(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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(本日2回投稿の、2話目です)


047 水晶の都

(第三者視点、クリスタル、数日後)

 

「フロリーよ、この2日間。

 人と会い、道を歩き、市場をめぐり。──どう思った?」

 

「クリスタルには秩序が保たれている、と思います、公女殿下。

 ──ただ、これだけの都市にしては街路にひどく人が少ないように思います。市場にも、物が少ないです。

 そして打ち壊された家、焼かれてそのままの家が多く目につきました」

 

 アムネリス麾下の三千騎は長旅を終えて、昨日、クリスタル市街に入城してきていた。

(ちなみにあまり目立ってはまずいだろう、ということで。

 アストリアスは途中で離脱し、別行動をとっている。)

 

 入城したその日、まだ旅装も解ききらないうちに。

 彼女は、モンゴール側の占領軍の主だった人々との面会を行った。

 先触れも遣わしていたので、タイラン、ブルク、カースロンらとの顔合わせは何の問題もなく終わった。

 アムネリスは、到着以来のわずかな時間でみてとったクリスタル市街の様子に思うところはあったが。

 皆の前で、彼らの体面を汚すような言辞を弄するほど馬鹿ではない。表向きは丁重に、彼らの献身をねぎらった。

 ただ、感激に目を潤ませている猪武者のブルクはともかく。

 タイランの表向きは慇懃でありながら他人を見下している目や、カースロンの奥に野心の陰火を秘めた目には。

 これから公女殿下が直面するであろう困難を、予感させられるものがあった。

 

 ちなみにタイラン長官は、実務的な引継ぎの場に移ってから。

 数日後に、クリスタル公アルド・ナリスを迎えての宴を張りたい、と公女に申し向けてきた。

 

「モンゴール一の美女とも名高い、公女殿下のお披露目ともなります。

 仮面舞踏会の趣向といたそうかと。是非に、しつらえにはお心配りをお願いしたい。」

 

 こういう物言いも、彼女を外見だけの神輿とみるタイランらの侮りの発露なのかもしれないが。

 彼女は、期待に沿えるかわからぬがそれなりの用意はしておこう、と鷹揚に受け流した。

 

 しかしどのみち、彼女の考えではこの縁組みは純然たる政略結婚。

 それに弟に語ったように、婚姻が長続きする見込みは相当に薄い、と父を知る彼女は踏んでいた。

 

(よりによって、モンゴールの蠍の娘との縁談を押し付けられるとは。

 婿殿も、なかなかに報われぬ星の下にお生まれになったようだ。)

 

 ──彼女は自嘲まじりに、そう思った。

 

 続く今日、2日目も。

 公女殿下は精力的に要人と面会し、軍の引継ぎをなさしめていた。

 カースロンらの部下の監視のもとではあるが、クリスタルのもともとの施政者や市民の代表などとの顔合わせも行った。

 死ぬほど相手たちが彼女に怯えていることにはすぐ気づかされた。法治と規律の徹底を約束すると、彼らの青ざめた顔は、半信半疑ながらもわずかに明るくなった。

 空いた時間には、市内をお忍びで(とはいえ、どうしても護衛が付くためどこぞの貴族であろうとは分かってしまうのだが)巡回し、クリスタル市政の状況を確認する。

 有能で忠実なフロリーは公女殿下にその間ずっと付き添い、彼女と同じものを見聞してきた。

 

「そうだな、フロリー。そなたも気づいたか。

 市民たちは街路に出ない。家々の奥から覗く目には、憎悪と恐怖がある──水晶宮でこの2日、面会した者らの目にも。そしてこの館の使用人らの目にも」

 

 公女殿下はここクリスタルでは、とあるパロの将軍、少なくとも高位軍人のものだったと思われる邸宅を割り当てられ、側近たちとともに投宿していた。

 今は他の護衛や使用人たちを下がらせ、アムネリスはこの妹のように思う黒髪の侍女と二人きりとなり、ヴァシャ酒を一杯だけ自分に許し、今後のことに思いを馳せていた。

 

 この割り当てられた邸宅自体は、悪くない。

 おそらくは彼女が(直接にではないが)戦場で首を取ったパロ側の将軍らの邸の一つをタイランらが召し上げ、彼女に割り当ててくれたのだろう。

 この邸宅のあるじの召し抱えていた使用人たちの一部、おそらく行く宛てのない者らは残っていて。

 彼らの公女殿下たちへの奉仕ぶりはゆきとどいていて、決して礼を失したものではないのだが。

 ただ彼ら彼女らがアムネリスたち征服者を見る目には、拭いがたい恐怖があった。

 その悲愴な視線を脳裏に浮かべながら、アムネリスは続けた。

 

「表面上は、治安は保たれている。ただ、それは恐怖によるものなのであろうな。人が少ない。

 人々はわれらの軍に難癖をつけられて私財や命や貞操を奪われないために、街角にすら出たがらない。

 道行く者らの姿を、見たであろう?女たちがいない、特に若い女たちは。

 そして男たちも、みな頭巾(ホーダズ)を被り顔を伏せ、決して目を合わせようとしない。

 あのような仰々しい装い。いかに魔道の国パロといえども、普通は一般の者らのするようなものではないであろうよ」

 

 公女殿下は、ため息をつき。

 今は彼女らしかいない居間の寝椅子の背もたれに背を預け、手にある杯を揺らした。

 

(──この杯も、邸宅の元の主の秘蔵していた、見事な玻璃製のもの。

 他国では千金を積んでもおいそれと手に入れられるものではあるまい)

 

 アムネリスはそう、ぼんやりと思う。

 彼女自身はかつて傭兵に語ったように手じまいを考えていて、補償をある程度積んでの和平をも考えていたが。

 ここクリスタルでのモンゴール軍側の収奪状況をみるにつれ、なかなかにその困難性を痛感させられていた。

 そして、彼女自身の思いはともかく。

 彼女もどうしようもなく征服者の立場、それも責任者の椅子に据えられてしまっている。

 

「──それで、世は治まりましょうか」

 

「このままでは、治まらぬ。──手を打つ必要があるな」

 

 もちろん公女殿下は、モンゴール占領下のゆがみを予測していて。

 麾下の三千のうち文官や治安維持を担当できる者には、すぐに引継ぎを命じ。

 数十人引きつれてきた貴重な司法官らにも、さっそく占領下でのいわれなき邸宅や物資の徴発への補償を進めるように命じた。

 それでも慰撫が成るかというと、難しい。場合によっては手を血で染めねばなるまい、と彼女は思っている。

 だがその陰惨な見通しについては、彼女は侍女には告げず、話の転換を図った。

 

「──明日には、わが婚約者殿との面会を入れられている。

 フロリー、どう聞いている?わが婚約者殿のことを」

 

「ナリス様ですか。素晴らしく、美しい殿方と聞きます。才智に完璧な、半神のごとき方だと」

 

「そうだな。パロきってのレイピアの名手。カルラア神に認められた弦琴の天稟。王立学問研究所でも歴代最優とすら言われる学才。そしてルアーにも比すべき美貌、だったか。──哀れなことだ」

 

「それだけ神に愛されているなんて、半ば信じがたくはありますが、素晴らしいことではないですか。

 それに姫様を娶ることが許されるなど、哀れでなく幸せなことではと思います」

 

「──そうだな、そうだとよいのだが」

 

 しばし、主従の間には沈黙が落ちた。

 女主人の心の裡をつかみかねたと察知したフロリーだが、賢くもそれ以上はなにも口にしなかった。

 

「フロリー。そろそろ寝ようと思う。

 床を延べてくれるか」

 

「はい、寝具をご用意します」

 

 忠実な侍女が出て行った寝室で、公女はしばし、もの思いにふけっていた。

 

(才に恵まれることは、神に愛されることか──しかしあれほどに高い身分や才は、愛されていることになるのか?

 ──私には公ほどの才などないが、それでも儘ならなさは感じるところなのだ。

 世の評どおりだとすれば、むしろ呪いにも思えてしまう)

 

(それにしても。エルはそろそろ連絡をよこしてもいい頃ではないか。

 危険を冒して、知れた秘事を伝えてやったというのに。

 アストリアスは、うまくやるだろうか。エルとの話に、私のことも出たりするだろうか)

 

(──いや、何を考えているのだ。エルとはそのような仲ではない。

 仮にそのような思いが私にあるとすれば、それはまさに将来の良人への裏切りではないか。

 長続きせぬ、専ら計略がらみの冷たい縁組みだとしても)

 

(ナリス公も私も、外見だけは美麗な化物同士だとすれば。

 ──いっそこの鎖つきの婚姻、そのような不埒な女に似合いの天罰なのかな)

 

 父権の強いモンゴール。しかもその最高権力者でもある父親に定められた結婚を覆すことなど、彼女も自分の手にも余ることであることは理解している。

 そしてこの時代その地域の常識としては、たとえ政略婚だとしても嫁いだ以上は夫を第一にたて、奉仕することが女性貴族には求められる。

 それでありながら、アストリアスを使い、気になる男からその好みを聞きだそうとした自分の心の揺れを。

 彼女はわがことながら、正視しかねていた。

 

 ──────

 ──────

(第三者視点、クリスタル、アムネリス公女到着前後の夜)

 

 

 ナリスは、その日も腹心のルナンとひそかに会合を持っていた。

 アムネリスとその率いる軍は、すでにケーミに達している。明日には到着するだろう。

 すでにクリスタルに到着した先ぶれからそのことを知ったタイランから数日後の水晶宮で開催される宴への出席を求められ、ナリスは承諾したものの。

 そのときは心に秘めてみせなかった憤りを、ルナンに吐露していた。

 

 モンゴール側に潜入して情報収集にあたっている、ルナン候の奔放な一人娘リギアからの情報もあって。

 むろんのことナリスらには、モンゴール側がこの宴を申し出てきた狙いはつつぬけである。

 

「案の定だ。奴らの考えそうなことなど、知れている──私を、モンゴール公女の女婿にしてパロとモンゴールを縁続きにこしらえ、パロ国民の不満をしずめ──かつ、正当にして無血にパロ一国を手におさめようというわけだ。──おおかた、そんなことで私を生きてとらえよとこだわっているのだとは思ったが*1。」

 

 征服者への不快と激情とを、ナリスは忠実な部下に語ってみせる。

 

「けしからぬことでありますな。

 ──ただ、殿下。かようにおおがかりな宴であれば、人を忍ばせやすい」

 

 これまた原作どおり、モンゴール側は宴の準備をパロ側に丸投げする予定であった。

 

「そうだな。無粋な警備を数多く置くことなど叶わぬ。

 下働き、給仕に騎士を入れよ。また参加者にも、仮装の一つとして剣を刷かせるか、その場で剣を配る用意を」

 

「機あらば、モンゴール軍の上層部を弑し、公女は討ち取るか人質に」

 

「準備の時間は短い。またタイランは狡猾だ、どこに耳があるかわからぬ。

 戦力になりそうな高位貴族と聖騎士候らには、宴の前に報せを回せ。剛勇のダーヴァルス、ダルカンあたりには監視もあるはずだ、くれぐれも気をつけよ」

 

 その後半ザンほど、ルナンと共謀し、宴を利用したモンゴールへの反乱計画を練り。

 いざというときは実行できるように手筈を整えることがきまり。

 ルナンは満足して、ナリスのもとを辞した。

 

 ナリスは、そのまま部屋に残り、カラム水を口に含み、宙に目をさまよわせる。

 ルナンにみせていた、表向きの愛国の士としての顔とは異質な。

 むしろ昆虫愛好家にも似た好奇心が、その秀麗な顔の下でめぐりはじめる。

 

(モンゴール公女アムネリスか。──これまで興味などなかったが、どのような人物だろうか)

 

 原作とは、わずかに異なり。

 未知への期待が、その見通しがたい、深淵を湛えた瞳に宿る。

 

(──モンゴール軍は、たしかに強兵。

 だがパロ軍も決して弱兵ばかりではないし、国の守りはベックがクリスタルから離れた程度でくずれるものではない。

 上層部のぼんくら貴族どもが腐っていたとはいえ、国境の砦も堅固に維持されていたはずだ。

 事実、クムとの小競り合いには十分に機能していた)

 

 宙に目を据え、ナリスは思考を続ける。

 

(魔道もそうだ。使い捨てに近いが、魔道十二箇条の制約なく魔道を行使せしめうるよう()()()()()()も多数、用意されていたはずだ。

 配下の野獣のごとき蛮兵たちをして、そうした小細工をことごとく正面から食い破らせ。

 このパロに一時とはいえ膝をつかしめた黒幕、人形遣いが存在する。

 明日やってくるという、モンゴールの公女アムネリスこそがその者なのだろうか)

 

(ヴラド公の懐刀、東部国境の要などと呼ばれていたな。槍働きもこなすという。

 女だてらに十字槍を使うと聞いた。話半分に聞く必要はあるが。

 ──親に認められんとして軍才を磨いた娘、ということか?)

 

 ゴーラでもっとも勢いある大公国の主であり、注目されるヴラドの娘。

 しかし対外的にはあまり知られていない──ひとえにパロとは国境も接しない国であるからだが。

 

(個としての武功は、さほどめざましくはないのであろう。名のある武将首を上げたとは聞かない。

 同じゴーラ三公国の女性軍人でも、名高き公女コルネリア──ネリイとは違うようだ)

 

 モンゴールとケイロニアの間、ゴーラ三公国の一つである有力国ユラニア。

 そのユラニアの大公の次女ネリイ(コルネリア)は、丈高く筋骨たくましい偉丈夫であり。

 ナリスもかつて外交官としてエルザイムに遣わされたとき、挨拶を交わした覚えがある。

 武功も挙げており、こちらはまさしく豪放な、武勇にすぐれた女戦士である。

 

(アムネリスも、同じ行事でヴラドとともにサウル殿下への謁見に来ていたという。

 そのときに挨拶を交わしたはずだが、全く印象に残っていない──所詮は、凡庸な飾り神輿か?)

 

(しかしタイランらをみるかぎり、ヴラド本人をさて措けば、モンゴール側にはさしたる謀将はいないように思える。

 そして今回のモンゴールによるパロ奇襲の手口のあざやかさは、ヴラドのやり口とどこか異なる。

 ──となるとこの公女こそが、神輿に見せて実は食わせものの伏せ駒なのか?)

 

(いずれにせよ、この美しいクリスタルを踏みにじったことの報い、受けてもらうことになろう。

 ──そちらが得意な力と槍で臨むならば、こちらも得意な謀と毒でおもてなしする)

 

 美しい芸術品のような口元が、わずかに歪む。

 

(ヴラド大公は公女を信頼し、数々の要職につけてきた。公国を継がせるつもりだという噂もある。

 さて、蠍よ。──蠍はあのむくつけき外見に似合わず、子煩悩だというが。

 自らが為すのと同じことを、自らも為される覚悟をせねばならぬ、とあらためて学んでもらおう)

 

 その口元には、今やはっきりと。

 切れるような嘲笑が浮かんでいた。

 

*1
第6巻『アルゴスの黒太子』254頁の一節。ただし原作ではこの一節は心中の独白として書かれています。




(覚書)

○ユラニア
 ユラニアはゴーラ三公国の一つである。ゴーラのサウル皇帝領をも内包し、実質的にはゴーラの中心ともいえる。
 原作はユラニアについては相当に冷淡である。国としてのイメージがある程度明確な他の諸国(パロ→想定はフランス、モンゴール→想定は中・東欧、ケイロニア→想定は北欧、クム→想定は東南アジア、キタイ→想定は中国、沿海州諸国→想定はヴェネツィア等(イタリア))と異なり、うまく性格付けできていなかったためかもしれない。登場人物もどこかことさらに貶められて凡庸な印象を受ける描写が多い。
 ただし穀倉地帯を擁し、強国ケイロニアと尚武の国モンゴールに挟まれ、しかもゴーラ三公国の筆頭として政治的にも対等にわたりあってきた(はずの)興味深い立ち位置の国でもある。原作ではケイロニアなど他国を引き立たせようと(?)ディスってしまったのかもしれないが、本作では(特に登場人物については)原作とは設定を少々変更したい。
 国のイメージがややつかみにくいのだが、保護を名目にゴーラ皇帝をからめとる政治力、ケイロニアとまがりなりにも対峙できる軍事力、かなり温暖肥沃な穀倉地帯であるとの描写などがみられる。穀倉地帯のハンガリーやボヘミアあたりを支配していたオーストリア=ハンガリー二重帝国あたりの印象が、本来は嵌りそうな気もしている。クムからの移民であろう「青髭」オーランなど外国人傭兵の登用もみられることや、北方民族南下の最前線の位置にあることも考えると、(原作では古くて変化がない国とされていたが)実は民族的にはかなりの激動を経た多民族国家なのではないかとも思われる。
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