(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。 作:Marchhatter
(第三者(レムス)視点、アグラーヤ王宮の中庭のあずまや、午後)
彼にはちょっとつんとおすましして接する美少女、アルミナの心中を知って。
これだけは言わねばならない、とレムスは思った。
内気な彼にとっては、たいへん勇気のいることだったが。
彼はこほん、と咳ばらいをして、声をだした。
「姫」
意外と、しっかりした声が出た──きっとグインたちと剣術の練習をして、鍛えられたのかもしれない。
罪悪感のためだろうか、目を伏せて横に視線を流していたアルミナが、目を上げてレムスを見返した。
睫毛にわずかに涙がついているのに、彼は気がつかないふりをした。
「ぼくは、檻になるつもりはありません」
「えっ」
「姫。姫には、ぼくは『檻』にみえているのですね。姫を鎖す檻に」
結婚によって、王家に入る。そのことによって、アルミナの自由は終わる。
いわばレムスは、あるいはレムスとの結婚は、広い世界から彼女を隔てとざす檻なのだ。
もちろん、レムスはオリー・トレヴァーンという檻に比べれば、まだまし。
しかし飾り立てられた、見栄えのよい、しかし檻には変わらないということか。
「ぼくは、パロの王位を復しないといけないらしいのです。
もっとも実は、それは僕がもっともやりたいことではないのですが」
「えええっ!?──申し訳ありません」
また侍女たちの視線が飛んできたので、アルミナは謝ったが、目には衝撃があった、──この人なに言い出してるの、と言いたげな。
めげずに、レムスは自分の心中を表現する語彙をさがしながら言葉をつづけた。
「いえ、ぼくはパロを解放したい。そのために最大限の力を尽くすつもりです。
もっとも、──それができないこともあり得るでしょう。
モンゴール兵は剽悍決死。中原有数の強兵ぞろい。そしてぼくの手元に、自分のものといえる兵はありません。
武運つたなくぼくが討ち取られ、あるいは捕らえられ、引き回されて磔にされ、火あぶりになることだってありうるでしょう。
正直、実のところ博打のようなものです。アルミナ姫の父君もよく決断したと思ってます」
「───」
「ただ、結婚の前にせよ後にせよ、ぼくはアルミナ姫を閉じ込めるつもりはありません。
ぼくも、檻が嫌いですから。ほんとうに、ぼくがしたいこと。それは、空を飛ぶこと」
「!?」
「はい、変ですよね。あの鳥みたいに──みえますか?」
レムスが指さす方向に、アルミナも視線を向けた。
港に近いヴァーレンの王宮上空に、魚をすなどる猛禽が悠々と舞っているのがみえた。
いつのまにか驚きで、目の涙はとまっていた。
「あのように。つばさで、風に乗って──
そうだ、云い忘れましたね。ぼくとリンダは、空を飛んだことがあるんです」
「──」
狂人をみるまなざしにめげず、彼は説明する。
「スタフォロス城の落城のときでした。グイン──あの豹頭の戦士です──が、セムに攻囲されて塔の先端から脱出するときに、槍に布を付けて、飛び降りたんです」
「──」
アルミナは、まじまじと彼をみつめている。
ただ、その視線は狂人をみるものではなく、理解しはじめたものだ。
その瞳に語りかけながら、あのときのことをレムスは思い出す。
「ぱたぱたぱた、と耳元で風が、いや、布がはためいていました。
下をみると、数十タール。船の
熱い炎の熱気が、下からふきあがっていた。それと折からの強風で、布が膨らんでいた。
となりの塔の屋根が、熱でくずれ、炎が噴き出していた。この自分の塔も、まもなく。
そしてグインは、飛び降りた。風に乗って、即席の「凧」は舞い上がった。
驚愕の表情の姉と見交わした目。互いの、頬の赤み。グインの低い、愉快そうな声、ぐんぐんと浮いて風をきっていく、ほかにくらべるもののない感覚──
「ぼく、──笑われると思いますし、怒られると思います。『王になったら、王であれ』と。
だけど、──王を退位したら。いや、王位にあるあいだでも、わずかにでも時間があれば、続けてみたい、って思っています。
空に焦がれることをあきらめろ、と言われたら。きっとぼくは、嫌になってしまうでしょうね。
アルミナ姫、姫が世界にあこがれる気持ちは、きっと僕が空にあこがれる気持ちと同じなのかもな、って思います」
「そう、そう、──そう!」
アルミナ姫が、目を輝かせてまたたちあがりかけ、近習や侍女が鋭い視線を投げ。
仕方なく座った姫だが、頬に血の気がのぼって、その目はきらきらと輝きだしていた。
「レムスさま、ズルい!もう!私がやりたいこと、全部やってる!
男の子って、ほんとイヤ。全部先回りして、全部やっちゃって、でも女の子にはさせようとしない、仲間にいれてくれない」
「あはは、──でも、ぼく。
誓うことなどはできませんが、もし結婚したら。
アルミナ姫と、世界をみてみたいな。あの鳥みたいに、一緒に飛べたらな、って思います」
父と母は、レムスの目には仲睦まじい夫婦に見えていた(これは、パロ王室にあってはかなり珍しいことだ)。
父が政務に力を尽くし、母も家をかためる。そういったあり方は、子供たちにとってはもちろんひとつの理想ではあった。
ただレムスは、もっとやりたいことがある。そして、妃にも同じようにやりたいことをやってほしい。
彼自身は、──できれば王になっても、時間をみつけてちょこちょこ研究をつづけたい。
ちょうど父が休みに、騎乗槍仕合を観戦しに行ったり、イーラ湖に釣りに行ったり、詩吟の会に出ていたりしたように。
彼も王宮のすみにつくった作業場で模型を組みたて、あるいはイーラ湖のほとりで帆布と軽木の枠でつくった試験機を飛ばしてみたい。
「いい!」
「はい?」
「──それ。
レムスさま、──ちょうど船みたいに、その機械は人を運べますか?」
「?──はい、僕はそうできたらな、って。
イシュト、えーっと、僕を護衛してくれたふたりのうち、人頭の方ですが。
イシュトは、空を飛ぶ方法はいろいろあるって。早いけど1人か2人しか乗れない方法も、数人が乗れる方法も考えてるって。
落ち着いたらやろうな、って言ってましたけど──」
「レムスさま!」
「はい?」
「私、決めました。レムスさま、──私もその
「!?」
元気をとりもどしたアルミナの目の輝きに、レムスはどこか不吉なものを感じた。
「共犯者、ですね。
完璧に、ふたりで国を回しましょう。──でもこっそり、そういう世界を覆しかねない
「──」
「ダメですか?ほら私、──お飾りとしてはまあまあな外見じゃないですか。
それにまだまだ小娘ですけど、きっと母みたいに、殿方好みに育ちますよ?」
「え」
「主計官がお世辞
「は」
「キタイ語、ランダーギア語、シムハラ語、ハイナム方言やタルーアン語だってできます。お得でしょう?」
「その」
「持参金も!搾り取ってくださって大丈夫です。父、貴国との取引で儲けてます」
「あー、それは、」
「もう、レムスさま!こんな好物件なのに、何が不満なんですか!」
「いや、だってさ、──なんで?」
「だって、──私も、空から地上をみてみたいじゃないですか!
それにですよ?その
レムスさま。今、パロのクリスタルまでどのくらいかかるとお思いですか」
「えーっと。イリスの馬車、1つか2つ分?」
「はい、船で1つ。馬で2つ、徒歩でしたら3つなんです。
ただ、鳩だと2日か3日くらいしかかからないんです」
「──そうか。空を飛べば、ドラス連山もウィレンも障りにはならない」
「そうです。それに船でランダーギアまで、どれだけかかるかご存じですか?
早くてイリスの馬車3つ分、凪ぎにあうと5つ6つ分かかることも。
そもそも難破したり海賊に襲われてしまったりすることも」
「──」
「空を行く船。空船ですか?
もし、そんなものができたら──キタイやランダーギアまで安全に、しかも早く行けるようになるかもしれません。
──世界が、変わりまちゅ」
「はい」
噛んだな、とレムスは思った。
うつむいたアルミナの耳が、赤くなった。
「──」
「──こほん」
興奮して頬に血がのぼったアルミナは、茶の杯を取りあげて飲んだ。
レムスも、すこしさめてしまった茶をごくごくと飲む。
アルミナが、背筋をのばし。据わった目をレムスに向けた。さっきのことは、なくなったことになったらしい。
「レムスさま。楽しみになってきました」
「姫、それは──」
「結婚です!レムスさま、私がんばりますよ」
「は、はい」
「あ、誤解しないでください。単に、世界がみられそう、飛行機械が面白そうってだけで決めたわけじゃないんです。
今日、レムスさまのことがなんかわかってきた気がします。
すくなくともレムスさまは、私がおもってたのと違いました。ごめんなさい。
ほんとは、鼻持ちならないクソ王子かと思ってたんです」
「えっ」
いきなりの罵倒。レムスは目をしばたたかせた。
「ほら、──お顔や体つきや、要は外見だけはいいけど。
ものうげで視線があまり合わなくて何考えてるかわからなくて、ときどきじっと怖いお顔で宙をにらんでたりしてて」
「ええっ!?いや、それは!」
「──このまえ縛り首になったとかいう、婦女連続暴行殺人犯キャシディウスにも似てる、根暗な視線」
「ぐはっ」
「それに、ぜんぜん話しかけてきてくださらないじゃないですか。私になんか、関心ないのかと思ってました。
もしかすると血の尊さを鼻にかけてるいけ好かないクズで、傍系の小娘になんて嫌悪感しかなくて、実は好みの女をすでにかこっていたりして。だって、あの大国パロの王子様ですよ?
『お前はお前の父とのつながりのための道具にすぎない、だから俺が下賤な傍系の血のお前を抱くことはない!』なんて初夜で言い放たれちゃうのかも、って勝手に思い込んじゃってて」
「そんな!」
たしかに、このアルミナ姫といると恥ずかしくてあまり目を合わせられなかった。
目が合うと、顔が赤くなっちゃうから。
関心がないどころか、アルミナは正直、レムスの目には美しくて、完璧で、手を触れがたいように感じていた。
パロの貴族の女の子たちと違い、たおやかな感じはしない。活発で、なんならちょっぴりだけリンダに似てる。
その才気あふれる彼女にくらべて、自分がすごく卑小なように思えて、近寄りがたかったのだ。
だから、確かにあまり話しかけたりできてなかった。
でも、それがそんな風に受け取られてるなんて──
「ごめんなさい、そういう読み売りが貴族の女の子の間で流行ってるんです。ついつい、私も友達から借りて読み耽っちゃって」
レムスは、どんな話なのか聞いてみた。
──妻となるはずの重臣の娘である許嫁の女の子を足蹴にして、形だけは夫婦にしてやるが愛するつもりはない、って甘やかされたクソ王子が言うらしい。
でもその女の子は結局、婚約破棄される。でも捨てられてもけなげにがんばって、敵国の王子に一目ぼれされて、その女の子を尊重しなかった母国は悲惨な結末をむかえる──
そういう話らしい。
なにそれ。重臣の娘との婚約なんぞ破棄したら次の日から内戦だろ。
ていうか敵国を引き込むの?どれだけ市民が乱暴狼藉されるか分かってて?
──女の子の怨念怖い、とレムスは震えた。
「だけど、レムスさまはそんな人じゃ、全然ないですね。それどころか、──私と同じ悩みを持ってる人なんだ、って思います。
あー。このさい白状します。レムスさまの外見だけは正直、好みだったんです」
じっと熱っぽい視線がレムスを観察する。アルミナの頬が赤い。
レムスもなんとなくそわそわして、きまり悪くなってしまい、やはり頬を赤らめた。
「あ、もちろんレムスさまが私をがまんできれば。
──閨だって、がんばります。たぶん胸だって、母上と同じくらいには育ちます。
一度だけ妹と、えーと、──そういう場面を目撃したんです」
「──」
レムスは謁見のときは恥ずかしくてあんまり正視できなかった、王妃のことを思い出す。
たしかにすごく目を惹く美人で、胸に谷間があって、──
「だってそれも、大事じゃないですか?体の好みというか、相性」
「そ、そうだね」
レムスは、お茶を飲もうとして杯が空になっているのに気づく。
アルミナも同じだったらしい。二人の視線が、合う。
アルミナの頬が赤く染まり、目が泳いだ。自分がはっちゃけてしまっていたことに、今になって気づいたのだろう。
ただ、レムスもいっぱいいっぱいで顔が赤く、アルミナの挙動不審なさまには気づいていなかった。
「──その、私って本当はこんな感じなんです。失望、しちゃいましたか?」
ぽつり、とアルミナが漏らした。レムスは、あわてて言葉を返す。
「いえ!アルミナ姫、その、──ぼく、アルミナ姫のことが気になってました。今日お話しして、姫の考えてらっしゃることを知って、ますます、その、──好ましく思ってます。もっとたくさん、姫のことを知りたい。
結婚が先に決まっちゃったんですけど。これから、お互いをよく知っていけたらな、って」
「私も!──これからはいろいろ、いっぱいお話しましょうね、レムスさま」
花が咲くように笑う、アルミナ姫。
その顔に、きゅっと胸が締めつけられるような思いをレムスは覚えた。
ああ、ぼく、──この子のことを好きになっちゃったんだな、とレムスは思った。
──────
話が聞こえない距離で、離れて観察しているお付きの侍女は。
話してる内容はわからないけどお話がはずんでますね、でもそろそろお茶のお代わりをお持ちしましょうか、──と思ったのだった。