どうしたものかとかなり悩んでいた小さいころに結婚の約束をしていたお姉さん編です。
この日、初代ブリュンヒルデは2○歳の誕生日を迎えた。
前線に出ることもなく教職もやめて残ったものは、穏やかな平穏─────────
「おい、いい加減に掃除に来い。この前もスーツが必要になった時に探すのに時間がかかって遅刻しかけてだな、いやハウスキーパーは流石に…………あぁ忙しいのは知っているが」
とは程遠い汚部屋だった。
初代ブリュンヒルデ、織斑千冬。
その名を知らないものは世界にもいない、と言えるのが過言ではないほどに彼女の功績は大きい有名人。
ISが世界に認められた当初の世界大会で圧倒的1位を勝ち取り、その後はドイツ軍の指導やIS学園の教員を務め、教え子たちは現在世界で名をはせるIS乗りである。
女尊男卑となった世界でもむやみやたらに威張ることもなく、誰が相手であろうと凛とした態度で立ち向かう姿は世界中で男女を問わずファンがいる。
「やはり業務スーパーが近くにあるのは助かるな」
その正体は日本の安アパートで1人暮らしをしている、怠惰なニート1歩手前OLである。
カンカンと音が鳴る錆びた金属製の階段を登り、寂れたドアを開けて部屋に入る。
迎えるのは出し忘れたごみ袋と投げ捨てられた衣服、乱雑に積み上げられた本にとりあえず水につけられた食器。
ゴリラのごとく腕力で持ち帰られた大量の酒とつまみ、それと僅かな生活必需品の入った袋を置き、冷蔵庫の中から腐臭がしないかを確認する。
いつ買ったのかも分からないものをとりあえず出してごみ袋にまとめて、空いたスペースに買ってきたものを詰め込む。
ジャージを脱ぎ、必要な分の酒とつまみを取り出して机の前に座り込むとテレビを点けた。
画面の向こうでインタビューを受ける教え子を見て、千冬は笑顔で缶のプルトップを引き起こす。心地よい炭酸の抜ける音が響いた。
「…………ふむ、苦手だった射撃の腕も上達していたな」
学園時代の頃は碌に的にも当たらなかったというのに、放送された練習風景では当たって当然と言わんばかりに自信満々な表情だった。
IS学園の教師をやめ、世界IS連盟の日本支部へと席を移すが、千冬が大きく表立って働くことはなかった。世界ではISの兵器利用を取りやめ宇宙開発へ舵を取り始めている。
誘われた当初、自分の強みが戦闘能力ということを理解している千冬は、新しい方針とは自分があっていないと断った。
だがそれでも、席を置いておくだけでも、と懇願された結果あまり表に出ないことを条件に引き受けた。
変な団体が名前を使うことを防ぐのが目的であり、実際の仕事などは少なく、それでいて高い給料が振り込まれているのだが千冬は学園から退出した際に現在の安アパートへと引っ越した。
世間ではどのような豪邸に住んでいるのか、どれだけ優雅な生活を送っているのか、などと言われている千冬だが実態を知っている者であれば苦笑いをしながら納得するだろう。
先生は高級レストランでワインを嗜むより、自室で缶ビールを片手に持つ方が似合っていると。
とはいえ安アパートに住む理由にはなっておらず、教え子たちであっても首をかしげるだろう。
「ふぅ…………」
テレビに出ていた教え子への手紙、という名のアドバイスを書き終えてパソコンを閉じる。
ふと時刻を確認すればもうすぐ日付が変わる。
そういえば、と明日は自分の誕生日だと思い出した。流石に迎えるよりも来なくてもいいと思える年齢になってしまったが、明日の予定が会食ばかりだったなとついでのように思い出されたがまぁいいかと放り投げた。
机に突っ伏せるとほどよく赤くなった頬がひんやりとして気持ちがいい。
たぶんまた聞いたことがあるような無いような相手から豪華な何かを貰うのだろう。まったく世界中の酒やツマミを送ってくれる教え子たちを見習ってほしいものだ、と贅沢すぎると突っ込まれそうなことを千冬は思うが理由を聞けば否定しきれないところもある。
世界に名だたるブリュンヒルデへの贈り物など、生半可なものではない。
高級すぎて個人で管理はできず、委員会や博物館預かりになり、そこから得た利益は孤児院への寄付などにまわされている。
もちろん政治的意図や仕事関係というのは分かっているが、では本人は嬉しいかというと興味のない車などを貰っても困るというのが正直なところ。もちろん千冬個人へ向けてへのプレゼントもあるのだが、高級なワインなど飲み方に困るし、車やクルーザーなど興味はない。高級ディナーといったアプローチも入っているのだが、本人からすればセンスがないと切り捨てるほかない。
「…………今年もこないか」
午前0時を回り、テレビでは前日のニュースが流れている。
ベッドに放り投げた携帯端末は震えすぎてそのうち充電がなくなるだろう。
静かに目をつぶる千冬には、昔からの夢があった。
何のひねりもない、ただ2人でのんびりと暮らすことだ。
仕事に疲れて家に帰ると片方が料理を作っており、同僚が転職して忙しくなった野菜が安かった今度やる映画を見に行こうなどと他愛ない会話を過ごし、シャワーを浴びて晩酌を楽しんで共に寝る。
特別な称号も豪華環境もいらない、平々凡々な生活。
大事なのは誰といるのか、という点なのだがそれが1番難しい。ブリュンヒルデにもなると相手を探すのにも苦労するのだ。成し遂げた時よりはマシだが大抵の相手ではしり込みし、それでもと来る相手はいろいろな意味で下心の満ち足りた者であり、狭き門を潜り抜けた勇者には真心を込めた断りが入る。
昔誰かが言っていたように〇十路になったが千冬が首を縦に振ることはない。
知らず知らずのうちにうたた寝というにはひどい音が口から漏れ出した時、
チャイムが鳴った。
「……………………んぅ」
無視して寝たい、と声にならない声をあげて断るも扉越しの相手に伝わるわけもなく、もう一度鳴るチャイム。
「…………………………」
起きたくないめんどくささと、また鳴らされるめんどくささを比べて、辛うじて起き上がる事を選ぶ。本来なら起きている理性がこの時間に下着姿で出迎えるな、と言ってくれるかもしれないが、酒気と眠気に浸された脳がそんな判断を下せるはずもなく、
「新聞ならいらんぞ」
なんの躊躇もなく扉を開けさせた。
「……………………」
扉の向こうで立っていた相手を理解するのに数秒かかり、再会した時のために考えておいた言葉を引っ張り出すのにまた数秒かかった。
「…………なんだそれは」
引っ張り出したはずの言葉とはまったく違う言葉が口から出た。掲げられた袋は見慣れた近所にあるスーパーのもの。
差し出されたのは紙箱に様々な味が入っている、少し高めのカップアイス。
「…………その程度でチャラになると思っているのか? ならば随分と安く見積もられたものだな」
開封されていた箱から取り出されたアイスは自分の好きな味。言ったことがあるような無いような、相手にだけ覚えられてることが悔しくも嬉しくもある。
「おい、覚えてないだろうが今日は私の誕生日でな。お詫びと合わせてプレゼントも寄越せ」
随分と横暴な気もするが、まぁこれくらいは許されるだろう。どうせ覚えていて来たのだ、逆に言えば覚えているのにも関わらず来なかったのだ。
「随分と待たされていたのでな、その分返してもらうぞ」
にやにやと笑うと何故か呆れた顔のまま距離を詰めてきて、生意気にも少しかがんできた相手を受けとめるとしばらく固まった。
「…………………………途中で食べて来たな?」
熱くなった顔で尋ねれば何のことやらと、とぼける相手の頬を軽くつねり、不機嫌な顔になったのを確認して笑った。
「まったく、ここまで待たせる奴があるか……………………早く入れ、溶けてしまう」
少し錆びた金属の軋む音と共に閉じられた扉、部屋の向こうからは花が咲く話し声が続き、穏やかな寝息へと変わっていった。
大げさすぎるほどに豪華なお祝いの会場で、主賓である千冬は普段よりも柔らかい笑顔を浮かべ、人々の視線を集めていた。
気になったひとりが理由を聞けば、
「この後約束があるので楽しみにしている」
約束をした相手は大騒ぎになっているとはつゆ知らず、顔を背けてくしゃみをした後、煮込んでいたカレーの火を止めた。
なんだろねこれ、思いつかずノリで書いた結果です。約束があるので、来るのを待っていた三十路お姉さんでした。イチャイチャは…………してる。うん、してる。
次は姉、次も姉。姉多くない?