のように思っている公女殿下と、勇敢にもその問いかけに応えた傭兵、そして兵士たちの様子を眺めた。

 

 兵たちはこのなりゆきに興奮し、寿いで大騒ぎしてくれている。

 兵たちの反応は、ひとえにあの兵たちに敬われてはいても、規律に厳しく鬼のごとくに恐れられてもいる、尊崇の対象である『氷の公女』が。

 まるで恋を知りそめた村娘のごとくに、その頬を赤らめて恥ずかしげにしているからである。

 それは、彼女の印象をまるで変えてしまっていた。イラナではなく、サリア。野に咲く白く(リリアム)のような美しさ。

 その花を手折らんとする無謀であるが勇敢な若者と、それを防がんとする若者たち。娯楽の少ないこの地で忍耐の日々を送ってきた彼らは、帰還できるという解放感もあわさって、このなりゆきに血を騒がせているのだ。

 

 そしておそらくは得恋に感動、感激が極まったためであろう。目がどこか虚ろな『アルゴンのエル』と名乗る傭兵も。

 鞘に納めたままの剣を振りあげ、その兵たちの冷やかしまじりの大歓声に応えている。

 

「うむ、彼もまんざらではなさそうであるな。善哉善哉!」

 

 その若いふたりの姿を、マルス伯は満足げに見つめたのであった。

 

 ──────

 ──────

(第三者(レムス&リンダ視点)、蛙岩の近くの仕合場。夕刻)

 

「あれ?どうしたのリンダ。そんなに目を尖らせて。」

 

「さっきはどういうわけか、外れたけれど。

 まちがいない、今度こそろくでもないことが起きようとしているわ!いと高きヤーンの御座にかけて!」

 

 セムたちの間で、グインが出場者たちへの声をかけているのを温かな気持ちで見守っていた双子の片割れは。

 急にわき起こった大歓声に眉を顰め。きっ、とモンゴール兵らが同様の儀を行っている方向を睨んだ。

 やっぱりリンダって予言抜きでもすごいな。ぼくも見ならわなきゃな、と。

 レムスは感心しながら、モンゴール兵らが集まって何かに騒いでいるその一角をながめやるのだった。

 

*1
捏造設定。

*2
第4巻『ラゴンの虜囚』最終場面。イシュトヴァーンは「アルゴンのエル」の名でモンゴール軍に潜入し、マルス伯の軍を空っぽの村に誘いこみ、火を放ってその一隊を焼き殺す。そのときに、マルス伯が裏切り者のアルゴンのエル(イシュトヴァーン)に向かってこの言葉を投げる。

*3
運命神ヤーンは、片目の老人の姿をしているという

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