前話が結構変わっています。要約すると、ホノイカヅチが書いていたのは自身が活用するためのトレーニング理論のノートであり、タキオンに見せたのはトレーニング理論のノートと分かりやすくなるように書きました。
感想でご指摘くださった皆様、本当にありがとうございました。それはそれとして……おいは恥ずかしかッ!
もうすぐ朝日杯が来る。朝日杯はG1レース、大事なことがあります。勝ってちやほやされることも大事ですが、それ以上に大事なものが。
G1レース、ということで。
「ホノイカヅチ、君の勝負服が届いたよ」
そう、勝負服です。ウマ娘ならば誰でも持っている服で、G1レースでは必ず着ることになる、あの勝負服。
「フヒヒ、フヒ。つ、ついに届いたんですね。オイラの勝負服」
「うん。なにか問題があるといけないから、しっかりと確認しておこうか」
この前採寸合わせや諸々の手続きを終えて、今日やっと届きました。この日を一日千秋の思いで待ち焦がれていましたよ。
勝負服は特別なもの、着る機会があるのはもっぱらG1のみ。なので、一度も着ることなく終わるウマ娘さんも珍しくありません。着ることができる方が少数派でしょう。
(オイラも着れない可能性がありました。けれども、オイラは叶いました!)
「フフフ……」
「やっぱり嬉しいよね、勝負服。特別な思いが込められたものだから」
「は、はい。嬉しいです、これを着ることができて」
ですが、オイラは朝日杯に出走します。つまり、勝負服を着ることができるわけです。こんなに嬉しいことはありません。
早速中を開けて確認。入っていたのは、見間違えようのないオイラの勝負服。取り出して、細部に至るまで確認します。
「ふわぁ……!」
「見たところ問題なさそうだね。良かった良かった」
和をモチーフにした勝負服。えんじ色を基調とした、シンプルながらも奥深い味わい。わ、我ながら良い感じにデザインできています。
見ているだけで不思議と力が湧いてくる。早くこの服を着てレースがしたい、そんな衝動に駆られます。そんなに好きじゃないレースに、です。
それに、それにですよ。いつもの体操服にゼッケンとは違って、一人一人違う勝負服になるわけです。それは当然、目立つことでもあります。
つまり。
(この服を着て勝てばさらにちやほやされる! 今まで以上に褒められること間違いなし!)
「フヒヒ、フヒヒ……!」
「うん、ホノイカヅチが嬉しそうで何よりだよ」
ゆ、夢が広がります。勝負服で勝つオイラの姿で興奮するファンのみなさん、絶対、いつも以上に褒めてくれるに違いありません。気分もやる気も高まりますよ。
「問題はなさそうだね。それじゃあ、当日を楽しみにしようか」
「は、はい。ついに、オイラのG1デビュー……!」
「ハハハ、君の褒められちやほやライフ、結構簡単に達成しちゃったりしてね?」
朝日杯、俄然楽しみになってきました。
また、勝負服の件は当然父様と母様にも連絡を入れます。今度の朝日杯に出走が叶ったと、この勝負服で出走すると伝えました。
向こうはオイラの活躍でお祭り騒ぎだそうです。久々に中央で活躍する子が出てきたから当然かもしれませんが、本家も分家も大喜びだそうで。
《ホノイカヅチが活躍して、みんな喜んでいるよ! 今度の朝日杯も応援に行くからな!》
「ふ、フヒ。オイラ、頑張るね、父様。母様にもよろしく伝えて」
《もちろんだ。頑張れよ、ホノイカヅチ!》
家族にも応援されて百人力。さらにやる気が溢れます。
「フヒ、フヒヒ。朝日杯も勝てば、オイラの評判はうなぎ上り。クラシック最有力候補として名を馳せるようになって……フヒ、フヒヒ!」
《いつも通りのお前で安心したよ、ホノイカヅチ。そこがお前の良いところなんだけど》
オイラの調子は絶好調を維持したまま、朝日杯を迎えることができました。
◇
中山レース場のターフ。雲一つない快晴、冬特有の冷たい空気が支配する中、出走するメンバーへと視線を向けます。
特段なにかが変わるわけではありません。強者特有のオーラとか、ここまで勝ち上がってきたみなさんはやっぱり強そうだとか、オイラにとっては関係のないこと。
(12番は調子を落としている、向こうにいる4番は先行の内枠だからオイラとポジション争い、2番人気の子よりも警戒すべきは)
仕事をただ徹底するだけ。褒められてちやほやされるために、オイラは労力を惜しまない。
「ホノイカヅチの勝負服は和服か~。うん、可愛いよな」
「分かる分かる。かっこよさもあるけど、やっぱり可愛いね~」
「初々しいよね。勝負服姿見れて良かった~!」
そう、この声のためならばオイラは力を惜しみません! もっと、もっと褒めて、ちやほやして!
そんな、ファンの方々の褒め言葉を味わっていると。
「アンタがホノイカヅチ、だね?」
「……キャプテントゥーレさん」
「お、アタシのこと知ってくれてるんだ? 嬉しいね」
アグネスタキオンさんが口にしていたウマ娘の1人、キャプテントゥーレさんがこちらに歩み寄ってきていました。
キャプテントゥーレさん。すでに重賞を1つ勝っていて、この朝日杯でも評価が高いウマ娘の1人です。まぁオイラは1番人気ですが。
「タキオンさんが言ってたよ。アンタの強さに興味があるって」
「はぁ、そうなんですね。そういえば、ノートの件で何か言ってましたか?」
「興味深かった、ってのと今度お礼をしに行く、ってさ。いやはや、いったいどんな内容のノートだったのか。タキオンさんが上機嫌だったからね」
普通のトレーニングノートですが、好評だったようです。それ自体はその日の反応で分かっていたことですが、改めて教えられると製作者冥利に尽きます。
会話の中で彼女を観察しますが、はい。
(仕上がりも悪くありません、が。警戒度はそのままでもいいでしょう)
レースにおいてどのような選択をしてくるか、こうして声をかけてきたということは、オイラを警戒しているんじゃないか、宣戦布告がてらオイラの調子を見に来たのではないか。あらゆる視点から物事を考え、結論を導き出します。
キャプテントゥーレさんの実力はこの中でも上位に入るでしょう。1番人気のオイラも、油断すれば差し切られること間違いなしです。
「フヒ、フヒヒ、オイラ1番人気。デビュー戦11番人気で、萩ステークス5番人気からの1番人気……! フヒヒ!」
「なんか、タキオンさんも言ってたけど変わってる子だねアンタ。ま、今日はお手柔らかに頼むよ、1番人気のウマ娘さん」
けど、と威圧するようにオイラを睨むキャプテントゥーレさん。彼女は顔をオイラの方へと寄せ、至近距離で睨んでくる形になる。
「人気は譲っても勝利は譲らない。あんまり舐めてかかると、痛い目見るよ」
「……」
どうやら、オイラが浮かれているように見えたそうで。1番人気で浮かれているから間違いではありませんけど。
もっとも、問題ありません。
「オイラはオイラの仕事をするだけです。あらゆるリスクを排除して、徹底した仕事をやり遂げる。それだけです」
オイラはブレません。自分の力を出すことだけを考えています。その結果がどうであれ、オイラは自分の力を出すことだけに力を注ぐ。本当にただそれだけのこと。
キャプテントゥーレさんがどう思っているのか。彼女は目を閉じた後離れていき、やがて立ち去りました。
「……その言葉、覚えておくよ」
そんな言葉を残して。
そんな一幕があったものの、もうすぐ発送の刻。オイラの初のG1レースが、幕を開けようとしています。
ちらりと観客席へと視線を向ける。そこには、いつもの横断幕を持ったトレーナーさんがいました。思わず笑顔になります。
「えへ、えへへ……っ」
ふふん、流石のトレーナーさんです。あの横断幕、オイラもかなり気に入っていますよ。達人が書いたわけじゃない、素人が書いたような文字。トレーナーさんが一生懸命書いたのだと分かるあの字、趣があります。
今回はそれだけではありません。近くには着ぐるみ……めちゃくちゃ目立ちますねアストンマーチャンさんの着ぐるみ。アストンマーチャンさん達もいました。
「頑張ってくださいねホノちゃん。マーちゃんも応援していますよ」
「頑張ってね~。あ、そこの方。アストンマーチャンをよろしくお願いします」
「へ? あ、はい……なんだあの着ぐるみ。怪異の類か?」
もはやオイラの気合は入りすぎて青天井。とどまることを知りません。オーラが見えたらきっと凄いコトになっているでしょう。
ですが、レース前になればオーラは霧散します。なぜならば、集中するから。
(……余計な雑念は一切無用。オイラはオイラにできることを徹底するのみ)
頭に叩き込んであります。誰がどの位置で勝負をするのが得意なのか、誰が真っ先に飛び出すのか。
(今回これといった逃げウマ娘の方はいません。スタートが肝心になる勝負、オイラが逃げる可能性も考慮しなければ)
枠番の関係、中山レース場の形状、外枠不利のこの状況で、外枠を引いたオイラができることを考える。
芝の状態は良バ場、発走場所は1コーナーのポケット、走ってすぐの位置に第2コーナー。良バ場だから早いペースで流れることも想定、最後の直線は短いからオイラの末脚が光る。
「それでは次、ホノイカヅチさんどうぞ」
「……」
係員に誘導されてゲートに入る。ここに入れば、後はレースの流れを読むしかありません。ここでも考え込んでしまっては出遅れる。そうならないためにも、一旦思考を打ち切ってゲートが開くタイミングに集中する。
ゲートの開くタイミングは分かりません。見てから動くことしかできない。けれどそれは、どの子も同じ条件。
《晴れ空が広がります中山レース場。師走の冷たい空気の中、選ばれた16人のウマ娘が駆け抜けます。芝の1600m、バ場の状態は良と発表。続々とゲートに収まっていきます》
《彼女達のやる気がここにいても伝わってくるようですね。絶対に勝つぞ、という強い意志を感じます》
《ジュニア級王者を決める戦いと言っても過言ではありません、この朝日杯。1番人気のウマ娘は6枠12番のホノイカヅチが人気を勝ち取りました。ここまで2戦2勝、これが重賞初挑戦です》
《彼女のレーススタイルは王道も王道、まさしく勝つべくして勝つ戦い方をしていますからね。まず、好走をしてくれるでしょう。私イチ推しのウマ娘です》
集中する。ゲートが開くその瞬間を見逃さないように、神経を張り詰める。
周りの雑音が消える。世界に自分一人だけしかいないような感覚の中で、ゲートが開くその音だけを聞き分ける。
待って、待って。ひたすらに待ち続ける。1時間も2時間も経っているような中。
空気が変わった。密閉された部屋の扉が開いたように、風が一気に吹き寄せてくる。空気が入れ替わるようにうねり、オイラの頬を撫でるような感覚さえも感じる。
気づけば身体は動いていた。オイラはゲートから飛び出し、他のウマ娘も同様に飛び出す。
《最後のウマ娘が入って、態勢が整いました。中山のG1レース朝日杯フューチュリティステークスが今ッ、スタートです! 綺麗に飛び出したのは最内枠ゴスホークケン、そして外枠のホノイカヅチ、この2人が好スタート。外枠からぐいぐい上がっていくホノイカヅチ、他のウマ娘もまずまずのスタートを切りました》
朝日杯が始まった。
さぁさぁ朝日杯。勝負服のイメージは正月シービーです。あんな感じのデザイン。