目的地である旅館に到着したが先頭にいる春明が動くことはない。
「なんか意外だね、春明なら車を運転したこともあるとか言い出しそうだったのに」
シャルを始め、横を通り過ぎていく生徒たちの大半が同意している。
「普段は自転車や歩きで車に乗る機会がないから慣れてないのよ」
中学時代の介抱役である鈴の言う通り、車に乗る機会はあんまりなく慣れていない。車酔いってそんなもんだっけ? とは言われるが事実酔っているので何も言えない。
バスから降りた全員が並んで女将に挨拶をしても千冬の背中から起きることはなく、片手をあげるだけでそのまま運ばれていった。女将はニヤニヤと笑っていたが、その理由が千冬にあることは誰も気が付かなかった。
結局寝かせる以外にできることもなく、一夏は水着に着替えて歩いていると、箒がいた。未だ制服なので着替えないのかと聞けば、無言で近くを指差す。差された方を向けばウサ耳が生えている。心当たりがある二人は表情だけでこれどうしよう、どうしようか、と語り合った。幼なじみが使える以心伝心である。
「どーしたお前らー」
「春明! 体調はいいのか?」
「マシ」
「本当か? 顔色も悪いしまだ休んでいた方がいいと思うが」
そこへ現れた第三の幼なじみ。先ほどまで車酔いでダウンしていたはずなのだが、海パンに着替え、泳ぐ気満々である。なおホモすら心配する程度には顔色がまだ悪い。
だと言うのに心配された本人は遊ぼうとする。
「海来て遊ばないわけが、オボロッシャー!」
「「春明ー⁉︎」」
ものの見事にリバースした。しかもウサ耳が生えている場所へ狙ったかのように。絶句する二人だが、吐いた本人はスッキリしたのか少し元気な顔で海へ向かっていった。
もはや何も言えずキラキラ加工されたそれを見ていると、
「やっほー! 呼ばれずとも飛び出す束さんだようぉぉぉぉぉぉ何これ汚っ⁉︎」
地面から飛び出してきたのは機械的なウサ耳をつけたフリフリドレスを着た千冬と同い年にして箒の姉、篠ノ之束だった。なおゲロまみれである。
「きったな! 何これゲロ⁉︎ どこのどいつだよこんなとこで吐いたやつ‼︎」
キレる束だが動くたびにゲロが飛び散るので動かないでほしいと二人は思う。というかなんで埋まってたんだこの人。
「くっそ、バカアキにひと泡吹かせようとしたら計画倒れだよ! せっかく予想ルートも絞ったのに‼︎」
その結果がこれである。
「いっくんも箒ちゃんもごめんね! 久しぶりの出会いに感動のハグをしたいけど流石に無理だから洗ってくるよ!」
そして走り去っていく束、その後にはゲロがヘンゼルとグレーテルをしていた。誰も追わない道標である。
「……疲れたから部屋で休む」
「……そっか」
いろいろとあっただろう姉妹の出会いはゲロまみれで終わった。
ところ変わってビーチ、一足早く着替え終わったセシリアは海を眺める元ペットを見つけた。
「出会った時から綺麗だなぁ」
声をかけるとなんて事のないように出てくる褒め言葉。セシリアは訝しんだ。
「…………良ければ日焼け止めを塗ってくださりますか? 背中の方には手が届かないので」
春明は悪くない人物だが、年頃の男性のように下心があることはとうに知っている。普段からそのような発言もしているし、視線も露骨である。露骨すぎて逆にかわいく思えるくらいにはセシリアは成長していた。
しかし今はその下心が一切なく、爽やかに笑いながら褒めてくるのである。不気味すぎて試すことにした。
「いいよー」
二つ返事で準備をしだす。セシリアは用意してきたビーチシートにうつ伏せで寝転び、日焼け止めが塗りやすいように背中で結んであった水着の紐を外した。
「ほい終わり」
「……ありがとうございます、あの失礼ですが変なものでも食べました?」
何事もなく終わった。いつも通りなら背中をガン見し、お尻まで行っていいのか欲望と理性の間で揺れてギリギリで理性が勝つ。もしくは触ってしまう偶然を期待する。そんな人物が何事もなかった。
「んー? 夜は食ったし、サイス朝まで見てたけどちゃんと朝は食べたぞ?」
「今日は泳がないでくださいね」
「なんで?」
なんて事のない寝不足だった。そこに車酔いも合わさって頭がおかしくなっただけだ。
「いいですね?」
「わん」
不満そうな春明に釘を刺すと返事をした。いっときとはいえペットだったのだ、貴族として平民への気遣いもある。問題は首輪つけても逃げ出しそうなところだ。
なので首輪代わりになるものが必要である。
「鈴さん、ちょっとよろしいですか?」
「セシリアに聞いたわ、あんた昨日寝てなかったのね」
セシリアからバカの話を聞いてやって来たのは鈴。ストッパーとしてはこれ以上ない人選である。
「よぉー今日もかわいいな」
「あんた今日は寝てなさい」
普段言わない人物からの褒め言葉に照れるでも引くでもなく、冷静に重症だと判断した鈴。旅館に帰って寝ろと言っても聞かないのでここで寝かせることにする。
タオルを渡してそのまま離れる。近くにいると遊び出すので寝るしかやることがない状況に持っていくのである。
「春明ー大丈夫なのー?」
「鈴から聞いたぞ、昨日寝ていなかったそうだな」
シャルとラウラが鈴からの伝言を聞き、念のため来たのである。ラウラがタオルを渡そうとすると、起きあがって返そうとする春明をシャルが寝かせてお腹にタオルをかけた。ここまで鈴の予測通りである。
「水着見てもらいたかったのに……添い寝したかったのに……」
「うむ、これこそ春明だな」
落ち込むシャルを連れてラウラは満足気に頷いた。
次に来たのは本音、それ着ぐるみじゃね? と言われる格好である。そーっと顔を覗き込むと、ゆっくりと振り向いた春明と目があった。
「それ前に言ってたさいきょうの水着? 抱きしめたいくらいかわいい」
予想外の不意打ちに顔が熱くなる。ガッカリしたところを下に着ていた水着見せて驚かせる予定が頭から消えた。恥ずかしさのあまり顔を隠して走り去っていく。後ろからは「熱中症に気をつけてねー」とのんびりした声が聞こえた。
「ずいぶんと寛いでいるようだな」
うつらうつらと舟を漕ぎだした春明に千冬が声をかける。後ろにいる山田が笑顔で手を振っている。
「……モデルみたいですね、キレイ系とかわいい系の」
まさかの褒め言葉に照れながらもそれだけ調子が悪いのだと察する二人。
「ふん、普段からそのままなら可愛げもあるのだがな」
「なんというか、イメージが変わりますねぇ」
苦笑いをしながら挟み込むように座る。もしいつも通りなら山田の方を向いて全身を真剣に眺めるだろうに、空を見ている。「遊びに行かないんですか?」と気を使うまでだ。
「ダメですよー体調の悪い生徒を無視して遊ぶなんてできません」
「そういうことだ、寝れないなら膝でも貸してやろうか? ん?」
教師の鑑のような返事をする山田とは正反対に、おもしろいものを見つけたと意地の悪い笑みを浮かべながら千冬が提案すると、
「あーじゃあせっかくなんで」
天罰が下ったのか、山田の膝に頭を乗せた。
海の音が流れる。そして徐々に目つきが鋭くなる千冬。海で泳げるほどの気温なのに、山田からは冷や汗が流れて来た。
「は、春明君! 起きてください! となり! 隣からの視線がすごいんです‼︎」
頭が置かれた瞬間の胸を打つ心臓の音も、今では恐怖で早鐘を打ち出す。原因となった人物は遊び疲れた子どものようにぐっすりと眠っていた。
それを遊びながらも遠くから眺めていたいくつかの視線は、嫉妬であったり、安堵であったり、さまざまなものがあった。
その後、遊びに誘われた山田を自分が面倒を見ると言って追い出そうとした千冬だったが、突如現れたゲロを洗い落とした少し酸っぱい匂いのするウサギを追いかけることになった。
結局、クラスメイトの何人かが持っていたタオルを出し合い、寝心地の良い枕を作って春明は寝かされた。
なお一夏からゲロの犯人が春明であると明かされ、被害者の光学迷彩によって隠された春明は夕方に起きるまでそのままとなっていた。
はい、束初登場回でした
主人公の目のは映ってません、これだと普通のラブコメですね。ホモ要素なくてタイトル詐欺だけは許してください(束が)なんでもしまし