(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。 作:Marchhatter
〇ご感想をいただきました。ありがとうございました!
・ありがとうございます。アグラーヤ到着です!
原作でもイシュトヴァーン周辺って死亡フラグ乱立ですよねー、さすが災いを運ぶ男、処理が難しいです・・。
・偽イシュト、頑張ってみました!(あくまで主観、圧倒的主観・・!)
グインは外から内面がうかがい知れないのですが、本当のグインは恋愛話など柔らかい話もできたりするのかもしれません(とはいえ本作では行動は立派にこなせるものの、やや朴念仁と仮定してみました)。
〇遅くなりました。第三者(ブルス、原作ではミリアに懸想していてイシュトヴァーンをボコろうとしたごろつきの大男)視点、イシュトヴァーンほか視点です。
(第三者(ブルス)視点、ヴァーレン、夜)
沿海州の大国、アグラーヤの首都ヴァーレン。その歓楽街の一隅。
このあたりのごろつきの集団(というほどでもないが)の頭目である彼は、今日も店を回って銭の種を探していた。
折しも、軽い小雨。しかし小さな店が軒を連ねる混沌とした歓楽街の人の行き来は多い。
船具屋や古着屋、代書人などの比較的堅気の店が店じまいをはじめ、その一方で賭博所やあやしげな占い師や酒楼やあいまい宿が本格的に繁盛しはじめている。
どこかで怒鳴り声、女たちの糾弾の声がした。路上に突如放りだされた、酔漢の呻き声が続く。
おそらく、酔って狼藉を働こうとしたか、無銭飲食しようとして用心棒に叩きだされたのであろう。
放りだされる前にしたたか殴られでもしたのかもしれない、伏せてびくびくと体をひきつらせている酔漢に。
路上で死んだ目をしていた物乞いの少年や不良どもが、たかっていく。
あっという間に隠しが切られ、帯が抜き取られ、手に錆びた小刀を持つ小僧たちが服の布地を切り取っていく。
「邪魔だ」
彼が唸り声をあげると、そういった連中がぱっと引いていく。
ただ、本当に逃げ散ったわけではなく、ちょっと離れたところから野良犬のまなざしで彼らが通り過ぎるのを待っている。
部下のごろつきを連れて彼は倒れた酔漢の頭を蹴り飛ばし、通り過ぎる。
背後でまた少年たちが哀れな酔漢に群がっていくのが分かった。
「おい、チコ。──いつもの店に、行くぞ」
彼は部下のごろつきに呼びかけた。仕事は、もういい。
なんだか、落ち着かない。この霧雨のせいかもしれない。酒を飲みたい。
「え、──合点」
「文句あっか」
「いや、ござんせん」
チコが言おうとしたことは、わかっている。
彼が最近よく通っている店。そこでちょっかいを出している女は、なびく気配がない。
──いっそあの頑固なガルじいには運河に沈んでもらって、店ごとかっさらうか。
たしかあの店は比較的堅気で、あまり力のある後ろだてはない。
やや物騒な考えをころがしながら進む彼は、邪魔になった老人を突き飛ばして小路を進もうとするが。
おそらくはちょうど船が船着き場に付いたか何かなのだろう、街路は行き交う人々で混雑している。
彼は苛立ちながら行く手を見て、──そこでその先の異常に気づく。
(どうした?)
行く手にある、今歩んでいる小路がやや大きい広小路と交差する十字路。
そこで行き交う人々が、何かをみていた。
「どうしたんすか、ブルスの旦那、──おっ?」
異彩を放つ2人連れがいた。人々は、こやつらを避け、あるいは畏怖の目を向けていたのか。
一人目が、まず視界に入る。
黒曜石のようなきらきら光る黒い目、端正だが覇気のあふれる狼を思わせる野性味のある顔立ち。並みの男より頭1つ2つは高い。大柄だが鞭のようにしなやかで引き絞られた体つきに、軽い敏捷な足取り。
人々の目を惹きつける磁力のような生命力の輝きが、彼にはあった。
とはいっても外見は、ごく普通の若い船員のそれだ。
この雨の中でも普通に
腕利きの水兵か海賊、といったところか──と、それなりに喧嘩の場数を踏んでいる彼、ブルスはみてとった。
男はこちらの視線に気づいたのか、連れとの会話を一瞬止め。その黒い目が、こちらを見返す。
足が止まった。
瞬きもせず黒曜石の無表情な瞳がこちらを見据える。
男の手がなめらかに動き。隠しに入った。何かを握った。
(!)
ブルスは、まるで蛇に喰われようとする鼠のように。
自分の体が、凍りつく感覚を覚えた。
伏せるか、逃げるか、あるいは突進するか。そのどちらも、できなかった。
水兵の冷酷な鷹のような視線が、彼を縫い留めていた。
(俺は、死ぬ)
ブルスの背筋に悪寒が走った。おそらくは、投げ刀子。彼我の間は4タール。達人の手つき。
小路の中央に立ち止まっているブルスに文句を言おうとした、店から出てきたごろつきが。
この場の剣呑さをみてとって、すっと引っ込む。
「イシュトヴァーン、──」
後ろにいるらしい連れが、何か水兵に文句を言ったのだろうか。
水兵はブルスからようやく視線をはずした。
「おうよ、──亭って云ったかな。たしか、──」
目的地だろう名前(あまり聞き取れなかった)を水兵が陽気に笑いながら、仲間に言い返した。
(助かった?)
破れるように激しい胸の動悸を覚えながら、ブルスは額の汗をぬぐった。いつのまにか、総身に汗が噴き出ていた。
水兵がふたたびブルスに視線を投げかけたので、彼は硬直した。
しかし、水兵の当初の殺気はおさまっている。
(──さっきは俺を、殺そうとしていた。あの一瞬。ためらいもなく、まるで虫を潰すように!
あの様子、俺を知っている?なにか、因縁があったか?)
あくどいことも、重ねてきた。恨まれることに身に覚えはないとは言わないが、──
(やっぱり、見たことはない。
こんな目立つ奴、忘れるはずがない、──縁者だとしても、俺の顔を知るはずがない)
あの男の、勘違いなのだろう、と彼はむりやり自分を納得させた。
迷惑至極な話であるが、勝てるとは思えない。
水兵はブルスに関心を失い、数歩進んで十字路を過ぎようとする。
そしてぬそっと男の後ろから十字路に出てきたその連れの姿が、目に入る。
(こいつか、──!)
一人目の水兵はたしかに印象的ではあるが、まあそれだけだ。人々が立ち止まるほどのものじゃない。
しかし辻立ちしている客引きたち、春を売る女たち、客の沖仲や船乗りといった荒くれどもが、話を一瞬止めてみつめ、ごろつきがこそこそと逃げ、餓鬼連中がぽかんと路地に立って歳相応の唖然とした表情で驚愕のまなざしをむけているのは、この2人目のせいだ。
身の丈2タールを超える巨体。鍛えぬいた、巌のような体つき。
港町ゆえあまり広くない通りがふさがるような、手で触われるがごとき力の気。
袖なし外套からみえる血管の浮いた腕は、巨漢であるブルスの太腿ほどもあった。──あの腕で本気でにぎりしめられたら、並みの男の手など果実の
悪党のブルスとて、自分より強いか弱いかといった感覚はある。そのおかげで生き延びてきたのだ。
その感覚が、告げていた──こいつらは、そしてとくにこの2人目は、ヤバい。
1人目の男が、去り際にまたブルスに視線を飛ばす。面白くなさそうな目。
軽く殺気のこもった視線が、ブルスの剃り上げた頭を撫でた。
今は、積極的に殺そうと思っている風ではないが。
今、あいつにからまれたら。
つまり、あの十字路──その、こいつらが向かう方向と同じ方角(ガル爺の店が、そっちだ)に向かうと、因縁をつけられて面白くないことが起きる。
そう、ブルスは確信した。
水兵が過ぎ去り、巨人も通りすぎる。
瞬時止まっていた、雑踏と喧騒が戻ってくる。
「チコ。いったん、スルスゲンの賭場だ」
「あいよ、──よろしいんで?」
「ああ、気が変わったんだ。ちょっとゲン直ししてから、また行く」
「あいつら、ですかい?」
「ああ、──あいつらは、
かかわりあいにならない方がいい。近くにも、寄るべきじゃない。
ブルスは、当初の目的を変更し、鉢合わせの危険性を避けて一度別の賭場に向かうことにしたのだった。
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(偽イシュトヴァーン視点、ヴァーレン、夜)
「おい、イシュトヴァーン。道は、わかるのか」
「大丈夫大丈夫!大船に乗ったつもりでいろって!」
アルミナ姫の御座船に移乗した僕たち一行は、風にも恵まれて、数日でアグラーヤのヴァーレンに着いた。
レムスたちは面倒な宮廷外交があるけど、僕たちは免除されて、こうして自由行動を認めてもらい。
ヴァーレンの下町に、食事をとりにくりだしていた。
生まれ故郷と違ってはいても、港町ってやつにはどこか懐かしい雰囲気がある。
元の世界だったら中世あたりにあたるキレノア世界。船乗りには根無し草も多いし、危険の多い職業だけに、享楽的で宵越しの金など持たない主義の奴らも多い。
そして海は世界とつながっている。いろいろな肌の色の老若男女。有象無象が混ざりあい、活気にみちて、そしてどこか下品で汚れて猥雑な雰囲気。
僕の中の真・イシュトヴァーンが、さっきから非常に喜んでいる。鼻歌を歌いだしたいくらいに。
(ちなみにイシュトは音痴。歌なんて歌えない。だが音階の分かる音痴なんだ、歌はダメだが
港町ヴァーレンの、とある歓楽街の通りを。
僕はグインを引きつれて、元気にぐいぐいと進んでいる。
グインは、一応頭巾つきの袖なし外套を羽織ってもらってる。
体格は雄渾。出ている腕は丸太のように太い。頭巾の奥から、黄色い光る目。背負うのは、レイピアなんぞあっさり叩き切れそうなゴーラの馬上大刀。
虎の威を借る狐よろしく、彼を先導する僕。人々が道を左右に避けていってくれる。爽快だ。
ところで地廻りもひるみ、道行く人がぽかんと眺めるこの僕たちだけど。
一瞬の驚愕の後、気軽に声をかけてくる心臓の強い連中もいる。
「あら、いい男じゃない!そっちのでっかいお兄さんも、たくましいわねー!
──遊んでいかない?」
「あー、姉ちゃんも別嬪さんだな!行きてえなー!
でもなー、今日は約束があってな!」
声を掛けてくる、娼婦らしい女たちもいれば。
「でっかい兄さん方、どうでぇ。ひとつ、コロ振りでも。いい酒もあるぜ」
「おおよオジキ、そりゃいいな!
だが、今日はもう行き先決まっててよ、また今度な!」
袖を引いてくる、賭場の呼び込みの片目のおっさんも。
「1ター、1ター」
「──ああ、花か。2束くれ、ほらよ」
勇敢にも背伸びして袖を引いてくる、まだ十にもなっていないだろう花売りの小娘も。
花束(と言っても、マリニアが4、5本程度束ねてあるだけの、胸の隠しにおさまる小さいやつだ)を2つ小銭で買い。それ以上の営業を、断り。
そんなふうにして、人が多い裏通りを抜け、十字路にたどりついたとき。
僕の中のイシュトセンサーが、何かを察知した。
「あ?」
十字路に目をやると、ちょっと強そうな地廻りか用心棒なのだろう男が剣呑な目をしてこちらをみてる。
頭は剃り上げてる。鈍重な雄牛のような体格でイシュトより体重はあるが、今のイシュトなら難なく勝てる。ましてグインなら一ひねりだろう。
このくらいの敵意の目、これまでもあったのにな。なぜ「
手が、自然に隠しに伸びた。ぎっしり剣帯に挿した短刀の柄を握る。
今の僕なら、軽く投げてもあの目に突き立てることができる。あの男の腕では、防げない。
殺っておくか。
待て待て、イシュトヴァーン!僕は、なんでこの男を殺そうとしてるんだ?
無法地帯っぽい裏町だが、さすがになんの罪とがもない、こっちに
だがな、僕の中のイシュトヴァーンが告げてる。殺せ、慈悲なく、このクソ野郎を、と。
イシュトの直感は、正しい。捨て置いてはまずい。軽く因縁でもつけて人目のない裏路地に──
「イシュトヴァーン、そちらの道に入るのか。
──看板はあるのだろう、そもそも何と云う酒場なのだ?」
僕の様子に気づいたグインが、声をかけてくる。
それで、僕は我に返った。あれっ、僕のせいで人通りが詰まって迷惑してる?
「「おうよ、『うみねこ亭』って云ったかな、たしか。ただ、まだ少し進んだ先だ。
──それにしても
「楽しみなわけではない、嫌なことは早く済ませたいのだ」
「照れんな照れんな!たまには飲もうぜ、ひさびさじゃねえか!」
笑って答え。数歩歩いて、去り際に再度、横の路地に視線を送る。
茫然とこっちを眺めてたごろつきは連れらしい別の男に声をかけ、方向転換して戻っていく様子。
──殺気を感づかれたか。あまり隠さなかったからな。
まあいい。ここらの地回りだろうか。まあ、二度と会うことはあるまい。
僕は彼の背中に一瞥をくれ。また、グインをつれて人々の波を分けてすすんだ。
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僕とグインは繁華街をすこしはずれたところにある、1階が飲み屋で2階があいまい宿となっているありがちな
「うみねこ亭*1」と書かれた、はずれかかった大きな看板。
「あら、いらっしゃい。──!?」
僕自身も相当大きい方だし、僕の後ろにはそれを上回るグインの巨躯。
2タール半の高さの入り口が、ふさがってしまう。だらけてた壮年の用心棒が、あわてて棍棒をとりなおす。
やっぱりなー、警戒するよなー。
「まあまあまあ。今朝がた船が着いてな、ふらっと飲みに来ただけだ!
俺は船乗りイシュトヴァーン!こっちは俺の仲間の傭兵、グインだ。訳あって顔を隠してるが、別にお尋ねもんじゃねえ!
わーってるわーってる、隅っこで飲ませてもらうさ。常連の旦那方に、面倒をもちこむつもりはねえ」
軽く両手をあげて、もの言いたげな用心棒を押しとどめる。
あまり人が入っていない、空いている卓はたくさんある。
おそらく特に誰のお気に入りとも決まってないだろう、ちょっと照明の届きにくい卓をみつくろって着く。
まだ若くて丸顔がかわいい、しかし露骨に警戒して距離をとってる女給さんが不承不承寄ってきた。
この娘も、実は声を掛けて金を払えば2階のあいまい宿に連れ込めたりする。そういう酒場だ。
「ありがとよ。──1ランでお任せ、いけるか?」
「そんなに!?」
つつましい暮らしなら、子だくさんの家でも1ランで1か月は暮らせる*2。
ただ貨幣経済が浸透してない地域も多いし、産業革命も起きてないから物価、特に食料品の価格は元の世界よりかなり高い。あまり簡単には貨幣価値を比べられない。
それにこの手の酒家、女給も客も文字が読めない。お任せにするか、食材を聞いて注文することになるが、ちまちま交渉するのが面倒なのでお任せにすることにした。
「おうよ、俺もこっちの傭兵もでっけえし腹が減っててな!
それにな、塩漬け肉と腐りかけの水ぐらいしか飲み食いできねえ、長い航海の後なんだ。野菜くれ野菜。
あとヴァシャ酒がいいな、モンゴール産の中等級の奴で。水で割らねえでくれるとありがてえな。
足りなきゃ足すぜ。だから良いものを頼むぜ?」
「はい」
かなりの金をはずんでみる。
僕の温厚な人柄が伝わったのか金の効果か、女給たちの目の色が変わる。
──さてな、どんなものが出てくるかな、と。
僕は厨房から漂う美味しそうな匂いに、期待を膨らませてしまうのだった。