(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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0916 覚書を加筆
0922 コヴナ村との距離を見直し


003 読みはずれ

 

 行商人はおおよそ10日に1回の割合で訪れてくる。これは、驚くべき頻度だ。

 モンゴール出身の一般兵(兵役組)に聞くと、スタフォロスのような要衝ではない普通のモンゴールの寒村などでは、せいぜい1か月に1回がいいところだともいう。

 死傷率が高い、辺境の砦にこれだけの頻度で行商が回ってくるのは、単に利益率が高いというだけでなく(辺境地帯は強力な妖魔が多いが、同時に資源地帯でもある)。

 ヴラド大公が、国策として前線を重視していることを示す、対外進出のための地方振興策の1つなのだと思う。

 

 その証拠に、行商は純粋な私営のものではない。騎士団に守られてくる。

(危険なルードの森林地帯を超えるのはかなりの武力が必要なので、複数の隊商を束ねて、騎士団が護衛としてついてくるイメージだ。)

 たいていは10日に1回。午後に到着し翌日の午前に去っていく。

 昨日到着した隊商も、今日は去ってしまうわけだ。

 

 俺は翌朝早起きして、行商の天幕を訪れた。

 行商としては出発直前、売り切りたい物資を安くしてる。だからそれを狙って買う、という連中もいて、朝なのにそれなりの人出が出ている。

(ただ妙な見栄で、『落穂ひろい』と呼んで卑しめる連中もいる。)

 俺もそういう落ち穂拾い連中に混ざり、最小限の物資を買い足す。

 しかし本当の狙いは物資じゃない。欲しいのは、情報。

 

 ──────

 

 行商から噂話を聞き出す。もちろん値切りながらの会話で、相手を楽しませてやりながら、だ。

 そばかすの浮いた店番のモンゴール人の少女に狙いをつけ、ヴァシャの乾果を買い。

 好奇心が強いけど臆病な少女に長い旅で聞いた話や、防人暮らしの話を巧みにしたりして。

 ちょっと怖いけど頼りになるかっこいいお兄さん、という印象を持たせ。

 ちょっとした贈り物(イシュトヴァーンの荷物の中にあった、手作りに思われる髪飾り)を渡す。今までは親戚のお兄さん程度の親愛度だった女の子の目が、もっと熱量の高いものに変化する。

 やはりな。イシュトヴァーン、さすがの女たらし(グルーミング)スキルだ。

 

「その髪飾りな、妖魔の嫌う、ヴァルドーズの油(妖魔よけ)が塗り込んである。

 砦を出るときに、軽く湿らせろ。1~2日は、ここらの普通の妖魔は寄りつかない。

 ただ本当に襲われたり、強い妖魔から逃げるときは、松明で焦がせ。熱くしてやると匂いが強く出る。ただ、1ザン(時間)も持たない」

 

「ヴァルドーズ、って、たげ(すごく)めったなもんだべ(高いんじゃないの)?」

 

 少女がうっとりと俺を見てそう口に上せた。髪につけてやると、はにかみながら嬉しそうに笑う。

 

「大丈夫だ、俺がここに来る前に、安く買ったものに浸しこんだ。本場のクム物で、よく効く。

 出し惜しみしないで、使ってくれよ?」

 

 また来てくれたらやるからさ、と目を覗き込んで念押しすると、白い頬に血がのぼって顔をそらす。顔をそらした方向に回り込むと、また顔をそらして、くすくす笑った。耳が赤い。

 

 あ、後ろの方で「まあたイシュトが女をだまくらかしてる」なんて悪口を言う連中の声が聞こえるぞ。

 だがな、今の俺というか僕としては真剣だ。何しろ、開拓民や行商が食屍鬼(グール)やその他の妖魅に喰われた、みたいな話が頻繁に原作に出てくるしな。

 

 ちなみにヴァルドーズというのは強い香りを持つ香油だ。クム西部が名産地。人間の嗅覚では花のいい香りなのだが、虫よけにもなり、また辺境地方の妖魔にはすごい攻撃的な臭いに感じられるらしい。精製すると量が取れず結構な値段がするが、抜け目のないイシュトヴァーンはこれを結構な量、所有してた。ただ買ったというより、おそらくはトーラスで貴婦人を騙くらかしてもらったか、博打で巻き上げたかしたんじゃないかと思う。

 

「ありがとよ、それじゃ行くぜ。──これから天気が崩れやすい時期になる。くれぐれも気をつけてな」

 

 買ったヴァシャを自分の背嚢に収め、名残惜しげな相手の手首を軽くつかんで手の甲に唇を当てて別れを告げた。びくっとしたあの様子、処女だな。

 背中に熱い視線を感じながら、振り向かずに片手を上げて去っていく。あいつには気をつけろ、名うての女殺しだぞ、と余計なことを言っている戦友の声がまた背後で聞こえて、思わず肩をすくめた。

 

 ──────

 

 午前中に回った行商たちから、いくつかの情報を得た。

 

 ①パロの首都、クリスタル(辺境訛りでは、クリージュダール)はまだ陥落していないが、ゴーラ軍が砦を一つ一つ抜いて首都に迫っている。そのせいでパロ街道の物流が止まり、荷が滞っている。

(ケイロニア国境からの急襲作戦はまだ実施前なのだろうか。行商たちの情報は普通なら1週間あるいは下手をすると1か月遅れだということには注意する必要がある。ただし狼煙により砦間のかなり迅速な通信は確保されている。公式発表があれば、かなり早く伝わるだろう。)

 

 ②妖魔のせいで、砦から10タッドの距離にあった最寄りの開拓民の村がなくなった。今は一番近いのが、砦から約30タッド(約45km)先のコヴナ村になってしまっている。

(村が消えたのはおそらく妖魔のせいじゃない。ヴァーノン伯が血を絞るために人狩りをしたせいじゃないかと思う。いずれにせよ最寄りの村は遠い。避難するには不便だ。)

 

 ③その隊商がツーリードを離れたときに、ほぼ入れ違いにトーラスからツーリードに入って来た隊商が、近く戦況に変化があるらしいと言っていたらしい。また、白騎士隊がトーラスを出てツーリードに向かったという情報がある。

 

 要は、①からみるに原作開始前だが、あまり時間はない。戦線が長く膠着したという描写は、原作になかった気がする。

 気になるのは③で、これがケイロニア国境からの急襲作戦ではないかという気もしないでもない(ただ電撃作戦の情報が洩れていてこんな田舎の隊商ですら知っていれば、パロ側の諜報機関も察知しているはず。なので、おそらく別口なんじゃないかな)。

 

 俺はまた天幕に帰り(本当なら仲間と昼間から度胸試ししたりしてるんだけどな)、ヴァシャを噛みながら考える。──そろそろ、喧嘩を売るべきなのか?

 時機を読み外れてグイン到着前に処刑とか、シャレになってないよな。

 優柔不断な僕が選んだのは、次の隊商が来るまでの間の様子見だった。いや、まだ余裕あるかと思ったんだ。早く喧嘩を売って空振りする危険は冒せない、噂ででもクリスタルが陥落したと聞いたら速攻で喧嘩売れば確実かな、って思っちゃって。

 

 ──────

 

 3日後。僕は自分の読みの甘さを痛感することになった。

 なんと3日前にクリスタル(クリージュダール)は陥ちていた。アルドロス3世の首級をあげた、という公式声明。狼煙で連絡が入ってきたらしい。

 でも双子の王子王女は確保できず。ルードあるいはタロス周辺の森林地帯に落ち延びたという情報。

(なぜリンダとレムスがこの周辺にいるか突き止めたのかは、元の世界で原作を読んでいるときはよくわからなかった(読み飛ばした)。転移装置の操作をしていた者(リヤ大臣だっけ?)を拷問して聞き出したのだろうか。)

 やっぱり僕の低スペックさのせいで、魔戦士と呼ばれるほどのイシュトヴァーンの勘や才覚をさっぱり引き出せていない。

 

 そして、今受けている命令。もう夕暮れ近いのに、嵐の近づくルードの森を探索せよ。

 さて、喧嘩を売ろう。間に合うだろうか?

 

 ──────

 

 残念にも、僕は喧嘩を売ったにもかかわらず罰されなかった。いや、喧嘩の売り方と売り時をおそらくは間違ったのだ。機を逸したのだ。

 命令を聞いて、ヴァーノンの糞野郎、膿まみれの化け物が自分で探せよ!と叫んでやったのだが。

 どうも周囲の兵士どもも僕と全く同感なようで、僕の罵言はありきたりな口の悪い傭兵仲間の悪態と受け取られてしまったようなのだ。周りの傭兵どもも僕に釣られて、似たようなことを口走ってたし。

 売り時も遅すぎた。もっと平時にやれば目立って無事咎められたのだが、人手が足りない、一兵も減らすのが惜しいということで見過ごされてしまったのだろう。

 

 あー、そんないいかげんな軍律なのか、小隊長閣下の耳に入ったのに大丈夫だったのか、って?

 大丈夫だったよ。

 いや、もともとモンゴールの軍律はかなり厳しい方だと思う。単なる罵言で死刑になったり、ね?

 でもこれ、どうやら数日前の僕の武功(?)のためもあったみたいだ。なまじあの戦いで功績を上げてしまい人望が高まり、小隊長殿の側としては、人気のある僕(や、僕にその場で同調したベテランの腕利き傭兵ども)を罰するに罰せられず、聞かないふりをしてくれたらしい。

 ──余計なことをっ!

 

 こうなったら、率先して捜索し、先にリンダとレムスとグインを確保するか。

 いや、先に見つけた黒騎士連中はグインにバッサリ殺されるんだよな。くわばらくわばら。

 

 じゃあ、セカンドベストだ。2番目にグインたちを見つける黒騎士隊となるか。

 ──原作では森林火災が起きる、その周囲を探せばいい。泉があったっけな。イシュトヴァーンの直感は信頼されているようだから、それで行けるか?

 だが、そこで確保してもな。憎まれこそすれ、仲良くなる未来が見えないぞ。すこし親切にしてやる?いや、隙を見せたらやっぱりサクッと殺されるだろうよ。

 

 僕の心の中は、現実世界の嵐にもまけないほどの暴風が吹きすさんでいたが。

 しかしそれを、表に出すわけにもいかず。

 あれこれと思い悩みながら、馬(原作では『ウマ』と表記されているとおり、微妙に僕の知る地球上の『馬』とは違うのだが、こう表記させてほしい)に騎乗し、小隊長殿の下知に従い、嵐の吹き始めた暗いルードの森の探索へと出発したのだった。

 




(覚書)
※以下は単なる作者の覚え書である。細かいことは原作でもあまり詰められていないので(原作者もそう書いている)、特にその点の不備を指摘したいわけではない。

○イシュトヴァーンが牢に入れられたのは、リンダたちの到着の前日である。
 本作中の成り代わり野郎が喧嘩を売ろうとした日は原作と同日と思われるが、原作と帰趨が分かれてしまったのは、本人が思うように功績があったというわけでは必ずしもなく、ヴァーノン本人に対し面と罵倒しなかったのか、捜索命令がかかった後だったのか、数日間落ちこんでいて「あいつ最近メンタルやばそう」と思われていたか、のどれかであろうと思われる。
 →第2話 黒伯爵の砦 3の牢番発言「つい昨日、伯爵様自らがその室に若い悪魔をとじこめ、・・」

○レムスたちを見つけた小隊11人は、全滅している(逃げた者はいない?)。一般に1個小隊は30人構成とされているが、レムスの捜索に来たのはその半分から1/3程度の人員(11人)。俗に3割の欠損で全滅判定などと言われるが、約6~7割はかなりの人員減耗である。直前にセムとの抗争での大損耗があったのではないか。
 →第1巻 第1話 死霊の森 1末(11人をグインが殺害。逃亡者がいないのは、ゴーラ人が蛮勇なのか、隊長が討ち取られたのに砦に誰かが戻り異状を知らせるという基本的な行動がとれない脳筋ぞろいだったのか、逃げて生き残った者が責を負わされてしまう旧日本軍的軍規だったのだろう。)
 →第2巻 第1話(アムネリスとともにノスフェラスに進出した人員は3個中隊+輜重隊と白騎士の1個小隊を合わせ約500人。1個中隊は約150人、1個小隊は30人とされている。1個大隊がいくつの中隊から構成されるか不明だが、文中の「3個中隊」の記述からみると3個中隊ではないと思われるので、4~5個中隊と仮定。アルヴォン砦は赤騎士の第5隊とされているが、これは大隊の単位(600~750人)と一致?そうだとすると国土の広さに比べやや兵士数が少ない気もするが、戦争(パロへの遠征)中で人員が出払っているためという説明はつく。)

○最初の1個小隊(11人)を殺した後、行方不明のこの1個小隊(「第5小隊」とされている)を探すために再度3列で騎士がやってきて、グールに殺されている。「3列」」という記述から、3列×4人~3列×6人程度はいたのではないか。1個小隊を2つに分けていた可能性がある。
 →第1巻 第1話 死霊の森 1

○双子は2晩(グイン発見前に1晩、グインとともに1晩)を辺境で過ごしている。だが、クリスタルが落ちたのは4日前とされている。
 →第1巻 第2話 黒伯爵の砦 2 黒伯爵発言「わが大公殿下がパロを落とした、と狼煙が知らせたのが、さよう四日前のことで──」
(クリスタルは破られたが2日間は王宮が持ちこたえたのか、それとも転送機による転送は瞬時でなく、2日間程度かかるということであろう。)
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