(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。 作:Marchhatter
○偽イシュトヴァーン視点→第三者視点です。
(偽イシュト視点、ケス河、午前)
ケス河はナタールの大森林帯に水源を持ち、相当な水量のある大河だが、流れは早い。
基本的に、力があるグインと僕のふたりで櫂を使う。
先が見とおせて特に岩場でもなさそうな、流れのおだやかな部分はレムス・リンダが櫂を持つ(けど、漕がない。僕たちは休息)。
スニさんは、基本的には水妖対策の見張り。レムス、リンダと時折交替。
そういう割り振りを、決めていた。
今のところ難所は出発後すぐの蛙岩周辺(岩場になってて、水面から突き出た岩とかある)で、そこを抜けて以降、平和そのもの。スニさんが、あくびするくらい。
すこし増やした毛皮のヒラヒラが効いているのか、水妖の襲撃もない。
出立時は緊張していたみんなの口もほぐれてくる。
「ねえイシュト、ロスって行ったことある?」
「おおよ、何度も行ったことがあるぜ。
タリアやライゴールほどじゃねえが、ちょっとした港町だな、メシも悪くない」
ケス河の瘴気の汚染は、ノスフェラスの中心地に近いモンゴール近辺から自由国境地帯北西部のあたりで顕著だが。
自由国境地帯の南東部、つまり河口近くのロス近辺は、瘴気はほとんどない。また水妖は汽水には住めないので、海の魚も普通に食べられる。なんなら水も、飲めなくはないらしい(ただ普通は飲まないとか)。
「いしゅと!ごはん、たのしみ!」
「そうだなスニさん、変わったものも食べられるぜ。
ただな、悪いこたぁ言わねえ、しばらくは表には出るなよ。モンゴール内地とかに比べても、あんまり治安はよくねえ、人の目も厳しいからな!」
自由国境地帯は、主要国の近傍だとその植民地みたいになってることもあるが、基本は村落の自治。
血なまぐさい小競り合いが、隣村同士で当たり前にあったりする。
だから基本的に、よそ者に対する目は厳しい。
ましてや傑出した戦士であることが体格からも明らかなのに、異形頭を隠すグインや、ノスフェラスの蛮族であるスニさんに対しては、猜疑心や敵意が向けられることだろう。
リンダとレムスはね、そういう異形や蛮族ってわけではないけれど。美少女美少年ってのが、厄ネタなんだ。
治安はあまり良くないこの地域、奴隷商に捕まって売り飛ばされかねない。
あれ?となると僕ががんばるしかないんじゃないかな、参ったなー、ははは。
「イシュトヴァーン、先に岩場がある。頼むぞ」
「おうよ、がってん承知」
リンダレムスとスニさんとともにヴァシャ果を噛みながらゆったりしてた僕は、グインに呼びかけられて意識を戻す。
「ん?グイン、櫂を立ててくれ。レムス、リンダも竿をつけてくれ。」
両側に高くそびえる岩山。その間をくねくねと曲がって通り抜ける大河。
確かに、岩が頭を出している箇所もあり、危ないのだが。
僕は別の、切迫した焦燥感を覚える。
ヤバいぞ、これ。真イシュトヴァーンが警告を発している。
「グインっ、右岸に寄せる!櫂を頼む!
みな、伏せて取っ手を掴め!」
待ち伏せか。水妖なのか。隠れ岩か。
訳の分からない焦燥感。何か、危険を見逃している。
いや、わかった。イシュトの視力でようやく捉えられる、黒い筋。
「縄、いや鎖だ!あの峡、鎖が渡してあるぜ!」
「む、切るか?」
「そうだな、──やめよう、たるんでるし、足場が悪いからな!
グイン、跳ね飛ばされるぞ。合図したら伏せよう!」
もとは岩山だったのだろうところを穿って流れる大河は、狭い峡になっている。
その水面を渡すように、黒く塗った縄を巻いた鎖が張ってある。
気づかず抜けようとすれば、首や胴、足を取られてみなドボンだ。
鎖は両岸から張っているがもちろん中央部がたるんでいて、両岸沿いならかろうじて立ったまま通れるくらい。
ただ両岸近くだと水深が浅くて座礁したり、岸壁にぶつかって大破したりしかねない。
鎖のたるみ方にも、不自然な箇所がある。何か仕込んでる?毒針とか、鉄棘とか。
もしそんな仕掛けがあったらつかみ止められないし、つかみ止めても足場が悪いからな、下をイカダがくぐって行けば水面に落ちてしまう。
右岸、つまりモンゴール側にイカダを寄せ、水面上1タールほどに鎖が上がってる部分を狙う。
「グイン、
ぱっと僕とグインが身を沈めて、そしてすぐ立ち上がる。
レムスたちは、すでに身を伏せてる。
無事、イカダは鎖を超えたが、──
「まだだ、何本かあるぞ、──性格
今度は両岸同じくらいの高さじゃなくて、モンゴール側(右岸)が低めに張ってある。
やむを得ず、流れの中央部に寄せてクリア。
そのとき、ぴーっ、と頭上にそそり立つ岩山で音がした。笛の音だな!?
ただ、今は何もできない。あわただしく櫂を使い、次の鎖のくぐれそうな部分にイカダを向ける。
「あと、2本!」
大わらわになってグインと二人、狂気のように櫂を使い。なんとか次の鎖もクリア。
「クソッ、皆、伏せて荷物の影に隠れろ!左岸から来る!」
次が4本目、多分最後。それ以降、開けたところに出る。
しかし、ちりちりと高まる首筋の後ろの違和感。そう、僕ならこの難所を抜けた場所で伏勢を、──来ない?
いや、来る!ノスフェラス側に、わずかにきらめく鎧の色を認める。色は、白。
「来るぞっ!」
4本目の鎖をクリアして一拍おいて、待ち伏せしていた一団が弩の矢を発射した。
さっきの笛が見張りからの知らせ。僕らが来たらここで射すくめるつもりだったんだろうな。
弩の発射が遅れたのは、ケス河がかなりの急流なのもあって見張りから合図を受けても準備する時間が十分になかったか、彼らからすれば僕らがいつ来るかもわからなかったからずっと気を張っておけなくて即応体勢になかったのかもな。
この直前の鎖は、ノスフェラス側に寄せるようにモンゴール側が低く張られていたが。
イシュトヴァーンの直感でギリギリで抜け、すぐモンゴール側に寄せたのである程度の距離がとれた(さもなければ、至近距離から弩の矢の雨を受けるところだった。グインでもさすがに無事では済むまい、まして僕なんか)。
ただ悲しいことに、盾に使った貴重な物資の袋にも、ぶっすり刺さった!
あーっ!貴重なイワヒユの実と馬乳の革袋に穴が開いて、ザラザラピーピー漏れ出てるじゃないかっ!射たやつ、許さんっ!
弩は強力だが、速射性はない。一人の騎士が二張持ってたとしても、流れは速い。
この第一陣の連中の二の矢は、そこまで気にしなくてよさそう。
ただ、第二陣の連中がいる。こいつらは、狙いをつける時間もある。しかし他方で、僕の必死の努力でイカダはさらにモンゴール側に寄せられ、距離が空く。むなしく耳元を飛びすぎ、あるいはイカダの木材や貴重なイワヒユ袋に刺さる矢。
相手はおそらく、僕らをここで討ち取れると思ってたんだろう、2段にわたる弩部隊の攻撃を、どちらもやりすごすことができた。
僕たちは、虎口を脱した。
「お前、サイムだなっ!ぶっ殺すぞっ!お前の母ちゃんデベソっ!
まわりのお前らっ、公女殿下に言いつけるからなっ!」
好物の、イワヒユの袋の恨み。僕の叫びが、荒野に響く。
気のせいか隊長格と思われる白騎士が体を震わせるのがみえた。こんな時だというのに、パロの双子も。──笑わせちまったかっ!クソクソッ!
やっぱりこの手の煽り、真イシュトヴァーンに任せりゃよかったな、と僕は思った。
──────
「グイン、どうする?」
しばし用心しながら、イカダを進ませたが。
もう襲撃はなさそうだ、僕の中のイシュトヴァーンの直感がそう言ってる。
襲撃に適したところも、そうそうないだろうし。
彼らは、イカダを出してまで追ってはこないようだ。
あの人数(せいぜい30騎程度)からみると。
モンゴール軍全体が敵に回ったというより、サイムとその息のかかったシンパだけが、それも嫌々動員されたという感じじゃないかと思う。
グインたちと、そう思うところを共有する。グインも同じ考えらしい。
リンダはかなり怒ってた。モンゴールへのヘイトを高めてしまったみたいだ。怖い。
レムスやスニさんも怒ってはいたけど、リンダほどじゃない。
「そうだな。──イシュトヴァーンよ、水と穀物はどれくらい持つ?」
「水が問題だな!
イワヒユは三分の一、馬乳なんざ半分以上こぼれ落ちちまってる。水妖も寄ってきてる」
攻撃はしてこないが、流れ落ちた馬乳の匂いをかぎつけたのか、さっきから小型の水妖がイカダの後をつけてきてる。
すぐすぐ危険ということはないが、水に投げ出されたときの危険性は高まってしまう。
まあ、もう少ししたら馬乳の匂いも水で流れ切ってしまうだろうけど。
「上がるとしたら、──モンゴール側だろうな」
「そうだな、ノスフェラス側だと水がねえ。
だが、ツーリード領には上がりたくねえな」
あのクソ爺のマルス伯。なんか見つかってややこしくなるのもイヤだしな。
逆に厚遇されても、後で迷惑かけかねない。僕がヴラド伯なら、なぜ捕らえなかったんだ、って絶対咎める。
「今日1日は、保つ。ちょっときついが、日中は俺とグインでずっと漕いで流そう。
自由国境地帯に出るまでは、我慢しようぜ」
僕の見立てでは、日没ぎりぎりくらいにはツーリード領を抜けられる。
治安自体はツーリード領がいいが、自由国境地帯で野営しよう。できれば宿を借りたいが。
僕とグインは、急遽櫂を漕いで、ただでさえ速い流れを超えてイカダを進めた。
──────
──────
(とある自由国境地帯の開拓民、開拓村の中、夜)
「サフラクス。誰かが村の外にいる!」
「盗賊か!?」
まだ春には間がある。ノスフェラス側から吹く風は、夜は冷たい。
村を囲む、濠と高い丸太の壁は彼ら自由国境地帯の開拓民にとっては命綱。
日が沈んで跳ね橋を上げてしまうと、狼や熊は村には入れない。もちろん、稀ではあるが深い森から彷徨い出てくる危険な怪物も、グルトゥンギ人であれモンゴール人であれ餌食にする、野盗たちも。
見張りのボルギからの連絡に、村長のサフラクスは目をしばたたかせた。
最悪は盗賊。種もみまで食い尽くした流民も、同じくらい厄介。
わるいことに隣村との小競り合いで、今の彼らの村は壮丁が減ってしまっている。
女子供を集めて倉に隠し、残りの年寄り連中も駆りだすか?
弩は、ちゃんと数があるか。この前の小競り合い以降ちゃんと状態を確認してあったか、弦は足りるか、──?
「そうかもしれねえが、違うかもしれねえ。
2人が来てる。兄弟じゃねえな、顔や雰囲気が違いすぎる。
代表で話してる背の高い男が、ほかに3人いる、って言ってやがる」
「──俺が話してみる。まだ撃つな」
たぶん、盗賊団の囮だろう。ふざけやがって。
弩を手に取り、サフラクスは村の門に向かった。
──────
「ロスを目指してる、旅人だ!
宿を乞う!村に入れろ、とは言わねえ、外でいい!」
「なんだと?」
旅人と自称する男が、呼ばわったのに対し。
ゆだんなく櫓から弩の狙いをつけながら、サフラクスは怒鳴り返した。
村人たちがやりとりに気づいたのか、あちこちで扉を開く音がする。
「門から中に入れるのは、イヤだろう?俺たちの素性も分からねえし。
だから別に、そこまでは求めねえ。水と安全が欲しいだけだ!
外に、農具小屋みてえのがあるよな。あそこ、借りちゃだめか?
すこしなら金も払える。小屋に1/10ラン。水1袋につき1/20ラン。現物がいいなら、布がある!
──どうだ?」
よくとおる声。長身の、よく鍛えられた体躯。袖なし外套の下には、モンゴール風の鎧。
兜の面頬をあげている、交渉にあたっている男の顔は若々しい。
腕利きらしい、ゆだんのならぬ様子。脱走兵や盗賊団の可能性も高いか。
他方、後ろにいる、少年らしい白い肌の人影がその印象を裏切る。
いかにも不安そうに、後ろからこちらを見ているが。
腕や顔に打撲の痕もなく、清潔な容儀。みたところ大事に扱われている様子。
奴隷という線も、なさそうだ。
ただ、ここらでみない民族だ。事情がわからないな、とサフラクスは思う。
「そちらが盗賊団でない、という保証はない」
「盗賊じゃねえ!訳あって、ロスに向かってる途中だ。村には、興味はねえ。
水の袋をやられたんだ、補給したい。」
穴の開いた革袋を掲げて見せる。なるほど、松明の光でも穴が開いているのが分かる。
「仔細は話せないが、俺は元、モンゴール軍の傭兵。お尋ねものじゃない!
今は護衛で雇われている!」
サフラクスは考え込んだ。
どのみち駄目だと言っても、彼らは勝手に農作業小屋を占拠できる。
無理に追い払って、腹いせに田畑を荒らされたり、燃やされたりしても困る。
「使っていいが、
井戸が作業小屋の裏手にある。勝手に使え。
ただ、日の出前には出てってくれ。」
「承知!感謝する!
それと井戸の水を貰いたいが、袋がねえんだ。
譲ってくれねえか?金は出す!」
「金は、ここらでは使えぬ。布が有難い。2タールで如何」
「半タールではだめか?上質布だ」
若干の値切り合戦の後、話はまとまり。
傭兵と称した男に対し、3タールほどもある|長槍《パイク)の先に引っ掛けて、水を入れる革袋が数袋供され。
男は相場より高めで手を打ち、気前よく半タール×1タールあまり布を切って自らの槍に引っ掛けて差し出し、返してきた。
布は確かにかなり上質なものだ、女房たちが喜ぶだろう。
「それじゃな!ありがとよ!」
「おう」
集まりはじめていた村人たちも、散っていく。
サフラクスと見張りのボルギも、胸を撫でおろしたのだった。
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──────
(第三者視点、村の外の農作業小屋、夜)
「──そこでハリーは、勇気を奮って『
すると彼に対峙していた、魔王ヴ○ルデモートの足通しの縫い目が爆発したように四散し、──」
掘立小屋を借りることができたグイン一行は、そこに一晩の宿をしつらえていた。
掘っ立て小屋でも、雨風がしのげることはありがたい。
イシュトヴァーンはこういうことに慣れているらしく、村人との話をつけ。
素朴な岩が並べられただけのかまどに火をつくり、旅塵を拭うお湯を用意し。
干し野菜と干し肉とで簡単な塩味のスープを、拵えはじめ。
それが煮えたつのを待つ間に、いそいそと干し草を集めて簡単な寝所をしつらえた。
目の詰んだフェルトを敷くと、ちくちくした茎は通ってこない。
つい警戒心が緩んだリンダとレムスが裸足になり、ぴょんぴょんと上で跳ねるのを。
イシュトヴァーンとグインは気づかぬように装いつつ、ひそかに視線を交わして頬を緩めていた。
(もっともグインの豹頭は表情は変わらず、目が面白そうにきらめくだけだったが。)
食事が整い、今日の冒険を論じながら大騒ぎでごはんを食べ。
縄の端ではみがきをすると、皆で寝所に寝そべり。
部屋の隅のかまどの、わずかな熾火を照明にして。
イシュトヴァーンが毎夜話す、珍妙な寝物語を聴きながら。
リンダ、レムス、スニの3人の少年少女たちは、とろとろ、とまぶたが重くなるのを感じていた。
(今日は大変なこともあったけど面白かったな。明日は、何が見れるんだろう?
そういえば。イシュトが心配してた夢って、もしかすると──)
レムスは、そんなまとまらないことを考えながら。
いつの間にか傍らの女の子たち2人から、すう、すうという寝息が聞こえているのに気づいた。
あ、イシュトもいつのまにか話を切り上げてる。魔王がどうなったかはやく知りたいのに、──!などと、わずかに不満を覚えつつも。
彼もまた、眠りの国にいざなわれていくのを止めることができなかったのだった。