(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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(本日2回投稿の、2回目です)


056 陽光を浴びる石の裏

(第三者視点)

 

 時はわずかに、さかのぼる。

 クリスタル公ナリスが公女アムネリスをいざなって、去ってしまった後。

 ヤヌスの塔の神官たちも、練達の魔道士たちも、鋭敏なナリス公も、そしていくさ慣れした公女将軍も。

 まったく意識できなかった、外のくらい廊下の闇に完全に溶け込んでいた気配。

 それが、わずかに動いた。

 

 グインやスニのごとく、きわめて夜目の効く者であれば。

 黒ずくめの侍女服に似た衣装を身に着けた、ほっそりとしてみえる姿の。

 柔らかく音をたてぬ中深靴、顔を隠した黒い布から覗く切れ長な目などを認めたかもしれない。

 

(公爵様のもの云い、やはり姫様を挑発しようとしてのこと)

 

(やはり姫様に含むところがありそうです。姫様が心配なれど、あの扉は魔法の仕掛けで動く模様)

 

(別の道が見つけられない以上、ここで待つほかありません)

 

 忠実な侍女フロリーは、なんと単身、このヤヌスの塔にしのびこみ。

 その超絶技巧で、暗い廊下の高い天井に()()()のごとく貼りついて隠れひそみ。

 この一部始終を筒のごとき盗聴器と優れた聴覚で盗み聞きし、あるいは廊下でのやりとりを目撃していたのだった。

 

(はて、それでは体力温存のため一度下に降りて──おや?)

 

 侍女は、闇の中を動く影を認めた。

 ヤルーという名の、年老いた祭司である。

 

(さきほどの魔道士様も、そうでしたが。

 魔道をたしなむ方は、気配がどこか常人とは異なります。半ば、妖魅のような──?

 かえって私のような者には、捉えやすくもあるのですが)

 

 フロリーは思うところがあって祭司ヤルーを追跡し、彼ら神官たちの居住区画の存在を確認した。

 さらに彼女は、進むヤルーを追い。

 このヤヌスの塔の地下、もともとの塔の構造物の外側に(ミュルメクス)の巣のように後の時代に掘り抜かれた不正規な通路がはりめぐらされていることを知る。

 ヤルーは途中で引き返したが、彼女は主のもとへ進める可能性のある、その地下に潜る階段をたどってみることとした。

 しかし。

 

(──深くもぐりこみすぎましたか)

 

 たどっていた階段は、かなり深い階層にまで続く点検用の隠し階段だったのだろう。

(ヤヌスの塔の正規のルートが機密確保のために厳重に守られているが、それでは不便であるため。

 このような簡便な短絡路(ショート・カット)が作られるということは、有能な侍女の彼女にも容易に想像できた。)

 彼女の後から降りてくる神官や、ヤヌスの塔側から戻ってくる神官たちとの鉢合わせを、避けようとして。

 もはや神官たちの気配もまったくない、大深部にまで彼女は降りてきてしまっていた。

 

(来た道から、神官たちの降りてくる気配を感じます。

 おそらく、2人。1人は、ヤルー様と名乗った祭司。

 ──倒すことは容易なれど、危険は冒せません。

 ヤヌスの塔の基部に入り、そこでやりすごしましょう)

 

 いずれにしても、ここらあたりでヤヌスの塔の本体部分に入るべきか、と考えた彼女は。

 先にすすみ、ヤヌスの塔の古層部分に接続する入り口をみつけて、侵入した。

 

 ヤヌスの塔と呼ばれている建造物は、非常に古い築の建物(この古い部分は、おそらく高層塔ではない)を上や横に拡幅・増築して、今の姿になったものだと思われる。

 ナリスがアムネリスと会見していた部屋も、後世の新たな増築部分である。

 

 しかし今、侍女フロリーが入り込んだ、ヤヌスの塔のもともとの部分、古い基盤部分は。

 増築部分や、他のもっと新しい建物とは全く異なる材質、建造様式であり。

 切り出した大石を積み重ねるのではなく、あたかも均質な一枚岩を掘り抜いて建造したように侍女には思えた。

 

 この手の継ぎ目のない石材で造られた建物を、彼女はかつて一度だけみたことがある。

 ──彼女の主人に付き添って訪問した、ゴーラのエルザイムでのことだった。

 大災厄以前の極めて古い建物特有の建造様式であり、現在の技術では作り得ないとそのとき聞いた。

 だとすればこのヤヌスの塔の基盤部分も、大災厄前後に建造されたものなのかもしれない。

 

 侍女フロリーの侵入したヤヌスの塔の地下深くの廊下は、ほんのりと明るい。

 きわめて統一された様式の廊下の天井に、一定間隔で照明が設置されているのだ。

 この照明は、おそらく魔道によるもの。ゆらめく赤い炎とは異なり、(イリス)の如き、つねに一定の冷たく白い光を放っている。

 上層部と異なり、いざというときに隠れるくらがりが廊下には少ないことに、侍女は居心地の悪さを覚えた。

 もっとも廊下に面する部屋には、照明がともされていない。いざとなれば、そこに姿を隠すことができるだろう。

 

(だが魔道で照明が付けられるということは、魔道で罠を仕掛けることもできるということ)

 

 細心の注意を払わねば、と彼女は警戒心をあらたにする。

 

 そして、このヤヌスの塔の特徴、──それは熱。

 何かが燃えている様子はない(そうだとしたら、空気はもっと汚れているはずだ)。

 それなのに、ほんのりと暖かい。熱がある。

 何らかの熱源があり、そして送風装置で排熱されているとみていい。

 

(深い鉱山は岩肌がほんのりと熱かった。しかし、それとは違う)

 

 地下深い層にいるはずだが、換気のための空気の流れを感じる。

 そんなことが、ありうるとすればだが。

 この区画は、さっき彼女が降りてきた後の時代に増築された部分より、はるかに空気がいい。

 

(これは何?巨大な生き物の、血管のよう)

 

 非常に平滑な床や壁と異なり、廊下の天井にはさまざまな管が走っている(一部は、壁にも及んでいる)。

 フロリーの知る範囲では、それは木の葉の裏の脈や老人の手の甲に浮く血管を連想させた。

 そのあるいは太くあるいは細い脈は天井を走り、そして廊下の両側にあるのであろう部屋に吸い込まれている。

 

 ──この塔自体が、ひとつの生きた存在なのでは?そしてあの脈が、その生き物の()()()だとしたら。

 

 その考えは、おそれ知らずの彼女にすら不安を生じさせた。

 そうしてみると、ぽっかりと開いた部屋の入り口が怪物の口や臓器のように思われてくる。

 

 廊下の両側には、一定間隔ごとに部屋の入り口がある。

 天井が高く相当に広い空間であることが、わずかな反響から感じ取れる。

 扉はなく、それぞれの部屋の中には照明もない。

 

 ただ、いくつかの部屋からは水の気配を彼女は察知した。一度などは、ちゃぷん、という音も。

 何かの生物を飼っているのだろうか。非常食とするための、魚など?

 細心の注意を払い、彼女は手近な入り口に近づき、暗がりに目を凝らす。──そして目にしたものへの驚きに、目を見開く。

 

(これはっ、──!?)

 

 この沈着冷静な侍女にして、悲鳴こそ抑えたものの。

 思わず体をふらつかせ、たたらを踏んでしまうほどの衝撃。背筋に、氷を差し込まれたような感覚。

 

(これは、──これは、この世に在ってはならないもの、在りうべからざりしもの)

 

 しばし茫然と立ちすくむ、彼女。

 震える足が落ち着きを取り戻したのは、背後から近づく気配のためだった。

 目にしたおぞましいものが何であったのか、彼女の知識ではにわかに測りかねた。

 しかし、今はそのことを思いめぐらすときではない。

 

 彼女は、周りを見回し。

 大胆にもすこし進んだ位置にある、暗い部屋の一つに身を忍ばせた。

 さきほどの部屋で目にしたものもひどく奇妙で危険であったが、少なくとも彼女への直接的な攻撃性はない。

 また彼女も若くして苛烈な鍛錬と経験を経ており、おぞましいものを目にする機会もあり、耐性も養われていた。

 

 この部屋にも似たようなものがあるかと思ったが、その部屋はさっきの部屋とは異なり。

 彼女には理解できない、奇妙な構造物、細工物で埋め尽くされていた。

 水晶の水槽のごとき箱が、いくつも並んでいる。

 

 水晶の水槽の中には、重層構造にかさねられた幾枚もの板。

 そのうえに、大小さまざまな宝石のようなもの、あるいはくすんだ色の小さな棟、建物のようなものが置かれ。宝石同士は、液体金属をみたした微細な通路あるいは水道橋のようなものでつながれている。

 そして光が目まぐるしく、その微細な通路を飛び交っている。

 それは夜に金蠍宮の高い塔の上から、トーラスを眺めたのと似た景色にも似ていた。

 この光の都市を収めた水晶の構造体のところどころには、空の星のように、夜の野獣の目のような小さな光がまたたく。

 

(──この細工物も、『生きている』ように思える。

 妖精の住まう都市?お伽話に聞く、人造人形(ゴーレム)の脳?)

 

 彼女はこれはこれで居心地の悪さを感じたが、さっきのものよりはましだ。

 この水晶の細工物からは、熱とわずかな蜂の羽ばたきのような()()が感じられる。

 この階層の熱源の一つは、この細工物だろう、と彼女は推測した。

 

 ほた、ほた、ほたと足音がする。神官たちだ。

 このヤヌスの塔の基部に、彼らも入り込んできたのだ。

 

「異状がないかを確認せよ。『奉仕者』たちが写本のとおりとなっているか、逐一、声を出して確認するのだ」

 

「肯」

 

 2人1組。1人は、年老いた祭司ヤルー。若い神官に教え諭す声が聞こえる。

 若い神官は、まだ少年といってもいい年ごろ。あきらかに緊張している。

 

「──それぞれの黒水晶をみよ。もしここに神のお告げが浮かんでいるならば、そのお告げに従うのだ」

 

「肯」

 

「ほとんどの場合は、飼育槽の水位低下か甘露水(ネクタル)の枯渇だ。その場合は、──」

 

 なんらかの業務を引き継いでいるところのようだ、と侍女は察する。

 

 神官たちは、入り口に近い側から、部屋を一つ一つ回っている。

 なんらかのからくりで、彼らが部屋に入ると魔道の光がその部屋に満ちる。廊下の照明よりはるかに明るいが、廊下の照明と同様に乱れのない不思議に均質な光だ。

 

 彼らの注意は、それぞれの部屋の異状を確かめることに払われており、侵入者がいようとは夢にも思っていない様子。

 彼らをうまくやりすごすのは、彼女には容易なことだった。

 

(──この塔の地下には、きわめて不可思議なものがあります。

 しかし、今は立ち入るべき時ではありません)

 

 来た道の階段を音もたてず駆け昇りながら、侍女は思いをめぐらせる。

 

(今の私の優先事項は、姫様の安全。

 この塔にはまだ深入りすべきでない。この直感は、信ずべきもの)

 

 この塔に侵入して、上に上がっていって公女たちを探そうかと思っていた彼女だったが。

 彼女の忍びとしての直感は、このヤヌスの塔の地下部分にこそ強い危険を覚えていた。

 

(心残りではありますが、姫様も罠あることを予想しておられました。

 姫様を信じて、先ほどの部屋の外の廊下で待ちましょう。

 帰る時刻をすぎて姫様が無事に戻らなかったら、あの優男の首筋にダルブラの針を打ち込むまで)

 

 心を決めた彼女の姿は、照明のすくない蟻の巣のごとき通路を、うつろう影のように動き。

 すれ違う誰にも察知されず、音もなく元の廊下まで戻っていったのだった。

 

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