(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。 作:Marchhatter
(偽イシュトヴァーン視点)
そして、海賊襲撃から数日。
「──そしてこうなる、と」
「何ぶつぶつ云ってるの、イシュト?
みてみて!煙が上がってるよ!人がいるのかな?」
「いしゅと!島!くだもの!」
島影が、近づいている。
ついさきほど、スニさんがマストによじ登って四方を眺めわたし、僕をもしのぐ視力でみつけた島だ。
緑豊かな島で、実をつけた高木も遠くに望める。確実に水もあるだろう。
みんな歓喜してるけど、僕はあまり喜べない。
あ、リンダもみたいだな。
すこし離れたところにかわいい女の子のお友達(エレウィディスさん)といるけど、僕の方をちらっと見て。
視線が合うと眉をしかめて首を振った。やっぱり、怒ってない?
彼女、あの海賊襲撃のあたりからますますシビアなんだ。粉のことは謝ったのに。
うなされてたレムスから話を聞ききたいのに、彼女がこわくてまだ話せてない。
だけどさっき、スニさんからも発破をかけられて、──
「いしゅと、元気、出す。大丈夫!」
「ありがとうスニさん」
あー、毛並みがいっそうフワフワモコモコのスニさんには、癒されるなー。
そのスニさんは、じっと島の森に目を注いでいる。船内食も嫌いじゃみたいだけど、もっといろいろ食べてみたいらしく、この島に期待するところがあるらしい。
結構な美食家なんだよ、彼女。
僕は近づきつつある島影をにらみつけ、軽くため息をつきながら。
ここにいたる経緯を、思い浮かべた。
──────
図らずもグインと、にょろっと出てきた真・イシュトのおかげで損害を最小限に抑えられたけれど。
海賊との戦いでは僕たちもまったく無傷、というわけにはいかなかった。
もっとも船員の負傷は、ごくわずか。海賊側の火矢を消し止めようとして火傷したり、運悪く矢を受けたりとかした程度だな。
甲板などへの火矢も、スニさんや船員たちがたいていは消し止めた。
問題は、船腹への火矢による損傷や、図らずも捕らえてしまった海賊の生き残りたち。
長い航海には、水の補給面でも不安がある。
どこかで船を応急手当し、増えた捕虜の分の水も補給したい、ということになり。
航路から逸れて近くの島を目指したのだが(僕は心中は反対で、新しい『積荷』を減らそうと提案したかったけど、さすがに思いとどまった。空気読めるし)。
折り悪く、ノスフェラスからの低気圧に遭遇してしまい、四方八方からの風にもみたてられ。
沈没こそ免れたが、海の迷子になってしまう。
ちなみに嵐では、グインが海に落ちてランドックの白い船に拾われるという面白イベントは起きなかった。
ただ僕は、嵐の中で船員たちと必死に操船しているときに。
横腹に「ランドック」と記されているようにも思える、白い快速船が手持ち無沙汰に5~10タッドほどの位置に待機しているのを見たような気がした。
なんとなく腹が立ってしまった僕は、船室にいたグインを呼ばず黙殺した。
(というか船が沈むか、って状況で、誰もそんな余裕なかったし。)
後で嵐が去った後で教えてあげたけど、グインは僕が思うほど激烈な反応は(表向きは)みせず、ただ詳細に船の様子を訊き、頷いて。
残念だが、それもヤーンの思し召しだ、──と苦笑して言っただけだった*1。
嵐が明け。自分がどこにいるかもわからなくなってしまったのだが。
マストのてっぺんから水平線をみていたスニさんが、島影をみつけ。
僕たちは船の手当(台風でもダメージを受けた)と水の補給のため、上陸することになり。
そして、今にいたる。
──────
船はますます、島に近づく。おあつらえ向きに、接舷できそうな岸壁すらもある。
しかし僕はこの島をみると、ちりちりとした感覚が後頭部に走るのを感じた。
これなー。ワンチャン、原作の
そう、イシュトたちが嵐の後で流れ着いて、古代機械やら幻獣やらを目撃した島だ。
烏賊のお化け(幻獣。たぶん、クラーケンの仲間?)がいるぞ。要注意だな!
そう、僕は思い。
「要注意だな」
そう、ため息まじりにひとりごとを漏らした。
原作イシュトヴァーンは、実のところひとりごとが多い。
現代日本ならきっと警戒されて遠巻きにされ、座った電車の席のまわりにぽっかり空席ができるだろう。
だがここはキレノア世界。ひとりごとくらい、奇行のうちにも入らない。
そう、油断してしまっていたのかもしれない。
「ヴァラキアのイシュトヴァーン。やっぱり、あなたもなのね」
うおっ!
「──リンダか」
思いがけない声に、僕はおもわず奇声をたててしまいそうになるが。
それをかろうじて抑えて渋めのキャラをつくり、そう返答してみる。ほら、冒険小説にふさわしく。
だが僕のちかくにいつのまにか移動してポップしてきたリンダは、そんな不審な態度を論わない。
スミレ色の美しい双眸は、わずかにしかめられ、島に向けられた。
そのきりっとした顔に、僕は思わず目を奪われた。外見だけはすごい美少女なんだよ、リンダって。
「あなたも感じとったんでしょう?この脅威を」
「お、おう。みかけは平穏だが、──危険だな」
そして原作の一場面を思い浮かべて、付け加える。
「──王女様の力が、必要になるな。
大丈夫だ、何があっても守る」
もちろん、グインが、な!
僕は僕で、自分の命を守らなきゃだし、ね?
原作では、海賊との戦闘があって命からがら逃げ出すんだ。
海賊はいまは捕縛されているけど、おとなしくしてる保証はない。まあ原作と違い味方は多い、大丈夫とは思うけど。
そしてこの島でリンダの力は、必要となる。古代機械にリンダがその謎の力(
あれ、でも古代機械が(?)島を破壊する前に逃げ出せば大丈夫なのかな?
「そうね、イシュトヴァーン、ありがとう。あなたも気をつけて。
この島では、きっとあなたの力が必要だわ」
「お、おう」
「大きな力を感じる。怒り?憎しみ?わからない。
──あなたはどう?」
「ああ。2つの力だな。巻き込まれねえように、要注意だ」
この島で出てくる2つの脅威、つまり古代機械と幻獣(クラーケンか、その従兄弟だろう)を思い浮かべ、僕はそう返す。
「──ああ、そういうこと?
だからなのね。この、どこか親しくも感じる波動と、 古き神々の波動。源泉が違うものなのね!
ヤーン大神よ、御加護に感謝を」
なんでか僕に、そんなわけのわからないスピリチュアル巫女談義をふっかけてくるリンダ。
僕はへどもどしながら、適当な返答を返すが、リンダには怒った気配はない。
話がかみあっていない気はしたが、リンダがこれまでの厳しい姿勢を緩めてくれたことに。
僕は心底、ほっとした気持ちを味わっていた。
僕たちがぎこちなく会話をかわす様子を、生暖かくスニさんが見守っていたことを。
そのときはリンダ対応でリソースを使い尽くしてた僕は、知るよしもなかったのだった。
──────
──────
(第三者(スニ)視点)
眼下の甲板で彼女の親友であるリンダと、イシュトが交わすどこか初々しい会話に耳をかたむけながら。
スニは、目的達成の充足感を味わいつつ。
自分が島をみつける前の経緯に、思いを馳せる。
スニが暗躍しようと決心したのは、リンダがイシュトのことで落ち込んでいたからだ。
その原因も、スニにはよくわかっている。
イシュトは好人物ではあるのだが、ひどく鈍いところがあり。
ときにそれはもう、スニの視点からみてもないわーという
リンダがそれに気分を害したのは、無理もない。
ただ
怒りがすぎさると、自分の至らざるところを認め、反省できる人物でもある。
今回も、もう反省モード。ただ高すぎるプライドで素直になれない。
だからスニは、ちょっとだけふたりの間を取り持つことにしたのだった。
それは今、成功しつつある!
スニは頷きながら、ここにいたるまでの苦心を、小ぶりで丸く形のよい頭の中で振り返る。
──────
それは、海賊たちを撃退した直後のことだった。
リンダははたからみて、明らかにイシュトとグイン、そしてスニの無事に安堵しており。
ここしばらくのイシュトへの隔意も、消えていたのにもかかわらず。
イシュトの馬鹿が、リンダの好きな菓子製造用の微細麦粉を使ったことについてくどくどと皆の前で謝り。
彼女の地雷を、踏んでしまったのだ。
「リンダすまねえ、粉のこと怒ってるんだな。ちゃんとまた振るい直す!」
「──違うわよ、馬鹿!来ないで!しっしっ!」
そんなやりとりがあり。
リンダが怒っているのは、もちろん菓子用の粉がなくなってしまったからじゃない。
リンダは、そしてレムスも、イシュトのことを怪しみつつ(なぜ怪しんでたかは、スニにはよくわからない)、心配してたんだ。
なのに、その心配を分からず危険なことをしでかし。
しかもお菓子好きなリンダに怒られる、みたいな、いかにもリンダが食いしん坊みたいなことをみんなの前で言って、その面目をつぶすなんて!
わっからないだろうなー、イシュトには。
あ、こっちきた。
「スニさん慰めて。もうダメ」
「イシュト、グラッ!」
「うがー」
まだうまく伝えきれずもどかしいが、イシュトに非があることを指摘して、まずは凹ませる。
とはいえ、スニは心優しい女の子である。
しおしおになってうずくまった彼の頭を撫でてあげると、イシュトも少し元気になったみたいだ。
「ありがとうスニさん。──もう俺、スニさんがいなかったら生きられないかもしれない、──」
「──スニ、ある、選ぶ、自由」
彼の熱烈な愛の告白に対し、スニは心苦しく思いながらも。
スニだって選ぶ自由がある、と伝えてやんわり拒絶すると。
イシュトは「ぐはっ」と、砂ヒルを口にしてしまったかのような仕草をみせて突っ伏してしまった。
かわいそうなことをしたかな、とわれながら思ったりもするのだが、これはしかたない。
イシュトは基本的に、おもしろくていい人であり。
スニもその人柄を大変好ましく思っているが、でも異性として好きなわけではないので応じることはできない。
やっぱり、スニとしては。
ちょっと冷たげな態度でありながら、スニだけには優しくあまあまに溺愛してくれる、かっこよくて頼りがいのあるつややかな毛並みのセムの、できれば別部族、そう、ツバイ族あたりの青年がいい気がする。
だいたいセムたちの常識としては、前段階の求愛の踊りや歌合せも省いた告白などを身持ちの堅い娘にしようものなら。
目が据わった父親や兄たちが、石斧を持って乗り込んできてもおかしくない。
まあ習俗が違う毛無人のことだから、大目にみてあげよう。
「イシュト、謝る。リンダ、謝る。ただ、謝る。
余計なこと、言う、ない。これ、大事。いい?」
ちょっとかわいそうになったので、そのことにはもう触れず。
(スニはセムたちの基準からいえば、リンダに比肩すべき絶世の美毛並みを備えた容姿を誇るだけでなく、性格も寛大でおおらかな女の子なのである。)
「余計なことを言わず、リンダにただ謝れ」と、そうイシュトに伝え。
再度イシュトの頭を撫でて、はげましてあげた。
そしてその後彼女は、もう一人の親友のもとにいくことにした。
こちらへの工作も、必要だ。
こちらはこちらで、
くぐもった人語らしいものが、その中から発された。
「スニ?スニなの?」
「あい、姫様」
うすくらがりの中。がばっ、と起き上がる顔に前髪がかかっていてなんかこわい、とスニは思ったが。
賢いスニはもちろん、そんなことは口にしない。また枕元に座り、軽く髪をなでる。
リンダはまた顔をシーツに埋めて、ちょっと聞き取りづらい言葉をもそもそと発する。
「ありがとう、スニ。あなただけだわ、私の気持ちを分かってくれるのは。
わかってる。彼、ちょっと気がきかないけど私たちのために、あんなに頑張ってくれたの!
ドールの使徒なら、ヤヌスの使徒の私たちのために、あんなことしないわよね。
きっとイシュトヴァーン、怒ってるでしょうね。──ああ、私、なんであんな態度なんてとってしまったんだろう!スニ、私馬鹿だわ、彼の言葉が粗忽でおろかで無神経だったのはたしかなんだけど、でも王族の価値観が絶対な訳じゃない、って思い知ったつもりだったのに!それに王族としては、たとえ違う価値観でも、粗忽でおろかで無神経に思えたとしても──」
「姫様、違う、馬鹿」
リンダは、このモードになるととても長たらしく面倒くさい人になるので。
彼女の発する後悔の言葉をちょっと聞いてあげてから、スニはそう、
「ありがとう、スニ。でも私は、──」
「いしゅと、違う、馬鹿。ただ、子供。赤ちゃん!」
「ぷふっ、そうね、イシュトだってまだ子供みたいなもんよね、──それを知ってて私、大人げなく怒っちゃって、──」
すこし元気がでたみたいだけど、また落ち込む。
年頃の乙女は、基本的にしつこく肯定してあげなきゃいけない、とスニは知っている。
繰り返し慰めながら、優しくリンダの髪をととのえてあげる。
ノスフェラスの夜に空にかかる
「姫様、正しい。姫様、大丈夫。いしゅと、悪い。
でも姫様、とても、とても、とても怒る。いしゅと、悲しむ」
「ごめん、スニ──」
ぷしゅう、と元気が抜ける。そこでここを一押し。
「いしゅと、言う。リンダ、きれい」
「本当!?」
これは、本当のことだ。
ただイシュトが「レムスも男前になってきたじゃねえか!それにリンダも美人だしな、パロ王家ってやっぱりズルだよな!」とか言ってた、その一部を切り抜いたということは。
賢いスニは、絶対に口にしない。
「イシュト、怒る、ない。イシュト、謝る。リンダ、聞く、そして謝る」
そしてそう、やるべきことを彼女に指示する。
「そうね。わかったわ、スニ。たしかに、私も悪かったわ。謝る。
だいたいイシュトヴァーンがドールの手先なら、光の子たる私とレムスを助けるはずがないのに、先に事実無根なのに疑った私に非がある」
「姫様、勇敢」
「ふふっ、ありがとう、スニ。
それに、私も予感があったの。もう少ししたら、何か大きな脅威を私たちは目にする。
それをしのぐには、彼の力が必要だわ」
「姫様、予言者。えらい」
「そうよ、スニ!私だって、予言者のはしくれなんだから!」
「姫様、すごい。
こんどいしゅとみるとき、いしゅと謝る。そして姫様、謝る。いい?」
よくわからないが、褒めておく。そして、念押し。
「いい、ヤーンの長い雪の白髭にかけて、大丈夫よスニ。みてて」
そう、スニの目にもすこし華奢なこぶしを握り締めて、炎を目に浮かべつつリンダは誓ったのだった──。
──────
眼下では、まさに今、スニが思い描いた図が描かれんとしている。
「あー、その、リンダ。悪かった。いろいろと」
「何をいってるのイシュトヴァーン。私だって、──ごめんなさい」
よくわからないながらも、スニのいうとおりに傭兵は謝り、リンダはそれを受け入れて自分も謝った。
お互いに自分と相手がなぜ謝っているかということについては必ずしも一致した見解を有しているわけではないのだが、それでいいのだ。人の世なんて、そんなものだ。
「それでね、イシュトヴァーン。今回は、『古き神々』かしら。そんな気がするの」
「おう、そうか。俺ぁまた、──『機械』かと」
「さすがね、イシュトヴァーン!
でもそのことは、秘中の秘。人の聞いているところでは、あまり口外しないで──」
なんだかスニの思ったような甘酸っぱい方向でなく、
まあいい、雰囲気は悪くない。よしとしよう。
さて次は、レムスとあのエレウィとかいう毛無人の少女を近づけてみようかな。
エレウィはイシュトに興味があるみたいだけど、なんかそれはやめさせた方が良さそうな気がする。
彼らのすこし上に張り出した帆の横木の上で、
スニは、ほっこりとした笑みを浮かべたのだった。