魔法科高校の劣等生に転生したら生まれた時から詰んでいた件について(仮) 作:カボチャ自動販売機
「達也と……光井はどうしたんだ?」
「向こうでボートに乗ってるよ」
幹比古が指差した先を見てみればレトロな手漕ぎボートで沖へと向かう二人がいた。
「どうなってんだ、ありゃ?」
「色々あったのよ、イロイロ」
素っ気ないというよりも半分拗ねているような顔で、そっぽを向くエリカと興味深げな表情の幹比古。一体何がどうなっているんだとレオが考えていると先程まで物凄いテンションではしゃいでいた友人がいないことに気がつく。途中までは一緒に競泳をしていたのだが…と海を見てみるがやはりその姿は見えない。
「じゃあ雪花はどうしたんだ?」
「人柱の準備よ」
問いかけに対する答えは意味の分からないもので首を捻るレオ。
その意味を知ることになるのはすぐ後のことだった。
具体的には斜向かいの席に座る少女から発せられる冷たいオーラを見た瞬間である。
「吉田君、良く冷えたオレンジは如何かしら?」
幹比古がシャリシャリシャリシャリ……という、真冬の深更にでも聞こえてきそうな不吉な音を深雪の手元から聞き取ったのは、この真夏だというのに冷えきった空気のせいで聞こえた幻聴ではなかった。
幹比古はカクカクと頷きながら受け取った冷え過ぎて生シャーベットと化しているオレンジをひきつった笑みで口にする。
「西城君も如何?」
「あ……どうも…」
いかにレオと言えど、この状況下ではどうすることもできず、そう答えるのが精一杯だ。エリカも普段の騒がしさはどこへやら、静かに海を眺めている。その額に流れる汗は夏の暑さのせいだけではないだろう。縮こまっている美月は今にも倒れてしまいそうだ。
レオ、幹比古、エリカ、美月。四人の心は未だかつてないほどぴったりと合わさっており、ある一人の登場を願っていた。人柱、氷の女王への献上品である。
「黒沢さんの鬼!悪魔!」
「大変お似合いですよ?自信をお持ちになられてください」
「自信持ったら色々終わりだよ!」
来たっ!と四人は心からの声を上げる。今回の旅行に同行しているハウスキーパーの黒沢に半ば引きずられるようにしながら登場したのは涙目の雪花だった。より正確に言うならば女装させられ涙目になった雪花だった。
肩がむき出しの丈の短い薄手のワンピースは黒沢の艶やかな黒色のものとは対照的に真っ白な純白。頭に被せられた大きめの麦わら帽子と良く合っている。背景の砂浜や海も相まって正に夏の少女といった感じであろう。
そして雪花の登場(犠牲)により場の空気は一変する。冷えきった空気、四人を押し潰そうとしていた見えない圧力がすぐに消えたのだ。
その発生の原因であっただろう少女、深雪は完全に普段のキャラを忘れ、じたばたとする雪花を抱き締めて頬擦りをしていた。
「ほのかには感謝しないと!」
ほのかが雪花に課した条件は達也と同じ。つまり一日なんでもほのかの言うことを聞くことだ。
そしてほのかが最初にした命令は雪花にとっては入学前の悪夢を思わせる悪魔の命令。
『今日一日、深雪の言うことも聞いてください』
つまりは深雪への献上品になれということである。ほのかとしては折角、達也を独り占め出来るかもしれないチャンスなのだ。いかに友達とはいえ深雪に邪魔をされるわけにはいかない。ならば…というわけで雪花は現状の悲劇を迎えていた。
この策をほのかに与えたのは雫である。当初ほのかは雪花には何も課さずに許すつもりだったのだ。達也とほのかがボートでラブコメし、その間、深雪の注意を雪花に反らす。
この一連の騒動は全て雫の掌の上。正に策士だ。
「誰か助けてー!」
雪花の声に五人は合掌で答えた。
◆
夕食のバーベキューを終える頃になると雪花は疲れきっていた。
最初に着た純白のワンピースを初めとした女物の服(別荘にあった数年前の雫の服)を何着も着せられたあげく途中からはエリカや雫までもが混ざってくるという始末。雪花の精神はもうボロボロだった。とはいえ後はお風呂に入って寝るだけ、修学旅行のノリでトランプ遊びくらいはするかもしれないが…と雪花はもう終った気でいた。
「お風呂はどうする?」
この別荘にお風呂は大浴場が一つあるだけだ。脱衣場こそ男女で分かれているが大浴場の中に仕切りのようなものもない。つまりは男女どちらから入るか?というのが雫の質問である。
「女子が先でいいんじゃないか?その後に雪花だな。で、最後が俺たちだ」
雫の質問に答えたのは達也。特に誰も異議を唱えることなく頷き、女性陣が入浴の用意をすべく部屋へと歩き出そうとしたその時。電池の切れたおもちゃの人形のようにへたりこんでいた雪花が、ガバッと立ち上がりその行く手を阻んだ。
「ちょっと!今の兄さんの発言おかしいでしょ!?なんで女、ぼく、男で分けるの!?いじめなの!?ぼくも男なんだから兄さん達と一緒でいいよ!」
「自分の格好を見てから言え」
今の雪花は女性陣に遊び尽くされた結果、昼間とはまた違った所々にフリルのあしらわれた水色のワンピース、薄く化粧が施され、カチューシャのように編み込まれた髪型という完全女装状態であり、男ですとは説得力のない言葉であった。
「ぼくも皆と一緒にお風呂入りたいよ!折角のお泊まりなんだから!」
雪花の言葉に機嫌が直るどころがむしろ良くなった深雪がにっこりと微笑むと言う。
「なら、私たちと入る?」
固まる雪花。そして女性陣の反応はといえば。
「まあ、こいつならいっか」「別に良い」「ちょっと恥ずかしいですけどね」「そうですね、でも雪花くんですし」
順にエリカ、雫、ほのか、美月である。どうやら受け入れる姿勢のようだ。
「…やっぱり一人で入りマス」
とはいえ、当人が受け入れられなくては意味がない。顔を真っ赤にした雪花は小さな声で断った。
「あら、残念」
深雪のこの言葉に深雪どころが女性陣全員が笑みを浮かべており、誰も残念と思っていないことは明らかだった。
つまり雪花は、また遊ばれたのである。
旅行の話が思ったより長引いています。次話で終わります。たぶん。
九校戦で飛ばしたお風呂シーンを書こうか迷ってたりします。ガールズトークとかやりたいです。
さて明日も0時に投稿します。