(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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(本日3回投稿の、2回目です。)
◯ひきつづき、ヤヌスの塔。第三者視点です。



059 虫籠の中の公女

(第3者視点、ヤヌスの塔、夜)

 

「何をなされる、ナリス公?」

 

 光の渦巻く、謎の部屋。中央に据えられた、古代機械。

 それらを見せ、公女の()()をみて転送装置である水晶の筒に閉じ込めることができたナリスは。

 美しい虜囚に、冷ややかな軽侮をみせてほほえみかける。

 ちなみに伝声装置により、ナリスとアムネリスの声は相互に通じていた。

 

「たとえば"私が、拷問に屈したからとみせて、ここへあなたがたを案内するとしましょうか"」*1

 

 水晶の檻の中に閉じ込められ、意表をつかれて茫然自失しているに違いない、美貌の公女に。

 さらにに引導をわたすべく、ナリスは古代機械の操作盤である板にあゆみよった。

 

「”そしてあなたをそこに立たせ、操作する──そうしたら、あなたはもう、私の思いのままですよ。どのようにか、たとえばいま、やってみせてあげましょうか。あなたは、アルゴス宮廷に、わが盟友アルゴス軍の手の中に、たった一人でとびこみたいとは思いませんか?”」*2

 

 "ナリスはしなやかな指を動かして、奇妙な操作をくわえていた。ぶーんというようなふしぎなカンにさわる音がして、アムネリスの頭上の、管の天井のあたりがほのかに青く発光しはじめた。”*3

 

 さて、罠に嵌り、さぞかし怯えているだろうこの小娘を、屈服せしめてくれよう、──と思い。

 水晶の管をながめやる、ナリスの目に。

 パロの貴婦人であれば絶対にすることなどありえない、膝を大きく開いた(偽イシュトのもとの世界では胡坐と呼ばれる)姿勢で、床に座っている公女の姿が映った。

 

「!」

 

「そのようなことができるのですか。──それで、復路は?

 トーラスの下町の裏通りのように、一方から一方にゆくのみ、つまり片道だけなのでありましょうや」

 

 公女は興味深そうに頭上の青い光をみつめながら、絶句するナリスに問いかけた。

 少なくとも外見には、どこにも怯えた様子はみられない。

 

「アムネリス、」

 

「──もし片道だとすれば、やはり制約つきでも移動手段としては魔道の方が便利であると思料しますな。同じ古代機械が、先方にない限りは」

 

「アムネリス、分かっているのですか。

 わたしの心ひとつで、何万タールもの海底の底へ。それとも、キタイかカナンの果てへでも。いかなる場所にでも、あなたを送りこむことができる。

 "あなたの生命など、いつでも、私はこうして指先ひとつで望みのままにあやつってみせますよ。あなたはかよわい、十八の、何もしらぬ小娘にすぎぬ。ところが私のうしろには、三千年のパロの歴史と、そして暗くはてしない謎にみちた世界の秘密とが、私のからだを流れている血のつながりとしてひそんでいるのだ"*4、──」

 

「もとより、それを承知で私はここへ参りました。──夜、丸腰で、わが婚約者殿の招きに応じて誰にも知らせずここへ来た時点で、わが命はすでに賭けた。肚を割って、(じか)の公と意見を交わしたいと思った故。

 ──そして今、わが願いは叶えられた。素顔をみせてくれたことを有難く思うぞ、わが婚約者殿」

 

 公女は笑って、そしてかたくるしい敬称と敬語を止め、親称(トゥイッサーレ)*5でそう答えた。

 頭上からの音が高まってきた。彼女はちらっとその音源に目を向けたが、動じた気配は見せない。

 

 若いながら数々の政治的修羅場をくぐりぬけてきた、ナリスも。

 彼女のその姿と言明が真実なのか否か、直ちには判断しかねた。

 ただひとつ、分かったことがある──この公女は彼が思っていたような、見かけ倒しの馬鹿な小娘などではない。むしろその心性は、彼とは乳姉弟の関係であるルナンの娘、リギアに近い。

 危険だ、と彼は思い。

 他方で、不快ながらも。

 そう、敵ながらもその胆力に瞠目し、感嘆を覚えざるを得なかった。

 

「──分かっていないのですか、アムネリス。私の言葉が()()()()だとでも?」

 

「いや、良く分かっているとも。公の一挙手で、私の命は絶えるのだろうな。あるいは凌辱と拷問の待つ草原行きか」

 

「それが怖くはない、と」

 

「いや、怖い。当然であろう?

 数年前にはじめて公をみたときから、私は公には怖れを覚えていた。

 最近も、ナリス公は竜巻の中心、近づけば私は壊されるであろうと云っていた者がいた──奴は正しかったのかもな」

 

 公女はそう評した者を思い、瞬時、わずかに頬を赤らめたが。

 すぐ気をとりなおし、言葉を続けた。

 

「だが、いまや公が私を怖がることはなくなった。

 ──今や私はこの状態だ、目を隠され肢を縛られ吊るされた仔羊となんら異ならぬ。

 公を脅かすものはない、すべてが公の手のひらの上。ご安心めされよ」

 

 何が仔羊だ、この女狐め、と。──笑みをうかべる公女の顔を、公は不信感をこめてにらみつけた。

 だが、確かに公女も、恐れを感じていないわけではないのだろう、と公は気づく。

 彼女の口元に笑みはあるが、目は真剣であり。

 額にも、わずかに汗を浮かせている。

 それをみて、公はわずかに溜飲をさげた。

 

「──ただな、ナリス公。

 私を殺すのも、アルゴスに送るのも悪手ではないのか?私の不在をどう取り繕う?

 私を捕虜にして生かしていると云っても、姿を見ずにタイランやカースロンが信じると思うのか」

 

 ──むしろ彼らは私の死を喜ぼうな。好きに狼藉する口実を得られたと思って。

 

 そう、公女は付け加えた。

 

「信じるかもしれませんよ、アムネリス。

 あなたがたモンゴール軍の将校たちは、信じられないくらい素直です。私の前でも、いろいろぽろぽろと面白いお話をこぼしてくれましたからね。

 それに、パロには魔道も古代機械もある。──それらを用いて、あなたがここにいるかのように彼らに見せることが、できるとしたら?」

 

 そう言いながらも、ナリスは。

 内心、彼女の言い分の正しさを半ば認めるところがあった。

 

 彼のたてた計画は、なかなかに悪趣味なもの。

 単に彼女を拉いだり、人質にとるだけなら、単に二人きりになった場面で剣を振るえばよい。剣に優る彼は公女を圧倒できる。

 しかしわざわざ秘密である古代機械まで見せて、このような迂遠な脅しを試みているのは。

 彼が優越した地位にある、と小娘に刷り込み、その「強者への畏怖」を「恋」にすり替えさせるための布石。

 つまり彼女の彼に対する恐怖の防衛反応を、恋慕の情と錯覚させ。

 彼に彼女が従えば反転して甘やかし報酬を与え、骨抜きにして彼に依存させる。

 そして彼女を精神的に支配し、婚姻の主導権をこちらで握り、モンゴールのヴラド大公のしかけた罠を、逆にモンゴールへの罠となす。

 ──簡単にいえば、ヴラドを彼女の手で処分させる。

 

 だが、この小娘は思った以上に肚が座っていて。

 当初思い描いていたとおりの筋書きは、なかなかに実現困難。

 

 ナリスは、思いどおりにならないいらだちを感じ。

 改めての意趣返しを、心に期しつつも。

 他方で心のどこかで、不思議にこの敵国の公女を惜しくも感じはじめていた。

 

 彼女は、最近ではもはや周りにいない、馬鹿ではない「思いどおりにならない他人」だ。

 また外見は優美だが、内面はなかなかに剛毅なところも。

 そのあり方は、彼と乳姉弟の関係にあたる、リギアにどこか重なってしまう。

 

 そんな複雑な彼の内心を知らず、彼を水晶の壁越しにみつめながら。

 胡坐座りした公女は、話を続ける。

 

「まあ、なんだ。それならばアルゴスに送ってくれても構わぬ。

 短い世には未練もあるが、抱え込んだ秘密には云えぬものもあるし、雑兵にこの身を汚させるわけにもいかぬ。舌でも噛んで自裁しよう。煮るなり焼くなり、公の好きになされよ。

 ただ、私の身柄を材料に撤兵を交渉できるとは思わぬ方がよい。大公殿下は、──そしてタイランらも、──その取引には乗るまい。

 送りつけられた私の塩漬けの首を見れば、むしろクリスタル大粛清の口実を得て大公殿下は喜ぶであろうよ」

 

「何と?」

 

 実のところ公も、本当にアムネリスを殺したりアルゴス送りにしたりするつもりはない。

 殺すなら殺すで、単身で乗り込んできたときに殺せば済む話。こうして脅しているのは、生かして使いたいからだ。

 そして彼女の話すモンゴール軍の内幕は、彼には関心のあるところ。

 思わず興味を惹かれ、聞き返してしまう。

 

「公は私のモンゴールでの立場を、勘違いしておられるのではないか?

 もとより私は、パロを侵略したかったわけではない。このまま支配下に置き続けたいとも思っておらぬ。

 トーラスでは、私はいずれにも反対した。容れられなかったが」

 

「──アムネリス、ここにきて命乞いですか?

 あなたの手は、パロの忠臣の血で汚れている。この戦役の指揮を、あなたは執った」

 

「承知の上。今更、許されようとも思わぬ。

 ただ弁明するとすれば、殺し殺されるのは戦場の習い。そして彼らも手強く戦った。

 だから今、私が読み違えて武運つたなく殺されるとしても見苦しく文句など述べるつもりはない」

 

「──まあいい。命乞いを聞いてさしあげましょう。

 何を申し出たいのですか、公女アムネリス」

 

「そうだな。──パロからの撤兵、相互不可侵条約の締結。望むなら、公の即位への協力。あくまで内密、非公式でよいなら、復興費用の実質的な賠償と謝罪も私の名において請け合おう。

 私の約束できるのは、その程度だ。

 ただその履行のためにも、公と私の婚約を認め、当面維持してもらいたい」

 

「──何と?」

 

「公がどうしても拒否するなら、否やは云わぬ──ふふ、もとより云えぬな、今のこの状態では。

 ただ、モンゴール宮廷に撤退を納得させるのには都合が良いと思わぬか。パロとその王位は、いわばモンゴールからの持参金」

 

「強盗で奪ったものを、持参金として恩着せがましく持ち出すと?

 それがモンゴール流の婚儀の習いなのですか」

 

「ははっ、わが祖国の婚儀は物騒でな。しばしば、花嫁をめぐる決闘騒ぎで花婿が死ぬ。

 東部の旧グルトゥンギ領などでは無理やり他集落を襲って娘を誘拐して嫁取りする風習すら残っている。花嫁の一族からの略奪品が夫の一族への引き出物となるのだ、信じられまい?

 それはともかく。敗けた訳でもないモンゴールとしては、パロを手放す理由がいる。

 それで公は他国の介入抜きにパロ解放の功績を得られる。私を生かせば王位を継承する後ろ楯を得ることができ、また望めばモンゴールの共同統治者ともなり得よう。

 パロの国境を安んじ、辺境地帯の資源での復興で民を富ますことも叶おう。

 表向きの賠償はできぬが、それらが実質的な賠償と考えられたい」

 

 公女との結婚に乗り、罠を逆手に使ってパロを取り戻し、モンゴールをも取り込む。

 それを、ナリスも考えなかったわけではない。

 というよりそれは、ナリスの計画の一部だった。

 

 大公は結婚直後に(ナリス)を消すつもりなのだろう、とナリスは考えている。見え透いてはいるが、効果的な奸計だ。

 もっともそれを見越した(ナリス)の計画も、なかなかに悪辣だった──アムネリスを洗脳し、レムスやヴラド大公、主だった戦犯を消させる。アムネリスを狂わせる一手として、先にミアイル公子など、彼女がもっとも大事に思う誰かを、大公の手によるとみせて殺しておく。

 そして父殺し、弟殺しの罪を着せてアムネリスを消すか、ヤヌスの塔の地下で氷漬けにする。

 残るナリスは、正当な唯一の大公位継承権者。パロとモンゴールは彼を支配者とする同君連合となる。実質的にモンゴールは属国化できる。

 

 彼自身は、王位にも大公位にも興味はないが。

 彼の大事に思う人は、彼の即位を望んでいる。

 王位を得れば、施政や研究のうえで馬鹿どもに邪魔されにくくなるという利点も、大きい。

 

 そして確かに、長い停滞と衰退の途上にあるパロ(今回の侵攻も、往年の腐敗がなければ跳ね返せていただろう)にとって、モンゴールという新しい血を得ることは再興手段として効果的。

 パロではもはや枯渇したり、採算の取れない鉱物資源をモンゴールから調達でき、その強大な軍事力でパロの仮想敵国、クムとケイロニアを牽制できる。

 

 また開拓で発展を遂げているモンゴールに、行き場のないパロ国内の貧民たちを送り込んで不満を解消してもよい。パロの停滞の根底には、安定をもたらすが弊害もまた多い、硬直的な身分秩序(オルド)の制度疲労がある。

 それらの民は、将来的にはモンゴールの支配階級となる。

 それくらいして、ようやくこの戦役の貸借は精算できる。

 

 アムネリスの申し出は、一見するとこの計画に矛盾しない。むしろ好都合、おあつらえ向きと言っていい。

 ただ、この申し出にはいくつかの問題がある。

 

 ──彼個人に関係する、問題点のひとつ。

 彼は彼自身の、本来の婚約者のことを思い浮かべる。

 ただこちらは、うまく立ち回れば問題はない。

 むしろ、懐いてくれてはいるがまだ恋慕にまで至ってくれていない彼女への、刺激(スパイス)として使える。「当て馬」への幼い婚約者の嫉妬は、恋の自覚を高めてくれよう。

 当て馬となる相手がリンダと並び称される名高い美姫であるこの公女ということは、むしろうってつけである。

 彼の大事な乳姉弟のことは、──彼は今は考えないことにした。

 

 もう一つの問題点。

 この女、アムネリスに今後やらせることを考えると、彼女の想定する対等な関係は受け入れがたい。大公暗殺やモンゴール属国化のため、婚姻の主導権はナリスが持たねばならない。

 そのためには彼女をなんらかの形で狂わせ、洗脳しなければならない。

 当初の筋書きのように、脅して恐怖を恋情に転化させ、骨抜きにするのは難しいように思える。他の方法を併用して理性的な彼女の心を折り、彼に依存するように導かねばならない。そのための、彼女の理性に打撃を与える効果的な標的に当たりをつける必要がある。

 

「アムネリス。その申し出を受けてもよいでしょう。ただ、修正が必要です」

 

「わが申し出を、聞き届けていただけるということであろうか」

 

 それまでの砕けた親称(トゥイッサーレ)を止め、姿勢と威儀を正してアムネリスは問うた。

 

「左様。ただ、(しち)の提供は必要ですね、アムネリス」

 

(しち)の提供」

 

「そう。あなたには、償ってもらう必要がある。

 それに()()、あなたがたに不意討ちされたくはありませんからね」

 

「なるほど、裏切れぬようにしたいということか。

 是非もなし。──しかし、どうやって?」

 

 ナリスは声に、意識して冷たい響きを強める。

 

「あなたには、もちろん最後には()()の責任を取ってもらいます。

 だがあなたは、──認めるのは業腹だが、なかなかに蛮勇だけはあるお方であられるようだ。命などでは、あなたの行動を制御できまい。

 だからこそ。あなたひとりの命で済まないことを、知る必要があるのですよ、アムネリス」

 

「それを約定の、対価とされるのであろうか」

 

「さて、どうしましょうか。

 ──ともかく、まずは私に正直になりなさい、アムネリス」

 

 ナリスは、操作盤に歩みよっていくつかの操作を行った。

 

「!?」

 

 水晶の円筒の中の空気が、濁った。

 薄紫の煙が、円筒の上部から噴き出てきたのだ。

 

「アムネリス。──抵抗は無駄です。吸い込みなさい。 

 体に害を為すものではありません」

 

 円筒の中の囚われ人は、最初は袖を顔に押しつけていたが。

 ナリスの声を聞き、そしてあきらめたようにふかぶかと呼吸した。

 そして身をゆらがせ、床に崩れ折れる。

 そのさまを、ナリスは無機質な目でみつめていた。

 

*1
第7巻『望郷の聖双生児』130ページ。

*2
第7巻『望郷の聖双生児』130ページ。

*3
第7巻『望郷の聖双生児』130ページ。

*4
第7巻『望郷の聖双生児』130ページ。

*5
キレノア大陸中原地帯の標準語であるカナン語での二人称単数代名詞(親称)を用いた会話。親しい仲間、家族、恋人の間で用いる。アムネリスは大公女、ナリスはクリスタル公で形式的にはおおむね身分として同格にみえるが、古い由緒ある大国の公爵と新興国の大公位を継承していない公女とでは儀礼上は必ずしも同格とはいえず、まして親しくもないアムネリスが使うのは、パロ側の基準からは問題なしとしない。

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