(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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(本日2回投稿中の1回目です。)

○ご感想をいただきました。ありがとうございました!

・文化汚染、たしかに・・!
 数百年後に発掘されて、砂漠の幻のセム文明の存在が提唱されたり・・。
 理性的ではあっても時代的な制約もあるアムネリス、はたして知識を活かせるかが問題ですね。パロでナリスと丁々発止(?)、してもらいましょう!

・原作のヴラド大公、なかなか人情味あったりもするのですが、ここらへんは少々変えてしまうことになるかなー、などと思ったりしています。有名なヴラドさん寄りになりそうです。
 アストリアスは、私の読んだ原作の範囲では猿空間からの復活ならず、──本作ではもう少し活躍してもらいたいです。

・まさしく、ヴラド大公って意味不明に有能で無能なんですよね。それに原作だとなんだか中小企業のオヤジ社長的で(偏見)、こんな大戦乱を巻き起こす人に思えないですし・・。
 パロもある部分ではすごい超大国だし、別のところでは妙にしょぼくて、──多分、序盤の辺境編と中盤以降の設定変更の辻褄合わせを、魔道に求めすぎちゃったのかな、とも思ったり。本作では魔道は控えめにしたいです。
・アストリアスは(原作だとイラっとしたりもありますが)普通の感覚の人なのがいいですよね。普通の人つながりで、主人公もこっちに憑依させればよかったかも・・。

・はい、原作どおりパロに行くことになります!ただパロ編、時代の違いに加えて、階級の違う、しかも当時のスーパー知識人のナリス公の視点が、未だによくわからず・・。
 いやー、作中人物の考えることって、作者の考えることの範囲を超えられないんですよねー(諦念)。開き直って自分なりに解釈してみようかと。


○ご評価をいただきました。ありがとうございました!

○第三者視点です。あまり進んでないです。


033 不安な船出

(第三者(リンダほか)視点、蛙岩周辺、大仕合から数日後の夜)

 

「10タルザン()経った。そろそろいくか」

 

 砂漠のまだ日のあがる前。吐く息は白い。

 初めて双子たちと話したときはくぐもっていた低音(バス)の声は、いまではよくとおるようになっている。

 

「合点」「大丈夫」「アイー」「平気よ。ただイカダって、本当に残ってるんでしょうね?」

 

 リンダの疑念に、別の若々しい声が応える。

 

「大丈夫だぜ、確認してもらってる。状態もいいそうだ」

 

 ノスフェラスの荒野、夜の片隅。

 巨大な偉丈夫の影が1つ。長身の影が一つ。

 まだ少年少女とわかる、ほっそりとした影が2つ。

 そして矮人の女性のものと思われる影も、1つ。

 

 その一行は、数ザン(時間)前、彼らを見送りに来たと思しき、非常に背の高い者と非常に背の低い者らからなる一群の人々に別れを告げ。

 夜のしじまを縫って、ひそやかに短時間の休憩を繰り返しながら移動していた。

 言わずと知れた、豹頭のグインら一行である。

 

 彼らは、モンゴール軍の目をかいくぐり。

 秘密裏に、ノスフェラスを出発しようとしていた。

 

 ──────

 

(あの人には、──うん、気づかれてない。

 気づかれてても、振り向けない。だから大丈夫。)

 

 リンダは、彼らを先導する長身の影の後ろ姿をみつめる。

 砂漠の怪物を見分けられるスニを一行の「目」として、その護衛をグインとイシュトヴァーンが交代で務めている。今回は、イシュトヴァーン。

 

 ここ数日、大仕合の後。

 彼女はこの長身の傭兵、イシュトヴァーンとはほとんど直接には話していない。

 話すのはグインとか信頼できる第三者の目のあるところで。

 あるいは物陰からそっと、観察するだけにとどめている。

 

 彼は、勘が鋭いのだ。

 どんなに気をつけてものかげから見ていても、なぜか気配を感じとられてしまう。

 だから彼がスニとともに並んで先導役で振り向けない状態は好都合。じっと観察ができる。

 その広くたくましい背中。頼りになる、つよい腕。

 思わず見惚れていた彼女はあわてて、明後日の方向に目をそらす。一拍遅れて、頬が熱くなる。

 

(違うの。──これは彼が悪魔の手先でないか、確認しようと思ってみてるだけ!)

 

 巫女姫たる彼女が、こうも慎重に、彼をとおまきに観察しているのは。

 彼、あるいは自分自身に、疑惑を抱くに至ったからだった。

 

 ──────

 

 ここに至る経緯を、振り返ってみよう。

 あの大仕合が終わると、なぜか傭兵を直視しないようにしている公女アムネリスは。

 統領たるグインに、友好的に別れを告げてあっさりと去っていった。

 側近ら少数の手勢のみでケス河を渡り、トーラスに帰還するらしい。

 その余のモンゴール軍も本営に戻り、漸次撤退していることが、ラク族の斥候から報告されている。

 つまりアムネリスは、撤退の約束を守っている。

 モンゴール軍の残留部隊も、いまのところ律儀に和平の約を守っている。

 

 リンダたち、つまりグイン一行とラゴン、セムたちの一団は、ラク谷に戻り。

 数日をかけて出発の準備を整え、もろもろの後始末を付けた。

 

 ラゴンやセムの部族間の間の政治的な調整は、グインが主に行い。

 モンゴールとの定期的な交易のとりきめなどは、イシュトヴァーンとレムスが、シバ、サライやラナなどセムやラゴンの若者たちとともに整えたようだ。

 もちろんリンダもその両方にちょっとずつ噛んでいるし、彼女にしかできない、これから先の旅路についての予知にも力を注ぐ。

 そのかたわら、スニをはじめとするラク族の若者たちには中原語やルーン文字をできるだけ実用的なものに絞って教えた。

(グインを除けば、この一行でいちばん教え方は上手いと彼女は自負している。

 現に、スニたちラク族の娘たちは、相当に中原語を理解するようになってきているのだ。)

 

 主要な族長たちと今後のことを打ち合わせたグインは、セムとラゴンたちに、双子をパロに送り届ける考えを伝えていた。

 もちろん、ラゴンやセムたちとの間にはグインとの別れについて悲喜こもごものやりとりがあり。 

 グインは、「ノスフェラスに戻ってくる」という旨を彼らに誓い。

 彼らも、涙ながらに彼らを送り出すことを納得した。

 なぜかイシュトヴァーンも、自分もまたセムたちに出立を惜しんでもらえたことにほっとしていたようだった。理由はわからない。

 ちなみに広い世界をみたい、というスニの懇願を容れて、ロトーはスニを一行に託した。セムの未来を考えての選択なのだろう。

 

 そして今日、彼らはラゴンとセムの人々に別れを告げ。

 シバらごく少数の精鋭だけで、ケス河まで10タッド(約15km)ほどのところまで護衛してもらい。

 そこから先はモンゴール軍の哨戒の目にとまらぬよう、グインたちだけでひそやかに荒野を進むことにしたのだ。

 モンゴール軍の残留組は、特に敵対的な行動をとっているわけではなく、一般兵は友好的ですらあるが。

 公女アムネリスからは、彼らの一部が彼女の指示と異なる行動をとる危険性も示唆されていたからだ。

 

 ──────

 

 まだあけそめぬ荒野を進む、リンダはいつしか。

 あの大仕合の日から、わだかまっている疑問を反芻していた。

 

(私の予見は、なぜはずれたんだろう?)

 

 それが、彼女を悩ませている問題なのだ。

 

 リンダは、「伝説の予言者」リンダ処女王に匹敵するとまで言われる、強大な予言者である。

 予言は、漠然とした模様を読み解く作業に似ていると言われる。

 明確に未来が予知できることなど、稀。はっきりとした未来像が浮かぶことなど、普通はない。

 逆にそのようなはっきりとした未来像、絵のように鮮明な像を受ける場合、その未来図の実現可能性はきわめて高い。

 もちろんそのような、絵のように浮かんだ未来像の解釈自体は、困難なことがある。

 しかしその絵、未来像自体が実現しないことは、まずありえないのだ。

 

 たとえば、かつてのとある王族の予言者の事例。

 彼女は高いテラスのようなところから歓呼する群衆をみわたす甥の後ろ姿の一部をみて、甥がなにか偉大なことを成し遂げるだろう、と予言したが。

 わずか半年後、その甥は反乱を企てて捕えられて群衆の前で公開処刑された。

 予言者が予見していた未来図は、まさに処刑される直前の、彼の肩から上の部分の情景だけだったのだ。

 彼女、つまりその予言者もまた、反乱に加担する意図を疑われたが。

 解釈違いの事例はそれまでにもいくつか知られていたので、抗弁が認められ。

 平穏な後半生を、すごすことができたと聞く。

 

 つまり「絵のような鮮明な未来図」をみても、その解釈を誤れば当然に予言は的外れになる。

 ただ、その「絵のような未来図」自体は、ほぼまちがいなく実現する。

 

 しかし今回、リンダが未来視した情景。

 すなわちまさに蛙岩の近くのすりばち状の決闘の場で、大群衆のみまもるなか、イシュトヴァーンがアストリアスに敗れた姿。

 それは外すはずもない、鮮明な未来視だった。

 だから、彼女もそれから以降をみるに忍びず、顔を覆って泣き崩れたのだが。

 レムスに促されて顔をあげてみると、イシュトヴァーンは勝っていて、悠々と凱旋しているではないか。あのいと憎げなるしたり(がほ)にて。

 リンダがあごをおとし、次にまなじりを吊り上げるのも、仕方ない仕儀である。

 

 もちろんイシュトヴァーンが生存したことは、喜ばしいことではある。

 ただ、喜びの時間、心配をかけまくった彼を弟とスニとでとっちめる時間がすぎると。

 急に彼女を、恐怖がおそってきたのだ。

 

 ──視覚的に捉えられるくらい鮮明な予言は、必ず実現する。

 

 その三千年にわたりパロの予言者たちが築いてきた、強固な経験則に反するかに思える事態。

 なにかしら、異常なことがおきている。

 この事態には、いくつかの説明が考えられる。

 

 その1。予見は、はずれていない。数日後、数年後に彼らは再戦し、あの予言の情景が実現する。

 

 ──いや、そうは思えない。

 なにしろ未来視の中のイシュトヴァーンとその対戦相手は、細かい装具の状態ひとつひとつにいたるまで、完全にあのときの現実の彼らと一致していたのだ。

 そしてまた、彼女の中には別の、不思議な確信もあった。彼女のなした予言が、今回ははずれたのだと。

 では、そうだとすると──?

 

 その2.彼女の予言ははずれたが、そこに特に理由はない。まさに例外中の例外、三千年の歴史ではじめて実現した偶然である。

 

 理論上は挙がりうる候補だが、これはないと彼女は考えていた。

 予言は理論上、必ずあたるものでもない。無数の可能性の分岐(ヤーンの円錐)を解きほぐし尽くすことは、人の身に余るからだ。

 ただ先に述べたように、絵のように見える鮮明な予見は、外れることはない(予言の受信者のいる世界の分岐に確実に実現するものだからこそ絵として見えているのだ、という説明を古代の予言者のしるした朽ちかけた獣皮紙にみた記憶があるが、その正確な意味をリンダは知らない)。

 

 そして彼女は、自分の力を知っている。パロ歴代のなかで、最高の予言者と呼ばれることすらある自分の力を。

 彼女にとって、予言の力は生まれつきのなじみぶかい、彼女から切り離せないもの。

 佳い未来も、悲しい未来も見せられてきた。ときには恨みたくなるくらいに。

 それが今回にかぎり「たまたまはずれた」とは考えにくい。

 

 予言の力自体は強く発動していたし。

 百歩譲って、普通の予言はともかく。

 絵のごとき予言が()()()()()()()()はずれることは非常に考えにくい。

 絵のごとき予言については、詳細が多少ずれる、くらいのことすらも三千年の間に一度も観察されていない。

 

 偶然の要素(ティアの悪戯)の排除は、理論上、確率論的にはできないかもしれない。

 だが、それであのように因果を完全に塗り替えることは、限りなく不可能に近い。

 つまり。彼女の予言の力の成就をさまたげた主因が、別にある。

 その要因が、彼に関するものなのか、それとも彼女に関するものなのか。それが問題だ。

 

 その3。彼になんらかの要因がある場合。

 つまり、彼はヤーン自身か、あるいはヤーンそのひとをもしのぐような何かの力に守られている。

 

 ──ヤーンではありえない。彼はヤーンに唾する背教者であることを、彼女は知っている。

 ヤヌス大神でもない。ヤヌス大神ならば、そのいとし子である彼女が分からないはずがない。

 ヤーンやヤヌス大神に匹敵する、別の力などというものがあるだろうか──ある。

 そう、悪魔神ドールだ。

 

 彼は一見、そこまで邪悪な人物にはみえない。

 だが、よく考えると「嵌め絵(パズル)」の片々(ピース)のように、怪しい事実がちらばっていることに、気づかざるを得ない。

 

 まず彼女自身、彼が「災いを運ぶ男」であり、中原に災禍をもたらすと予言している。

 これは比喩などでなく、彼がまさしくこの世に災禍と混沌をもたらすドールの使徒であることを意味しているのではないか?

 

 そう言えば。

 彼に途中で妨害され、彼女は自らの予言を終え得なかった。予言の完遂が、彼には都合が悪かったからかもしれない。

 自分はなかばトランス状態だったが、レムスによると、彼女の言を遮った彼は非常に落ちついていたという。彼女がヤーンの言を預かっていると知ったうえで、不遜にも、まったく動じていなかったと。

 それも、いぶかしい。どんな過去があればそんな人間になるのだ?

 

 まず彼は、生まれ育ちも明らかにしようとしない。

 ヴァラキアの下町の娼婦の息子とか自称してるけど、──ありえない。

 ルーン文字や紙の作り方、イド殺しの調合など知ってる不良少年など、いるわけがない。

 

 そして彼が、今げんざい何者なのかも結局ははっきりとしていない。

 自分では一介の傭兵だというが、彼がどこかの国の密偵である可能性は色濃く残っている。

 問いただしても、船乗りと傭兵はやってきたが、密使はともかく密偵はなる予定ないなー、死刑執行人と盗賊と将軍と王様はあるかもなー、などと冗談ではぐらかされてしまっていた。

 

 グインは、今でこそ彼個人を信頼するに至っているようだが。

 スタフォロスの陥落には、彼イシュトヴァーンがなんらかの寄与をしていたのではないか、そうでなければ説明できないことがある、と思っているようだ。

 

 リンダは思う。すくなくとも彼が、一介の不良少年あがりの傭兵だなんてことはありえない、と。

 彼の語る自分の略歴(プロファイル)は、嘘のかたまりだということになる。

 

 そこに加えて、いくつかの気になる事実。

 たとえば彼の、あの異様なまでの勘ばたらきだ。

 彼は「魔戦士」などと未成年(ちゅうに)病的なことを抜かしているが。

 よく考えてみよう、本当は、──「()魔戦士」なのではないか?

 

 そう考えると、かなりのことに説明がつくのだ。

 ヤーンの庇護を得ている彼女をすら瞠目させる、魔物のごとき勘の冴えも。

 モンゴールにその人ありと知られ、最強の一角とも言える「ゴーラの赤い獅子」アストリアスをやすやすとねじ伏せた、人間離れした力も。

 悪魔神ドールから、与えられた力なのではないか。

 

 最強の予言者リンダですら、(ドール)に魂を売り、もはや人間を辞めてしまった魔人の運命は占えないのではないだろうか。

 かの闇の司祭グラチウスも、闇の愛し子はヤヌスの徒には占えぬ、と嘯いたとも聞く。

 

 そしてまた、彼の怪しい挙動。

 思い返せば、彼女たちも目の当たりにしていたではないか。

 夜な夜な、ノスフェラスの怪生物の死体を嬉々として魔女の大鍋に煮込む、彼の姿を。

 あれはもしかしても、しなくても、──神にまつろわぬ者たちのなす儀式にほかならないではないか。

 なぜ、今まで気づかなかったのだろう。

 

 さらに、最近。

 イシュトヴァーンがレムスに「骸骨が夢に出てきたりしないか」としつこく訊いていたこともあった。

 出てきていないと知ると、さかんに首をひねっていた。

 彼が、何かの呪法をレムスにほどこしている可能性があるのだろうか?

 聖王家の血をひく双子はもともと呪術や妖術には耐性があるし、パロの呪い除けのまじない紐も身につけているから、ヤワな呪いは弾くことができるだろうけど。

 

 あの大仕合に関しても、彼は彼女たちに隠していることがある。

 彼と悪魔公女との間には、なにかがあった。ゴーラ軍が沸き立つようなもの。おそらくは、何かの約。

 そして彼はそれを、リンダたちにかたくなに隠している。レムスにすら。

 彼らパロの王子王女に後ろめたいことがなければ、隠すことなどないではないか!

 つまり逆説的にそれは、パロに不都合な密約とみてまちがいない。

 「双子の首は、お前らのものだ!」とゴーラ軍に叫んでいない、という保証はない。

 

 レムスをつついたが、この呑気な弟はあまりことの重要さがわかっていない。イシュトヴァーンに懐柔されきってる。

 グインの口は貝のようにかたい。聞くときの彼の表情も死んでいるので、なにもわからない。もしかすると何も知らないのかもしれない。

 グインのいる場でイシュトヴァーン本人にも一応訊いたが、まばたきが倍増して泳ぎまくる目で「立派に戦ったから公女に褒められただけだ」とか寝言を言いはじめた。そんな嘘、3歳児ですらごまかせない。

 

 これだけの状況証拠はある。ほぼ黒。ただ、決め手がない。

 なにより彼女も、この冒険をともにしてきた彼を信じたい気持ちがある。

 

 ──レムスと二人、実験に失敗してげらげら笑ってるイシュトヴァーンのススに汚れた顔。彼女の足の肉刺を心配して、サンダルの調整をしてくれてた後ろ姿。折り紙に喜ぶ二人をみる、ほっこりした温かい目。

 あれが、ドールの使徒のものだろうか?

 あれが世間の目をあざむく擬態、羊の皮をかぶった狼だとしたら、──人間不信に陥ってしまいそうだ。

 

 だが、悪魔はしばしば、全くの善意の仮面をかぶる。

 だから彼女はこころを鬼にして、彼女自身と弟を守るために、彼を観察しつづける。

 油断なく。怠りなく。尻尾をつかむまで。

 

 ──ただ、もう一つの可能性も、彼女は切り捨てていない。それが、次の「その4」だ。

 それは、予測というより願望。

 イシュトヴァーンが、悪魔崇拝者の裏切り者ではないかもしれない、というひとすじの希望。

 

 その4。その逆。

 彼女自身に、そのなんらかの要因がある。

 

 思い当たることが、全くないわけではない。

 巫女姫としての力を失わせると聞く、とある一つの事情。

 これは、絶対違うと思うけれど。いや、多分。もしかすると。

 ──そう、恋をした巫女は、予言の力を一時的に失うという。

 

 彼女、リンダが恋をしているのだとすれば、予言がはずれたことの説明は一応つく。

 草原のスタック王に嫁いだエマ叔母さまも、一時的にまじないの力を失ったとこぼしていた。

(ただその後復活して今は占い棒で占いもできるようになった、と最後に会った時には聞いた。

 ──つまり、スタック王との夫婦仲が冷えこんでしまったのだろうか?さすがに聞けなかったリンダである。)

 問題は、その相手だ。心当たりがある誰かがいるかというと、──

 

(イシュトヴァーンだっていうの?

 いいえ、あるとしたら、グインよ!──いや、それも違う気がするんだけど!)

 

 彼女は自分の考えに、月のしずくを集めたようなその美しい銀の髪を思わずかきむしりたくなる。

 

 ──私って、恋をしてるっていうの?本当!?

 こともあろうに、あいつに?イシュトヴァーンに!?

 いとやんごとなき血の正統の姫である私が、自称流れの傭兵に!?

 私には血筋も、才気も、美貌も、なにもかもを備えたナリス兄様、クリスタル公が許婚者としているのに、──!

 

 いや、たしかに。

 イシュトヴァーンは、外見だけは格好いい。

 あの、黒曜石のような悪戯っぽい瞳、すっと通った鼻筋、ちょっと皮肉そうな、意地わるそうな笑みが浮かぶ唇。広い肩幅に、戦士の腕。温かい、大きく器用な手。

 いろいろ怪しいけど、親切で。ときどき、あのいかにも悪っぽい雰囲気が緩んで、少年みたいな笑みが──

 

「どうしたのだ、リンダ。疲れたか?」

 

「グイン!?」

 

 気がつくと、いぶかしげな豹の頭が、前のレムスとの間があいた彼女を覗き込んでいた。

 先を歩いていたイシュトヴァーンたちも、何事かとこちらをふり向いている。

 自分の想念に没入していて、歩みを緩めてしまっていたことに気づいたリンダは。

 なんでもないわよグイン、ありがとう、とあわてて取りつくろい。また足早に歩き出して間隔を埋めた。

 

 ──この最後の可能性は、ない。ないと思う、多分。おそらく。

 だけど、──一応覚えておこう。後で原因がわかったときの笑い話に、ちょうどいいし。

 

 そう思うリンダの白皙の頬のほのかな赤みは、なかなかひかなかった。

 

 ──────

 

 今回、グインらは陸路でなく、ケス河を使ってケス河河口の都市、ロスをめざすことにしている。

 傭兵の中の人(イシュトヴァーン)以外は知ることのない、史実では。

 グインたち一行は、モンゴール軍撃破から1か月ほどをかけて陸路ノスフェラスを踏破してモンゴール領を抜け、自由国境地帯で渡河してロスに到着し。

 そしてロスでモンゴールによる水上封鎖をぎりぎりすり抜けて、沿海州に向かう海賊船、「ガルムの首」号に乗船した。

 しかしこの陸路は怪生物の脅威も高いし、悪天候にさらされる恐れがある。

 なにより、時間がかかりすぎてしまう。

 

 ノスフェラス派遣のモンゴール軍と敵対せずに終わったが、追捕の令がかからない保証はない。

 だいたい公女アムネリスとの約で決められたのは、双子のノスフェラスからの退去とグイン・イシュトヴァーンの同行でしかなく。

 それ以外の場所で、モンゴール軍が双子と敵対しないという約束はしていない(もちろん双子の側も同じで、モンゴールと敵対しない、などとは約束していない)。

 ましてや、この取り決めを知ったヴラド大公がなにもしないなどということは、あり得ない。

 

「あの公女殿下はな、性格はクソだが約束は守ってくれようさ。

 だがな、公女の上にはヴラド大公がいる。

 大公は、独裁者だ。公女とはいえしょせん部下、部下が勝手に結んだ約束を踏み倒すなんざなんのためらいもなかろうよ。

 俺がヴラドだったら、普通に公女をパロに追い払った後で、平然と王子王女の追捕の令を出すぞ。ドライドンの三叉槍(トライデント)に賭けて!」

 

 傭兵イシュトヴァーンは、そう主張した。

 グイン自身は、ヴラド大公の人となりについての知識はなく、時折起きる奇妙な記憶の湧出もなかったが。

 彼自身が公女アムネリスと直接話して感じたことからも、

 モンゴールの支配者である大公についての傭兵の見立てには、一理ありと思われた。

 

「ただ、グイン。予見では、海路はあなたには凶」

 

 そのリンダの予言も、彼らは十分に考慮した。

 しかし、それ以外の経路もやはり現実的ではない。

 そして占ったリンダも、海路がグインには凶だとしても、彼らの運命がその方向にあるとも感じていた。

 そうして、彼らはケス河経由でのロス行きを決めたのだった。

 

 繰り返すように、ケス河の流速は速いため、昼の間だけイカダを動かしても4~5日間でスタフォロスからロスに到達できる。

 幸いにも、すでにツーリード領に入りかけのあたりの対岸にイカダがある。

 昼夜1日あれば、モンゴール領内を抜けることができよう。

 

 そしてグインたちはセムたちとの別れをラク谷で済ませることとし。

 隠密に行動できる、シバたちごく少数の手練れの者たちだけがグインたちを大蛙岩の周辺まで見送り。

 ひっそりと別れを告げたグインたち一行だけが、イカダに向かっている、現在に至る。

 

 ──────

 

 さらに1ザンほど、一行は歩き続け。

 ノスフェラスの一日が明け始めようとしているころ。

 ようやく、蛙岩ちかくの洞窟に隠したイカダに、無事に到達した。

 

「イシュトヴァーン。何か気掛かりがあるのか?」

 

 荷物はすでに数回に分けて運び込み、イカダに積み込んである。

 グインとイシュトヴァーンが力をあわせて川にイカダを引きずりおろして浮かべ、準備も整った。

 リンダとレムス、そしてスニはすでに乗船した。

 しかしまだ乗り込もうとせず、目を細めて辺りを見回している傭兵の様子に気づき、グインが声を掛ける。

 

「グイン。──なんだか、気に入らねえ。

 誰かが見てる。間違いねえ」

 

 びょうびょうと風が吹きすぎる。あたりは無人。

 しかしペっと唾を吐き捨てた傭兵は、どこか気に入らないことがあるようだ。

 

「モンゴール軍か。襲ってくるか、やはり?」

 

「いんや。モンゴール軍かもしれねえが。

 俺の目でみつけられねえのがいぶかしい。よほどの手練れか、別口か。

 それに攻撃するなら、イカダに着く前か、少なくともイカダを浮かべる前あたりだろうぜ。蛙岩に着いたあたりから、ずっと見てやがる。

 敵意を持ってる誰かがいる。でも今じゃねえな。俺たちの気が緩むのを待ち構えてる。

 ──そんな感じだ」

 

「そうか。──だが今は打てる手もないな。行くか?」

 

「ああ、合点だ。ここ離れりゃあ、目もなくなるかもしれねえ」

 

 そして彼らは船に乗り込み、イカダのもやい綱は解かれる。

 急流に乗り出していく彼らを、対岸の森からさまよいでてきたのであろう、シビトマダラがひらひらと飛びながら見送っていた。

 

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