(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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(本日1回投稿です)
◯ご感想をいただきました。ありがとうございました!

・フロリー視点、「全く見たこともないもの」を古代の人(フロリー)がどう描写するのかなー、などと考え込んで中途半端になってしまいました。
 原作風に、(エルハン)は、「顔の真ん中にしっぽが生えてる」みたいに描写する感じでいければいいのかもしれませんが。
 たとえば送風機って、「奇妙な形状の鳥かごの中にとらえられたつむじ風」みたいになる・・?ううむ。

・表面上は取りつくろいながらも内心で憤懣あるいはパニック、──個人的にはナリス公、勘違いものの主人公に最適なような気がしてきました・・!
 大変でしょうねー、超人扱いされててもその性格から期待を裏切れないナリス公・・。
 
・確かにナリス公、高スペックでありながらちょっと抜けている感じになってしまって、原作と乖離しかけています・・。
 原作では抜け目なくしすぎて(というか矛盾を矛盾でないと説明しようとして)かえって何なのこの人、ってなってしまってる気がして、・・やっぱり、すこし抜け目を多くしすぎたかも?
 
・お久しぶりです!
 パロ編、おそらく登場人物の性格のせいで設定こそ原作とは違ってきてしまっていますが。
 ただ大局的にみると物語の流れってなんかあるんですねー、婚礼までは行ってしまいそうな気が・・。

・地図をみると、現在のパロ領域はちょっと孤立した場所にありますからねー、閉じこもってやり過ごせることが多くて軍事技術の改善が重視されなかったのかも?(文治政策の宋と類似?)
 その点、ケイロニアは異民族との接触機会も多そう。モンゴールの強兵も、きっと辺境だからなのでしょう・・。

・実はその点、考えてました(笑)。ナリス公のОS、変わってやしないか?などと。
 もっともほかの人もかなり変わっていたりもするのですが。グインやカメロン系(庇護者系?)でしょうか、変らなくて頼りがいありそうなのは・・。

・あー、たしかに比叡山焼き討ちみたいな蛮行ですよね。それにモンゴール一般兵は信心深い(空に漂うイドをみて、聖王の祟りかと恐れる、みたいな描写もありました・・!
 聖なるものへの忌避感はある、ただしゴリゴリに忠誠心をすりこまれた近衛の白騎士は別、という感じだったのかもしれません(自信なし)。

・よく考えてみたら、フロリー。昼夜と公女殿下にお仕えして深夜残業なんですよね。なのに天井に貼りついたり十数階の階段を上り下りしたりするという苦行・・・。
 これはまずい、休ませねば!


○遅くなりましたが、偽イシュト&第三者(グイン、レムス)視点です。あまり進んでいません・・。


057 いたわりと友愛

(偽イシュト視点)

 

「──イシュトヴァーン。大丈夫か」

 

「おうっ、グイン!ありがとな!

 大丈夫、大丈夫!任せてろって!」

 

 自ら買って出た見張りを終えて、メインマストの上にある見張り台からするすると降りた僕は。

 無表情なグインに、重々しく尋ねられ。

 軽やかに手を振って元気さをアピールする。

 周りを見回す。立ち働く船乗りたち。──大丈夫だ、リンダはいないみたいだ。

 いや、船ってさ、何しろ狭いから──

 

 何やら僕にもの言いたそうな風情をみせる、グインだが。

 あえてその気配に気づかなかったふりをして、またな!と声を掛けて船室に向かう。

 周りには船員たちもいる。グインも話ができる場所じゃないのは分かってるのか、応、という声が背後から帰ってきた。

 甲板下へむかう降り口のひとつがある船橋(ブリッジ)の陰に回り込み、グインからの視線が切れると、僕はふう、とため息をついた。

 

 できるだけ、グインと二人っきりにならないようにしないといけない。

 多分言われるのは、すごい苦言。お叱り。クレーム。

 言われるだけの()()をしてしまった。それは、僕が悪い。──いや、僕が悪いのか?

 まあともかく僕がうっかり、真イシュトヴァーンの阿呆の手綱を緩めてしまい。

 馬鹿イシュトが、リンダと関係修復どころかどうも関係構築までやらかしちまったのは事実。

 

 ──いや、前のめりになるんじゃないっ!関係って、別にそんなんじゃない。

 口での接吻(恋人のキス)すらも、してないよ。僕たちは清い関係だ。

 この中世時代のキレノア大陸、結構野蛮。許嫁でもない相手に口での接吻(恋人のキス)などしようものなら、その女の父親に、キズモノにしたな、って命を付け狙われても文句は言えない(ただまあ、そういうことをしでかしまくってたのが少年時代の真イシュトなんだけどね)。

 だからさ、わかるじゃん?──あの双子の親みたいなグインにつかまると、どんな目にあうのか、──!

 

 だがともかく、頬への接吻まではやってしまったわけで。そして勢いで抱きしめてもしまったわけで。

 そこでリンダが急に僕を追いかけまわしはじめてるわけだ。

 ──責任取れ、ってことだよね、これ(悲)。

 

 でも、もちろん僕がリンダに責任なんて取れるはずない。取るつもりもないっ(なんか最低のカス男みたいだけど、さ)。

 

 ──いや、そりゃリンダは絶世の美少女で。

 そして育ちの割には、すごく頭も性格もいいよ?

 だけど身分が身分だからさ、ありとあらゆる面倒事がもれなく付属品としてくっついてくるんだ。

 宮廷のややこしいあれこれ。陰険貴公子の闇微笑。キタイからの、謎生物の視線。黒魔術に、血と炎。

 だから逃げる!ここは、譲れない。僕のスローライフは誰にも邪魔させない!

 

 あ、それと。

 それだけじゃない。原作よりも悪いことがある。

 リンダって、ときどき何者か(ヤヌス?)に憑依されたりするんだ。

 そしてこの、何者か。すっげー性格悪くて、心臓に悪いことばかり予言してくる。

 なんだか僕が人をこれから殺しまくり、世界の半分を支配し血の色に染め上げる、みたいな。

 これさ、──ハラスメントだよね?予言(よげ)ハラ。

 聞きたくないのに、二人きりになると隙あらば目の色が変わって憑依したこいつが僕をいじめてくるんだ、すっごい楽しそうに。

 リンダは、それを知覚できてないみたい。心配させたくなくて本人に伝えてない。

 

 ──ともかくだね、僕の状況を要約すると。

 グインにつかまったら、しこたま怒られる。

 リンダにつかまったら、しこたま予言される。

 

 だから僕は、彼らふたりから逃げる口実を求め。

 本当なら、船客である僕がしなくていいのに、ありとあらゆる仕事で自分を忙しくしてる。

 こうして見張りを買って出、危険な帆桁(ヤード)作業に志願し、小舟に乗って船腹を点検し。

 積荷室で松明に目をしょぼつかせながら浸水修理を行い、厨房では料理の腕を振るっているというわけなんだ。

 いやー、仕事がはかどるはかどる!海の兄弟たちの信頼爆上がり!

 

 でもそんなこんなで疲弊した僕をみて、心配してくれてるのがレムス。

 

「──イシュト。大丈夫?

 リンダなら、さっき食堂にいたよ。エレウィさんが相手してくれてた」

 

「お、おう。ありがとな、レムス」

 

 影のようににじみ出てきた、レムスにそう答える。

 なにしろ剣も体術もグインと僕がよってたかって教え込んだからね、レムスは最近、長足の進歩を遂げつつある。

(いや、僕はちゃんと気づけるよ?僕が操作してても、この体は一応『魔戦士』だし。)

 

 このレムスの進化は、はたで僕たちの鍛錬を見物してた連中を触発しちゃったのかもしれない。

 船員たちや腕に覚えがある船客の一部が、船長の許可を得て僕たちと練習を共にするようになった。

 なんかグインが師匠呼ばわりされ、熱烈な支持を集めつつある。僕もいつのまにか師範代扱いされてて、面はゆい。

 まあ、船員たちが腕を上げるのはいいことだ。また海賊とかと出くわすかもしれないし、さ?

 

「もし、船室行くなら。ぼく、戻ってリンダを引きつけとこうか?

 それとも今日の分の食事、こっそりもらって持ってこようか?」

 

「あー、いや!そうだな、うん、食事は大丈夫大丈夫。あとでグム爺にでも貰うさ。

 それにリンダに見つかっても、別に取って喰われるわけでもねえし。大丈夫だ」

 

 なんといういたわりと友愛だ。レムスの思いやりに、じーん、と胸が熱くなるのを覚える。

 気を使わせてわりぃな、と頭を撫でると、王子様が逃げた。軽く頬をふくらませてる。子ども扱いが嫌になってきてるんだ。

(とはいえまだ本気で嫌がるって感じじゃなくて、撫でさせてくれることが多い。)

 

「わかった。気をつけて。

 あ、そうそう。ぼく、──あのガイコツとかのこと、相談したいんだけどさ」

 

「ぬおっ!?何かあったのか、レム坊!?」

 

 刮目して、僕はレムスを見つめる。

 見た限りは、レムスは今までのまま。

 ちょっと照れくさそうな様子には、原作の「憑かれレムス」のように陰険根暗な気配はないが──。

 

「やめてよ、その『レム坊』って!

 ここじゃなんだから、また後で、さ?──夜にでも、話そうよ。グインも一緒に。

 じゃあね、イシュト」

 

「おうよ、じゃあな、レムス」

 

 レムスが行ってしまうと、僕はため息をつく。

 レムスとグインと3人きり、というのは久しぶりだ。僕がコソコソ逃げ回ってたから、さ?

 今夜は、二人に詰められたりすることになるのかな?

 

 ──いや、今回の主題は、あくまでレムスに取り憑こうとしてる変態ガイコツ野郎だ。

 僕がリンダとどうこうって、大事の前の小事。それにはっきり言って原作どおり。原作でだって、グインもレムスも別に怒ってなかったし、大丈夫大丈夫。いざとなれば土下座か逆ギレで逃げ出そう。

 

 そんなことを考えてしばらくたたずんでいた僕は、気をとりなおし。

 甲板下の船室に降りるべく梯子を下り、進もうとするのだが。

 

「──イシュトヴァーン?見張り番は、終わったのね?」

 

「おうわっ、とっ! ──あ、ああ。終わったぜ、リンダ」

 

「ふふっ、変な人!そんなにあわてたりして。

 誰もいない、って思ってた?」

 

 ふいに暗がりの中からにょきっと生えてきたリンダの姿に、僕は心臓が口から飛び出すほどに驚愕する。

 おいレムス、リンダはエレウィさんと食堂でキャッキャウフフしてたんちゃうんかい!

 そう信じこんでたから、イシュトヴァーンの超常的な感覚を眠らせてたのもあって。

 直前まで、僕はすっかり油断してたんだ。

 いや、人の気配が来たなー、誰だろ、くらい。リンダじゃなければまあOK、みたいな。

 この僕が今いる層には甲板への出入り口が複数あるから、そのもう一方から降りてきたのかな?。

 

 驚愕して体の統制があまくなった()の思いをよそに。

 代わりに浮上した()すなわち真・イシュトヴァーンの口が、ぺらぺらと調子のよいことをまくしたてはじめる。

 

「いやぁ、そのとおりさ、ダゴンにかけて!

 こんなしけた暗がりでも、リンダみてえな美人がいてくれたら、ぱあっと明るくなるんじゃねえかな!なんて思ってたところだったからな」

 

「まあ、イシュトヴァーン、あなたったら!」

 

 おい馬鹿、やめろよイシュト、と僕は思うが。

 リンダはまんざらでもなさそうだ、少し赤らめた頬に両手を当てて嬉しそうに微笑む。

 それに気をよくしたイシュトの阿呆が調子に乗って、港町のナンパ少年のノリでダサい口説き文句を並べ始める。おいやめろ僕の羞恥心が死ぬ。まあリンダは嬉しそうだけど。

 たわいもないやりとりが切れた折。真・イシュトの口が、彼らしくもなくまじめな調子に戻ってぽつりと言う。

 

「──ただな、この船に限って言やあ、船乗りも客も基本は気のいい奴らなんだが。

 しかしな、まあ男って奴ぁ、頭に血が上ることもあるんでな。

 暗いし物騒なところは避けるか、二人以上で動くようにしてくれ、俺の王女様(メーア・ドミナ)

 

「まあ、あなたもグインと同じこと云うのね?

 でも、そうね。ごめんなさいイシュトヴァーン。心配させてしまって。

 でもここにくれば、あなたに会える気がして。気づいたら、来ちゃってたの」

 

 予言の力(なのかな)、そんなのに使うなよ王女様。

 暗がりの中、梯子の上下など要所にしかない小さな角灯で照らされた、質素な普段着でも美しい彼女は。

 すうっと接近してきて、僕の胸に頭を寄せる。

 うわっ、と恐怖に凍りつく()をよそに、これ幸いと体の統制権を握ったままの馬鹿イシュトの残存人格は。

 彼女の肩を抱きよせ、そして背中を軽くたたく。

 イシュトヴァーンのくるくると表情を変え、ときにはいたずらっぽく快活に、ときには抜け目なく物騒に輝く目は。

 今は、彼にはめずらしく穏やかで優しく、──ただその伏せ気味の視線は、どこか哀切だ。

 はたからみてたら、きっとイシュトヴァーンは彼女へ真摯に思いを寄せてるんだ、と見えるだろう。

 

 ──そう、この真・イシュトの勝手な行動も僕の悩みを増幅してるんだ。

 前にも説明したとおり、おおむね僕はこの体の統制を取れてる。 

 そして真・イシュト本人(イシュトヴァーンの残存人格)は、僕の意識をそれと把握できない。

 僕が彼にやらせる行動を、イシュトは自分が決めて行動してるって思ってる。

 だから基本、僕が彼の体の統制をとることは容易。ふつうは何の抵抗もない。

 

 だけど、ときどき。

 そう、命に深刻な危険があるとき。

 ほら、ノスフェラスでアムの罠に嵌ったときとか、大仕合でアストリアスに殺されかけたときとか、さ?

 僕が恐怖や混乱に陥ると、この体への統制が緩んでしまうのか。

 真・イシュトヴァーンが統制を取り戻してしまい、勝手に行動することがあるんだ。

 そんなときは僕が統制を取り戻そうとしても、危機を脱するまでは取り戻せなかったり。

 

 そしてなぜか、リンダ関係もそうなんだ。僕はイヤなのに、真・イシュトに切り替わっちゃうことが最近多い。

 それで切り替わった真・イシュトが、リンダをめっぽう甘やかしてイチャつきやがるんだ、───

 

 ──あれ?待てよ?

 もしかすると、そういうことか?

 

 イシュトにとってリンダが厄ネタ=危険だ、って、この()は知ってる。近づきたくない。

 でも、だからこうなっちゃってるのか。

 リンダを前にすると命の危険に直面したときと同じように、()の腰が引けてしまう。リンダだ、逃げろ!って。

 でもその結果、真・イシュトが出てきてしまう。行動の統制権を取り返してしまう、って感じなのか。

 なんだか、そんな気がしてきたぞ!

 

 ──よし、そうだったら。

 ()もがんばってリンダへの恐怖心を克服しなきゃ!

 

 新たな知見を得た、と思った阿呆の僕は、ごくり、と唾を飲み込み。

 僕自身の能動的な意思(とおそらく真・イシュトヴァーンの一致した意思)で。

 僕の胸元にうっとりと頬を寄せてる、リンダの形のよい頭を撫でてみる。

 最初会ったときは、かなり髪も荒れてたんだけどな。

 ロスで調達した海藻を原料とする洗髪料でお手入れができるようになったから、最近はうる艶ヘアーだ。

 

 しっかしなー、リンダ、マジで銀色の髪なんだぜ。

 いわゆる白髪とは、違うんだ。プラチナブロンドに近い、神秘的な色。

 ファンタジー世界とはいえこんな髪色あるんだ、って思うよなー。

 

 ちなみに僕は何の変哲もない黒髪。

 スタフォロスのときは短髪だったんだが、切る時間もないし、伸びてきちゃった。

 元々は長く伸ばしてたのもあって、今は後ろに流して軽く括ってる。

 

「どうしたの、イシュトヴァーン?」

 

 ううん、と声にならない吐息をあげ。

 撫でられる猫のように僕に体重を預けてきた彼女が、僕の凝視を感じてか頭を上げて僕を見上げる。

 壁にかかった角燈の頼りない明かりで、彼女の瞳がまだ紫色なのを確認して僕はほっとする。

 

「あー、いや、きれいだなって思ってな」

 

 僕の馬鹿。思わず彼女の髪の色の感想を述べたけど、これじゃまるで、──

 

「ふふっ、ありがとうイシュトヴァーン。あなたの言葉には、虚飾がないのね。

 あなたと、ずっと一緒にいられればいいのに──」

 

 僕は脳内に警鐘を感じる。

 なんかこの雰囲気になると、リンダというか、──ときどき顔を出す、リンダに憑依した何者か出てくる。それが気も狂わんばかりに怖いんだ。

 「ふふ、物好きもいたものよな。神のうらやむ人の恩寵を、たかが聖巫一人ののために捨てるつもりか」とか、「常人に永劫の地獄は耐えられぬ。しかしそなた常人ではなかろうし、な?」とか、「意外に短きものよ、永遠とは云っても」とか。

 なんかよくわからないけど、とにかく僕の大事なスローライフ計画に水を差すことを言ってくるんだ。

 だからチリチリって危険を告げる背筋の予感に従って、僕は話を逸らそうと試みる。

 

「まあどれもこれも、まずパロを取り戻してからだぜ。そうだよな!

 そのためには、まずアルゴスだ。その前に、まずは沿海州への航路をみつけねえとな!」

 

「まだ、わからないの?」

 

「うーん、だけど心配すんな。現在地は、だいたい見当つけられてきたからな」

 

 あの「神の棲む島」を出て数日が立つ。

 しかし、いまだに僕たちは自分たちがどこにいるかもわからない。

 船も目にしない。島の影もみあたらない。まだ、海の迷子状態だ。

 ただ陽が昇って沈む方向と時間、そして星座の位置などから割り出せば。

 おそらくはシムハラの北東、テラニアの南東のあたりなのではないか、と僕と船長と航海士は見当をつけていた。

 南航路をはずれた、既知の島はない海域。

 悪天候になることが多くて補給も難しい海域なので、普通の交易船は通らない。

 島をみかけたとしても、海賊の本拠地だという可能性も高い。

 

「いざとなったら、私が占ってもいい」

 

「あー、それには及ばねえぜ、俺の王女様(メーア・ドミナ)

 あの島で、あんだけ頑張ってもらったしな!いざってときのために、取っときな?」

 

 あの神秘の島でトランス状態になって「星船」と交信したあと、リンダが気を失ったように。

 不思議な力というのは、体力と同様、使うとやっぱり減るし、減ると回復するまで使えないらしい。

 リンダの力は、これまでの聖王家の巫女たちの力などよりはるかに、文字通り桁違いに強いものらしいが。

 

 ──それでも、あれだけ消耗したのだから回復に努めるべきだ。

 もっと大事なことで力を借りる必要が出てくる可能性もあるし、今のところ船の通行に支障はないわけだし。

 

 そんなことを、僕は彼女に伝える。

 

「ありがとう、イシュトヴァーン。

 それにしても。あなたは、知っていたのよね?」

 

「ん?」

 

「あの、聖なる番人。

 ──いにしえのもの、よね?」

 

 うおっ。突っ込んできた。あの大蛸みたいな生き物のことだな?

 原作読んで知ってただけなんだけどな、どうごまかそうか。

 

「まあな、『何かがいる』ってことくらいは、な!

 だが、リンダこそそれくらい、すぐわかっただろ?」

 

「ええ、私、私たちはヤヌスの愛し子だから。

 でも、あなたはそうではない。あなたは、いったい──」

 

 深い菫色の目に、心の中までも見とおすように目をのぞきこまれ。

 ()は、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。

 そうなると欣喜雀躍で表面に浮上してくるのは、真・イシュトヴァーンの阿呆なわけで。

 

「ハハッ、どうしたリンダ、その目は。さては、俺に惚れたな?

 まあなー、仕方ねえな!こればっかりは、男前に生んでくれたお袋を恨むしかねえな!

 だがな、何も出てこねえぜそんなに見ても。俺の顔からは、な!

 ほらよ、出てくるとすれば、──こっちだぜ?ほらよ!」

 

 イシュトヴァーンがひらひらと空の手のひらを示してみせ、そしてそのまま交差させて片手をもう片手に重ねるように撫でると。

 何もなかった手に、虚空からにじみでるようにヴァシャの乾果片が現れる!

(これ、イシュトのでかい手の甲側に、人差し指と小指ではさんで乾果を一切れ、隠してるんだ。

 少年時代に酒場でみた奇術の一つらしい。イシュトはこういうことを暇なときに練習してたりしてて、かなりの腕。)

 もちろんのこと、あっさりと王女様はひっかかって目と口をぽかんと開けてる。

 

「すごい!どうやったの!?

 魔力の動きが、見えなかった!既知の魔道ではないということ、──!?

 ──そうすると。あなたはやっぱり、──名を云ってはならぬ古代神の眷属」

 

「馬鹿言ってんじゃねえ、単なる手品さ。チチアの酒場仕込みの、な!

 ほら持ってきな、ロスで買い込んだ『ヴァシャの琥珀漬け』*1だぜ?

 ──それとも俺の王女様は、油条(シュピーラ)遊び*2をご所望か?」

 

 もう一つ同じように取り出して口にくわえてみせ、顔を近づけて迫るとリンダはきゃあきゃあと逃げた。

 そんなこんなの後、僕について来ようとするリンダを、階段から上がった安全な明るい甲板か食堂部屋にいるように説得し。

 手を振りながら、リンダが明るい上層階に行くのを僕は見届けようとする。

 見上げると目に入ってしまった、短めの半下衣(キュロット)からすらっと伸びた彼女の白い脚に、思わず視線が吸いつけられ。

 いかんいかん、と慌てて目をそらす。

 

 ──それにしても。

 どうやってレムスの目を出し抜き、僕の経路を予測してリンダはここに先回りできたんだろう。

 やっぱり、予言パワーか?

 

 そう、わずかに疑問に思いながら。

 (イシュトヴァーン)は自分の船室に向かった。

 

 ──────

 ──────

(第三者視点)

 

「ねえ、グイン。」

 

「なんだ、レムス」

 

「イシュトを、押さえるつもりだよね?」

 

「ああ。どこかで一度、奴を締めあげねばなるまい」

 

「うん、ぼくもそう思うよ。

 イシュトは、いい人だけど──いや、いい人だから、かな?

 早く、止めてあげなきゃ」

 

 グインが甲板でリンダとイシュトヴァーンが抱擁している姿を目撃したときから、はや数日。

 彼ら二人、つまりグインとレムスは、他の者の目のないところでイシュトヴァーンの身柄を押さえる機会をうかがっていた。

 

 もちろん、イシュトヴァーンにこんこんと説教し、こってり絞るためである。

 ただもちろん、彼らは単に彼に対して怒ってそうしようとしているわけではない。

 それはひとえに、彼を心配してのこと。そう、彼の身を守るためなのだ。

 

 レムスは、イシュトヴァーンが、立てたが最後必ず死ぬ、という致命の神約を立ててしまったと考えている。

 

 ──これを維持していたら、イシュトヴァーンの命はない。

 だから一刻も早く、撤回させなきゃ!

 

 そう思って、焦燥を深めているようだ。

(ただこの点、グインには心中、レムスへの異論がある。

 本当にあれは、そのような恐ろしい誓約だったのだろうか?

 もしそうだとしても、撤回させれば命が救われるのかどうかもさだかでない。そもそも撤回とは?

 ただ、撤回させなくても大丈夫という確証もないし、言おうとするとレムスが取り乱すので。

 機微にわたるため大っぴらに話せないこともあって、グインはまだ自分の疑問や意見をあまりレムスに伝えきれていない。)

 

 ただそれはともかく、あの傭兵に説教する機会を早く作らねば、とグインも思っている。

 この世でもっとも高貴な血のパロの王女をたぶらかす、どこの馬の骨とも知れぬ傭兵。

 そんなものの存在を、(レムスを介して話を聞くだけでうんざりする)因習の煮凝りの如きパロの貴族たち──そしてなにより、リンダに執着しているクリスタル公が許すはずもない。

(レムスはクリスタル公への視線がシビアなので、グインは必ずしも公平な視点に立てていない自覚があったが。

 源氏物語プレイをしている公へのレムスの懸念については、共有するところであった。)

 

 つまり。もしクリスタル公が、イシュトヴァーンのことを知れば。

 おそらくは公の命を受けたキタイの暗殺者が、(イシュトヴァーン)の首筋に針を打ち込む機会をうかがうことになろう。

 それよりは、今のうち。まだぎこちない仔犬の恋のあいだに、彼に現実を見せて説得し、別れさせた方がいい。

 

(──それにな、あの公女のこともある)

 

 グインの丸い豹頭に、あのノスフェラスで邂逅したモンゴールの公女の顔が浮かんだ。

 こちらの懸念は、まだレムスと共有していない。根拠がまだ薄弱だからだ。

 

 モンゴール公女アムネリス。

 グインの目にも、彼女は強く美しく聡明。そして意思強固な娘にみえた。

 ただ、カリスマ的な独裁者の娘というその育ちのせいか。

 彼女の言動には、どこかわずかに危険性をうかがわせるところもあるようにグインは感じていた。

 

 ──彼女は、ただ意思が強いだけではない。

 容易には心を動かされないが、いったん動かされると常人にありえないほど強固で、危険ですらある思い入れを抱くタイプ。

 たとえばその執着したものを失うくらいなら、壊してしまうことを選ぶほどに破滅的な熱情を。

 

 ノスフェラスでの大試合で、公女とまじかに接したときのことを、グインは思い出す。

 あのときの会見での公女の言動や反応に感じたわずかな印象、違和感を反芻していて。

 彼女のそんな危うさに、(グイン)は気づくに至っていた。

 

 彼女がみせた年頃の娘らしい慕情の対象が、どうやらあの傭兵であるらしいことを知り。

 あのときの(グイン)は、公女をほほえましく思う程度だったのだが。

 

 もし、(グイン)の推論があたっていて。

 つまり彼女が異常に愛執の念の深い(ヤンデレな)娘だったとして。

 そんな彼女が、イシュトヴァーンとあの王女の間の関係を知ったら?

 

 ──いや、そればかりではない。

 あの公女だけではなく、リンダの方もだ。これは、自分でもうまく根拠を説明できない。

 なぜかわからないが、わずか14歳の娘とは思えぬような妙な圧力と危険性を、王女(リンダ)から感じることがあるのだが──。

 

「グイン、どうかしたの?」

 

 背筋を、うすら寒いものが走ったような感覚を覚え。

 ぶるっ、と武者震いしたグインを、レムスが心配そうにみる。

 

「──大丈夫だ。気にするな」

 

 グインは、自分が強いと知っている。

 この手に冷たい鋼がありさえすれば、神であれ悪魔であれ切り伏せることができるという直感、確信。

 しかしそんな彼も、──彼女たちと傭兵のことを考えるときに、不思議と寒気と恐怖と悪い予感を覚えてしまうのだ。

 

「それでね、グイン。きょうはイシュト、部屋に戻ってくると思う。

 僕がさっき、話しようって云っておいたんだ」

 

「そうか。──リンダのことを、か?」

 

 ここ数日、イシュトヴァーンはぬるぬると彼ら二人から逃げ回り。

 昼となく夜となく仕事と称して、第三者の目がある状態に保ち。

 夜すらも、彼らの寝所に戻ってこなかったのだ。

 よくも素直に、あの傭兵がレムスの言うことを聞いたものだ、とグインは思ったのだが。

 

「ううん。まあ、イシュトが心配してくれてるのを利用した、っていうか」

 

「何?」

 

「ほら、この前さ。ぼく、あのガイコツみたいな人と夢で対決したよね?

 あの話を釣り針に付ける餌みたいに使って、イシュトを釣りだしたんだ」

 

「騙したのだな」

 

「人聞きがわるいよ、グイン。嘘じゃないんだけど、さ。

 でも、まあ、──やっぱり、そうなのかな」

 

 ──本当に話そうと思ってるのは、リンダのことだからね。

 

 そう、悪びれもせずに言ってのけるレムス。

 その横顔に、優しいこの少年に似つかわしくない冷徹さがほのみえた気がして。

 グインは、彼らしくもなくレムスの顔を二度見した。

 

「でも、これはイシュトのため。そうでしょう?」

 

「ああ、そうだな」

 

 一瞬後には、レムスは兄貴分を心配する少年の顔にもどってしまっていて。

 グインも、自分の目の錯覚だったか、と思ってその豹の視線をはずしたのだった。

 

*1
ロス名物の楓糖にヴァシャを漬け込んで乾燥させたお菓子。女の子に大人気。

*2
偽イシュトのもといた世界でいうポッキーゲームに似た、一つの長い揚げパンを両端から男女が食べていくゲーム。もちろん真イシュトが女の子をだまくらかすときのろくでもない手の一つである。




(覚書)

○イシュトヴァーンの髪の長さ
 イシュトヴァーンは、もともとヴァラキア時代(少年時代)は長髪だった。

(例)「おそらく手入れなどはあまりしたことがなさそうな、長いつやつやとした黒髪を、かれは背中で無造作にたばねていた。前髪は、かきあげてもかきあげてもまたすぐ、目の上までおちてくる。」(外伝第3巻『幽霊船』第1話 ヴァラキアの少年 1)

 これに対し、第2巻でのグイン一行との邂逅時には、髪は短い、と描写されている。しかも「モンゴール風」。
 モンゴールの軍規として、短髪にする必要があったのだろう。

(例)「黒い髪はモンゴールふうに短くかりこみ、」(第2巻「荒野の戦士」17頁)。

 ノスフェラスを出て、レントの海を航海し、そしてアグラーヤにつくと彼の髪は伸びかけている。

(例)「少しのびかけた黒髪を、首のうしろで銀色の編みひもでたばね、ひたいに銅編みの輪をつけ、」(第12巻「紅の密使」第2話 ヴァーレン会議(二) 3)

 そして冒険を経た後の第24巻「赤い街道の盗賊」では、すっかり長髪に戻っている。

(例)彼は、長い前髪を、もえるような赤い布の下からはみ出させ、背中にも、ひとたばねにした髪を垂れ下らせていた」(第24巻「赤い街道の盗賊」15頁)

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