(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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グイン視点→偽イシュト視点→スニ視点です。



008 疑惑

(グイン視点、スタフォロス城の白の塔の牢、夜)

 

「それで、これを置いていったと。──親切なことだな?」

 

 グインは牢に戻り、レムスに黒伯爵への疑問を語り、またレムスからも話を聞きながら、食事をとっていた。

 彼の驚くべき回復能力でも、さすがにすぐに体調全快とはいかない。彼の体は栄養ある食事と休息を欲していた。

 手回しよく置かれていた、彼の分の冷めてはいるがたっぷりした量の食事を取りながら、彼は云うにいわれぬ違和感を抱く。

 

「あ、その人。

 ぼくたちを捕まえたときの黒騎士たちの1人だったよ。ヴァシャの実をくれた人」

 

「あいつか。──どこか妙な態度の奴だったな」

 

 さっきもすれ違った。罰当番を受ける羽目になったとか言っていたようだったな、とグインは回想する。

 最初に接したとき、(グイン)の異形ぶりに妖魅ではないかと忌避していた黒騎士たちのなかにあって、まるで旧知の仲のように馴れ馴れしく彼と双子(こちらも王族。本来は平民が直答していい存在ではない)に接してきた男。

 ただ彼に目を向けられたときに、何か妙な感覚を覚えたな、──と思い返し。

 ──そしてグインは、その巨大な拳を腿に打ち付けた。

 

「──思い出したぞ。

 あいつだ、さっきの気配は!」

 

「何が?」

 

「レムス、──あの男には気をつけろ。

 敵ではないかもしれぬが、きわめて怪しい奴だ。

 ──まずまちがいなく、暗殺者か密偵だろう」

 

「グイン、それって、──!」

 

「声を下げろ。響くぞ」

 

「(ごめん、グイン。

 ──それって。彼は、ぼくたちを殺すために、──?)」

 

 王子はたしなめられて、まだ変声期前のややもするときんきんする声を低めた。

 改めて問い直したその声は、軽く首を絞められたとでもいうようにかすれたものになっていた。

 親切にしてくれた男を信じたい、という気持ちと、裏切られたと感じる、どす黒く広がる不信の気持ち。

 その2つの矛盾する感情のせめぎあいが、少年の必死な目ににじんでいるのを見て。

 豹頭の超戦士は自分の直截的な結論だけのものの言い方を反省しながら、言葉を足した。

 

「そうではない。そのつもりなら、こんな悠長なことはすまい。

 だが、非常に危険な男なのは確かなのだ。

 剣で負けるとは思わんが、──奴は『殺し』に慣れている。そこらの騎士とは比べ物にならん」

 

 グインは簡単に、自分が帰りの地下道で感じた姿を隠した者の冷徹な気配と、それがおそらくは牢に来た怪しい黒騎士のものであろうことをレムスに説明した。

 これまでのところ、彼は敵対的ではない。しかし身分を秘して黒騎士として潜入している、極めて怪しい不審人物である。暗殺者や間諜である可能性が濃厚だ。

 

「俺はてっきり、城主お抱えの暗殺者ではないかと思っていたが、──おそらく逆だな。

 城主へ差し向けられた暗殺者か、他国の密偵なのだろう。

 いずれにせよ、決して油断してはならん」

 

「もしかすると、その食べ物って、──大丈夫なの?」

 

「喰ったが毒は入っていない。それは安心していい」

 

 だが、あの男は怪しい。怪しすぎる。

 機会があれば捕えて締め上げ、知っていることを吐かせねばならない、とグインは決意する。

 

 精悍でたけだけしく見える外貌に似合わず、一見するとおだやかそうにみえて。

 その実、実験動物をみるような温度のない彼の視線を、もう一度記憶から掘り出してみる。

 

 ──俺の異相に対する驚きというものが、あの男にはない。

 

 あきらかに、あれは以前からグインを知っている目だ。──おそらくは、グインが森で目覚めたときよりも以前から?

 

 彼が、グインの記憶を失わせこのような異形にした元凶ではないとしても。

 その下手人か、事情を知る腹心。──少なくとも強いつながりのある人物であろう。

 そうだとしたら。──もちろん、彼に、そしてその元凶に報いをくれてやらねばなるまい。

 湧きおこる瞋恚に、ギリッ、と噛み締めた豹の牙が軋み、レムスを怯えさせる。

 

「グイン、もしかするとその人、さ。パロの──」

 

「──待て。誰かが来る」

 

 聴覚に秀でた豹の耳は、遠くからぱたぱたと近づく小さな足音を聴き取った(※)。

 足音は、確固とした目的をもって、彼らの牢の前で止まった。

 がたり、と音がして、のぞき窓が開けられ、格子のすきまからどさり、と何かが落としこまれた。

 覗き窓からは、姿が見えなかったところからすれば。見回りをしている、小男の牢番であろうか。

 がちり、と扉の鍵がちゃんとかかっているのを確かめる音もした。

 ──意外にも仕事熱心なのだな、とグインは再び微量の違和感を覚えた。

 

「──たぶん、膏薬と包帯だろう。

 悪いが、取ってきてくれるか」

 

「うん、──あれっ?」

 

「どうした?」

 

「なんだか重い。何か固いものが巻いてあるよ」

 

「全部、こっちによこしてくれ」

 

 投げ込まれた包みは、狭い覗き窓を通せるように細長くまとめられているが。

 包帯と柔らかい革袋に入った打身用と金創(切り傷)用の膏薬だけでなく、何か固いものが皮と布にくるまれてつけられている。

 

「カギか。──何か、その包みの皮に書いてあるか?」

 

「グイン、これって!」

 

「声を低く。──そうか、そういうことか」

 

 膏薬と包帯とカギをくるんだ、獣皮紙には。

 城の2つの塔をつなぐ隠し扉と秘密の通路、そして真偽不明の謎情報が数点、簡潔に書かれている。

 カギは1つだけだが、おそらくは。

 

「カギは隣の牢のものだと書いてあるな。間違いなくこいつは、お前とリンダの素性を知って脱獄を(そそのか)している。

 レムス、扉を──いや、俺が確かめよう」

 

 グインは疲労と痛みを忘れたようにすっと立ち上がり、自らの閉じ込められている牢の扉をそっと確認した。

 牢の扉は、抵抗なく動く。既に解錠されていたのだ。

 さっきの音は、カギを開ける音だったのだろう。

 

「グイン、ぼくたち、もしかして逃げられるの?」

 

「ああ、──だが意図が分からぬ。

 もっとも我らを嬲ろうとする、城主の罠にしては迂遠すぎる。

 この何者かが書いてよこしたように、まもなく何か騒動が起こるのであれば、それまで機を伺うか」

 

 食事に戻ったグインは、さらに腐敗防止のためヴァシャ酒をわずかに混ぜられた水差しの水を杯に注ごうとして、その水差しの中に隠されていた短刀を発見する。

 ご丁寧にも、3本分。刃渡りは短いが実用的。リンダを伴って逃げろ、と言わんばかりだ。

 

 グインとレムスは、あまりにも手廻しの良すぎるこの「何者か」、──おそらくは他国の密偵であろう、──の思惑に乗ることに、一抹の不安を抱いたが。

 結局は、他に選択肢がないのならば、彼らに示されたこの脱出の手段に賭けてみよう、という気になりはじめていたのだった。

 

 ──────

 ──────

 

(偽イシュト視点、スタフォロス砦、夜半)

 

「エク、じゃあな。ありがとよ。

 ──でもよ、お前、本当に来ないか?」

 

「ハッ、お前についていったんじゃ、命がいくらあったって知れたもんじゃねえ。

 ──いかねえよ、何度も言わせんな」

 

「わかった。じゃあ、通報だけ頼む。」

 

「お前も、何考えてるか分からねえな。追手が早くかかると、さすがに逃げ切れなくなるかもしれねえ、ってわかってんのか?

 まあいい、お前のことを通報して、それで俺は褒賞をもらって一杯やればいいんだな?」

 

「それでいいんだ、頼む。」

 

 僕はごく少数の、本当に信頼できる戦友たちを訪れ。

 グドウ麾下の自分を勝手に罰しようとした黒伯爵が信用できないこと。

 そのような信義を裏切る行為があった場合、御恩と奉公の関係にある傭兵としては致仕を選べること。

 巫女姫も予言したように、砦に危機が迫っている感覚があること。

 そういったことを告げて、お前も脱走しないか、と声をかけてみた。

 

 ただし、正常性バイアスというやつは根深い。

 うち何人かは心を動かされたようだが、結局は決断に至らなかった。

 

 そのため、僕は最後の1人に、僕は脱走するから、城を出たら密告してそいつの手柄にしてくれるよう、頼んだ。

 せめて、多少は城が、というか城の俺の知り合いたちが生き残る確率が上がってくれれば、と思ったからだ。

 

 こいつらにもっと具体的に「セムの夜襲が迫っている!」とか、言うこともできたかもしれない。

 ただ、そうなるとそれを察知したのはどうしてか、という当然の疑問が生じてしまう。

 最悪の場合、セムの回し者って思われるよな。

 

 だから僕ができる精いっぱいとして。

 悪い予感があった、とだけ彼らには告げて。

 まさかの時はなりふり構わず逃げろ、しばらくは毎晩寝るときも最小限の装具はつけておけ、としか言えなかった。

 

 逃走ルートは、今回は陸路を選んだ(※)。

 もう史実でのイシュト逃走時間は徒過している。河岸側にはカロイ族の戦士が到着し始めていると読むべきだろう。時機を逸した。

 ──それに、史実と異なり、今の僕は猿娘も連れている。スニはそこまで泳げないだろう。

 

 スタフォロス城は要衝の地だけあり、陸路も非常に攻め上がりにくい。それでも突破できる可能性はまだある、と僕は踏む。

 地形上、セムたちは河を渡り、かつ遠回りして城への道を攻め上らねばならない。その包囲のすき間を狙う。

 セムたちは城への入り口をふさぐように陣を置いているはずだ。城の攻め口に彼らが到達する、その前に、城の北西側の危険な森に逃げ込む。

 

 罰番として一人での夜廻りを命じられた、やってらんねえ、と、貸しのある戦友の一人に演技も頼んで門番を騙し(ただ立ち会ってもらっただけ。一言も言わなくても、監督役が付くだけで信憑性が増すのだ)。

 僕は馬を一頭、厩から引き出す。

 スニさんには、僕の背中に貼りついてサーコートに隠れてもらった。

 九十九折りになった道を、音を極力立てないように馬を牽いて歩きながら振り向く。

 

 暗雲の間から一瞬だけ覗いた青白い(イリス)の光に照らされた、悲劇の巨城。

 その荘重な姿に最後の一瞥をくれて、僕は馬にまたがり、駆け出す。そろそろだろう。

 

 城が騒ぎ出す。カンカンカン、という音。僕の脱走を密告してくれたらしいな。

 これで、セムが警戒して足を緩める。その隙に、林道を突破する!

 

 罰番だという建前上、厩番から借りた馬は決して良馬ではない。肉にしても惜しくない癖馬だ。

 騎手を振り落とす癖のある、癇の強い奴だ。ただ、癖を知って尊重してやるとなかなかいい走りをみせる。それを知って、こいつを選んだ。

 僕は妖魅にあふれる森を駆け抜ける。当てはある、6タッド半先にある黒騎士の哨戒時の一時避難所だ。

 

 史実では夜半に襲撃が始まり、明け方に大手門が破られる。

 そこからグインたちが牢を出て、黒伯爵と対峙し。

 最後に黒い塔の頂上から身を投じたのがその日の夕暮れ。

 そのときまでには、原作イシュトヴァーンが河岸からグインたちを目視し、手鉤つきのロープで引き寄せることができるほどに、セムたちは少なくなっているはず。

 一応、事前の手を打ったので原作以外のルートでも彼らが逃れるすべはあると思うが、念のため明日の夕方になったら僕は城の様子を見に行くつもりだ。

 

 ──────

 ──────

 

(スニ視点)

 

 背後でスタボロスの門が閉まる音がして、振り向かずそのまま2つ目の曲がり角まで馬をひき。

 城からは見えない、と判断したらしい「イシュト」が、ようやく背中にしがみついているスニに声をかけた。

(もちろん、スニは彼の腰帯に足をかけていたので、腕力だけでしがみついてたわけではない。)

 

「スニ。降。乗、馬」

 

 彼に言われたとおり、スニはイシュトの背中から滑りおりる。

 「イシュト」は馬に飛び乗り、スニに手を伸ばして馬の鞍の上に引き上げてくれた。

 彼は馬に対して謎の掛け声をかけると、馬が走り出した。暗澹たる森の中へ。頬に当たる、冷涼な風。

 

 ──視てくれ、(イシュト)は夜は目が見えない。

 

 そう頼まれたとおり、スニは障害物が見えるとイシュトに報告することになっている。

 目を凝らし、頭の高さの枝や倒木などを、あらかじめの打ち合わせどおり声を上げて警告しながら。

 ラク族の大酋長の孫娘であるスニは、これまでの経緯に思いを馳せる。

 

 ──────

 

 ラク族の族長の娘スニは、基本的に河向うの体の大きな無毛人(オーム)たちを信用していない。いや、恐れている。

 かつては、そう、ロトーの体毛が黒かった昔でなく、ごく最近まで。

 河向こうの人たちと、ラクたちとの間には友好的な取引があったらしい。

 その当時は、川向うにも彼ら、「人間(セム)」が住んでいて、もちろん戦いもあったが、協力していたこともあったという。

 しかし最近、少なくともスニの物心のついたときには既に。

 シバが言うには、あのスタボロスの石の家*1ができて以降。

 黒の鎧をまとった、怖い剣持ちの無毛人(オーム)たちがやってきて、親の仇のようにためらいなく彼らを殺すようになったという。

 

 だから川向こうの人たちの勢力範囲外であるはずの、ケス河の中州であるホヒ島にスニたちが貝を掘りにいくということになったときも、若い戦士たちを付けてもらった。

 スニたちは未婚の娘であるので彼らの視線に居心地悪い思いをしながらも。

 籠いっぱいに、塩ゆでするとこの上なく美味なフルフ貝を掘りあて、また村の祭りに使う薬草を集めたのだが。

 そこで悪い、黒い無毛人(オーム)たちがやってきて。

 護衛の戦士たちを弩で殺し、スニたちは囚われの身となったのだ。

 

 スニの知ることではないが、スニには運があった。

 大きな人たちは毎日1人ずつ、捕虜を連れ去っていき。

 最後に残されたスニが覚悟を決めていたとき、その長身の無毛人(オーム)、「イシュト」がやってきたのだ。

 

 「イシュト」はスニが閉じ込められていた部屋に放り込まれた最初のときには、腕を縛られていて。

 おそらくこの黒い大きな悪い無毛人(オーム)たちの中でも、特に悪い凶悪なやつなのだろう、とスニは思った。

(スニたちの集落でも、そういう悪いやつが非道なことをすることもある。

 たいていはシバが若者宿の連中を率いてそういう悪いやつを捉え、手足を杭にしばりつけて砂漠に放置し、野獣たちの餌にするという懲罰を与えていた。)

 

 しかしイシュトは難なく縄を外し、どこからか持ち込んだ甘い乾果をスニと分け合い。

 最初は警戒心を持っていたスニも、やがてその誠実さにほだされることとなった。

 

 彼が「キタイ」の言葉を知っていたことも大きい。

 スニもそこまで「キタイ」の言葉を知っているわけではないが、ごく時折、それこそ下手をすると数年に1度という間隔ではあるが、集落にラクダを牽いて訪れる「キタイ」の無毛人(オーム)は、集落中の人気者なのだ。

 

 彼らが来ると、子供たちが遠巻きにして目を皿のようにして。

 その、何の色ともたとえようのないほど澄んだ、きれいな色の服や。

 不思議なことに朝露のように透きとおっているのに硬い、いろいろな色の丸い球や。

 夢の中のように美味しい、干し果物や。

 大人のラクたちが酒を飲むときに珍重する、塩辛い味のする何らかの動物の燻製や。

 馬みたいで、紐をつけてひっぱると首が上下に動くおもちゃや。

 

 とにかくそうした、彼らが持ってきてくれたありとあらゆる素晴らしい商品に視線を注ぐのだ。

 一度など、盲目の無毛人(オーム)の男に伴奏させて、きれいな女の人(それでも、ラクたちの中で一番大きい戦士よりも大きい)が、舞を見せてくれたこともあった。

 口をあけて、そのひらひらする衣装からかいまみえるすべらかな肌や豊かな肢体に見入ってしまう戦士たちのことを。

 いやらしい、だらしない、口にエンゼルヘアーが入ってしまえばいいのに、と友人の女の子たちは批判したが。

 スニも内心、実のところは、──あんなきれいな衣装を着て踊ってみたい、と思ったりした。

 

 行商の無毛人(オーム)の男の中にも、優しい人や面白い人がいて。

 子供たちに、食べるのがもったいないような不思議な色合いの舐めると甘くて溶けてしまう石をくれることもあった。

 そして頭をがしがし、と撫でてくれたりも。

 だから、ラク族の女の子たちにとって、「キタイ」の言葉を話せるようになるということは、すごく恰好のいい(supercoolな)ことだし、ましてや交易の場に出してもらうのは、最大の栄誉のひとつなのだ。

 もちろんのこと、スニも御婆様が生きていたときには熱心にその言葉を学んだ。

 ただ、どういうことかここしばらく、彼らの行商は彼らの里を訪れておらず、その言葉を使う機会が最近なかった。何かの異変が彼らの故郷であったのかもしれない、とロトーは言っていた。

 それはともかく。

 

 ──イシュトがそういう「キタイ」の人の言葉を話せるということは。

 一概にも、悪い人ではないかもしれない。

 

 そう、スニは思い、思い切って彼を信頼してみることにしたのだった。

 

 ──────

 

 彼はまるでキタイの商人たちが身振りを交えながら話してくれる、おとぎ話の中の人物のように思えた。

 短い時間で脱出口をみつけ、悪い人たちの巣窟にしのびこみ。

 そこでこれまた、見たこともないような、豹の頭をした人と灰色の巨大な悪魔との闘いをみせてくれた。

(彼はまだ仲間ではないが仲間になるはず、といったよくわからないことをイシュトはむにゃむにゃ言っていたが。

 要はその豹の頭の人は彼を仲間と思っていないが、彼は仲間だと思っていて、だから救い出したいということのようだ。

 男女の仲でいえば『片思い』のようなものだろうな、とスニは思い、ちょっとおかしくなった。)

 

 そして変装をして、彼の指示に従って忙しくはたらいた。

 牢番の服はきれい好きのスニにとっては鼻がもげるほど臭くて不潔であったが、イシュトの懇願に負け。

 身にまとい、彼と2人で悪い無毛人(オーム)の兵士たちの目をかいくぐって脱走の準備をする。

 それは、ロトーが若い頃、変装してカロイの陣中にはいりこみ、さらわれていたラクの娘たちを救い出し。

 ロトーの親友のラムノが砂虫をカロイの里までおびき寄せてぶつけ、追撃を追い払ったという。

 ラクたちの大好きな話のような、あるいはそれよりもしかしてもっと危険な冒険であった。

 

 そしていくつもの綱渡りのあと、スニとイシュトは、こうしてふたりとも無事にあの悪魔の石の家、スタボロスから脱出できたのだった。

 そしてこれから、スニにもノスフェラスの砂漠とはまた違う危険をはらむ、このルドウ(イシュトたちは「ルード」と呼んでいるようだ)の大森林に分け入っていくことになる。

 

 ───

 

 吹き付ける風にふきとばされないように、必死に馬の鞍の取っ手を片手でにぎりしめ、もう片手で馬首にすがりつきながら。

 ラクの大族長の孫娘であるスニは、この自分が。

 御爺様の冒険話より、どんなおとぎ話よりも大きな冒険にのりだし始めているという、わくわくするような予感に。

 こんなときだというのに、思わず顔をほころばせてしまうのだった。

*1
ラクたちがスタフォロス城を指す言葉




(覚書)

◯グインの気配察知力
 (筆者は物語後半部分を知らないが)少なくともグイン・サーガ初期では、グインは前衛型の超戦士であり、聴覚は鋭いものの気配などの察知力に秀でているとは描写されていない。たとえばスニが黒伯爵に捕らえられ、悲鳴をあげていたのに対し、最初は間違った部屋の扉を蹴り破ったりしている(→第1巻第4話。かたっぱしから試しただけかもしれないが)。初期の外伝「イリスの石」でも、凄腕のゾルーディアの暗殺者に接近を許している(もっとも、これはゾルーディアの暗殺者の技量が高かったのであろうが)。
 個人的には完璧超人ほどつまらんものはないと思うので、このような個性のデコボコも好ましいと思う。そういうわけで本作のグインは超戦士ではあっても完璧超人機械ではなく、多少の不得意分野もあるものと仮定したい。

○イシュトヴァーンは襲撃の間、どこに身をひそめていたのか?
 イシュトヴァーンは夜陰に紛れての単独での脱走成功後、グインたちを引き上げる次の日の夕方まで身を隠している。──どこに、どのように?
 原作では城の崖の下、ケス河のほとりに隠れたとされている(→第2巻1章1)。しかしそこにもセムたちが大量にやってきて、貼りついているはず(前述のように、セムは黒騎士より相当数多かったはずであり、スタフォロスが巨城だとしても、かなりの密度で崖下にもいたと思われる)。彼らもまた隠れねばならないので、イシュトがいたとされる崖の下の「前もって隠れ家に選んでおいた、えぐれてうろのようになった岩かげ」に来てもおかしくない。
 おそらく城の中でも攻め手にはなり得ないような、足もかけられない絶壁部分があり、その下のあたりはセムも(城に攻めかかれないので)来なかったか、あるいはイシュトが声もあげさせず来た連中をケス河に放り込んでいたのか、あるいはイシュトの隠密技術がかなりのものだった、ということになろうか。
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