(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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(本日2話投稿の、2話目です)


053 アムネリスの好意

(第三者視点、クリスタルの水晶宮、昼)

 

「私ならあなたをこう呼びますよ──光の公女、とね」*1

 

「過分なお言葉でありましょう。しかし公の御心、有難く」

 

 クリスタル公アルド・ナリスは、モンゴール公女アムネリスの部屋を訪れていた。

 彼女の美しさを賞賛し、氷の公女ではない、光の公女だというナリスの言葉に。

 彼女は謙遜してみせつつ、謝意を示した。

 

 ──それなりの苦労人である公女のナリスへの態度は、かの傭兵の知る原作より丁寧かつ冷静であり。

 他方で傭兵の警告もあって、公女のナリスへの心理的な距離は、原作よりかなり遠いものとなっていた。

 

「それでは、私は公を何と呼ぶべきでしょうか。──闇の貴公子、とでも」

 

 公女アムネリスはナリスの言葉に対し、自分の受けた印象そのままにそう答えてみたが。

 すぐに当意即妙の答えが返ってくると思っていたナリスには、一瞬の沈黙が生じた。

 

「──これは、手厳しいな。私は、闇ですか」

 

 ナリスは、やや小さめの、硬い声でそうつぶやいた。

 

 ”その日のナリスの装いは、深みのある紫の天鵞絨のトーガに銀の縫い取りをしたサッシュを長くたらし、白い細身のズボンがトーガの下からのぞいていた。小さな銀の、ルーン文字をかたどったペンダント、銀の、額にしめたバンド、そして細身の剣だけが、アクセントをつくっている。”*2

 

 その彼の典雅な装いに印象的な黒い髪、深淵を湛える黒い目。

 それもあって、ナリス公は古代から連綿と存在してきたパロという神秘な国の闇を思わせ。

 公女はその印象から、そう呼んでしまったのだが。

 しかし自分の言葉に公が気を悪くしたようだと見てとって、彼女は言葉を探した。

 

「──失礼であったかもしれませぬな、ナリス公。

 私の目には、公が古代から息づく神秘の闇の()()()()をまとった神々しき存在に映りましたゆえ。

 ただ光が善、闇が悪というのは、あくまで中原人の分類でありましょう」

 

「──なるほど。しかし、闇が正義とは──」

 

「私は最近、水の乏しき、はるかに砂が波打つ地での任についたことがあります。

 その地の民は光を悪、闇を善と解しておりました。太陽の光のもたらす熱と渇きは、容易く人の命を奪いますゆえ。

 なんと彼らの神は、オアシスの貴重な水場、命を守る水の在処を示す蛙でしたな」

 

 ナリスは、眉をひらき、興味を惹かれたように頷いた。

 ただ、聞き返してもこない。公女は彼が本当に興味を惹かれたのか判断しかねた。

 彼女は、言葉を継ぐ。

 

「──そして下々と異なり、我ら為政者は光だけで世を治めることも叶いますまい。

 光には影がともなう、秩序は罰を必要とする──そう思っております。

 ──ただ公の反応をみるに、やはり適切ではなかったようです」

 

 公の黒い目は、なお彼女を見つめている。

 こちらの意味したいことは届いているだろうか、とアムネリスは一抹の不安を覚えた。

 

「──わが郷里の諺に、家に入れば家に、里に入れば里に従えと云います。

 先ほどの言葉はこのパロの考えでは無礼だったのかもしれませんな。私のもの知らずで不快な思いをさせたこと、曲げてご寛恕を。

 言い直しをお許しいただけるなら、公のその心の焔にちなんで『炎の貴公子』とお呼びすべきでしょうか。公を見たときにわが心に浮かんだ、もう一つの言葉です」

 

 公女は、この貴公子の裡に燃える炎があると気づいていた。カースロンあたりが放言してたような、人を刺す舌を持つだけの皮肉屋の貴公子などでは、決してない。

 ただ予断もあるかもしれないが、その炎にはどこか昏いものがあるようにも彼女には感じられていた。

 衆目を集め、権勢を誇る身にはそぐわない瞋恚の焔に思える──正直、とても賢いのであろうが相当に怒りっぽいようにも思える、とアムネリスは思ったが、口には出さなかった。

 

「いや、光と炎はまさしく公女殿下のことではないでしょうか?

 それに姫は誇り高く美しきイラナでありながら、優れた見識をお持ちだ──いきなり隣人を攻めるようなことを為すお方とは、思えぬ」

 

 ナリスは苦笑し、手元のカラム水の杯を揺らした。

 公女はこわばった微笑みを返したが、心中は困惑を強めていた。

 

(予想以上に公が、──なれなれしい? いや、敵対的であるよりよいのか?

 だがやはり含むところがあるのだろう、言葉に毒を挟んでくる)

 

(彼の会話、どこを目指しているかよくわからぬ。施政のことに話が及ばぬ。クリージュダール(クリスタル)公たる彼には、クリージュダールの恤救が優先事項だと思ったが、──。

 私を美しいと評してくれるのはいいが、本気とも思えぬ。顔や外見を褒めれば喜ぶ小娘と思われても困るのだが──)

 

(あるいはこうして私の時間を奪うことが目的か?──いや、彼も同じ時間を失っている。それで得られるものなどなかろう)

 

(──なぜ公は、自分のことを語ろうとしない?それに私のことも、知ろうとはしない。

 私が婚約者とされることを、公はすでに予想済みのはずだが。

 公も結婚をかりそめのものとみて、お互いを知ることなどどうでもいいと思っているのか?

 死んだ母は、敵であろうが家に入ればその家に従え、と言っていたな。しかし、これでは──)

 

(心が知れぬ。かの傭兵の言のように、本当は近づくべきでない。

 かように矜持の高い方には、強いられあてがわれた結婚自体が不快なのだろう。だが結婚を命じられたからには、他に私には道はない)

 

(彼がこのクリージュダールの人々に絶大な影響力を持っているのも、事実。

 彼が求めるものと折り合いをつけ、この国からの撤退と和約に導かねばならぬ──今はもう敵でないこと、ナリス公ご自身に対しては好意があることを、示さねばならぬか)

 

 アムネリスは民の慰撫に努め、その副産物として膨大な量の裁きごとや調整事項を抱えていたものの。

 父である大公から与えられた主な任務は、このナリスとの結婚である。

 だから彼女はすぎゆく時間に焦燥を感じながらも、忍耐強く公と目的地の見えない会話を続けることにした。

 

「美しい女の人は、美しく装うのが当然ですよ、──」*3

 

 困惑を知ってか知らずか、公は彼女の外見ばかり話題に上げているように思える。

 年頃の女として以外に、彼女には存在価値がないとでもいうように。

 普通なら好意の表れとも受け取れるが、彼女には違和感をも感じさせていた。

 

 彼女は将軍であり指揮を主とするものの、戦いの場に身を置くこともある。手傷を負わされたことも一度や二度ではない。

 戦ではないがつい先日も、あの傭兵に顔を傷つけられたばかりだ。──ちなみに今は完治して痕跡もなくなり、侍女や部下たちは胸を撫でおろした。しかし公女はあの傭兵がまた少し遠くなってしまったようで、一抹の寂寥感を覚えている。

 それはともかく、自分の顔の美しさなど儚いものだ、と彼女は思っている。

 

 もっともパロの貴族女性のような、繊細優美なお洒落にも、惹かれるものがあるのは事実。

 あのフリフリの服装をかの傭兵(アルゴンのエル)の前で着用したらどういう反応があるか確かめたいが、自分にはあのような甘い雰囲気のドレスなど合わないような気もする。

 

 ──失敗は、したくない。まずはどんな女が好みなのかという点、アストリアスからの報告を聴取せねばならないな。

 待ち遠しい。ちょっと早いがアストリアスに指令を出し、もう目的地に向かってもらおう。

 

 そう彼女は決心し──少し顔が緩み、笑みを浮かべてしまった。

 

 気がつくとナリスの黒い双眸が、じっとこちらを見つめている。

 しまった。かの傭兵のことを考えていて間が空いたかもしれない。頬が熱い。

 それに婚約予定の相手の前で他の男のことを考えるのは、モンゴール人の価値観では不貞。

 アムネリスは、内心わずかに狼狽し。想い人の彼とは異なれど同じ色の、黒い目を見返し。

 桜色の唇を舐めて、言葉を返す。

 

「──そうですね、そしてパロでは美しい男も、美しく装うというのが習いなのでしょう。

 流石は、美と典雅の都クリスタルでありますな」

 

(だが、醜く生まれてしまったら?

 わが国であれば、ヴロンのように槍働きができれば何の問題もない。

 しかし戦も少ないこの国だと──)

 

 ふと、そんなことが頭をよぎる。

 そのような外見至上主義(ルッキズム)の犠牲者というべき男、アリストートスが。

 パロ北部のモルダニアの村を追われ、その肚の中に煮えたぎるような瞋恚と野望を抱きながら彷徨っているということを。

 今の彼女たちは、知るよしもなかった。

 

 ──────

 

 原作とは微妙に違う道筋ではあるが、話はパロの王子と王女に及んだ。

(王女の名を出してもアムネリスが嫉妬をみせないことは、ナリスにとって計算違いではあったものの。

 ナリスが自分の作品と考えている王女と、王の器ではない(と彼が考える)のに中途半端に古代機械の知識を備えている王子の生死と所在に、ナリスは大きな関心を抱いていた。)

 

「彼女を愛しておいでなのですか?」

 

「──これは、妙だな、アムネリス。あなたの云いかたをきいていると、まるで──そう、まるで、あなたは、このパロの見失われた真珠を、よく見知っているし、その存在が心にかかっている、かのようにきこえますね」*4

 

 ゆらめくような黒い瞳が、彼女を見据えている。硬い声。

 公の目を見返しながら、公女は考える。

 

 原作と異なり、王子王女がノスフェラスにいたということは特に秘密というわけでもない。

 モンゴールではノスフェラス王との和議による商機を専ら遠征の成果として宣伝していたが。

 その遠征からの帰還兵に尋ねれば経緯は容易に知れよう、口止めなどしていないわけであるし、と公女は考える。

 

 そして彼女とパロの王女とは折り合いがいいとは到底言えないが、決定的に敵対したわけではない。最終的には和議を結んで、穏便に去ってもらっている。

 だから王子王女の情報は、ほどなくパロ側も入手するだろう、と彼女は思う。

(というより魔道師を多く抱えるパロが、その情報をいまだに入手していないらしいことの方が、彼女には意外に思われた。)

 

 そしてアムネリスとしては、ナリスと結婚する以上は(父大公が結婚後にどのような動きをするかという予測はつくものの)関係を良好に維持したいと思っていた。

 

 ──どのみち噂で伝わるだろう。ならばここは自分の公への特別な好意を示す証として、この場で自分の知るところを伝えよう。

 

 そう、公女は決断する。

 

「よく見知っているなどとは云えませぬが、存じております。

 お二方の存在も、確かにこの心にかかっております」

 

 心にかかっているのは双子というより、あの傭兵なのだが、彼女はそう答えた。──彼ら一行の行方が気にかかるのは事実。嘘ではない。

 

 その返答は、しかしナリスにはよほどに意外なものだったらしい。

 目を見開き、彼は公女を問いただした。これまでのような皮肉交じりの丁寧さの皮が、剥がれた。

 

「双子は、どこに」*5

 

「最後に見たのは、さよう、一月ほど前のノスフェラス。今はもうそこにはおられますまいが、別れたときは健在であられましたな。その後の行先までは、知りませぬ。

 ──もっと早くお伝えすべきだったでしょうか。私は、公は既にご存じであったかと思っていました」

 

「ノスフェラスに──供もなく?」

 

「供、──力づよき朋が、付いておられましたな」

 

 そして彼女は、伝えてよいと彼女が判断したことを公に伝えた。

 もっとも彼女は王者の風格を備えた豹頭の仮面の超戦士グインについては触れたものの、黒曜石の眼の傭兵(アルゴンのエル)については触れなかった。触れる必要がないと判断したからだ。

 もちろんのこと、彼女が派遣された本当の理由、──死の谷の殺生石やカル・モルについての言及もしなかった。双子の逃走とカロイによるスタフォロス襲撃への報復の必要性は、十分な理由であったからだ。

 

 興味深げに、公は公女の話を聴き取ったが。

 その闇色の目の奥で、公が何を考えているのか。

 ついぞ会談の終わりまで、公女はつかむことができなかった。

 

 ──────

 ──────

 

(第三者視点)

 

「ルナン。あの娘をどう見る?」

 

「さて、誰のことでありましょうや。

 ──ああ、昼にナリス様が訪れた、毛並みだけは美しい雌犬のことでありましょうや」

 

「ふふっ、ルナン。言うものだな。

 それを言えば私も、美しい黒毛の雄猿とでも彼女に思われたかもしれぬ」

 

「そんなことを思う雌犬など、私が一寸刻みに切り刻んで厠に捨ててやります。しょせん狡猾、残酷なゴーラの番犬ではございませんか!

 それにしても。

 美しいと彼女に思われた、ということには疑いを持たないのですね、ナリス様は」

 

「それは事実だからね。

 彼女は狡猾で残酷で野蛮なモンゴール人だ。そして聡明で美しい。

 この私と、似ているところが多いじゃないか」

 

「何をおっしゃるので!全く違うではありませんか!」

 

「おや、違うのかな、ルナン。

 一応はこの私も、そこまで悪くない顔と頭をもって生まれたつもりでいたのだけれどもね」

 

「違うのはそこではありませぬ。あんな犬畜生を、美しいなどと!

 (つら)だけを見れば、──まあ、そこそこなれど。

 パロの男並みに図体は大きく腕も太く、手には剣だこまでありましたぞ。話に聞く、クムの闘技場の女剣奴のようではございませぬか!

 ──はぁ、ナリス様も困ったものですな」

 

 ルナンがふかぶかとため息をつくさまを、ナリスは面白そうにみつめた。

 

「ルナンも見ていたのだな。──だが剣も相当使うだろうが、あれはおそらく槍使いの腕だ」

 

「所詮、人殺しの腕です」

 

「云うな、それを言えば兵士も騎士も人殺しが本業だ。

 私も、そなたもいくさで人を殺めたことはあるだろう。それも、何人も」

 

「しかし、女の仕事は──」

 

「云ってくれるな、ルナン──そなたの娘の献身も、顧みよ」

 

 ルナンは文句を言いかけたが、ナリスのいつになく真剣な目を見て黙った。

 

「──しかしナリス様、どうなさるので」

 

 ルナンは切り替えて、彼の主に問いただす。

 公女アムネリスを人質にとり、駐留軍を牽制し、ナリスの檄で貴族や国軍を動かす。

 それが、彼らの当初の計画だった。

 

 しかし初顔合わせの場では、公女は巧みに場を引き締め。

 また自分自身を人質に取られないように、手練れの護衛を伴い。

 彼らに、付け入る隙を与えなかった。

 

 そして彼女が第一陣として引きつれてきた、わずかな精鋭と文官を中心とした三千の兵での統治の底入れも効果が上がってきており、クリスタルの治安は大幅に向上していた。

 要は、アムネリスを人質とし、市民の不満を利用しての蜂起という計画は、暗礁に乗り上げつつある。

 

「モンゴールの野蛮人どもが、好き勝手な乱暴狼藉を続けていてくれたらな。

 クリスタル市民の反発をあおることは、容易だったのだが」

 

「女狐が到着後すぐに略奪を禁止し、軍律違反の輩をむごく公開処刑しましたな。またたくまに蛮兵らの略奪が止まったそうです。

 もちろん、人気取りではありましょうが──取り締まられる側のモンゴールの一般兵からの支持も高いのが、解せませんな」

 

 軍律を引き締め、巡検を増やして最低限の治安維持に注力し始めた、公女アムネリスは。

 クリスタル市民からは、もちろんまだ恐怖されてはいるものの。

 カースロンたちをはじめとする、好き勝手に横領する野盗のごとき連中とは違う、と印象づけることには成功していた。

 

 そして真面目なモンゴールの一般兵からの支持も、実は高かった。

 彼らも徴兵前は堅気の市民である。一部の友軍の乱暴者の略奪行為を見聞きして辟易し、嫌悪感を持つ者が多かったのだ。

 

「非道な辻斬り、強盗を行わせ、モンゴール兵らのせいに仕立ててはいかがでしょうか」

 

「蜂起を行わせる方向なら、それも選択肢の一つだがな──だが今はまだしなくてよい、先に言ったとおり、しばらくは()()の運びを私に任せよ。

 それより、今日私が彼女と交わした会話の内容だが、──」

 

 アムネリスとの会見の場には、ルナンは入っていない。

 ナリスは、双子がノスフェラスにいた、ということを含めて、ルナンに彼が得た情報を伝える。

 聞いたルナンは、明らかに困惑していた。

 

「本当ならば大変に重要な情報に思われますが──しかし、真で?」

 

「真のはずがあるまい。われらと同様、彼らもこざかしく罠を仕掛けて反応をみているのであろう──ただ」

 

「ただ?」

 

「まことによく練られた偽情報だ。指し手(ヴラド大公)は知っているな、パロ王家の秘中の秘を──おそらくは、公女も」

 

「それは、──」

 

「早まるな。それも含めて、私に任せよ。

 調べて知れる程度なら、王家の秘を開示しようと考えている。大魚を釣る餌となそう。

 そしてな、ルナン。リギアに伝えよ──」

 

 ナリスはルナンに、いくつかの指示を下し。

 ルナンは、承って退出した。

 

 ──────

 

 ルナンの、退出後。

 ナリスはしばし虚空に目をとどめ、数タルザンほど黙考していたが。

 やがて魔道士を呼び出し、存念を伝えた。

 

「ロルカ。ここクリスタルからの転移可能距離を知りたい。ノスフェラスは、難しいか?」

 

「魔道師の塔所属のパロの魔道士には、無理ですな。ただ、正確に言えば距離の問題ではございませぬ。

 クム東端部、モンゴール辺境地帯以東の地は、神秘の力の薄き地*6

 かの地を支配したことなきパロの魔道師には、強力な術を行使できませぬ。ここからの直接の転移は、困難かと」

 

「そうだったな。──直接の転移でなければ?」

 

「パロの魔力薄き地でも、知ったる場所を目的地となすのであれば、数タッドの距離の転移は叶いましょう*7。あるいは大魔道師と言われるほどの、自身が強い魔力を持つもの──」

 

「今代の巫女姫のような、か。無理だな」

 

「──それか当方が魔力を注ぎ細工した、多少とも魔力の器のある者。

 その地に、いわばパロとをその地をつなぐ仲立ち役、魔力の架け橋となる者を置きますれば、その者の近くへの転移ができますな*8

 ただ現在、そのような者がモンゴールにはおりませぬ」

 

「モンゴールとの貿易問題はあったが、交戦に至ることは想定外だったからな。

 その仲立ち役は、──ディーンを使うか。あれも王族、魔道の素質もあったはず。

 ──ちなみに『近く』とは、どのくらいの距離だ?あと、ユラニア方面になら魔道による転移は使えるのか?」

 

「転移可能なのは、その仲立ち役の者のせいぜい2、30タール以内*9

 そしてユラニアでも、旧ゴーラ八州の中の地域への転移は無理ですな、彼の地には古代ゴーラの魔道士どもが作りなした()()()()がありますれば。それどころか、パロの魔道士の多くが、かの国では力を弱められてしまいますな*10

 太古の魔道師、複数神から加護を得るが如き大魔道師ならば、障壁による制限はないといいます*11

 

「ああ、学舎でも習ったな。『アティウス帝の大障壁』というやつか。

 それにそなたらも転移には上限回数が決められていたはずだ。──魔道は強大な力だが、制限も弊害も多い」

 

「さようですな」

 

 ロルカは、ひどく無感情にそう答えた。

 そのローブにつつまれた姿を、ナリスはふとしげしげと関心を抱いて眺める。

 学舎で彼が見知っていたロルカは、ナリスとさほど変わらない年齢だったはずだ。才気があり、友人も多い陽気な若者だった。

 それが今では、陰鬱な老人のように枯れしなびたたたずまい。これが真に、ロルカ本人なのだろうか。やせさらばえた体躯は魔道の行使のせいか、あるいは激務のせいなのか。

 

 国家所属の魔道士の寿命は、必ずしも長くない。特に血なまぐさい任務に就いていなくとも、失踪する者や行方不明者が非常に多い、という噂を小耳に挟んだことがある。

 そこにナリスは闇を感じていたが、秘密主義の魔道師の塔には彼の力も及ばない。この博識な貴公子すらもその実態を十分には知り得なかった。

 非常に長命で力の制限もないようにみえる大魔道師と、一般の国家所属の魔道士の格差。この違いは何に由来するのだろうか、とナリスは思った。

 

「マリウスさまを、仲立ちの器となしますか」

 

「ああ、あれも王族だ。嘆かわしくも責任を(なげう)っているが、王族と生まれ民の膏を食んで育った以上、せめて今だけでもパロのために働いてもらわねばな。

 ──たしかその器となすと、心身が損なわれるのではなかったな?魔道士と同様に」

 

「──数回、いや数十回重ねても、さほどの問題はございませぬ。

 ただ数多くを重ねたり、非常に強力な魔道を使うのに用いたりしますと、健康は害され人格も歪み、その心を狂わせますな」

 

「ならば使え。理を説き、なお逆らうなら黒蓮を用いるもやむなし」

 

「御意」

 

「まずはディーンの所在を突き止めよ。国の外にはまだ出ていないはずだ。

 吟遊詩人か、王族の顔を知らぬ地方の下級貴族や商家の家庭教師あたり──おそらく吟遊詩人であろうな。人は一人で技芸は磨けぬ、そして奴は人々の喝采から離れられぬ。

 パロの地方のそれなりの規模の町。そこに最近現れた評判のよいキタラ弾きを探せ」

 

「御意」

 

「頼むぞ」

 

 ロルカが退出した後、ナリスはしばし物思いにふけった。

 その思考は、今日の会見相手に及ぶ。

 

(モンゴール公女、アムネリス)

 

(なるほど、ゴーラ一の美女とは嘘ではない。また聡くもあった。私の不快にも気づいて心を砕き、返答にも私への好意を示さんとしていたが)

 

(今日の会談は、思うほどは功を奏しなかった。警戒していたからだろうか。それともリギア同様、甘言では容易に動かせぬ種類の娘か、──私の心の闇に気づいた、というわけではなかろうな)

 

(それでも美しさを称賛したさいには、年頃の娘らしい反応があった。モンゴール女を口説くのは初めてだが、パロの貴族娘と全く違うとは思われぬ。関心の所在は多少異なっていたとしても)

 

(それに猫の皮を剥ぐ方法は一つではない。あの女狐の皮を剥ぐ方法も──そう、最後は生きたまま生皮を剥いでやるか。私のリンダと並び称されるものなど、この世に存在する必要はない)

 

(古代機械のことを、モンゴールは知っている。此度のいかにも唐突なパロ侵攻の、少なくとも理由の一つのはずだ。所在や使用方法は、喉から手が出るほどに欲しい情報のはず。これを、彼女を釣る餌となそう)

 

(モンゴールの手元に双子はいない。またいたとしても、レムスはまだ秘蹟の完全な承継に至っていない。継受を受け、所在明らかな王家の者は、この私のみ。私を得ることに、彼らは高い値段を付けよう)

 

(──ただ、いぶかしいことではある。なぜ、古代機械の継承は王家の血に限られるのか)

 

(途中の失伝の危険を、まるで考えていないようだ。事実、今回は私も完全な継受を受けていないし、レムスもそうだ)

 

(今回、少なくとも部分的な失伝は生じたはず。似た事態は、過去にもあったはずだ)

 

(まるで王家の血が絶えたり、知識が絶えたりしても、それはそれでいいと考えているような──)

 

(事実、承継は何事もなかったのごとく続いてきたのだ。

 不完全とはいえリア大臣も古代機械の知識を得ていたが、──もしかすると?)

 

(まあ、それは今考えることではない。改めて考えよう。明日にでも機械を見に行かねばな)

 

「ナリス様。カラヴィアへの遣いが、戻ってまいりました」

 

 地方の王党派の貴族への使いが、戻ってきたようだ。

 彼のアムネリスへの働きかけが実るとしても、またアルゴスその他の助力があるとしても、最終的にはパロ自身の軍事力の行使が必要だと、ナリスは考えている。

 単なる王族間の友誼のみを理由として、見返りもなく兵の血を流すことを認める支配者などいない。ましてパロの地は緩衝地帯とするには広すぎ、また利がありすぎる。

 自ら独立の力があると示し、助力はあくまで助力としての位置づけにとどめねば、パロを傀儡として支配する国の名が交代するだけに終わってしまう。

 

 ナリスは思索を止め、遣いを呼ばせ。

 労いつつも、報せの聴取を始めたのだった。

*1
第7巻「望郷の聖双生児」97頁。

*2
第7巻95頁。なお筆者は、他はともかく「ズボン」には拭えない違和感があり、「膝袴(フェモラリア)(キュロット)」や「指貫袴(ブリカエ)」あたりを検討したが確かにあまり適切なものがなく、原作はこうなので一応このままとする。なお中世フランスを想定するなら、おそらくキュロットやタイツの方が時代考証的には近いような気がする。

*3
第7巻「望郷の聖双生児」98頁。

*4
第7巻「望郷の聖双生児」102頁。

*5
第7巻「望郷の聖双生児」102頁。

*6
捏造設定。本当なら未開の地であるモンゴールでは、なぜか魔道の力は信用されず弾圧されている。おそらく、魔道師の力があまり使えない事情があるのではないか(金銭的に見合わない、というのはもちろんあるとして、ガユスやボノーは占い程度しか実力を発揮できていない。)。カル・モルもそれなりの実力ある魔道師のはずだが、ノスフェラスの探索にかなり長い時間をかけている。転移ができるならそこまで要さないはずだが・・。

*7
捏造設定。

*8
かなりの捏造設定。

*9
もちろん捏造設定。しかし何らかの事情がないと、原作では魔道師が能力に見合わない、すごく間抜けな無駄ムーブばかりしていることになる(普通にミアイルもロルカがさくっと暗殺してくればいいのに、わざわざマリウスをもぐりこませてすったもんだしている)。いや、魔道を使うほどに判断力が減じられてしまう、という制約とか縛りとかがあるのかもしれないが・・。

*10
これまた捏造設定であるが、ユラニアが敵国の魔道士の攻撃や侵略を受けなかった理由の一つには、ゴーラが強国だったときの遺構などがあった、という事情を想定したい。パロも似たような感知の仕組みがあると思われる(イシュトヴァーンが国境を越えたとき、すぐにヴァレリウスに捕捉されている。「運命のマルガ」参照)。

*11
「闇の司祭」グラチウスやイェライシャはもちろん、これにあたる。




(覚書)
○魔道と科学、魔道の限界(後で補足予定)

 原作では魔道と科学は同根とされているように思われる。魔道は超科学の一つという位置づけなのだろう。「ノスフェラスの嵐」でのロカンドラスの言動などは特に科学臭が強いし、ヴァレリウスの「サイコ・バリヤー」などというものも出てきたりもした。また魔道は結局は一つの理論で説明できるもののようだ。
 他方で魔道は妙に人間くさい規律で保たれていたりもしている(魔道十二箇条)。また個人的には精神的なものに魔道の礎を求め、精神生命体とか精神力が現実世界に影響を及ぼすといった説明があまり好きではない。
 本作ではこの点の設定は原作と異ならせ、後の展開(グインの正体その他も含む)は、原作とはおそらく異なるものとなると思う。魔道は一つの根しか持たないものではなく多起源的なものであり、科学の一分岐としての退化した超科学としての魔道もあれば、悍ましい異神に根源を持つ魔道も、科学でも神でも説明できない奇妙な()()()()から生まれる現象としての魔道もあると思う。
 また本作では、原作ほどに魔道はこの世界に対する決定的影響力を持たない。強い力を持ちはするが、剣と魔法の天秤の一方にすぎず、剣に屈することも多いであろう。
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