(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。 作:Marchhatter
○続きです。
(偽イシュト視点、ロスのモンゴール領事館、夕方)
「──それで、これが来てると」
「はい。機密故、小官は中身は見ておりませぬ。お納めください。」
僕はグインと一日、肉体労働に勤しみ。
それなりの額の報酬を得て、ほくほくと宿に帰るところで。
門の守備隊の隊長殿に呼び止められ、領事館に連絡が来ていると教えられた。
領事館はそろそろ店じまいという風情だったが、小番に聞いてみると取り次いでくれて。
おそらくはモンゴールでは希少な文官なのだろう、領事の書記官が預かっていた、トーラスとの間の鳩便で来たという便りを渡されたのだった。
このヴィサリウスと名乗った文官、やせぎすで剣はあまり使えなさそうだが、頭の回転はよさげだ。優秀なのだろう。
いかにもな風体の僕にも、偏見の目は向けず態度も丁重だ。
「機密なら安全な場所で読むかな。感謝する」
「追って文が来るかもしれませぬ。もし届いたら如何しましょうか」
「そうだな、──俺は字が読める。領事館の布告板で出してくれればいい。
エルに報せあり、とでも」
「承知しました。ただ、掲出してお申し出なければ、私の判断で破棄します」
「それでいい。
これは報せの礼と、布告代の先払いだ。受け取ってくれ。必要なら追加する」
「確かに。十分ですな」
この時代、インターネットなどない。実のところ、文盲の人も多い。
それでもいわゆる公告をする必要はあり、どの役所でも「布告板」と呼ばれる告知のための板の表示場を用意している。
昔の駅の伝言板の巨大版だな。告知用の薄板の表面に、炭で書くのが一般的。薄板は繰り返し使う。
特に大事な内容は、それと別に高札にしたり、布告人が広場でくりかえし読み上げて人々に告知する。
いずれにせよコストはかかるので、役所であろうと今みたいに心づけを払う。
あー、そうそう、この世界はチップ文化に近い。仲間同士はともかく、外とのやり取りでは頻繁に払う。
こういう官署への心づけは、袖の下の温床でもあるんだけどね。
再度礼を告げて、僕は領事館を辞した。
──────
グインたちの前で開いて読むのは不味い、と真イシュトヴァーンの直感が告げる。
機密文書だっていうし、街路といえど開けてぼけっと読むわけにもいかない。この世界、すごい物騒で人通りが多くてもかっぱらいやスリがウヨウヨしてる。
そういうわけで、僕は宿にもどり。
彼らがお湯を使っている間、口実をつけて、借りてる部のうちひとつ(僕たちの借りた部屋は、居間と男部屋、女部屋、荷物置き部屋兼護衛部屋に分かれてる)で一人になり。
(今日は予算のこともあって、部屋でお湯を貰うだけにしたんだ。)
そっと封を切り、小動物の獣皮と思しき薄い獣皮紙に目を落とす。
”婿殿、壮健か。”
ぶへっ、とせき込みそうになり、あわてて水差しから水を注いだ杯で喉を潤す。
いや、呼びかけで冗談混じりに「婚約者殿」とか「婿殿」って呼ばれるのはいいけどさー。これって、形で残るものじゃんか。僕を揶揄うのに命かけてんじゃねえよ!
やっぱりあの娘、思慮深く見えて考えなし。原作後半のアムの片鱗、あるじゃないか。まったく。
まあいい。僕は読み進める。
”わが父が、岩での我らの逢引きのことを知っていた。”
だーかーらー!逢引きじゃねえっつうの!
この手紙が第三者の手に落ちたら、どう言い訳するつもりだ、アム。
──こんど会ったら、あの中身空洞の金髪頭をハリセンで打ち据えてやる。絶対にだ。
そう、僕はひそかに心に決意する。
隣の女部屋ではレムスが先にお湯を使ってて中々終わらないことに、リンダが文句言ってる。
あ、グインがなだめててすぐ終わらせるって言ってるな。王子様も可哀想に。
まあいい。続きだ続き。
”まだ動きはないが心せよ。ヴィサリウスは信用できる。”
さっきの、あのデキる風の文官だな。
隣の部屋ではどうやらこんどはレムスが体を拭われてる気配がするな。
あれー、レムスあんた肩とか腕とか太くなったじゃないー、なんて声が聞こえる。おいおい衝立使わずにジロジロ見てんのかよリンダ。王子様、ますます可哀想だ。
さて、続きは。
”赤獅子から求愛された。断った。”
ぶふぅっ!
水を口に含んでいた僕は、勢いよく口から水を噴き出す。
げほげほ、とせき込む。いったい何やってんだアストリアスの馬鹿っ!
「イシュトー、だいじょうぶー?
ぼくそろそろ終わるよー、次にす、うわっ!目に沁みるよスニさんっ!」
「ごめん!これ、だいぢょうぶ!」
「大丈夫大丈夫レム坊!こっちは気にするなっ、グインでもリンダたちでも先に!」
レムスが呼びかけてきたので、慌てて僕は答える。
王子様を拭ってあげてたのは、スニさんだったのかな。うら若き乙女に拭わせるとは、レムスいいのか?
グインは、──リンダの髪でも拭いてあげてるってことか?まあ、ああみえてあいつ器用だからな。
”彼はその後、婿殿に勝つため、と仲間たちと剣術修業に明け暮れている”
ん?ほえ?
違和感があるが読み進める。
”父は鴉を捕えた。買い取りのため、数日中に私は南に旅立つ”
「鴉」とは、黒い髪と性格のナリスのことだな。「南」はクリスタル。これは間違いない。
ナリス公、捕まるのがちょっと早くないか。
”私も弟も恙なし。ただ婿殿の勇姿を思う度、なぜか我が心の臓が痛む”
んげっ?
「イシュトヴァーン、──どうした、頭など抱えて。顔が青いぞ」
「グイン!?いや、大丈夫だ、ほら帰りの船便のこととかいろいろ考えててな、ハハッ」
逞しい裸身で腰回りに布を巻いただけのグインが着替えを取りに男部屋に戻ってきてた。
不審げに僕を見ているが、追及してくる様子はない。
「なかなかの稼ぎだとか、さっきは云っていたが」
「おおよ。あと4、5日もあの調子で働けばな、十分以上と思うぜ!
ただなかなか、仕事も大変だったからな!」
なんとか話が逸れて、僕はほっとする。
まあ、グインが言うように結構な稼ぎだったんだ。
僕も頑張ったけど、人間起重機みたいなグインは圧巻だったな。
最後に大物を引き揚げる場面なんぞ、取り囲む仲間の荒くれどもから喝采が出たぜ。
今日は断ったんだが「終わったら飲みに行こうぜ!あの覆面の大将がいりゃあ3日で終わるぜ」なんて、その連中から誘われてる。
情報収集もしたいし、グイン誘って行きたいけどなー。でもグインの顔見たらビビるだろうなー。
1人で行けって?いやー、真イシュトヴァーンに任せりゃ大丈夫だけどさ。なんか心細くて。
「グインー、まだー?」
「おお、すぐ行く。後は王女とスニが体を拭え」
レムスの声に呼ばれ、着替えの服を携えたグインが出ていき、僕は胸を撫でおろす。
“旅路の平らかなるを祈る。わが心は汝が手中に在り。
──汝がいやしき婢より”
なるほど、署名なしね。だが中身で送信者が誰かはわかる。
ちなみに「わが心は・・」「いやしき婢」云々は、たぶんこの時代によくある言い回し。大した意味はなかろう。
隠語多用は云い抜けできるようにかな、でも見る人が見ればバレバレやん。
しっかしなー。
便りをもう一度読み返し。僕は目と目の間をもみほぐす。
いくつかの違和感が、頭に浮かんでくる。
ちょっと、これは不味いんじゃないかなー。
アストリアス、お前だよお前。
何お前、陰険性悪公女にコクってるわけ?
いやまあ、別にいいんだ。まあ、ウジウジせずに突っかけたのは進歩だ。原作のあのグダグダぶり、背中からどついてやりたかったしさー。
たださー、なに僕にリベンジ狙ってんの?
俺たち、
それよりなにより。
──
不味いぞ、これ。
真イシュトヴァーンの感覚が、厄介事の予感を告げている。
公女が書いてる、わずかな情報からの判断なのだが。
脳筋馬鹿のアストリアス、どうやら本当に告って吹っ切れて生き生きと剣を振り回してるってことだ。
で、僕との決闘第二ラウンドに備えてる、って。ほーん。
それはそれで、不味いんだけどさ。
あいつが出奔しなかったら、マリウスに捕えられて操り人形の刺客になる、ってルートがつぶれるじゃないか!
どうしてくれるんだ!
え?操り人形になんてならない方がいい。アストリアスは友達なんじゃないのか、って?
いや、あいつ阿呆だけど、まあ陽キャで良いやつだと思うよ。一般的にはね。世間一般的には、さ。
でも僕、前世ではぶっちゃけああいうタイプ苦手だったし。ノリも合わないし。
まあ成り行きで友達ってことになってるけどさ。女にモテそうなやつなんざ、基本敵っすよ、敵。
まあいい。
とにかくどうにかして奴を説得して、出奔させなきゃいけない。
──いやまてよ、別に刺客はアストリアスでなくてもいいんだよな。
ただ、奴が刺客でないと今後のなりゆきが読めなくなっちまう。
それに、マリウスがトーラスに送り込まれる引き金になってもらわなきゃいけない。
パロのユノという町にアストリアスが来て、そこでマリウスに捕獲されるんだ。
そしてアストリアスが黒蓮で酔わされて記憶を盗みみられ、マリウスがノスフェラスにわたるためにモンゴール入りする。そしてトーラスでミアイルを知ることになる。
マリウスをトーラスに行かせないで、でも原作をトレースできるのか?どうやって?
一心に考え込む僕を、戸口からグインとレムスが見ていたことを。
その時の僕は、全く気づいていなかったのだった。
──────
──────
(第三者(グイン)視点)
「(グイン、あれって?)」
部屋の中では獣皮紙を読んだ傭兵があー、うーとか唸っている。
そっと戸口から覗き込むレムスとグインに気づいていないのは、いつもは背中に目が付いているような彼にしては珍しい失態だ。
「(まあ、奴だって考えることぐらいあるだろう)」
グインも結構言うよねー、とレムスは半目になるが。
グインには他意はなさそうだ、と見て取って、話を続ける。
「(どうせあれ、イシュトがなんか一人で抱え込んでるんだよ。
グインもイシュトも、秘密主義だよねー。まあいいけどさ。
ぼくたちに隠せるとでも、思ってんのかなー)」
「(まあそう云うな。少なくとも俺は、本当に記憶がないのだ。
奴は、──まあ密偵ゆえ色々あるのだろう。そのうち、話してくれよう)」
二人は傭兵の考え込む姿を見ながらそう、相談し。
居間に当たる部分で、しばらく休み、傭兵の心が地上に戻ってくるのを待つことにした。
(彼らの宿は、この当時の基準としては相当の良いグレードである。下級貴族や中級以上の商人でも満足するようなつくりだった。)
傭兵は呻吟したのち、どうやら何かを思いついたらしい。
黒曜石の目に輝きが戻った。拳を握りしめている。
だがその輝きは、どこか不吉なものを観察者の彼らに感じさせた。
「(ねえグイン!あれって、きっと変なこと考えついてるよ!)」
「(まあ待て。待てばヤーンの裁きあり、だ)」
「(グイン、それって良くないことに使うんだよ!)」
結局彼らの懸念は、イシュトヴァーンは意気揚々と部屋から出てきて。
おう遅かったな、じゃあ俺も王女様の残り湯を使うか!とほざき。
それを聞きつけ憤然として彼に対する警戒を一時的に忘れたリンダに、傭兵が厳しく折檻されるというどたばたのなかで、一時、忘れられていったのだった。