(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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(本日2回投稿の1回目です。)

〇ご感想をいただきました。ありがとうございました!

・アグラーヤとの同盟、レムスの殊勲ですねー。やはり中世的価値観、政略結婚は重要なのかも・・。
 閉じた空間、メタ的には古代機械の意味がなくなってしまう(遠隔地に自由自在に人が飛べるなら、古代機械なんぞにかかわる意味があるのかと)。まるで昔の就職協定(古)みたいな、知ってても誰も守らない魔道十二箇条もなのですが、魔道が都合よすぎという気もしたりしています。

・おそらく単発の戦場と長期的な戦略の違い、みたいな面もあるかもしれませんね。なんだかモンゴールとかアルゴス、補給線などあまり考えてなさそうですし(略奪で現地調達となると、結局長続きはしなさそう・・。とはいえそれは、キレノア大陸の各国、そこまで重視してなさそうですが)。

・群雄群なすグイン・サーガの登場人物の中でも、現代人になんか近いのがミアイルかなー、なんて思ったりします。グインやリンダやアムネリスは教室にはいなさそうですが、ミアイルは端っこの席にいそう。
(とはいえミアイルに憑依したら、違和感は少ないものの中の人の不幸度はかなり上がりそう・・。)

・たしかに、ナリスが七つの大罪を表象するとしたらプライドなのかもしれませんねー。
(日本語の「傲慢」の語感だと正確でないのかも。武士は食わねど高楊枝、みたいなのに近い?)
 原作でもナリスのプライドの高さが言及されていますが、具体的描写としてはあまりありません。ただミアイル暗殺などの行動の裏にプライドがあると解釈すると、たしかに筋が通りそうです。
 アムとの悲恋の場合も、側近「アムとのことは演技なんですよね」→ナリス「本気なんだよ。アムはあんなに一途だし」→ナリス偽装暗殺、ミアイル暗殺→ナリス「アムとは演技だったんだよ。アムも代役を見抜けず悲しむなど、本当の愛じゃなかったんだね」みたいな。
 自分を慕う人(マリウス、アムネリス)を試練で試し、その人が試練をパスできず傷ついて離れると「その結果を自分は求めていた、思いどおりなんだ」と自分に言い聞かせ、そういうことにしてしまう(阿Q式精神的勝利法?)。
 自己の無謬性を損なう解釈を無意識に避けて本心を塗り替えてしまっていて、「試し行為」への誤解で憎まれるのは構わなくても、「試さずにはいられない自分」を見抜かれると傷つくタイプなのかも、と思ったりします。
 いや、もしかすると違うのかもしれませんが。複雑な人物なのは確かです・・。

・ナリスの変化、たしかに創造神様の愛というか思い入れの副作用というか。
 メタ的には、おそらく場面場面では新鮮な驚きというか、ありきたりでない、予想しない方向を求めて(AじゃなくてB→BじゃなくてC!→実はCじゃなくてAだった!・・みたいに)動かそうとして。
 しかし短距離的にはともかく、長期的にみると「この人、何がしたかったの?」みたいな感じになってしまっているのかもしれません・・。

・イシュトあたり、後半はちょっと見てられないというか、読むのがもう怖い感じでしたねー(マリウスは、おそらくまだまともなところしか読んでいないうちに離脱)。
 イシュトやナリスも含め、どこか後出し説明や退行現象(?)が重なるとおかしくなってしまうところがあり。あのままで良かったのに、と思うことがあります。
 その点、あの寡黙さが頼もしい原作グインは変化なし、・・のはず(?変わってたら怖い・・)。


〇いよいよレントの海、偽イシュト視点です。



042 例のあの船

(偽イシュトヴァーン視点、レントの海、数日後)

 

「いしゅと!かに!かに!」

 

「そうかスニさん、カニがいたかー」

 

 風はまだ少し冷たいが、うららかな日和。

 甲板で寝そべり、顔に麦わら帽子をかぶせてひなたぼっこをしている僕のもとに、好奇心旺盛に甲板を見回っていたスニさんが、発見を報告しにくる。

 僕たちが乗ってるこの船、元の世界ではキャラック船と呼ばれてたタイプのものに近い。ややずんぐりした外形で、20人近くの旅客と30人近くの船乗りたちが乗り組み、主に乾果やガティ麦といった物資を積みこんでる。

 割といいグレードの中~大型船。建造も新しめ。

 

 なんでこんなにいい船、みつけられたか、って?

 まあ、僕とグインの信用の賜物かな。ふふふ。

 八方手を尽くしても船を見つけられず、店じまいしかけの港湾組合で途方にくれてたのだが。

 いままで働いてた船の船主さんが通りかかって声をかけてくれて、僕たちの窮状を聞き。

 知り合いに声をかけて、この船に押し込んでくれた。

 いやー、短い期間とはいえ、まじめに働いて信頼を得ててよかったっす!

 

「おうスニ嬢ちゃん、カニかー!ほれ、炊事長に渡してくるぜ、美味しく茹でて今日のスープに入れてやんよ」

 

「ありがとう!がのふさん!」

 

 喫水線をにらんでいた甲板員の一人、ガノフさんが顔をほころばせながら声をかけてくれた。

 やっぱり、いい船は違うなー!

 僕はしみじみと、自分の幸運をかみしめる。

 船員たちも(そりゃ一部にはちょっと戸惑ってたのもいたけど)、おおむね経験を積んだ、職人気質なきちっとした人が多くて。

 スニさんに対しても、粗略な態度はとらない。ガノフさんみたいに、親しんでくれる人も多い。

 

 それにね、ほら、普通の人間じゃとても行けないマストのてっぺんやヤードの先端まで、スニさんなら苦もなくスルスル行けるし目もいいからね。

 ときどきは遠くを見てくれとか、風で捲れてしまったロープを直してくれないか、とか頼まれたりすることもあって。

 スニさんも、普通の人には難しいそうした作業をやって激賞されると、まんざらでもなさそうなんだ。

 妙な船に、乗り込まなくてよかったよ。ほら、例のあの船(「ガルムの首」号)とか、さ。

 

 この船、「サリアの首飾り」号は、方向としては沿海州に向かうのだが。

 目的地はいわゆる普通の人々が思う沿海州でなく、沿海州の沖のテラニア諸島。

 そしてテラニアとアグラーヤをはじめとする沿海州は、船便で密に結びついてる。アグラーヤへは数日間遠回りするだけ、と考えていい。

 船員の半分くらいも、陽気なテラニア人。ほら、島って耕作面積が限られてて穀物が栽培しにくいからね、モンゴールの安いガティ麦の需要がある。

 そしてこのテラニア、南方大陸のランダーギアとか、外洋とかに行く船の中継点になってて、肌の色や姿かたちが違う人にも慣れてて、おおらかなんだな。

 さすがにスニさんみたいな矮人ははじめてだったみたいだけどね。でも南方の小柄な人種も知っててそこまでのアレルギー反応はなかったのは、いい意味で予想外だった。

 

「すにー、たんけん!たんけんいこ!」

 

「すに!すに!うみ!」

 

 あー、スニさんのお友達たちも来ちゃったよ。

 中型帆船だからね、商人やそのご家族とかのお客さんもそれなりに乗り込んでるんだ。

 まだ5、6歳くらいなのかなー、丸顔の女の子とイガグリ頭の男の子。名前は「ルル」ちゃんと「シグル」くんだったかな。ルルちゃん、シグルくんは今でこそ仲良しになってるけど、たまたま乗り合わせた別々の家の子で、今回の航海がお互い初対面だ。

 ふたりとも身長はスニさんより大きいけど、スニさんはたぶん16、7歳くらいだからね、お姉さんとしてお世話係になっている。

 「いてくる!」と手を取り合って船の甲板をぐるっとめぐる探検に行く彼女らに、僕は「船乗りさんの邪魔はするんじゃないぞー、揺れに気を付けるんだぞー」と声をかけておく。

 

「すみませんねー、なんかいろいろ」

 

「いえいえ」

 

 日傘をさした、年齢不詳(おそらく20代前半)であろうご婦人。

 ルルちゃんの方のお母さんだ。「エマ」さんとか言ったかな。

 

 隣の船室のお客さんで、最初はじっと見られてて、怖がられてたのかなと思うけど。

 ルルちゃんのお姉さんかと思ってご挨拶したら、そういう抜けたところが親しみやすいと思ってくれたみたいで、それ以来親しく挨拶を交わす仲に。

 彼女は商会に勤める夫が亡くなり、姉の婚家のあるテラニアに行くらしい。

 まだ若いし、少し世間知らずのところもあるし、さぞお辛いことだろう。

 隣の船室で、スニさんが子供どうし(?)お友達になってしまったのもあって。

 子供たちが遊ぶのをみながら、そのお母さんであるエマさんとお話とかすることも多く、なんかこうして仲良くなって悩み相談まで受けたりしてしまっている。

 少し愁いを含んだ細面の横顔が、前世の僕の好み。

 薄幸の美人さんって感じで、ちょっと胸がどきどきしちゃうこともあるのだが、──

 

「イシュトー、そろそろお昼だって!もらいに行こうよ!」

 

「ここにいたか、イシュトヴァーン」

 

 レムスがまぶしそうに額に手をかざしながら、甲板に上がってきた。そのあとから、ちょっと窮屈そうに巨体のグインも。

 

「リンダは?」

 

「船室で、エレウィとなんかしてたけど、食事室に行くように言っといた!」

 

 初日は船酔いで双子はともにダウンしてたんだが、ようやく慣れてきて。

 リンダは別の商家の同年代くらいのエレウィ(エレウィディス)さんという娘さん──シグルくんのお姉さんだね──と仲良くなったみたいなんだ。ガールズトークでキャッキャウフフしてる。

 

 レムスも、スニさん同様に船員たちにかわいがられてるみたいだし。

 実はグインも隠しきれなくて豹頭仮面をカミングアウトしたけど、意外にも受け入れられてる。

 これはテラニアからも船便のある、シムハラの獅子頭の仮面をつけた祭司王が彼らにも身近だからだと思う。

 最初は驚かれたけど、今ではその怪力も認められて、船員に頼りにされてたりも。

 ほら、僕たちは確かにお客さんだけど、いざというときの護衛としての戦闘力とか荷積み、荷下ろしとかのときの労働力も売り込んだしね。

 

「そうかー、行くかー!

 スニさーん、飯だぜ飯!ルルちゃん、シグルくんも!」

 

 ぐっと伸びをし。子供たちにも声をかけ。

 僕たちは食事室に、ごはんを食べに行くことにしたのだった。

 

 ──────

 

 行く途中に、ちょっと丸っこいが愛嬌のある姿のおじいさん(といっても、まだ60前くらいじゃないかな)に行きかう。

 グルンデさんというこの人は、シグルくんとエレウィディスさんのお祖父さんだ。

 シグルくんたちの実家はテラニアで、ガティ麦の運搬の付き添い兼里帰り中だそうだ。

 

「おお、レムスくん、グイン殿、イシュトさん。どうですか。外は天気など」

 

「おはようございますグルンデさん」「有難く」「元気っす。今のところは、いいお天気っす。グルンデさんは?」

 

「ありがとう、元気ですよ。──今のところは、と申しますと?」

 

「うーん、お天気は今日中くらいっすかね。そのあとちょっと天気が悪くなりそうかな、と。ノスフェラスから嵐が来る季節ですんで。

 でも、早く南下すればたぶん、遭遇せずに抜けられるかな、と」

 

「ほうほう、でも気をつけたほうがよさそうですね。

 船長にも言っておきましょう。ありがとうございます」

 

 真イシュトヴァーンは幼少から、甲板走りからたたき上げ、名の知れた船にも乗っていた(もっといえば小さい船だが船長として一党を率い、宝探しをしていた)船乗りでもある。

 若いが天性の勘のおかげもあってか、天気予測なんかはほぼ百発百中。短い間ながら、船員や同じ船の商人たちから信を置かれるようになっている。

 

 それ以外にも幾組かのすれちがう乗客たちと挨拶を交わし、僕たちは食事室に入った。

 

 ──────

 

 その後。

 やってきたリンダとエレウィディスさん(リンダよりちょっぴり年上くらい。はにかみ屋さんの、栗色の髪のかわいい女の子だ。なんか僕の方をみてリンダにくすくす笑って話しかけてたりする。被害妄想かもしれないけど心折れる)を交えて、質素だが栄養のある食事をとり。

(今日はガティ麦の団子の入った干し野菜のスープだ。現代日本で言えば、すいとんとかお雑煮かな?)

 

 午後は午後でグインとレムスとで剣術の稽古をしたり(僕とグインの組太刀のときは見物が出たりする。面映ゆいが悪い気分じゃない)。

 スニさんの釣りに付き合ったり(スニさんは原始的な釣りに目覚めてしまって熱中してる。坊主のことも多いけど、ときには食べられる魚を釣り上げて喜んでいる)。

 リンダの厳しい監視を受けながら、ぎこちなくエレウィディスさんからインタビューを受けたり(なんだか好きな食べ物とか『将来のこと』が決まってるかとか聞かれた。エレウィディスさんみたいなかわいい女の子と結婚して田舎の開拓村で平和に暮らしたいって答えたけど、リンダが鼻を鳴らしてすごく怖かった)。

 

 そんな風にその日も平和なひとときが過ぎてたんだけど。

 風向きが変わってきたのは、夕方近くになってからのことだった。

 

「ん?」

 

「どうした、イシュトヴァーン」

 

 そのとき僕はレムスとグインと非番の船員たちとで、ひまつぶしにボッカをしたりほら話を交わしたりしてたんだけど。

(ちなみに娯楽も少ないからね、前世のアラビアン・ナイトの話を適当にデコレーションして話したり、イシュトヴァーンがジェークスから習いおぼえた笛を披露したりするだけで、すごくウケるんだ。)

 どこか不穏な感覚を覚えた僕は、甲板に出てみようと思い立つ。

 

「嵐か?」

 

「ああ、いや、嵐はもう少し後のはずなんだが。

 だがな、なんか剣呑なんだ」

 

「イシュト殿の勘は、当たりますからな」

 

「イシュト殿、どうした?」

 

 僕たちの話を聞きつけたのか、大荷主のグルンデさんと、船長(このキレノア世界の船の船長って、すごい権力があって偉いんだ)のジャヤさん(本名はもっと長くいんだけど、みんなから略称で呼ばれてる。テラニア人)がやってきた。

 

「あー、船長。ちょっと取り越し苦労に終わるかも、なんですが。

 今夜から明日、見張りの数を増やしておいてもいいかもしれねえです」

 

「海も凪いでるしな、天候も悪くないのならと思っていたが。

 ただ、近く海賊のよく出るあたりでもある。増員しておくかな」

 

「有難く。いざとなったら、俺たちもやって構わないんすよ。手が足りなきゃ、手伝う約束ですし」

 

「はは、いや大丈夫、船員たちも自分の命がかかっているしな、文句は言わぬ。

 ただ、もしもの時はお願いしたい」

 

「合点承知でさあ」

 

 そして、そういうことになったのだが。

 僕は後頭部に覚える、まだごくわずかではあるがちりちりする感覚。

 真イシュトヴァーン特有の危険を予知する感覚に、その晩は悩まされることになった。

 

 ──────

 

 それでも日没後すぐに寝て、ちょっと変な夢を見たりして、明け方近くなったころに僕は起きた。

 ちりちりと後頭部に感じる、良くないことが近づいている気配。

 

「グインっ、起きてるか?」

 

「ん?どうした?」

 

「悪い予感がする。剣を取って、荷物をまとめといてくれ。双子とスニさんは、──まだ起こさなくてもいい」

 

 ちらっと見たレムスの寝顔が、どこか苦しそうだ。これも気になるが、今はそれよりも火急のことがある。

 甲板に駆け上がる。どうしたんだ、という顔で、当直番のシュリオという名の僕と仲がいい船員がこちらをみる。まだ何も起きてないみたいだな。

 勘違いか?だが障害物、暗礁とかに要注意だな。タイタニックは避けたい。

 

「異常はないか、シュリオ?」

 

「?いや、特に?何かあったのか、イシュト?」

 

「いや、なんか胸騒ぎがするんだ。悪いな、注意して見ててくれ。月も雲で隠れがちだしな」

 

「がってん承知」

 

 真イシュトの、思いすごしか?いや、そんなはずはない。

 僕は背後に視線を投げ、雲の間からみえる月明かりにてらされた船の状態をチェックする。

 マスト、帆ともに異状はない。雨もまだ降ってない。風は死んでてべた凪だ、今はほとんど進んでない。

 

 何がイシュトセンサーにひっかかったんだ?

 暗礁と障害物。クジラなどの巨大生物、──候補を数えながら、僕はマストの上部にある見張り台にするすると登る。

 こっちの当直もちゃんと起きてて、見張ってる。

 

「どうした、イシュト。大丈夫だぜ」

 

「うーん、そうか、ジーノ。俺の勘違いかもしれねえんだがな、──」

 

 じゃあ、船底をチェックするか、水漏れがあったりしてな。──と僕は思いつつ、なおも視界に映る海を睨み、そして普通に見ていたら見つけられなかったであろう、それを見つける。

 

「──おい、ジーノ。あっちだ。見えるか?」

 

「?」

 

「ほらよ、あのあたり。灯りを消してる上に黒塗りで見えにくい。

 こっちも消した方がいいかもな、──だがもう遅い、まず間違いなく見つかってる。」

 

「っ!やべえっ、船長(おやじさん)っ!旗なし、灯りなしの怪しい船、左舷後方!」

 

 気づいた当直が、鐘を鳴らす。僕はそのまま、じっと注視を続ける。

 イシュトの鋭い視力でも、ようやく見えるか見えないか、という距離。

 しかも夜明け前なのに灯りをすべて消している。海上慣習法違反だな、意図的だろう。

 黒塗りの船影。帆が一部破れているなど、決して整備状況がいいようには見えないが、貨物船である当方よりも船足の早い細長い船型。典型的な海賊船の装い。

 水平線ぎりぎりに見えるその船首部分に目を凝らし、僕は覚えず悪態をついた。

 

「そう来たかよ、(ドール)っ!」

 

 どたどたと、たたき起こされた船員たちが甲板に登ってくる。

 僕はマストを降り、船長が出てきた艦橋部分に向かう。

 

「イシュト殿。船か?」

 

(ヤー)。おそらくは海賊船。黒塗り。櫂あり、無点灯、距離およそ4から6タッド。半ザンから1ザンのうちに追いつかれる」

 

「よりによって、ここでか!

 ──おい野郎ども、舶刀(カトラス)を用意しろ、弓の引ける奴は弦を張れ、火矢を用意だ。(ボーディングネット)を甲板に張れ。

 鉤と縄がくるぞ、鉤を付けられたら斬り落とせ、船に上げるな。

 甲板走りは、客を起こせ、身支度させてグルンデさんの客室に。あそこなら全員入る」

 

 あたりに既知の島はない。最寄りの陸からは2モータッド(100km)以上。

 そして。

 

「畜生働きの船だな。舳先に死体が引っかかったままだ」

 

「──だとしたら金で見過ごしちゃ、くれないだろうな」

 

 近づいてきた船の、荒れた様相。

 見つかったことを察したのか、海賊船はもはや隠す気もなく櫂を使い進んできている。決して早い速度ではないが、こっちは風がなくてほとんど進めない。半ザンから1ザンほどで追いつかれてしまうだろう。

 

「どうした、イシュトヴァーン。──海賊か!?」

 

 グインとスニさんが、甲板に上がってきた。緊迫した様子に、すぐ気づいたようだ。

 

「ああ、みろよ。あの一つ目のくそじじいの、ちょっとした余興だぜ。

 ──剣はあるか?」

 

「ああ、ここに。お前のも持ってきた。ただ、舶刀(カトラス)の方がいいのか?」

 

「甲板だけで戦うなら刃渡りが長い方がいいな。だけど船内への切り込みなら舶刀か。

 お前と俺なら、双刀でもいける」

 

 事態は最悪じゃない。統率のとれた船員たちの士気は低くない、そしてこっちには僕の知る限り最強の戦士であるグインもいる。ただ、船を壊されるとどうしようもないが。

 

「グイン殿、イシュト殿、そしてスニ殿も。──戦ってくれるか?」

 

 船長が尋ねる。泰然としている、しわの深い手は、緊張にわずかに震えている。

 なまなかならぬ事態だと、わかっているのだ。

 

「承知」「スニ、てつだい!」

 

「おうよ、当然!あの手の船、降伏しない船の野郎どもは、どのみち板歩きだからな!

 それみてゲラゲラ笑って酒飲むんだぜ、降伏はナシだ」

 

 具体的な(おそら真イシュトヴァーンの実体験に裏打ちされた)話に、周りで聞いてた若手の船員は引いてる気配があったが。

 古参の上級船員たちは動じてないな、頼もしい。

 

「どうせ船足は遅いから逃げられない。帆を巻こう、格好の標的だ」

 

「そうだな、おい、ヤショー、ダラニンド!聞こえたな、帆を巻け!

 スニさん、すまんが(ボーディングネット)を張るのを手伝ってくれ!」

 

 風は全くない、無風。しかし相手は櫂がある。

 本格的ガレー船ほどではないが、着実に船影が大きくなってきた。

 ヤク(とうがらし)の種の大きさから、小指くらいの大きさへ。

 

 その間にも侵入妨害の網が張られ、船倉から出された舶刀(カトラス)と鉢金が船員たちに配られる。

 客の中でも、剣が使える男は船員に混じって舶刀(カトラス)を取る。

 僕は自分の愛刀(数打ちだが、頑丈だ)を左手に、舶刀(カトラス)を右手に持った。

 

 まだ若い、レムスとそれほど年齢の違わない少年水夫が僕を心細そうに見る。

 目があった僕は虚勢を張り、自信ありげにニヤッ、とうなずいて見せた。

 

 空が白んできて、追いすがってくる黒い船がますますくっきりと見えるようになった。

 矢が飛んでくるが、間歇的。

 火矢は威嚇用だったのか、今は使ってない。おそらく物資と船自体を狙ってるな。

 

「グイン、イシュト!うわっ、──」

 

 レムスが上がってきた。魘されてたみたいだけど、今は大丈夫そうだ。

 

「レムス、海賊だ。ここはおっさんたちに任せな」

 

「そうだ。もう皆、グルンデさんの船室に移ってるな?

 部屋の面子をみて逃げ遅れがないか確かめて、あとはお前が女子供を守ってくれ」

 

 そう言われて、レムスも納得したようだ。

 

「その剣のほうがいい?もう、ない?」

 

舶刀(カトラス)には、──余りはねえな。手持ちの剣でいい。

 最悪の場合は、あの部屋の前の廊下で戦え。刃渡りは舶刀(カトラス)より長い、ただ振るな、突け」

 

 そこまで言って、ふと思いつく。

 レムスが走って戻っていこうとするのを僕は呼び止めた。

 

「レムス、俺の手荷物にこれくらいの革袋がある。それと、試作品の「大判紙」を数枚、持ってきてくれるか?

 ただ、5タルザン()のうちに間に合わなかったら、もういい。部屋を守るのに専念してくれ」

 

「ようそろ」

 

 それを聞いた古参の船員たちが笑ってくれて、少しだけ緊張がほどけた。

 

 僕はまた黒い海賊船に目を移す。もう半タッドもない。

 

「そろそろ矢が来るぞ。盾を持つか物陰に!それと火矢に備えて水と布を用意」

 

 300タールの距離で、小さな針のようなものが放たれるのが見えた。まだまだ届く距離ではないな──

 夜明けを待たず、襲ってくるようだ。もう水平線は白んでいる。

 

 200タールの距離で、火矢がいよいよ船に届き始めた。ただまだ距離が遠い。当たれば儲けもの、程度に放っているのだろう。

 ほとんどは海に落ちるが、まれに舷側や甲板に刺さるものがある。

 くそっ、消さねえと、と思ったとたんに、水で濡らした厚布でじゅっと消す俊敏な人影。

 

「スニ、(フューロ)、けす!」

 

 うら若き乙女であるが、しかし老若男女すべて戦士であるセム族であるスニさんの美技。

 正直、火矢を消し止めてくれるだけでありがたい。船員たちの士気も上がる。

 

「おうよ、頼んだぜ!だが気をつけて、陰にな!」

 

 海賊船に目をやる。もはや今は甲板に立つ海賊たちの顔がぼんやり見える。

 衝角で当ててくるかと思ったが、その気配はない。

 相手の船の状態自体があまりよくなくて耐久性に不安があるのか、この船を損傷なく奪いたいのだろう。

 

 海賊船はますます近づく。矢が飛び交いはじめる、だがまだ当てられる距離じゃない。

 こちらの船に平行に船をつけようとしている、海賊船の船首付近をみて僕は唇を噛んだ。

 

「どうした、イシュトヴァーン」

 

「なあ、グイン。あれ、あの船の名だろうな」

 

「そうだろうな。──知ってるのか?」

 

「ああ。──知りたくもなかったけどな」

 

 黒い船の船首には、3つ首のたけだけしい、おぞましい猛犬の首の像がある。

 そして船の船腹には、もはや薄汚れてはいるがルーン文字が読み取れる。

 海賊でも学があるやつが書いたのか、あるいは乗っ取られた軍装船の元の名前そのままだったのだろうか。

 そこにあるのはくそったれの、例のあの船の名前。

 

 ──「ガルムの首」号、と。

 

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