ホノイカヅチは褒められたい   作:カニ漁船

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入学してからのホノイカヅチちゃん。果たしてどうなったのか。


ホノイカヅチ登場!

 前略。父様母様、中央と呼ばれる場所は恐ろしいところでした。

 

「5メガネ!」

「なんの! わりばし!」

「な……フェイントだとナカヤマ!? それじゃあこの明太子が使えねーじゃねーか!」

「慌てるのはまだ早いぜゴルシ……このウーロン茶で私のコンボは完成するんだからな」

「チィ、暗黒コンボかよ!」

 

 なんかよく分からないゲームに興じている人達。

 

「待てスズカ! 昨日の寮抜け出しの件、まだ説教は終わってないぞ!」

「逃げるわ」

「待てぇぇぇ! 誰がスズカを捕まえろぉぉぉ!」

 

 逃亡しているやたら速い人と追いかけている性格キツそうな人。

 

「ねぇねぇ、あなたも風水に興味ない?」

「ひえ」

「風水があれば、あなたの運気も急上昇! 今よりもっと楽しい日々が待っているよ! だから風水について一緒に」

「ま、間に合ってますぅ」

 

 やたらと風水をおススメしてくるコミュ力つよつよの変な人。

 

「相変わらずオグリ先輩凄いね。もはやご飯に埋もれてる」

「スペシャルウィーク先輩も負けてないよ。というかどっちも埋まってる」

 

 カフェテリアで山のように積み上げられたご飯を食べている人達。なんというか、個性って言葉で済ませていいわけがない人達がたくさんいました。

 

 いつものように、誰もいない場所で1人考え込む。現在オイラがお世話になっている場所である、中央と呼ばれる場所について。

 どう考えてもおかしいです。あんな人達、本家でも分家でも見たことがありません。個性が大渋滞している学園、これといった個性がないオイラには厳しすぎる世界です。オイラは一体、どんな魔境に足を踏み入れてしまったのでしょうか?

 

(も、もしかしてここは中央じゃない? 中央って呼ばれる場所は別にあって、オイラは間違えて入学した可能性が!?)

 

 そんなことになっていたら、オイラは凄いところに足を踏み入れてしまったことになります。どうしよう、今からでも入れる保険を探さないといけません。

 

(た、助けてメイヂヒカリ様~!)

 

 思わずお世話になった本家の人に助けを求めてしまうオイラ。いくら願ったところでメイヂヒカリ様はココにはおらず、勿論他の子達や両親もおりません。自分でどうにかするしかないわけです。

 

 みんながいない寮生活にはなんとか慣れましたが、学園での生活には一向に慣れる気配がありません。どうしたらいいか分からないですし、輪に入るのも難しいですし。

 

(どうしてみなさんあんなに仲良くできるのでしょう? オイラには絶対無理です)

 

 他の子達は臆することなく他の子に話しかけます。たとえ知らなくても、これから知っていけばいいとばかりに話しかける。気にしていないとばかりに声をかけています。

 怖くないのでしょうか? なんで話しかけに来たのとか言われたり、たまたま虫の居所が悪くて怒鳴られでもしたらどうするのでしょう。

 それだけじゃありません。学園にはバトルジャンキーの子が多いと聞きますし、目が合ったらレース勝負を申し込む子がいても不思議ではないです。

 

(お、オイラには絶対無理だ。万が一にでも拒絶されたら、絶対に立ち直れなくなる……)

 

 だって、怖いじゃないですか。オイラの存在がみなさんを不愉快にさせたらと思うと、どうしても脚が竦んでしまいます。

 口下手で、レースも当たり前のことしかできなくて、名家の生まれであること以外なにもないオイラ。仲良くしてくれる聖人はごく少数です。

 

 加えて、一番大事なことがあります。

 

「思ったより褒められない……! そりゃ、レースじゃないから仕方ないかもしれませんけど、あまりにも褒められない!」

 

 全っ然、褒められないしちやほやされません! まるで、みんな当然とばかりに接してきます! おかしい、本家の人達とかはちやほやしてくれたのに!

 もっとこう、中央でもたくさん褒められると思っていたんですが。

 

「やっぱり、オイラは普通ってことなんですかねぇ」

 

 思わずため息を吐いてしまいます。オイラのやってきたことは学園では当たり前で、普通のことしかやってないから評価されない。そんなところでしょうか。

 

 褒められないとやる気が出ない。ちやほやされないなら走る意義も薄い。

 かといって、学園を辞めようとは思わない。せっかく入学できたわけですし、ここで降りてしまうのはあまりにもダサい。それに、本家の人達が笑顔で送り出してくれた手前、逃げるのも後味が悪いです。

 オイラを責めたりはしないでしょう。優しい人達ですから、理由も聞かずに受け入れてくれるはず。地方のトレセンに入って、違う道を進むことだってできるかもしれません。

 

 でも、それでも。

 

「オイラ、中央のレースでちやほやされたい……! 地方じゃ味わえない大観衆の歓声を受けたいっ! だから、逃げるわけにはいかない!」

 

 かつて見たあのレースのような歓声をオイラも。そのためには、逃げるわけにはいきません。

 

 

 ……ま、考えても有効な手段は出てきません。いつものように、オイラのいつも通りを貫きましょう。

 

「そういえば、トレーナーも見つけないと……。次の選抜レース、頑張らないとなぁ」

 

 選抜レース。オイラ達がトレーナーにスカウトされる絶好の機会。ここを目指すのが、ひとまずの目標と言っても差し支えないでしょう。

 オイラはまだ出たことがない。ちゃんとした理由があるのですが、次の選抜レースには出る予定です。

 

「リサーチを徹底しないと。オイラにできることは、それしかないから」

 

 1人の、誰もいない場所でのミーティングを終えて歩き出す。頭の中は、次の選抜レースのことでいっぱいでした。

 

 

 

 

 

 

 現在、トレーナー間で少し話題になっている子がいた。

 

「なぁ、お前聞いたことがあるか? あの名家の子の話」

「あぁ、昔有名だったあの一族の子だろ。久しぶりに中央に入学してきたっていう」

「そうそうその子! 今度の選抜レースで走るらしいぞ!」

 

 名家と言えば、シンボリルドルフ擁するシンボリ家に天皇賞に並々ならぬ思いを抱くメジロ家、ダイイチルビーのような華麗なる一族に最近台頭してきたサトノ家など、名家一つとっても多岐に渡る。話題になっていたのは、そんな名家の子の1人だ。

 

(ちょっと気になるな)

 

 少し興味を惹かれた俺は彼らの輪に入りに行く。話を聞きたかったから。

 

「すみません、少しいいですか? その、話題になっている子というのは」

「お、君も興味があるのか。勿論いいよ、教える」

 

 快く教えてくれたトレーナー仲間。彼らからの情報をまとめると。

 

「没落寸前の名家、ですか」

「あぁ。あまり言いたくはないが、お世辞にも状況が良いとは言えないな」

「昔は隆盛を極めていて、レース界の中心の1つでもあった。だけど、近年は本家でも活躍はおろか、中央に入学できる子もいないんだ」

「分家も同様。ほとんどが地方に流れているけど、地方でも活躍できず。今は衰退の一途を辿っているお家だな」

 

 その子の家はどうもまずい状況にあるらしく。レース界から徐々に消えつつあるらしいとのことだった。その時点で、かなり苦労しているんだなと頭に浮かぶ。

 

「その名家の子が入学してきたのも、本当に久しぶりのことなんだ。それも、本家じゃなくて分家の子だからな」

「だからこそ、かなり期待をかけられていることは言うまでもないだろうな」

「期待、ですか」

 

 頷くトレーナー仲間。そりゃ、没落の一途を辿るお家の中から生まれた貴重な子だ。機会を逃すまいと躍起になるのは想像に難くない。

 

 でも、その割には話を聞かないというか。

 

「けれど、あまり話題になっていませんよね? 俺も、あなた方から話を聞くまで知りませんでしたし」

 

 それならもっと有名になってもおかしくないはず。入学した時点で話題になっていてもおかしくないような子だ。その子の家が喧伝するのが当然だと思うし、もし俺が当主の立場ならそうする。だって、久しぶりに活躍できそうな子が出てきたのだから。

 トレーナー達は渋い表情。それ聞いちゃう? とでも言いたげな顔だ。どうやら俺は、触れてはいけないものに触れてしまったらしい。

 

「あ~……なんというかな」

「その子、普通なんだよ。加えて、あまりレース向きの性格じゃない」

「普通で、レース向きの性格じゃない?」

 

 レースに向く性格というのは、やはり負けん気が強いということだろう。彼女達ウマ娘は例外なく負けん気が強く、気が強い子が多い。たとえ気が弱くても、自分が勝つと考えるような子が多くを占めている。

 これも当然で、レースで1着を目指す以上、勝負根性を求められるのが必然だからだ。実力が伯仲しているなら、最後に勝敗を分けるのは思いの強さ。思いの強さが最後の一押しをくれる。少なくとも俺は、そう考えている。

 

 となると、今話を聞いたその子は。

 

「負けん気が見られない、ということですか?」

「身も蓋もないことを言えばそうなる。今のところ教官が走りを見ているそうだが」

「末脚のキレ以外は目を見張るものがないらしい。普通に走って、普通に終わる。闘志がほとんど見えないんだとか」

 

 強いウマ娘に必要な闘志が見受けられない、そういうことになる。

 

 それは、なんというか。

 

(逆に気になるな)

 

 果たしてどんな子なのだろうか。本当に闘志が見えないのだろうか。そして教官が目を見張るという末脚がどんなものなのか。とても気になった。

 それに、同じ教官の下で学んだ子との実力の差はどれほどあるのか。もしかしてなにか見落としているものがあるんじゃないか。気になることはもっともっとたくさんある。

 

「おい、大丈夫か? 急にブツブツと」

 

 トレーナー仲間から声をかけられる。けど、気づいたら俺は。

 

「教えてくれてありがとうございます! 早速その子を探してみます!」

「え? あ、ちょ、ちょっと!?」

 

 走り出していた。件のその子を、ホノイカヅチと呼ばれている子を探すために。

 

「行っちまった……何だったんだ、アイツ」

 

 よぉし、頑張って探すぞ!

 

 

 そして、ホノイカヅチはあっさりと見つかった。

 

「はーい、それじゃあ今日は1600mのレースを走って行くわよー!」

 

 教官と一緒に練習場のトラックにいたのだから。癖の多い茶色の髪に、左目を隠すように長く伸ばした前髪。たくさんのウマ娘がいる中、少し小柄な彼女の姿を見つけることができた。

 彼女の走る順番はまだらしい。待機中の子達と一緒に待っている、のだが。

 

(避けられている、というか、避けている? みんなの輪に入ってないな)

 

 他の子達とは離れた場所で見ていた。1人でレースをじっと観察している。

 

「ホノイカヅチさん、一緒に見ない?」

「ひぅ!? あ、そ、そのぅ……だ、大丈夫ですぅ」

 

 声をかけられても、距離を詰められても離れて1人で見ることを続行。声をかけた子はやっぱりか、とばかりに詰めることを止めた。どうも、聞いていた通り臆病な子らしい。

 

(レース向きじゃない性格は、この臆病さが由来か)

 

 活躍できない、というわけではない。臆病でも大レースで勝った子はいる。彼女がそのタイプになれるかどうかは……まだ未知数だ。

 もう1つ気になるのは、ホノイカヅチがなにかを呟いていること。

 

「今日走る子は……コーナー……直線での勝負……」

 

 ブツブツと、ここからでは聞こえない声量で何かを呟いている。何を考えているのだろうか?

 

 順調にレースプログラムが進んでいき、ついに彼女の番がくる。枠番は──不運にも真ん中。最も囲まれやすい位置だ。

 

(あの臆病さなら逃げか追込。末脚のキレが凄いって教官が言ってたらしいし、追込で走る子なのだろうか?)

 

 噂で聞いたことからある程度の推測を立てる。果たしてどんな走りをするのか。ワクワクしながら待っていた俺に見せられたのは。

 

「……先行と差しの中間? じ、定石通りの位置?」

 

 好スタートからの先行だった。逃げでも追込でもなく、彼女が選択したのは一番囲まれる、先行の位置だった。

 いや、いやいや。さすがに予想外が過ぎる。

 

(確かに先行で勝つのはレースの定石。最も勝ちやすい勝ち方で、多くのウマ娘が先行の位置で走る)

 

 その分勝つのが難しいのもまた先行だ。紛れが少なく、実力勝負になりやすい位置。地力がないといけないし、周りに流されない精神力がなければ勝つことができない走り。

 加えて、彼女は臆病だ。あんなに囲まれたら、ろくに実力を発揮できないはず。

 

 けど、そんな俺の予想を裏切るような走りをしている。

 

「その割には普通に走れているな。少人数だからというのもあるのか?」

 

 彼女は普通に走れていた。何の問題もなく、ホノイカヅチは普通に走っていた。ますますもって分からない子だ。

 

 

 レースの結果はというと、ホノイカヅチの勝利で終わった。何の変哲もなく、ただ普通に彼女が勝った。それが当たり前かのように。

 確かに、普通だ。好位置からのレースに定石通りのタイミングでの抜け出し。まさしくお手本通り、教科書の様な勝ち方を実践してみせた。

 逆に言えば、それ以外に特筆すべき点が見当たらないというか。あまりにも普通過ぎるのだ、彼女の勝ち方は。

 

「しいて言うなら末脚のキレ、か。こればかりは他の子と比べても群を抜いていたな」

 

 臆病な性格からは想像がつかなかったけど、彼女の瞬発力は凄まじい。スプリンターとしてもやっていけるレベルのものがあるだろう。まさしく、メイヂヒカリのように。

 

「日本刀の切れ味、か」

 

 凄まじく鋭い末脚のキレ。あれほどのキレはそうはいない。これだけでもトゥインクル・シリーズで活躍できるレベルだ。先行集団から一気に抜け出して、気づけば後続に1バ身差をつけるような切れ味。そうそういない逸材だ。

 

 ただ、どこか陰りがあるようにも見えた。まるで、まだまだ完璧じゃないような……。

 

「あれ? ホノイカヅチの様子が」

 

 ふと視線をターフに戻すと、先ほどまで上機嫌だったホノイカヅチが沈んでいたのだ。しょんぼりとしていて、先ほどのように隅の方で縮こまっている。

 レースが終わってからは大丈夫だったのに、数分の間に何があったんだ? 教官と話していたことぐらいしか分からないのだが。

 教官に何かお小言でも貰ったのだろうか? いや、あのレース内容で叱られるようなことはないだろう。だとしたらなんて言われた? なにが彼女を落ち込ませたんだ?

 

 分からない。考えても答えが出ない。そして、気になって仕方がない。

 

「……よし! 教官に聞いてみよう!」

 

 まだレースをしている最中。気づけば俺は、彼女らを指導している教官の下へと走っていた。




行動力の化身トレーナー。
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