(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。 作:Marchhatter
20260327)かなり辻褄が合わないところに気づき、強引に修正しました(『アルゴスのエル』関係)。すまぬ。
(イシュトヴァーン視点、「跳ねる兎」亭、夜)
「なあ、グイン」
「イシュトヴァーン。どうした、例の便りの件か」
「ハッ、豹の大将はやっぱりお見通しかよ!」
次の日の夜、子供たちを寝かせた後で。
僕は声を潜めて、グインに相談を持ち掛けた。
僕が褥で胡坐をかいて座ると、グインも寝台に起き上がって腰かけた。
(グインの巨体は寝台には大きいんだが、ギリ入る。寝台が大きめで快適だったのも、この宿を選んだ理由の一つだ。
ただグインはナナメに寝てるし寝返りが打てないし、うっかりするとごつんと頭をぶつけるみたいだ。でも野宿と比べものにならないくらいぐっすり眠れるらしい。)
レムスはスヤスヤ寝てる。いいことだ、悪夢にうなされてる気配もない。
「路銀は十分に貯まってる。あと3日くらいで、いったん宿を引き払って出立しよう」
「そうだな」
グインも僕と同じように、大公からのちょっかいを警戒していたようだ。
余計な言葉をさしはさまずに、僕の考えに同意する。
ここからが、僕の勝手な決心にまつわる相談内容だ。
「それでな。最初はアルゴス直行便も考えていたんだが。
やっぱり、沿海州を目指そう」
「特に異存はないが、その理由は?」
「ちょっと気になることがあってな。その用事をすませたい。
それにロスは、大公の気が変われば封鎖や荷止めなんてこともありうる。
あの峡谷で襲撃されたってことは、あいつらも俺たちがロス狙いってわかってるはずだ。俺が大公だったら、手を回す。
ただ、ロスにモンゴールの常駐の兵はいない。実際の軍の派兵はもう少し時間がかかる。その前に海に出よう」
「話は分かる。ロスは実質的にはモンゴールの属州だからな。沿海州だと、お前の生国のヴァラキアか?あるいは、船便の多いライゴールか?」
「どちらでも良いっちゃ良いんだが、アグラーヤを考えてる」
「用事もアグラーヤか。首都のヴァーレンか?」
「俺が用のあるのは2か所。アグラーヤ王宮、そしてモンゴール街道」
「なるほど」
グインは思慮深げに頷く。何が「なるほど」なのかよくわからなかったが、とりあえず僕は話を進めようと思う。
ちなみに僕はアグラーヤ王はパロ側に引き込めると思ってる。双子の保護を願うつもりだ。原作の描写からして、粗略にはされまい。
「アグラーヤに支援を求めよう。──そしてモンゴール街道は俺の勝手な用事だ、詳細は云えねえ。ザイム、あるいはネーム。パロ領のユノまでは行きたくねえんだけどな、必要ならユノに行く。
時期も、まだずっと先でいい」
もしかするとアルゴスについた後でいいかも、と思ったのだが、微妙にアルゴスは交通が不便だ。やっぱり、アグラーヤ到着後に単独行動の時間を貰った方がいいのかな。
「──云えないのは、お前の主の任務だからか?」
「これだけは云える。どっかの国のお偉いさんなんぞからの任務なんかじゃ、ねえ。俺は今、剣を捧げてる相手はいねえ。俺がやりたいから、やる。
人を死なせたくない、──子供なんだ。そんだけだ。
その間、最低でも10日くらい俺は双子から離れることになる。すまねえが、頼む。
アグラーヤ王は頼って大丈夫だと思うが、駄目なら金と住居は俺が何とかする」
僕はまだ見たことのない、ミアイル殿下のことを思い浮かべる。
原作とはまた違う、可愛げのない
あの9巻(ミアイルが暗殺される巻)のトラウマで僕、陰謀編と戦乱編の記憶が薄いんだよ。
え?アストリアスは、って?いや別に?
──でもまあ、気に食わないボンボンの阿呆ではあるけどさ。悪い奴じゃない。
まあ、ついでがあったら。多少は、ね?そう、助言くらいはしてやろうと思ってる。
でもそもそも、出奔ルート乗ってなさそうだしなー。
グインは、──どこまでわかっているか僕にはわからないが──ゆっくりと重々しく、頷いた。
「承知した。それで構わぬ。
仮にアグラーヤが頼れなくとも、住処も
行って、ヤーンの命に従うがいい」
「ありがとうよ。でもな、グイン。
俺ァあの一つ目爺が大嫌いなんだ!ヤーンが命じてんなら、徹底的にその逆をやるぞ!」
「ふふ、俺の目にはお前の上にこそ、ヤーンの神託があるように見えるぞ」
「んなわけねえだろっ!よーし、頭きた。火酒とコロで対決だグイン!
ダロたちからも、誘われてたよな、──」
「んにゅう、イシュトうるさいよもう、──むにゅもにゅ、もう食べられないよそんな大きいの──」
話が脱線し、声が大きくなり。
レムスが目を覚ましかけて、慌てて僕は口を閉じ、グインと目を交わして苦笑いをかわす。
グインも良いと言ってる、後は僕が頑張るだけだ。
あのヴィサリウスにも、そのうち話を聞いてみようか。信用できるとアムが言ってたしな。モンゴール国内の話も聞けたらいいな。
そう、僕は思った。
──────
そんな話をした、すぐ翌日のこと。
それまでやってた船の荷降ろしの仕事が一段落して。
僕とグインは、港から宿に戻りつつあった。
本腰いれて船を捜さなきゃな、だから明日は一日、港湾組合やめぼしい船を当たろう。
──そう、僕は思って、残念がる船主には悪いが明日どうだ、と申し向けられた仕事は辞退した。
そして行き帰りに立ち寄るモンゴール領事館の掲示板に、僕とグインはその簡潔な知らせを見つけたのだ。
”エル殿に知らせあり。至急”
朝みたときは、なかった掲示だ。またアムからの文か?
「グイン、先に帰っても──いや待てよ、半ザンだけ待っててくれ。そこで俺が出てこなかったら、先に帰っててくれ」
僕は妙な胸騒ぎを覚えて、グインに待っていてもらうことにして。
そして小使いに頼んでロスのモンゴール領事官、ヴィサリウスに取り次いでもらうことにした。
彼はこの前と違い、僕を個室の面談室に案内した。相変わらず、若いのに物腰は落ち着いていて丁寧だ。
「エル殿。──もしかして『アルゴンのエル』殿、とお呼びするほうがよろしいか」
「おう?いや、ただの『エル』でも構わないんだが」
彼は頷いた。彼の薄い青い目は、僕には感情が読みにくい。
僕は警戒心を高める。なぜに確認。ノスフェラスの帰還兵からなにか報せが伝わったか。それとなく、廊下や窓の外の気配を探る。
警備兵たちが配置されている気配も、集まってくる様子も今のところない。
しかし僕は、胸の中で脱出路を切り開く算段をつけながら、彼の次の言葉を待った。
「トーラスのあるお方からアルゴンのエル殿に報せがありましてな。こちらです。
おや、これは昼すぎに届いた大公宮からの指示書ですな。今まで部下から相談を受けていて、うっかり一緒に持ってきてしまいました」
まず「あるお方」の便りに目をやる。巻いた獣皮紙の表に、前回と同じ封蝋、封印。あの性悪公女の字で「至急」とある。
筆まめだな、こっちは返信してないのに。やはり何か書くべきか。
だがなー、大公に傍受されるとまずいよな。そう、僕は自分で自分に言い訳した。
これは、また前回と同じように、後で中身を見よう。
そして、彼の提示したもう一つの書面。大公宮からの指示書だというものに、目を移す。
うっかり持ってきてしまった、などとヴィサリウスは言っているが──。
”ロス領事館への、大公閣下からの命なり。
以下の者からなる一行を探せ。”
まずい。
”2タールを超える巨大な体格の豹の仮面をかぶった男、グイン。
2タール近い長身の浅黒い肌の傭兵、アルゴンのエル。
彼らの庇護する、貴族の少年と少女。双子。
ロスから出港する、アルゴスあるいは沿海州行きの船を急ぎ確認せよ”
ぐっ、と不覚にも僕の喉の奥が鳴ってしまった。最悪だ。
”特徴は次のとおり。貴族の少年と少女は美形にして、銀の髪、金の輪で髪を留め、──”
僕ら一行の指名手配の指示書きが続く。中々に上手な僕ら一行、つまりグイン、
”双子は、必ず生かしたまま捕えよ。他は、生死問わず”
僕は指示書から目をあげ、目の前の文官をみつめる。
文官はにこやかに笑うが、目は笑っていない。
どぱっ、と僕の背中に汗が噴き出てきた。疑われてるよな?
「いや、私どもも、これらの探し人を探さねばなりませんな。
しかし奇遇ですな、アルゴンのエル殿。手配書の傭兵の面相も、貴方様にそっくり。ご本人なのではないのですかな?」
「あ、ああ。こんな偶然もあるんだな!
ただ、名前はちょっぴり違うんだ。俺の名は本当は『アルゴスのエル』なんだ」
──衛兵を呼ばれる前に、殺るか?と僕は物騒な考えを巡らせる。
「ほうほう。草原のご出自なのですな。体格や顔つきや名前も、草原とは違う気がしますが。それにこちらの書は、宛名違いだったと」
「アルゴスもアルゴンも、だいたい一緒でな。あー、不謹慎な冗談で極悪人と同じに変えて送ってくるんだ。
それに俺は沿海州の血を引いていてな。それにごく最近背が伸びてしまった。まだ成長期なんだ。
それで、たまたまこの人相書きと似てきてしまったな。困ったものだ。はは」
言ってて思う。駄目だ。支離滅裂。こんなんじゃレムスも騙せないよ!
僕はヴィサリウスの喉を斬り、まだ閉じられていない窓から飛び出す作戦を脳裏に具体的に描き始めた。
「ふむふむ。それでは、さきほど領事館の前でお話しされていた、あの巨人のごとき覆面のお連れ様は」
クソッ、見られていたか。殺るしかないか!?
書記官は隙だらけだし、衛兵を呼ぶ様子もない。しかし甘ちゃんな現代人の僕の心は揺らぐ。どうしようか。
「あー、あいつはな。ラゴンの血を引いててな、顔が不細工だと思い込んで隠してるんだ。
だけど意外に男前なんだぜ、今度見せる。約束する」
「そうでしょうそうでしょう」
書記官もなぜか、額の汗をぬぐいながら頷く。緊張してるようだ。もう確信してるな、僕がお尋ね者だと。
あの首を、この「猫の爪」と名づけたお気に入りの短刀でひと掻き。そして、──
「いや!エル殿、実はですな、まだ若い見習い書記官がこれを受けましてな。
そやつはまだ仕事に慣れず。まだこの手配書の写しが行っているのは、ごくわずかな場所のみにて」
「そうか。それで──」
今なら広まる前に口ふさぎできる、ってことか。
だが、ここで殺すと騒ぎになる。衛兵たちも集まってくるだろう。
ロスの城門を突破するのも、まあグインと僕ならできなくはない。
でも旅籠まで戻って、レムスたちを連れて逃げるのはほぼ不可能。
「た、ただ。船便については先に当たって確認したそうで。
部下は港に停泊している、アルゴス行き、沿海州行き、タリア行きの主な便には問い合わせしたらしいですが。
しかし、港湾組合に届け出していない船には、まだ手が回っておりませんし。
また外洋のレントやコーセア行きの船にまで、当たる時間はとれなかったそうです。
私も相談を受けたのも、1ザンほど前でありますし」
「──そうか」
書記官は、僕が手配書の「アルゴンのエル」と気づいている?だがなぜか衛兵を呼ぶそぶりがない、──なぜだ?
「ただ、命令の名宛て先は私やその部下個人ではなく、『領事館』になっておりましてな。
領事は今日は打ち合わせで不在ですが、明日報告せねばなりますまい。その場合、他の者、特に武官などとも共有することになりますれば、余計な気を回す者も出てまいりましょうな」
「お、おう」
この口ぶり。そして、まだるっこしいのに詰めてこない話し方。
この文官は、アムも信頼していると書いてあったな。だとすれば、──
ようやく、僕の馬鹿頭にも事情が飲み込めた。こいつは、味方だ。
「アルゴスや沿海州行きの船になど打診すると、誤解されてしまうかもしれませんな、アルゴンの──おおっ、うっかり間違えてしまいましたな!申し訳ない──『アルゴスのエル』殿」
「そ、そうだな。痛くもない腹を探られることになりそうだな!」
あぶねー、命の恩人の喉を掻ききるところだったのか。
僕はさっきとは違う意味で噴き出た冷や汗が背中を濡らすのを感じた。
「き、今日は他にも案件が多いことでありますし。『至急』ともなっておりませぬし。
領事にお目にかけるのは、先ほど申し上げたとおり、明日になってしまいましょうな。
ただ明日にはこの写し、ロスの警備隊の詰所にも送られましょうな」
「そうか、俺はよくわからんが、似ているせいで間違われるとそちらにも迷惑になるな。
どんな悪いことをしたのか知らんが、そやつらが早く捕まればいいのにな。はは」
「まったく、そのとおりでして。
『アルゴスのエル』殿は、故郷にお帰りになるため船をとろうと思われていたのでは?
お連れ様とあわせて、5人分をお探しの若い傭兵がおられたとか。その若い書記官が問い合わせたいくつかの船から、そう聴き取っております」
あー、僕、用心しながら確認したんだけどな。漏れたか。
口止めなんかできなかったんだよ、かえって怪しまれるからな。
「ちょうどそろそろ出発しようと思っていたところだったんだ。
だが、人数が違うんだ。その手配書は4人。俺の一行は、5人。全然違うよな?」
「まさしく、おっしゃるとおりで。全然違いますな。
ただ誤解を避けるために、これから出発するならアルゴスや沿海州行きの便は気をつけた方がよろしいかもしれませぬな。その部下がすでに通達をしてしまっております。
そして明日の午後には、他の地域への船にも確認、臨検が入りましょうな」
「忠言、感謝する。便りについても、礼をしたい。
──あと、モンゴール本国へ便りをここから出せたりしないか?」
「50ターで定期便に乗せられますな。鳩ですと1ラン、かなり値が張ります」
「すぐ
「さて、そこはなんとも。──(仮にの話ですが、東部通商担当の
後半は、そっとささやかれた。
「ご指南有難い。頼めるが」
「お安い御用にて」
僕は心得顔に頷く彼に獣皮紙の切れ端を貰い、急ぎ、ルーン文字を書きつける。レムスとの練習の成果だ。傍受をおそれて、遠回しな言葉を。
心づけはかなり弾む。この彼も危ない橋を渡ってくれたわけだしな。
「それでは、感謝する、ヴィサリウス殿」
「こちらこそ」
僕は領事館を辞し、待っていてくれたグインに、簡単に事情を伝え、出立の準備をするよう頼み込み、僕自身は別方向に走りだす。
目指すは、港方向。ギリ、港湾組合がまだ空いてるはずだ。
それでダメなら組合に入ってない船に直接話をつけなきゃいけない。公女様の手紙は、その後にでも確認しよう。どうせこのことだろうとは思うが。
遅くとも明日午前にロスを出発する船に乗せてもらわねばいけない。しかも5人分も!
(スニさんを行李に入れれば4人で行けるか?でも、ちょっと無理だよなー)
陸路も考えたが、無理だ。今からだと、ろくな馬は買えまい。徒歩や下手な馬だと、モンゴールの駿馬には追いつかれる。
だとすると、やっぱり船だ。だけどアルゴス、沿海州便は手が回ってる。
組合に入ってない怪しい素性の船か、外洋行きの船でもいいから、話をつけるしかない。とにかく、明日午前には出立する便。クソッ、そんな都合のいい話はないよな、面倒になってきたな!
──────
──────
(第三者(ヴィサリウス)視点)
ヴィサリウスは、応接室の
さきほどまで、おそるべき剣気が文官であまり剣も使えない彼に吹きつけていたのだ。
微妙な話だけに、彼を刺激しないよう、また恐怖のあまり顎が鳴ろうとするのを押し隠し。
強いてにこやかに話していたのだが、──もう限界だ。べったりと、額に浮いた汗をぬぐう。
「ヴィサリウス様。大丈夫でしょうか」
「お、おお。すまんが水を持ってきてくれるか?頼む」
実直な部下が、密議が終わっても帰ってこない彼を心配してやってきてくれたので。
これ幸いと、水を頼み、彼が小番に命じに行ってくれている間。
彼は、ぐったりと寝椅子に横たわった姿勢で、今しがたのやり取りを思い返す。
今まで相対していた長身の男は、あの手配書に記されていた「アルゴンのエル」だ。間違いない。
聞き耳をおそれて申し開きができるように、しかしそれでもかなり直截的に彼に危険を知らせたが。
ちゃんと逃げられるだろうか。さっきの言い訳からしてあまり頭が回るタイプではなさそうだが。彼が逃げられず白状でもしようものなら、累は彼、ヴィサリウスに及びかねない。
ヴィサリウスはモンゴールの官吏(能力を評価され、七等文官である*1。実は若い割には結構出世してる)であるが。
その忠誠は、特にモンゴール公女アムネリスにささげられている。
マルス伯の遠い縁戚関係にある彼は、家を継げない三男坊であり、また剣にも自信がなかったため。
文官としての道を志し、一昨年からこのロスに赴任してきていた。
マルス伯のもとに滞在することの多かったアムネリスとは、彼女がまだ右府将軍に任じられる以前から昵懇の仲である。
彼の実家の領地が飢饉で荒れていたときに、巡検慰撫使として食料の確保や治安維持に奔走し手を尽くしてくれた公女に、彼は心から感謝していた。
(しかし、死ぬかと思いましたぞ公女様、──)
公女からの文を貰ったのは、あの傭兵だけではない。彼もである。
公女からの文には、他の所用とともに、あの傭兵の便宜を図れ、危機あれば彼に伝えよ、とも書いてあった。
(なお、いつもは簡潔に要を得た情報提供や指令が書いてある彼女の文に、あまり必要とは思えない彼の姿形や言動の描写が妙に細かく書きつらねられていたことに、彼はどこか不思議な違和感を覚えた。)
その獣皮紙は、ぬからず処分した。彼のことは基本、自分だけが担当している。情報は漏れていないはず。
「ヴィサリウス様、これを」
「すまぬな、シゲイル」
少し身を起こし、彼自らが持ってきてくれた杯を受け取る。シゲイルは一礼して、戻っていく。
この実直な部下は、そこまで目端が利くタイプではない。
ヴィサリウスの様子にも、不審を抱いた様子もないし、彼に心服している。
秘密を知ったとしても滅多なことでは漏らさないだろう。
彼も手配書を見ており、港への問い合わせはヴィサリウスが相談を受ける前に彼がしていたのだが、アルゴンのエルとはすれ違わなかったのだろうか。
いや、すれ違ったのに単純に気づかなかったのかもしれない。
何しろ、手配書に書かれている身長や外見は、実際のアルゴンのエルをたしかに捉えてはいるが。
前回、そして今回もこの応接室に入る前に接した
とてもこの手配書に書かれているような、「青髭」に比すべき狂戦士などとは思えなかったのだ。
しかし今日は、思い知った。
おそらく彼がその気になれば、ヴィサリウスの首はかろやかに宙を飛んでいたであろう。
そう、部屋の中で彼にカマをかけたときの彼の圧を体験したヴィサリウスは確信していた。
水が、からからになった喉を快く通りぬける。
さて、後は領事殿に取り繕わねばならないな。
幸いにも、ヴィサリウスはロスの領事に信頼されている。それにそもそも領事はあまり鋭い方でもない。
おそらく、ヴィサリウスが「アルゴンのエル」に情報を流したことは、問題なくごまかせるだろう。
とはいえ、明日にはこの手配書が随所に送られることになる。あまり遅らせては、彼自身が怪しまれてしまう。
せめて彼に約束したとおり、午前中の時間を稼ぐくらいはやろう。
杯の水をまた一口、大きく飲んだ後、ようやく彼は椅子を立ちあがったのだった。
(覚書)
〇謎国家モンゴールの建国とヴラドの年齢
モンゴール建国は、37年前と推測される。36年で一周する干支みたいな年の数え方があり、モンゴール建国はサソリの年、そしてその翌年は竜の年である。
モンゴールのパロ侵略とその後の戦争は、「黒竜戦役」と呼ばれている。竜の年に起きたからである。そうすると、モンゴール建国は37年前ということになる。
ヴラドはもとはゴーラのサウル帝の騎士長だったという記述、モンゴール建国時、まだ20代だったという記述がある。今の時代とは生産年齢人口自体が違うので、15歳には働き始めていたことだろう。仮に15歳あたりで騎士見習、16歳あたりで騎士になってとんとん拍子に出世したと仮定すると、キャリア8~10年で24~26歳くらいだろうか_それで辺境の領有を認められ、建国するに至ったということになる。
つまり現時点でのヴラド大公は、推定61~63歳。もう少し若い気がしていたのだが・・。
そして黒竜戦役当時、アムネリスは18歳、ミアイル14歳。そうすると、アムはヴラド43歳のときの、ミアイルは47歳のときの子である。ちなみにヴラド大公の正妻、アンナ妃は、原作開始時点ですでに死去している。中世レベルと仮定すると子供は多いはずだがアムネリスとミアイル2人だけしかいないのは、若くして亡くなったからなのだろう。ちなみにユナス伯はアンナ妃の末弟である。
ヴラド一代の国のはずなのだが、第6巻「アルゴスの黒太子」には金蠍宮でのアムネリスの謁見シーンで、これと矛盾する記述がある。
「そこは玉座の間であった。重臣たちと武将たちが壁よりに立っている、その頭上の
建国以来の王って誰やねん。大公って自分の像かよ。と思うのだが、おそらくこの時点では構想が固まりきっていなかったのであろうと思われる。あるいは、「モンゴール」は「ゴーラ」の誤りかもしれない。もしくは、モンゴールは一度滅びたこの地方の公国を襲名復活させたものなのではないか。──と、いくつかの仮説が生まれてくるところであり、こういう想像力の翼をはばたかせる余地に富むところも、作品の魅力なのであろう(ほんまかいな)。