(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。 作:Marchhatter
○ご感想をいただきました。ありがとうございました!
・何しろ偽イシュトは鳥頭ですので、おそらくは同じ過ちを繰り返しそうであり。
今回も、だくだくと動脈血を噴き出しながら。
うわ
・たしかにアルドロス大王、「中の人」の有力候補でした。パロも仮想エジプトあるいはローマ帝国、和が結ばれるまでケイロニアと互角という描写も(モンゴールは仮想ゲルマンorスラブ、ケイロニアは仮想ノルマンなんでしょうね)。
ナリス公も、陰謀編では相当に熱い人ですよね。この時期のナリス公はなかなか再現しにくいですが。
・なるほど、LUKの前借り・・・!
雪だるま式に負債がふくらんで、首が回らなくなりそうですよね。
そのうち、モンゴール式債権回収を受ける偽イシュトが見られそうです!
・うっかり遅くなってしまいました。陰謀編、手こずってしまいました。
あまり情報がないロス港までの地図の空白地域、面白そうだったり。この地域の政情とか気質とか食文化とかいろいろ、本当は日常編で書いてみたいところです!
○舞台はモンゴールの首都トーラス、第三者視点です。第6巻第1話1におおむね相当します。
長くなった一話を二話に分割したりなどしたため、しばらくモンゴール編が続きます。
(第三者視点、トーラス、大仕合から3日後の午後遅く)
豪壮ではあるが瀟洒ではない、金と大理石と宝石の宮殿、金蠍宮。
モンゴール公女アムネリスとその旗本の一行は、ようやく遠路ノスフェラスからこのトーラスの都に帰ってきて。
その旅装を解きもせず、そのまま大公殿下に拝謁すべしという命に従うこととなっていた。
かつかつ、と長靴の足音を立て、白く長い袖なし外套を翻しながら。
公女アムネリスは、複雑に渦を巻く大理石の床を踏み、王宮の奥へと進む。
「公女殿下」「ご無事で」
アムネリスの一行に、行きあった官吏たちや使用人たちから声がかけられる。その声に対して軽く会釈を返し、アムネリス一行は進む。
廊下をたどり、大理石の階段を上り、挨拶に応える。その繰り返し。
その迷路をたどるうち、アムネリスはいつしか思いに沈みはじめる。
かつて父、ヴラド大公は、この宮殿を客人のいわば試金石として用いていた。
この一見あかぬけない成金趣味の豪華な宮殿を称揚するか、皮肉るか、その真価を見抜いて戦慄するか。
──称揚するのは外交官か阿諛追従の徒。皮肉るのは学者か自己陶酔の思い上がり。恐れるものは敵の間諜かおそるべき戦士。
彼なりの帝王学の一つだったのだろうか、そう、彼女に語ってくれた父のことを思い出す。
まだ彼女が、かなり幼い頃だ。「自己陶酔」なんて、意味すらも分かっていなかった。
一皮剥けば、この宮殿は長期間の籠城も可能な実用一本槍の堅固な城塞。
ごてごてとしてみえる飾りも、過剰なほどに残酷悪辣な罠の仕掛けと化す。
父自らの工夫になる細工もあったはずだ。
──あの頃は、厳格とはいえ公正で、父は民には慕われる人柄であられた。今は、──
年ごとに父は、温かみや人間性を失い、冷酷さ、残酷さを増した。
その父の支配する冷えきった石の城から逃れることができる巡回や外征は、彼女にはむしろ好ましかった。
しかし反面、豪華で空虚な宮殿に小さい弟をひとり置き捨て、いわば見殺しにしてしまったこと。
その間に弟の心についていく傷に目をつぶってきたことへの後悔が、彼女の心に澱のように沈んでいる。
(──ミアイルは元気だろうか。
前回の帰都も時間がなく、構ってやれなかったな)
内城に入り、大理石の床は豪奢な赤い絨毯に覆われた。
アムネリスはその絨毯を踏みながら、鉄壁の無表情の下に感情を押し殺し。
この巨城に残してきた、ただ一人の血を分けた弟のことに思いを馳せる。
この広大な大宮殿の主の、唯一の男児。
出生時から、大きな期待をかけられていたが。
早くから従軍を求められ、女ながらも身体強健なおかげで無事に成長した自分と異なり。
尚武の国モンゴールにあって、軍事には不向きな虚弱な体と繊細な心で生まれついてしまい。
「姉殿下の搾り粕」などと陰で揶揄される、──飛び抜けた才はないが心優しい弟。
あの傭兵は、この弟への危険について警告していた。
(彼はミアイルの『身体の警護』だけでなく、『心の警護』も必要だとか言っていたな。警戒すべきは、魔道士の魅了術か?
私自身が、時間がとれればいいのだが。
ただ、それもこれも大公殿下をやりすごしてからだ)
長い廊下と階段とホールにも、終わりがあり。
謁見の間へ続く最後の大扉の前に、彼女は立つ。
「右府将軍、モンゴール公女アムネリス殿下──!」*1
朗々とした呼ばわり声、重々しい銅鑼のひびき。
衛士たちの手で、モンゴールの紋章を刻んだ大扉が左右に開かれた。
高い位置の窓から採光された大広間は、しかし曇った天候のせいもあって陰鬱にみえた。
左右に列席する、モンゴールを代表する綺羅星のごとき貴族、重臣、武人たち。
数百人にも及ぶ列席の者たちが、公女を迎えるべく立ち上がり左胸に手を当てる。
その中にも、わずかに立ち上がるのが遅い者、意味ありげに目配せしてささやき合う者たちがいるのを、彼女は認める。
(政敵どもか。──ただ、今回なにか仕掛けようとしている気配はないな)
モンゴールの英雄である彼女への視線は、ほとんどが友好的なものだが、一部に含むところありげなものがある。
そして友好的な視線のなかにも、憐憫とまではいわぬまでも。
はらはらした、気づかうような気配をはらむまなざしが多いことが、彼女には気になった。
しかしそれに気づいた風をみせず、彼女は堂々と赤い絨毯の敷き詰められた大ホールに歩みを進め。
金の蠍の縫い取られたその中央で、ためらいもなく片膝をつき、頭を低く垂れた。
「アムネリス・ヴラドゥイヴァ*2・モンゴール、帰投いたしました、大公殿下」
おりしも雲の切れ目、大広間の高い窓から射しこんだ夕陽が、旅装そのままの彼女の周辺のみを明るく照らし。
旅塵まみれの白騎士の装束ですら、誇らかに輝く。低く頭を下げ、床に垂れる黄金の髪が燦然ときらめいた。
その一幅の絵のような情景に、ほうっ、と。
覚えず参列者から、敵味方を問わずため息ともつかぬ嘆息が漏れた。
「大公殿下の御指図、完全には果たし得ず。面目ございませぬ」
続く彼女の言葉に、列席者の間に緊張感が走った。
公女が任を果たし得なかったと自認するのは珍しいことであったからであり。
この父娘の仲は良好、一心同体である、と世間には思われているが。
実のところは目にみえない暗闘があり、公女が弱みなど見せようものなら大公がそれを突くであろうことを、この参列者の貴族たちは知っていたからだ。
「先に鷹にてご報告のとおり、私の一存でノスフェラスの支配者と約を結びました。北方の守りはご憂慮なく。
他方でパロの双子の保護が叶わなかったことは無念なること。いかような罰をも覚悟しております」
「──頭を上げよ」
大きな獅子の頭の意匠の玉座にある、印象的な姿が頷く。
厚い猛獣の毛皮、ゆったりとした豪奢な深紅の天鵞絨の
強大な力を秘める引き締まった四肢、王錫より戦斧のなじむ巨大な肉厚な傷だらけの手、がっしりと太い首、意思の強さをうかがわせる張った顎、日に焼けた赤銅色の精悍な顔は、傑出した戦士のものにほかならない。
王侯貴族の装束に包まれ、治世の異才を有してはいるが、その本性は残虐な蛮族にほかならぬ、と敵国からは危険視される大公ヴラド・モンゴール。
一見した限り、その酷薄ながら威厳に満ちた容貌は、部下として頭を垂れる娘に似かよったところはない──彼ら北方蛮族の故地である深い森林を思わせる、冷酷さと傲岸さを湛える緑の双眸を除いては。
この印象的な独裁者の左奥。小さいながらもやはり豪奢な座の前に立つ、若木のような少年の姿があった。
その雌鹿のような長い睫毛の奥の目は、同じ緑でも。
酷薄な父の目とも、冷徹な姉の目とも違い、やわらかく優しい光を湛えている。
モンゴール大公国の公子、ミアイルであった。
その目には、傍からみても切なくなるほどの姉への崇拝と憧憬の情が浮かんでいた。
「なかなかの大功ではないか、我が公女よ。
我が意を汲み取り、機を逃さず蛮族どもの長と話を付け、領を安んじ利を確保したというのだな。立派なものだ。
──ただ、ひとついぶかしいこともあってな。教えてくれぬか。
約を結ぶ大権、いつそなたに委ねたのか。寄る年波に洗われたこの老いぼれの脳には、中々思い出せなくてな」
わざとらしく頭を振る大公に、緊張感が高まる。
おそれげもなく、公女はひざを床についたまま、頭を上げてその酷薄な緑の目を見返して答える。
「畏れながら大公殿下。トーラス右府将軍として委ねられた軍権には、
此度の協定も、その
「ほほう。授権はひとまず措くとして、白騎士の目付役の意見も徴しなかったと聞くが?」
やはり白騎士の誰かが内通者であるようだ、と公女は確信する。
おそらくはフェルドリックか、サイムか、──
「テオグルド大公の治世、アルヴァタナの戦いでの
本来ならば目付役に付議すべきではありましょうが、私はマルス伯の賛同を得、──」
次々と投げられる質問に、公女は答える。
その協定についての
なぜすぐに
そうした、ノスフェラスでの彼女の戦略自体についての問いも、まるで軍法会議での査問のごとき厳格さで投げかけられる。
しかしそれらは公女の想定を超えるものではなかったのか、公女はそのすべてに答える。
「──そうか。大儀であった。
北方ノスフェラスとの約については、問題なし。険を排し益を得る約、我が方に利が多い。──猿どもが守るならば、な」
半ザンほど、そのような重苦しいやり取りが続き。
大公殿下も一応納得した、あるいは納得してみせることにしたのだろう。
やがてゆっくりと頷き、公女の働きを讃えた。
あたりに、安堵の空気が広がる。
「──ゆっくり休め、と云いたいところだが。そうもいかぬ。
知ってのとおり、不逞のやからが騒いでいるのだ。困ったことよ」
大公は、その顎に逞しい手を当ててみせ。
おもわせぶりに、公女の返答を待つ。
「──パロのことでございましょうか。
おそれながら中々に遠き、難治の地なれば。
遺恨を晴らしたる今、支え持つには重き荷。
遺児に高く売り戻してやり、此度は手仕舞いとしてはいかがでございましょう」
空気が凍った。
パロ遠征が、大公の強い意向で始められたものであること。
他方でこの公女は、赫々たる功績こそ上げたものの。
パロ遠征に反対していたことは、高位の軍人には知られていた。
しかし開戦前はいざ知らず、大勝を得たパロ占領後に、撤退を大公に面と向かってもの申す勇気のある者はほとんどおらず。
長引く軍役に、モンゴール国内、とくに農繁期をまもなくむかえる農村地帯には厭戦的な空気が漂いはじめてはいるが。
衆人環視の公の場で具申したのは、この公女が事実上はじめてであった。
「ふむ、面白き意見よな。別の機会に聞こう」
大公は、何事もないように流し。
その緑の目に冷たい嘲弄を帯びさせつつ、言葉をつづけた。
「ただ、そなたもパロの遠征に加わった身。その平定には、責任を持ってもらわねばな。
そのために数日したら、そなたには旅立ってもらうことになる。
なに、それほど遠い場所ではない。行先は、パロ。クリージュダール(クリスタル)。」
「御意」
公女は目を伏せて、命を受けた。
「タイランを司令官に、ブルクとカースロンを補佐として付けているのだが。
いっこうに治まらぬ。なにかと騒がしくてな。
そなたをかの地に据え、他の者をノスフェラスにやるのであった。
──ところで我が娘よ。舞踏はできような?」
「舞踏、でありますか?」
「そうだ、正確に言えばただの
「たしなみ程度には」
「教師を付ける。パロの流行の
衣装もいくつか見繕わせておいたが、不足であろう。好みで補え」
「御意」
「ああそれと。そなた、生娘か?」
失笑が一瞬、居並ぶ面々の後ろの方、主に下級貴族らのいるあたりで漏れたが。
周りの雰囲気に気圧されたように、すぐに止んだ。
そのまま水を打ったような沈黙が、続く。
しかし公女は淡々と、当たり前のことを尋ねられたように答えた。
「殿方の誘いもなく、この身はいまだ
「それは重畳。いや、そなたが流れの傭兵に誑かされている、などという与太話を聞いてな。根も葉もなき噂であろうがな。
ただ。仮にそのような無謀なる傭兵などいようものなら。
そやつを捕らえ、念をいれて生皮を剥ぎ車裂きにせねば、と思って用意を始めていたところだったのだ」
「御用意が無駄になってしまわれましたな。ご期待に沿えずお詫び申し上げます」
公女の言葉に、くつくつと笑う大公の緑の目は、じっと信頼厚き部下であるはずの娘に据えられている。
数歩後ろに控えていたアストリアスは、大公が、公女の反応をうかがっていたように思えた。
ただ、大公は望んでいたものを得られなかったようだったが。
「それでは、花折りの手管、閨の作法も?」
「あいにく、この身は全くの不調法者にて」
「それも学ばねばな。──必要なら云え、手づから教えようぞ」
「お戯れを」
「そなたももう、十八であったな」
「はい、大公殿下」
「なればそろそろサリアの契りを交わす頃であろう。
それにしてもそなたは美しいな。──わが娘であることを疑うほどに」
大広間に集う人々の一部に、強い緊張が走った。
いつのころからか大公が彼女の出生に猜疑の念を持つに至っていることは、それまでは一部の耳聡い貴族しか知らない事実だったのだ。
大公は人々のこわばった顔を楽しむかのように、列席者に視線を走らせた。
しわぶきひとつ、また身動きひとつも人々は起こさない。重苦しい静寂。
「お褒めいただき、有難き幸せ。
されど申し上げるならば、それこそ
いたってこの身は凡庸かと」
公女は少なくとも表面上は平然と、眉ひとつ動かさず。
ほのかに笑みまで浮かべて、大公の毒のある称揚を受け流した。
「いや、モンゴール一の美女と呼んでも誇張ではあるまい。
アムネリス。クリスタルへ赴き、婚礼をあげよ」
「御意」
「タイランには早馬を出している。委細を任せよ」
「御意」
アストリアスはさきほどからその身が鉛に変じたかのように重く感じていた。
彼の体がわずかに揺れたのを見とがめた誰か、おそらくは白騎士フェルドリックが彼の肩にそっと手を置いた。
「(アストリアス、しばし気を保て。御前であるぞ)」
「(
ただ、アストリアスの動揺は、史実よりははるかに小さいものだった。
すでにアルゴンのエルの言葉や、公女の水晶球によるトーラスへの確認結果を聞いていたからである。
その間にも、父である大公と娘である公女の間のやりとりは進んでいた。
「相手については以前話したことがあった故、見当はついていような。
──不満はあるか」
「相手が誰であろうと、変わりはありませぬ。
魔神ドールその人であれ、北の
私は大公殿下の剣でありますれば」
「──まことにお前こそは、モンゴールの
この場の誰も知ることはない史実と、似通ったやりとりが、交わされる。
この大広間に集う人々のほとんどにはそもそも彼女の結婚の計画自体が伏せられていたので、さきほどからのやりとりは一驚に値するものであり。
大公殿下の面前ではあるが、公女に結婚の命がくだったときには驚愕の声があちこちから漏れ。
その後も、ひそひそ、ざわざわ、と貴族たちの間でささやきが続いている。
「それでは、休むがよい。偶には兵舎でなく、私宮に泊まれ」
「感謝申し上げます」
アムネリスは非の打ちどころのない礼法で再度跪拝し、部下を率いて退出していった。
大広間を出、背後で大理石の扉が閉まる。アムネリスとその随行たちはそのまま、案内役に導かれて宮殿にあまたある休憩室の一つに導かれた。
アムネリスは旅塵にまみれた部下たちを見回し、告げる。
「まことに大儀であった。このアムネリスが無事に任を果たし得たのは、そなたらの献身の賜物。
ここに、ノスフェラス遠征の任を解く。だが我らはパロでの新たな任を得た。卿らの奮闘に期待している。
ヴロン、フェルドリック、そなたらはこれからそれぞれ監査部、参謀部への報告を頼む。終われば私を待たず兵舎に戻っていてよい。
アストリアス、私に随行せよ。1、2ザン程度で済む。総督府と治安長官殿から話を聞く。
それ以外の者、白騎士団の兵舎に戻ってよい。宴だ。すでに兵舎の料理人らと肉焼き係に準備の連絡は入れさせてある。我らを待つな、始めて構わぬ。トーラスに家族ある者は、家族のもとに戻っても良い。
明日・明後日、小隊長以上の者は日中輪番での不完全休日。ヴロン、差配せよ。それ以外の者には完全休日を許す。兵舎での待機者たちにも、そう伝えよ。
3日後に出立準備。出発は4日以降となろう。──質問は?」
「姫様、護衛は?」
「宮中だ。それにアストリアスがいる」
ヴロンからの問いにそう答え、アムネリスは同行の者たちをみまわす。
それ以上は、質問も反対の声もなかった。
史実と異なり死傷者は少ない。配下たちは多少の疲労こそあっても、士気は高い。久々の都会での休みや美味しい酒が飲める宴が楽しみなのだろう、若い騎士たちにはそわそわした気配もわずかににじむ。
「──では、そのように。短い間だが、都を楽しめ!
案内係殿、わが騎士たちの出口までの案内を頼む。
──ヴロン、フェルドリック。報告を頼んだ。アストリアス、行くぞ」
アムネリスは、袖なし外套を翻し。
名指しを受けた3人は、それぞれの任に向かった。