(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。 作:Marchhatter
○偽イシュト視点です。
(偽イシュトヴァーン視点、ヴァーレン港の下町、夜)
すぐに杯が用意され、ヴァシャ酒の樽(結構いいやつ。大きめの卓に小さな樽を置いてくれた)と、とりあえずのおつまみの
「ほらよグイン、ドライドンに乾杯!」
「乾杯」
ぐっと、一息で飲み干す。まだ若くて果実の味を残したヴァシャ酒が喉元をすぎる。
「いい飲みっぷりね」
別の落ちついた目じりにほくろのある女給さんが、僕の手から杯を取ってお代わりを注いでくれた。
グインの手にはおもちゃみたいに小さくみえる杯に、さっそく2杯目を注ごうとしている。グインはあまり勝手がわかっていないのかな、わずかに当惑している模様。
「おうよ姉ちゃん、こっち旦那には──そうだな、
そしてさ、あっちの娘。そうそう、あの小柄な娘な。あの娘に、相棒についてもらってもいいか?俺には、姉ちゃんで」
「おい、イシュトヴァーン!」
「大丈夫大丈夫!別に、楽しく話すだけさ。2階に上がらなくてもいいんだぜ。そうだよな?」
「もちろんよ。──そちらのお兄さんは、初心なのかしら。もしかして、いいとこの出?」
「違うさ、ただまあな、めっぽう剣の腕は立つけどその分無口なのさ」
「そういうこっちのお兄さんは、剣の腕は立たない代わりにめっぽう口が立つの?」
「俺はな、ここにある自前の剣がめっぽうでっかくてよく立つのさ!」
駄目だ、僕の中のイシュトヴァーンが調子に乗ってセクハラ発言。途中から交替して任せてたんだけど、大丈夫かなー。
ただ今のところ女給さんたちにはウケてる(ふりをされてる)。同じ言葉言っても、たぶん中の人の僕が言ったらみんなドン引きで
「すけべ!──
「ありがとよ!ほらよグイン、食うぞ喰うぞ」
常人なら4、5人前くらいありそうな大皿が来る。
沿海州だけあって、海の幸には事欠かない。
航海の間は質素なものしか口にできなかったので、この手の文明的料理は久しぶりだ。ロス以来だな。
「ほう、──美味いな」
「気に入ったか、グイン!俺の生まれ育った港町にも、これがあってな!
そこで、ぐぐっと。──おお、良い飲みっぷりじゃねえか、ほらそっちの小妹も」
物事にめったに動じないグインが驚いた様子をみせたので、僕は機嫌がよくなった。
グインの近くに付いた、リンダと同じかそれより年下にも思える小柄な黒髪の子がとぽとぽと、卓においてあったグインのグラス代わりの深鉢にヴァシャ酒を注ぐ。
半分くらい平らげたところで、次の料理が到着する。
「これ。揚げた
「こっちは、
「おう、ありがとな!ほらこれ、心づけだぜ」
卓がにぎやかになってきた。心づけの小銭を、僕についた女給たちの胸元に押し込む。
グインが半目になってこっちを見ているが、まあこの手の酒場はこんなものなんだ。
きゃあっ、と僕を口では非難してみせながらも、女給さんたちはにまにま笑みを浮かべて金を押し込まれた胸元を手で押さえてる。金払いがいいからね、僕たち。
僕は揚げ魚と玉ねぎの酢漬けを、口に入れる。
この揚げ魚の酢漬けは、現代日本でいう南蛮漬けみたいなものだな。ただ、甘くはない。
これが、
さっきから、僕の操縦は
口元を拭き、ふうっ、と息を吐いた。目元と口元が、思わず緩んでしまう。リンダ関係で溜まりに溜まったストレスが、サラサラと消えていく!
こっちをみていたグインの視線に気づく。あ、笑ってやがったな?わかるんだぞ。
そして、豚と
これは、ぶつ切りにした豚のあばら肉を長豆や根菜類と塩味で炒め煮したものだ。塩煮というが、別に塩辛くはない。豚はトロトロに煮込まれて、口に入れるとほろりと溶ける。
長い航海でちょっとできてしまってた口内炎にしみるが、これにもたまらない旨味がある。
夢中になってがつがつと食べ、ヴァシャ酒を呷る僕に隣の卓から声がかかる。
「──景気がいいな、海の兄弟」
「おうよ、今朝がた港についたのさ!
美味いぜ、なにもかも。──楽しんでるかい、兄弟?」
声をかけてきたのは、ごま塩頭の屈強そうな船乗り。若い少年っぽい水夫3人が連れで同席してるが、もしかすると地元の漁師と弟子連中か、あるいは大型船の高級水夫とその部下たちという感じか。
ごま塩頭の目は穏やかで、いちゃもんをつけに来たという感じではない。
「そうか、大変だっただろう。ドライドンに感謝を」
「ドライドンに感謝を」
近づきのしるしに、互いにヴァシャ酒をふるまい乾杯。ちなみにこういうとき単なる乾杯じゃなくて、がっちり腕を組んで(っていうのかな?)杯を空けあうのが沿海州流。
「そういうオジキは、どうなんで」
「儂か。儂らは2日前に着いてな、アルゴ航路よ。アルゴス経由でパロ行きの物資を運んで行った。帰りの便で、織物だ。4日後に、また船が出る」
「パロ向けなら利も大きいだろなー、でも軍向けかな?」
「いや、民生品だ。戦時中はまるで動かんかったが、最近は荷が戻ってる。
クリスタル公が、政務についているらしい」
「何?モンゴールはどうなったんだ?
──いやすまねえオジキ、俺たちはイリスの馬車の1つ半(1か月半)、海に出ててな。最後に知ってるのは、クリスタル陥落くらいでさ」
「クリスタルはモンゴールの占領下だ、ただな、モンゴールの公女が──」
料理をつつきながら、酒を酌み交わし合い、情報を引き出す。
読み売りが売ってれば買ってもいいんだが欲しい情報が乗ってないし、もちろんテレビもラジオもインターネットもない。基本、噂話とかから情報を集めるしかない。
その点、王宮の小間使いはロクな情報持ってない。向こうと取引してる商人に雇われてる高級船員なんぞ、格好の情報源なんだ。
この船乗りのおっさんによると。
パロとの荷はしばらくとまっていたが、現在は復活。一時の需要の落ち込みの反動もあって、好景気といっていい。
パロ情勢を聞く。伝聞になるが、アムネリスはクリスタルを堅実に治めている。そのせいでアルゴスのベック公は焦っている。足元を着実に固められてるってことだからな。
この安定の大きな要因の一つが、ナリス公。アムネリスと熱愛中である、というもっぱらの噂。アムネリスのもとに日参しているらしい。またアムネリスもナリス公も政務に精力的で、クリスタル市は急速な復興を遂げているようだ。
クリスタル公はゴーラ侵攻前は実力こそ認められていたけど王側の貴族や官僚に頭を押さえられていて、もっぱら式典や外交といった外務に回されていたらしい。
そのしがらみが取っ払われたせいで、内政に辣腕をふるうことができ始めたってことか。
──それにしても。やっぱりでてきたな、アルド・ナリス。
原作ではアムネリスを口説く様子が延々と続いていたからよくわからなかったが、政治面でも復権すると同時にここから台頭してきたわけだな。
そして、「死の婚礼」以降の黒ナリスになるわけか。
恐ろしいよなー、あんなに口説いてた婚約者の弟をサクっと殺って、婚約者には死んだふりで口もきかず軍を差し向け、ヴラドの縁者は公女以外はそれこそ全員族滅。おまけに公女は犬猿の仲の隣国の大公の妾にするんだぜ?くわばらくわばら。
「アグラーヤは、どう動くのかな?」
「パロとの荷動きが復活したのは、当面は悪い話じゃないな。
ただ、アグラーヤはパロとの結びつきが強い。
レンティアやライゴールと違って、モンゴールとの商いはそこまででもない。そのモンゴールにパロが抑えられたままだと、──な?」
「そうだよなー」
レムスたちとは、ほとんど話せてない。ましてやリンダとは。
ただ、レムスには原作と同じようなことを伝えて、後、もしかすると結婚の申入れあるかもしれんぞ、なんて話はしておいた。真っ赤になってたけどなー、大丈夫なんだろうか。
レムスにももちろんアグラーヤ王から情報は入るだろうが、向こうの都合の良い話だよな。ここで聞けた話も伝えておきたい。
「その結婚、上手くいけばそこまで悪い話じゃねえんじゃねえのか?」
「上手く行くかな?たしかにお二人はお若いし、琴瑟相和しているとも聞く。
少なくともナリス公は、アムネリス公女に夢中だというが」
「逆じゃねえのか。ナリス公といえば、すげえ男前なんだろ」
「これについては、ナリス公が前向きらしいのだ──地方への行啓も、予定前に終わらせて戻って真っ先に公女に会いに行くらしい。まあもちろん公女も、まんざらではなかろうよ。中原きっての色男だしな」
「へえ、そうか」
なんか、面白くないものを僕は感じる。
いや、僕は将来を知ってるからね。アムネリスは、──いや、怖いけど、実はそこまで嫌いにはなれなかったんだ。
原作読んだときはどっちかというと後半の無能ぶりもあって嫌いっていうかうんざりだったけど、現実のアムネリスはかなりまともで有能。怒ると怖いけど誠実ではあった、不器用なまでに。
まあ、ナリスに裏切られるのは自業自得。ただな、弟や一族郎党みな殺しにされるのはな、──
「当事者は燃え上がっても、お家とお家の関係があるだろう?──舅は、あのヴラド大公だぞ」
「なるほど。──たしかモンゴール、アマルナリクの乱もあったな」
「そうそう、それよ。即位が叶っても何か咎を見つけて、誅殺されかねん」
「だよな」
ごくっと、ヴァシャ酒を開ける。
気がつくと僕がこのごま塩と話してる間に、ごま塩の弟子の若手船員らがグインに話を聞いてる模様。
顔もわからねえ感じの暗めの場所にグインを押しこんだんだが、怖くねえのかなあいつら。
「ところで、風向きは?たしかそろそろ、海風に切り替わるよな。パロまで、どのくらい?」
キレノア大陸の東海岸は、僕の元の世界と同様、季節風が吹く。
おおざっぱにいえば、夏は海(南東)から大陸に、冬は大陸(北西)から海に。
今は季節の入れ替わりの時期だが、南東に変わりかけてる。
「そうだな、今はいい季節だ。弱い南東の風だ、船足はそこまで出ないがアルゴまで風にめぐまれれば4、5日。嵐がなければ10日程度か。カウロスとダネイン越えはちょっときな臭いな、行きは川を快速船で遡上するが風も助けになるから7、8日間でパロ国境に行けるだろうな、帰りは帆を畳んで櫂で漕げば4、5日間」
「最短、10日ちょっとか。長くても20日。やはり早いな。───陸路だと?金に糸目はつけねえ」
「陸路は、荷が運べないぞ兄弟。それに、例の戦争でパロの街道警備隊がいなくなったからな、盗賊が横行してる」
知ってる。原作イシュトもそれで酷い目に遭った。
「──駿馬を宿場町ごとに乗り継いでいっても、──潰さんようにしたら30日はかかるぞ。普通なら馬で4、50日、歩きだと下手すると倍はかかるし、命も無くす」
そうか、と僕は肩を落とす。
アルゴスから行くのが、結局は正解なのか。僕の中のイシュトヴァーンは、行きたくないみたいだが──。
──────
ごま塩のおっさんとの様子をみて、他の卓の連中も入ってきて陽気に騒ぐ。
刀子投げの腕を競って、勝利のヴァシャ酒の杯を干す。
グインにさっきの小柄な娘と話してもらおうとして、ウザがられる。
(とはいえ、それなりに話はしていたようだった。娘にすごーい、とか言われながら腕の周りを測られてる。表情は全くわからないけど、拒否するようでもない。──ほらね、僕の炯眼のとおりじゃないか!)
新しい客が数人入ってくる。店の女給たちが、緊張を見せる。
どうした?
「おい、ミリアを呼べ。いつもの卓をあけろ、──おわっ!?」
元の卓を離れ、中央の方で身振り手振りで過去の冒険譚(半分ほら吹きだけどさ)を熱演してた僕は。
新しい客たちの方向に視線を投げる。
頭をそり上げた、鈍重そうだがたくましい体つきのごろつきと、その取り巻き数人。
あれ、あの男、見た覚えがあるぞ。来るときに、十字路で出くわした奴だ。
「ほうほうほうほう、良いところに来たじゃねえか、海の兄弟!」
さっきからずっと、僕はこの体の統制をしていなくて真・イシュトヴァーンに任せてる──だけど取り返さないとまずいぞこれ。なんか、いちゃもんつける気だ。
しかし、がんばって取り返そうとしてもなぜか統制権が戻らない。どうしよう。
ひきつった顔つきの男を前に、僕は自分の頬に勝手に獰猛な笑みが浮かぶのを感じていた。