(仮)豹頭王の物語の一登場人物に憑依する話。   作:Marchhatter

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・ご感想をいただきました。ありがとうこざいました!
 確かに、イシュトヴァーンが知ったら驚きのあまり鼻からカラム水噴くと思います。グインナンデ・・・!?


・ご評価をいただきました。ありがとうございました!

 グイン(たち)視点です。
 スタフォロス城脱出編(原作第1巻)の完結です。


009 自由と運命への飛翔

(グイン視点)

 

「リンダ、レムス!離れるな!」

 

 狂ったように鐘が鳴らされる。外からは、戦いの喧騒。

 何があったのだ、出してくれ、と叫ぶ囚人たちの声。

 耳を聾するほどの、セムたちの叫び声。

 その鬨の声の近づき具合から、戦いは、襲撃してきた矮人側に有利に展開しているとグインは察知した。

 

「傭兵どもが離脱した!クソどもめ!」

 

「第3小隊は白の塔を守れ!」

 

 騎士たちは初撃への応戦に追われており、牢番が姿をくらましていることもあり。

 グインたちに対して、注意を払うものがいない時間帯がぽっかりと生まれた。

 グインたちは、このセムの襲撃後の混乱を「機」だ、とみてとって。

 既に解錠済みの牢から抜け出し、隣の独房のカギを開けてリンダを連れ出し、塔の頂上の部屋に駆け上る。

 これまた予告どおり、手回しよく扉のカギが開けられている。

 

「囚人がいないぞ!豹人と双子が逃げた!」

 

「捜せ!」

 

「セムどもを押し返すのが先だ!塔の外には逃げられん!」

 

 階下から、ようやく彼らの脱走に気づいたらしい騎士たちの騒ぐ声が響いてくる。

 

「どうやら城主がお前たちを移送しようとしたようだな。」

 

「よく、カギなんてあったわね!──でも、上がってよかったの?『甕の中のトルク(袋の中のネズミ)』じゃない?」

 

「騎士が来るよ、声が近づいてるよグイン!」

 

 双子が、口々に懸念を口にする。

 

「ああ、移動しよう。──連中もセムたちを押し戻したら、俺たちを探すだろうしな。

 脱出路に、当てがある。黒騎士や矮人たちの中を切り破るのは危険だ、黒の塔への抜け道を使おう」

 

 脱出は陸路からか、ケス河からか。

 陸路であれば、まず白の塔を守る騎士たちを切り破り、その上で塔を囲むセムの戦士たちを突破し、さらに彼らに既に掌握されている城門からの長い一本道を行くことになる。守りやすく九十九折になっている道は、どうみても恰好の毒矢の的。双子を守り切ることはどうみても困難。

 そのため、途中の経過は少々異なるものの。

 彼らが知ることのない()()()()の帰結と同様、グインは白の塔から降り、地下道を通って黒の塔からケス河へと脱出を試みようと考えていた。

 

「『抜け道』って、どこ?

 それに黒の塔に通じてるって言っても、そこからどこへ行くの?まさか、お父様とお母様の御許(みもと)?」

 

「この書付けによれば、黒の塔の、ケス河側に寄った位置にある張り出し櫓(タレット)の最上階。

 その天井に、塔上へ上がれる仕掛け口があるそうだ。

 ──そこから、河に飛び降りる。」

 

「──ケス河に?無理よ、届くわけない!

 届いたところで、水妖たちがいるじゃない!?」

 

「ああ。俺も正直に云えば気が進まないし、これを書いた奴の正気を疑ったのだがな。

 しかしこれまではこの書付けどおりのことが起きている。

 気に食わないが、今は信用するほかあるまい」

 

「グイン、さっきからあなたがみてるその書付け。どこの気狂いが書いたのよ?」

 

「おそらくは、黒騎士の中の一人。妙な奴だ。

 仲間からは『イシュトヴァーン』と呼ばれていたな。」

 

 グインはここにきてほぼ8割方、彼が密偵であろうという確信を得るに至っていた。名前も偽名だろう。

 おそらくは、モンゴールとは潜在的に国益が対立する国の間諜か、刺客。

 ただし、そうだとしても彼の意図が読めない。双子の母国の細作かもしれないと思ったこともあるが、──それにしてはあまりに訝しい挙動が多い。

 だからリンダに対しては、グインは(イシュトヴァーン)の素性に関する推測を口に出すことはしなかった。

 

「イシュトヴァーン!?そいつ、わたしの牢にも来た奴よ!

 馬に乗ってるときも、ヴァシャの実で懐柔しようとして。

 牢に来たときも、いやらしい目で、じろじろみてきたの。

 あわよくばわたしを襲って、手籠めにしようとしていたに違いないわ。

 でもこれをみて、手ごわそうだと思ってあきらめたのよ、きっと!」

 

 これでも武術師範に剣を教えてもらってるんだもの、レムスより強いわよ!──と。

 ほこらしげに細い右腕に椅子の脚をもぎとって作った棍棒を構えた彼女をみて。

 こんなときだというのに、グインは苦笑が豹頭の頬に浮かぶのを感じた。

 

「そうかもな」

 

 本当はそうではあるまい、とグインは思ったが。

 彼は実際的(practical)であったから、どのみち怪しい男(イシュトヴァーン)への濡れ衣をそのままに、余計な長話を避け。

 彼が書いたと濃厚に推測される指示書どおりに、壁のスイッチを探し出して隠し扉を開き。

 おそらくは彼がつけておいてくれたのであろう、結び目のついた縄を伝いおりた。

(グインは口には出さなかったが、途中で縄がわずかずつ切れていくことを感じ取り、危惧を覚えた。)

 彼らはそうして史実よりすこし遅い時間に、白の塔から脱出した。

 

 ──────

 

 さて、沿海州生まれの傭兵に憑依してしまった現代日本人のやらかしにより。

 すでに現時点で、グインたちの知ることのない()()とは、セムとの戦況についてもいくつかの点が、わずかながら変わってきていた。

 

・セムたちの襲撃は史実より、遅い時刻にはじまった。ひとえに、脱走兵(イシュトヴァーン)に対し形だけながら追捕の一隊が出て、これを警戒した陸路側のセムたち(兵数としてはこちらの方が多い)の進軍が遅れてしまったためである。

・ケス河への捜索・警戒は史実より手薄であった。しかしそのことによる河川側の部隊の危機感の喪失と陸地側の部隊の遅れを待つ余裕の発生が、河川側の部隊による襲撃開始の史実に比しての遅延を招いた。

・手薄なケス河方向からのセムの奇襲は、史実よりやや大きな成果を挙げた。

・他方でセムたちによる陸路からの攻撃は、ケス河方向からの攻撃で警戒の目が緩んだときにはじまったものの、史実より早めに気づかれて防御態勢が取られた。

・セムの襲撃があったときに、いち早く目端の利く傭兵の一部が持ち場を捨てて城を離脱した。これは相当な戦力の低下をスタフォロス城側にもたらした。

・史実では大量のセムたちの屍を築き上げたグインも、今回、積極的にはセムと接敵して戦闘することがなかった。これも、史実よりスタフォロス城の塔周辺の防衛力の低下をもたらした。

 

 史実より戦闘は遅く開始し、河川側ではセム優勢、城門側では防衛側が堅守をみせ、グインや一部傭兵の参戦がなかったものの、セム(カロイ族)の大軍を押しとどめ、(キルレート)の良い取引をすることができた。

 他方で断崖側からの奇襲は成功してしまったので、史実と異なり、防御側は城砦中央部の2塔(白い塔、黒い塔)周辺の一団と大手門寄りの一団とに分断されてしまっている。

 ただし中央部の防衛側の集団は、白い塔には双子たちがいないことから早々に見切りをつけ、黒い塔だけに戦力を集結できた。

 また扉の解放を拒んだ牢番がいなかったため、囚人たちも早々に解放されて武器を持たされて防御戦に加わっていた。

 総じて砦は急襲により大きな被害を受けたことには変わりないが、早く損切りして兵力を集中させて防衛することができた、ともいえよう。

 

 ──────

 

 一行は白の塔を降り、隠し扉をみつけて黒い塔へ続く地下道に入り。

(史実では、スニが白の塔を降りたところにある隠し扉を発見し、攫われたのだが。

 今回は彼らは能動的に隠し扉を探し出し、このルートをすすんだ。)

 地下道を通り、無人となった拷問室と闘技場をすぎ、黒の塔の階段へと足を運ぶ。

 

 そこでやはり悪い予感を覚えたグインは、史実どおりにリンダに言葉を求める。

 

「最も悪いことはそこにあります、グイン、──」*1

 

 史実どおりに、リンダは生き延びる道がこの先にある、と予言する。

 そして長い階段を上がった彼らは、ついに黒伯爵と対決する。

 史実と異なり、塔の頂上の部屋でのことであった。

 

「豹人よ、豹頭の男よ、」*2

 

 偽の黒伯爵は、やはり原作のように最初は彼自身がヴァーノン伯爵であるように振舞い、業病を脅しに使おうとしたが。

 グインはつまらなそうに聞き流し、あっさりと首を刎ね、返す刀で胴を薙いだ。上がる断末魔の絶叫。

 

「グイン!」

 

 グインたち3人の中で悲鳴を上げたのは、しかし、城主の正体を知らないリンダだけであり。

(レムスは先に書付けを見せられ(ネタバレされ)ていたので城主の正体を知っており、悲鳴をかろうじて噛み殺した。)

 ──その彼女も、すぐに違和感に気づいて口を閉ざした。

 

「お前が『黒伯爵』ヴァーノンでないということは、とっくに露見しているぞ、死霊よ」

 

 グインは言い捨て、そしてこれを想定して途中で壁からむしり取って持ってきたタペストリを、黒伯爵の成れの果てである、わだかまりつつ再び人の姿を取ろうとする生命ある黒い霧にかぶせ、松明の炎を移した。

 黒いゼリーのようなかたまりは、あきらかに炎をおそれ。

 のたうちながら、必死に潜り込めるすきまを探して床を這いずる。

 グインは嫌悪感に鼻にしわを寄せながら、手近にあった布のかたまり(おそらくはクッションででもあったのであろうか)を剣で刺して炎にかぶせ、燃料を足して追い討ちした。

 リンダとレムスも勇気をだして、部屋のがらくたから、燃えそうな屑を選んで焚べる。

 黒いゼリーは炎に焦がされ、減っていく体積に恐慌をみせながら部屋をかろうじて脱出し、階段を滑り落ちていく。

 

「さて、奴の書付けによれば、このどこかに脱出口が、──「ああっ、グイン!」、──おう」

 

 リンダの指さす方向に、城主の亡霊が出現していた。いまわしくも、呪われた姿。

 リンダも、ここにきて。

 この亡霊こそが真のヴァーノン伯爵であり、さきほどのヴァーノンは、おそらくはそれに成り代わっていたルードの森の死霊である、と納得する。

 

「黒伯爵よ、──」*3

 

 グインは黒伯爵に、安らかに黄泉路へ向かうように宣告し。

 黒伯爵も満足そうに退場しようとして、ふと止まってこちらをみる。

 黒伯爵は天井を指さし、何かを彼らに教えようとしているようだ。

 

「黒伯爵、そこが出口だな。

 あいつの指示はひどく曖昧だったのでな、助かった。」

 

 黒伯爵の亡霊は、自分の助言が役に立ったことへの満足感と。

 どうやらすでにグインが抜け道の存在自体は知っていたらしいことに対するわずかな当惑をみせながら、消えてしまった。

 

 グインが亡霊の指示どおりに隠されていた跳ね上げ扉を開ける。物語どおりに、辺境の夕暮れの空。

 しかし感慨にふける暇もなく、階下で響いていたセムの叫び声が、だんだんと上がって近づいてくる。

 

「ちっ、扉を破られたな。時間がない。

 ──子供たちよ。そっちのタペストリを剥がしてくれ。」

 

 グインはその部屋から剥がした大きなタペストリの布に、やはり壁にかけてあった2本の槍をななめに、ぶっちがいになるようしっかり固定した。

 子供たちを先に抜け穴を通して塔の屋根に上げ、その槍の骨をつけたタペストリも持ち上げて引き渡す。

 自分もその後で屋根に上がったグインは、河に飛び込むことを子供たちに進言する。

 

「──ここにいれば、確実に死だ。」*4

 

 セムの声が上がってくる。どうやら、黒の塔は制圧されたらしい。

 抜け穴から頭を出したセム族の戦士の首を、史実どおりグインは切り飛ばす。

 

「──行くわ。つれてって」*5

 

「ぼくも」*6

 

 ──なぜか史実より、レムスの態度はわずかながら自信と自己肯定感を深めていた。

 

 ──────

 

 グインはベルトを取ると、二人の子供たちを自分の腰に背負うようにくくりつける。

 そして例の槍をくくりつけたタペストリを手に取り、斜めに背負うように掲げる。

 夕暮れの強い風に煽られ、ばさばさとはためくタペストリ。さしもの剛力の彼も、支えるのは並大抵の苦労ではない。

 

「グイン、それって?」

 

「ああ、奴によるとな。

 『凧』のようなもので滑空してはどうだ、と。」

 

「「『凧』?」」

 

 王宮育ちの二人には、聞きなれない単語だった。

 グインは攻めあがって来ているらしい、セムの気配を気にしながら補足する。

 

「ああ、説明する時間はないが、風に乗る鳥のつばさのようなものだ。

 鳥ははばたかずとも、風に乗り空を舞う。これは、我らのつばさなのだ。

 目をつぶり、しっかり俺にしがみついていろ。叫ぶな、気づかれたくない。」

 

 そして彼は巨大な豹頭のムササビのように飛んだ。

 自由と、──そして運命とに向かって。

 

 ─────

 

 ごうごうと耳元でふきすさぶ、空気の音。

 もうとっくに落ちていてもいいはずなのに、まだ滞空感がある。

 レムスは誘惑に負けて、そっと目を開いてしまった。

 

(わー、ぼくたち飛んでる、飛んでるよ!)

 

 グインは、河の上流に向かって飛んだ。

 河には死体がいくつも浮いている。そして川下からは、その匂いに刺激された化け物が数多く引き寄せられつつある。

 それよりは、上流、西北側が生存の可能性があるように思えたのだ。

 

 タペストリの翼は折からの嵐の余波の強い風をはらみ、滑空していた。城の大火災による上昇気流をも利用し、おそらく策を進言した偽イシュトの想像を超えて、長い距離を。

 遠く、空を奔る感覚。すべての孤独も悩みも劣等感も吹き飛ばしてしまうような、胸のすく飛翔感。

 

 この鮮烈な体験は、この多感な少年、後のパロ中興の祖とされるレムス大帝の胸に刻みつけられ。

 「空の征服者」「航空郵便王」という、中原の庶民に広く知られる愛称を贈られることになった、彼の大空への情熱の原点となったのだった。

 

 ─────

 

 がまんできず目を開けてしまったのは、レムスだけではなかった。

 リンダもまた、その紫色の目をかっと見開いてしまい、──その光景をみてしまう。

 ──足元を飛びすぎていく血で色づいた波頭、遠くからみると美しいマラカイトグリーンの極相林の緑、夕日の中に燃える巨城、流れる血と酸鼻を極める切り刻まれた亡骸、なおも誇らかに風にはためく公国旗、そして岸辺から滑空する彼らをみあげる豆粒のような男の姿。

 

(──どうして、この世界はひどく残酷なのに、こんなにも美しいの?)

 

 その恐ろしくも美しい、幻想的な上空からの風景は。

 彼女の網膜と心に、焼きつき。

 その超現実的かつ写実的な作風で「パロ新派」あるいは単に「新派」で通じる、一大潮流(ムーブメント)を美術界にまきおこし、「彼岸への越境者」「美の創造者」の名をほしいままにし。

 名を知らぬものとてない、「救世の聖女」としての伝説だけではなく、その後の中原の文化の発展面においても多大の影響を与え続けることとなる彼女の、原風景となったのであった。

 

 ─────

 

 リンダは、グインの胴体をはさんで向こうのレムスを見やる。

 

(レムスは?──やっぱり、目、開けてるぅ!)

 

 目を真ん丸に見開いていた、レムスと目が、合う。

 お互い、きっと似たような驚愕の間抜け面をしているに違いない。

 思わず、どちらからともなく顔に笑みが浮かぶ。そしてそれはいつしか、体を震わせるほどの笑いになっていった。

 

 くすくす、と笑ってしまったふたりの横隔膜の振動は、グインにも気づかれてしまったようだ。

 

「まったく、目を閉じていろと云うのに。──」

 

 グインもどこか愉快げに、そうつぶやく。

 彼もこの滑空に、どこか童心に帰ったような不思議な楽しさを覚えていた。

 

 そしてグインの剛力と勘、そして操作への急速な習熟、折からの強風と火災で生じた上昇気流で、急造のグライダーは大空を100タールあまりも滑空し。

 彼らはケス川の岸辺近くの川中に、水鳥のように尾を引くしぶきをあげながら着水することに成功したのだった。

 

 

*1
第1巻234頁、リンダの発言。

*2
第1巻237頁、ヴァーノン発言。

*3
第1巻246頁、グイン発言。

*4
第1巻251頁、グイン発言。

*5
第1巻251頁、リンダ発言。

*6
第1巻251頁、レムス発言。




(覚書)

〇黒の塔と白の塔の位置
 黒の塔と白の塔は、城の中心部にあるとされている(→第1巻第4話1「わずかな残りの守兵たちは・・、・・・、しだいに城の中央に立つ二つの塔にむかって集結していた。」)。城の中心が河岸だとは思えないので、黒の塔から飛び降りてケス河に着水するには、グインのおそるべき脚力で河岸まで跳んだか、強い風が吹いていたか、あるいはその両方が重なっていた、という前提条件がみたされていた可能性が高い。
 本作では、黒の塔は中央とは言ってもやや河岸寄りにあり、かつ枝塔(張り出し櫓)となっていたので、河にいっそう近かった、と仮定します。それでも河への距離が稼げない気がしたので、多少力技で突破することにしました。
 
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