(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。 作:Marchhatter
○ご感想をいただきました。ありがとうございました!
・さすがは主人公グイン。彼は確固とした人格がある気がします(なんか本当に人格持って動いている感じ)。
その逆でいまいち実像がつかみづらいのがナリス公(外伝を読むともともと人格変化を複数経ていた感じもありますね・・)。アルミナ姫も描写が少なく、余白が多い方です。
・ブルカス、ブルスと続く悪役ブル一味の一員であるブルスさん、さんざん脅されて気の毒なことに──きっと裏でそれとなくエフェクトかけてる真イシュトが悪いのでしょう・・!
○また誤字のご指摘、ありがとうございました!
○第三者(レムス他)視点です。
(第三者(レムス)視点、ヴァーレン王宮の中庭、昼さがり)
自称イシュトヴァーンが、うみねこ亭でグインらと盛大に大騒ぎした日の、翌々日あたりだっただろうか。
ヴァーレンの王宮の中庭には、ふたりきりで対座する高貴な姫君と王子の姿があった。
「レムスさま」「アルミナ姫」
──あ、かぶっちゃった。
レムスは、顔に血が上るのを感じた。
きれいに整えられて刈り込まれた庭木、微動だにせずかしこまる見栄えのよい使用人、卓の上で湯気を立てる遠国の飲み物。
そして卓の向こうには、自分より2歳歳下だという、歳よりませた口ぶりの、見目麗しい美少女。
パロを含む中原南部では、正午から2ザンくらいすぎた頃、太陽が傾きはじめる午後に軽食を取る習慣があり。
王族や貴族たちは、これを社交の場としてよく使っていた。
レムスももちろん、パロにいたときはこれと全く遜色のない、あるいはこれより華美な庭園で社交として父王の賓客たちとの軽食会に参加したことなど、何度もある(得意ではないが)。
しかし今回ほどに緊張してしまう会は、はじめてであった。
リンダ情報によると。
アルミナ姫はレムスとの結婚については肯定的で、嫁ぎ先のパロでリンダと遊ぶのが楽しみだと言っていたという。
ちなみにアルミナ姫はリンダとは意気投合していて、船では人払いをしてキャッキャウフフとかしましくさわいでいたし。
ヴァーレンに到着すると人前では「アルミナ姫!」「リンダ姉さま!」などと猫をかぶって、でも隠しきれない仲の良さでアグラーヤ王や宮廷人たちの目じりをさげている。
しかし姫が、レムスとの結婚自体を喜んだという話はなかった。
そしてレムスに対しては、姫は表面上は親しげでありながら、どことなく距離を置き。
よそよそしい、どこか含むものがありげな空気を発している。
何か屈託が、そう、恨みがある?──朴念仁ながら人の負の感情には敏感なレムスは、そう感じていた。
しかし奥手のレムスは、それに気づいてもどうすることもできず。
ただ自分のなにがわるいんだろう、と拗ねてる視線に戸惑うばかりだった。女の子って、だいたい面倒くさい。
「──どうぞ、アルミナ姫から」
「いいえ、レムスさまから。
私が考えることなど、たいしたことではありませんから!」
つんとして、そう言ったアルミナの言葉に、レムスは瞬時、ぺしゃんこにされたような気分を味わう。
──だがそれに続いてアルミナは、心配そうに減っていないレムスの杯をみやった。
「──お飲み物、お気に召さなかったですか?」
「そんなこと、ありません」
あわててレムスは、アルミナのことが気になっておろそかになってた飲み物を手に取る。
パロにすら製造法が伝わっていない、翡翠のようなつややかな器。パロの硝子細工と並び称される、遠国キタイの
パロの典雅に慣れたレムスの目からみても、非のうちどころのない美しさである。
パロ人は二言目にはパロのものがいちばん美しくて正しくて他は野蛮で野暮で見苦しいとかいうけど、そんなことない。世界は広い、とレムスは気づくに至っていた。
器を愛でた後、音のせぬように飲み物を口に含むと、芳醇な香りが広がる。これは、──?
「
「はい。キタイの薬草湯で、
一口飲むと、心が落ち着くのを感じた。周りのものが、あらためて目に入ってくる。
気を使ってくれたのか、使用人も護衛もふたりの声が聞こえないくらいの距離に遠ざかっている。
ボルゴ・ヴァレン王に招かれた食事会でも、キタイ料理というものが供されていたな、とレムスは思い出す。
「キタイの文化が、入ってくるんですね」
「そうかもしれません、あまり自分たちでは気づきませんが。
──パロでは、あまり?」
「そうですね、学術的なところでは影響がありますし、キタイ人を祖とする学者の家もあります。
物品や文化も、──ほかの貴族たちのことは詳しくありませんが、好んでいる家もあるとか。
ただ、王宮では自国産のものを使え、と」
パロの
貴族たちは珍しい外国の風物を好んでいたが、聖王家はむしろ国産品で統一する傾向にあったし、食事もどちらかというと質素だったな、とレムスは思い出す。
ときどき呼び出される高位貴族たちの宴では、今にして思うとヘンテコなものが供されていた。
レムスの記憶には、南のランダーギアでしか捕まえられない紅鷺の舌を食材とした大皿料理が、人々の賞賛を集めていたことが残っている。そのほかのものも大変珍奇なものが供されていた。
ものすごく高価なのだろう、と今ではわかるが、正直味は調味料でごまかしてるだけでさほどでもなかったよね、と後で王宮に戻ってリンダと言い合ってた。
他方、アグラーヤ宮廷ではごく自然に東方、南方、北方の物産を目にする気がする。
「この王宮に招かれてから、いろいろなものが物珍しく思われます。
アグラーヤはキタイとも、交易があるのですね」
「そうですね。ただ、キタイとの通商は最近、減っているのです。海禁政策といい、キタイ政府はおおやけには他国からの輸入を制限するようになっています。そのため公貿易は利が薄く、密貿易は行われていますが量はない。
キタイ貿易が低調になってきたので、父は南方ランダーギア、シムハラとの交易を開拓したいと考えているようです」
アグラーヤは中原だけでなく、外洋船を仕立てて遠くの地とも交易をさかんに行っている。
今回、レムスたちと行き合ったのは南方航路の新しいルートの中継地を開拓しようとしてのことだったらしい。
──しかしまだ往路、これから航海路の空白部に入るぞ、というところでレムスたちに出くわしてしまったので戻ることになったという。
「それは、──申し訳ないことをしました」
「いいえ!それで、レムスさまとリンダ姉さま、そしてあの愉快な従者の方々にもお目にかかれたのですから」
そうは言いつつ、わずかに目を細めて遠くに目をやり、残念そうな面持ち。
レムスはその長い睫毛の横顔に顔に血がのぼるのを感じて、自分も同じように視線をそらした。
ここしばらく、イシュトたちとちゃんと話せていないが。
イシュトはサリア号への移乗時にこのアルミナ姫を見て、「リアルでパツキ〇のハ〇マイオニーかよ!レムスがんばれ超がんばれ」とか騒いでた。意味は全く分からなかったけど、きっとすごい失礼なことだろう。イシュトはそんなところがある。
それはともかくアルミナ姫の美貌は、美男美女が多いとされるパロ宮廷でも、人目を惹くことは間違いない。
「その。ランダーギア、シムハラへの海路ですよね。
中継地があると、違うのですか」
「はい。アルカンド、ライジアから南の陸伝いの海路が最近乱れていまして。海賊も多いのです。
しかも底浅で大型船に適しない港ばかりなのに、寄港のたびに税もとられますし、水も悪い。
かといってテラニアから南に直行すると、寄港地がないのです。
風が悪くて予定の2倍も3倍もかかることがあって、肉も水も腐ります。──せめて、水があれば」
「その、──そういえばぼくたちだけが移乗したので、詳しい話をお話しできていませんでしたが。
ぼくたちは姫さまの船に行き合うまで、とある島を出発して西北西にずっと航海してきたんです。」
「テラニアの東南東に、島があると?」
「はい。──いや、まだ今もあるかどうかわかりませんが」
レムスは、あの島でみたものことを思い出して、できるだけ正確に伝えようとした。
無人島。川。森。謎の生き物。貨物船が接岸できる水深の崖。火山。
「──その、謎の生き物というのは?」
「たぶん、今は生きてはいないと思いますが」
聖別された剣での傷は、致命傷となるものはなかったが。
最後の天人の函船の浮上時に、あの生き物は巻き込まれて死んでいるのではないか、とグインとイシュトヴァーンは考えている。
そうした話を含め、航海での冒険のことを思い出すままに目の前の少女に伝えてみる。
かちゃ、と音がしてレムスが目をやると、青い目をいっぱいに見開いたアルミナ姫が腰を浮かす勢いで卓に手をついていた。
「レムスさま!なんで、レムスさまはそんなに、──!」
離れた場所にいた護衛や侍女が、異常を察してにわかに寄ってこようとしたことで。
アルミナは、我にかえったらしい。
すぐに身振りで、彼ら彼女らを押し止めてくれた。しかし、その後で。
「──はしたないところをお見せしました」
顔を覆って、恥ずかしそうな声で言うアルミナ姫に。
朴念仁レムスは、たまたまアルミナの気持ちが分かった気がした。
利発で活発な子だが、肌には傷ひとつなく、日焼けもあまりしていない。
パロにいた頃のリンダとレムスたち同様、きっと大事にされてきたのだろう。
「アルミナ姫。もしかすると。
──姫は世界を、見たいんですね?」
返事は帰ってこないが、指のすきまから視線を感じる。
あってるかな、とレムスは危惧しながらも、続けた。
「──ぼくもなんです。姫、ぼくは14歳になります。
でもこの年まで、ずっと従者や傅役の人に守られてて。
クリスタルの王宮と貴族街、せいぜいマルガの離宮くらいしか知らなかった」
レムスは思い出す。最初は、あのルードの原生林。
そしてノスフェラス、グルトゥンギ族の荒野、ロス、レントの海、──
世界は危険で、でも想像を絶するほどに広く美しかった。
「アルミナ姫、──間違っていたら申し訳ありませんが。
姫も、広い世界が知りたい。そして今回の航海が、その機会になるはずだった」
「──はい」
アルミナ姫が、がばっと指をはずしてまた身を乗り出した。鋭い、というより思いつめた視線が、レムスに据えられた。
レムスは、思わず気圧されて身を軽くのけぞらせた。
「レムスさま!──私、レムスさまと結婚するじゃないですか」
「はい」
「結婚したら、外遊の機会なんてなくなりますよね。
いえ、側仕えの者にかこまれての外交などはあっても」
──お膳立てされた行幸などでない、自分の足で世界を歩き、自分の目で世界をみる機会は。
そう聞かれたレムスは、頷いた。
「──まあ、そうかもしれません」
今になってレムスは、痛切な思いで母のことを思い浮かべた。
傍目には完璧な王妃は、籠のなかの小鳥だったのかもしれない。
「今回のランダーギア・シムハラ方面への南方航路の調査航海は、嫁入り前の私にとって最初の、──もしかしたら最後の外遊だったのです」
「あー」
もちろん海の強国アグラーヤ、アルミナも近隣の諸国には訪れたこともあるし、父王とともに航海をしたこともある。
ただ自分が責任者として任務を帯びて、遠洋に航海することは今回がはじめてだった。
──その機会をだいなしにしたのが、レムス一行。
もちろん、リンダも同罪だ。しかし、レムスはきっとアルミナにとって、結婚という檻の象徴のようにも思えたのかもしれない。
「ただレムスさまと結婚って聞いて、うれしかったのもあるんです」
「というと?」
「レムスさまとじゃなかったら、たぶんヴァラキアのオリー・トレヴァーンか、クムの3公子」
「ええ」
「オリー・トレヴァーンって最悪なんです。──会議では寝てるか鼻いじってるし、まあそれはいいんですけど、レムスさまみたいな男の子を侍らせて──コホン。
とにかく、マジ最低だって思いました!
でも父に言ったら、あれはすごく賢いんだって言われたんです」
「──」
「人間としてみたら、たしかに最低の愚物。
でもあれは豚だ、直立して歩いて人語をしゃべれる、世にふたつとない賢い豚なんだって父が言っていました」
「ぶふぉっ」
あまりに率直なもの言い。これ、絶対国際問題になるやつだ。レムスは思わず周囲を見回した。
大丈夫、聞こえてないみたいだが──。
聞こえなかったふりをするか、話題を変えるべきなのだろう。
でも彼は、はじめて心の中をみせてくれた彼女に、思わず同調してしまう。
「あー、ぼくも一度見ました。クリスタルで。
そうですね、ちょっと、──美しいものへの関心が高いというか」
オリー・トレヴァーンはかなり肥満した男だった。それは別に構わない(パロの貴族だって、あそこまでのはいないが大同小異だ)。
よく知られたルブリウスの徒であり(これもパロの貴族にも多い)、公衆の面前でも己の欲望を優先させる。
使節の一員としてクリスタルに来訪したときも、侍童に言い寄り、美しい従兄をなめずるような目でみていた。
ものに動じないあの完璧超人の従兄が、めずらしく引き気味に接していたのを覚えている。
レムスにも同じくらいの関心が寄せられていたらしいが、幸いにもレムスは接遇役ではなかったし、父王のつけてくれた傅役がうるさく目を光らせていてくれた。
「でしょ?最悪なんです!しかも稚児趣味ってよく云われてて。
まあそれだけならよくある話ですよね?なんとか常識を身につけさせて、公の場では変なふるまいはしないようにしてくれたらいいだけだし。
それに稚児が対象なら、逆に私は関心もたれなくて安全だ、と思ってたんです。
でも、それだけじゃないんです!父が密偵に調べさせたら、童女も稚児も両方好きらしくて。
気持ち悪いからお前は見るな、って言われたけど、こっそり報告書を盗み読みしたら、『人形のように扱って、さいごは壊す』って書いてあって──!」
「う、うん」
「わかります?わからないですよね、レムスさまも、男だから!」
ひどい冤罪だ、とレムスは思うが、彼女の気持ちもわかる気がするので口をつぐんでじっと傾聴した。
「──そして顔合わせのときも、やたら腕とか肩とかつかまれたり触られたりして、ぶわって鳥肌が立って、半端なく気持ち悪くて!
それにクムの三公子。これも、ろくでもないんです」
長子タルーは武勇にすぐれるが、粗暴。悪い噂はすぐにあつまった。国境近くの小競り合いで勝てず、その相手の隣国の公女に武才で劣るとされ、復仇の機会を狙っているとか。また女癖が悪いし、女たちへの扱いが正視に堪えない。
次子タリクは商才があると言われるが、黒い噂もある。実際には賄賂を取って取引に介入し、あるいは羽振りのよい商会に難癖をつけて取り潰したり金を取ったりして財をなしているともいわれる。もっとも真相は不明だ。
末のタル・サンにはまだ悪い噂は聞かない。しかし無気力なのか兄たちに押さえられてしまっているのか、まだ実績らしい実績が何一つない。
「だからレムスさまって聞いて、最初はすごくうれしかったんです。でも」
「でも」
「結婚したら、パロを見ることができる。でも世界は見れない、って思ってしまって」
「──」
「そして結婚までの、貴重な外遊の機会がなくなってしまったのも、レムスさまたちに行き合ったからだ、って思ってしまって──ちがうんです、レムスさまは、悪くないんです。
私が、自分のいやしい、私欲をさまたげられたからさかうらみしてるんです。」
ここにきて、レムスは自分がアルミナに疎んじられている理由がわかった。
そして、──軽い不快感こそあるが、その理由も納得のできるものだった。
しかし、ここできちんと言わなきゃな、とレムスは思った。