やはりG1レース、今までのレースのようにはいきません。オイラのやりたいこと、思い描いていた展開から外れています。
(内で好スタートを切ったゴスホークケンさん。勢いのままに先頭を奪って走り、オイラは外から内側へ。ですが)
そう簡単に内には行かせてもらえず、バ群の外を走るような形に。加えて、厄介なことにオイラにマークが集中されている。マークされるとは思っていましたが、いざ受けると中々にキツいです。
マークされるのは当然。このレースにおける1番人気であり、注目を集めているのだからマークされる。オイラのレーススタイルの種も先の2戦で割れている。何も対策せずに挑む愚者はどこにも存在しない。
さらには、こちらの精神を乱すような走りをする子もいる。競争意識を煽り、冷静さを奪い、オイラのスタミナを削ろうとする動きが見られました。初めて受けますが、これも中々に厄介。
(それに、大外の子もここまで上がってくるのは予想外です。てっきり抑える方向で行くと思いましたが)
スタートの動き出しもまずまず、これまでのレース内容なら差しの位置で勝負をすると思いましたが上がってきており、この予想も外れます。今もオイラの隣から圧をかけ続け、自由な動きを阻害されている。
やりたいことをやれない、動きたいように動けない。状況は芳しくないでしょう。
ですが。
(前から5、6番目。外ということを除けば悪くない。この位置でなら……)
次の計画は用意してある。この計画でダメなら次の次の用意もしてある。それでダメなら次の次の次も、次の次の次の次も。オイラのやりたいことをやり通すまで、オイラは無数に考えてある。
仕事だってそうです。いつまでもやりたいことばかりやれるわけじゃありません。必ずどこかで壁に当たり、やりたくないことをやらされることがある。父様がそう愚痴っていた時がありました。
(ペースはやや遅め。前残りで進む可能性も十分にあり得ます。中山の直線は短いですが、オイラの末脚ならば十分に……いえ、これはマイル戦。それも頭に入れておかなければ、届かない可能性が出てきます)
だからこそ、徹底する。嫌なことだろうが徹底する。思い描いていたこと通りじゃなくてもやり通す。そうした上で天に見放されたのであれば、もう仕方ないことだ。
《第3コーナーを進む各ウマ娘、外回りコースの緩やかな第3コーナーを先頭で駆け抜けるのはゴスホークケン。続きましてはギンゲイ、ギンゲイが2番手ここまで上がってきました。キャプテントゥーレにレッツゴーキリシマ、1番人気のホノイカヅチはキャプテントゥーレの後ろ、1バ身程の差をキープして走っています》
《やはりマークされていますね。外にはドリームシグナルもいますよ》
《第4コーナーに向かうウマ娘達。先頭は押し出されたゴスホークケン、ゴスホークケンが先頭で逃げています》
考える。オイラが勝つための計画を。ここからどう逆転するかの未来予想図を組み立てる。
「……フゥー」
本当に、レースは楽じゃない。
◇
その日、アグネスタキオンは朝日杯を観戦しに来ていた。己のトレーナーとディープスカイ、そして着いてきたダイワスカーレットと共に。
ダイワスカーレットは素直な疑問をぶつける。この朝日杯に来た意味を。
「タキオンさんが見ておきたい子って、トゥーレですか? トゥーレのレース観戦をしたいだけですか?」
一番あり得る線として、キャプテントゥーレが走るからという理由を挙げた。別のチームではあるのだが、キャプテントゥーレのことをアグネスタキオンは気に入っている。これはダイワスカーレットにとっては知っていることだった。
ダイワスカーレットの言葉に、アグネスタキオンは首を横に振る。どうやら、答えは違うようだ。
「う~ん、それも間違いじゃないよスカーレット君。ただ、今回見たいのは別の子だ」
「別の子? それっていったい」
目的は目をかけているキャプテントゥーレが走るから、というのもあるが、真の目的は別にある。そう口にした。ならば次に気になるのは、それが誰なのか? という当然の疑問。
今会話している間も視線はターフへと向けられている。ダイワスカーレットの方を向くことなく、注目しているウマ娘の名前を口にした。
「ホノイカヅチ君さ。今日6枠12番で出走している彼女、ホノイカヅチ君のレースを見に来た」
「ホノ、イカヅチ……スカイ、アンタ知ってる?」
「あ、はいぃ。この前お会いしたんですよぉ。小さくて可愛いんですぅ」
聞き覚えのない名前に首を傾げ、隣にいるディープスカイへと耳打ちをする。なお、あまりあてになるような情報ではなかったのか、ほんわかとした表情を浮かべるディープスカイとは対称的な、微妙な顔をしていた。
2人の表情の差に笑みを浮かべつつも、アグネスタキオンはホノイカヅチの説明を始める。
「ホノイカヅチ君は勤勉な子でね。彼女が書いていたトレーニング理論を見せてもらったんだが、これが並外れた完成度だった。思わず、私とモルモット君が感嘆の息を漏らすぐらいにはね」
「そうなの、トレーナー?」
「そうだね。事細かに書いてあったし、自分の強みと弱みをしっかりと理解した上で書いたんだなってある程度想像がつくぐらいには凄かったよ」
嘘偽りのない気持ちを吐き出すトレーナー。彼もまた、視線はターフへ、ひいてはホノイカヅチへと向けられている。外目の位置、前から5、6番目の位置を。
2人して同じウマ娘を注目している。ダイワスカーレットの興味は件のホノイカヅチへと注がれる。この2人が注目するほどのウマ娘、将来的に自分が戦うかもしれない相手になる、と。
同じように視線をホノイカヅチに固定するダイワスカーレット。一挙手一投足を観察し、秀でたものがないかを確認する。
最後の直線でないにしても、目にすべき点はたくさんある。レース運びに周りへの対応、どこがどう凄いのかは大体見れば分かる。2人が注目するホノイカヅチの強さを、目に焼き付けようとした。
《第4コーナーでもゴスホークケンが先頭変わらず。後続もそろそろ前に並びたいところ、ギンゲイはどうか? スズジュピターはバ群の真っただ中、真ん中を突っ切ります。ホノイカヅチは大外を回されている》
《これはちょっと不利ですね。外を回されているのは相当キツいですよ》
《先頭はゴスホークケン、ゴスホークケンがこのまま逃げ切るのか? 中山の直線は短いぞ、後ろの子達は間に合うかどうか》
その結果分かったことは、普通だということ。思わず首を傾げてしまうほどに。
「そのホノイカヅチって子は、どこが凄いんですか? 見た感じ普通のレースをしてますけど」
きっと凄いことをするのだろう、まだ最後の直線だから本気じゃないんだろう。結論を急ぎ過ぎているだけかもしれない。そう頭に浮かぶダイワスカーレット。
だが、普通だ。ホノイカヅチは普通なのだ。周りを圧倒するようなオーラもなければ、全てを支配するかのような強さも見受けられない。本当にただ普通に走っているだけ。
スタートも特段悪くない。ジュニア級の中では上手いかもしれないが、それだけだ。特段目をつけるようなものはなかった。
どうして2人が注目するのか。少し疑問を抱くが、アグネスタキオンは愉快そうに笑っている。
「クックック、確かに普通に見えるかもしれないね。凄いことをしているわけではないのだから。最後の直線の末脚はまぁ凄いが、そこに至るまでの過程はどうしても地味だ」
王道の先行策、紛れの少ない勝ち方で、華はなくとも堅実に勝ちを重ねることができるスタイル。ただ、紛れを許さないということは完全な実力勝負になるということ、相応の強さが求められる。
なおも視線は止めないアグネスタキオン。ここまで注目するような相手なのかと、ダイワスカーレットは疑問に思う。
「時にスカーレット君。君は本番のレースでいつも通りの実力を発揮できるタイプかい?」
疑問に思っているところに、アグネスタキオンは唐突に問いかけてきた。レースで全力を発揮できるかどうか、と。
質問に対し、迷うことなく答える。
「それは勿論! いつでも自分の力を発揮できるように頑張ってます!」
「ん~えらいねぇ! きっと教えた人の指導が良いんだろうね~!」
「タキオン、ずれてるずれてる。スカーレットを褒めたい余りずれてるよ」
話が横道に逸れそうになったが、トレーナーが冷静に修正。1つ咳払いをして続ける。
「では、いかなる状況においても十分な実力を発揮することができるかい?」
「え? それは、どういう」
「言葉通りの意味さ。君の得意な逃げができない、周りを囲まれて思うようなレース展開にできない、事前予想と違う動きをされて戸惑ってしまう……そんなところだ」
得意な展開でなくとも、マークされすぎて自分のレースができなくても、それでも自分の実力を発揮することができるか。そう問いかけるアグネスタキオン。この質問には即答することができない。
悩んで、悩んで。悩んだ末に、ダイワスカーレットは苦渋の声を絞り出す。
「難しい、と思います。自分の得意なことができないってなると、多分冷静じゃいられなくなると思いますし」
「そんな申し訳なさそうにしなくともいいよ。大多数のウマ娘がそうだし、似たような状況で冷静でいられる方がおかしい」
「そもそも、そうなる前に得意なことを押し付けるからね。その方が強いし」
トレーナーが補足するように説明する中で、アグネスタキオンはだがと口にする。とても愉快そうな表情だ。
「ホノイカヅチ君は別だ。彼女は、常に最悪を想定しながら動き、最善の動きをしている。今の彼女の状況が最も分かりやすい」
「常に最悪を想定しながら? それってどういう」
「今の状況、ホノイカヅチ君にとってはよろしくない。最内からの抜け出しが得意な彼女にとって、大外を回されている今の状況は芳しくないね」
ホノイカヅチの勝ちパターンは囲まれている状況からの抜け出し。図抜けた判断力を活用し、バ群の隙間を縫うように動いて勝利をもぎ取る。囲まれても勝つことができるのが、彼女の強みだ。
今は外を走らされるので、その勝ちパターンは使えない。さらには自分の予想が外れているのか、どこか窮屈そうにも見える。劣勢なのは明らかだ。
だというのに、ホノイカヅチはブレない。どれだけ不利な状況でも、自分の強みを活かせない状況でも、彼女はすこしもブレていない。
最悪になる前に、未然に防ぐのだ。少しの判断ミスも許されない状況で、彼女はいつも通りの実力を発揮できている。楽な方に逃げようとしない。自分の強さを発揮できる場所に逃げない。全てにおいて今できる最善の選択肢を取り続けている。それが自分にとって不利な展開でも、だ。
「得意な走りができない状況下でも彼女は焦りを微塵も出さない。本当は内に行きたいだろうに、そうなると本当に詰まされるから外を走っている。そんなところだ」
「囲まれちゃうからぁ、ですか?」
「それもあるし、他の子達はみんな脚を残している。その状況だとホノイカヅチの末脚で抜かすことは不可能、そう考えているのかもしれないね」
前も末脚を発揮できる状況なら、後ろにいるホノイカヅチは不利。自分から前に行くことは論外であり、囲まれた状況での末脚勝負はあまりにも分が悪い。
ならどうするか? 今の位置で勝負するしかない。ホノイカヅチは、選択を狭められている状況にある。
走りに影響が出てもおかしくない、乱雑になるのが普通だ。
「彼女は一向にブレない。負けの目を徹底的に潰し、どの選択が最も勝利に近いかを瞬時に弾き出している。今外を回っているのも、一番勝率が高いからに他ならない」
しかし、ホノイカヅチは普通だ。不利を背負わされても普通に、焦りそうになる状況でも冷静にレースをしている。末脚に並ぶ、ホノイカヅチ最大の武器。
レースは第4コーナーを抜けて最後の直線へ。いまだに外を回っているホノイカヅチだが、ここで末脚を発揮する。
《第4コーナーを抜けて最後の直線へ。ゴスホークケンが先頭だ先頭だ。2番手は内にレッツゴーキリシマ、外にキャプテントゥーレ。そして大外からホノイカヅチが来ました、ホノイカヅチがきました。ここで火を噴く末脚、ホノイカヅチが大外をぶん回して上がってきている!》
「そぉら、ここでカードを切ってきたよ。全く、不利な状況を全て一変させる末脚を発揮するなんてね」
「切りどころもまたいい。第4コーナーで膨らみかけそうになるバ群を抑え込むように、外から一気呵成に上がってきた。しかも、最短経路でね」
「……本当にジュニア級ですか?」
自分の力を最大限発揮する場所を、冷静ではいられない状況で使う。およそジュニア級とは思えない完成度に、ダイワスカーレットは戦慄した。
ただ、やはり旗色は悪い。そもそもが不利な状況、追いつけるかどうかは微妙な線だ。
《大外からホノイカヅチが上がってくるがこれはどうか? 少し厳しいかホノイカヅチ、リードは十分に確保されている。ゴスホークケン先頭、ゴスホークケン先頭。レッツゴーキリシマとキャプテントゥーレ、ホノイカヅチが追いかける!》
《ここでホノイカヅチが追い抜きましたよ。これは、あるかもしれません!》
《残り100mを切ってレッツゴーキリシマらを追い抜いたホノイカヅチ、先頭のゴスホークケンへと襲い掛かる! これは間に合うかどうか? 後続はどうか、後続はどうだ!》
規格外の末脚を発揮しても追いつくかどうかは分からない。ただ、アグネスタキオンは確信していた。
「障害になるものはもうない。ホノイカヅチ君の勝ちだ」
「え? でもさすがに追いつけないんじゃ」
「追いつけるよ。なぁ? モルモット君」
アグネスタキオンの言葉に無言で頷くトレーナー。すでに勝負は決まったとばかりに、アグネスタキオンはターフから視線を外す。
「スカイ君、しっかりと目に焼き付けておきたまえ。君が戦う相手は、一筋縄ではいかないよ」
「……はいぃ」
可愛い後輩であるディープスカイに、ホノイカヅチに注意しろと警告する。そうしている間にも、勝負が決まろうとしていた。
《ホノイカヅチが並んだ並んだ! ホノイカヅチが先頭追いついた! 勢いのままに駆け抜けたぁぁぁ! 朝日杯を制したのはホノイカヅチ、クビ差で最後は抜け出したぁぁぁ!》
勝ったのは2人の予想通り、ホノイカヅチ。不利と判断されてもなお、彼女は勝てるだけの力量を示した。
やはり余裕はなさそうなホノイカヅチ。それでも彼女は勝った。朝日杯の勝者は、ホノイカヅチだ。
ホノちゃんG1制覇やったね。