コンコンコン
とドアをノックする音が響いた。
条件反射で扉を見た大地がミューゼルへ視線を戻すと、首を横に振る。
その後大地はまた扉へ視線を戻すと、向こうから籠ってはいるが声が聞こえる。
「お話し中失礼いたします。ミス・ミューゼル、お連れ様がお見えです。お通ししてもよろしいでしょうか?」
声の主は店のウエイターの物だった。
連れという部分に反応したのか、ミス・ミューゼルは左手の腕時計を見ながらハッとした顔になり少し苦々しい顔になりながらこちらを向く。
「ミスター・月乃、申し訳ないのですがここからは私の部下を同席させてもかまわないでしょうか?最近入ったばかりの人で指定時間を過ぎても商談が終わらない場合は尋ねるように言っていたのを失念しておりました。」
軽く頭を下げて来るミューゼルを見ながら大地は一瞬思考する。
(このタイミングで?という事は実力行使をする要員の投入?そもそもタイミングが良すぎるしどうやって外に状況が漏れてる?まさかスコールの体内に盗聴器が?体内はスキャンしていなかったのがまさかもう機械化していたのか?とりあえず最悪アレを展開することも考えておくか。)
「えぇ、構いませんよ?企業約1年の社長との商談にしては長話になりすぎた気もしますし、外で待たせるのも悪いでしょう。」
軽く微笑んで大地が答えると、ミューゼルは椅子から立ち上がり扉の方へ向かいウエイターに通すように伝えた。
その後ミューゼルが席に着いたタイミングで外から扉の鍵が開錠され、ウエイターのエスコートで一人の男性が入ってきた。
その体躯は大きく、2mとは行かないが大地のバイオスーツより大きく鍛錬を重ねていることが一目瞭然な無骨な肉体で腰まで伸びた青い髪が特徴的な男が張り裂けんばかりのスーツを窮屈そうに纏っていた。
「失礼する。ミューゼル殿。お邪魔でしたかな?」
「いえ、ミスター・月乃も許可をくださったので問題ありません。まず私よりミスターへ挨拶をなさい。」
「これは失礼した。ミスター・月乃、小生はVSカンパニーに最近入社したギム・ギンガナムと申す。以後お見知りおきを。」
恭しく一礼をしたギンガナムに対し、大地は動揺がばれないようにするのが必至だった。
(これは本当にまずいぞ……!本物の御大将じゃねぇか!?ってことはマジであるぞ∀……!考えられる限り最悪な乗り手と共に来てしまっていたか……!)
だがこれ以上考えても相手に不安材料を与えてしまうと思った大地は何事もなく挨拶をする。
「これはご丁寧にありがとうございます。ミスター・ギンガナム、よろしくお願いいたします。」
大地は席を立ち、ギンガナムに手を差し出す。
それを見たギンガナムも応え握手をするが、その瞬間ミューゼルに聞こえるか聞こえないかの声量でささやいていた。
「どうして我が方のウァッドやモビル・リブがそちらにあるのか詳しく聞かせていただきたいものだ。」
それを聞いてやべぇ、これ生きて帰れるかな~と考えていた大地は笑顔のまま聞こえないふりをしていた。
だがそれはギンガナムの気に触れたようで握手を終えたギンガナムはどかりとテーブルの上に座り、こちらを睨みつけてきた。
「ミスター・月乃。気に入らんな~、貴公先ほどの言葉聞こえていただろう?それに先ほどのミューゼル殿との会話も聞かせてもらっていたが随分と女を虐めるじゃないか?こういうう手合いが好みなのか?」
「ギンガナム!」
「喋るな女、ここからは男同士の話し合いだ。交渉事で己の欲望を隠しきれん娘にこの月乃と言う男は靡かんよ。」
席を立ち、怒りの表情を隠さずに言うミューゼルに対してギンガナムは淡々と話した。
「でだ、貴公が何故我が方のMSを生産し販売しているのだ?それにわかっていてあの仕様で販売しているであろう?」
ギンガナムの目つきが一気に鋭くなる。
「何のことでしょうか?あれは我がMR社の開発したMSで「惚けるな!」……!?」
「貴公の販売したウァッドに乗ったが非武装処理以外にも駆動系を20~30%反応速度を落としているだろう?本来のウァッドはもっと機敏に動くのだ!」
流石にこれ以上はまずいと思った大地は営業スマイルを辞めて無表情になる。
「で、ミスター・ギンガナムは私に何をお望みなのですか?」
「先ほどの胡散臭い顔より良いではないか!簡単なことよ、あるのだろう?軍用MSが?」
「それはまだ開発しておりません。そういうミスター・ギンガナムは軍用MSをお持ちなのですか?」
「ふふふ、『まだ』か!貴公もおそらく分かっているだろうがこちらに来る際、御使いに会ってな!縁あって1機持っているのだよ。ご想像の通りここにいるミューゼル殿もこの件は知っている。残念ながら現在の技術力での量産は不可能であるが、貴様のMR社の技術を使えばいずれ量産も叶うだろう!VSカンパニー、いや我々亡国企業と手を組み世界を我らが手中に収めようではないか!どうだ?」
「ギンガナム!余計なことは言わないで頂戴!ミスター・月乃、これには「喋るなと言ったぞ女!」……!」
ここで大地は考えた、おそらくギンガナムは俺がターンXではなく月の技術を持ってこちらに来たと思ってる。ここで話を拒否すればここで消されるかどこかのタイミングで亡国企業が会社を乗っ取りに来る。
それに今のスコールの表情と会話を見るに亡国企業と手を組んでいるが、やはり御しきれてはいないと見た。まぁ、あのストーリー終盤の闘争本能に身を任せた武人を御せるのは月の女王でも野心家な政治屋でも無理だろう。
それだったら、逆に俺がこの世界の人間じゃないという情報をここで話し、ギンガナムと∀をセットで倒し、亡国企業へのこちら側の自衛力を示せる方法が一か八かの賭けで1つあることを大地が思いつく。
ルナに確認を思考通信で取るが、全部大地に任せると返ってきたので賭けに出ることにした。
「御使い……ですか……面白いことを言う。確かに我々MR社はMSの技術をもってこちらに来た。だが、あなたが生前何をしていたのかも知っているのです。武を司る家、ギンガナム家のギム・ギンガナム殿?」
「ほう?小生の事を知っていたか、だが我が方の顔ぶれに貴公の見覚えがないところを見るに帰化して地球にいたムーン・レィスか、後の世で月の技術を手に入れた地球人と言ったところか。」
「そう解釈してくださって構いません。さて、私も少しこの話し方には疲れました。無礼を承知で話させていただく。」
そういうと大地はスーツのネクタイを緩めて、無表情だった顔を少し獰猛なものに変える。
それを見たギンガナムも薄ら笑いを浮かべていた。
「まず、ミス・ミューゼルに謝罪したい。私はあなたが亡国企業の使者だという事に気づいていた。それを踏まえて良好な関係を築けるなら何もする気はなかったんだ。だがギム・ギンガナム、貴殿はミス・ミューゼルの提案とは違い戦乱の世がお望みと見た。前世で散々暴れたのにまだ戦い足りないようなら俺にも考えがある。」
「ほう、小生の心の内を読むとはな!だったらどうするというのだ?」
「1年だ。」
「なにぃ?」
「1年後、貴殿の闘争を満足させるに足りえる機体を用意しよう。貴殿を止めるためならMR社は戦闘用のMSを製造し、舞台も用意しよう。それに乗った俺と戦っていただきたいのだ。これは男同士の1対1の決闘、私が勝ったらこの話はなかったことに、貴殿が勝ったら我がMR社の全てをくれてやろう。武人である貴殿がまさか断ることはあるまい?どうせ持っているのだろう?ターンタイプを!」
ドンと机に手をつき、大地はギンガナムに顔を寄せ言い放つ。
「ふふふ、はぁーはははははは!その意気や良し!これほど武人としての会話が成り立つ者と会うのも久方ぶり!その決闘、ギンガナム家の誇りにかけて受けよう!そしてやはり知っていたか!もちろん我が方にはターンタイプがある!貴公がどれほどの機体を持ってくるのか楽しみにしているぞ!」
猛々しく笑ったギンガナムは座っていたテーブルから立ち上がり両手を広げて大地を見据えた。
やはりギンガナムは闘争にまだ身を任せていたいようでとても満足した顔になっている。
「では、ミスター・ギンガナム。決闘の約定はここに締結されたと考えてもよろしいか?」
大地は改めて右手を出し、握手を求める。
それを見てギンガナムは差し出された手を握り返し満足げに答える。
「無論だ!小生は武人、この平和すぎる世界に飽き飽きしていたのだ!舞台はそちらで手配してくれるのだろう?なら問題ない!なら1年はこちら側からそちらにはちょっかいをかけないようにさせよう。ただウァッドは売ってくれよ?こちらとて整備などにMSは必要なのだ。」
「わかりました。では最高の舞台とMSが整い次第こちらから連絡しましょう。」
「心得た、今宵は良い話ができた。久方ぶりに血がたぎった!礼を言おう。」
「私も熱く話したのは久々です。」
微笑み返す大地と握手を終え、ギンガナムはミューゼルへ視線を向ける。
「すまなかった、ミューゼル殿。これでウァッドは納入が決定し1年後にMR社が手に入るのだ。今宵はここまででよかろう?」
ギンガナムの言葉に先ほどから黙り込んでいたミス・ミューゼルは途中から会話の主導権を持っていかれ、挙句の果てに自分が亡国企業所属なこともばらされて血の気の引いた顔になっていた。
「はぁ……ミスターは……よろしいですか?うちのものが大変ご迷惑をおかけしましたが……?」
左手を眉間に抑えて喋るミューゼルに対して大地は苦笑いしてしまった。
「問題ありませんよ、ミス・ミューゼル。とりあえず今日はこの辺でお開きにいたしましょう。後日詳しい納品についてのメールをお送りいたします。それにあなた方の組織については口外しませんのでご安心ください。私とて長生きはしたいのです。ではここで失礼します。」
スーツのネクタイを締めなおした大地は、そのまま部屋から出ようとする。
その大地の後ろ姿にミューゼルが立ち上がり鋭い視線で懐に手を伸ばそうとするのをギンガナムが制し、大地が退出際振り返ったので元の表情に戻り返答する。
「……えぇ、わかりましたわミスター・月乃。我々はもう少し話してから帰ります。本日はご足労頂きありがとうございました。」
ミューゼルの一礼を確認したのちに、大地は部屋を後にした。
部屋にミューゼル達しかいない状態になった後、ミューゼルは手で頭をかきながらギンガナムへ詰め寄る。
「なぜ止めたのかしら?ギンガナム、あの時ミスター・月乃を始末しておけば……」
「だからまだ甘いのだ。あの時小生が止めなければミューゼル殿は死んでいたのだ。むろん小生も物言わぬ骸になっていただろう。」
「……どういう事かしら?」
怒りの感情を露わにしていたミューゼルは、ギンガナムの一言でまじめな表情になる。
「握手の際見えたのだ。あの者のスーツ内側に球体の金属が数個。月の技術を持っているという話ではあったがやはり持っていた、今の装備であれには叶わんよ。流石にこんな怪しい商談に護衛もなく身一つで来れるわけだ。」
「その球体にいったい何があるのです?そんなもの持たせなければ何ともないでしょう?」
「あれは月の技術で作られた特殊な人形でな、主に要人暗殺用に使われる『BOID』と言われる対人兵器だ。おそらく要人護衛用に改造されているのだろう。こちらが銃を持ったとBOIDが判断すればオートで起動しこちらを無力化してあの者を守っていただろう。」
ギンガナムの言葉を聞きミューゼルは訝しむが、ギンガナムのほほを冷や汗が伝うのを見て本当なのだと確信した。
「そうだったのね、礼を言うわギンガナム。とりあえず私達もここを出ましょう。」
「そうだな、裏に車を回している。ふふふ、1年後が楽しみだ。∀の整備を進めなくてはな。」
「ありがとう。そうね、ウァッドを解析ができればある程度不安定な状態の∀もマシになるでしょう。本来の性能の10%も出てないのでしょう?」
「そうだ、こうも出力が上がらんと使える装備も限られる。幸いビームライフルはあるが、月光蝶が使えないのがネックだ。」
「その月光蝶、ナノマシンを散布する機能は使えるようになったらもちろん解析させてもらえるのよね?」
「約束は守るさ、再現できるかは保証できんがね。」
「えぇ、わかっているのなら結構よ。」
そういって二人も店を後にしたのだった。
店を出た大地は、タクシーを拾い宿泊ホテルへ移動していた。
(ふぅ~~~~~、本当冷や冷やしたよ……亡国企業に月の御大将、情報量が多くて頭パンクしそうだ、偉そうにする役を演じてたおかげで何とかなってたけど素の俺だったら「え、あ、はい」くらいしか言えなかったよ~)
<(大地お疲れ様!まさかギムが出てくるなんて思わなかったよ~ とりあえずギムがBOIDに気づいてくれたおかげで何事もなく出てこれたのは幸いだね!)>
(そうだね、もしこいつが起動してたら後始末が面倒になってたよ。)
思考通信でルナと話しながらスーツの上着から内側にある金属の球体を見た。
それは漫画版∀ガンダムー月の風ーに登場したIフィールドビームドライブ技術を応用して作られたJスフィアという金属球をコアにIフィールドを人型に形成するロボで、Jスフィアが数個あれば展開できるため、主に裏社会の組織が要人暗殺を用いるのに使用されていた対人兵器の一種である。
それをルナとターンXから外出時はスーツ裏に忍ばせておくように言われて持ち歩いていた。
もちろん、暗殺用ではなく護衛用として改造され、人型に形成する機能はオミットされたがIフィールド制御を防御重視にしているため実弾も軽機関銃クラスまでなら数分耐えれる仕様になっており、Iフィールドを鞭上に形成し反撃も行う。
<(にしてもよかったの?あそこでギムを捕まえるなりしていた方が状況的には良かったんじゃない?)>
(いや、そうとも言えないさ。あそこでギンガナムを討ったとしても∀は亡国企業の手の内、何も知らない次の搭乗者が不用意に月光蝶を発動させては目も当てられないよ。ギンガナムと∀、両方が揃ってないとね。)
<(それもそうだね、とりあえず今日はもう休んでね!バイタルデータ的にもそろそろ眠気に耐えれなくなるよ!)>
(そうだね、ホテルに戻ったらすぐ寝ることにするよ。それとルナ。)
<(なに?)>
(定期的にナノマシン注入してるだろ?)
<(え、な、なんのことかな~?)>
(怒らないから大丈夫だよ、ルナとターンXが俺を思ってやってたんでしょ?)
<(いつから気付いてたの?)>
(少し前からかな、トレーニングの割に体力の付きも早いし、先日自炊中に手を切ってしまった時もすぐに傷口がふさがったからね。わかるよ。)
<(ご、ごめんなさい!)>
(いいって、それに覚悟も決まったし、ターンX!)
ーはい、なんでしょうか御大将閣下殿。ー
(君もグルだったんだろ?)
ー肯定ー
(いや、むしろ二人にはお礼を言うよ。二人の優しさは伝わってるからね、ありがとう。そして改めてナノマシン施術を受けるよ。今日寝てる時でいい、本格的に投与を始めてくれ。1年後のギム・ギンガナムとの決闘に備えて鍛錬しないといけないからね。)
<(う、うん!わかった!大地をもっと強くしてあげる!)>
ー肯定、業務のサポート率を上げますので浮いた時間を戦闘シミュレーターによる訓練に回しましょう。ー
(よし!頑張るかー!)
と思考通信を終えた大地はホテルへ到着し、その後すぐに睡眠に入ったのだった。
次回へ続く
一方その頃篠ノ之束の研究室
「ふぅ~~~!やっと論文が完成したよ~、少し専門用語が多くなっちゃったけど見に来る研究者や学者の人なら理解できるよね!月の民さんも応援してくれるって言ってくれてるし!頑張るぞーーー!おーーーーー!」
「私は正直この論文のほとんどを理解できていないのだが、見に来る研究者や学者はこれを本当に理解できるのだろうか……」
「大丈夫だよちーちゃん!研究者や学者は私達より頭がいいはずなんだから!きっと良い意見交換とかもできるはずなんだ!」
「だと……いいんだがな……」
元気に完成した論文をもって振り回す束に苦笑いをしながら心配する千冬であった。
お読みいただきありがとうございます。
前話で登場したテキサスバーベキューのブリスケット、実は数年に一度自分で作るのですが、調理に12〜18時間程かかるのですよね〜
BBQコンロでウッドチップでスモークしながら低温で焼いただけなのにめちゃくちゃ柔らかくて美味しいんです。
アメリカの方でも提供するお店はそれなりのお値段だとか聞いてたので登場させてみました。