(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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(本日1回投稿です)
◯ご感想をいただきました。ありがとうございました!
(またご評価もいただきました。ありがとうございました!)

・ナリス公、自分では愉悦部に属したつもりでうっかり入部届を出し忘れてそうな抜けたところがあり。
 実は策士策に溺れるに当てはまりそうな気がしないでもないですねー。
 優秀ながら抜けている彼のこと。原作にないファンブルを起こしてくれるに違いありません・・。

・古代機械、おそらく自我あるAIなのでしょう!(未読パートで確信なし)。
 科学的にいえば脳のシナプスの接続をいじくるのだとすれば、うわ怖っ、って感じです・・。

・アリはやはりグイン作中でも屈指のやべー人物で、同情すべき生い立ちではあると思うのですが。
 さすがに暗黒面に堕ちた彼に手を差し伸べたら、引き込まれそうです。
 精神的には、グラチウスのほうがよほど健全のような・・(後の巻が未読なので詳細不明ですが)

・確かにこの二人、貴族同士といいながら、先進国と新興国とで常識や精神性もおそらくまるで違っていて。
 いろいろとカルチャーショックがあったりしたりもすることでしょう・・。

・大公殿下、やはりお疲れなのでしょう。
 黒竜戦役以外の賭けではことごとく勝ってきたのは運だけでなく実力もあったと思われますが、新興国立ち上げは容易ではなかったはず・・。

・オロとゴダロたち一家をからめて早く飯テロ(笑)を書きたいのですが、まだ果たせず。
 きっとオロの子供たちも加わり。肉まんの余った皮の生地をラードで揚げた揚げ麺麭を、口に入れてたりもすることでしょう・・。
 
・真イシュトも相当やらかして悲劇も起きていますが。
 偽イシュトのガバは救いがたいものの、これだけ積み重ねれば、マイナス×マイナスでプラスになるかも・・!

・偽イシュトは、女心の地雷をことごとく丹念に踏み抜く男ですので。
 きっと空高く吹き飛ばされながら、あれー何が失敗だったかなー、などと考えているものと思われます・・。

・原作アムと異なり有能なだけに、モンゴールによる偽イシュト包囲網は厳しいことでしょう(怖)。

〇第三者&偽イシュトです。
・捏造設定&独自展開を含んでいます。


054 神誓

(レムス視点)

 

「ねえ、グイン。──ちょっといい?」

 

「応。船室に行くか?」

 

「うん、お願い」

 

 グインと相談したいと思っていたレムスは、甲板にいたグインにこっそり声をかけ。

 自分たちの船室に行くことにした。

(この時代の船の客室は、よほどの高級船でない限りは硝子の窓などもなく真っ暗であり。

 乗客は甲板や娯楽室に上がるのが普通で、暗い船室に日中閉じこもっていることはあまりなかった。)

 

 レムスと豹頭のグイン、そしてイシュトヴァーンと名乗る傭兵とは、同じ船室に割り当てられている。

 スタフォロス以来ずっと3人で起き伏ししてきた彼らは、今ではもう気心も知れていて遠慮などないのだが。

 ただ、それでも2人だけで内緒話をしたいことだってある。

 

 傭兵は、船室にはいない。

 さっき彼の姉(リンダ)のはしゃいだ声が食事室(サロン)でしていたのと考え合わせると、まず間違いなく彼女に呼ばれて玩具にされているのであろう。

 

 ようやく姉が傭兵への猜疑の念を捨てて仲直りしたと思ったら、こんどは過剰なほどにべったりとしている。

 どこかノスフェラスや航海を通じて余裕の出てきたレムスは、イシュトヴァーン自身への信頼があるため、姉の行動に積極的な異議までは呈してこなかったのだが。

 ただその彼女の変化の原因について彼が抱いた疑惑と懸念を、この頼りになる豹頭のリーダーを共有したいとは思っていた。

 

「リンダのことなんだけどさ」

 

「リンダか。イシュトヴァーンとも仲直りできたようだし、よかったではないか」

 

 グインは、彼らのことを思い浮かべ、豹頭ではわかりにくいもののわずかな笑みを浮かべた。

 

 すこし前まで、謎の多い傭兵に対してノルンの海の氷のごとく冷たい監視の視線を向けていたリンダが。

 この島に到着してからは態度を軟化させ、仲直りし。

 そして大蛸のような謎の幻獣の撃退で、命を救われて以来。

 今はむしろ、「熱を上げている」といっていい状態にあるが。

 そのことは、一行を率いるグインの視点では彼女が敵対的であるより好ましい状況に思えた。

 

 リンダとイシュトヴァーンの状況は、リンダと仲のいい、エレウィディスという娘が。

 「もうあの2人がいる空間、熟れた桃の実(カタイクム マルス)みたいな甘い雰囲気になっちゃって。私、お邪魔虫みたいなんです」とか言ってレムスに相談してくるくらいだ。

(そのエレウィディス自身はレムスに興味があることが傍目にはありありだったが。

 残念ながら朴念仁レムスは気づいてすらいない様子だったのを、これまたグインは微笑ましく思っていた) 

 

「うーん、だけどさ。グイン。

 イシュト、わかってるのかな?」

 

「わかってるのか、とは、何がだ?

 すまぬ、俺にもそなたの云おうとすることが、まだよくわかっておらぬ」

 

 不思議な知識が湧き出ることがあるグインの脳だが、この件については頼りにならなそうだ。

 レムスはもじもじとしていて、獣脂ろうそくのほのかな明かりの下でも、その白皙の頬が染まったのがわかった。

 

「いや、だからね。その。

 リンダって、ほら、巫女じゃない」

 

「そうだな、パロ史上屈指の大予言者になるだろうとも聞いた」

 

「そうそう、それそれ!

 リンダ処女姫の再来といわれるくらいに、ね」

 

 レムスによると。

 パロ聖王家は代々、近親婚で家系をつないできたという。

 それはとある聖王家の秘密のためと、そして予言の力を伝えるためだと云われているが、──。

 

「それでね。リンダの場合も、もう結婚相手は決まってるんだよ。──クリスタル公に」

 

「アルド・ナリス公だな。パロの若き英傑と聞く」

 

「そう、その人」

 

 パロの民は聖王家には尊崇の念を持っているが。

 特に完璧超人と思われているナリス公の、国民の間の人気は高いという。

 ただ、レムスはことあるごとに彼と比較され劣等感を覚えていたこともあり。

 その名前を、あまり口に出したくなかった。

 

「巫女としての務めを果たすあいだは、その、純潔を保たなくちゃいけなくて、──恋愛とかもちろん禁止なんだ。

 そしてそれが終わったら、その。王族の間で()()して──」

 

「──随分と、自由がないのだな」

 

 グインは、レムスが言いにくそう口ごもった事情を、正しく推測した。

 要はリンダは巫女時代は処女でなければならず、そして輿入れ先は決まっている。

 自由な恋愛など、間違っても許される身ではないということだが──

 

「──そうすると、お前も?」

 

「いや僕の場合はね、たぶん大丈夫なんだ」

 

 基本的には王族同士で婚姻するパロ聖王家だが、まれな例外もある。

 一つは、すでに血を与えて身内とみなされた一族。

 アルゴスに嫁いだエマ女王などだ。アルゴス王家やパロの高位貴族の一部がこれにあたる。

 そして、聖王家内では婚姻先(適齢期の女性)が見当たらない場合。

 レムスは、ベック公やレムス自身などがこれにあたると考えているようだ。

 

 聖王家内の婚姻は、世間の常識とはやや異なる。

 先王陛下と皇后陛下のように情愛兼ね備えた夫婦となることも、もちろんあるとはいえ。

 まさしくレムスが言ったように、品種交配に近い場合もめずらしくない。

 

 たとえばナリス公は、大叔母のラーナ大公妃と、その甥のアルシス王子(祭司長)の間の子であるが。

 この親たちの結婚は純粋に子作りのためのものであり、離宮での結婚生活もごく短い間でしかなかった。

 定めにより子であるナリスを為した後、ラーナ姫は夫のアルシスとも子のナリスとも親しむことはなかったという。

 アルシスも別に愛妾を作り、ナリスと腹違いの子をもうけている。それがアル・ディーン王子だ。

(ちなみにパロの王族の血はめったなことでは外に出してはならぬ、などと言われているが。

 なぜか外の血の入っているアル・ディーン王子は、何の問題もなく聖王家純血のベック公ファーンよりも上位の王位継承権者とされており。

 聖王家の近親婚ルールにどんな合理的な意味があるというのだろう、とレムスは疑うようになっていた。)

 

「そうか。──恋愛禁止という定めに照らして、今のリンダの状況が不味いということだな」

 

 なるほど、とグインは得心する。

 

「そう、それもあるんだけど。

 イシュトがあの幻獣と戦ったとき、さ?

 あのときはそれしかないと思って、僕もリンダの背中を押したんだけど。

 イシュト、リンダに剣の聖別を授けてもらってたよね。そのときの言葉、思い出したんだけど──」

 

 続くレムスの言葉に耳を傾ける、グインの表情の乏しいはずの豹頭には。

 容易ならぬ内容のせいで、いつしか眉間にしわが寄ってきていたのだった。

 

 ──────

 

(偽イシュト視点)

 

「それで結局、マグノリアではお宝は見つからなかったのね。イシュトヴァーン」

 

「さすがお見通しだな、巫女姫殿は」

 

「もう、なんでそんなに他人行儀なの?

 リンダ、って呼んでよ」

 

 河豚のように薄く血の透ける頬を膨らませた巫女姫様に、悪かった悪かったと苦笑いして謝罪する。

 窓からみえる、うららかな陽ざしと穏やかな海。吹き抜ける風が快い。

 僕たちは上層階にある食堂(船客は日中、ここでたむろしてることが多い)で。

 リンダにお呼ばれして、優雅にお茶の時間を楽しんでいた。

 

 原作イシュトヴァーンは、天性のほら吹きだ。

 それに別にほらでなくてもこの年にしては信じられないほどの冒険、漂泊を重ねてきている。

 知識はあっても世間知らずのリンダは、そんなイシュトヴァーンの話を聞くことを好んでいて。

 こういうお茶の席では、話をせがむのが常なんだ。

(僕はそういう体験談については、真・イシュトに話を任せることにしている。

 もちろんいざというとき失言しないよう、ブレーキは掛けられるようにして、ね?)

 ただもちろんリンダが僕を呼んだ理由は、それだけじゃない。

 

「それで、イシュトヴァーン、──できたんでしょうね?」

 

「もちろんだとも」

 

 僕はおもむろに、清潔な手巾に包んだそれを取り出す。

 ドヤ顔なんかしない。ただただ、プロフェッショナルであることの誇りをにじませ。

 おもむろに、僕の渾身の作である焼き菓子(ビスコクトゥス)を示してみせるだけだ。

 材料は厳選した。振るいに振るったモンゴール産の最上級のガティ麦の粉、エレウィさんの一家からもらった上質な牛酪(バター)、ロスで仕入れた(マピュラーツ)の樹液を煮詰めた楓糖。いくつかには、モンゴールの干果を入れてアクセントにしている。

 

「会心の出来だ。後でゆっくり、つまんでくれ。でも食べた後の歯磨きは、絶対忘れないこと」

 

「分かってるわよ、イシュトヴァーン。──いい匂い!

 さっそく一つ頂くわ。いいでしょう?んー、これこれ!

 あと、あの作りかけの像。まだ?」

 

「もうすぐだとも、俺の王女(メーア・ドミナ)

 

 仲直りして以降、リンダはむしろ過剰なほどに距離を詰め始めた。

 なんか僕に気があるんじゃないか、って思ってしまうくらいに。

 

「もう!わかってるからあなたの心は。だから私も、いいわよ──」

 

 リンダは僕の言葉にくすくすと笑い、よくわからないことを言いながら。

 うれしそうに焼き菓子を摘まみ、頬を押さえている。

 その様子は威厳ある王女というより、いかにも素直に喜ぶ若い娘そのままで、僕は思わず笑みを漏らす。

 

「ただね、イシュトヴァーン、──」

 

 周りの人々も、もう僕たちにはあまり関心を払っていない。

 エレウィさんとこのおじいさんが、孫を見る目でほっこりとした笑みを浮かべてる程度だ。

 彼女はちらっと周りを見回してその後、付け加えた。

 

「──その言葉は、この航海の間だけ。

 上陸してから後は、他の人、特にパロの王族・貴族のいるところで言ってはダメ。いい?」

 

「おう、わかってるぜ」

 

 察しの良い僕は、彼女の言わんとするところを過不足なくくみ取る。

 どこの馬の骨とも知れん奴が、聖王家の王女の周りをうろちょろしてる、ってのは良くない。

 なにしろこの王女様、もう許嫁、輿入れ先が生まれたときから決まっている究極の箱入り娘なのだから。

 

 原作イシュトヴァーンとリンダのような、甘々な関係とは違い。

 僕たちはあくまで、旅の仲間。ゆきずりの関係にすぎない。

 だから僕ももちろんそこはわきまえてる。

 周囲に関係を誤解されたら困るってことだよな?と聞くと、その通りだと王女は頷いた。

 

「そういうことなの。──ごめんなさい、イシュトヴァーン。

 かつては望んでいたのに。自由の空気を吸った今では、王族のさだめがいとわしい。

 ねえ、もう少ししたら日没よね。私、夕陽の海が見たい」

 

「御心のままに、俺の王女(メーア・ドミナ)

 

 ここならいいんだろう?とそう言うと、何がおかしいのかよくわからないが、くすくすとリンダは恥ずかしそうに笑った。

 少しだけ日焼けしたものの、透ける白い頬にわずかにのぼる血汐。

 ──きれいな娘だ、と僕は思った。

 

 ──────

 ──────

(第三者視点)

 

「それでね、グイン。

 聖別ってのは、なかなか大変なことらしいんだ。

 第○代の女王、『盾の聖女』リンダ王女は、──」

 

 レムスは引っ込み思案だが書物が好きで、なかなかに博識である。

 グインはその知識に感嘆しながら、話に耳を傾けた。

 もっとも、レムスによるとリンダは彼よりも王家のしきたりについて良く知っているはずだという。

 巫女姫であるリンダには、一種の英才教育が施されていたようだ。

 それにしても。

 

「『リンダ』?──パロ聖王家には、リンダという名前がよく現れるのだな」

 

「──そうだね。どのリンダも、大予言者だったり偉業を成し遂げたりしてる。

 そしてね、この聖女王リンダは、──」

 

 レムスはさほど気にした風はなく、続ける。

 グインも、じっと彼の話に耳を傾けた。

 

「──北方蛮族の王、『神の鎚矛』と恐れられた、アルミニウスとの最終決戦に臨んで。

 当代のパロの勇者シルウィウスに乞われ、その剣を聖別し、彼を祝福したという言い伝えがあるんだ。

 そのときのシルウィウスの言葉が、あのときイシュトが云ったのと同じ言葉」

 

 ──死にゆく者の剣に祝福を。

 

「──一介の傭兵が、なぜそのような故事を知っていたのだろうな」

 

「わからない。──この話自体、世間ではあまり知られてないはずなんだ。

 知ってるのは、聖王家や古い血筋の大貴族、あとは一部の研究者くらいだと思う。

 ただね。この言葉はパロ聖王家では特別な意味を持つんじゃないか、と僕は思ってる」

 

 巫女姫たちの事跡を学ばされたリンダだったら、レムスより詳しい。おそらくその意味するところも知っているはずだ、とレムスは考えている。

 

「──言い伝えの中の、聖女リンダは。

 戦いに勝利したけど命を落としたシルウィウスの亡骸に、口づけを与えて。

 自らも水晶宮の地下の古代墳墓に降りていき、そこで永遠の眠りについたとも、身を雲雀(アラウダ)に変じて森に飛び去ったとも云われてる」

 

「──」

 

「ただね、この言い伝えは史実とは違うって僕の歴史の先生には習った。

 実際に起きた別の出来事を、寓話に仮託してるんじゃないか、って。

 史実ではシルウィウスは戦では死ななかった。勝利を得て凱旋し、聖女王リンダが彼を労ったって当時の貴族の日記にあるらしいんだ。

 ただ、その後まもなく死んだ。数ヶ月後、聖女王リンダがアテュス王に譲位したとき。聖女王自身も、譲位後の消息が、一切不明」

 

「──そうか」

 

「パロ王家での言い伝えとその意味を、僕は全部知ってるわけじゃないんだけどさ。

 シルウィウスの故事より後にも似たような事例がある。そこにいくつかの、気になる共通点がある」

 

 ──この言葉を添えて聖別を求められて応じた、こうした王女たちはその後まもなく表舞台を引退し、その後についての記録が一切見つからない。多分、秘匿されてる。

 そして求めた側も、ほぼ同時に死んだとされている。

 

「この言葉を出して王女に対して発して聖別を求めた者に対しては、さ。

 おそらく、──聖王家の定めで、確実な死がもたらされるんだ」

 

 あの言葉を添えない、普通の儀式での聖別(実は大変で、人の一生に一度あるかないからしいのだが)には、そんな妙な符合は見当たらない。

 

 ──あくまでレムスの考えでは、ということではあるが。

 聞いた内容が本当だと仮定したときの()()の重大さに。

 グインは友人(イシュトヴァーン)とリンダがひどく微妙な立場にあることを悟ったのだった。

 

 ──────

 ──────

(偽イシュト視点)

 

「イシュトヴァーン、──きれいね」

 

 日没の海。天気の良かった海に、太陽の光が帯をなしている。

 ぽってりと重たげに、上下に潰れて見える赤い球が落ちていく。

 その様子を、夕陽に赤くそまったリンダと僕は見守る。

 

「そうだな、きれいだ」

 

 夕陽でなく、夕陽を見つめる彼女をみて。

 (イシュトヴァーン)の唇は、そう発した。

 僕はちょっとこの甘い桃色の雰囲気に居心地が悪くなり。

 (真イシュトヴァーン)に渡しっぱなしだった主統制権を取り戻そうとしたが、抵抗を受けた。あれっ?

 まあいいや。原作イシュトヴァーンとは違って、僕と彼女との関係はそこまで近くない。大丈夫大丈夫。

 

「イシュトヴァーン。まもなく船は港に着くのね」

 

「ああ、帰るべきところへ。馬は厩に、鳥は巣に。

 心配するな。お姫様たちも、無事パロの宮殿に戻る」

 

 リンダは頷いたが、その目はなかば水平線に入りかけた赤い球に据えられたままだった。

 

「──私はきっと、普通の女の子とは違うのでしょうね。

 エレウィ、──エレウィディスと話してて、そう分かったの。

 普通の女の子は幻視したり、霊が憑依したりはしない。変な決まりに縛られてもいない。

 きっと、”あなたのような人の目からは、ずいぶん、気味悪く見えるのでしょうね”*1

 

「なに、それもひとつの優れた個性だ。みんな違って、みんないい!

 あのグインの豹あたまだって人と違うが、ずいぶんと味わい深いじゃないか」

 

 薄っぺらい言葉を投げてみると、リンダはくすくすと笑ってくれた。

 

「イシュトヴァーン、──不思議な人!

 あなたなら、もしかするとこの呪縛の連鎖を断ち切ることができるのかしら」

 

「おう?何も心配するな、豹あたまと俺──多分豹あたまが最後は何とかする」

 

 なんだ、「呪縛の連鎖」って。モンゴールとの報復合戦のことを言ってるのか?

 今、原作ではたぶんイシュトヴァーンがリンダといちゃつくシーンだったりするはず。

 しかし妙に重い期待というか重圧を、僕は彼女の言葉から感じていた。

 まあグインがいるから大丈夫だ、と僕はなんとかするぜと安請け合いしながら彼女の様子をうかがった。

 

「ふふっ、ありがとう。そうね、グインもいるし!

 イシュトヴァーン、知ってのとおりだけど。

 仮に私がパロに戻ることができれば、まもなく──」

 

 彼女の言葉が途切れ。視線を外していた僕は何事かと問い返そうとして、気づいた。

 爽やかに吹いていた風がやんでいる。完全に。

 夕陽は、さっきから沈んでいない。帆の索に止まった海鳥はもちろん、飛びたちつつあった海鳥までもが、その姿を空中に縫い留められている。

 夕陽から目を離し、僕をみつめているリンダと僕を、不思議な静寂が包んでいる。

 この世界に、まるで僕とリンダしかいないように──いやきっと本当に、僕とリンダだけしかいないのだ。

 

「汝が、此度の勇者か」

 

 いつのまにか、リンダの目が変わっていた。

 菫色だった目の色は沈み、ノルンの海のような深い色に見えている。

 そのまだ細い体を包む、ただごとでない神気。人間のものでない威厳。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、と僕は悟った。

 

 リンダは確かにいわゆる霊媒でもあり、降霊なり神憑りなりになることもあるだろうが。

 普通は周到に準備を整え、望んで呼び出すもののはずだ。

 しかしこの今リンダを乗っ取った何者かは、そのパターンではない。荒御霊に近いものではないだろうか。

 

 そう思って()の口は凍りついたが。

 心臓に毛が生えてる男、真・イシュトヴァーンはその限りでなかった。

 

「──あいにくだが、勇者なんてガラじゃねえ。見込み違いだな!

 俺はれっきとした娼婦の息子、ヴァラキアのイシュトヴァーン。貴い血など、一滴たりとも流れちゃいねえ。

 泥から立ちあがり泥に沈む、生まれついての無法者さ。

 誰だ、お前。──それと、リンダを返してくんねえかな」

 

 イシュトヴァーンの、無礼とも思える返答に。

 リンダに憑りついた何者かは、笑みを浮かべた。

 まだ稚い美少女にはふさわしくない叡智と深淵を湛えた目、不器用でアルカイックな笑み。

 僕を興味深げにみつめるその目が、どこか面白がるような光を帯びた。

 

「無法者、か。聖女の見出した者は、また随分な暴れ馬だな。──善哉、善哉。

 燃える炎、吹きすさぶ風の如く在れ。

 神に逢っては神を、朋に逢っては朋を殺せ。

 為したる約をば踏みにじれ。

 高きを望め。汝の手に王国は砕け、世界の半分は汝の軛に喘ぐ。

 騎士と母子の血に染まった手で、この娘を抱くがいい。

 星辰の流れの果て、豹の星が汝の災いの星を消すとき。汝は汝の報い(さだめ)を見出すことだろう──」

 

「──ハッ、縁起でもねえな!」

 

 僕はあまりのパワーワード乱舞に呆然として、返す言葉など思いつきもしなかったが。

 レスバに長けたイシュトヴァーンはすぐ立ち直り、僕に代わって切り返す。

 

「王国、世界や神だとか、よろしくそっちでやってくれ。

 誰の指図も受けなどしねえ。風も炎も、知ったことかよ。

 神など知らん、兄弟たちとはよろしくやんぜ。

 約は守るもの、王国は築くものだ。

 半分なんてしみったれんな、俺の(わだち)全世界(てんか)に刻む!」

 

「ハハッ、ハハハハッ!面白い、面白いぞっ!」

 

 正直、この目の前の存在(神魔?)に逆らってイシュトヴァーンが吐き散らかした言葉。

 不敬すぎて、なんか雷か何かに打たれて塩の柱にされてもおかしくないと思うのだが。

 でも興に乗ったらしく白いのどをのけぞらせて、リンダに憑いた存在は笑った。ひどく愉快そうに。

 

「気に入ったぞ、──汝が円錐の裡にあれば、再び会うこともあろう」

 

 笑いを止め、しかしまだJCの年代のリンダの唇に。

 年齢に似つかわしくないひどく妖艶な笑みを浮かべ、僕を嗜虐的な視線で舐めまわした後。

 神々しい気配を持つ存在は存在感を薄れさせ、去っていこうとする気配。

 

「一つ聞かせろ。──お前が双面神ヤヌスか?」

 

「さて、どうかな。それにしてもそなた、勇者というより蛮勇者だな──」

 

「にゃろうッ!」

 

「ふふふ」

 

 ひどく失礼な言葉で揶揄って、何らかの高次元の存在はこんどこそ、去っていった。

 僕はひどい疲労を覚えて、すこし高くなってる舷側に寄りかかる。憑依が解けたリンダも、横に来て並んだ。

 いつのまにか太陽は姿をほとんど没していて、空は茜色から群青色にうつりつつある。

 

「──もう沈んでしまう」

 

「大丈夫、また日は昇る」

 

 どうやら、リンダは今の一幕を覚えていないらしい、と僕は悟った。

 その菫色の目は、名残おしげに沈みゆく落暉を追っている。

 

「イシュトヴァーン。あのときは、ありがとう。

 あなたの心が、すごく嬉しかった。聖王家の王女はあなたの想いには応えられないけれど、私の心臓は、あなたの心臓に茨の蔓で結びつけられた。

 ──だから、待ってる」

 

 少し早口で言われた言葉の意味を、僕はつかみそこねた。

 

「おう?」

 

 何だ、何を言ってる?何を待たれてるんだ?と僕は混乱し、彼女の横顔をみつめる。

 夕暮れの風に髪が流れるのを、リンダはそっと手で押さえて目を細め。こっちを横目でみて、恥ずかしそうに笑った。

 

 おい、真イシュトヴァーン。逃げるな。なんかお前が言い散らかしたことの関係なんだろう。

 しかし僕の憤慨など知ったことかというように、ひょんっと真イシュトヴァーンは引っ込んでしまい。

 僕は王女様と、この世界に取り残された。

 待て、冷静になるんだ。何を僕は待たれてる?何を僕が申し入れたことになってる?

 

「ふふっ、楽しみね。何年後になるのかしら。

 いいえ、何年でもいい。何十年でも、何百年でも。──死んでも、あなたを待ってる」

 

「お、おう?」

 

「でも、イシュトヴァーン。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ──でもあなたの運命は、私には見えない」

 

 いつもなら心を酔わせるばかりに美しい、リンダの菫色の瞳が。

 このときの僕の目には、どこか狂信的な色を湛えた、恐ろしいもののように映りはじめていた。

 

「そ、そうか。ところでリンダ、クリスタル公の──」

 

「言わないで!──好き。大好きよ、イシュトヴァーン。

 私は公に嫁ぎ、そして死ぬでしょう。生まれ変わったら、一緒になりましょう?」

 

 のばされた白い腕が、背に回され。

 僕は半ば呆然として、彼女の抱擁と頬におずおずと押し当てられる柔らかい唇を受け入れた。

 阿呆の真・イシュトヴァーンが凍った僕を押しのけて体を動かし、彼女のまだ頼りなく柔らかい体を抱き返してしまう。

 ──アホウドリに似た海鳥が、あほう、あほうと僕の背中側で鳴き声を交わしていた。

 

 ──────

 ──────

(第三者視点)

 

 グインは、レムスとの会話を終え。

 しばし考えさせてくれ、と言って船室に残った。

 

(まずい、まずいではないかイシュトヴァーン)

 

 もちろん、あくまでまだ伝承や歴史の学習が終わっていないレムスの推測ベースの話である。

 もしかすると取り越し苦労、という可能性も高いのだが。

 

 ともかくレムスによると、パロ聖王家の歴史から推察するに。

 聖別を求めたイシュトヴァーンの発した言葉は、聖王家の王女に命を賭して愛をささげるときの神聖な定型句なのではないか、と推測される。

 もっとストレートに言えば。

 ()()()()を添えての聖別の求めは、対価に必ず死ぬ、という神誓(ゲアス)なのだろう。

 

 失敗すれば──いやシルウィウスの事例をみるに、成功しても?──そういう命知らずの勇者と応じた王女は、文字どおり消されてしまっている。

 聖王家の地下墳墓に降りて行って眠りについたとか、森に飛び去ったとか。

 ──要はなきがらを地下墳墓とか森とかに埋めた、ということなのではないか。

 

 あのとき、イシュトヴァーンは堂々と()()()()を述べた。一言一句、正確に。

 自らの確実な死と引き換えに聖別と愛を求める、致死の誓いを立てたのだ。

 王女がかくもチョロく態度を軟化させ、デロデロになっている原因もわからなくはない。

 自らの命を引き換えに自分たちを守ろうという傭兵の侠気に、ほだされてしまったからではないか。

 

 ──でもさ。イシュト、本当にわかってんのかな?

 なんか厨房を借りて能天気に粉を振るって、焼き菓子づくりに精を出してたけど──

 

 というのが、レムスの懸念。

 

 グインは、レムスの指摘したように、たしかに異常な事態が歴史の背景にあることには同意しつつも。

 その事情の内実自体については、別の解釈もありうるように思っていた。

 だが今の時点では、真相はわからない(リンダ自身に問いただしてみる手もあるが、彼らはそれは避けるべきだと思っていた。リンダが本当は知らなかった場合、藪蛇になる。半狂乱になりかねない)。

 わからないながら、確かなことがある。

 リンダの頭に血がのぼっていて、傭兵がしでかしたことがその原因でおそらくまちがいない、ということだ。

 

(滾るスープ(シューパ)も飲み込めば熱さを忘れる、と云うが。イシュトヴァーン、忘れたのか。

 あのやっかいな公女殿下のことを、──いや、あの娘はあの娘で大した女傑だが。

 あの公女殿下はひどく諦めが悪いようにも、俺には思えたぞ)

 

(あの公女殿下だけでも、目に見えぬが重たい()()()()がお前にからみついているというのに。

 重ねて、あの亡国の巫女姫に対して、致死の愛を約束したというのか──?)

 

(イシュトヴァーン。お前が、頭から火に飛び込む愚かな鳥のように思えてならぬ)

 

(──イシュトヴァーンよ。俺に記憶はないが、この状態を指す言葉くらいはわかる。

 これを二股というのだぞ、二股と。

 そしてリンダのような預言者でこそないが、俺にすら予知できることがある。

 そなたの未来に、二つの大国の二大美女を大渦の中心とする、血がしぶく大騒動が待っている。

 ──そなた、長針で刺されたり大槌で殴られたり黒蓮の粉を吸わされたりせぬよう、くれぐれも気をつけねばならんぞ)

 

 複雑な思いを抱きながら、彼は獣脂ろうそくを消し、いったんは甲板に上がることにした。

 レムスの懸念は、完全に正しいとは言えないながら、考えるほどに的を射ているように思えるのだ。

 一度、傭兵とじっくり話さねばなるまい。

 そう、後戻りできない事態になる前に王女の誤解を解くよう、言い聞かせねば。

 

 甲板に上がると、涼しい潮風。

 日は暮れたばかりの薄暮の中、海鳥の鳴きかわす声が彼の耳には聞こえた。

 ──そして彼の人間に数倍する夜間視力を誇る豹の鋭い目は、物陰で抱き合う二人を捕捉してしまう。

 

(完全に手遅れではないか、イシュトヴァーン)

 

 食事の準備を知らせるために炊事係が鳴らす、かんかんかん、という陽気な鐘。

 

 ──問うなかれ、誰が為に鐘は鳴るやと、──*2

 

 グインの耳に、それは弔鐘のように響いたのだった。

 

*1
第9巻「紅蓮の島」212頁、一部の言葉を修正。

*2

ヘミングウェイの小説の冒頭にも引用されて有名な、John Donneの詩が原典とされる。

"Therefore, send not to know

For whom the bell tolls,

It tolls for thee."

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