(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。 作:Marchhatter
◯ご感想をいただきました。ありがとうございました!
・おおう、──有りっちゃ有りですね!
おそらく真イシュトにとっては至福の目標、──しかし確実に、偽イシュトの胃に穴が空きそうです・・!(「おっかしーな、なんで侍医は俺に胃薬なんか出すんだろうなー、絶好調なのにな!」などと真イシュトはいぶかりそう・・)
・やっぱりそうですよねー、やっぱりガチ怖とはいえ、まだ玩具扱いにしてくれてるだけマシ・・。
大公の車裂きの筆頭予約者であり「ヤヌスに追われる男」
・レムスもグインも、堅物ですから。
「グイン、云ってよ!」「レムス、待て。ここは見守る一手だ」などと、影からハラハラしつつ、まだ直言できなかったに違いありません・・。
そういえばパロはさぞ宮廷恋愛盛んと描写されつつ、ナリス公はともかくルナンとか遊び人っぽくない人も多い(いや、マリウスがいた・・!)。確かにカメロンの出身地たる沿海州あたり、そこらへんが上手いのかも(中世ルネサンス期のジェノヴァとかがモデルなだけに、ラテン的な乗りなのでしょうか)。
・真イシュト、きっと覚醒して力は取り戻しつつも。
「あー、最近俺って妙にお行儀よくしてきたよな!俺っぽくない気もするけどよ、まあうまくいってるし、ただの気まぐれだし、さっきだってやりたいようにできたしな!」などと、頭の中で考えているに違いありません・・。
・お久しぶりです!
アルゴスまで、グインたちにもいろいろありそうです。まずはアンダヌスさんとヴァーレン会議でしょうか・・。
(それにしてもこの巻あたり、いろいろ突っ込みどころもありつつ、リンダとイシュトの離別などやっぱり原作すごいなーなどと思います・・。)
ただアルゴス勢には、どうも想像力が動かず。しばらくは背景進行になりそう・・。
・何しろ偽イシュト、現代基準でも
ありとあらゆるこわい(と思い込んでる)人たちや苦言から、逃げ惑っているのです・・!
○第三者視点です。長くなったので分割しました。
(第三者視点、パロ、水晶宮のヤヌスの塔、夜)
「"ああ──こ、これは"」*1
「"まぶしいでしょう、アムネリス"」*2
原作のとおり。アルド・ナリスはルーンの
あまりの明るさに、ほとんどものを見ることも叶わない。
ナリスによって、アムネリスの目に、何か黒いものがあてがわれた。
思わず反射的に抵抗しようとした、アムネリスだったが。
その黒く、しかしすきとおる仮面舞踏会の仮面のようなものを通せば光が減じてものを見ることができることを悟り。
耳にかけるその器具を、受け入れた。
たしか、白砂地帯に住むセムたちの一派が、木の丸い板に細い筋のように開口部を空けた器具を目につけていたな、──と、公女は思い出す。
ナリスのくれた器具はそれよりはるかに洗練されたものであるが、機能自体は同じなのであろう。
感謝の言葉を述べ、アムネリスは部屋を見回す。
その目に映るすべてが、彼女の理解と想像を超えているように思われた。
他方でナリスは、人の悪い笑いを湛え。
ようやく衝撃から立ち直り、未知のものであふれるこの室を検分している公女をみつめていた。
「──不思議な部屋でありますな。すべての方向から、光が来るようです」
アムネリスは、感に堪えたようにそう漏らす。
天井の高い、大きな部屋。
床、天井、壁もすべて光り輝く物質でできているように、公女には思えた。
「"この室の中はすべて水晶で張ってあるのです。水晶のうしろに鏡が入れてあるので、外からはいっさい見えませんし"──」
現に、黒い目のナリスは慣れたのか、外して胸元にしまいこんでいる。彼女自身はもう少しかかりそうだ。
説明を受けたアムネリスは、あらためて目覆い越しに光り輝く水晶の壁をみつめた。
ナリスの言うように部屋のすべてが水晶で覆われているとすれば、その価値はどれほどだろうか。
「──"この機械の作用を、外部から絶縁するようになっているのです"」
アムネリスは、機械、と言われて部屋の中央部にあるその奇妙なものに目を向けた。
”彼女の目に入ったものは、何本もの、天井までそびえたつ管のようなもの、その間をぬうように走っている細い線、四角い台、そしてそのまんなかの、巨大なすきとおった円い管のようなもののかたまりにすぎなかった。””四角い台の、ななめになった上部に、複雑ないくつもの模様や突起をつけたパネルのようなものがあった。”*3
アムネリスは、深呼吸をして、さらに目を凝らした。
彼女はこの機械を目にしたことはなかったが、その存在を知るに至っていた。
見れば見るほどに、彼女の知っている機械、つまり水車や風車を組み込んだ製粉機や、人力や牛馬を原動力とする起重機などとは。
完全に異質な、高度な技術が用いられていることがわかる。
水晶や金属の管を、あれほど流麗に、溶接痕なく仕上げられる技術はおそるべきものであろう、と公女は思った。
この目を覆うすきとおったものをとおして、この部屋で見るものすべてが、彼女の想像を超えている。
機械の本当の価値、その機能を措いても。
途方もない技術と財が、この機械や部屋の存在の背後にあることを、彼女は感じざるを得なかった。
モンゴールの財すべてをあわせたものより、ここでいま彼女がみているものは価値があるのだろう、と彼女は直感する。
たとえばこの、目を覆うもの。ここまで薄く精巧に水晶を加工する技術など、モンゴールは持ち得ていない。
パロとモンゴールとは、今は決定的に対立した関係にあるが、おそらく地政学的には友邦となるべき国。
国民性はまったく正反対であり気が合うとはいえぬ国柄ではあるが、そこに目をつぶれば。
それぞれの得意とする交易物も重なっておらず、友誼を深める方が相互に利が多い。
ただ、大公殿下が無謀にもこの国を侵略し、滅せんとお思いになった理由がある。
その理由のひとつが、おそらくはこの古代機械。
「"これが、あなたの知りたがっていたパロの秘密ですよ"」
冷ややかさを底に秘めたナリスの声に、彼女は我に返った。
「これが、パロの古代機械。
──人を転移させることができる、と?」
冷静さをとりもどした公女は、機械を観察しながら、ほのかな疑問を抱いた。
数百タッドを越えて人を転移させる。そのこと自体は非常な脅威ではある。
ただし、それは魔道士も修練によって可能なこと。この機械は、はたしてそれだけのものであるのか──
「"そう、世界じゅうどこへでも"──」*4
ナリスは語る。
古代機械の転移能力が、全世界に及ぶこと。パロの切り札となってきたこと。
ナリス自身も、これがどのような原理により動いているのか知らないこと。
これを作ったのは、パロの魔道士でもアルカンドロス開国王でもないこと、──。
父であるヴラド大公は、この情報のいくばくかを謎の情報源から得て知っていたのだろう、と公女は思う。
公女自身は、転移機能を持つ謎のからくりをパロが有している、ということは知っていたが。
その詳細を知るには、至っておらず。
ナリスの言葉の多くは、初耳であった。
(ただ、大公殿下はおそらくもう少し多くのことを知っていたのであろう。)
ナリスが言葉を切ると、公女は問いかけた。
「その秘密。貴重なものではないでしょうか。ここで私に伝えてしまっても?」
「"なに、モンゴール軍が知ったとて何もできない。第一に、モンゴール軍は、一歩としてのこの結界の中に足をふみ入れることができない。第二にできたところで、モンゴール軍はこの機械の操り方を知らない。第三に、モンゴール軍はこの機械を、どのようなときにどのように使うのか、それすら知ってはいないでしょう"」*5
傲岸なナリスの言葉に、しかし、傭兵しか知らぬ原作よりも苦労人の公女は、反論もせず素直に頷いた。
「そのとおりですな、ナリス殿。われらはそれを用いるすべを知りませぬ。
──ただ、お伺いしたい。この機械は、人を、あるいはものを転移せしめると云われたが。
ただ、それだけのものなのでありましょうか。それだけでも大いなるわざとは思いますが、さように──そう──あえていえば、単純なることができるにすぎぬと?」
「『ただ、それだけ』?『些細』とは、何をもって?」
ナリスは敵愾心を隠さない、冷たい切り口上でアムネリスに問う。
ナリスは、この公女について、敵ながらその能力を一定程度認めるに至っていた。
ただ、どういうわけか。この美貌の敵国の公女を前にすると。
彼の心の奥から、反発心、対抗心と征服欲、嗜虐心とが入り混じったような、粘性の高い感情がにじみ出てくるのだ。
「またも私の言葉がぶしつけで、御身の耳に聞き苦しいものであったようですな。お詫びいたしましょう。
ただ、思ったのです。──この機械は、本当にものを動かす、それだけのための機械なのかと。
時間はかかるが人の手でもできる、ただそれと同じことを時間を縮めてなすことができるだけなのかと」
「何が云いたいのか、わかりませんな」
「この水晶宮から辺境まで、ものを運ぶことは人の力でもできる。時間と労力を要しますが。
馬車を用いれば、より短い時間、少ない労力で運ぶことが叶いましょう。
そしてこの古代機械を用いれば、おそらくはそれより短く、少ない労力で同じことができるのでしょうな。
でも、それだけであれば古代機械は非常に高速な馬車と異なるところはない。
──しかしパロの技術は、この中原でも抜きんでたものと聞きます。魔道も、また」
貴公子の自尊心を傷つけるまいと、彼女は言葉を選びながら続ける。
ただナリスは、公女に気づかわれたことに気づき。
いっそう、この公女のとりすました仮面を剥ぎ取ってやりたい、という思いに駆られる。
「──パロやユラニア、キタイの魔道士には空間をたわめ、離れた距離に転移することのできるほどの力量を備えた者もいるとのこと。
辺境地帯の魔道師は、基本的には占いを行う薬師なのです。転移の術を使えるものなど、ほとんどおりませぬ。
たださような術があることは、それらの魔道師ですら知っております」
「ほう。それで?」
ナリスは横目でひそかに、この白膚の美しいが野蛮な小娘の横顔をみた。
公女はようやく光に目が慣れてきたのか、目覆いをはずしたその大きな翠緑の目を瞠り、なおも機械をしげしげと観察している。
「そうすると、パロの古代機械がかくも厳重に秘されているのは、何ゆえでしょうか。
その古代機械の力が魔道と同様、ただ転移を可能とするだけなのであれば、そこまでの秘匿は不要。
魔道の転移の術について他国の魔道師、王族や貴族も存在を知り、用いている国もあるのですから。
現に、さきほどの魔道士も転移の術を遣っておられた」
「私はあなたの家庭教師ではありませんよ、アムネリス。
魔道のことを何一つ知らないあなたの素朴な疑問に、逐一答える義務もありません。
──ただ云っておくとすれば、魔道は万能にみえて制限の多いものなのです、うら若きお姫様」
「なるほど。魔道の転移には制限や代償がある、と。距離なり重量なり、使う者の体力なりといった。そして魔道は魔道で防げる、魔道十二箇条の制約もある。
たしかに馬車と異なり、魔道師が日常の市井の物資や書状の輸送に携わっているという話は聞きません」
「高度な魔道をさような些末事のために使うなど、
魔道は無償ではないのですよ、世間知らずのお姫様」
「そうですか。──逆に云えば、古代機械には術師の代償もなければ魔道十二箇条の制約もない。そこが違うのだ、と。
しかし私だけが無知なのでありましょうが。他国の支配者も私と五十歩百歩、その違いを知り得ますまい。
機械自体の存在を厳重に秘匿する理由には、弱いように思われます」
──そもそも古代機械には、転移にとどまらない機能や隠すべき秘密があるのではないか。そもそも、これ一つなのか。
ゴーラに伝わる禁書をひもとくと、転移に限らない奇跡がパロ(の聖王)に都合よく起きたように思われる故事が見受けられる。
亡命王族の残した日記には、おそらくは古代機械を指すと思われる謎の単語も。まるで人格を持つ存在であるかのように、女性代名詞(複数形)で言及されている箇所も。
そのように続けられた、公女の推論に。
常々内心では、女など外見の多少ましな猿扱いしているナリスは、公女への評価をあらためて上方修正した。
公女は古代機械に自らの視線を注いだまま、感慨深げに続ける。
「──ただそれを措いても、魔道によらず魔道では防ぎ得ない、古代機械での転移の術は恐るべきものなのでしょうな。
そうそう、クムの先々代の『怨公』|ウァンリュ大公のパロ侵攻時、当時のクムの英雄、
不思議に平仄を合わせたその直後のパロ軍の攻撃もあって、将軍と将校らは討ち取られ。
怨公はパロの北東3州の併呑を諦め、兵を引いて和議をむすび、パロは危機を脱した」
「何が云いたいのです、アムネリス」
「古代機械の転移の術だけをとってみても切り札に値するものなのでしょうな、──たとえば軍の上空に大岩や焙烙玉を術師抜きで転移できるとすれば。普通の魔道士ではさようなことは魔道十二箇条だか魔道の制約、代償だかで叶わぬとすれば。
──ただ、さような故事は古代機械の関与を簡単に推論できるほど多くはない。それらが古代機械によるものだとすれば、また別の制約があるのかもしれませぬな」
「──」
ナリスの完璧な形のくちもとには、笑みが浮かべられている。
しかし公女の横顔を見る、彼の視線には。
品定めするかのような冷徹な気配に加え、殺意ともいうべき剣呑な光が、濃くはらまれはじめていた。
ただ、そればかりではない。
それらの敵意と複雑にからみあうように、讃嘆と称揚、そしておかしなことに惜別の色が浮かんでいた。
その視線の変化に気づかぬまま、公女は軽く目を細め、機械の細部に目を凝らして続けた。
「──エルザイムの大図書館に保存されたゴーラの古文書には、パロについて奇妙な事跡が数多く綴られております。
建国当初についての記述は、おとぎ話と区別がつきませぬ。三千年も前のことであれば、それも当然かとも思っておりましたが。
仮にそれらが古代機械のなしたる事実を、もとにしたものであるとすれば。
ただパロ建国後、次第にその種の描写は少なくなります。不可思議な事象も、多くは既存の魔道で説明がつくものに置き換わります。
ただ説明のつきにくい事象も、数十年に一度、頻度は少ないものの、なお生じている」
「答える必要はありませんね、そんな空想など。
だいたいパロの歴史について、他国のあなた方が何を知っているというのです」
「さて、この身は無知な蛮族の小娘でありまして。
私の妄想など、すでにパロの学者たちにより否定されつくされたことかと。
ただ、私と同じ程度の知識しか持たれぬ大公殿下は、あるときから大変にパロ、というよりパロの古代機械を警戒するようになられた」
親しみのない会話のやりとりを交わす間にも、目の前の古代機械に大変に興味をそそられた公女は。
一定の距離を置きつつも、機械の周りをめぐるように歩みをうつし、いっしんに観察していた。
事前の予測とは異なる公女の反応、言動に、ナリスは物騒な思考を深める。
やはりルナンの具申した、単純ながら効果的な
しかし、──惜しいな、と彼はわずかながら残念に思った。
宮廷の貴族女ばらには決して見出だせない、この女の無礼なほどの率直さと、優秀な頭脳。
(それはどこかリギアにも似ていて、それが彼の心を波立たせた。)
敵国の公女などでなければな、──と彼は思ったが、すぐ自嘲してその思いをかき消した。
やるべきことを、やらねばならない。
「──魔道十二箇条により魔道の現世への干渉は制限されている、そして魔道に対する護りは、どの国の王宮でもなされている。
ただし、そのような魔道の制限を超えて兵員や物資を送り込める技があるとすれば、それはそれで切り札の名に違わぬもの。
しかしそれを超える秘密が、古代機械にあるとすれば」
「お姫様は想像力豊かでいらっしゃるようだ、限られた知識でそこまで突飛なこと思いつかれるとは」
「ものしらずの小娘の戯言ゆえ、ご寛恕願いたい。
パロの王族であられる公はおそらく、この機械について真偽をご存じなのでしょうから」
「私が知っているとしましょう。そうだとして、どうするのです。私を拷問して、聞き出しますか?
──"しかし、この機械について何もかも知っているものなど、パロにすら一人もいないのです。この機械の操り方を知っているものはいる。ごく位のたかい王族だけがね。しかしかれらは拷問に屈することはまずないだろう"」*6
ナリスは進み出て、公女の手を取った。
公女は意外だったのだろう、一瞬だけ体をこわばらせたが逆らわなかった。
ナリスは、笑みを深めた。
「どうして機械が猛獣であるかのように距離をとっておられるのです?
近寄って仔細にご覧ください、どのみちあなたが見てわかることなどないでしょうが」
「それでは、お言葉に甘えて」
アムネリスは機械に近づき、わずかに目を細めて見入っている。
機械の前面にあるすきとおった円い巨大な管の壁に、2人が近づいたとき。
ナリスは強く、公女の手をとる腕を引いた。
「!」
姿勢をくずした公女の肩が水晶の管にぶつからんとしたとき、それは左右にひらき。
ナリスは公女をその中に強く突き飛ばすように押し込んだ。
管は、再び音もなく閉じる。
公女は、ちょうどパロの大博物館に収納された、珍しい異国の蝶の標本のように。
水晶の大管の中に、とじこめられてしまったのだった。