魔法科高校の劣等生に転生したら生まれた時から詰んでいた件について(仮)   作:カボチャ自動販売機

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タイトルを頑なに変えなかった理由が前話なわけですが、ここまでが長かった。すごく長かった。

雪花君が女の子女の子した容姿なのは深夜が行った実験の影響……なのかもしれません。


赤子と二人

死産だった。

 

医者からは覚悟するように言われてはいたが、絶望が小百合を襲った。初めての出産。一度は諦めかけた愛する人との間に出来た、子供。

龍郎から結婚すると知らされた時よりも、その絶望は深く暗い。

 

そんな時だった。

 

その少女は現れた。

 

名倉沙世と名乗ったその十八才くらいの少女は、一人の赤子を抱えていた。

 

その少女は言う。

この赤子は、龍郎と深夜の子供だと。

才能に溢れた未来ある子供だと。

 

深夜は考えたという。

もし、このままこの赤子が四葉にいれば必ず危険な目に合うだろう、と。四葉とはそういう血筋で、そうあろうとする血筋だと。

 

だからこの子供を貴女に託したい、と。

 

小百合は恐れた。

子を産めなかった自分を龍郎は見放すのではないかと。三人の子供を産んだ深夜に心まで奪われてしまうのではないかと。

 

このとき小百合は冷静ではなかったのかもしれない。絶望の中にいて正常な判断が出来なかったのかもしれない。

 

 

小百合は死産した子供の代わりにその赤子を引き取った。双子の姉である深雪から「雪」の字を、自分の名前、小百合から「花」の字を、それぞれ取って「雪花」と名付けたその子供を。

 

 

泣かない子供だった。不思議なくらい泣かないし騒がない。仕事で忙しい小百合の代わりに世話をしていたのは深夜が家政婦として付けた沙世だったが、怖いくらいに手間がかからない子供だという。

 

小百合も精一杯の愛を注いでいるつもりだったが、深夜のことが頭に浮かび、雪花との関係に線引きしてしまっている自分がいた。

 

それが変わったのは雪花の母となって三年が経ったころ。突然、雪花が父親はどうしているのか、と訊ねてきたのだ。小百合は思った。そうだ、この子と龍郎の間にはたしかに血が繋がっているのだ、自分があの時、この子を引き取らなければ、本当の母親と、本当の父親の間で暮らせたことだろう。四葉という環境がどのようなものなのかは知らないが、深夜の話が本当なら雪花の才能は群を抜いている。ひどい目にあうようなことはないだろうことは予想できる。丁重に大事に育てられたことだろう。

 

その未来を潰したのは自分だった。

他の誰でもない、自分が、この子の未来を決定させた。

 

 

「ごめんなさいね、あなたのお父さんには会えないのよ」

 

 

子供が生まれてからというものの、龍郎は深夜のところにいる。あと二、三年はここにくることもないだろう。

 

声に出しただけでなく、心の中で何度も謝った。自分の選択が正しかった自信なんて微塵もなかった。もしかしたら深夜の言うように危険な目にあったかもしれない。それでも本当の母親と本当の父親と幸せに暮らすことだってきっと出来たはずなのだ。

 

その未来を摘み取った自分にこの子を愛する資格があるのか──いや、だからこそ、愛するのだ。この子は私の息子だ。紛れもなく、今、この瞬間、母は私なのだ。

 

本当の母親がなんだ。

 

私こそが雪花の母なのだ。

 

 

涙を流した後の小百合から、雪花への線引きは無くなっていた。

本当の意味で母親になれた瞬間だった。

 

 

 

 

少女は孤児だった。

 

本当の親の顔も、本当の自分の名前も知らない。物心つくころには四葉にいたし、それに関してどうこう思うこともなかった。『No.34』という名前を与えられ、ただ言われるがままに技能を修得し、機械のように日々を過ごした。

 

そんなある日。

 

少女が十六才になった頃、四葉本家からの使者に連れられて、少女は初めて訓練施設を出た。いや、これまでも検査やら野外訓練やらで外へ出たことはあるものの、『街』というものに直接出たのは初めてだった。人間が沢山いた。建物が沢山あった。全部どうでも良かった。

 

訪れたのは病院だった。

医療の知識も詰め込んでいる少女にはこの病院がかなり良い病院であることが分かった。国内どころが世界的に見ても中々ないレベルの病院だ。

 

その一室。厳重に、しかし巧妙に隠されて、警備されていたその部屋には一人の女性がいた。

 

四葉深夜。

 

 

「今日から私が貴女の(マスター)よ」

 

「はい」

 

 

何も考えずに頷いた。

自分はただ、四葉の名前に従っていればいい。そう教えられていたし、それが少女の生き方で、その生き方しか知らなかった。

 

 

「最初の命令よ、その男を殺しなさい」

 

 

最初の命令は、少女をここまで連れてきた四葉の使者を殺すことだった。返事をすることもなく、素手でその使者の首を捻切った。

 

 

「合格よ」

 

「ありがとうございます」

 

「これで、貴女と私の接触を知る者はいなくなった」

 

 

それから深夜より「No.34だから沙世(34)」と適当な名前を貰い(後に沙世は雪花のネーミングセンスは遺伝だと確信する)、少女、沙世は名倉三郎の養女となった。

群体制御の魔法を学んだが、それ自体の腕はそれなり、中の上といったところだろう。しかし、沙世の本質はそこではなかった。魔法師としての腕より、それを生かす技量が彼女にはあった。それこそ深夜が認める程に。

 

 

「貴女をこの子のガーディアンに任命します。如何なることがあってもこの子だけを優先し、守りなさい」

 

 

名倉三郎の元で魔法を学ぶことおよそ二年。深夜からの二年ぶりの命令にして最後の命令がそれだった。

 

何もなかった沙世に初めて守るものが出来た。

 

深夜の指示通り、赤子を小百合に預けた後、任務を遂行するために、司波家の家政婦となった。そこでも沙世はただ機械のように生きると思っていた。でも違った。

 

一緒に暮らす内に、世話をする内に、この子を守りたいと思うようになった。任務とか命令とかそんなものは関係なく、そう思った。

 

初めて芽生えた自分の意思だった。

 

 

『そういえば沙世さんって何歳なの?』

 

『十三才ですよ、雪花様と同じです』

 

『えー嘘だー』

 

『嘘じゃないですよ、雪花様が生まれてくれたから、私は生まれたんです』

 

 

その時から沙世は人間になった。

 

 

『だから、生まれてきてくれてありがとうございます』

 

 

生きていることを、笑顔で感謝できるようになった。




沙世さんやっと喋らせられた!
それにしても、感想を読ませていただく限り、皆さんの予想を裏切ることができたようでなによりです。

さて、次話ですが一応一週間以内ということにしておきます。なるべく早く投稿できるように頑張ります。

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