クビ差ながらも弥生賞を勝ったホノイカヅチ。彼女の躍進は止まらず、皐月賞の大本命候補は変わらないと報道された。
「本番が楽しみ~!」
「これはもしかして、三冠も狙えるんじゃないか?」
「皐月賞も終わってないのに、気が早すぎだって。だけど、どこまで続くのかな~、無敗記録!」
現状無敗の世代の頂点。支持されないわけがない。皐月賞もホノイカヅチの勝ちで決まりだろうと目されている。
もっとも、他のウマ娘にとっては関係がない。レースにおいて勝利を、とりわけ一生に一度の大舞台を前にして勝ちにいかないウマ娘などいない。世間の評判など関係なく、打倒ホノイカヅチに向けてトレーニングを重ねていた。
その中でもキャプテントゥーレの気合は相当なものだ。
「おやおや、トゥーレ君は今日も頑張っているね。先の2戦が、どうしても忘れられないようだ」
「トゥーレちゃん、凄く悔しそうにしてましたぁ。次こそは絶対に勝つんだってぇ」
「……ま、弱点も見つけたようだし、あまりお節介はしないようにしよう。別のチームだからね、別のチームだからね!!」
「そんなに強調しないでよタキオン。スカイのスカウトだけで精いっぱいだったんだって」
朝日杯と弥生賞の敗北。見つけた光明を逃さないように、次の皐月賞では負けないとトレーニングに励んでいる。落ち込んでいるようなら慰めるつもりだったアグネスタキオンも、気合いの入りようを見て満足したのか去っていく。
「ひとまず、当面はスカイ君の勝ち上がりだ。毎日杯まで時間がない、気合いを入れて勝つよスカイ君!」
「はいぃ。目指すは日本ダービーですぅ」
キャプテントゥーレは強力なライバルになる。そう思わせるだけの気迫だった。
そして、大本命のホノイカヅチはというと。
「今日は取材を受けてもろうてホンマに感謝してますよ、ホノイカヅチさん!」
「はいぃ……」
記者の取材を受けていた。皐月賞直前だから、というよりはホノイカヅチ個人のインタビューとして、である。
テンションが高い記者、藤井とは対称的にホノイカヅチはガチガチに緊張している。明らかに藤井達に対して怯えと警戒を抱いており、取材すらままならそうな雰囲気だ。
トレーナーである御幸が動こうとするが、藤井は満面の笑顔を崩さない。
「いや~、それにしてもあのホノイカヅチさんに取材できるなんてえらい幸せもんやなぁボク!」
「フヒ?」
「弥生賞、ごっつい勝ち方してましたわ! あっこから届くなんて、やっぱホノイカヅチさんは凄いわ~」
笑顔で褒めちぎる藤井。同行している後輩の遊佐は気持ち悪いものを見るような目をしていたが、藤井に耳打ちされる。
「ほら、遊佐ちゃんもホノイカヅチを褒めるんや」
「え~? なんでそんなこと」
「決まっとるやろ。この子は褒められるの大好きやねん。この子を取材するんやったら、まずは褒めるところから始めなあかんわ」
藤井は理解していた。レースとそうじゃない時のホノイカヅチのギャップを。レース後インタビューで褒められて気分良くしているホノイカヅチの姿を知っている彼は、褒めることが良い取材に繋がると確信する。きっと、情報を引き出せると。
現に、藤井に褒められてホノイカヅチは得意げだ。ニタニタと笑い、気分良さそうに耳を動かしている。
「フヒヒ、フヒヒっ」
「ほら、今もえらい気分良さそうにしとるやろ? だから遊佐ちゃんも褒めるんや」
「え~……まぁ、良いですけど」
少し考えこんだ後、遊佐は愛想笑いを浮かべつつ。
「あ~、その……き、今日も可愛いですね?」
「……」
なんとかひねり出した言葉。だが、ホノイカヅチは警戒心MAXでトレーナーの後ろに隠れた。失敗である。
呆然とする遊佐。先程まで上機嫌だった姿はもはやなく、耳をピンと立てて警戒し続けていた。
「あーあーいかんわ遊佐ちゃん。そんなありきたりなお世辞やと警戒されて当然やわ。この子めっちゃ勘が鋭いんやで?」
「あんたがやれって言ったくせに! じゃあ藤井先輩が何とかしてくださいよ!」
拗ねて藤井に丸投げする遊佐。仕方ないと思いつつも藤井はホノイカヅチを褒め続けた。その結果、どうにか取材をすることに成功する。
お互いにソファに座り、インタビューが始まった。
「まずやけど、弥生賞おめでとうございます。皐月賞に向けて、えぇ感じに弾みをつけることができたんやないすか?」
「ふ、フヒ。あ、ありがとうございます。ど、同条件のレースなので、皐月賞の練習にはなったかなと」
淡々と答えるホノイカヅチ。少しばかり引っかかる発言もあったが、藤井は気にせずにインタビューを続ける。
「いつものトレーニングで気を付けてることを教えてもろうていいですか?」
「あ、脚は特に、気を付けてます。ケガ、しないようにって」
「足のケガは怖いですからね~。普段はどなたとトレーニングを?」
「あ、その、マーチャンさんと、スティルさんです」
「マーチャンさん? ……まぁええか。それにしても、あのトリプルティアラウマ娘とトレーニングなんてえらい伝手がありますね~。普段から?」
「ふ、フヒ。仲良し、ですから」
レースに関係するものから、レースに関係しないものまで。少しの情報も逃さないように、藤井はメモを取っていく。
インタビューが進んでいく中で、ホノイカヅチの核心に迫る部分。とりわけ藤井が最も聞きたかった質問をぶつける時が来た。
「それじゃ、皐月賞でのライバルなんかおりますか? 弥生賞で走った子らもそうですし、今度はスプリングステークスもありますからね~。ここから強い子が」
「……ライバル?」
皐月賞におけるライバルは誰か? 警戒している相手はいるのか? そんな何気ない、ありふれた質問。これが大本命の質問なのかと思いたくなるようなものだ。
だが、ホノイカヅチはきょとんとした表情を浮かべ。
「別に、いませんけど」
そう、言い放った。
傲慢にも思える発言。藤井の隣でインタビューを聞いていた遊佐は驚いた表情を浮かべている。
(あんなにオドオドしてたのに、この子も結構強者寄りの思考してるんだな)
褒めないとインタビューすらままならないような子とは思えない発言。ここに自分達しかいなくてホッとした気分になる。
対する藤井の表情は、やっぱりか、というもの。それでも、気にせずに続けた。
「またまた~そんなこと言うて。ホンマはいるんじゃないですか? 気になってる子!」
「いや、本当にいませんけど。だって、関係なくないですか?」
ホノイカヅチは終始淡々としている。感情的になるわけでもない、ただ事実のみを連ねていく。
「誰と走ろうが、どんな子が相手になろうが関係ないです。だって、オイラはオイラの仕事をするだけなんですから」
「し、仕事……それはホノイカヅチさんが前から言うてる」
「はい。オイラはただ仕事に徹するだけ、それ以外のことなんて不要です。誰が相手だろうと、オイラのやることは変わらないんですから」
自分が強いからライバルがいない、ではなく。自分のやるべきことは変わらないんだからライバルはいない、気になる相手はいないとそう断言する。
さらには表情。オドオドした顔でも、褒められて嬉しそうにしている顔でもない。
無。レース中と同じ、能面のような表情でライバルはいないと発言した。遊佐が気圧されるのも無理はない。藤井も冷や汗を流していた。
(……傲慢、ともちゃうな、これは。本気で理解できへんみたいな思考や)
「いや~そうですか! レースはお仕事、ホノイカヅチさんの考えよう分かりましたわ! せやったら次の質問なんですけど」
ただ、雰囲気が変わったのはこの質問だけ。後は普通に進行していった。
インタビューを終え、会社への帰路につく2人。藤井が取材の情報をまとめている中、遊佐は今回のインタビューを振り返っていた。
(気弱そうな子だけど、レース中は機械のように支配する。なんというか)
「意外でしたね、藤井先輩の質問に、あんな風に答えるなんて」
「どういうことや? 遊佐ちゃん」
「いやほら、普段が普段だから周りの子全員警戒してます、なんて答えると思ったんですよ。誰を警戒しているか、って質問に対して」
遊佐が引っかかった部分。ライバルはいない発言に対して。
「でも、あの子はライバルなんていないって答えた。なんというか、あの子もやっぱり強者寄りの思考してるんだなって」
「あ~……」
「自分に敵はいない、というか。脅かすような相手はいないって言うんですかね? とにかく、びっくりしました」
しっかりトレセン学園の生徒なんだと。自分こそが一番だと思っているのだと、遊佐はそう感じ取った。ライバルはいない発言に対して。
だが、藤井は違う。
「ボクはそうやないと思うで、遊佐ちゃん」
「そうじゃないって、なにがです?」
「ライバルがいない発言や。ボクはもっと、根本的な問題やと思うてる」
自分が強いと思っているからではない、脅かすような相手がいないからという意図でもない。もっと違う部分、根っこの部分が関わっていると、藤井はそう推察していた。
言っていることが理解できない遊佐に対し、藤井はとある写真を見せる。
「弥生賞の最後の直線や。カメラマンが撮った写真をもろうた時、驚愕したわ。そして、これがあの発言に関わってるとボクは考えてんねん」
「……ッ! こ、これって」
受け取った写真を見て、遊佐の表情は驚愕に染まった。あまりにも信じがたく、理解できない写真。
弥生賞はクビ差だった。ホノイカヅチにとってギリギリの勝負だったのは言うまでもない。
死に物狂いになるはずだ、勝ちへの執念を燃やしているはずだ。他のウマ娘ならばそうする。
なのに、ホノイカヅチは。
「あの子はそもそも、ライバルっちゅう存在が分からんねん。自分を燃え上がらせるような、コイツとなら競えあえるっちゅう存在が、あの子には理解できひんのや」
全くと言っていいほど表情が変わっていない。競り合っていたマイネルチャールズが必死の形相を浮かべているのに対し、ホノイカヅチは何も変わっていないのだ。
少しでも鈍れば自分が負ける状況。最後の一押しをするための気持ちが大事な場面なのに、ホノイカヅチの変化はない。無である。
「別に他の子が悪いとか、そういうことやないと思う。この子は純粋に、ライバルという存在が分からない。それはひとえに、レースを仕事やと思うてるからや」
「……レースを仕事」
「せや。当たり前のタスクを当たり前にこなすだけ、そこに感情が入る余地なんかあらへん。誰かと競い合うこともせず、ただ自分の仕事を消化することに終始する。ホノイカヅチにとって、レースっちゅうんはそういうもんなんやろな」
場合によっては長所ともなりえる。メンタルによるブレがなく、自分の力を一定以上引き出せるのは間違いなく強い点だ。ホノイカヅチのレース運びからも分かるだろう。
だが、それゆえの代償。どんな状況でも変わらないからこそ、ホノイカヅチは。
「ホノイカヅチは闘争心が極端に薄いウマ娘や。そもそもあるんか? と言いたくなるレベルで」
「闘争心が、薄い」
「絶対に負けへんっちゅう気持ちがないんや。終始淡々と、自分にやれることをやりましたってな」
闘争心がない。ウマ娘にとって最も重要な、進化するためのカギになる感情が極端に薄いウマ娘である。
一定の強さを出すことはできる。ここまで勝ち続けているのはホノイカヅチの才能が飛び抜けている証拠だ。
間違いじゃないだろう。これもまた彼女の強みなのだろう。今でも十分な輝きを放つホノイカヅチという原石は、これから先も眩く輝くはずだ。
「サイボーグ言われとったミホノブルボンかて、ライスシャワーに迫られたら気迫が出とった。かの皇帝シンボリルドルフも、カツラギエースにやられた時は悔しそうにしとった。やけどこの子にはそれすらもない」
「闘争心が薄い、ってことは」
「爆発的な進化を望めへんっちゅうことや」
けれど、周りを驚かせるような進化をすることはない。藤井はそう結論付けた。闘争心がないからこそ、負けたくないという思いがないからこそホノイカヅチは先がないのだと。
ただ、それでも勝ち続けた場合。もしくはホノイカヅチに心境の変化が訪れた場合。
(そん時はきっと、えらいバケモンになるやろうな。あのセンスに闘争心が加われば、無敵に近い存在になる)
闘争心を発揮することができれば、さらに進化することだってできる。それほどの才能があるのがホノイカヅチだ。クラシック三冠、その先もきっと……そう思いたくなるほどの才覚が彼女にはある。藤井の直感だ。
「ま、あの子のセンスはピカ一や。よほどがないと負けんやろ。ま~そのよほどが皐月賞ではあるかもしれん、ってとこやな」
「え?」
「あの子、どうも中山苦手そうやし。弥生賞クビ差やったんも中山苦手だったからちゃう? ってもっぱらの評判や。走りにくそうにしとるしな」
今後彼女の進退がどうなるのか。記者としては気になる藤井。とりあえずライバルがいない発言はちょっと脚色を加えて、波風が立たないようにしようと心に固く誓った。
◇
インタビューを終えたホノイカヅチ。ホッと一息ついてソファに体重を預ける。
「ふ、フヒヒ……あの人たち、オイラのことをたくさん褒めてくれました!」
「うん、良かったね」
いつもの調子に苦笑いを浮かべる御幸トレーナー。ただ、彼は頭の中で引っかかっている言葉があった。
「ところでさ、ホノイカヅチ。
インタビューの際に放った言葉。よく一緒に練習しているという相手の名前に、御幸トレーナーは心当たりがなかった。
その言葉を聞いたホノイカヅチは信じられないような顔で御幸トレーナーを見る。
「い、いや、何言ってるんですかトレーナーさん。マーチャンさんですよ、アストンマーチャンさん。よく一緒にトレーニングしているじゃないですか」
「……あ、あああっ!?」
マーちゃん人形を取り出したホノイカヅチ。人形を見て、御幸トレーナーは顔を歪める。
「そ、そうだ! いつも一緒にトレーニングしてもらっていたじゃないか! な、なんで忘れてたんだ俺……!」
「お、お疲れですか? ね、寝た方が」
「いや、それよりもお世話になっている人達を忘れるなんて一生の不覚! 今すぐにでもアストンマーチャン達に謝りにいかないと!」
扉を開け、部屋を飛び出す御幸トレーナー。驚いたホノイカヅチが後を追う。
「まま、待ってください~……!」
この後めちゃくちゃ謝罪した。なお、アストンマーチャンとそのトレーナーはなにがなんだか分かっていなかった。
闘争心が極端に薄い子。あれ? どっかで見たような……。